幻想立志転生伝
55
***大陸動乱シナリオ6 苦い勝利***
~暁の大粛清~
≪side カルマ≫
「中々、しぶといじゃないか。流石は守護獣って所か?」
「はーっはっはっは!竜と言っても所詮はお山の大将か!」
城門を背に、俺とファイブレスはスピンクスとにらみ合っていた。
既に戦闘開始より十数分が経過。敵側には早くも本隊が到着し始めている状況だ。
……連中、本隊と先遣隊の到着時間を合わせやがったか。
これは城門も長くはもたんな。
さて……数度の激突による此方の被害は、
ファイブレスの脇腹に噛み跡が二つと二の腕に中程度の引っかき傷。
向こうの被害は、
鼻が潰れて顔に浅い引っかき傷、
そして前足に尻尾による打撃痕が三箇所と喉に爪の刺さった跡が五箇所(片手分)ある。
まあ、一応優勢といった所だ。
ただ、火炎放射が効かないだけあって、こちらも決定打に欠ける部分があるのが少々問題だった。
しかし、本当の問題は別にある。
「あまり深入りするでないぞ!きっと何かの罠があるに違いないからのう!」
「ふん。臆病な事だ。まあいい、主力は後方で待機。奴を倒してからゆっくり制圧するぞ」
敵の主力が城に入ろうとしないのだ。
僅かな兵を小出しにして城門への攻撃を続けている。
……攻城兵器らしいものは精々丸太や大きな石程度、
それに兵力の逐次投入は本来愚作でしかない。
だが、城門を守る此方の兵力は僅か百名。
更に、敵には新手が続々と到着している。
……幾らなんでも徒歩の兵士の到着が早過ぎる気もするが、
現実を受け入れないと勝利はおぼつかない。
まあ少なくとも、こちらの疲労を誘うと言う点で、その策は当たっていると言えた。
更に……この期に及んで余り多くの兵を巻き込めませんでしたでは済まされない。
余りに被害が少なければ"我々は敵の罠を看破した"とか言われかねないのだ。
……自信家のセト将軍なら引っかかると思ったが……。
くそっ、ある程度こっちの手札を知っているアブドォラ氏とは言え、
もう少し先に進んでくれても良いと思うのだが?
さて、ここからどうやって敵を誘い込むか……。
このまま負けたふりをするのも良いが、それだとちょっと戦略的に拙い。
ホルス達に託した"策"が失敗しかねないじゃないか……。
ともかくスピンクスだ。こいつを倒せれば向こうも焦らずには居られまい!
まずは眼前の敵を倒す事を考えるんだ!
「行くぞおおおっ!」
『獣風情が!竜に敵うと、思うなああっ!』
「ガオオオオオオオッ!」
竜と獣がお互いに飛び掛る。
人の顔をしながらもその牙鋭いスピンクスが火竜の腕に食らい付いたと思うと、
対するファイブレスは柔らかな腹目掛けて爪を突き立てる!
……そして俺は敵の顔面に雷撃を……いやまてよ?
幾ら炎が効かないとは言え、それって毛皮だけの話じゃないのか?
ちょっと試す価値は有るよな!
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
「グ、グギャアアアアアアアアッ!?」
毛皮には熱など効かない。だが……その瞳ならどうだろう、と思ったが大当たりだ!
転がるようにその場を離れたスピンクスはまるで顔を洗う猫のようにその腕で顔を拭う。
……その目は片方が潰れていた。
「チャンスだ!ファイブレス!」
『判っている!』
これこそ勝負時だと竜は全身を躍動させて走り出し、飛び上がる。
そしてその全身を思い切りひねり上げ、軽く飛び上がると敵の眼前でコマのように一回転!
そのまま敵の顔面に、全身の力とスピードを込めた尻尾を叩き付ける!
「ギャアアアアアアアアッ!?」
「す、スピンクス!?」
……均衡は破られた。
サンドールの守護獣は大きく弾き飛ばされる。
俺達は続いて前進。竜はその腕を大きく振りかぶり、敵の体に振り下ろす。
毛皮に食い込んだ爪が皮どころか肉まで切り裂き、骨に当たった感触まで俺に伝えてきた。
そして!
「首を狙え!もしくはひっくり返して腹の柔らかい部分を重点的に!」
『皆まで言うな!何をすべきかは判る!』
「ギ、ギニャアアアアアアアアアアッ!」
竜の牙が守護獣の傷口に食い込み、そして、噛み付いたまま相手をひっくり返す。
そのままマウントポジションのような体勢に入った。
両の手足の内側に入られては、幾ら突っ張っても無様に空を切るばかり。
丁度押し倒したような体勢から、文字通り頭から齧り付かれるスピンクス……!
「フギャアアアアアッ!」
今までとは、明らかに叫び声が違うのが判る。
どんなにもがいても既に抜け出せる体勢ではない。
体をひねってうつぶせになりたくとも、
体を爪で、首を牙で固定されていては満足に動く事も出来ない。
……今なら、行けるか!?
名付けて、一寸法師作戦!
「続けて行くぞ!魔剣を食らいな!」
「ギャアアアアアアッ!」
時は来た……俺はファイブレスの頭から飛び出すと、敵の耳に取り付く。
そして加速をかけ匍匐全身で内部に侵入……鼓膜に剣を突き立てた!
流石に薄いその膜は、やけにあっさりと破れ、俺は更にそこから無理やり内部へと侵入する。
……背後から爪が迫っているが、残念ながら最早ここまでは届かない。
「ファイブレス。適当に攻撃を続けろ。……ただし頭部は狙うな」
『承知した。……決まった、な』
ああ。残念ながら流石に自分の頭の中に居る敵に対する攻撃手段を持っている奴が、
そうそう居るとは思えん。
……さて、暴れるとするか。
怨むなとは言わんぞ、スピンクス!
……。
≪side アブドォラ≫
スピンクスの耳にあの男が侵入していく。
……これで勝負はあったのう。
幾らなんでもあれに対抗する手段は無い。
兵に後ろから追わせようにも、そもそもあの戦闘内に入り込める精鋭はもうおらぬ。
長い戦乱で、既に精鋭と言える兵自体が底を尽いているのじゃから。
「ええい!何をしているスピンクス!?お前はサンドールの守護獣だろうが!」
将軍はあの戦いに熱中しているようだがわしの考えは違う。
……さっきから何やら敵の守備隊の動きがおかしいのだ。
なんと言うか、やる気があるというか決死の覚悟をいきなり決めたように見えるというか。
長年の奴隷商としての経験で、こう見えても人を見る目は有るつもりだ。
……だからこそあのカルマと手を結んだりもした。
唯一の失策は、わし自身に、奴隷以外の商品を扱った経験が無かったにも拘らず、
交易商人になるという夢を追い求めてしまった事じゃ。
……金を握らせて誰か有能な者に任せれば良かったのだと今では思うさ。
じゃが、全てはもう過去の事。今やれることなど限られておるわ。
さて、そう言う訳で敵の動きを良く観察してみる。
……ふむ。伝令が来た途端に必死になった、か。
もしや、逃げ出せぬ理由でも出来たのか?
だとしたら、今こそ攻撃のチャンスでは無かろうか。
「将軍……スピンクスも良いですが、あの者が居ない今がチャンスじゃ。総攻撃を!」
「む?今更か?まあいい……胸糞悪い物を見せられてイラ付いていた所だ。許す!」
「よし!全軍突撃!敵城門を破れ、いや……むしろ城壁を乗り越える勢いで行くのじゃ!」
「はーっはっは!敵城内には水も食料も、金も有るぞ!奪え!食らえええええっ!」
わしらの後ろでふらふらと立っていた兵達の目に血走った光が灯る。
先ほどようやく到着した主力部隊だ。
ふふふ。あえてスピンクスをゆっくりと行軍させ、
主力との距離が開かぬようにした甲斐があると言うもの。
これで此方は、少なくとも兵数だけは万全だ。
……昼夜を問わず走れる者は走らせ続けた。
早くここまで辿り着いた者にだけに、スピンクスが運んできた水と食料を渡す。
そんなにんじんを目の前にぶら下げてな?
効果は抜群。皆、目の色を変えて荒野を走り続けてくれたわ。
何は無くとも相手の計算を狂わすのが先決。
ゆえに疲労など度外視して無理な行軍を続けさせた結果、残った兵は八千に満たない。
だが、されど八千。
相手の総兵力は千程との事だ。となると、圧倒的に有利な筈。
後は、殆ど消えかけた命の炎に最後の燃料を注いでやるだけ。
それだけで生存本能と言う狂気に身を任せた狂気の軍団の完成じゃ。
口からはよだれが滴り落ち、骨と皮のみの両腕に限界以上の力が込められる。
……まるでロウソクの消える前の一瞬のようじゃな。
だが、好都合だのう。
「攻めよ、攻めて攻めて攻めまくるのじゃ!」
「ほぉ、中々堂々とした指揮ぶりでは無いか」
スピンクスが頭を押さえて七転八倒する中、
次々と我が方の兵が敵城門に張り付いていく。
攻城兵器が無い?ふん、最初から持って来ていないだけよ!
見よ、壁の僅かな突起に手をかけよじ登り、時には他の兵を踏み台にして進む、
サンドール兵のあの雄姿を!
この、亡者の行進は肥え太ったレキの兵には決して真似できんぞ!?
……ふん、カルマよ。お前の思い通りにはさせん。
スピンクスの頭から出てくる前に、貴様の策、何かまだ判らんが必ず突き止めてくれるわい!
落ちぶれたとて、わしも砂漠の大商人と言われた男。タダでは消えん。
「ニギャアアアアアアアアッ……」
しかし、もたもたしているとスピンクスが殺されるな。
……急がんとならんか……。
「ふん……何とか城壁の上に取り付く兵が出て来たようだな?」
「はい。将軍は何かお考えがおありで?」
「ある。連中、何やら焦っているようだ。あえて守りの厚い場所を重点的に攻めさせる」
「中々良いお考えかと。恐らく罠か弱点でもあるのでしょうからのう」
まあ、この男にしては、だがな。
……わしの考えが正しければ罠に何か不具合でも見つかったか、
逃げ遅れた輩が居るのか。そのどちらかだろう。
ならば、体勢を立て直す暇を与えてはならない。
「時間が惜しい。城壁の裏に兵を回らせ、開門させ次第主力は奥へ進ませますが宜しいかの?」
「いいだろう!城壁の敵は精々百人程度。返す刃で何とかなる」
そして、暫くすると分厚い城門がゆっくりと開門していく。
城壁の敵が必死に抵抗しているが、残念ながら数が違うのだ。
段々と城壁の上にも我が方の兵が増え、敵を押し込んでいく……。
「おっ、あれを見ろ。奴ら……マナリアの騎兵だぞ!」
「最精鋭の魔道騎兵団ですか。……将軍、ここは一気に全軍を攻め込ませましょうぞ!」
……なんじゃ。罠でも用意しているかと思ったが、
ただ単に周りが逃げる時間を稼いでいただけか。
城門の先に見えるあの部隊はレキの最精鋭。
わしら諸共罠にかけるような事が出来る訳も無いからの。
もしこれで街に人っ子一人居なかったらもっと疑っていただろうが、
どうやらその心配は杞憂だったようだのう。
……市街地には人影は無い。
そして、この市街地で馬は上手く動けない。
つまり奴等は逃げられないのじゃ。
それなのにここに留まってバリケードまで築いている。
これはつまり、向こうには最早策など無く、非戦闘員を逃がす事しか出来なかったと言う事だ。
……例え何一つ得る物が無かったとしても、首都を敵に奪われたと言う事実は重い。
どうやら奴はそれが判って居なかったようじゃな。
「将軍、どうやら敵の策は尽きた様子!ここは一気に城を攻め落とすべきかと」
「はーっはっは!やはり最後の勝利は俺に微笑むのだ!」
馬を走らせ城門内に突入。
バリケードの向こうから、火球が此方に飛んでくるが……わしとて知っておるぞ?
レキの魔道騎兵は僅か二百名しかおらんとな!
「敵の十倍を凌駕する絶大なる兵力差を生かせ!躊躇する奴は俺が斬る!」
「聞くが良い。奴等は貴族……着ている物も食べている物も最高級品ばかりじゃ……奪え!」
「「「「「ヒャヒャヒャヒャヒャ!」」」」」
異様な高揚と共に兵がバリケードに文字通り突っ込んで行く。
百人が炎に焼かれ、もう百人がバリケードにぶつかってもまるで関係ない。
タダひたすらに後ろから押し合いへし合い……。
そしてあっさりとバリケードは破壊された。
僅か五百人程度の犠牲と引き換えに。
まだじゃ、まだ行くのじゃ!
全軍城門内に突っ込めぃ!
「馬だ、馬が居るぞ!」
「飯だ、飯の匂いがするぞ!」
「ヒヒヒヒヒ!ケケケケケケケケケ!」
飢餓状態で正気を失った兵が文字通り敵に食らい付いていく。
ふふふ、こうなってはどんな精鋭も、雑兵と同じだな。
人の波に飲まれ、何も出来ずに朽ち果てるが良いわい!
さて、スピンクスは……ああ、もう息も絶え絶えか。
守護獣といってもあの程度かの。まあ、もう少し粘ってくれれば良い。
どんなに被害が出ても構わん……カルマめが出て来るまでに、奴の手下を壊滅させ
『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』
何だ?
突然世界が……真っ白に……。
……。
≪side 魔王ハインフォーティン≫
……敵陣後方で指揮を取っていた老人を空中から狙い打つ。
炸裂した魔力弾頭により五体がバラバラに吹き飛んだのを確認すると、
次は総大将らしき男に……。
「近衛弓隊!良く判らんが飛んでいるアレを撃ち落とせ!」
「くうっ!」
全力で高度を上げ、その場を離脱。
弓の届かない高高度より弾頭の雨を降らす。
「うわああっ!?」
「ぎゃあっ!」
……とは言え、どうしようもない。
敵は魔王城を目的地に定めてしまったようで、
わらわ自身による陽動も敵の数を僅かに減らす程度の意味しかない。
……眼下では誰かの馬が食われておる。
乗り手は生き延びていてくれれば良いが……。
オドはバリケードの第二陣に撤退しつつ戦闘を続けておるようだ。
何故だ?何故わらわの我が侭に付き合おうとする?
……わらわの行動の責任はわらわ自身で取る。
くそっ、貴様等まで巻き込まれんでも良いだろうに!
「こうなると、赤子の我が身が恨めしいな。もう少し育てばもっと強力な魔法も使えるのだが」
……ぼやいてみても、答えが帰って来る事は無い。
攻撃用の魔法は現在一つしか使えないのも成長しきってない体を守るためで止むを得ないのだ。
ハイラル達には魔王城でハニークインの事を頼んでいるし、
そも、飛べるのはあの中でわらわのみだ。
ここはわらわがやる他無い!
『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』
再度魔力弾頭を眼下に落とす。
街は敵で溢れかえっておるから何処に落とそうが大抵当たる。
……唯一の問題は、敵の侵攻を遅らせる役に立っていないと言う事か。
それが、それが一番大事だというのに!
地下の空洞のことは知っておる。
それ故外装骨格を出す事も出来ぬ。
万一出してしまったら、それだけで街は崩れ去る可能性が高い。
……そうなったらハニークインは助かるまい。
それに、オドとイムセティの部隊がまだ残って居るではないか!
巻き込む訳にも行くまい?
……ともかくありったけの魔力で敵に破壊の雨を降らせてやろう。
口惜しいが今のわらわにはそれしか出来ぬようだ。
後は……最終的には危険を承知でハニークインを動かすか?
出来ればやりたくは無いが……。
「ギニャアアアアアッ……アアッ……アァ……」
その時、城壁の外で巨獣の断末魔が聞こえた。
あれは確かスピンクス。
サンドール建国時より存在する、危急存亡の時にのみ現れる守護獣、だったか。
アレが現れる以上、サンドールの状況はかなり拙いのだろうな。
しかし……守りの要を攻めの駒として使うとは恐れ入るが、ここは此方の本拠地。
地の利も無い場所での戦いで、
あの手段を選ばぬ父と竜たるファイブレスに勝てるつもりか?
哀れな。
だが、あれでも長年サンドールの危機を救い続けてきた切り札。
あんな事で終わるとはとてもとても……。
ん?今ドゴーンとか聞こえ無かったか!?
「ぶはぁ。中々しぶとかったな……脳内をぐちゃぐちゃにされて良く今まで生き延びたもんだ」
『顔面を粉砕して出てくるな。グロテスクな……』
……えーと、終わった?
嘘みたいだが本当に終わったなこれは。
……顔面が粉砕されて頭部にぽっかり穴が開いている。
これで生き延びていられる生き物は居るまい?
「とりあえず最大戦力は潰したと。さて、じゃあ現状は……え?何ですとーっ!?」
『ふむ。連中、撤収せずに粘っているな。いや待て何故騎兵がここに!?』
おお、此方の惨状に気付いたぞ!?
よし、止むをえん。ここは父に増援願うか。
……一気に城壁外まで飛んで父の懐目掛けて飛び込むぞ!
「父ーーっ、ちょっと手伝ってたもれー?」
「……やっぱり何か仕出かしたか我が娘よ!?」
やっぱりとは何だ?
と、思わないでもないが現状は厳しい。
……ともかく現状を伝えねば!
「……ほう?つまりお前の我が侭に付き合ってオドが死にそうだと?」
「イムセティもだ!何とか出来んか父!?」
父が頭を掻き毟った。
「どうしろっていうんだ!?……ともかく近くまで連れてけ!」
「うむ、こっちだ!」
『……いや、そうもいかんようだぞ?』
なんだと?
それは一体……ぎゃああああ!?
か、顔の潰れたスピンクスがそれでもまだなお再度動き始めただと!?
こ、これはグロテスク、そしてホラー過ぎるぞ!?
『……我が身とて頭部を粉砕されれば死に至ると言うのに……これは一体』
「ちっ!仕方ない、もう一度殺すぞ!……ハイム、君命で撤退せよ、と連中に伝えろ!」
「聞く位なら奴等はここに居らぬ!そも現状が君命違反なのだぞ!?」
その時、城門から見知った顔が落ちてきた。
……ベチャリ、と嫌な音がする。
「イムセティ!?」
『……城門は総崩れ、か』
ファイブレスの言葉に目を上げると、決死隊の皆が次々と討ち取られているのがわかる。
一人、また一人と城壁から落ちてくる……。
「父ーーーーーーっ!」
「判ってる!ファイブレス、あの化け物を押さえろ!」
『承知した!しかし、化け物に化け物呼ばわりされるスピンクスに同情するぞ……』
急いで城壁の下に走るわらわと父の後ろでファイブレスが、
頭部の砕けたまま立ち上がるスピンクスとの戦闘を再開した。
しかし戦力差は最早明白。竜の鋭い体当たりで巨獣の体は宙を舞う。
頭部の損傷が酷く、最早唸り声すら上げる事は無い。
……しかし、それはまた起き上がる。
有り得ぬ。彼の守護獣の戦闘を実際に見るのは初めてだ。
だが、既に幾度と無く致命傷を受けながらまだ戦える!?
普通ならとうに死んでおる。魔法生物だとてそれは同じこと。
だと言うのに……どういう事だ?
いや、今それを考えるべき時ではない。
ともかく落ちてきた決死隊の皆をどうにかせねば!
……。
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力』
「うぐ……ここは何処で?ああ、殿下!?申し訳有りません!撤退時期を逃しました!」
「イムセティよ、お前らまでわらわに付き合う必要は無いだろうに何故だ?」
致命傷の部分のみを辛うじて回復させたイムセティがよろめきながらも立ち上がる。
……父は近くに落ちた決死隊も回復させたが、既に息絶えた者も数名居た。
現在ここに残るのは僅か十人ほどに過ぎない。
見当たらない者達がうまく逃げてくれている事を祈る他無いな。
しかし……何故だ?何故こんな事に?
さっきも言ったが、母の子飼いだと言うオド達なら兎も角、
こやつらにわらわの我が侭に付き合う必要など無いだろうに。
「姫様ですよ?見捨てる事なんか出来ません……まあ、功名心が先に立ったのも事実ですが」
「それはいいが、今は魔道騎兵の救出だな。ともかく俺に続け」
「それと、ハニークインの救出もだ!」
何にせよ、父が居てくれるのは心強いが……。
……歯がゆいな。
わらわに魔王としての力が全て戻っておればそもそも誰かに頼る必要も……。
「……最悪の状況だな。上手く乗り切ったら……何とか……」
『足元がお留守か。まあ、この程度の相手で露見したのが不幸中の幸いだったな』
「まぁな。これが教会相手だったらそのまま負けてたろうしな」
『ともかく対処は後だ。ここは我が身が押さえるゆえ中の馬鹿どもを何とかしてやれ』
ん?父よ、何か言ったか?
ともかく急ぐぞ!敵が魔王城まで辿り付くまでに、もう時間が無い!
……。
≪side カルマ≫
……全くもって、最悪だ。
味方は誰一人殺すつもりは無かったんだが、まさか無理を承知で残られるとはな。
既に戦死者は最低でも十人。しかもこれからどんどん増えていくんだろう。
……ハイムの事は正直言って呼び水でしかない。
そもそも軍内部でゴタゴタしていたのは判っていた筈だ。
それを承知で放置していた俺の怠慢でしかない。
大を生かすため小を殺す。
……やりたくなんか無いが、そろそろ根本的な考え方を変えるべき時が来てしまったのかもな。
大事な所でケチると損するのは古今東西変わりはしない。
兎も角、仲間内での争いや功を焦る風潮を何とかしないと。
……とは言え、どうすれば良いのか、なんて判る筈も無いが。
「……とりあえず皆を逃がさないとな」
「うむ。魔道騎兵は何重にも張ったバリケードを少しづつ後退しておる。追いつかねば」
「私達は殿下に続き、姫様の警護をします……既にそれが精一杯ですし」
背後で戦う巨獣二体を背に、俺が先頭に立つ。
その後ろで浮かぶハイムを文字通り決死隊の生き残り達が取り囲んだ。
……今朝までは俺達の庭だったレキの城門。
だが今やそれは大きく開け放たれ、
その奥にはサンドールの植えた餓狼どもがひしめいている。
「総員俺に続けっ!一気に敵陣を突破!魔道騎兵に追いつき合流する!」
「「「「ははっ!」」」」
……。
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
「「「ぎゃあっ!?」」」
背後からの一撃。
もう警戒どころか作戦も何も無いのだろう。
半ばパニック状態の集団が集団ヒステリーのように街中を暴れまわっている。
……枯れた水路。空の倉庫。
畑からは作物はおろか肥えた土まで持ち去られている。
それが彼等の狂気を更に増幅していた。
転がる木の皮を奪い合いながら突き進むその姿はまるで飢えたネズミの群れだ。
……正直俺たちのことなどまともに見えてもいないようだ。
「ま、気にもしないでくれるのは有り難い」
「裏道を進みましょう殿下。……もう、隠すも何も無いです」
「……っ!こ奴に見覚えがあるぞ……既に戦死者が出ていたか!」
ふと見ると見覚えのある顔の死体が。
……衣服どころか全身の肉まで食いちぎられているが、間違いなく魔道騎兵の一員だ。
「ふぅ。威張っていても斬られれば死ぬんですね。あの方達も」
「何を言う!わらわに付き合って落とさんでも良い命を散らしたのだぞこ奴は!?」
「「「それは我々も同じ事」」」
「なんだと?」
「私達は泥から引き上げて頂いた大公家に忠誠を誓いました。その命は貴族様にも劣らぬ筈」
「……お前らは……そんな物差しでしか命を測れんのか愚か者が!」
「ぐっ……言い過ぎましたね姫様。ですがそれは私達の本音でもあるのですよ」
少々覚めた目つきで死体を眺めるイムセティを半泣きのハイムがひっぱたいた。
そしてイムセティの呟きは決死隊の共通認識のようだった……。
そうか、
意識の隔絶はこんな域にまで達していたのか。
まるでどこぞの海軍と陸軍だな。
……ファイブレスではないが、本来楽に勝てるはずの相手、
と言うか既に詰んでいる相手でよかったよ。
正直、勝敗のわからない相手のときにやられてたらそれだけで負けていた。
「……先に進むぞ」
「はい。……不快な物言い、お許しを」
思えばオドもコイツ等を元奴隷と見下した物言いが目立った。
……何とかせねば。
本当に何とかせねばならん。
そもそもなりたくてなった大公ではないが、
それでも今まで手間隙と時間をかけて作り上げてきたのだ。
……この国が潰れる所なんか、見たい筈も無い……。
……。
「オドオオオオオオッ!」
「グラッチェ!殿下、それに姫様も!」
文字通り敵をかき分け俺達は進む。
時折突破されたバリケードを見つけ、仲間の遺品を回収しつつ。
一時間、二時間……気ばかり焦る。
気付けばハイムは疲れ果てて気絶し、イムセティの背中でぐったりしている。
そして、八時間ほど経過した時。
遂にオドの篭るバリケードの前にまでたどり着く事に成功したのだ。
……皮肉にも俺の鎧はスピンクスの血肉で汚れ、サンドール軍相手でも目立たなくなっていた。
お陰で思ったよりも少ない戦闘回数で辿り付く事が出来た。
……さて、ここからどうするか?
「にいちゃ!にいちゃ!」
「アリシア!?ここまで来ていたのか!」
「サンクスです!アリシア様達のお陰でここまでもたせる事が出来ましたよ!」
半泣きで崩れたレンガを敵に投げつけるアリシア。
そしてバリケードの隙間からスコップを突き出すアリス。
……どうやら見るに見かねて援護を開始したらしい。
本当なら地下のあり軍団を使いたかろうに、
仲間内でも秘密厳守な事が災いし、2匹で苦労をしていたに違いない。
「にいちゃ!アリサから連絡であります!」
「なんだ!?」
「非常事態ゆえ、予め話をつけておいた"最後の増援"に早めに動いてもらったであります!」
「よし!良くやったぞアリサ!正直どうやって連絡しようか迷ってた所だ!」
「援軍が、来るのですか!?だったら何で一言……」
イムセティが疑問を呈するが、はっきり言うと"使う気が無かった"からだ。
この戦いで頼りにせねばならんようだと後が思いやられる。
と言う事で、一応お願いだけしておくに留めておいたが、
今思うと切り札を作っておいて正解だった。
「もうすぐ来るから、今はもう少し頑張るであります!」
「はーちゃんは、おこるかも、しれないけど……ハニークイン、むりやりにがした、です」
「いや、グッジョブだ!これで背後の憂いは無い!何時でも逃げ出せるぞ!?」
「だめです。ゆっくり、そーっと、にがしてるです」
「安全圏まで逃がす間……時間的に一時間くらい粘って欲しいであります。」
「判った……一時間だな?」
……そう言えば、ハイムはこの事を何で黙っていたんだろうな?
まあ、俺の子だし……大方時間的に問題ないと踏んでたのが予定が狂って、
時期的に今更言い出せなくなった、とかそういう話だろ。
まあ、赤ん坊に責任を取らすわけにも行かん。
……後で対策を練らなければならんな。
「よし、全員バリケードの裏に回れ!時間を稼ぐ!」
「「「「ははっ!」」」」
「オーケー!そうそう、遠距離攻撃不可な元奴隷諸君はバリケードの補強をお願いしますよ」
「……良いでしょう。事実ですし。では、敵への攻撃はお偉い貴族様方にお任せしましょうか」
……コイツ等は……。
いや、ここで怒鳴りつけてもなんら変わらんか。
「えんぐん、とうちゃくまで、あと、さんじゅっぷん、です」
「……それからこの場所まで来るのにどれだけかかるやら……」
「ユー、ウィーク?……元奴隷なんて言われ方が嫌ならここは踏ん張りどころですよ?」
「……くっ!良いでしょう……私達の底力、見せて差し上げますよ、貴方にね!」
「イエース!では逆に此方の底力も見せてあげますよ!」
俺や魔道騎兵が山なりに火球を飛ばす間、バリケードを決死隊が支える。
端的に言えば作戦はそれだけだ。
万一ここが突破されたらそのまま街の外にまで逃げるつもりだが、
その場合敵が俺たちを追って街の外に出てくる恐れもある。
出来る限り敵は街の中に収めておきたいので、それはやはり最後の手段だな……。
「おい、ここの守りはやたらと堅いぞ!?」
「飯か!飯があるのか!?」
「ケヒャ、アヒャヒャヒャヒャ……」
「畜生、ここにも無ければ俺達は飢え死にだ!」
「オイ聞いたか!?王宮のてっぺんに食い物と金が有ったってよ!」
「……じゃあ、この奥にも……」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」
「くっ、なんて圧力なんだ……これは、長くは、もちません、よ!?」
「ノンノン、出来る出来ないではなく"やる"しかないんですよ?」
「そう、ですか!いいですね、支える必要が無い方たちは!」
「……何時気絶するか判らない恐怖を知らない癖にいきがらないで欲しいですね」
「いい加減にしてたもれ!?生きるか死ぬかの瀬戸際なのだぞ!?」
「姫様!」
「オウ、マイプリンセス!目を覚まされましたか。良かった!」
「目も覚めるわ!良いか?もう少し仲良くせんか!」
「……」
「ンンンン……まあ姫様のご命令なら」
「そういう問題では無かろうに!」
終始こんな感じで防衛戦は続く。
そして、三十分。
……バリケードは辛うじてその時間を稼いでくれていた。
「ぐうっ……くうううっ……まだ、まだですか……!?」
「ハァ、ハァ……次の火球を撃てる者、何人、残ってますか……」
しかし、俺以外は疲労困憊。
……潮時だな。
「時間であります!」
「きた、です!」
「よし、全員この場を離れろ!」
「父!?魔王城は!?」
「諦めろ!後で新しいの買ってやるから!」
「本当か!今度はまともなのを頼むぞ!?……って言ってる場合ではないか!」
「はぁ、はぁ……よし、決死隊は最後までバリケードを支え、友軍撤退確認後に離脱します!」
「チッチッチ……殿は魔道騎兵の内馬が残っている者が勤めますよ……行け!振り向くな!」
俺達は一斉に走り出す。
殿はオドの言ったように魔道騎兵の内まだ馬の残っている者、
更にそこから比較的歳のいった者を選抜して……いや待て。
「オド!?」
「……最初から、こうする予定でした。彼等は……志願者ですよ」
「見捨てるんですか。味方を。……ははは、高貴な血とは大層なものですね?」
「止めんかイムセティ!礎とならんとする者に対する侮辱は流石に許さんぞ!」
「……はい。確かに言いすぎでしたね。申し訳無いですオド隊長」
「ンー……でも言われても仕方ない所ではありますね。確かにトカゲの尻尾きりですから……」
見知った街を駆け抜けていく。
城門の逆側まではまだ流石に敵も来ていない。
……バリケードの崩れる轟音。
そして、断末魔の悲鳴が断続的に響いてきた。
「……ソーリー、あなた達の事は忘れない。フフッ、ジーヤ団長のようにはいきませんねぇ」
「苦笑してる暇があれば走れ!巻き込まれるぞ!?」
「巻き込まれる、ですか?殿下それは一体……」
……その時、上空から衝撃波を伴い降ってくる巨体。
巨大な飛竜と蛇のような体のその二体の援軍とは……!
『お待たせしました!我等一陣の風となり参上しました!』
「ギャオオオオオオオオッ!」
『良く来てくれたウィンブレス!ライブレス!依頼の通りサンドールの兵を蹴散らしてくれ!』
「あれは……り、竜ですか!?」
「ワァオ……確かに殿下は戦竜公と呼ばれていますが。ああ、確かに即位式で……」
「はは、は……これはまた圧倒的な援軍だ。しかし父よ。何故最初から呼んでおかなかった?」
そりゃあ、最初は使う気なんか無かったからさ。
元々この国自体の底力を見せ付ける舞台としてこの戦争を定義してたからな。
……万一の備えを使う羽目に陥る事自体が想定外だよ。
まあ、切り札の一枚目さ。
なにせ、今回はどう足掻いても負けようの無い戦争だからな。
既に諜略の魔の手は敵の上層部にまで食い込んでいるんだぞ?
……しかしホルスはどうやってあの人を……まあいいか。
ともかくこの戦争は始まる前から終わってるって事だ。
俺が討ち取られれば話は別だが、コイツ等には少なくとも無理ってもの。
「ああ、私達の町が、崩れていく……」
「イムセティ、嘆くな!元々崩れ去る予定の街だ!」
「それより、いそぐ、です」
「あたしたちが街から出た辺りで……落とすでありますよ!」
走る、走る、走る。
背後で繰り広げられる一方的な虐殺を尻目に逃げる。
衝撃波と突風がただでさえ飢えて軽くなった兵士の体を宙に舞い上がらせる。
そしてイカヅチが降り注ぎ理性を無くした竜の蛇のような体が大地を這う者達を薙ぎ払っていく。
……城の中では食い物と食料を奪い合いサンドール兵同士の仲間割れが勃発していた。
それは正に地獄絵図だった。
そして、その地獄に新たなる一ページが加わる。
「うらもん、です!」
「全員が通り過ぎた段階で、アリサに連絡であります!」
「よし、全員全力疾走!後の事は考える必要は無い!出来る限り街から離れるんだあああっ!」
……。
俺達百人……そう百人、が街の門を出た辺りで、不自然な地響きがレキの街全体を覆う。
……アリサがこの街を支えていた柱を砕いたのだ。
「上手く崩落させるには細心の注意が必要であります!」
「だから、アリサは、ずっと、ちかで、まってた、です!」
「アンビリバボー……街が、沈んでいきますよ……」
「これが、殿下の……策……」
「ん?父よ……なんかここいらも揺れてないか?」
「当たり前だ!ここもまだ崩れる恐れがあるんだ!まだ速度を緩めるな……!」
「「「「「ええええええええっ!?」」」」」
まず、いの一番に城が崩れ落ちていく。
そしてそれを皮切りに街の中心部分より順に大地が地の底へと消えていく。
……ある者は驚き、ある者は怯え、ある者は足掻き、ある者は受け入れる。
短期間の無理な汲み上げにより空いた地下空洞は最大で高さ100mにも及ぶ。
……落ちてはただでは済むまい。
ふと気付くと全身が裂け、
内臓すら飛び出したままのスピンクスが崩落する街に飛び込んでいった。
その行く先には……あれはセト将軍?
この期に及んで主君を救いに行くとはな。
……いや、目玉が潰れ耳は鼓膜が破れ、鼻は内側から砕かれている筈なのに、
何で相手の位置が特定できるんだよ?
呆然とする暇もあればこそ。
無残を通り越し残骸のような姿と化したスピンクスの背にセト将軍が掴まり、
そのまま脱兎の如く崩落する街から離れていく。
……落ちていく部下を見殺しにして。
その横では相手をするのに疲れたらしいファイブレスが不愉快そうに座っていた。
……ふん、と鼻を鳴らしている。
「ああっ!敵将が逃げていきますよ殿下!」
「オーマイガッ!このまま逃げられては意味が……」
「いや、放っておけ」
まあ何と言うか。
あれだけやって単騎で帰って……帰る所が、残ってれば良いな?
セト将軍よ……。
……。
『悪いなウィンブレスにライブレスよ』
『構いませんよ。たまには良い運動ですしね』
「ギャアオオオオオオッ!」
気が付けばすっかり日は暮れていた。
三頭の竜、いや四頭か。
「ぴー!」
ともかく集まった竜達と俺達は、軽い勝利の宴を設けていた。
かなり苦い事になってしまったものの、勝ちは勝ち。
……死んで行った皆の供養も兼ねて、
こっそり(竜達の分も)城門の外に隠しておいた酒と食い物で乾杯をしている。
……だが、そんな気分にならない奴も居るようだ。
俺としても酒が不味く感じて仕方ないが、それ以前に上辺も飾れない状態の男が一人。
「…………」
「ウィー、アー、ウィナー♪……ん?どうしましたか。折角勝ったのに暗い顔をして」
「折角預けられた精鋭部隊が壊滅してしまいましたからね……はは、笑って頂いて結構ですよ」
「……こちらも兵が半減です。しかも私どもの場合替えが効かない。そちらと変わりませんよ」
……イムセティは、泣いていた。
誰が責めた訳ではない。自分自身が許せないようだった。
「ですが……泣いていても仲間たちが帰って来る訳ではないですからね。月並みですが」
「たしかにそうです。ですけど流石にそこまで割り切れませんよ」
「ハハッ!でしたら楽しい事を考えましょう!」
「……楽しい事?」
「そう。ここまで頑張ったのですからきっと褒美は期待できますよ!ああ、楽しみです!」
「……貴方はそうかもしれませんが、私達の場合は命令違反の上で壊滅ですからね……」
「オウ、ソーリー!ですが……貴方達は頑張ったと思いますよ?」
「相変わらず上から目線ですね……まあ、褒めてくれた事には感謝しますよ……」
……褒美、か。
今回の事は確かに問題だが、特に魔道騎兵は功も大きい。
決死隊の無茶も俺が後方に置き過ぎたと言う負い目があるし、
ただ罰する訳にも行かないだろう。
だが、何もしないとなると今度は抜け駆け上等と言う事になってしまう。
困った事に命令無視と言う事態はこの国始まって以来の珍事。
……初犯に余り厳しいのもどうかと思うな。
ともかく今回は褒美と罰のバランスを考えないとなるまい。
となると、アリサだけではなく……やはりホルスとも相談したい所だな。
「ふう。明日朝一番でサンドールに向かうぞ、ファイブレス」
『ほぉ?追撃か。それはいい、あの訳の判らんのも逃がしてしまったしな』
『訳の判らない?……もしや風のように逃げ去ったスピンクスの事ですか』
おや、ウィンブレスは知っているのか?
『あれ、特別頑丈な獣型ゴーレムなんですよ。中枢核を破壊するまで行動し続けます』
「生き物じゃなかったのかあれ!?」
『ええ。血肉は全てフェイク……とは言え、もうじき行動不能でしょうけどね』
『……ふむ。つまり次があったら骨を片っ端から砕けばいいのだな?』
『そうですね。核が何処にあるか不明ですし……まあさっき言いましたがもう限界でしょうけど』
「何でだ?」
『以前戦った事がありますが、稼働時間は精々数日。無駄に荷運びとかさせてましたし……』
「ああ、エネルギー切れか。……まさか何時も火山に居るのって、充電?」
しかし、まさか生き物ですらなかったとは予想外だ。
道理で頭を潰されても動く訳だ。声を上げていたのは擬態機能だろうか?
……そうなると悲鳴を上げているうちはまだ余裕があったって事になるな。
事実後半戦はまるで吼えなくなったとファイブレスも感じていたようだし。
『ジュウデン、が何を意味するかは知りませんがアレは火山の熱を力に代えて動いていますよ』
『……道理で。あのサイズが人に見つからずに生きていけるものか?といぶかしんでいたよ』
「とりあえず、心配は要らないわけか。じゃあ問題無いな」
そして俺は新首都への移動を皆に知らせると、
翌日、竜達のみを連れてサンドールへと向かった。
……正確に言えば、既にホルス達によって制圧されたサンドール王宮へと、な。
……。
≪side セト≫
あの逃亡劇からほぼ丸一日。
夕暮れが迫る中、俺は何とか祖国まで撤退する事に成功していた。
だが何とかサンドールに帰り着いていた俺を待っていたのは、
あろう事か……両手足を縛る鎖だった。
「……これは、どう言う事だ……答えろ貴様等!」
「貴方のやり方は少々民に厳しすぎたのですよ……」
ふん……文官どもめ、口では何とでも言える。
民だと?本音は長い物に巻かれただけだろうに。
……ただ、一人だけその行動原理では納得の行かない男が居るな。
「何故だアヌヴィス。お前は我が家の忠臣ではなかったのか?」
「……肯定」
「それが俺をこうして縛り上げている。恥ずかしいとは思わんのか!?」
「否」
ほぉ?
我が家の忠臣を謳いながら、主君を縛り上げる事に恥を感じないとは……大した忠臣だな。
「……今に見ていろ。スピンクスが再び目覚めた時がお前たちの最期だ!」
……単なるハッタリだ。
スピンクスは俺をサンドール首都まで送り届けた所で力尽きた。
あの怪我では助かるまい。
そして、サンドールの城門を潜った俺は……アヌヴィスの兵により捕らえられた。
ふん。結局本当にサンドールのため働いた忠臣は古代の守護獣一匹だったという訳か。
笑えん事この上ないな。
……だが、まだだ。
まだ希望は有る。
奴等はこのサンドールにおいてやってはならない事をしたのだ。
「レキの工作員よ。お前らに言っておくが……ハラオ王を害したのは失策だったな?」
そう、レキから送り込まれていた工作員どもだ。
奴等、あろう事かハラオ王を殺害したのだ!
……愚民どもに食料を配り懐柔したと言う話だが……甘いぞ!
この国でハラオ王は絶対!神の代行者なのだ。
それを害して支持があると思うな!?
「ふん。どうせ近い将来状況は変わるぞ。王殺しはあってはならない大罪だ。きっと罰が下る」
「……皇太子を殺した貴方に罰が下らなかった以上、それはありませんよ」
……なんだと……。
確かお前はホルス。レキの宰相か。そしてその脇にはレオとか言うマナリアの少年が。
……ふん、サンドールの民族衣装であるネメスの頭巾など付けて……つけ、て……。
いや、待て……その顔は!?
「あ、兄上!?」
「それはありませんよ。何故なら、二十年以上前に貴方が殺したんですから」
そうだ。王位が欲しかった俺は実の兄を殺しその体をバラバラにした。
……そしてその息子も殺害した、筈、なのだが……。
いや、まさか。
「……アヌヴィスが、逃がしてくれていたのですよ」
「その後奴隷として生きてきたっすか。道理で奴隷出身の割りに政治に長けてると思ったっす」
……生きて、居たのか!?
「結局兄殺しに風は吹かなかったようですね。結局貴方も今まで王にはなれなかった」
「別な家の人間に盗られたっすね。実権は握ってたみたいっすけど」
「ふん、だとしてもお前も王にはなれん!お前もまた王殺しなのだからな!」
……なんだ。何故笑う?
「私は王を……私の太陽を見つけました。今更王位なんかに興味はありません」
「まさか……外国人に王位を渡すつもりか!?冗談は止せ!」
「あの方に王となって頂くためにここまで策を巡らせたのです。本気ですよ」
「……大公即位の時からこの展開を考えてたっすか?酷い人っす」
こ、コイツ!?
最初からあの男を王にする為に動いていたというのか!?
……祖国を最初から売るつもりで!
「ば、売国奴が!太陽の国サンドールを滅ぼす気か!?」
「いえ。夜が来るだけです。少々、この国には昼、いえ夕暮れ時が長すぎたようですから……」
「ええい、文官ども!サンドールが無くなってしまうぞ!?それでも良いのか!」
……文官どもは曖昧に笑った。
コイツ等は、自分さえ良ければ良いのだ。
国がどうなろうと、自分の権益と財産さえ守れればな。
ふん。まあいい。
これなら遠からぬ将来、奴の国も破綻する。
……この政治屋どもの腐り加減は並みではないからな。
そのうち内側から腐って終わりだ。
俺は……冥府からそれを見て笑うとしようか。
「……父の仇、等と言う気はありません。主殿の、我が王のためです。消えて下さい」
「フフフフフフ……好きにすればいい……冥府で待っている!」
そして、鋭い槍が、俺の心の臓を、貫いた。
迸る己の血。
……そして、その無慈悲な一撃を俺に食らわせた男は。
特に何の感慨も無いように、自然体に文官どものほうへ向かっていく。
「じゃあ、こっちも始めるっすね?」
「ええ。そうしましょう……後々厄介ですからね」
「委細承知」
それは、一体、どう言う、意味だ?
……まあ、今更関係ないがな。
ああ、俺が、消えていく……視界も何もかもが、真っ白に染まり……。
……。
≪side ホルス≫
……かつてハラオ王の謁見の間であった大広間は、文字通り深紅に染まっています。
王の血と、将軍の血。そして……居ても問題しか起こさないような文官団の血です。
「しっかし、文官まで皆殺しにしちゃって大丈夫っすか?」
「ええ。有能な者や誠実な者は危急存亡の時故に国中を飛び回っていますから」
だから……ここに居るのは、国を駄目にするような腐った連中だけなのですよ。
奴隷として、見世物として人柄に接し、蟻達によりここ一年以上動向を見続けてきた結果、
彼等が生きているだけで危険なことになると判断しました。
そして、排除するタイミングはここしかありません。
この瞬間のみが、
民に反発心を持たれる事無く彼等を全滅させられる唯一のチャンスといって良かった。
「さあ、守護隊の皆さんは宝物庫と食料庫の中身を全て開放してください」
「うっす!で、それを降伏したにも拘らずハラオ王以下が渋ったって大々的に宣伝するっすね!」
そう、この戦争が始まって以来。
いいえ。レキ大公国建国以来の行動により、サンドール王宮に対する信用は地に落ちました。
今なら……今なら文字通り国ごとの乗っ取りが可能です。
それも、一般市民からの反発ゼロで。
……この策を主殿に最初に話した時、びっくりした顔をなされたのを良く覚えています。
正直ここまでやる事も無いのではないかと言われました。
ですが、私はなんとしても主殿にこの国の王になって頂きたかった!
他国に飲み込まれるからとかの説明は、正直言えば後付けでしかありません。
そう。大公位の手配に始まり、
資金を与え他国への侵略を促した事。
そしてその後その侵攻を失敗させ、その目をレキに向けさせた事さえ私の策。
……無論この戦争さえも。
条件さえ整えてやれば、後は向こうが勝手に動いてくれるので楽なものでしたけどね?
そしてその全ては……恐らく普通に促した所で渋るであろう主殿に、
どうにかして相応しい場所に登っていただく為の策だったのです。
……正確に言えば私とアリサ様の望み、ですけれど。
ともかく、策は成りました。
後は主殿に王国の建国を上奏するだけですか。
……レキ大公国は素晴らしい国になりました。
これからはサンドールの民もその恩恵を受けられる事になります。
その為にサンドールに払わせた犠牲は限りなく大きい。
ですが、未来永劫続く緩慢なる地獄よりはましだと私は考えるのです。
……この身は既に主殿の為ならどんな汚れもいとわないと誓っております。
それが、この国の未来へと繋がるなら、私としてはそれ以上の喜びはありません。
さあ……我等が主殿を迎える準備をはじめましょうか。
こんな血塗られた部屋で、新たなる王を迎える訳にはいきませんしね……。
***大陸動乱シナリオ6 完***
続く