幻想立志転生伝
54
***大陸動乱シナリオ5 発酵した水と死の奉公***
~どこぞの雪山登山よりも酷い話~
≪side カルマ≫
敵本陣の国境線侵入より半月程が経過。
俺達は時折敵の攻撃範囲外から火球をぶち込む以外には大した反撃もせずに、
敵を砂漠の奥へ奥へと誘っている最中である。
「フフフーン。殿下、今日は無傷で敵兵十数名を討ち取りました!」
「確かに大戦果。しかし……焼け石に水か。相手は対策を取ろうともしないしな」
「オゥ……そうですね。しかし大事な事はこちらの被害を出さない事、でしたよね殿下?」
「そう考えるとやはり大戦果だなオド。まあ敵側は食糧難みたいだし後は自滅を待てば良いか」
やはり、こう言う機動力が問われる場面では騎兵が役に立つ。
……しかし敵もさるもので、
凄まじい形相で此方目掛けて突っ込んでくる兵が日に日に増えていた。
大した執念だと思う。
ただ、それと同時進行で、馬に乗っている指揮官が減った気がする。
……むしろ目当ては馬なのかもしれない。
敵の乗る馬を食料として必要としている程の飢餓状態、これが敵軍末端の現状なのである。
なにせ、不足する水を倒れた味方の血や体液、挙句に老廃物で補おうとする始末だ。
……もしかしたらこの軍隊、生きて此方の拠点まで辿り付けないかも知れんな。
実は、謁見の間に敵を引き付ける餌として僅かばかりの金目の物は残しているんだ。
ついでに僅かばかりの食料も。
……宝石を放り出し、一切れのビスケットを奪い合う大人達。
という凄まじい図が展開される予定なのだがそれもどうなるか微妙だな……。
「いや、補給線ぶった切り続けさせてるにいちゃが言っちゃ駄目でありますよ?」
「うん。流石に罪悪感を感じはじめてるけど、それでも自重はしない」
「こんばん、とどめさす、です」
うん、水の採れる旧傭兵国家→サンドール王都間の物流をスケイル達に襲わせてるのも俺なら、
必死に水と食料を輸送しようとする荷駄隊とその護衛を襲撃し続けているのも俺だ。
ついでに中身が兵士な、罠の荷駄隊もあるんだけどそれは丁重に全て無視。
そのくせ普通の物資は残らず強奪しているので、彼等は侵攻後一度も追加補給を受けていない。
……あ、違うや。
積荷が全部俺たちのすり替えた海水樽だった時だけあえて見逃したっけ。
どんだけ外道?
いや、これ、悲しいけど戦争なのよね。
生産設備や道路に至るまで全て戦力と定義し、
近代的な殲滅戦を行うよりかはまだ人道的だと思うんだけど……。
……。
まあ、そんな訳でその日の夜遅く。
魔道騎兵を休ませている中、俺は休む事無く次なる工作に向かっていた。
……いや、大して難しい事ではない。
「水樽に異常なし!」
「此方も異常なし!」
ここはサンドール軍の野営地である。
そしてその中でも一二を争うほどに警戒が厳重な場所……そう。ここは物資集積所だ。
俺は現在荷台に置かれた水樽の下に地下からキリを伸ばし、
それぞれに数ミリ程度の穴を開ける作業を行っている。
獲物は長さ数メートルもある癖に先端は極細のキリだ。と言うより最早針だな。
「敵の姿は無し!」
「物資に異常は感じられず!」
ところがどっこい、地下から伸びて来た細く長いキリが水樽や水瓶に小さな穴を開けて行く。
流石に荷台の下、地面から伸びる極細針に気付く見張りは居ない。
水が漏れるよ少しづつ。
ついでに先日より子蟻に少しづつ荷馬車の車輪の軸をかじらせ続けている。
お陰で途中で車輪が外れ、折角の荷物を落っことす荷駄隊が続出していた。
そのたびに突き刺さる視線、飛び交う罵倒……。
もし俺がサンドール兵なら、逃げ出したくなるような険悪、かつ絶望的な雰囲気だ。
明日の朝、移動を開始した後置き場の下が湿気って居る事に気付く奴が現れたら地獄である。
だが、これで終わりではない。
そろそろ……ホルスとレオが最初の軍事行動を開始する頃だしな……。
……。
≪side レオ≫
「さあ、このパンを食べるっす」
「ああ、助かります」
ここはサンドールの路地裏。
自分達は戦争勃発後すぐに移動を開始し、
商会がこっそりと掘り進んでいたと言うサンドール地下の秘密通路に潜伏してたっすよ。
そして、サンドールの軍隊から隠れつつ、恵まれない人達に対し水と食料の供給を開始。
「しかし、許せないっすね」
「何がですかレオ隊長」
「サンドールの軍隊は水も食い物も残らず持って行っちまった。あれじゃあ餓死するっす」
「そうですね。ですが私達が言えた義理ではないですけど」
ホルス宰相は苦笑しつつそう言うけど、こっちは軍事行動っすからね。
戦争で勝つためだし、相手は敵なんだから仕方ないっす。
でも、サンドールにとって彼等は自国民。
……国民を守れない国に何の価値が有るのか判らないっすよ。
「まあ、細かい事っす。自分達はせめて餓死者を最低限に抑える。それが人の道っす」
「……そうですね。例え今後への布石でしかないにせよ、それで助かる者が居るのですから」
主君の為、汚い事も躊躇しないと決めているそうっすけど、
やっぱり祖国がボロボロになるのは辛そうっす。
でも、自分等に出来るのはこうして手の届く人を助ける事だけっすからね……。
「さあ、水を飲むっす」
「ですが、ここの事は軍の耳には入らないようお願いします」
「か、カルーマ商会の……」
「うう、天は我等を見放しちゃあいなかったんだ」
こうして、軍と国から民の心を切り離すんだそうっす。
食い物を配るのがどうしてそれに繋がるのかはまだよく判らないけど、
……感謝されてるから良い事だと思うっすね。
「とりあえず、軍に見つかるまではこうして水と食料を供給させて頂きますよ」
「ええ、言う訳が無いですよホルスさん……」
「危うく飢え死にする所でしたからね」
「ああ、ありがたやありがたや」
……それにしても本当に軍に喋る奴が居ないっす。
別に軍隊が来ても撃退して逃げるだけっすけどね……。
これで追い出されたとしても、敵に悪評が付いて、
一般の人達は"ああ、あの方達が居てさえくれれば"と思うから、
更なる支持が貰えるから問題無しとか言ってたっす。
細かい事っすけど、悪辣すぎるっす。
流石はアニキっす。
本当に半端無いっす!
「さあ、レオ隊長。次の場所に移動しましょう」
「うっす!じゃあ皆、次の配給は明後日っす。軍にばれないよう集まるっすよ?」
そして自分達は次なる場所に向かうっす。
一箇所で配り続けたら流石にばれるっすよね。
さて、確か次の場所には死に掛けの子供達が居る筈っす。
腹空かせてると思うから急ぐっすよ!
……。
≪side アブドォラ≫
「またか!?また物資を失ったと言うのか貴様等は!」
「は、そ、それが老朽化したのか樽や瓶にひびが入っていまして……・」
レキ大公国内に侵攻を開始してもうすぐ一か月になる。
先日ようやく敵首都の場所を探り当てた所じゃ。たどり着くまでおよそ一週間といった所か。
だが、ここまで来て物資の不足が表面化してきていた。
セト将軍はお怒りのようじゃが、それも止むを得まい。
……後方からの物資輸送が滞っているにも関らず、手持ちの物資は人為ミスで減り続ける。
荷馬車の車輪が外れ、上の水がめが残らず割れたときは流石のわしも怒鳴りつけたものだ。
「……アブドォラよ。保つのか?レキまで、水や食料は!?」
「既に余裕はありませんな。悪辣な事にカルマめは後方からの物資遮断にのみ腐心している様子」
嘘だ。本当は足りん。
恐らく最後の三日間ほどは兵に与える物など何一つ残っておらんじゃろう。
……正直、最初から後方からの物資は期待しておらんかった。
あの男がみすみす荷駄を通すとは思わんしの。
だから現在ある分を出来る限り節約させようと荷駄隊の責任者などに名乗りを上げた訳だが、
……幾ら節約してもこれでは意味が無いではないか!?
特に輸送班はなっておらん!
サンドールの民でありながら水をないがしろにするような輩は要らぬわい……。
「ともかく、これ以上の物資を失う訳にはいかぬわい……担当者には荷馬車の点検を徹底させる」
「そんな当たり前のことも出来ないとはな。俺の軍にそんな間抜けは必要ない。……斬れ」
馬鹿な事を。
現在居る奴ら以外は更にレベルが下じゃ。
今後の輸送に更なる支障をきたすに決まっておるわい。
まあ、断ったらわしの首が飛ぶじゃろうし、名目上殺した事にしておくかの。
……ん?
「た、大変です!」
「何事だ?」
伝令が顔色を変えて走ってきた。
……何か禄でもない事が起こったのだろう。
「物資集積所が、飢えた兵によって襲撃されました!」
「なんだと!?」
「それで、被害はどうなったのじゃ」
ま、いずれ起こるとは思っておった。
その為に精鋭の兵を守りに置いておいたのじゃ。
腹を空かせた程度で動くような輩を排除できれば兵の質は高まり兵糧の消費も減る。
厳しい沙汰で締め付けもできるし一石二鳥と言うもの。
……後は、物資の被害状況じゃな。
「な、何故か炎上しております!」
「な、なんだってーーーーっ!?」
思わず天幕から走り出し、物資集積所に向かう。
……何故だ!?
何故火が付いたりする!?
奴らは飯が欲しいだけじゃろうに!
「……ちっ、どいつもこいつも使えん……」
止むをえん、と言う声が背中のほうから聞こえた気がした……。
さて、将軍はこの状況をどう覆されるつもりなのか?
とりあえずお手並み拝見と行こうかの。
……。
≪side カルマ≫
丘の上から俺達は燃え上がる食料庫を見ていた。
……いや、今回は別になにもやってないんだけど。
「末期か?」
「多分そうであります」
気持ちは判らんでもない。
自分で食えないならせめて他の奴にも食わせたく無い。
多分そう言う事。
満たされない思いは時として自己破滅をも内包した破壊衝動として現れる。
……等と言ってみる。
「ともかく、これで奴らは水も食料も失った……引くも進むも出来ん」
「かった、ですか」
「ウィナーーっ!正に被害皆無!歴史的勝利!殿下、その影にオドと魔道騎兵有りですよ!?」
策はまだ二重三重に用意していたが、思ったより脆かったな。
後あり得るのは、スピンクスとか言う守護獣による特攻か?
なんにせよ、軍は此方まで辿り付けまい。
「よし、一度帰還する。ただし、相手が全滅するまで気は抜くな!」
「ハハッ!」
……これで、終わってくれれば良いんだけど、な。
……。
翌日。
連日の戦いで流石に疲れていたのか目が覚めたのは昼過ぎだった。
非難させる、と言うか遷都の為に殺風景になった部屋を見渡してみる。
実際はかなりの期間を遠征に費やしていたとは言え、
流石に一年以上暮らしていたのだ、多少の寂しさを覚えるな。
「ま、勝っても負けても捨てる街だし、余り拘っても、な」
「おお、父。ようやく目を覚ましたのか?」
ん?ハイムか。
何か大荷物持って何処へ行く……。
「……って、何でここに居る!?避難しておけって言った筈だよな!?」
「馬鹿にするな。わらわは魔王。自分の身くらい自分で守れる」
「そういう問題じゃないだろうが。万一があったらどうするんだ?」
「別に良かろう?敵は既に壊滅したと聞いたぞ?」
「それでも引越し予定は変わらん。さっさとルンと一緒に移動しておけ」
「あーそびーたいー、あーそびーたーいーーっ」
あーもー。
本当に魔王なのかコイツは。
いつの間にか肉体年齢に精神が引き摺られて無いか?
「ふふふ、無人の野と化したこの街はわらわが頂く。魔王城の真なる復活だ……」
「聞こえてるぞ、お馬鹿め」
目をキュピーンと輝かせて居るが、言っている事のレベルが低すぎるぞ。
全く、今度本当に城の一つも建ててやらんと納得しないだろうなコイツは。
……予算組んどくか。
なにせ、撤退後にはこの街自体が……。
「では、わらわは子供らしく遊んでくるぞ!」
「はいはい」
謁見の間の前に待たせていたらしいニワトリ軍団を引き連れて走り出す。
しかしどこか白々しさを感じるな。うん。
……その背には携帯食料が山のように。更に、転がしている樽は水樽か?
もしかして、アイツ……。
「……ところで、アリシアは居るか?」
「はいです」
床石がゴゴゴと音を立てて外れ、その下からアリシアが飛び出してきた。
……いつもの事だが。
「ハイムのお目付け役を頼む。……嫌な予感がする」
「はい、です!」
トテテテテとハイムを追っていくアリシア。
さて、これで向こうは問題ないな。
しかし……なんでここに来るのを誰も止めないんだよ全く。
幾らお姫様だからって……いや、だからこそ許して良い事と悪い事があるだろうに。
いや、こういう戦況なのは移動中の向こうにも伝わってる筈。
この状況なら問題ないと判断されたのだろうか。
……どうも楽勝ムード漂ってきたが、俺の場合こういう時が一番危ないと言う経験則がある。
故に、発破をかける意味も込め、決死隊の詰める城門前まで行ってみる事にした。
そうだ。俺はもう油断などしない。してたまるかよ……。
……。
「よお、イムセティ。調子はどうだ!?」
「殿下!今日も異常はありません。昨日も、一昨日も……」
当のイムセティたちは今日も誰も来ない、硬く閉ざされた城門を守っていた。
……かなり不満げだ。
良く無い兆候だ。少し話しておかないと拙そうだな。
「ちょっと不満だろうが、守備とはそういう物だ。けど、手を抜いて良い物でも無いからな?」
「そんな!私が手を抜いていると言われるのか!?」
え?いや、そう言うつもりじゃないんだけど。
「確かに戦争経験どころか剣闘士としての実戦経験も無いですが、何事にも最初はある筈!」
「ん、ま、まあそうだな」
「判ります。こうして立っているだけでも僅かばかりの経験になるのは……ですが!」
「いきり立つなイムセティ」
「日々華々しい戦果を上げる彼等に比べ私達は……」
「まさか、オド辺りに何か言われたのか?」
だとしたら、ちと問題だ。
向こうにも一声かけないといかなくなるが……。
「いえ?何も。ただ……人の横で大声上げて自らの戦果を誇られるだけですよ、あの方は?」
「食堂でこれ見よがしに誇ってやがるな、あの貴族様は」
「なんつーか、目が人を小馬鹿にしてるって言うかな……」
……これまた余り宜しくないな。
これか、これが不安の元凶か!?
こう言う小さな不満の積み重ねが、後々に響いてくるんだよなぁ。
「判った。オド達には後で俺から言っておく……」
「殿下なら判って頂けると思っていましたよ!」
嬉々とした表情。
しかし、コイツ等本当にストレス溜まってるっぽいな……。
……こうなると、敵さんがたどり着いてくれたほうが良かったとすら思ってしまうぞ。
しかし、現実的にはもうたどり着ける筈が無い。
来るとしたら、とても一般兵には任せられるわけが無い巨大な獣一匹か。
……後で盗賊討伐でもやらせるか。
うちの国には盗賊なんて居ないから村正辺りに頼んで商都の作戦に混ぜてもらって……。
「……いちゃ!……にいちゃ!にいちゃ!」
ん?何かアリスが人のズボンの裾を引っ張って……どうかしたのか?
「サンドール陣内に、スピンクスが現れたであります!」
「でっかい、ひとのかおした、ライオン、です」
人の顔をしたライオンね……それでスピンクス(スフィンクス)というわけか。
で、そいつは何時攻めて来るんだ?
「んで、それが……荷物運びしてるであります!」
「……は!?」
「せなかに、にもつ、いっぱいくくって、おうふく、はんぷく、です」
……えーと、仮にも守護獣だよな。
それを、荷馬車扱い!?
「殿下……つまり、敵は息を吹き返したという事ですね!」
「そう言う事になるが……嬉しそうだなイムセティ」
「いえいえ、ただ、この計算違いで私達にも出番が来るかと思うと武者震いがするだけです」
悪かったな、計算違いで。
……まあ、ともかく敵は来る訳か。
「……それとスピンクスは荷物運びが終わったら、兵隊乗せてこっち来るそうであります」
「にもつはこび、こんばんちゅうで、おわるかも、です」
それって、つまり明日には精鋭部隊付きでこっちに来る可能性があるって訳か?
まあ、それでも何だかんだで到着に数日くらいは見ても……いや、油断は禁物だな。
第一、守護獣は巨体だという話だ。当然移動も速いし遠くまで見渡せる。
それに流石に此方の街の位置も特定されていると思ったほうが良い。
『我が身の出番か?』
「そうなるな……まあ、単騎で何が出来るって問題も有るが、城壁を崩されると厄介だからな」
……要するに、決戦と言う訳だ。
ともかくスピンクスさえ屠れば後はどうとでもなる。
後々サンドール軍が来ようが、特に問題にはなり得ない。
そして幾ら運んで来れるといっても、サンドール自信の持つ物資の方も限界に近い筈。
……ここを凌げれば俺達の勝ちだ!
「イムセティ。巨獣は俺が相手をする。出来るだけ敵を食い止めるんだ」
「そんで、やばくなったら少しづつ後退するであります。最終的にはお城の前まで」
「そこまでひいたら、あとは、おしろのうしろにまわって、うらぐちから、にげるです」
そうして、敵が残らず城に入ればそれだけでこっちの勝ちだ。
奪われるのは最初からの予定の内。
詳しくは言えないが本隊がやってきた時が連中の最後……。
それに、幾ら巨獣とは言え、背中に乗せられる人数には限りがあるだろう。
イムセティの初陣には丁度良い相手のはず。
出来れば本隊が辿り付くまでに実戦に慣れてくれれば言う事は無いがな?
……さあ、正念場だぞ!
「はい……カルマ様の言うとおりに。……さあ、皆!私達決死隊の力を見せる時ですよ!」
「「「おおーーーっ!」」」
気勢を上げる決死隊を背に、続いて魔道騎兵の元に向かう。
……あいつ等も戦い続けだ。
そろそろ休ませてやろうかとも思っていたので、丁度良い。
「……と言う訳で、敵の進軍が早くなってきた。万一敵が迷ってルン達の方に行ったら事だ」
「ドォント、ウォーリー!妃殿下……お嬢様の警護ですね、それはもう、願っても無い!」
と言う訳で、騎兵は護衛として移動中のルン達の元へ行かせておく。
何せ、向こうは家財道具一式もって移動中だ。
追いつかれたりしたらひとたまりも無いだろう。
……万一見つかった場合、
移動する森なんて目立つとか目立たないとかと言うレベルでも無いしな。
まあ、騎兵は要塞の守りには向かないという理由もあるんだけど。
……後は、俺が守護獣を倒し、
決死隊が敵を出来るだけ引き付けて撤退すれば良い。
まあ、数日も粘れれば上出来だろうな。
……さて、じゃあ俺は敵が来るまで休んでおいた方が良いな。
もう一眠りしますかね?
……。
そして、更に三日後。
奴らはようやく現れた。
……俺は硬く閉じられた城門前に仁王立ちしていた。
その目の前にはセト将軍とアブドォラ氏の姿。
更にその後ろにはファイブレスと良い勝負の巨大な獣の姿がある。
「レキ大公カルマよ。サンドール王家に対する反逆の嫌疑で大公位を剥奪する」
「今更何言ってるんだか……部下の家に押し入る上司がいるかよ。もう主従ですらないだろ?」
「ククク、違いないな。……まあ、なんだ。俺とサンドールの為に死んでくれ」
「お断りだ」
はなから双方譲る気など無いのは明白。
故にこれは単なる決裂の確認でしかない。
『召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』
「行け!我がサンドールの守護獣スピンクスよ!」
城門を背に俺がファイブレスを召喚。
それと同時にセトがスピンクスをけしかけてきた……!
怪獣大決戦とでも言うべき戦いが始まろうとする中、同様に足元を駆けていくサンドール兵。
……狙いは城門。
「さあ、私達もここで手柄を立てるんです!あの人達に、負けている場合ではありませんから!」
「「「おおーっ!」」」
スピンクスの背に乗り、
尻尾にくくりつけられた綱に引かれた荷車に乗せられて、
ここまでやって来たサンドール兵は、おおよそ六百人。
これを多いと見るのか少ないと見るのかは正直判らない。
そして、今も物資の切れた中こちらに向かい続ける兵士は残り八千人ほど。
レキにさえ着けば水も食料もふんだんに有ると信じて疑わない彼等は、
驚異的と言うか暴走じみた速度でこちらに向かって進んでいるそうだ。
サンドール軍の兵卒達は、頬はこけあばら骨の浮き出た悲惨な姿だ。
腐った水のせいで酷い下痢を起こしている者も多いという。
だが、その目はまさに植えた狼のように爛々とした光を放つ。
……攻城兵器などは持っていないが決して安心できる相手ではないな。
そして。
「ガアアアアアアッ!」
『……知能の低い獣風情が!』
人の顔を持ちながらも、そのあり方はまさしく野生の獣なスピンクスの姿。
流石に背中に羽が生えていたり尻尾が蛇になったりはしていないが、
それでも難敵なのには変わりないだろう。
「……少し確かめたい事がある。炎を吐いてくれ!」
『承知だ!』
ファイブレスの火炎放射が相手を包む。
だが。
「ウガアアアアアアッ!」
『くっ!?我が炎が効いていない!』
やはりか。
火山で暮らしていただけの事はある。
あの毛皮、耐火性能が高いぞ!
「……て、事はだ。火球も爆炎も効かないと考えた方が良いな」
「はーっはっはっは!素晴らしい、素晴らしいぞスピンクス!」
残念だけど、喜んでいられるのも今の内だけだ。
……勝ちに行くぞ!
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『合わせる!うおおおおおおおっ!』
「グ!?ググアアアアアアッ!」
俺の手から放たれた電撃がスピンクスの顔に突き刺さった……流石に電撃は効くようだな?
そして思わずひるんだ所にファイブレスの爪が振り下ろされる。
スピンクスは怒号を上げ、顔に爪の跡を残したままバックステップで距離を取った。
とは言え此方の攻撃は薄皮一枚でかわされたようだ。敵はピンピンしている。
「はーっはっは!流石だスピンクスよ。竜の一撃を食らってもまるで効いていないぞ!」
『かすっただけだから当然だな』
足元には戦いに巻き込まれた兵士達の無残な姿。
そして、
「熱湯を浴びせて下さい!相手は絶対に避けようとはしませんから!」
「水だ、水が降ってきたぞ!」
「熱い、熱いけど……喉が、渇いて……」
城門前では早くも攻防戦が始まっていた。
……さて、忙しくなりそうだ……。
まずは目の前の巨獣から片付けるとしますか!
……。
≪side ルン≫
大分大きくなったガサガサ達の枝に乗り、私達は新しい街への引越しの途中だった。
荷物も多いのでゆっくりとした歩みだけれど、ガサガサたちは休むという事を知らない。
確実に先へと進んでいく。
……それは良いのだけれど、今日は朝からはーちゃんの顔を見ていないのだ。
何だろう。嫌な予感が頭から離れない。
「はーちゃん?何処?」
「どうしたのルンちゃん?」
「アルシェ。はーちゃん、居ない」
「……え?ルンちゃんの許可が下りたから街に遊びに戻るって言ってたよ?」
……そんな許可、出してない。
第一レキには敵が迫っているのだ。
言われても絶対に認めたりはしない。
それなのに何で?何でそんな事になっているの?
「私は、そんな許可……してない」
「嘘?だってはーちゃん、今朝"ちゃんと話はした"って出かけて行ったけど」
「誰に?」
「……え?」
少なくとも、今朝目を覚ました時、横にあの子は居なかった。
では、誰に話を通したというのか?
「あ、あの……お嬢様……」
「じ、実は……」
モカ、それにココア?
……まさか……。
「も、申し訳ありませーん!」
「チビお嬢様が、忘れ物をしたって言うから……あ、でもでもすぐ戻るって言ってましたよ!」
「すぐ?すぐって何時まで?」
「「え?」」
「すぐ、と言う言葉は当人の主観によって幾らでも変化する……あの子が本当にすぐ戻るか不安」
「……そうだね。魔王城を守るのだ!とか言ってたくらいだし」
……アルシェ?今何て言ったの?
「ん?ああ、昨日さ、はーちゃん弓を習いたいって言ってきたんだ。その時にそんな事言ってた」
「そこまで聞いてて……何で行かせたの?」
「あはは、大丈夫。後でねって言って教えなかったからさ。それにお腹が空けば帰ってくるよ」
「そ、そうですね!次は無いように私達がしっかり見張ってますから!」
「……でも、そう言えば最近食料や水樽の数が少し足りないような気がするんですが……」
……場の空気が、凍った。
「え?モカさん。それって……拙いんじゃないの!?」
「篭城、準備……でしょうか」
「そう言えば最近のチビお嬢様は色々と名目を付けて荷物を漁ってましたねぇ」
再び沈黙。
ガサガサが歩く度、枝に釣り下がった鳥小屋のような私達の部屋が僅かに揺れる。
「まさか……まさか、はーちゃん……戦いに行った、とか!?」
「アイブレスも居ない。有り得る」
「「あわわわわわ……」」
よく見ると寝床も綺麗に片付けてある。
……あ、布団の上にひよこ。
しかも首に何か吊り下げてある。
「……魔王、代理?」
「え?このひよこがはーちゃんの代理?って事は」
「「いやああああああっ!」」
……どう、しよう。
今更戻っても、近くにサンドール軍が来ているという情報もある。
「……情報……情報といえば」
「アリスちゃん達だね!メイドさん達、悪いけど」
「「行ってきます!」」
「そのひつよう、ないです」
「緊急事態なので急いで参上であります!」
だが、こちらの懸念を伝える前に窓から飛び込んでくる小さな影が二つ。
……本当に頼りになる。
「はーちゃんがレキに戻って魔王城(仮)に篭城する準備を進めているであります!」
「ほかのあたしがとめてるです、でも、いうこと、きかない、です」
やっぱり。
でも、危険……あの街は廃棄される街。
先生の事だからとんでもない罠が仕掛けられているに決まってる。
……どうしよう。
「アイノー、アイノー!お話は全て聞かせていただきました!」
「……オド?」
そうしたら、突然ドアが開いてオドが私の前に跪いて来た。
「姫様の危機は見逃せません!ここは私どもがお迎えに参りましょう」
「え?いいの?て言うかさ、魔道騎兵は街中じゃ真価を発揮できないんじゃ」
「ノンノン!確かに馬の機動力は失われますが、それでも私どもは精鋭中の精鋭ですよ!?」
「……でも、確か魔道騎兵の仕事は……カルマ君から頼まれた事反故にしちゃって良いの?」
そう、確かオド達の仕事は私達の警護。
流石に追いつかれたらただでは済まないと思う。
元々、万一敵が追ってきた場合に一般の人たちから目を逸らす為、
この集団は存在を隠そうとはしていない。
何かあったらすぐに見付かるだろう。
だけど現在ここに居るのは編成途中のアルシェの部下だけ。
万一を考えると魔道騎兵は居た方が良いに決まっている。
「オウ……で、ですが元々我等はルーンハイムの兵!妃殿下の命令こそが最優先です!」
……確かにオドが行ってくれれば話は早いかも。
だけど、あの子のわがままに兵たちを付き合わせて良いものだろうか?
今から戻るとほぼ確実に敵の主力と鉢合わせると思うのだが……。
「妃殿下……お嬢様。姫様をそのままにはしておけません。どうかご許可を」
「…………」
冷静になれ。
あの子の傍にはアリシアちゃん達がついている。
いざとなったら何とかしてくれる筈だ。
……本当に何とかなるのだろうか?
あの子のわがままではあるが、同時にあの子には魔王としての自負があるように思う。
自分の城をみすみす敵に渡すだろうか?
アリシアちゃん達だけで……本当に大丈夫だろうか?
「大丈夫。敵と戦いに行く訳ではないのです……姫様を無理にでも連れて帰る、それだけです」
「たしかに、あたしらだけだと、せっとくむずかしい、です、けど……」
『ちょ、アリシアちゃん。本当に来ちゃったら地下道が使えなくなるでありますよ……』
『でも、はーちゃん、ぜんぜん、いうこときかない、です』
『そうでありますね。何か理由でもあるのでありますかね?』
『どうであれ、あぶない、です。せっとくできるなら、はやく、せっとくしてほしい、です』
……行って欲しいといえば、オドたちは行ってくれる筈だ。
あの子を心配してくれるのも純粋に嬉しい。
けれど、それで良いのだろうか?
先生の計算に予測不能な遺物を混入してしまう事にはならないだろうか?
……そもそも、今から行けば後詰の一万近い敵に当たる可能性が高い。
それはオド達に死ねと言うような物ではないのか?
……私は、どうすればいい?
理性は、心配要らないから余計な事はするなと警鐘を慣らす。
先生に伝えて、後は任せれば良い。
それ以上は、越権行為だと。
……。
「……オド、お願い。はーちゃん、助けて……」
「イエス!承知しました。全てこのオドにお任せを!」
……でも、私は。
あの子を見捨てるような真似は、出来ない。
例え、それがどんな結果を生むか。
ろくでもない事になるのは承知だとしても……。
あの子が……心配で……一分一秒が……惜しかったのだ。
万一何かあったら……私は、多分……立ち直れないから……!
……。
≪side アリサ≫
……厄介な事になってきたなと思う。
ここはレキの地下、大空洞。
地下水の急激な汲み上げにより沈下した部分に柱を立てて補強しただけの部分だよー。
柱が折れれば確実に街ごと沈むね。うん。
しっかし地盤沈下って怖いよねー。
今回は、この巨大地下空洞に敵さんを残らず叩き落すという作戦になってる。
実は暫く前からこの地下空洞が大問題になってた。
何時国ごと地下に陥没するか知れたものではないのだ。
……いやあ、急いで街を作りすぎたし水を汲み上げすぎたよねー。
そんな訳で、敵さんが来ようが来まいが関係なく、
この街は遠く無い将来破棄せねばならなかった。
それを攻撃用武装として使用する事にしたというわけ。
……新しい街はそこの所を良く考えて、
地下水の汲み上げ過ぎになんてならないように気をつけている。
要するに、レキの街は失敗作。
文字通り瓦礫となって消える運命だった訳だねー。
まあ、良い経験になったよ。
地上に作る建造物ってのも難しいもんだよね。
さて、ところがここに来て問題発生。
はーちゃんが魔王城に篭城開始。
しかもそれを助けようとオドと魔道騎兵がこの街に戻ってきちゃった。
……これじゃあ街を落とせないってば。
「どうしようかアリシア」
「……とりあえず、にいちゃ、れんらく、です」
「駄目」
「な、何ででありますか?」
……兄ちゃは今も戦闘中。
それに、もし伝えたら……兄ちゃに娘と部下を殺すなんて選択肢は選べない。
それは即ち文字通りレキの街を奪われるという事だよ。
……何も残っていない街だけど、首都を奪われたという事実は消えない。
今後の行動にも大きな問題として残るし、第一他から舐められる元。
それは避けたい。
何せ絶対に払拭できない汚点になってしまうからねー。
「……いざとなったら、覚悟するしかないよねー……なんとしても、兄ちゃを勝たせる!」
「は、はいです。じゃあ、じゅんびつづける、です」
兄ちゃはスピンクスと戦ってる。
……余計な事は、考えさせたく無い。
だから、泥はあたしが被るんだ。
一応、こう見えても兄ちゃの妹で女王様なんだからね!
……。
≪side ハイム≫
「ええい、だからこの場はわらわの手勢で守ると言っておる!」
「ばか、いわない、です」
「早くしないと……城門も何時まで無事か判らないでありますよ!?」
わらわはアイブレスに跨り、両脇にハイラル達を引き連れて、
ようやく完成した魔王城前に陣取っている。
……眼前ではクイーンの分身達が早く逃げろと騒ぎ立てているが……それは出来ん。
「どうなろうと、わらわの責任である。お前たちこそ早く逃げるのだ!」
「だから、はーちゃんも、はやく、にげるです!」
「置いて行ったら、とんでもない事になるで有ります!赤ん坊なの忘れてるであります!」
馬鹿を言うな。
魔王は例え殺されようが最後まで魔王城を守るべきだ。
敗北が避けられなくとも、せめてそれぐらいは何とかしたいではないか?
……それに、まだ駄目だ。
少なくとも後半日……何とか保たせねばならない理由があるのだ。
それさえ成れば、この仮設魔王城を自ら破棄する、と言う選択肢もある。
だが、まだ駄目なのだ。
「……まさか、流石のわらわも変態にここまで時間が掛かるとは思わなかったからな……」
「ともかく、魔王城なら新しいの作って貰えば良いであります!さっさと逃げるでありますよ」
「さもないと……ああ、きちゃった、です……」
む、何が来たと言うのだ?
まだ城門は破られておらんではないか。
「ゴーーーール!姫様、オドが参りました、護衛致します。さあお逃げ下さい!」
「「「魔道騎兵全騎参上!」」」
な、何でお前らがここに居る!?
わらわだけなら飛んで逃げる事も出来るし、クイーンの分身達までなら地下道を使える。
だが、お前らには地下の蟻王国の存在を知られる訳にもいかぬだろうし、
そもそも、地下道の入り口は横のゴミ捨て場にも一つあるが、
馬どころか成人男子が通れる幅すらないぞ!?
「死にに来たのか馬鹿者!」
「それは姫様の事です。さあ、急ぎましょう。あの元奴隷達が何時まで保つか判りません」
ええい、それは出来ぬのだ!
「帰ってたもれ。わらわは魔王城を守らねばならん」
「ノンノン!貴方はルーンハイムの跡取り。それに何かあったら妃殿下が悲しまれます!」
「わらわの身は自分で守れる!貴様等こそさっさと……こら、何を抱き上げておる!?」
「ご無礼は覚悟の上。無理にでもお連れします……」
「おお、さすが、です!」
「体格差は偉大であります!さあ、急ぐでありますよ!」
むう!駄目だ駄目だ!
あ奴を見捨てる訳にもいかんのだ!
「ぴー!」
「ガブリトイッター!な、何をするのですかアイブレス!?」
おお、良くやったアイブレス!
お陰で拘束が解けたぞ!?
「良いかオド。わらわはここを動かぬ。これは……母の家名を利用して悪いが、君命と心得よ」
「ノー……何故です?何故そんなにまでして拘るのです!?」
「そうです!ルンねえちゃ、しんぱいしてる、です!」
「ルンねえちゃは、はーちゃんを見捨てられないであります!判るでありますよね!?」
……判っている。
それは判っているのだ。
だが、母がわらわを見捨てられないように、わらわも奴を見捨てられぬ。
……ええい!止むをえん!
「……しかし、駄目なのだ……あれを見てたもれ?」
「さなぎ、ですか?」
「あ、まさかハニークインであります!?」
その通り。
先日よりハニークインが成虫になるべく最後の変態を開始した。
……当初は余裕で間に合うと思っておったが、どういう訳か変態終了が遅れているのだ。
何故だ?ただのミツバチになるだけならこんなに時間をかける必要など無いはずだが……。
だが、わらわも魔王。現実を受け入れるのには慣れておる。
「今は一番大事な時期。ある程度変態が終了するまで動かす事も出来んのだ」
「……あの子も、預かり物でありますからね……」
「どおりで、さいきん、みないとおもった、です」
「……そう言う訳だ。あ奴もわらわが部下。見捨てられぬのだ」
故に、出来る限りここに居ないとならん。
相手が相手だ。万一見付かったら、飢えた兵士に食われかねんしな……。
「そんな訳で、わらわだけならどうにでもなる。お前たちは逃げてたもれ?」
「オオ、オオ……判りました。全てこのオドにお任せを!」
「うむ。それでは宜しくな。わらわは半日したら変態したハニークインを連れて脱出する」
「ハハッ!では決死隊と連絡を取り、何としても半日。ここを守り抜いてご覧に入れます!」
……え?
「シーーーット!全員静聴!我等はこれより姫様の為に決死の戦いに参陣する!」
「「「「おおおおおおおっ!」」」」
「去りたい者は止めない!だが、名誉と主君の為戦いたい者は私に続きなさい!」
「「「「逃げる輩など居る筈も無い!我等ルーンハイム直属魔道騎兵!」」」」
「ゴゥトゥヘル!ではいざ行かん戦いの地へ!」
「「「「おおおおおおおおおおおっ!」」」」
……止める暇などある訳も無かった。
凄まじい勢いでオド達が城門向けて走り去っていく……。
「ど、どうしよう……」
「アリサー!アリサー!いちだいじ、です!いちだいじーーーっ!」
「えらい事になっちゃったであります!指示を下さいでありまーーーす!」
このままだとあ奴らは残らず死ぬぞ!?
ど、どうしよう。
わらわは……わらわはどうすれば良いのだ!?
……思わず城門の方を凝視していると、
城壁をよじ登ったサンドール兵と決死隊が戦っているのが見える。
あれ?あれもおかしくないか?
「あ奴ら……何故引かんのだ?まだ下がれる場所は幾らでも有るだろうに」
「……さいあく、です」
「イムセティ達、功を焦ってるであります!」
「なんだと!?」
「他のあたしから話を聞いて"ならばここを通させる訳には……"とか抜かしてるであります!」
ちょっと待て。
つまり、被害が出ようが何だろうがあの場から引かぬと宣言したのか!?
……もしかしなくとも、わらわのせいで!?
クイーンの分身たちは涙目だが、泣きたいのはわらわも同じだ!
当初の予定では、
大して目立ちもせんこのゴミ捨て場の脇で隠れるように待機しているつもりだった。
見付かった時だけこっそり迎撃するつもりだったのだ。
……だが、オドは明らかにここを守る形で陣を組んでいるぞ!?
これではどんな阿呆でもここに辿り付いてしまうではないか!
いや、守りとしては硬いだろうし、数が少ないのだからバリケードを用意するのは判るが。
……折角の僻地と言う好条件が台無しではないか!
ああ、困ったぞ……どうしろと言うのだ……。
頼みの父は巨獣と一騎討ちの真っ最中。
母は遥か彼方、ガサガサの枝の上……。
「だ、大丈夫だハニークインよ。お前の体が固まるまで、何とか保たせて見せるからな……」
脳髄まで組み直しているせいで思考すら感じ取れぬがそれでも生きているハニークイン。
……先代ハニークイン達の為にも絶対に死なす訳にはいかん。
いいだろう。やってやろうではないか……。
わらわを誰だと思っている?
わらわこそは魔王!
魔王ハインフォーティンなるぞ!
***大陸動乱シナリオ5 完***
続く