幻想立志転生伝
53
***大陸動乱シナリオ4 悪意の大迷路放浪記***
~上記は敵さんの話です~
≪side カルマ≫
国境線から数日程の小高い丘の上で俺は遥か先を見下ろしている。
機動力のある騎兵のみを率いた結果、何とかここで敵の先鋒を補足出来そうである。
そう。もうすぐ遥か西より、ここに敵の先遣部隊がやってくるのだ。
……ただし、まともな道が残っているのもまた、ここまでなのだけどな。
つまり、ここが国防の為の第一の関門という訳。敵の通過前に間に合って本当に良かったよ。
さて……突然であるが、幸いこの世界に元からメガネは存在していた。
なので、丁度良いと凹凸レンズを購入しこの日の為にと望遠鏡を用意しておいたのだ。
覗き込んでみると……おお、見える見える。良い感じだ。
敵のついでに周囲の地形も確認するが、普段のレキ砂漠と大して変わらないように見える。
「ホワッツ?殿下、昨日までと地形が少し違うような気がするのですが」
「ああ、元々似たような地形だし盛り土と馬車の轍で道を捏造したんだよ」
が、オドが疑問を呈したように、
今まで何台もの馬車が通ったお陰で出来ていた道は綺麗さっぱり消え去り、
代わりに無茶苦茶な方面に向かう道が忽然と現れていた。
旅人の目印にと建築された櫓や狼煙台も位置と向きがずらされ、
これまた見当違いの方角へと敵を誘う。
しかも見た目的には大して違和感を感じないように設計されている。
……そろそろ敵さんが通りかかる頃だな。
一応奇襲部隊のはずなのだろうが、
残念だけど家の蟻ん娘どもの情報網のお陰であんた等の動きは筒抜けだ。
今回の戦、勝たせてもらうぞ!
出来ればこっちの被害は無しの方向で!
「オゥ、グレート!一体何時からこんな策を?」
「建国前からだ。……オド、敵が来たぞ。予定通り兵をハの字型に展開せよ」
「ハッ!」
「火球に関しては全員短縮詠唱が出来るな?合図と共に可能な限り連射して撤収だ!」
流石に精鋭なだけは有る。
魔道騎兵二百名は百名事に分かれ、馬に乗ったまま丘の麓に綺麗なハの字の隊列を組んだ。
……遥か先には敵の進む土ぼこり。
さあ、出来る限り敵を減らしてくれよ?
「ンフフフフ!見えます、私にも敵が見えますよ!」
「そりゃあ、望遠鏡使えばな」
とは言え向こうはまだ此方の存在に気付いていないのに此方は迎撃体制完了しているのは大きい。
まあ、今回は目の高さほどの土塁を積んでいるだけなんだけどな?
……見ただけだと。
「ともかく、俺は予定通り……」
「ハハッ!このオドにお任せ下さい」
返事に満足して元の丘の上に戻る。
……ここから先はアリスを連絡役に使うことになる。
まあ、敵に騎兵は居ないようだし魔道騎兵なら心配要らないだろうがな。
……。
≪side オド≫
殿下の作り出したと言う望遠鏡を覗き込み敵の姿を確認する。
……先遣部隊、と言っても二千は居ますね。
ただし、元々留守居の二線級部隊、精鋭とは言い難いです。
とは言え普通なら二百の兵で十倍の敵を相手にする等とは正気の沙汰ではありません。
ですが……フフン、今回は話が別。
まあ、地獄を見ていただきましょう。
そうすれば殿下も今以上に我々を信頼して頂ける筈。
そして、このオドは名実共に大公国軍のトップに立つのです。
……何時までも、国に帰った団長の代理扱いされている訳にも行きませんしね!
「アイム、ストローング!合図は、合図はまだですか!?」
「オド、落ち着くであります……合図は、判ってるでありますよね?」
ンフーフフー。
失敗失敗。アリス様にたしなめられてしまいました。
しかしアリス様たちは余裕ですね。
……さすが、この小さな体で幾多の戦いを切り抜けているというだけはあります。
「……そろそろでありますよ」
「オゥケィです。全員、詠唱準備!」
今まで三分かかっていた詠唱が僅か数秒で完了する、人呼んでカルマ式短縮詠唱。
……実際は必要最低限の部分だけを読んでいた。それだけなのですが、
だとしても画期的な事には変わりないですね。
流石は我等の主君と言うだけ有ります。
さて、マナリアの日陰者、没落公爵の飼い犬とまでと言われた私達の真価、
ここでサンドールの兵にお見せしましょうか。
……その時、黒煙と爆音が遥か前方で爆ぜました。
これはまた、恐ろしい威力です。
何人かの敵が文字通り吹っ飛びましたよ!?
「今であります!地雷の対処をする暇をあげちゃ駄目であります!」
「ウィー、アー、レジェーーンド!総員攻撃開始!」
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
アリス様の声を合図に二百個の火球が地雷、と言う物を飛び越え、
敵陣中央部に叩き込まれました。
山なりに飛ばした場合、火球の射程は弓をも越えます。
更に、私達の目の前には大して厚くもありませんが土塁が存在。
……そう、つまり現状では此方から攻め放題なのです!
「くっ!突然地面が爆発したと思ったが……敵の魔法か!」
「ですが、大した数は居ないようです!」
「ここは前進あるのみかと!」
「……いえ、引きませんか?何でレキから先制攻撃を受けるんですか」
「そうだ!きっと奇襲がばれてる!将軍が帰ってくるまで何とか……」
「馬鹿言うな……みすみす逃げ帰ってみろ。敵より先に将軍に殺されるぞ?」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ!?」
「勝つしかない」
「どうやって!?」
「俺に聞くなあアアアアアッ!」
……アリス様が敵の陣内の様子を語ってくれます。
ンフフフフ、良い具合に混乱してくれているようですね?
……しかし、アリス様たちはどうやって敵陣の情報を得ているのか。
まあ、きっとそう言う魔法なのでしょうけどね。
……出来れば何時か教えて頂きたいものです。
「さあ、敵は前進してきますよ!魔力の続く限り連射を!」
更なる火球が敵を襲います。
……しかし、本当に消耗が激しい、というか魔力の回復している余裕が無いのですね。
三発目で早くも脱落して休憩を取る者が現れましたか。
これからは魔力切れのほうを心配せねばなりませんね。
「敵さん、地雷原第二陣に接触したであります!」
「……イエス。見えていますよ」
惨いものです。
奴隷兵と思われる防具すら与えられていない兵士が、
後ろから突付かれるままに地雷を踏んで爆発に巻き込まれていきます。
急かす方と急かされる方……。
命令では……我等はその突付いている急かす方を狙えたら狙えとの事。
「レッツ!ゴー!狙うは敵隊長格です!」
「ここの地雷原は第八陣まであるからまだ時間に余裕はある。戦力を削るであります!」
……私の火球が敵十数名を率いていた隊長に当たりました。
悶絶して後方に搬送されていきましたが、今まで従順に進んでいた兵士の動きが止まりました。
ふむ。怯えていますね。まあ当然でしょうが。
「痛いよぉ、かあちゃん、痛いよぉ……」
「何処だ!?俺の脚は何処だ!?」
「何で、何で死ねないんだよ……何で……」
横の地獄絵図を見ればそうもなりますよ。
……しかし、思ったより敵の死者が少ないですね。
「地雷は生きたまま戦力を奪うのが目的。怪我人の世話にも人は要るであります」
「オゥ……しかしそちらの効果はないようですね、怪我人は打ち捨てられていますが」
「……奴隷兵だから仕方ないでありますよ。でも、別な効果はあるはずであります」
「ンン?別な効果と、言われますと?」
「ま、今日を勝ち抜けば判るでありますよ……」
「オーケィ。ですが確か、ここで先鋒を打ち破ったらそのまま撤退ですよね。何故です?」
……私の言葉にアリス様は暫し黙り込まれました。
そして、一言こう仰られたのです。
「簡単に言うと、心を攻めるのでありますよ……」
さて、どういう事なのでしょうかね?
まあやる事は変わりませんが。
ああ……別な指揮官が指揮を引き継いだようです。
攻勢が再開されました。
因みに……私達の眼前にある土塁は陣形同様八の字をしていて中央に隙間がありますが、
そしてその出口付近にまで敵が来たら撤収と言う流れなのです。
ですけど……それでは余り手柄になりませんね。
出来ればこのまま敵を壊滅させてやりたい所ですが……。
「……命令には従うでありますよ?」
「オゥ?いえいえ、大丈夫ですよ」
お目付け役の目が厳しいですからね。
色々痛い目にもあったりしたので、子供だからと馬鹿にする輩はもう居ません。
こう見えてこの子、歴戦の兵と軽く渡り合えるほどの猛者なのですから。
実戦経験の豊富な者を馬鹿に出来る奴なんていませんよ、ええ。
「と言うか、全滅させちゃあ駄目であります」
「ホワーッツ?」
「育てなきゃならないでありますから。反感を」
「ンンン、反感、ですか?」
……その時、敵の先鋒……と言うか既に中軍ですね、が地雷原の第六陣を抜けました。
ラナウェイ!な逃げの時間が迫ってきましたね。退却中は最も無防備な時間です。
しかし我等は騎兵、歩兵が追いつける筈も有りません。
ここで被害を出したら後世までの笑いものですよ。
「ンーーー!そろそろ時間ですね!敵が地雷原の7つめを突破すると共に撤収しますよ!」
「こんな所で死人なんか出しちゃ駄目でありますよ!」
さて、それでは行きますか。
……しかし大戦果です。
此方には怪我人を含めてただの一人も被害がないのですから。
……。
≪side カルマ≫
「うん、良い具合に減ってるな」
「敵陣大混乱であります」
こちら担当のアリスより、オドの撤退が知らされた。
敵はようやく土塁まで辿り着いたが、その時既にオド率いる魔道騎兵は遥か彼方だ。
ようやく落ち着いたのか向こうは再編成を始めたらしい。
……ふむ、敵の死者は三百人か。
ただし無傷な兵は五百人そこそこ。
普通なら負傷者を収容して撤収する所なんだが、
……あーあ、やっぱり再起不能な兵士は放り出してそのまま進軍か。
負傷してても歩ける奴は、無理にでも付いて来させようとしてる。
本当の意味で見捨てられるのは三百人そこそこ、か。
「まあ、予定通りだな」
「で、あります」
助けてくれとか置いていかないでくれとか言う兵士達だが、
その表情には何処か諦めの色が見える。
まあ、生まれた時から既に奴隷だったんだ。仕方無いと言えば仕方ないのだろう。
だからこそ、利用価値があるんだけどな?
「さて、じゃあ潰してくるか」
『竜に戻らなくても良いのか?』
「要らん要らんあの程度に。竜馬形態で問題ない。……これから魔力の大量消費もあるしな」
「節約モードであります」
そんな訳で馬形態のファイブレスに飛び乗ると、丘の上から一気に駆け下りる。
そして、後方を大して警戒していなかったサンドール軍を……。
「敵襲だーーーーッ!」
「でも一騎だ」
「よし、せめてこの鬱憤をあの男で晴らすぞ!」
「いやまて、あの馬……あの姿……」
「あ、私逃げます」
「な!?貴様敵前逃亡する気か奴隷風情が!」
「いえ、一応一般市民です。元々バイト代わりの警備だったのに駆り出されて……」
「アホかああっ!隊列に戻らんかぁ!」
……いや、そいつの行動は多分正しい。
多分最も正解に近い。
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
射程に入ると共に挨拶代わりの爆炎。
魔力の手榴弾に十名以上が吹き飛ばされ、相手はようやく俺が誰なのかに気付いたようだ。
「れ、レキ大公だ!」
「ヤバイ、逃げるぞ!?」
「馬鹿言うな!相手の総大将だ、これを倒せれば!」
「どうやって!?」
「……えーと、将軍が来るまで持ちこたえて」
「無茶だああああああっ!」
端的に言おう……残敵掃討まで三十分もかからなかった。
馬の蹄に踏み潰され、蹴飛ばされ、火球や爆炎に吹っ飛ばされていく……。
うん、こう言っちゃ何だけど正に無双、正に快感。
……我ながら最低である。
そして生き残った連中はサンドール目指して逃走を始めた。
で、俺はと言うと……。
「大変だったろう……勝敗は兵家の常ってな」
「うう、何故我々を助けてくれる?」
見捨てられた格好の地雷に手足を吹き飛ばされた連中の治療を開始していた。
癒光(ヒールライト)を使い全体を一気に応急処置を行う。
幸いな事に、今なら一週間寝込む事も無いのだ。
更に治癒をかけ続けた場合、時間さえあれば失った手足の修復も不可能ではない。
……残念ながら赤十字のような慈善活動ではないけどな。
ことさら優しそうに見えない事も無い笑顔で、負傷者達の傷を癒していく。
まあ、内実は悪魔の笑みなんだけど。
「俺の仲間にも奴隷出身者は沢山居る。お前たちの辛さも少しは理解しているさ」
「判るものか、貴族にわかるものか!」
「いや、俺は貧農出身だ。子供の頃は腐った芋で空腹を宥めてたもんさ」
「……嘘だ……」
「ところが嘘じゃないんだなこれが」
取り合えず応急処置を施して、ついでに一人一枚ずつちょっとしたチケットを配る。
「なんだこれ……食糧の配給券か?」
「いや、治療の整理券。戦争が終わったら俺の元を尋ねて来い」
「それがあれば、ただで無くした手足を生やしてあげるであります」
目を丸くしてるな。
だが、流石に魔法なんて物のある世界だ。
さっきも言ったが治癒を長時間かけ続ければ失った手足の再生ぐらい出来るのだ。
……普通に教会に頼んだ場合とんでもない金額を請求されるけどな。
とりあえず、このお陰で地雷設置に踏み切る時の良心の呵責って奴はだいぶ軽減された。
ありがたい話だ。
「……悪いが私達は主人に逆らう事は出来ない」
「知ってるよ。別にこっちに付けとかは言わん」
「だが、国に帰ればきっと再びこの地に攻め入ってくるぞ。命令が有ればな」
「……ま、それも止む無しだ」
その時、比較的軽症なのにここに留まっていた数名が揃って声を上げた。
「おお、なんて慈悲深い!」
「ありがたいありがたい……」
露骨過ぎるよサクラさん達。まあ演技の訓練なんかしてる訳じゃないから仕方ないのか。
けれど、毎日言われるままに動くだけの奴隷達はその違いを見抜く事は出来ないようだった。
露骨なくらいに空気が軟化していく。
「……大公。こんな戦い早く終われば良いですね」
「俺達が言っても何も変わらないけど……」
「取り合えずこの券は貰っておきます。……そっちに行く余裕があればいいんだけど」
「えーと、私に関しては両足吹き飛んだんで先にやってもらって良いですか?」
「ああ、判った。……何、すぐに終わるさ。そちらが攻めてきたのも何かの間違いだろうし」
……そう、今回の作戦の目的は敵軍内にこちらのシンパを作る事。
さもなくば……まあ、逃げ去った連中が恐ろしさの方を誇張するくらいの勢いで伝えてくれるさ。
理想的には、普段は人格者だが逆らうと恐ろしい、
と言うイメージが敵軍内に蔓延してくれるとありがたい。
更には……。
……夕焼けを背に、礼を言いながら去っていく地雷を踏んだ連中。
歩ける程度には回復したが、それでもまだ欠損が残る者も多い。
まあ、そこは時間が無いとか適当な理由で誤魔化して、治療の無料券を配った訳だが、
「あのチケット。主人に奪われるor破かれる可能性はどんなもんかな?」
「九割以上でありますね。……まあ、そうでなかったらダブルスパイ大活躍でありますけど」
さて、折角貰った治療のチケット。
とは言え敵からの施しなのは間違いない。
相手が主人とは言え盗られて好感を抱ける人間が何人居るかな?
戦場だけで戦争をする気は無いのだ……じわじわと嫌な空気を醸成してくれるわ。
「……ところで、敵の本隊は今何処だ」
「だいたい一週間でサンドール首都に帰り着くであります」
「よし、到着直前に地下水脈の流れを変えろ。水源を一気に枯らしてしまえ」
「あいあいさー、であります」
地下においてコイツ等に出来ない事はまず無いと言っても良いだろう。
今までの経緯から言っても、地下水脈の流れを変える事も不可能ではない。
ただでさえサンドール地下はコイツ等にとってある意味ホームグラウンド。
元々サンドールと敵対した時の為の準備は整えられていたのだ。
……善良な一般市民の皆様には悪いが、ちょっと耐乏生活に入ってもらう。
九割以上俺のせいだけど……怨むならサンドール王家とセト将軍を怨んでくれ。
せめて、井戸を一つだけは残しておくから。
……国内のオアシスも井戸もそれ以外全部枯らすけど。
絶対軍によって徴発されて一般の口には入らないし、
旧傭兵国家からの水供給は、スケイル率いる非正規軍が襲撃するけどな?
因みに魔物の混成部隊だ。
此方の差し金だなんて夢にも思わんだろうし、気付かれても何の問題も無い。
……何せ戦時中だし。
ついでに水が枯れたのはサンドール王家が不義を働いた……、
つまりレキ大公国に攻めてきたからだって噂も流してやるさ。
だから、安心して手前ぇの親方を怨んで怨んで怨みぬいてくれ。
……心配しなくてもカルーマ商会に言えば水は分けてやるから。
緊急時に水を提供する用意がある旨は、一年以上前に幾度と無く大々的に告知してある。
まあ、今頃サンドールの商会本部は燃え尽きてると思うけどな?
こっち側からこっそり送り込んでおいた傭兵部隊の手によってな。
……今頃、幾ばくかの金貨をもって王宮を訪ねている筈だ。
「え?向こうは喜んだ?」
「はいであります。王様はこれは愉快だと金貨を手にして上機嫌であります」
「やっぱ、羽振り良すぎたからか?」
「そうであります。王様以上の金持ちになってから、ずっと気に食わなかったみたいであります」
馬鹿な話だがこっちとしてはありがたい。
伊達や酔狂で長々と"庶民の味方"をしていた訳ではないのだ。
全ては"こんな事もあろうかと"の世界である。
……さて、一般大衆はどう思うかな?
生活は厳しい。水は手に入らない。庶民の味方は滅ぼされた。
そして流れ出てくる噂は王家を非難するものばかり。
挙句戦争とか言い出す軍部……。
そこに先遣部隊が壊滅と言う報が入る訳だ。
……ふふふ、面白い事になると思うぞ?
人の口に戸は立てられない、を骨の隋まで染みさせてやるよ。
まあ、後でチョコレートか何かをやるからさ。
今は……欲しがりません勝つまでは、でもやっててくれ。
その方が、後で色々と楽なんで、な。
……。
≪side サンドール軍、セト将軍付きの名も無き兵士≫
サンドール王宮にてセト将軍が怒りを露に暴れています。
我々警備兵としてはひたすらジッとして目立たない様にしておくのが精一杯。
……目に留まったらそれだけで切り殺されかねません。
「今、何と言った!?」
「は、はい。ですから国中の井戸が一つ残して枯れてしまいました。オアシスもです」
報告に来た文官が殴り飛ばされました。
……腰の剣に手がかからないだけまだマシなのでしょうか?
「笑えんぞ?これからレキに攻め込むのだ。そもそも俺が先に出した先遣隊への補給はどうする」
「……」
誰もが口をつぐんでいます。
……言える訳が、言える訳が無い!
「将軍……その、わしから、お話しますか……」
「む、アブドォラか。随分歯切れが悪いが……まさか進軍が停滞しているとか言わんよな?」
……更なる沈黙。
「本当に進軍が停滞しているのか?奴等はまだ此方が敵になったと気付いて居ないのだぞ!?」
「いえ。気付かれていたようですのう」
「何だと?」
「残念じゃが、その……先遣隊は既に壊滅。無事な兵は五百も居らぬ状態でして」
……今度の沈黙は……痛い。
そして余りにも、重かった。
「奴等……俺達の動きを読んでいたとでも!?」
「はい。それに恐らくこの渇水も奴らの仕業かと……」
……アブドォラ氏。
貴方は一体何を言っているのですか?
そんな事出来る訳が無いでしょうに。
セト将軍も呆れていますよ。
「アブドォラ。言うに事欠いて自分の無能を敵に転嫁するのか?」
「ち、違いますじゃ!奴等は得体の知れぬ力を持っております故に!」
「ほぉ?ではどうやってだ?」
「……方法までは流石に判りかねます」
「阿呆が!井戸やオアシスの水量が操れるならとっくに俺達が溢れんばかりに利用してる!」
「ち、違います!きっと奴等は己の為にその力を秘匿して……!」
「下らんな。そもそも貴様に対し妙な噂が立っているぞ?」
「え?」
「元々レキ大公はお前が推挙した人物……奴等と繋がっているのではないか、とな」
「誤解じゃ!既に道は分かたれておる!もう何の関係も無いですじゃ!」
セト将軍は不機嫌なご様子です。
明らかに信用していないと言うオーラがここまで伝わってきますね。
「まあいい。貴様一人居ても居なくても大勢には影響しない……」
「…………」
「その残った一つの井戸とやらから水を汲み上げろ。どちらにせよレキを落とせば良いだけだ」
「ははあーーーっ」
こうして、国中の水と食料が集められ……、
即日レキ大公に対する討伐軍が編成される運びとなりました。
大義名分はサンドールに対する反逆です。
実際先に攻めたのは此方ですが……まあ、何を今更ですけどね。
……会議も終わり、交代の時間が来た頃。
丁度城の入り口から何か金切り声が聞こえました。
交代時間でもあったため、興味本位でそこまで行って見ると……。
「お願いです!せめて水を」
「食い物を持って行かないでくだせぇ!」
「王様は俺たちに死ねと仰せですか!」
一瞬奴隷達かと思いましたが……一般市民達ですか!?
食料も水も無いのは知っていましたが、まさか中流階級にまで行き渡らない状況とは。
門番達は激しい罵りを受けて困惑気味です。
奴隷なら切り捨てれば良いのですが、彼等の身分はしっかりしていますしね……。
「一体、この国はどうなってしまうのだ?」
「……最近は、何かあった時もカルーマ商会に相談ってのが当たり前になってたからな」
「しかし、既に本部は焼いちまった……もう援助は見込めんぞ?」
「レキを攻め落とす前に飢え死にするんじゃないのかあいつ等……」
横では同僚の兵士が呆然としながら言っていますが私も同感でした。
やはり、レキ大公国、即ちカルーマ商会を敵に回したのは拙かったのではないのでしょうか。
……街の何処かで火の手が上がりました。
犯罪も急激に増えていると聞いています。
そして明日にはほぼ全軍を率いての遠征。
国内の不安定感は更に増す事でしょう。
ふと、アブドォラ氏の言葉を思い出します。
もし、レキ大公が本当に水を自由に操れるとしたら。
……私達はそれだけの力を持つものを敵に回した事になります。
本当に、この国はどうなってしまうのでしょうか。
……。
≪side カルマ≫
先日も陣取った国境から少し入った所にある小高い丘の上。
俺は再びここに陣取っていた。
……まあ、今回は蟻ん娘だけ連れて単騎で来てるんだけどな。
レキの街からはほぼ全員の避難が完了したと連絡が入っている。
後は連中が辿り付いた時に、以前もやった例のネタで殲滅すれば良いだけだ。
そもそも、そのちょっとしたオチが使えるように作られた都市なんでな。
では、何で今日ここに居るかと言うと、
目的は、敵の総数を自らの目で確認する事。
ファイブレスの力を総動員すれば雑兵など幾ら居ても同じことだが、
頼りすぎると留守にした時に襲い掛かられかねないと、最近気付いた。
故に……面倒だが、ここはうちの基本的な防衛力を見せ付けねばならないのだ。
サンドールというよりは、むしろ諸外国に。
俺だって、未来永劫この国に存在している訳ではないのだから。
「と言う訳で、敵の総数と補給状態の確認中なのだが……」
「予想以上に酷いであります」
第二陣およそ五千が整然と、と言えない事も無いレベルで行軍してくるが、
その過ぎ去った後に時々倒れ臥した兵士が転がっている。
……数えてみると既に数十名単位で脱落者が出ている事になるぞ?
そして、その後ろから時々護衛部隊に囲まれた荷駄隊が水や食料を運んでいるのがわかる。
後は野営道具か。つまり前線基地を構築するのが目的の部隊な訳だな?
「この不毛地帯に攻め込んでくるくらいだからさぞや素晴らしい兵站があるかと思ったが……」
「所詮兵士は使い捨てでありますか……」
「おばか、です」
明らかに指揮官級だけが贅沢をしているのがわかる。
馬の上で水筒から水を飲む隊長を、兵士達が羨ましそう、を通り越して恨めしそうに見ている。
……しかしおかしいな。
幾らなんでも水が切れるのが早すぎる。
サンドールは砂漠の国だ。
いざと言う時の水不足には神経質であり、当然水のたくわえは十分にあったはず。
更に傭兵国家戦では食料はともかく水に関しては現地調達も可能だった。
故にそこまで困窮しているとは思って居なかったんだが。
「さあ、進め!レキを落とせば水も食料も望むままだぞ!」
「「「は、はい……」」」
進むモチベーションはそういう風に維持しているのか。
……拙いな、街まで来た連中は欲に目が眩んだ、というか飢餓状態の死兵になりかねん。
まあ、だとしても関係ないような策は立てているが……。
「……なあ、もしかして王宮地下の水樽を半分ぐらい海水にすり替えたのばれてるか?」
「それはない、です」
「そうであります。わざわざ海水だと知ってて運んでるとは思えないのでありますが」
……つまり、あの荷駄隊の大荷物の中にこちらですり替えた海水の樽も混じってるんだな?
え?どうやってって……こう、地下から蟻に掘り進ませて後ろの方からこっそりと……。
まあ、敵対者に対する嫌がらせの一環だな。
何せ……何時か起こるであろう戦いの為、水樽倉庫への地下道はとっくの昔に作ってたからな。
飲み水が無くては戦えまい?
乾燥地帯特有の弱点。利用しない方がおかしいってもんだ。
ついでに王宮の上層階にあるサンドール王宮宝物庫の中身も、
子蟻で持ち運び可能な宝石類なんかはこっそり安物にすり替え済みだったりする。
そして更に金貨と銀貨は金銀メッキの銅貨にすり替え済み。
が……勿論それは基本的に味方にすら内緒だ。
まあ、要するにある時突然運んできた水の中に塩水が混じっている事に気づく事になるわけだ。
その時のサンドール軍の顔がちょっとばかり見物ではある。
「まあいいか。とりあえず現状では戦わずして勝たせてもらおう」
「将軍級が出て来るまでは、指揮官が雑魚ばかりだから楽勝であります」
「あれ?あのひと、みず、のんだのに、たおれた、です」
……もしかして、海水なの気付いてて兵に与えてるとか言わないよな?
それとも、年単位で樽の中に置いておいた数年前に汲んだ水とか言わんよな?
「たおれた、へいたいさん。おなか、おさえてる、です」
「マジ話か!?……こんなのに負けてやる訳にはいかんだろ常識的に」
まあ、ともかく軍は倒れた兵をそのままに、まるでパン屑をこぼすかのような姿で進んでいく。
……あ、あのままにしておかれると目印にされるな。
後で掬い出しておこう。(誤字にあらず)
……。
さて、あれから三日ほど経過した。
向こうからすれば、正に無尽の野を行くが如きだろう。
指揮官限定で意気揚々と無人の荒野を進んでいる。
うん。目印を確認し、この日の為に用意した地図と照らし合わせて先に進む。
間違って無いよ。
でもな、実は少しずつずれてるんだよ目印も道も。
真っ直ぐ西へと向かっていた道が、ほんの少しづつ北に曲がってたりとかな。
……因みにこの道が曲がっている事は、恐らく七割ほど進んだ辺りで気付く奴が出てくるだろう。
何せ、太陽の向きだけは変えられないのだから。
とは言えその時は既に手遅れってもんだ。
……眼前に霞む緑の大地、それを見て正気で居られる物かな?
……。
更に一週間後。
彼等は商都南部にある森林地帯を仰ぐステップ気候地帯に到達していた。
……因みにここにもまだ水は無い。
一番近い水場は商都森林地帯になる。
でも、そこまで行けば商都の国境警備隊とぶつかる羽目になるのは必至。
ついでに警備隊にはタレコミ済みで、準備万全待ち構えていたり。
因みに数の差で蹴散らせるけど、果たして現場の判断で敵国増やして良いものかな?
「貴様あああああっ!ここは商都の南ではないか!?」
「しかし、道は……あ、ここまでで消えてますね」
「騙された!?」
「隊長!水の中に何故か塩水が入った樽が混じっています!」
「(比較的)新鮮な水はもうありませんが、いかが致しましょう!?」
「……森まで行けば水も食料もあるよな……」
「いや、明らかに商都の軍隊がこっちに対して臨戦態勢なんですけど……」
「元から片道分+三日分の物資しかありませんが」
「追加を頼め!」
「お前が行け!俺は死にたく無い!」
……現在岩陰にある地下道入り口付近から、
サンドール第二軍中枢部の混乱を絶賛蟻ん娘生放送中である。
うん、良い感じに終わってるな。
はぐれたり、逃げたり、倒れたりで兵数は既に四千人を割り込んでいる。
戦闘可能な兵士はその半分居るだろうか?
ステップの草は既に食い尽くされようとしてるし、飢餓状態なのは間違いない。
あー、決死隊を守りに回してやっぱり正解だな。
祖国の兵、しかも大半は奴等同様の奴隷……のこんな地獄絵図あいつ等には見せられんわ。
「さて、こっちはこれで良しと」
「万一戻っても、レキの街に辿り付く前に全員餓死するでありますからね」
これで敵兵の残数はおよそ一万か。
既にサンドールの国力は限界を超えた筈。進軍どころか日々の糧にも困る有様だろう。
次はセト将軍自らが全軍を率いて出て来るはずだ。
……元から潜伏させていた家からのスパイもそう言う風に話を進めようとしている筈。
「文字通りの全力出撃……こっちは出来る限り相手を疲弊させ、レキの街で雌雄を決するぞ」
「あいあいさー。その時にはホルスとレオの別働隊も同時に動かさせるでありますね」
「けっせん、です!」
……決戦、ねぇ。
正直、部下を殺したくは無い。まともな戦いをする気は無いんだけどな?
「あ、アルシェねえちゃから、でんごん、です」
「にいちゃは調子に乗って足元掬われる事が多いから気をつけて、だそうであります」
うわ、痛い所を突かれた。
……とは言え、今回の戦で気を付けるべき事って他に何かあったか……?
ああ、そうだ。出撃前にホルスが言ってたな。
サンドールには国の守り神たる巨体の守護獣が居るって。
……因みに名前はスピンクスだそうだ。うん、名前だけでどんな姿か容易に想像がつくな。
因みに王家に伝わる伝承で、王家に列する血筋の人間の呼びかけにのみ応じるんだとか。
まあ、伝承の類だと思ってたようだが、昨日蟻達からの報告で、
サンドール砂漠西のピラミディオン火山の一部が不自然に崩落しているのを確認したのだとか。
そのために実在を疑い俺の耳に入れてくれたらしい。
……あのセト将軍も王家の血筋だそうで、あの男が何かやらかしたのは想像に難くない。
まあ、俺……つまりファイブレスとぶつけるつもりなのだろう。
もっとも、負けてやるつもりは毛頭無いが……。
……。
≪side アブドォラ≫
サンドール軍第二陣、五千名の部隊からの連絡が途絶えてから早一ヶ月。
誰も公の場で口には出さんが、わしらの間では既に壊滅したのではないかと噂されていた。
……わしも同感じゃった。
じゃが奴等は帰ってきた。
三千人ほどが……何故かトレイディアから。
ともかくセト将軍はご立腹で、
奴等に再度の先陣を申し付けると、文字通りの全軍を率いての出撃を決意したようじゃな。
居残りはアヌヴィス将軍率いる千名のみ。
……わしとしては居残る兵が少ない事よりアヌヴィス将軍が同行しない事のほうが心配だの。
あの我が侭男を抑えられえるのはあの将軍だけなのじゃが……。
とは言え、わしにもありったけの奴隷を用意して従軍せよとのお達しだ。
……あの男……カルマに復讐する千載一遇の機会、逃してなるものか。
どうせ、この国は終わりじゃからの。
……あの国を落とした所で、多分金目の物は全て逃がした後じゃろうしな。
ふん。精々空っぽの金蔵を見て呆然とするが良い。
総軍は帰還した三千を加えた一万三千。
恐らく水も食料も手に入らぬのは奴の策なのだろうが……甘いのう。
此方の兵は死兵と化した。……わざわざ敵を手強くさせてご苦労な事じゃな。
それに、道がおかしい事も報告を受けているが、甘い甘い。
そんなもの、真っ直ぐ進めば良いだけでは無いか!
多少方向がずれようがレキはかなり大きめの都市、ある程度近くまで行けば見つかる筈だ。
……昨日、それを将軍に伝えた所、手を打って喜んでおった。
まあ水も食料も片道分しか無いしの、当然か。
「小細工に惑わされなければ相手は僅か千名。幾ら奴が強かろうと数の論理には勝てまい」
被害は大きくなろう。だが今更関係あるか。
どうせわしには老い先も金も無い。
……せめて道連れを増やしてくれるわい……。
……。
≪side カルマ≫
「……って、アブドォラのおじちゃんが、いってた、です」
「むしろ雑魚が幾ら居ても問題にならないのがにいちゃでありますが、勘違いしてるであります」
……既に軍と僅かな要員以外は避難したレキの街。
その妙に静かになった謁見の間で俺はアリシア達から敵の最新情報を聞いていた。
ふむ。つまり"的"はこっちに向かってただただ真っ直ぐ来る訳か。
「いいだろう。まあ、それならそれなりのやり方がある。一ヵ月後には敵はここに到達するな?」
「はい、です」
「城の"迎撃準備"は既に整ってるであります。何せ以前より規模が大きいだけでありますから」
……とうとうここともお別れか。
俺が次にここに帰る時は、レキの街に敵が攻め込んでいる時だからな。
ま、感傷に浸る位の愛着は持っていたって事か。
元から放棄する事前提の拠点だったってのにさ。
「そろそろ俺の家族も新首都に移動させるか。そして敵が攻め込んできたら……」
「はいです。みずぬき、するです」
「押し入ってきたら驚くでありますよ、にやにや」
金目の物と最低限の物資を除いてレキの街は空になっている。
水路を堀として迎撃する事も考えたが、よく考えたら敵に水をくれてやる事は無い。
……守るのは一時、それも大手門だけだ。
「そして、俺達が撤退し敵が街になだれ込んだ時が見物だな」
「なんという、じゃあくな、えみ。です」
金目の物どころか水も食料すらない。
水路が消えたせいで夜の冷え込みもえらい事となるだろう。
……そこにトドメが来るって寸法だ。
さあ来いよサンドール軍。ここからが本当の……地獄だ。
***大陸動乱シナリオ4 完***
続く