幻想立志転生伝
51
***冒険者シナリオ10 冒険者カルマ最後の伝説***
~商都に集う蜂狩り達 後編~
≪side カルマ≫
辛うじてシスターを撃退する事に成功したものの、
明らかに戦力差がある相手に対して終始防戦に徹せざるを得なかったのは、
今後の大きな課題となった。
此方の最大戦力であるファイブレスは崩壊寸前の洞窟内などでは使い難い。
それが今回の事で明らかになってしまったし、
魔力を封じられた時の己の未熟さ加減もたいして改善出来ていなかった。
しかも、力を得た事で相手の事を舐めてかかるようになってしまい、
随分と増長していた事にも気付かされる事となった。
全く、自軍の猛者達との特訓が殆ど生かせていないじゃないか……。
特に……硬化は教会式の治癒詠唱に含まれている事をシスターは知っていた筈。
魔道書丸ごと一冊詠唱は変わらないにしろ、現に以前の戦いで使用していたではないか。
ならばそこから必要なスペルを抜き出すことも不可能では無いと何故考えなかったのか?
いや、正直自分自身が硬化(ハードスキン)を舐めてかかっていたのかも知れない。
自分で相対して判ったが、弱い攻撃が問題にならないと言う事は牽制が無意味と言う事。
そして、相手側に効くほどの強力な一撃は当然隙も大きい。
ならば見切りやすい攻撃のみ注意していれば良い。これはかなりの余裕を生む。
つまりは結果として……硬化は実力差をかなりの割合で埋めてしまうと言う事だ。
俺はそれをあまり実感していなかった。
挙句、全詠唱で数分かかるなら今の俺だと詠唱完了前に潰せる。
そう思っていた上に、
雑魚だと高をくくっていた相手の止めを後回しにしていたら魔法を封じられる始末。
……これは帰ったらスケイル辺りにこってりと絞られそうだ。
俺はシスター相手だとどうも相性が悪いがそれは言い訳にすらならんだろうしな……。
『反省などサルでも出来る……今は今後の最善を考えよ』
「判っているファイブレス。まだブラッド司祭が残っている」
現在俺達は巣穴の出口に向かって一直線にひた走っている。
この先にブラッド司祭が居るのは間違い無いのだ。
……今度ばかりは油断なんか許されないと心しつつ。
……。
そして、洞窟の入り口付近。
背中に芋虫を貼り付けたアリシアが右往左往していた。
「にいちゃ!おもて、てき、いっぱいです!」
「そうか……向こうはアリスが押さえてるのか?」
「はいです」
「お前は……ハニークインのお守りか」
思えば戻っても敵、進んでも敵で芋虫を死なす訳には行かない以上、
中間点に居る他無かったのだろうか。
……ミツバチ達に遠慮して穴を空けるのを自粛しているとは言えもどかしいもんだ。
だがまあ、無事で何より。
「ともかく合流しろアリシア。このまま進んでアリスと合流する」
「はいです。アリス、いりぐちで、てきを、ふせいでる、です。いそいで!」
了解だと言わんばかりに走り出す。
アリスは洞窟の入り口付近で奮闘してくれているらしいが、
地の利を得て戦うにしろ、体力にも限界があろう。
何とか間に合わせねばなるまい。
……表にさえ出られればファイブレスを呼んで……。
『馬鹿を言うな。魔力の大半を吸い取られておる。我が身を実体化させるには足りぬ』
「……さっきの失敗がここまで尾を引くか?我ながら馬鹿な事をしたもんだ」
止むを得ず強力(パワーブースト)で脚力を強化する。
正直一分一秒が惜しいのだ。
……しかし、この身体能力強化によるゴリ押しが出来てこその俺だと再認識するな。
「皆、アリシアとその背中の芋虫を頼む。俺は先に行く」
「先生、任せて」
「主殿。此方もすぐに追いつきます、ご武運を」
「近くに親父達も居ると思うからさっさと合流するっすよアニキ!」
「アリスを、おねがい、です、にいちゃ!」
……背中にかかる声が急速に小さくなっていく。
それにしても、アリサはこの展開をある程度読んでいたのか?
ここまで危険な旅になるとは思わなかったがな。
さて、何とか無事で居ろよアリス!
……。
遠くに小さな光が見えた、そしてそれは急速に大きくなっていく。
……そして、小さな影が見えた。
「アリス!」
「にいちゃ!遅いでありますよ!」
アリスは僅かに洞窟内にその身を隠しつつ、
狭い洞窟内故に一人づつしかかかれない敵を相手取っていたようだ。
スコップに付いた血痕の量と付近に散らばる死体の数がその激闘を物語っている。
「くっ、後詰が来たか!」
「だが……相手はあのカルマだ!教団の敵を討ち果たすチャンス!」
「騎士団長殿、ご指示を!」
……な、に?
「クフフフフフ、飛んで火にいる夏の虫、ですかねアヒャヒャヒャヒャ!」
「……品の無い笑い方ですね戦闘司祭殿は……この狂人が」
「言うな副官。わしもこやつの指揮下など入りたくは無いが……枢機卿殿の憔悴を見るとな」
「何も言わずに帰ってしまわれましたが、中でどんな目に合わされたのか?許せませんねタコ」
「……ああ。しかし、これも貴様の想定内なのか戦闘司祭?」
「ンフフ!さてどうでしょう?ですがチャンスですよ?あの男を葬る、ね……ヒヒヒヒヒ!」
ブラッド司祭に……ブルジョアスキーとその副官だと!?
ブルジョアスキー達は国に帰ったんじゃなかったのか!?
「ヒョ!この地に無い筈の匂いがしましたから彼等には待ってて貰いました。大当たりィィィ!」
「気に入らん男だが……高地に兵を配し、その総数は五千以上。流石の貴様も生きて帰れんぞ」
「対異端者用装備展開!クロスボウ、バリスタ、構えて下さい!……竜殺し部隊は前進!」
国から武器を持ち込み、兵は商都で調達か。
そう言えばシスターも動機は間違っていたとは言え、俺がここに来るのは予測していた。
……俺の動向が読めたなら、教団は当然全力で潰しにも来るか。
しかも相手の士気は高い。枢機卿が心身ともにボロボロになって出て来たのだからそれも当然。
そして周囲に兄貴達の姿は無い。
あの面子で全滅とも考え難いが、逃げたとも考え辛いな。
もし何らかの形で倒されてしまったのだとしたら、
教会は敵対するトレイディアの大将と東マナリアの重鎮を排除出来た事になる。
そして俺がここで倒れれば、教団は以前を超える勢力を手にするかもしれない。
もし、これがあの男の戦略なのだとしたら……。
戦闘司祭ブラッド。アイツはここに確実に消しておかねばなるまい……!
もう、油断は無しだ。全力で行くぞ!
「いいだろう。相手になってやる……レキ大公……いや、冒険者カルマ、行くぞ!」
「ケケケケケ、そうこなくては。さあ、聖堂騎士団長殿、お願いしますよヒヒヒヒヒヒヒ……」
「……全ては貴様の手の上か。良いだろう、今回ばかりは踊ってやるわ……続け!」
「総員、突撃して下さい!」
ブルジョアスキーと副官の号令を合図に、周囲の高地から兵が駆け下りてくる。
……竜殺しを装備した対俺用の兵が、一般兵に混じりながら前進する。
硬化した肌をも突き破るクロスボウを装備した兵が一斉にその矢を俺に向ける。
そして、傭兵国家から買い取ったと思われるバリスタ数機が巨大な弓を引き絞る音が響いてきた!
「どうやら完全に俺を殺すつもりだな。本気過ぎる」
「にいちゃ!」
「アリスは洞窟内に下がれ。……奥に敵を通すなよ」
「了解であります……もう暫く時間を稼いで欲しいであります!」
そうだな。もう少しすればホルス達も駆けつける。
……って、ここまで圧倒的な敵に何か出来るのか?
『で、勝機はあるのか?例え我が身が使用可能になっても、竜殺しの群れに打ち倒されかねんが』
「……ある。俺の最も得意とする戦術がな」
そう、ここまで来ると勝機は一つしかない。
強力、硬化の身体能力ブーストをかけなおすと俺の意識は高台に向かった。
そこには敵将三人、ブラッド、ブルジョアスキーとその副官の姿がある。
「敵陣特攻!敵将の首を取る!」
『ふう、確かにそれしかないか……』
景気付けとばかりに最寄の敵に剣を突き刺す。
輝きだした切っ先を更に別な敵に叩き付けた!
……次は……、
『いかん!竜殺しだ。我が身の背筋が凍えたぞ!』
「あいつか!」
一際みすぼらしく見えて、その実かなり高級な装備に身を包んだ兵士の頭部に蹴りを入れる。
薄汚れたマントの下はわざと汚した感漂う重甲冑か。
……連中本当に本気過ぎる。
と言うか、ここまで来るとシスターすら前座のように見えてくるな。
いや、もしかしたら本当にそうなのかも知れないが。
「今だ!狙い撃て!」
「おっと!」
倒れた敵を盾にしてクロスボウの矢から身を守る。
何本かが敵の肉体を貫通して来るが、流石に威力は減退し、鉄の皮膚を貫くには至らない。
「貴様さえ、貴様さえ居なければ……!」
「ぐっ、このおっ!」
大柄な騎士が巨大な斧を振り下ろす。
避けきれず受け止めるがブーストされた腕力は、逆に相手を弾き飛ばした。
……と、そこへバリスタ!
槍が俺の右30センチほどを掠める。
「お前ら!仲間にも当たるぞ!?」
「殉教、殉教、殉教!」
多分それ絶対違う!
そもそもどいつもこいつも目がやばくなってるし!
戦争の狂気の間違いじゃないのか!?
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
前進するため前方を爆破。
弾け飛ぶ兵士達を尻目に丘の上へと足をかける。
「今だあああああっ!」
「丸太だとっ!?」
その瞬間、丘の影に隠されていた数十本もの丸太がこちらに向けて投げ落とされた。
勿論味方の被害などお構い無しだ。
だが、この程度今の俺なら避ける事は!
「跳んだぞ!」
「今だクロスボウ第二陣、発射ぁっ!」
「ぐっ!」
飛び上がったのは拙かったのか?
あちこちの岩陰に隠れていた狙撃手十数名がクロスボウを放つ。
全身ハリネズミだ、が……浅いんだよ!
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
姿を見せた狙撃手達にお返しとばかり雷を叩きつける。
感電し、転がる敵。それを見て天啓が下った。
……着地の後、ぐっと膝を曲げて……再度跳躍!
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
次に狙うは後方のバリスタ、クロスボウ!
火を受けて燃え上がるバリスタと燃やされる狙撃手達。
……遠隔攻撃を潰せれば、千人居ようが一度にかかれるのは数名に過ぎない!
『……魔力の動きを感じる』
「ファイブレス!?」
再び地面に降り立ち、突き刺さった矢を抜きながら雲霞の如く群がる敵を薙ぎ倒していた俺に、
ファイブレスの呟きが聞こえた。
『あの尾根だ。恐らく百名単位の術者が詠唱の真っ最中なのだろう』
「あそこだな!」
一見するとただの雪山にしか見えない尾根に向かって攻撃を開始する。
これ以上罠を増やされてたまるか!
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
……流石にこれ以上の連射は魔力量的に不可能だったので五連射で止めておいたが、
それでも威力は十分だったらしい。術者達が尾根ごと吹き飛んでいく。
詠唱の時間を稼ぎたかったんだろうが……運が無かったな。
……しかし火球一つに三分かかるこの世界の魔法使いって、使い勝手悪いよな。
俺としては有り難いけど。
「馬鹿な!わしの伏兵が、あんな容易く見破られる!?」
「仕方ありません、次善の策を練るべきでしょう。……しっかりしろ蛸頭!」
……今だ!
『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』
「ぬ!?」「はっ!?」
「よぉ、ブルジョアスキー……あの灯台でお前を殺しておかなかったのが俺の失策だったよ!」
恐らく必殺の策を用意していたのだろう。
切り札となる部隊を失い一瞬呆然とした隙を突いて、俺は加速を使い一気に距離を詰めた。
そして、
「うおおおおおおっ!」
「さ、させんぞおおおおっ!?」
十分過ぎるほどに血を吸い魔力を吸って輝くスティールソードで薙ぎ払う。
だが、それはブルジョアスキーの構えた盾に阻まれ……。
「うがあああああああっ!?」
「団長ーーーーーっ!?」
る、事無く盾ごとその身を切り裂いた。
元々切れ味などゼロのスティールソードだが、魔力をその刀身に漲らせたその時に限り、
古今東西の名剣、名刀を上回る切れ味を見せる。
今回はその魔剣ぶりを十分に発揮した好例と言えるだろう。
「ふぬううっ!」
「片手切りじゃあ意味が無い!」
しぶとく剣を振るブルジョアスキー、だが先ほどの攻撃で片腕が動かないようだ。
片手で振られた剣は空しく俺の鉄の皮膚を滑っていく。
「うわあああああああっ!」
「……悪いな副官さんよ」
主君の危機を見かねたのか副官も剣を抜く。
だがそれは無銘のショートソード。
全力で叩き付けた筈の剣は、黒金の鎧に阻まれ逆に甲高い音と共に根元から折れた。
「ああ、ああ……ああああああああっ!」
「ふ、副官!?何処へ、何処へ行くのだ!?」
そして、恐慌状態に陥ったまま副官はその場に背を向けて走り出す。
……ブルジョアスキーの制止も効果が無かった。
「団長を守れーーーーッ!」
「急げーーーーッ!」
時間をかけすぎたか、周囲の兵が集まってくる。
だが、俺は手近な槍を掴むと腕力に任せて振り回した。
「ぎゃあああああっ!」
「ぐああああああああっ!?」
胴体の上下が泣き別れる者、兜がひしゃげそのまま倒れこむ者。
膝から下が宙を舞い、必死にそれを追いかける者……。
強化された腕力は瞬く間に死体と重傷者の山を作っていく。
「さて、待たせたなブルジョアスキー」
「ひぃ、ひぃ……」
手近な兵を片付けブルジョアスキーの方に向き直る。
相手は既に死に体だった。
切り裂かれた半身から流れ出る血をそのままに、無事な片手で必死に剣を構えている。
「き、貴様が現れてから、わ、わしらには……何一つ良い事が……無かった!」
よろめきながら剣を大上段に構える。
……失った片手の分を振り下ろす勢いで補う気なのだろう。
「教団の為。引き立てて下さった、だ、大司教様の為……わしは、引く訳には、いか……ん!」
「そうか」
ゆっくりと距離が詰まる。
いや、最早ゆっくりとしか歩けないのか?
ブルジョアスキーはその残存する命の全てをその一撃に賭けている。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の気合と共に、剣が俺の脳天目掛け振り下ろされた。
そして……。
「だが……考えて、みれば……わし……お前の事、あまり嫌いではなかった、ぞ?」
「そうか。俺もだ」
無常にも剣は全く無防備な俺の肩口を滑り、そのまま大地に落ちる。
続いてブルジョアスキー本人も大地に沈んだ。
……彼の腕には、もう、剣を満足に支える力も残されていなかったのだ。
よたよたと振り下ろされた剣を、何故か俺は避ける気にはならなかった……。
「だ、団長ーーーーっ!」
「ああ、もう終わりだ……」
荒い息をつくブルジョアスキーに対し、俺はうつぶせの背中から心臓目掛けて剣を突き刺す。
これ以上の禍根を残し続けるのは御免だった。
現に一度俺はこの男を逃がし、その結果五千の兵が教団側に付いている。
剣を突き刺して数秒……何処か安堵するような表情で彼の騎士団長は、逝った。
「……誇り高き騎士団長よ、さらばだ」
騎士に対する礼儀、とでも思ったのか。
自分でも良く判らない感傷だったが俺は剣を収め片手拝みをする。
……最後まで本当の主君と信仰に殉じた男に何かしてやりたい気分だったのだ。
敵陣で武器を収める。
その時は、それがどんなに危険な行為だったか思い至らなかったのだ。
だが、それはこの場合良い方向に働いた。
ガラン、ガラン、と音がする。
ふと横を見ると、ブルジョアスキー配下の騎士達が次々と己の武器を投げ捨てていたのだ。
それは……彼等にとって降伏を意味する行為であった。
「……いいのか?」
「我々は、教団と言うよりブルジョアスキー団長に付いて来た身の上」
「現在のサクリフェスは、その……何か違うと思うので」
「団長も居ない、枢機卿も職を辞すとの事でしたし……」
「少なくとも、あの狂人の下では働けません」
「アンタ、団長に敬意を表してくれたしな」
「名誉は守られました。今はそれで満足しましょう」
「団長にさ。ただの捨て駒だけにはなって欲しく無かったしな」
口々に現状の教団への不満を口にする騎士達。
彼等は元々率いてきた兵の生き残りを纏めると、それぞれの故郷や商都での任地へ戻っていく。
そして……。
……。
「兄貴、村正、フレアさん……無事か!?」
「よぉ……情けねぇ話だぜ。あっさり捕まっちまうなんてよ」
「おーっほっほ!でも私達が悪い訳ではありませんわ!全ては」
「ううう……申し訳無いで御座る申し訳無いで御座る!」
「まあまあ、あまりカタを責めないでやって欲しいであーる」
「お前のせいだろうがボンクラ男爵!」
「あっという間に捕まって人質にされた方に言われたくは無いですわ!」
「……なんで拙者の身内はこんな奴ばかり……うう、せめてバイヤーさえ生きていれば……」
とりあえず……惨いなこれは。
あの後さっさと捕まったボンクラを人質に取られ、
これまたあっさりととっ捕まった皆を解放する。
オンボロ天幕に縄をかけられて閉じ込められて居たにしては元気なようで何よりだがな。
……しかし、短期決戦に持ち込んで幸いだった。
時間をかけすぎると業を煮やした敵が兄貴達をだしにして来たって訳だな。
「まあ、何にせよ皆無事でよかったな」
「応、全くだぜ。ところで」
「私達への謝礼は手に入ったのかしら?」
「あるです」
「先生!大丈夫!?」
「はい、蜂蜜酒であります」
「……それは無いぞ父……わらわの分、わらわの分……」
何とか追いついて来たらしいルン達から魔王の蜂蜜酒を受け取り兄貴に渡す。
それで約束は果たしたって事だ。
あー、ハイム?そんな恨めしげな目で見るな。
その内育ったら幾らでも手に入るようになるんだろ?
「父。取り合えず……かじる」
「痛いってば」
涙目のままでガジガジと俺の腕を噛む娘を横目で見ながら皆で無事を笑いあった。
……のだが、この時点で全員忘れていた事があった。
「ケーッケッケッケ!かかりましたね皆さん!フョホホホホホホ!」
「……ブラッド司祭!?てっきり逃げたかと思ってたぞ!」
突然響いた高笑いに驚き天幕から飛び出すと、数十人程度の兵を連れたブラッド司祭が、
標高にして数百メートルほど上に立っていた。
……この場からは豆粒のようにしか見えないがな。
しかし、何か違和感があるような?
「にいちゃ。しさいふく、じゃない、です」
「何!?」
「おーっほっほ!あれは教皇の略装ですわね。教団最高位の聖職者が平時に着る物ですわ」
「応?それをなんであいつが?」
…………あ、そう言う……事かよ!
「シスターが職を退いた事を良い事に自分で自分に最高位の役職を授けたな!」
「フホホ!ですけど今や私以上の位階の者は居ませんし、やはり外面も大事ですからねヒャハ!」
「では今や教皇様か?」
「ヒヒ……いや、どっちかと言うと王様が良いので法王を名乗りました。ヒャッホー!」
しかし、この場にそんな服を持って来ていると言う事は……。
要するに、シスターが俺たちに撃退……生死を問わず。するのは予定通り!
異端審問官から枢機卿の側近を経て、あれよあれよの間に名実共に教団トップに立ちやがった!
まさか、最初からこれを狙っていたのかアイツ!?
「最初から最後までお前の思い通りというわけか!」
「クフフフフ……ええ。後はあなた方が消えれば。……ヒョホーーーイ!」
パチン、とブラッドが指を鳴らす。
そして一気に山を駆け上る中、周囲の兵士達は一斉に大きな音を立て始めた。
……おいおい、まさか……。
「にいちゃ!雪が崩れるであります!」
「もう、とめられない、です!」
「雪崩を起こす気かこの野郎!……逃げるぞ!」
既に周囲に嫌な振動が走り始めていた。
兵士が一人、また一人と自ら起こした雪崩に巻き込まれていく。
そして生き残った兵士は更に上方に退避していきやがる。
……くそっ、ブルジョアスキーと軍そのものまで囮の一貫だったのか!?
「応、カルマ!兎に角逃げてから考えるぞ!」
「違いない!皆、急ぐぞ!」
「おーっほっほっほ!あの男、何時か地獄を見せてやりますわ!」
「アニキ、走るっす!」
「主殿……まだ間に合うかと。急ぎましょう!」
「先生!はーちゃんを背負って!」
「いや、わらわは飛べるから心配要らん。母こそ早く走れ」
「あたし等も地下に逃げれば良いから気楽であります」
「ばか、です。いまから、ほっても、ゆきにおしつぶされるです。はしる、です!」
迫り来る白い死神から逃れながら思った。
……あの野郎、何時か必ず消して!
くっ、逃れきれないか……だが……!
……。
≪side ブラッド≫
……眼下を雪崩が滑っていく。
ブルジョアスキーの兵も、あのカルマと言う男も飲み込みながら。
私が連れてきた兵も殆ど飲み込まれてしまいましたが些細な事です。
「ひひ、ヒヒヒヒ……これで、これで私の天下ですね!アーッハッハッハ!」
思わず大きく吸い込んだ空気が冷たい。
……この世界にやってきてから何年経ったでしょうか。
狂人のふりをし続け、いつの間にかそれが当たり前になってからどれだけ?
「おめでとうございます、法王様」
「フヒヒ……ええ、ありがとう。ククッ、ククククククッ!」
召喚された当時、私は確か何処かの行かず後家のために用意された玩具だった筈。
それが嫌で逃げ出して神聖教会の神父に拾われた時が確か15歳。
それから二十数年、長い道程でしたね。
……今更帰った所でどうなるものでもありません。
だったら、この世界での栄達を望んで何が悪いというのか。
そして、今私はここにいる。
教団の実権はこれで完全に把握。
政敵はもう存在しません。
新興国のレキは君主が居なくては勝手に滅ぶでしょう。
同様に、サンドールは外征に無理をしすぎた。
レキの財政支援無くして先があるとは思えませんね。
東マナリアは最有力の公爵家を失いました。実力ある指揮官はもう居ません。
西マナリアは我々の属国のようなもの、操るのは容易い。
傭兵国家はサンドールとの戦いで力を失っています。
良いパトロンになれば勝手に下るでしょう。
そして、商都は後継者を失う。
後は商人と竜の信徒が勝手に争い自滅しますね。
……そうなれば、大陸はサクリフェス。そして私のものです。
いやあ、他人の褌で相撲を取るのは楽しいですね?
思わず含み笑いをしてしまいますよ。
「は、は、ハクション!」
「クフフフ、風邪ですか?アハハハハハ」
それにしてもここは冷えます。
今日は予め見つけて野営の用意しておいた洞窟で一晩休んで、明日にでも凱旋するとしますか。
大陸の主の帰還を、国の皆は待っているでしょうからね。
……内心は別にしても。
「クフフフフ、では私は疲れたのでもう休みますね、お休みなさイヒヒヒヒヒヒ……」
「はっ、我々は表で敵を警戒しておきます」
長年かけて集めてきた忠誠厚い男達に表を任せ、私は洞窟内に入ります。
そこには火が焚かれ、暖かなベッドが持ち込まれていました。
ええ。数日前から準備していたのですよ。
「フフフ、さて休みますか。今日は疲れましたし。ヒャッホー!」
「……永久に休んでください。それが私達竜の信徒のためです」
……ザクリ?
私の胸板に剣が生えている?
これは一体!?
「密告の通りでしたね。教団のトップがこの洞窟を利用すると……」
「アハ、ハ……竜の信徒の……説法師……ですか?密告?あ、アハハハハハハハ!」
気が付くと、洞窟内部から竜の信徒と思しき男達が数名現れました。
しかし、密告?誰が!?
「説法師最後の一人、雲水と申します。お覚悟を」
「昨日知ったばかりだが、この洞窟の奥には商都付近まで続く抜け道があるのさ」
「明日あんたの護衛が気付く頃には手遅れですね」
一撃、二撃、三撃……。
手早く私の口を塞いだ竜の信徒どもが私の体に剣と剣と剣を……!
……ここで終わり?
私がこんな所で?
「ウアアアアアアアッ!血身泥流滅多切りぃぃぃぃいいいいいっ!」
「ぐああっ!」
「くっ!逃がすな!」
そんな事は認めませんよ!
幸いこちらは治癒術の使える教会勢力。
兵の所まで辿り付ければ……!
「ガハッ、ハハハ!お前達、曲者ですよ!……よ?」
「追いつきましたよ!刺し違えてでも貴方、を?」
こ、これは!
「よぉ、元気か?兄貴達を助ける時間……魔力の回復する時間をくれたのは失策だったな」
『我が身が居る事を忘れるとはな?あの雪崩程度、耐えられぬ重圧ではない』
……洞窟から飛び出した私たちを待っていたのは……怒りに燃える赤い竜。
そして、その頭部で仁王立ちする雪崩に巻き込んだ筈のあの男でした。
更に……足元には無残な姿と化した部下達の姿。
「レキ、大公……」
「おお、結界山脈の火竜よ!私たちを助けに」
「やれ、ファイブレス」
『うむ。……燃えろおおおおおおおっ!』
……。
……竜の炎から逃れられたのは、半ば偶然でした。
辛うじて洞窟内に潜り込んだ私は奥の通路を進んでいきます。
反応できた理由?相手がこちらを決して許す筈が無いと確信していましたからね。
……ですが、全身大火傷で既に痛みすら感じません。
これはいけませんよ……。
「グヒッ、ですが、幸いです……これなら帰れる、ガボッ!」
確か、奥の通路が商都付近まで続いているとさっき焼け死んだ男が言っていましたね。
……向こうは私が死んだと思っているはず。
その隙に何とか……。
ん?何でしょうかこれは。
通路の真ん中に……雑誌?
それも、開かれたページには何故か、
幾人かのキャラクタの書かれている筈の部分が空白となった跡が……。
いや、関係ありませんね今は。
そんなことより早く山から下りて治療を受けねば……。
「こんにちは、モブキャラさん」
「クヒッ!?誰です!?」
通路の先から現れたのは、小さな女の子……っ!
こ、この子は確かあの男の妹。確か名前は……アリサ!
「いやー。竜の信徒を焚き付けるの疲れたねー」
「はい、です」
「最後はやっぱアイブレス頼りになったであります」
「でも……けっか、じょうじょう、です」
いつの間にか厄介な三姉妹全員揃って……4人居る!?
これは……やられましたね。
こちらの目を欺くには絶好の手です。道理で動きが読めないと思いましたよ。
「フヒヒヒヒ……なるほど、四人目が居たのですか、フハハハハハ!」
「ところがどっこい、もっと居るのであります」
「ふえるわかめ、です」
「残念賞であります」
……私は白昼夢でも見ているのでしょうか?
どう考えてもこれはおかしい。
私の目がまだ潰れていないのだとしたら、相手は同じ顔が数十人居るように見えますが。
「居るんだよ、背景さん」
「ククク……背景?」
「そう。司祭の目の前の雑誌。背景のモブキャラが一人消えてるでしょ?」
「それが、なにか?……あ、あは、アハハハハハハハ!」
まさか……ここは。
いえ、この雑誌に書かれている場所は!
というか、まさか私は!
「そう。それがあなたの故郷だよー。司祭はそこの絵から生み出されたんだよー?」
「ま、まさか!?」
「下手にメインキャラだったら兄ちゃが気付いてたかもね。あたしも気づいた時驚いたさー」
「……嘘だ、うそだうそだウソダウソダウソダーーーーーッ!」
私が、こんな……まさか!
「マナリアの隠し部屋で嫁召喚についての書物を見つけたんだけどさー」
「まさか、いまでも、つかわれてるとは。ひどい、です」
「人間の業って奴でありますね」
…………そう言えば。召喚以前の記憶が曖昧ですね。
と言うか、自分の名前すら思い出せなかったのは召喚の影響ではなく……。
最初から名前すら持っていなかったからですか?
「隙あり、だよー」
「フヒッ!?しまった!グハッ!」
「すこーっぷ!で、あります!」
「どくないふ、ぶすっ!です」
ああ、終わりましたね。
私の中で重要な何かが切れる音がしました。
何かは判りませんが……致命傷を受けたのでしょう。
「こんな所で考え込んでしまうとは……」
「それじゃあね?」
その時、前後左右の洞窟に穴が開き、その中から複眼と複眼と複眼と複眼が……!
上下左右を埋め尽くす虫、虫、ムシムシムシムシムシィィィィィィィッ!
「じゃあ後よろしくねー」
「ふう。つかれた、です」
「疲れて良いのはにいちゃに付いていたアリシアだけでありますよ……」
突然現れた魔物の群れ。
だと言うのに目の前の子供たちはまるで平然としています。
何故!?
「あ、そうそう。竜の信徒に密告したの、あたし等だから」
「ヒヒ、ヒ……ああ、そういう事ですか……ククク、アーッハッハッハ!」
「邪魔なのは、一度に片付けるが吉だよね?」
「くっ……貴様等、人間じゃないですね……!」
「確かにそうだけどさー。司祭に言われたく無いよー。くわっ」
「そ、その目は!?」
クソッ!そう言う事か化け物どもめ!
見開かれたその目、人の物ではないではないですか!
最初から、人間を相手にしていたのではなかったのか……!
「じゃ、さよならー」
「めしあがれ、です」
「お疲れ様であります!」
咀嚼音が聞こえる。
私は、たかられている……。
ああ、私が無くなっていく!
止めてくれ!
食べないでくれ!
やめて!
死にたく無い!
消えたく無い!
感覚が、
無い、なにも、
や、だ、
……いやだあああああああああああああああああああっ!
……。
≪side カルマ≫
雪崩の傷跡生々しい結界山脈を下っていく。
色々とんでもない事になってしまったが、味方が一人も欠けずに帰れる事が何より嬉しい。
ブラッドも死んだ。これで少しは安心できるってもんさ。
「応、チビ助。そのデカイ芋虫どうするんだよ」
「うむ。わらわが責任持って育てるに決まっている」
「おーほっほ!お家に帰ったらお母さんにお許しが貰えると良いですわね」
「問題ない。母親は私」
「ルーンハイムさん?」
「私と先生の子」
「……嬢ちゃん。お前ら結婚してから一年数ヶ月しか経ってないんじゃないのか?」
「わらわは生後三ヶ月と少しだが?」
「…………何と言うか、色々負けた気がしますわ」
「左様で御座るか……時にリオンズフレア嬢?拙者カタ=クウラと申す。今度一緒に夕餉でも?」
「ヘタレに興味はありませんわ。英雄、紳士、求道者が居たら出てきて下さらない?以上ですわ」
「……へたれ、で御座るか……」
「へたれ、です」「ヘタレであります!」
崩れ落ちる村正をレオが辛うじて支える。
「村正さん。気にするなっす。姉ちゃんは面食いだから……」
「止めを刺すつもりで御座るかその手の連中に好評そうなお顔のレオ殿……」
「大丈夫っす。女なんてニコッと笑えば勝手に落ちるもんっす!」
「……レオ。もう百人以上泣かせてるんだからこれ以上の放蕩は止すのですわよ?」
「心配無いっす。レキに来てから付き合ったのはたった五人っす!」
「ぐはっ!」
「おい、村正!……吐血してやがる。舌を噛んだのかよ!?」
……そう言えば、レオの奴は故郷の学院で、女生徒に様付けされてたよな……。
そっか……そう言う事か……。
「レオ。ルンやアルシェに手を出したら殺すからな?」
「色々と……小さいのに興味は無いっす」
何て言うか……うん。聞くんじゃなかった。
ん?ルンが袖口をまた引っ張って……。
「ところで先生、質問」
「何だ?」
「シスターとの戦いと、雪山の戦い。魔法の有無以前に動きが違いすぎた気がする。何故?」
「応、嬢ちゃん。そりゃあ初恋の相手だからな。無意識に手加減してたろうよ」
あ、空気が凍った。
殺気に当てられてボンクラが足を滑らせ斜面を滑り落ちていく……。
「……はつ、恋?」
「応よ!ちっこい頃の淡い思い出って奴だな!」
な、何か知らんが突然吹雪が!?
どう言う事だこれ!?
「駄目」
「ルン?」
「先生は私とアルシェ以外に恋をしちゃ駄目」
「母よ。出会っても居ない頃の事を……ふぎゃあああああぁぁぁぁぁ!」
うわあああっ!
ハイムが超高速梅干しの餌食に!?
つーか、目がヤバイ!
「駄目」
「わ、判ったからハイムを離してやれ!死んでしまう!」
「にゃああああああああああっ……あぅ。死ぬかと思った……」
……答えに満足したのかルンは俺のマントの中に潜り込んで来た。
ハイムは母親から退避する為か俺の頭の上だ。ついでに吹雪も収まっている。
ふう、ヤンデレとの付き合いは本当に難しいよな……。
っと。今度はホルスか?どうした?
「主殿。アイブレスがこちらに向かっております」
「ホルス?本当だ……事が済んだの良く判ったな」
「と言うか、何故竜が鶏を引き連れ犬小屋を引き摺っているので御座るか……」
「車輪が付いてるから」
「おーほっほ!ルーンハイムさん。そう言う事ではありませんわよ?」
どうやって知ったのか、ニワトリ達が自力で合流してきたようだ。
気のせいか犬小屋の後ろに車輪付き木箱が連結されてるような気がするが、
気にしない方が精神衛生上良いのだろうな。
「ぴー!」
「アイブレス!おお、ハイラルにコホリンとその子供たちも!良く来た!」
「「コケコッコ」」「「「ぴよぴよ」」」
ふう、合流したか。
更にひよこの数が増えてるのも、もう気にしない方が良いんだろうな。
んじゃ……行くかね?
「さあ、さっさとレキに戻るっす!」
「ん。国を空けすぎた」
「そ、そうだな。父、急いで帰ってたもれ!」
レオ達がそう言う以上、
トレイディアには寄らない方が良いだろうしな!
「……先生、実はレオが商都を」
「さ、さあ行くっすよ!」
俺は何も聞いていない。
が……後で見舞金、もしくは賠償金でも送るか……。
取り合えずスマン村正。俺達は先に行く。
「何時か、今度はゆっくり会いたいもので御座るなカルマ殿?」
「ああ……その時を楽しみにしてる」
「応!その時は俺も呼んでくれよ!?」
その時無意味なほどに冷たい一陣の風が俺たちの間を通り抜けた。
……村正が遠い目をしながら言う。
「……その時までに商都を再興しておくで御座るゆえ」
「あ、ああ……その、楽しみにしてるからな?」
こうして南に見える商都が夕焼け以上に赤く染まる中、
俺達は急ぎ帰国の途に付いたのである。
……余り考えたく無い事を意図的に視界から逸らしつつ。
……。
≪ はるか未来の歴史番組 ≫
……これが、冒険者カルマの最後の冒険とされているエピソードです。
なお一部の学者が強硬に主張する"アリサ姫人外説"を基にしておりますので、
定説とかなり異なる部分がありますがそこはご了承下さい。
さて、彼はこの冒険で神聖教会、竜の信徒という二つの宗教勢力を一度に叩き潰してしています。
教会はトップを一度に失い空中分解。
竜の信徒も信仰の中心であった説法師が全滅し、その後目立った活動は記録に残っていません。
その後の彼は一国の君主として活動する傍ら気晴らしに冒険する事はありましたが、
それは君主様のお忍び旅の域を出る事は無く、冒険者を名乗る事も無くなりました。
そもそも冒険者と言う職業自体がこの後急速に縮小して行ったため、
冒険者と言う名乗り自体が無意味な物となって行きます。
そして、彼は一介の冒険者から国を興した伝説の王として歴史に名を残す事となりました。
皮肉にも彼の一連の行動は冒険者と言う職業自体に引導を渡してしまいましたが、
彼自身は冒険者と言う存在を愛していたと伝えられています。
次第に下火になる冒険者と言う存在に、彼は何を思っていたのでしょうか……。
さて、最後にこぼれ話ですが、
兄貴分の東マナリアが猛将ライオネルが娘と語らったと言う彼に対する面白い評価があります。
最後にそれをご覧になりながらお別れしましょう、そうしましょう。
なお、次回は転生の国……リンカーネイト建国記の第一回目。
出世双六の上がり、その始まりたる宗主国との決戦を追います。
僅か千名に満たないレキ大公国軍がいかにして兵力十倍以上の宗主国に打ち勝ったのか?
その秘密を荒唐無稽な異説も交えて追う事にしましょう。お楽しみに。
……。
カルマの強さ、か。
アイツの親父……ゴウのアニキは嘆いていたな。
何故って?
アイツには剣とかの才能が全く無かったからな。
嘘を付くな?
いや、それが本当の話なんだ。
魔力は高かった。
魔法使いとしてなら大成できると考えたそうだが……、
ところがアイツ、十歳近くになってもまだ言葉が満足に喋れない。
当然魔法なんか夢のまた夢さ。
……って訳でアニキはどうしたと思う?
……鍛えたんだよ。
体力と腕力さえあれば、多少の技量差は乗り越えられるからな。
怨まれるのは覚悟の上でただただ厳しく、ともかく基本を……文字通り叩き込んだ。
力さえ付けば勝手にある程度の実力が得られるようにな。
一流にはなれなくとも。英雄と渡り合う事など出来なくても……。
二流の中では一つ頭飛び出た存在に。有象無象には負けないように……!
現に冒険者になった当時のアイツは、丁度普通のリザードマンと同程度の力量だったと思うぜ。
まさに、二流とは言えないが一流には届かない……だ。
雑魚にはめっぽう強かったが、相手がある程度強いと途端に負けが込む。
文字通り、力押しが効くか効かないかだ。
アニキも……自分の奥義を教えてやりたかったろうさ。
でも、身に付くとはどうしても思えなかったそうだ。
とにかく要領が悪いと言うかセンスが無いというか……。
妙に頭は回るくせに繊細な技となると途端にお手上げなのさ。
しかも本人がそれに気付いてない。……余りに酷な話で俺からは言えないけどな。
ゴウのアニキが一番得意とした最小限の動きで最大のダメージを与えるとかは全然無理。
名のあるような秘技は恐らくほぼ全滅だろうよ。
フェイントを絡めた虚実入り混じった剣捌きも、俺に言わせりゃ下手糞なもんだ。
……ま、本人は出来てるつもりかも知れないけどな。
要するにだ。正直ただただ力任せに斬りかかるのがアイツの精一杯って訳だ。
だから、アイツの父親……アニキはとにかく基礎を叩き込んだ。
そう、何時か力が付いた時、その力がそのまま実力に跳ね返ってくるように。
人並みはずれた体力が、技量の差を飲み込んでくれるように。
そんな事を願いながらな。
……もし、この後カルマに師匠が付いたとしたら、
才覚があるから基礎を徹底的に叩き込んだと勘違いされるかもな……って、笑ってたけどよ。
ま、親の愛だ。
俺には到底真似できないわ。
絶対に芽の出ない種を育てる作業なんてよ。
……けど、あいつは芽を出した。
出るはずの無ぇ芽をな。
実際アイツの剣捌き自体は冒険開始直後からあんまり変わってないぜ。
……その代わり、一撃の威力は全然違うけどな。
文字通り人並みはずれた身体能力を手に入れたんだろうさ。
勿論……魔法で強化する前の時点でな?
でなけりゃ、狂気の顔を前面に押し出し、本気を出したシスターに対抗できる訳が無ぇ。
何せシスターは"狂気の本気"を出せば、百人の兵士を相手に出来る女だからな。
……まあ、次の事を考えなければだけど。
ははっ。それにしてもよ、カルマの奴もとんでもねぇ男になったもんだぜ。
不足する才覚の分は魔力でブーストして補い、
今度は魔力が足りないからと、遂に竜までその身に取り込んじまった。
恐らく竜の心臓とやらで、既にアイツの生命力は人の域を超えてるんじゃないのか?
……そして剣だけで出来ない事は魔法で何とかして。
それでも足りないなら下衆な裏工作も躊躇しないらしいな。
ん?別に責める必要は無ぇよ。
無理やりでも何でも、一国の主まで上り詰めたんだから大したもんだと思わねぇか?
……正直、俺は尊敬するぜあの親子をよ。
***冒険者シナリオ 完了***
続く