幻想立志転生伝
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***建国シナリオ1 カルマは荒野に消える***
~トレイディア南部国境地帯壊滅事件~
≪side カルマ≫
……俺の心臓を貫いていた妖刀が引き抜かれる。
「許せとは言わぬ。ただ、拙者にもこうせざるを得ぬ理由があったのだけは覚えていて欲しい」
「……ばれた、か?」
俺の言葉に僅かに頷く村正。
……俺は再び視界が白く染まりかける中、それをどこか遠い世界のように見ていた。
「カルーマ総帥と同一人物だったとは。しかも、あの戦……貴殿が仕掛けたのであろう?」
「ああ、そうだ。黙ってて、悪、かった」
「あの戦の傷が元で、先日……父が亡くなったで御座る」
そう言って懐から取りだされたのはひと房の髪の毛。
……遺髪か。
「だが、それでも止むをえんと思っていた。父も納得していたで御座る」
「……なっと、く?」
重々しく頷く村正。
ふと、近くの物陰から少しばかり派手気味の意匠が施された僧服姿の男達が現れた。
中華系と言うか……まさしく竜をかたどった金糸の刺繍入りの僧服はかなり豪華に見える。
……その彼等が口を開いた。
「この地は神聖教会の勢力下であったゆえ、我等竜の信徒は地下に潜らざるを得なかった」
「……だが、遂に先日よりトレイディア国教としての活動を開始した所だったのだ」
「その為の犠牲となるのは、大公殿下としてもやぶさかではなかったのです」
竜の信徒か。
……商都を利用できたのは村正達が神聖教団にとっての異教徒であると言う部分が大きい。
彼等としても俺とは上手くやっていけると思ったに違いない。
だが、そうだ。
俺は確かに裏切りを行っていた。
「何故で御座るか!?何故に結界山脈の竜を討ち取ったので御座る!?」
「彼のドラゴンはナーガでは無いにせよ、我等の信仰対象である事は変わらない」
「今少し時があれば、混乱が収まった所でギルドに働きかけ、討伐対象から外せたものを!」
「貴方は子爵様が竜を信仰していた事は知っていた……それなのに、何故ですか?」
とは言え、なあ?
あの時の事を思い起こせば正直不可抗力、なんだが。
「……まあ、最初は……対話で何とかする気だったんだけどな……聞いてくれなかった……」
「そうで御座るか。だがもう遅い。竜の信徒の間でカルマ殿への対応は既に決まったで御座る」
ははは、ルンの事を気にするあまり村正への配慮を忘れてたな。
多分、ファイブレスを倒してからすぐに説明すればどうにかなったのかも知れないが、
流石に放置しすぎた。
……既に向こうは臨戦体勢。話し合いでどうにかなるレベルはとうに過ぎ去っている、か。
それに、段々血の気が……引いて、きてるし……これは……。
『ええい!魔力を体内に回せ!失った心臓の変わりに魔力で血を体内に巡らせるのだ!』
……ファイブレスの言うとおりにしてみる。
だが、いまいち感覚がつかめない。
……そもそも、魔力を体に巡らすってどうやれば良いんだ?
『くっ、止むをえん……こちらでやってやる!お前は……奴をなんとかしろ!』
その瞬間、今まで跨っていた馬の形が崩れ俺の体内に入り込んできた。
……全身に魔力がみなぎる。
竜馬ファイブレスを構成していた魔力が俺自身の魔力として全身を巡りだしたのだ。
……首輪が魔力を感知し、再び魔力を吸い始めるが……それを待っていてやるつもりは無い!
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
叫びと共に胸元からとめどなく流れていた血は止まる。
……だが、鼓動は聞こえない。
何と言うか、生きているのか死んでいるのか……。
ともかく体の細胞が死ぬ前に心臓をどうにか修復する必要がある。
さもなくば、本当に死んでしまうだろう。
「……先生!?」
「にいちゃ!にいちゃ!」
「大丈夫だ、とは言えないな……心臓が、潰されてる」
「えええええっ!?それでなんで無事なのカルマ君!?」
「くっ……この私が付いていながらこの始末!お嬢様、奴等を討ちます!」
「待つであります……後ろから追撃部隊!それにさっき移動したブルジョアスキーが側面から!」
なんだと!?
「カルマ殿。不意打ちの無礼は詫びる。だが拙者が貴殿に勝利する為には……こうするしか!」
「500名もの騎兵に守られているとお聞きしたゆえ、それ相応の兵を配させて頂いた」
「北よりの追撃隊1500、東より旧騎士団残党500。そして」
「……伏兵、かかってください」
僧服連中の振った旗を合図に、
先ほどブルジョアスキーが阻んでいた道の更に先から土ぼこり。
……南側にも伏兵だと!?しかもこちらとほぼ同数……。
三方から包囲された上、その総数はこちらの五倍だと!?
ははは、おちおち死んでも居られないのか。
この数に押しつぶされたら文字通り全滅だぞ!?
しかも、囲まれた状態では騎兵の持ち味である機動力が生かせないじゃないか!
「まだで御座る!カルマ殿を侮ってはいかんで御座るよ!」
「はっ、ですがそろそろ来る頃かと思うが……西の連中はまだなのか!?」
「傭兵隊の連中は当てにするだけ無駄だな」
「最後の傭兵部隊800名……彼等が来なくては包囲は完成しないのですが」
まだ来るのか!?
ちっ、いっそ魔力が残っているうちに何処かに突っ込んで……!
『無茶は止せ。現有魔力が尽きたら我等は滅ぶ。心臓が修復されるまで治癒を続けるのだ!』
「……動くなって、言うのかよ……」
「にいちゃ、動いちゃ駄目であります!本当に死んじゃうでありますよ!」
「いまは、きず、なおして、です!せめて、ゆうがたまで、もたせる、です!」
最悪地下に逃げれば良い、言外にそう滲ませてアリシア達は言う。
だが、その場合ルンはどうする?一緒に来たメイド達や500名の騎兵達は?
……突然地底、それも魔物の群れに放り込まれて……様々な意味で"無事で済む"と思うのか?
もしくは見捨てろと?
放り出して自分達だけ地下に潜れと!?
……俺の価値観で唯一揺らがない物がある。
味方を見捨てないという物がそれだ。
今回期せずして村正を裏切る事となったが……その報いがこれだよ!
ならばせめて、せめて自ら味方を裏切るような真似はしたく無い。
その都度都合よく生きているんだ。
だったら、ここでも……。
「己の我を……通させてもらう!」
『愚か者がーーーっ!』
「にいちゃ!?だめ!」
「何処行くでありますか!?」
魔力切れは確かに恐ろしい。
故に硬化のみを頼りに敵陣へと向かう。
……向かうべき方向は……南!
数は少なく、しかもこれを抜ければ向こう側は広い荒野だ。
「ルン!魔道騎兵は西にやれ!傭兵連中なら金以上には戦わない筈だ!」
「……判った。信じる」
「カルマ君!?傷は大丈夫なの?」
「……かすり傷だ!……ジーヤさん、皆を頼む!」
「……左様ですか……では、ご武運を」
走りながら振り向いて、ルンに一言言っておく。
村正達の言葉から、傭兵連中はもうここに来ていなければならない時間の筈。
それなのにまだこの戦場に現れていない以上、それ程士気は高くあるまい。
それに。
「カルマ殿が南に向かったで御座る!総員、追うで御座るよ!」
「子爵様、西に向かった者どもはいかがする?」
「……用が有るのはカルマ殿のみ。離れてくれて幸いだったで御座る」
「承知した。では、我等の敵を討ち果たしに行きましょうぞ!」
「敵。……敵……で御座るか」
「……どうしましたか子爵様」
「いや、なんでもない。なんでもないので御座るよ皆……」
……どうやら狙いは当たりか。
連中、俺のほうに一直線に集まって来ていやがる!
「ははっ、これが俺の人生最後の戦闘なのかね?」
『かも知れぬな……我が身はもう諦めた……』
体内から疲れたようなファイブレスの声が響く。
「はっ、意外と諦めが早いんだなファイブレス」
『気付いておらぬのか?治癒をかけても心臓の傷だけは治らぬという事実に』
……気付いているさ。それくらい。
どう考えてもおかしいが……食らったのが妖刀による攻撃、それも致命傷なのが拙かったか?
それとも……妖刀村正を切れ味の良いだけの刀と思ってたが、実は秘められた力でもあったか?
もしくは純粋に心臓部の損傷が大きすぎて治癒が追いついていないのか?
まあ、今更どうでもいい。
……既に終わっているというのなら、それ相応の成すべき事があるだろう?
未来が無いなら、せめて意地と見栄くらい通したいじゃないか。
「じゃあ、行くか?」
『……不本意だが、止むをえん』
右手にスケイルから借り受けたミスリルの曲刀を握り締める。
魔剣が手元に無いのが痛すぎるが止むを得ない。
実は……現状では体に毒でしか無い。そんな風に考えた俺は、
数日前に蟻ん娘に渡してレキにあるという俺の隠れ家に先に送ってしまっていた。
……腕の良い鍛冶屋が来たと聞いて研がせるよう言っておいたのだが……、
まさかこれほど必要な状態に追い込まれるとは思いもしなかった。
出来れば切れ味の良くなったスティールソードも見てみたかったけど、仕方ない。
無いものねだりしてもどうしようもないさ。
……突っ込むぞ!
……。
≪side 村正≫
拙者達は北方よりの追撃部隊と合流し、
一路カルマ殿が突っ込んでいった南方の部隊を援護しに動いている。
まったく、我ながら何をやっているので御座ろう?
あの戦争の事なぞ結果的に我が国の領土が増えたのだから怨む筋合いなど無い。
父の事もそうで御座る。
カルマ殿よりも、むしろ長年仕えて来て裏切った男の方が非難されるべき。
……竜の使徒としては結界山脈の火竜を討たれた事を怒るべきなのであろうが、
未だ賞金のかかっている時点ならば、冒険者が討ち果たさんとするは必然。
そも、竜ともあろうものが人間に討ち果たされる事自体がおかしいので御座る。
ただ、周りはそう思ってくれなかったで御座る。
せっかく世に出たばかりで本拠地近くの信仰対象を破壊された信徒達の怒りは物凄く、
所詮パトロンでしかない拙者には止める術が無かったで御座るよ。
おりしもそこにやって来たサンドールの老人から、カルマ殿の秘密を聞かされた。
流石の拙者も動揺せざるを得なかったで御座る。
しかし……拙者が信じてやらずに誰が信じるというので御座ろう。
一体どういうことなのか?
そう、迷っている内に気が付けば……討伐が決まってしまっていた。
こうなってしまうと、もう拙者では止められない。
竜の信仰者として、カルマ殿を倒す算段をつけねばならなくなったで御座る。
……だが、正面からでは倒せる気がしない。
故に、不意を付かねばならなかった。
そして、それが為に……カルマ殿の弁解を聞くことが出来なかったで御座る。
……迷いは、太刀筋を鈍らせるゆえ。
それに、拙者……正直言って羨ましかったので御座る。
竜をも打ち倒すというその力。
そしてもう一つ。
奥方が二人も居るというそのモテっぷりが!
リチャード殿にも美しい婚約者がおられるそうで御座るし、
あのライオネル殿に至っては、娘や息子まで居ると言うでは御座らんか!
それなのに、何故に拙者にだけ可愛い嫁がおらんので御座るか!?
正直信じられないので御座る!嫁が欲しいで御座るよ!
……いや、拙者にも言い寄ってくる娘くらい居るで御座るが……。
どいつもこいつも金狙いの亡者や、人とは名ばかりの異形の群れで御座る故、
正直話を聞いた時に殺意が沸いたので御座る!
異論は認めないでござるよ!?
まあ、そんな訳で卑怯な手を使っているで御座るが……拙者は一体何をやっているのか?
冷静になって考えてみると数を頼りにした、いじめ以外の何ものでもないで御座る。
これが拙者の望んだ事なのか……。
いやいや、既にサイは投げられてしまったで御座る。
どういう結果にせよ突き進むしかない。
「取り囲むで御座る!弓矢や刃物は効かぬ故……槌や金棒で叩き潰すので御座る!」
「囲め!半端な攻撃では返り討ちになるだけだ!」
「波状攻撃、一人二人やられても三人四人と立て続けに行け!休ませるな!」
「結界山脈の竜の仇を討ってください!褒美は弾みます!」
たった一人に対し二千人を越える兵士が群がっていく。
……その浅ましさに反吐が出そうになるで御座るよ。
「先陣が敵と接触……弾き飛ばされました!」
「当然で御座るな。構わず第二派突入!」
先陣を申し付けた追撃部隊の足止め用騎兵隊が突っ込んで行くで御座るが、
即座に弾き返され、後続部隊の足蹴にされて行くで御座る。
だが、避けてやる時間は無い。
悪いが踏み潰されるで御座るよ。
……カルマ殿に時間を与えるほど愚かしい事は無いので御座る。
彼の御仁の真の恐ろしさはあの強化された身体能力でも多彩な魔法でもない。
……あの嫌になる程に回る脳味噌なので御座る。
当初ただの貧民でしかなかったかの御仁がここまでの存在になれたのは、
間違いなくその脳味噌をフル回転させてきたから。
胸板に大穴空けた位では、きっとすぐに持ち直してしまうで御座る。
それ故に、拙者は……こう言わねばならぬ。
「四肢を寸断せよ!全身を細切れにしてはらわたを食いつくし、二度と生き返れぬようにせよ!」
「勝利は我等の背にあり!」
「竜の神のご加護を!」
「敵はたった一人!慌てず騒がず着実に始末してください!」
……この瞬間より拙者は極悪非道の外道と成り果て申した。
友と呼んだ男に対しこの仕打ち。
正直、神聖教会の事を断ずる資格など無いで御座るな。
果たしてこの所業、竜の神はどうお考えなのやら……。
……。
「おおおおおおおおおっ!」
「ぐああああっ!?」
「ひでぶぅうううっ!」
「ぐふっ!」
「ちっ!つづけ、つづけ!休ませるな!」
「かかれ!かかれ!かかれ!」
「その首落とせば、一生遊んで暮らせらぁ!」
戦闘開始からどれだけ経過したのか……。
拙者達は開始当初の位置から一歩も動かずに事の成り行きをただ見守るだけで御座った。
いや、むしろ動けぬのか。
カルマ殿の剣が宙を斬るたび、屍が無残に量産されていく。
ある者は胴を薙ぎ払われ、またあるものは首と胴体が泣き別れになり。
またあるものは一刀両断に左右の半身を寸断されていく。
……所詮は雑兵。彼の御仁の相手には不足過ぎる。
既にカルマ殿は己の作り上げた屍の山の上に立っている状況で御座る。
「ば、化け物か……」
「竜を屠るほどの怪物。これぐらい当然だろう」
「死傷者は恐らく二百はくだりません。いかがしますか」
よく言うで御座るよ説法師殿。
引くと言う選択肢は選ばせてもらえんので御座ろうに。
……危険を感じるといち早く逃げ、危機が去るといの一番にやってきて都合の良い事を口にする。
此度も戦争終結と共にやってきて我が物顔をして居るで御座る。
拙者、竜の神は信仰しておるが貴殿等は全く信用しておらぬ。
そもそも竜の神信仰が廃れたのも、おぬし等のようなもののせいではないのか?
「どうしましたか子爵様……敵はまだ健在、ご指示を」
「う、む……心臓は確かに潰したで御座る。今はカルマ殿の魔力切れを待つで御座る」
乗っていた馬が消えた所を見るとあれも彼の御仁の魔法の一種なので御座ろうか?
どちらにせよ心臓が潰れた音は聞いた故、命の灯は消えた筈。
後は肉体を動かしている魔力が尽きれば……カルマ殿は、滅びる。
拙者達はそれを見ているだけで良いので御座る。
そう、ここで黙って立っていれば、それだけで全て終わるで御座るよ……。
……。
≪side カルマ≫
頭上から降りかかってきた剣が鉄の皮膚に弾かれ空しく俺の体を逸れていく。
……やはり俺の戦いはこうでないといけない。
どんなに囲まれようが一度にかかれる人数には限りがある。
ならば、戦いようはあるというものだ。
軽い攻撃は弾き、重い攻撃のみを選んで避けていく。
そして武器を振り下ろし無防備となった敵に刃を突きつける……!
次々と襲い掛かる敵兵を文字通り薙ぎ倒しながら、俺は囲みを食い破ろうと必死だった。
とは言え、もう無理かも知れんな。何故なら……。
……そこに体内より声がかかる。
『おい。今お前の体は心臓を失い、代わりに魔力で無理やり血を巡らしている』
判っているファイブレス。
……もう、その肝心の魔力が残り少ないんだろう?
『判っているな?お前は首の魔封環に魔力を吸い取られ続け、どう足掻こうと消耗は激しい』
『……魔力切れまでに囲み、食い破れそうか?』
『無理だ。我が身を竜馬として使えばあるいは……だがそれではお前の命が既に無かったろう』
『倒しても倒しても、既にその外側に新たな包囲が出来てるからな……』
考えている間にも次の相手が向かってきた。
……おっと、スレッジハンマーは流石にまずい。
切り倒した男の持っていた丸盾をフリスビーのように投げつけ、ひるんだ所に剣を突き立てる。
既に足元は死体と血で埋まり、既に積み重なった屍の上に立って戦い続けている状態だ。
かなりの脱走者も出ているようだが、それでも全く動じない連中も居る。
くそっ、これだから狂信者は始末におえん!
「新鮮な肉だーーーっ!」
「お前がなーーーーっ!」
そして、次の男の鉈を回避してその頭部を鼻から上より斬り飛ばし……ああっ!?
「あ、アイツ……剣が折れたぞ!」
「これは勝った!」
「手柄は頂いたーーー!」
酷使に耐えかねたのか、ミスリルの曲刀は柄の所から折れ、遥か彼方に飛んでいく。
やむなく俺は残った柄を敵に投げつけると、両の拳を硬く握り締めた。
いや、それだけでは無いな。片腕が上がらない?
……そうか、遂に魔力が全身に回らなくなったか……。
『牙が折れたか……で、後は徒手空拳か?体が何時まで動くやら』
「肉片の一つでも動き続けるなら俺の勝ちだ」
とは言え、もう少しでその肉片一つすら動かなくなりそうなんだが……。
……全身を巡る魔力の流れ。
今までそれはザンマの指輪を介してしか判らなかったが、
今はファイブレスを通して俺自身の感覚として理解できる。
だが、それ故に判るのだ。
俺の体内を体液のように巡るその魔力が、明らかな速度で減り続けているのが。
それはまさにストローで吸い取られるが如く。ゆっくりと、だが確実に。
それはむしろ燃料の消費といっても良い。
もしくは電池の消耗か?
何にせよ、それが尽きる時俺は滅ぶ。
そして、既に距離的にも敵戦力的にも既に逃れる事は不可能だ。
なにせ俺の周囲には蟻ん娘一匹すら居ないのだから。
……自分の死のカウントダウンが始まった。
そのカウントを秒単位で自ら理解できる。その恐怖を誰が想像できるだろうか?
それから逃れる方法はただ一つ。
「かかって来い!……死を恐れぬのならな!」
『はっ、死の恐怖を逃れる為に吐いている台詞とは思えんな……』
今、この瞬間の戦いに没頭する。
そう、それだけだった……。
……。
≪side 村正≫
「何故、何故……まだ戦うので御座るか!?」
既にどれだけの兵が犠牲になったのか……。
まさに山となったその屍の山の上、カルマ殿はまだ戦い続けている。
襲い掛かる兵から武器を奪い、その肉体を盾にしつつ。
だが無傷ではない。片腕はだらしなく垂れ、全身に切り傷や痣を作っているで御座る。
……既に硬化を使っていられなくなったので御座ろう。
当然傷を治す余裕もあるわけが無い。
「終わりですな」
「しかし見事。流石は聖俗戦争の英雄……」
「……しかし粘るものですね。見てください、遂に噛みつきまで使い始めましたよ」
最早見ていられないで御座る……。
思わずその惨状から目を逸らした拙者を誰が責められる?
「どうされたか?」
「子爵様……配下の犠牲に心を痛められたか」
「心配は要りません。彼も流石にもうじき倒れますよ」
そして、その為に起こった事を。
拙者は責められる訳が無いので御座るよ。
「そうお前等が望むなら……」
「「「「え?」」」」
目を逸らした拙者を説法師達が覗き込んだその瞬間。
……カルマ殿は拙者達の目の前に、
「……俺は絶対に倒れてやらねええええええええっ!」
「うげっ!?」「ぎゃはっ!?」
「ひ、ひいいいいいいっ……!」
カルマ殿は拙者達の目の前に突然現れ……三人居た説法師のうち二人までを一息に突き殺した!
「……はぁ、はぁ……ちっ、加速でもこれが精一杯、か」
『万策尽きたな。まあ……名は残るか』
「……これが、カルマ殿の切り札で御座るか……」
眼前遥か先の配下達は、突然消えたカルマ殿を探して右往左往しているで御座る。
恐らく最後の力を振り絞っての瞬間移動……。
どうやら最後まで勝負を捨てておらぬので御座るな、カルマ殿?
「最後は一騎討ちのようで御座るか」
「まあ、こっちは虎の子使い切って……虫の息、だけどな」
その通りでござろう。既に立っているのが精一杯の筈。
ここまで来ると、早く楽にしてやるのが情けと言うもので御座ろう。
妖刀村正よ……望まぬ相手で御座るが
『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』
「……なっ!?」
『衝撃!(インパクトウェーブ)』
「ぐはあっ!?」
背後より襲来した不可視の衝撃が拙者を貫く。
……これは、ルン殿!?
確か部隊と共に西へ向かった筈だが……。
「一体、どうしてここに!?」
「お久しぶり子爵様。西に居た陣の後始末してる傭兵仲間に聞いたんだよ」
「……本国が攻められたから全員戻って来いって話であります」
「ようへいこっかに、サンドール、せめてきた、です」
……馬鹿な!?
傭兵国家に何の価値があると……ああ、サンドールなら止むを得まい。
あの国からしたら緑が育つ大地と言うだけで魅力的なので御座ろう。
しかし、その為に契約中の部隊まで引き上げるかビリー・ヤード!?
「私から先生を奪う……皆……殺す……!」
「ルン殿。落ち着いて……いられる訳も無いで御座るな、当然で……」
あ、今気付いたで御座るが……ルン殿の目に光が無いで御座る!?
出会った時からカルマ殿が居ないと酒場の隅で常にいじけている様な娘で御座ったが……。
……心の病気が進行しておらぬか!?
「あーあ、知らないよ?こうなったルンちゃんは誰にも止められない。僕も止める気は無いし」
「やっと……幸せに、なれると……!」
ルン殿は何時血の涙を流してもおかしくないような暗雲を背負っているで御座る。
それに反して感情の感じられない無表情。
だというのに怒りが弾け飛びそうな程高まっているのが一目で判るで御座るよ。
……両の腕を突き上げた?
魔法の詠唱で御座るかルン殿。
だが、隙が大きい……逃げるのも容易いで御座るよ?
流石にルン殿の命まで奪おうとは思わぬゆえ、ここはさっさと引くで……む?
『我、星の海より水を掬う』
一瞬、世界が振動したような不思議な感覚。
『汲み上げるは天の川。溢れ、零れてこの地に落ちる』
更に衝撃。
大気が震えたような気がするで御座る。
『されど、その一滴は象より重く』
頭上よりの光。
思わず見上げたその先には、光で形作られた天を埋め尽くす巨大な魔方陣。
『降り注ぐ驟雨は災厄の日を産み落とさん』
魔法陣の放つ光はその強さを増し、更に七色に染まる。
……これから何が起こるというのか……。
『審判の日よ、我が呼び声に応え今ここに来たれ!』
不覚にも、逃げるのも忘れ。
拙者は空を、見上げていた。
『星空よ、降り注げ!……流星雨召喚!(メテオスウォーム)』
そして、その言葉と共に。
……終末が……。
……。
≪side アリサ≫
兄ちゃが殺された……そんなあってはならない情報が耳に入ってきた瞬間、
あたしは取るもの取り合えず走り出していた。
今の兄ちゃが心臓潰されたりしたら、本当に死んでしまうよー!?
魔力を失い弱りきった体。
その上で肉体を破壊されたりしたら……最早"治癒"でも再生不可能だ。
兄ちゃは半魔法生命体。その肉体の半分は魔力そのもの。
現在は魔力的"飢餓状態"であり、
その肉体を構成する魔力を少しづつ分解して辛うじて生命活動を維持している。
まったく、間が悪いなんて生易しい問題じゃない。
……こっちまで無事で来てくれたら、何とかする準備は整ってたのに!
兄ちゃを助ける方法は既にただ一つ。
代わりの心臓を用意する事。
ここに……本当は新しい魔法を作るための媒体にするつもりだった"竜の心臓"の宝石がある。
これを心臓型に戻し、代わりの心臓として兄ちゃに埋め込む。
人の心臓とするには少し大きいと思うけど、もうこれしか手は無い……!
だからあたしは地下道を走る。
出口は近くの子に開けさせている所だ、そちらの心配は要らないと思う。
だから!走れあたしの足、動けあたしの体!
もっと早く!もっと力強く!
兄ちゃが居なくなったらあたし達に"戦略"を与えてくれる人は居なくなる。
人間の恐ろしさはおかーさんの時代で嫌と言うほど味わった。
だから、兄ちゃんが居なくなるとここまで復権した我が一族の繁栄も再び無になりかねない。
兄ちゃはあたしらの脳味噌。強いて言うなら王様蟻。
そして首の取れた生き物に未来なんて無い。
だから走れ!
後ろから付いてくる大型兵隊蟻たちを引き離すくらいに!
間に合え!
兄ちゃの魔力が尽きる前に、たどり着くんだーーーーーっ!
……。
いきが、きれる。……足が吊りそう。
けど、けど……間に合った!
兄ちゃの存在を感じる。
まだ、まだ間に合う!
「むっ、があああああああっ!」
もうばれても構わないやとジャンプした。
地中から地面を突き破り兄ちゃの元に走る。
妙にでこぼこで走りづらい荒地を全力疾走し……見つけた!
「兄ちゃああああああああっ!新しい心臓だよーっ!」
本当に生きているのかも判らないような兄ちゃの惨状。
けど、まだ生きている。
それが実感できるうちは諦める余地なんか無い!
「こねくとーーーーーっ!」
宝石を兄ちゃの胸元に開いた大きな傷に叩き込む。
すると宝石は自らの意思があるかのように兄ちゃの体内に潜り込んでいく。
それは……つまり、間に合ったって事。
「兄ちゃー、兄ちゃー!」
「うぐっ……はぁ、はぁ……助かった、のか?」
『そのようだ。我が身も信じられぬ。随分前に魔力は完全に切れたはずなのだが』
え?だとすると、誰かが兄ちゃに魔力を供給してくれたって事?
でも、そのやり方知ってる人間なんて居たっけ?
『人の子?もう数時間も右往左往しておるよ。こやつを見つけ出せてもいないようだな』
「なのに、何で魔力補給されてるのさー?」
ま、兄ちゃが生きてるならそれに越した事無いよねー。
良くわかんないけど奇跡に感謝だね。
……おや?
「今、パキリって音がしたよ?」
「ん?ああっ!首の魔封環が割れてるぞ!?」
『ふっ、我が心臓だぞ?竜の心臓より溢れる魔力にそんな首輪が耐えられる訳が無い』
兄ちゃを散々苦しめた首輪が非常にあっさりと地面に落ちた。
……そう思うとムカっとしたので蹴っ飛ばしとく。
「は、ははははは……やれやれ、一時はどうなる事かと……あ」
『……しかし、この惨状は……』
「ふぇ?……あれええええええっ!?」
何か知らないけど、回りは一面穴ぼこだらけ。
人間の手足があちこち飛び散って酷い状態だよー?
それも見渡す限り穴ぼこボコボコのクレーターだらけ。
……ここら辺ってこんな地形だったっけ。
……うにゃ?何か、いきなり暗い……影?
「せんせええええええええっ!?」
「ぶにゃ!?」
いきなり弾き飛ばされた!
……ってルン姉ちゃ!?
びっくらしたなあ、もう。
「……うぐ……ひっく」
「ルン。泣くなってば……」
いや、兄ちゃ……そりゃあ泣くしか無いでしょ。
ルン姉ちゃ、お家もおとーさんも失くしてさ。
これで兄ちゃまで居なくなったら死ぬよ?最悪壊れるよ?
どんだけ依存されてるか、そろそろ自覚しとけー。
「先生……良かった」
「探してくれてたのか?まあ、もう安心だ。傷の方はアリサが何とかしてくれたからな」
「ん。……でも、お母様から最後に教わった魔法を使ったら……こんな……」
「これ、ルン姉ちゃが原因かー!」
街中で使ったら絶対町一つ吹っ飛ぶ威力じゃないかなこれ。
見渡す限り地獄絵図なんだけど。
……あ、ずっと先で騎兵さん達が待機してる。流石に逃げるよねこれじゃあ。
そういや、うちの子達は……近くで目を回してるか。
ちょっと迎えに……と。
「目ぇー、覚ませー」
「きゅう」「みゅう」
あ、居た。クレーターの脇でピクピクしてる。
良く生きてたねぇ。偉い偉い。
取り合えず生きていた事に感謝しつつアリシアとアリスを蹴り起こしておく。
やれやれ、とりあえずどうにかなったのかなー?
……そうでもないか。
まだ、害虫が生き残ってるみたいだし。
……。
≪side カルマ≫
首輪が取れて軽くなった首を回してボキボキと鳴らしてみる。
うん、久々に気分爽快な気分だな。
『しかし、人の身でよく我が心臓を取り込めたものだな』
『まあ、日ごろの行いが悪いからじゃないのか?』
日ごろの行いが良い奴じゃあ、そもそもこんな目に遭わないだろうし。
……ってアリサ、何処見てるんだ?
あの瓦礫の下に何か……あ、崩れた!
「く、くっ……まさかこんな隠し玉があるなんて思いもよりませんでしたよ」
あれは、村正と一緒に居た説法師とか言う連中の生き残りじゃないか。
龍の信徒で宣教師役を勤める連中だ。
正直宗教関係者というだけで、俺としてはお近づきになりたくない人種ではある。
そう言えば僧服がボロボロになってるな。良く生き延びたもんだよこの人も。
俺としてはその姿のほうが好感が持てるがなぁ……。
まあ無理か。
そんな己の姿を見て、こめかみに井桁浮かべてやがる。
元々商都で匿われてたんだろうし、絶対こいつ等も贅沢に慣れた生臭坊主だ。
こっちを殺気の篭った視線で睨みつけてやがるし、また敵を作ったっぽいな……。
ああ嫌だ嫌だ。
「許しませんよ貴方だけは!」
「やかましい、文句あるならかかって来い!」
悪いがこっちは既に全盛期以上の力を持ってるんだぞ?
たった一人で何が出来ると……。
『竜の神よ、おいで下さい!』
「なっ!?あれは竜の心臓!」
説法師は懐から宝石……竜の心臓を取り出し胸元に掲げ、
……何故かハンマーでぶっ叩きだした!?
『うおおおおおおっ!?何するのだ貴様!それはアイブレスの心臓ではないか!?』
「アイブレス……あー、氷の竜だ。数百年前に死んだ奴かー」
「いや待てアリサ。何で竜の信者が竜の心臓を破壊しようとしてるんだ!?」
ガンガンと音が鳴る。
良く見ると幾度と無く叩き続けられたのであろう。
説法師の手にある心臓には表面に傷が幾つも付いている。
……しかし、それに一体何の意味があるのか?
「ねぇ。カルマ君……」
「どうしたアルシェ?」
「遠くの空から、何か来るっぽいよ?」
「何?」
指差された方角を見てみるも、別段何も居ないじゃ、
あ、言われて見れば豆粒のように何か……。
『ら、ライブレス!?生きておったのか!?』
「また竜か!ライブレス……雷竜か?」
「うにゃ、正確に言えば中華系ドラゴン、雷のライブレスだよー」
天を舞う竜の威容。
雷竜の名の通り全身を帯電させつつ、蛇のようなその身をくねらせながらこちらに近づいてくる。
「ははは、ははははは!さあ見なさい!あれこそが竜の神!正宗様です!」
「……文字通りの守り神って訳か。……厄介な」
『守り神だと?ふん、笑わせてくれる。物は言いようだな』
物は言いよう?どういう事だファイブレス。
『カルマよ。あれだけの存在を背後に背負いながら、連中が衰退したのは何故だと思う?』
『さあな、まあ人の手で制御できる存在じゃないだろうって事がミソか?』
『そうだ。奴等は以前……』
ほうほう。
つまりだ、連中は元々氷竜アイブレスを打倒した冒険者の子孫な訳か。
んで……仲間の敵討ちに来た雷竜ライブレスを、氷竜の心臓を人質にして従わせたと。
守護神とか言いつつ、勢力拡大のため好き放題に利用してた訳な?
そして数百年。いつの間にか当初の事実は忘れられ本当の信仰対象になっている、か。
因みにファイブレスは人質取られるのが判ったからあだ討ちは止めたと言う。
『いや待て、本当の信仰対象になったんだったら、心臓返してやらなかったのか?』
『その頃には既に古代語を扱えるものなどおるまい?それで、だ』
ああ、なるほど。氷竜の心臓はその頃には龍召喚アイテム扱いだった訳か。
連中も呼べば来てくれる守り神が、
実は人質取られて殺意を押し殺しながら従ってるだけなんて思いもしなかったろうなぁ。
んで、何で滅んだんだ?
『決まっておる。ライブレスが遂にキレたのだ。そして狂った神とその信徒との戦が始まった』
『同士討ちですね判ります』
『そして……その結果ライブレスは理性を破壊されただの獣と化し』
『竜の信徒は神の暴走とその被害で主流から外れたと』
と言う事は、今ここに向かってきているのは力だけはあるが脳味噌は獣並な化け物な訳か。
ファイブレスが居るんだし出来れば説得で終わらせたかったが……。
あ、遂に来ちゃったよ。
「さあ、さあ!正宗様!あの者どもに神の鉄槌を!ええと、確か攻撃の詠唱は……」
「グォオオオオオッ!」
ルンが体をビクリと震わせ、アルシェは顔を真っ青にしている。
『オイオマエ、サカラッタラ、ナカマガドウナルカワカッテルノカ……』
「カルマ君!あのお坊さん何か詠唱してるよ!?」
「先生!」
「どうしましょうか若様。恐らくあの竜に何か指示を出しているものと思われますが」
ジーヤさん、正解。
それにしても。
『無知の何と恐ろしい事か……』
「あいつ自身、自分が何言ってるのか判って無いんだろうなぁ」
「て言うかさ。もう何言ってるのか判んないんじゃなかったっけ、あの竜」
あ、竜が吼えた。
「先代は絶対にお手を煩わせるなとの事でしたが……ちゃんと来てくれるではないですか!」
『来るだけは来るだろうさ』
「でもねぇ……あ」
竜の口から電光が走り、説法師の全身を電撃が走る。
……だが、竜の攻撃を受けたにも拘らずまだ生きているな。
恐らく、無意識に心臓に被害が行かないよう力をセーブしたんだろう。
「な、何故、ですか……」
説法師はすがるように手を竜に伸ばし、そのまま大地へ倒れこむ。
その手から零れ落ちた表面に傷の付いた宝石を手に取った俺は、
そのままそれを竜目掛けて投げてやる。
「なんというか、もう、哀れ過ぎる……」
『ふん、自業自得だ人の子よ』
「え?カルマ君?何、何この展開!?」
「……さすが先生」
「己の信じた神に裏切られたというのでしょうか……」
「ジーヤのおじちゃん、それ違う。むしろ最初から敵だよー」
天を舞う宝石を咥え込んだ竜は、悲しそうにひと鳴きすると天高く飛び上がり、
そのまま何処へともなく飛び去っていく。
『さらばだライブレス、アイブレス……我が身も既に滅びた。一族の滅びも近いのかも知れんな』
「……じゃあ行くか?もう、追ってくる奴も居ないだろ」
「そんな事は無いっす!」
え?と思い振り返ると、
そこには何時か戦場を共に駆け抜けたボサボサ頭。
舎弟系御曹司、レオ・リオンズフレアが立っていた。
「うっす隊長!お久しぶりっす!」
「レオ?なんでこんな所に居るんだ」
「いやあ、一緒についてくつもりで追っかけてたっす!ようやく追いついたっすよ!」
「そうじゃなくて国に居なくて良いのか?」
鼻に指を当てごしごしとしながらレオはニッと笑っている。
そして眉間に皺を寄せながら言い放った。
「細かい事はどーでもいいっす。自分としちゃ隊長について行く方が有意義だと判断したっす」
「……リンの許可はある?」
すっと俺の前に出てきたルンが、ちょっとむっとしながら言った。
何か懸念事項でもあるのか?
「ルーンハイムの姉ちゃん!?親父の許可は貰ったっすよ?」
「……リンのは?」
あ、あからさまに目を逸らした。
「大丈夫っす!置手紙をしてきたっす!……誰にも見つからないであろう場所に、っすけど」
「……それは勝手に出てきたのと同じ」
……確かにそれはまずいだろう。
しかも、俺に付いてくる理由が良く判らんし。
「本当のこと言ってくれ。俺は兄貴の息子を敵にしたく無い」
「ちょ!嘘=死っすか!?ああ、判ったっす!本当の事言うっす!」
いや、流石に殺すとかそこまでは……まあいいか。
……ふんふん。
「つまり……俺に直接魔法を習いたいと?」
「そうっす!自分のあって無いような魔力量に見合った簡単な魔法が欲しいっす!」
とは言え、確かコイツの成績は極めて優秀だった筈。
使う魔法はどれも封印されててもおかしくない高位のものばかり。
……そんなコイツに簡単な魔法?どういう事だ?
「……レオは……二発目が使えない」
「そう言う事っす。自分は魔法そのものは色々使えるっすけど魔力量が皆無……つまり」
「そんなのじゃあ実戦じゃ使えないであります!」
あー、昔のRPGでたまに居た、
最高位魔法を最初から使えるけどMPがほぼゼロの武闘派キャラクタみたいなもんか。
……それで代わりに白兵の技を覚えた訳かよ。
戦争に出てきてたのも実戦経験と魔法無しで戦う為の自信が欲しかったんだろう。
「……苦労してるのなお前も」
「お分かりっすか。そんな訳で使いやすい魔法を覚えるか腕っ節を鍛えるかの二択っすけど」
「左様ですな。マナリアで武術を覚えるのには限界があります」
「ロン兄も武術の指南書手に入れるの、随分苦労してた……」
魔法以外はおろそかにしてそうだもんなあの国。
……まあ、望むものが与えてやれるかはわからんが、
兄貴への恩返しだと思えば、何かしてやらなければいかんだろう、人として。
「よし、じゃあ付いて来い。ただ、望むものが手に入るかは判らんぞ?」
「感謝っす!隊長、いやアニキ!ヨロシクっすよ!」
……アニキ、ね。
こそばゆい気もするが……悪く無い。
「じゃあ今度こそ行くぞ?まだ先は長いんだ。」
「そうだねカルマ君!流石にもう追ってくる人も居ないだろうし」
「……あ、そうじゃないっす。まだ敵が追って来てるっすよ」
なぬ?それはどういう事だ?
「ふぇ?ああっ!?追撃部隊で難を逃れた千人が再編成終えてるっぽい!」
「……レオ、それは先に言って」
……ほぉ?
『まだ、やる気なのか?』
「みたいだなぁ……村正がそこでぶっ倒れてるし止める奴が居ないんだろ」
まったく、今までさんざん押し寄せてきて、まだ戦い足りないのかよ?
「……爺!迎え撃って」
「はっ!……と申し上げたいのですが、こうも足場が悪いと」
「要らん」
ぴしゃりと斬って捨てた俺の声に、回りの全員が固まる。
「は?ですが若様、相手はまだ千名もおります……貴方は病み上がり、無理は禁物かと」
「……普通ならそうだろうがな。何ていうか、あの程度に負ける気がしない」
俺の体内からくっくっくと嘲るような忍び笑いが響く。
そして、
『確かにそうだな……先ほどのお前を、いや、我等を倒しきれぬ輩が』
「今の俺達を、止められる筈が無い!」
俺は走り出す。
思わず止めに入ったルンの脚をアリサが掴み、
オロオロとしたアルシェの肩にアリスがよじ登り、安心させるべくポンポンと後頭部を叩く。
そして、遠く見える土煙。
北からの追撃部隊の残党、その数およそ千名。
「居たぞーーーっ!」
「空に魔方陣は無い!今度こそやれる!」
「子爵の仇を討つのだーーーっ!」
村正はまだ死んで無いっつーの。
それと……。
ああ、判ってる……そんなに滾るな、ファイブレス。
今……呼んでやるよ!
『目を覚ませよ!行くぞ……召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』
『おおおおっ!力が漲る!全身に、再び、魔力がっ!』
体の中枢から全身を殴り飛ばされたかのような衝撃が続く!
体内に埋め込まれた竜の心臓が強く鼓動を打ち始めた。
……そしてそこから生み出される魔力が体外で仮初の肉体を形成する!
「な、何だあれは!?」
「え?まさか、まさか……」
「ど、ドラゴン!?」
足元の遥か下から哀れな生贄たちの声がする。
……ふと気が付くと、俺は巨体の竜の頭部に立っていた。
まるで山の上から見下ろしているようで、
これは中々気分が良いじゃないか。
『仮初とは言え久々の肉体……腕がなるわ』
「ああ。……今日一日のフラストレーション、ここで晴らさせてもらうか」
大地を揺らし、走る火竜。
そしてその上から、俺は巨大な花火を打ち上げた。
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
……閃光、そして大爆発。
向かってくる敵陣に広がるように散っていく爆炎の火球があちらこちらで大輪の花火を咲かせる。
地上に放たれた魔力の手榴弾は、それ一つごとに数十名の死傷者を量産。
更に飛び散った仲間の姿に、敵全軍を恐慌状態に落とす事にまで成功していた。
「圧倒的じゃないかよ……爆炎が連射できる魔力量とはな!」
『我の分も残しておけ。今日の我は機嫌が……良いのか悪いのか判らんがまあいい!行くぞ!』
消滅の恐怖、そして仲間の無残な末路に相当キていたのだろう。
ファイブレスがその巨体を宙高く飛び上がらせ、そのまま敵陣内に飛び込んでいく!
「わ、わああああっ!?り、竜が、竜が来たぞーーーッ!?」
「に、逃げろ……幾らなんでもこんなの聞いて無いぞ!」
「だ、駄目だ間に合わな」
『……逃さん!誰に逆らったのか……魂に刻めええええっ!』
ファイブレスが着地と共に大きく息を吸い込む。
そして……灼熱の炎が解き放たれた……。
……。
その後の事は語るまでも無いだろう。
ただ一つだけ言える事があるとすれば、それは。
……翌日の新聞にこんな記事が載った。
竜の信徒が竜の怒りを買い、二千人以上の死傷者を出した。
その上トレイディア南部国境地帯は詳細不明の流星雨により壊滅的な打撃を受け、
次期大公カタ=クゥラ子爵の顔には墨で落書きがされていた、と。
……。
≪side ガルガン≫
何時ものようにグラスの手入れをしておると、久々に村正が顔を出しよった。
……カルマが指名手配され、ルーンハイムはそれに従い姿を消した。
ライオネルはその活動域をマナリアに移し、当の村正は政務に忙しい。
「……随分、寂しくなったで御座る、な」
「はっはっは。そうだのう、ま、仕方ない」
気が付けば"日照りの首吊り人形亭"はその主力冒険者を全て失い、すっかり寂れてしまった。
一時は同業者間で知らぬものなど無い、国一番の冒険者の宿とまで言われた事もあったが、
今ではわしと並ぶCランク(一般冒険者レベル)すら満足におらず、
Dランクの盆暗ばかりがたむろする二線級の酒場となってしまっている。
……先代のマスターに申し訳が無いな。わしが無力なばかりに、情け無い事だ。
「で、どうしたんじゃ?随分暗いが」
「……カルマ殿の手配を取り消して来たで御座る」
「ほぉ!それは朗報ではないか!」
「死亡認定のため、だとしても、か?」
……思わず息を呑んだ。
そういえば軍が動いているという話を聞いたが、まさか!
「先日、我が商都軍はカルマ殿討伐の為二千五百の兵を動かしたで御座る」
「個人の討伐に……二千五百、じゃと!?」
ありえん!
ただ一人を討つ為にそんな数を出す意味があるとでも!?
……じゃが、納得じゃ。
幾らあやつでも、そんな大軍相手では……。
「カルマ殿は討伐軍と激しい戦いを繰り広げ、遂に倒れた……と言う事になっているで御座る」
「と言うこと、じゃと?」
「現実に全滅したのは討伐軍のほう……拙者が気が付いた時は、既に生きている者など……」
「……冗談がきついぞい?」
村正は俯いたまま肩を震わせて動かない。
……まさか、本当なのかの?
「見栄、総意、面子、意地……全て糞食らえで御座るよ!」
「ま、反対しておったようだし当然の反応かの」
「……兵も友も失ってしまったで御座る」
「むう。しかしあのカルマじゃ。意外と許しておるかも知れんぞ?」
「逆に怒り狂ってる気がするで御座るよ!?」
「……まあ、その可能性も否定はせんわい」
ガバッと顔を起こした村正……おい、何を泣いておるんじゃ?
「皆から怒りの手紙が届くし!竜を敵にしたとかで信徒としての立場も無いしで散々で御座る!」
「そう言えば死んだ筈の火竜が現れたとか言う噂があるのう」
「そう、それ!何故か我が軍に攻撃を仕掛けてきたとか言われてるので御座るよ!」
「まあまあ、落ち着け村正」
……とは言え、そうも言っておれんのか。
何せ、さっきの剣幕で手紙が一通床に落ちたが……ルーンハイムからか。
血文字で大きく"先生の敵は殺す"とだけ書いておるの。
こりゃあ怖いわな。わしでも怖いわい。
「まあ、話の流れからするとカルマはサンドールまで行ったんじゃろ?」
「南へ下った以上、そこ以外に行き先は無いで御座る、ただ」
「向こうで暮らす以上、もう会う事もあるまいよ……気にしない事だの」
「……そうで、御座るな。もう、取り返しなど付かぬで御座るゆえ」
「取り返しが付かぬ事など無いさ。生きてさえ居れば、何時かは和解の日も来るのじゃよ」
「……」
村正は何事かボソリと呟き、そのまま店をふらりと出て行ってしもうた。
御代もまだじゃったが……まあ良いわい。後で取りにいこうかの。
……ただ、ちと気になるの。
確か村正、"心臓が潰れて、生きていられるものか"と呟いた気がするんじゃが……。
まあ、気にしても仕方ないわな。
取り合えず、冒険者名簿に……カルマの名を戻しておいてやろう。
例え荒野に消え、最早この宿を訪れる事は無くとも冒険者カルマの名はこの店に残る。
わしに出来るのは、もうこれぐらいじゃ。
……元気にしておれば、良いのじゃが、の?
***建国シナリオ1 完***
続く