幻想立志転生伝
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***魔法王国シナリオ7 聖印公の落日***
~王都壊滅記 前編~
≪side リチャード≫
……なぜ、こんな異常事態になるまで僕に連絡が来なかったのだろう。
それがこの僕、リチャード=ロンバルティア=グラン=マナリアの正直な感想だった。
カルマ君がこの国に来ている事すら報告が無かった上に、
気が付いてみればレインフィールド公の殺害に関与しているとの寝耳に水の話。
朝、目が覚めると同時にそんな事を聞かされては本当にたまった物ではないな。
神経と心臓に悪過ぎる。
挙句に首謀者がルーンハイム公との事で、既に宰相配下の兵が捕縛に向かっていると言う。
マナ様は父王の部屋に押し入り首根っこ掴んで半泣きで何かの間違いだと仰っているが、
相手はあの宰相殿だ。その言が通る事はありえないだろうね。
……まったく、何時も地下で何かの研究ばかりしているし、
どんな考えをしているのかさっぱり判らないよ。
そもそも、何でカルマ君がレインフィールド公と戦うのかな?
「ラン。何か理由でもあるのかい?」
「勿論だ殿下。妹さんが連れ去られ、挙句公爵殿に殺害されたとか」
……そうか。
レインフィールド公にとっては貴族階級でもない女の子一人ぐらい、
ちょっとした事で殺したとしても、どうって事の無い相手なんだろう。
事実、国内ならば何かあってもすぐにもみ消せる筈だ。
ただ、今回ばかりは相手が悪かったな。
あの彼相手に、そんな当たり前の対応が役立つとはとても思えない。
「レインフィールド公も迎え撃つ準備をしていたようだが、あっさり突破したらしい」
「だろうね。カルマ君を怒らせたら当然そうなるよ……神聖教団のときみたいにね」
そう、あの聖俗戦争……仕掛け人はカルマ君だと僕は見ているんだ。
最初は個人でどうにかできる物では無いと思っていたけど、
カルーマ総帥の血縁で部隊長として雇われたと聞いた時、ピンと来たんだよ。
何しろあの教団が潰れて一番得をするのは彼だった訳で。
そして、即座に彼の評価を引き上げた。
……彼は敵対者を潰す為なら悪魔に魂を売るどころか悪魔の魂を買い漁る男だと。
何故かって?
だって彼は、恐らく悪魔に操られる事すら良しとしないだろうからね。
さて、思う所があって色々調べてみたらボン男爵とかの件など色々出てきた。
いや、予想以上にとんでもない男だったって事だね。
僕の立場としては怒りを覚えて当然なんだけど、僕個人としては彼の事を嫌いにはなれない。
むしろ、こちら側に取り込むべき人間だと思っているくらいだよ。
……僕の名はリチャード。リチャード=ロンバルティア=グラン=マナリア。
そして、我がマナリアでは各家の第一子に家名と同じ名を付ける風習がある。
この意味する所は、つまり僕以前に誰かロンバルティアの名を持つ後継者が居たと言う事。
兄か姉か……だが、確実に存在していたであろう正当後継者。
それを差し置いて第一王子として存在する僕がいる。
「ラン、少し聞きたいんだけど……僕に兄弟って居たかな?」
「何を仰りたいのか判りかねるが。取りあえずそんな話は聞いた事が無いな」
「そうか。僕もだよ」
「……リチャード殿下……?」
壁にかかった歴代国王の肖像画が目に入る。
……僕と同じ顔の初代国王陛下の肖像画。
小さい頃から不思議だったが……恐らく禄でも無い事が背景にあるのは間違いない。
「そうだ、カルマ君はうまく逃げたのかい?」
「恐らくは。私としてもアレはアレで優秀な教師でありましたゆえ死んで欲しくは無いですね」
そうそう。カルマ君を見ていて学んだ事が一つある。
即ち……やられる前にやれ。
彼はそれに従って、遂に神聖教団を叩き潰してしまった。
さて、そんな彼がこのまま黙っている筈があるまい。
……僕も、何らかの覚悟を決めなきゃならないかな?
「さて、来客があるから少し席を外させてもらうよ……」
さて、彼女からの提案とやらを聞かないと。
……何しろ、事は国の行く末に関わるらしいし・……。
……。
≪side カルマ≫
暗い地下の隠れ家に、更に暗い空気が充満している。
十分な睡眠をとったはずなのに首輪のせいで魔力が回復していないのがわかった。
……これでは魔法を使ってる場合じゃない。
しかもそれだけならまだしも、追い討ちをかけるような報告が飛び込んできていた。
「にいちゃ!たいへん。たいへん、です」
そう、治癒も使えないためアルシェに包帯を換えてもらっていたら、
いきなりアリシアが血相変えて飛び込んできたのだ。
「ルーンハイム公が、捕縛された!?」
「はいです。きのうの、たたかい、しゅぼうしゃ、されてるです」
「そんな、幾らなんでも動きが早すぎるんじゃない!?」
そうだ。公の立場や事実確認など含めれば一日や二日で決定できる案件ではない筈。
それをこんなに早く行動に移せるものなのか!?
「たぶん、さいしょから、へいし、はいちされてたです」
「俺が暴走するのも計算済みって訳か」
「そう言えば、もうカルマ君の手配書が出回ってたよ……そっちもかな」
ふう。宰相の言っていた"俺がやるか自分でやるかの違い"ってのはこれの事か!?
最初から俺の力を測るだけではなく、ルーンハイム公の排除も行動予定の中だったんだろう。
と言うか、俺に公を排除させる気だったのかよあの宰相!?
……何ていうか、お釈迦様の手の中に居る孫悟空の気持ちだな。
いいようにあしらわれてる、って意味で。
「そうだアルシェ。……ルンは!?」
「ベッドの上で震えてるみたいだよ。……まだアリシアちゃんは死んだと思ってるみたい」
「ルンを助けるつもりでこの国に来て、トドメ刺してりゃ世話無いよな……」
「しかたない、です。てきが、いちまい、うわて、です」
「しかも父親が罪人として捕縛か……辛いとかそういうレベルを超えてるよな間違いなく」
……とは言え何をしてやれると言うのか?今の俺に。
そりゃあ、カルーマとしての俺なら色々動きようもあるルンはそのこと自体を知らない……ん?
「カルーマ商会の方は大丈夫なのか!?俺との関係で財産没収とかされたら厄介だぞ!?」
「そっち、もんだいないです」
「何か、カルーマ商会としては正式文書で冒険者カルマとの縁を切るって宣言したみたい」
ま、妥当な線だな。
一応表向きは関係ない事になってるが、あえて言っておかねば揚げ足を取られかねん。
「けど……その割りに救援物資は届くんだな。この包帯しかり」
「わかってて、いってる、ですよね?」
「初めて聞いた時は驚いたけど、総帥だもんね」
まあ、こういう世界では尻尾どころか生き残る為頭を切る事もままある訳だが、
俺達の場合、一蓮托生的な部分も大いにあるのでそこの所は心配していない。
むしろ、それを理由に商会が責められるほうが俺としては問題だ。
それに自発的な縁切りぐらいで許してくれる相手だとも思えないよな?
「いざと言う時の為に国外脱出の準備は至急整えとけ、とハピに伝えてくれ」
「わかった、です」
「もしもの時は俺の事は良い。自分で何とかするからお前達は商会の事を第一に考えるようにな」
「あたしらがにいちゃを見捨てる訳は無いのであります!」
お、今度はアリスか。何時の間に来たのやら。
で、何か新情報でもあったのか?ちょっと聞いてみるか。
「何か有ったらアリシアちゃんにも話がすぐ届くであります、それとあたしは護衛であります!」
「……そうだな、今の俺は魔法が使えないしな」
魔法の使えない俺は、戦力の半分以上を失っている。
矢が飛んで来れば刺さるし、急に超高速移動が出来る訳でも無い。
……要は冒険者になったばかりの時と大して変わらない力しか残っていない訳だ。
昔の自分に戻っただけ、と言うか戦争まで経験した分強くなっている筈なのに、
まるで両腕をもがれた様な喪失感。
確かにアリスが居た方が安全……全く、最悪だよな。
「そういや、この首輪の破壊は出来ないのか?」
「下手な事して壊れたらどうなるか判らないで在ります」
「かぎ、とってくるのが、いちばん、いいです」
それもそうか……しかし、どんな鍵なのかわからないと持って来ようが無い。
暫くの間はこのままになってしまうのだろうか。
だとしたら低下した戦力の穴埋めをする方法を考えないと……。
「……ねえ、カルマ君。ちょっとその首輪見せてくれないかな?」
「ん?どうにかできるのかアルシェ?」
アルシェがそう言ってそっと首元を覗き込んで来た。
吹きかけられる吐息にちょっとドキドキしながら待っていると、
顔を上げたアルシェと目が合った。
「……カルマ君。これ、凄く厳重だけど普通の鍵なんだよね」
「あ、ああ。それで?」
「向こうで僕の知り合いにこう言うのに詳しい人が居るから、そちらに当たってみれば良いよ」
「……向こうって事は、傭兵国家か。ならそっちに行くのも悪く無いな」
もっとも、ルーンハイム公の一件を何とかしてからにしないといけないがな。
取りあえず今後の予定としてはそちらを片付けたら、ほとぼり冷ます意味も込め国外に脱出だ。
行き先もこれで決まったし、どういう動きをするかを考えなければならないな。
「それじゃあ今後の動きについてだが、目的地は傭兵国家で良いのか?」
「うん、そうだよ。お尋ね者が大手を振って歩ける唯一の国だしね」
「……え?アルシェ?」
「傭兵って荒くれてるでしょ?犯罪者も多いんだ。でもそういう人は強い戦士な事が多いよね」
そういう事か……ある程度実力があれば罪人だろうがお構いなしって事だな?
何だか恐ろしい所のような気がしてきたんだけど……まあ、今更か。
それに良く考えれば鍵開けって盗賊技能だもんな。
そりゃあ清く正しい所に居るような人間の訳は無いよな。
「じゃあ、その人との連絡はアルシェに頼むけど、いいか?」
「任せといて。カルマ君のためなら僕、頑張っちゃうよ!」
よし、ならそっちはそれで良し。
だとしたら、次はルーンハイム公の問題か。
それにルンの心のケアもしないといけないよな。
……そちらはどうする?
「アリシア、アリス。ルンの事で頼みがある。二人でルンの所に行くんだ」
「はいです」「はいであります」
「いいか?青山さん達と口裏合わせて貰って、あのアリシアが辛うじて生きていた事にするんだ」
「あのアリシアちゃんとの関係は、おじさん達にはどう説明するのでありますか?」
「他の姉妹が居た事にしよう。ルンを見かねてアリシアのふりを買って出た事にすればいい」
「わかった、です……ほかのあたしが、いってくれる、です」
「じゃあ、こっちも他のあたしにおじさん達と話をさせるであります」
……色々な意味でルンを騙す事になるが、この際仕方がない。
まずは心の重石を少しでも軽くする事が重要だ。
それに、この状況じゃ護衛の一人や二人も必要だろうしな。
「公の方は動くのに情報が必要だ。早速調べ上げてくれ」
「もう、うごいてる、です」
「取りあえず、わかってる事は一つ。公爵のおじさんは王宮に連れてかれたようでありますね」
そうか。既に王宮内に居るんだな?
厄介な話だ。
王宮なんてどう考えても警戒がきつそうな場所の代名詞じゃないか。
調べあがるだけならともかく、救出は難しそうだな。
それに、公自身が逃げたりするのを良しとするのか判らないし。
「では、続けて情報を集めてくれ……それと」
「首輪の鍵のほうはもう探し始めてるであります」
「ただ、あのひと、おへや、あまりもどらない、です」
……部屋に戻らない?
だとしても、普段過ごしている場所ぐらいあるはずだ。
いや、そういう場所ほど怪しいな。
「じゃあ、チビ蟻を宰相の服にでもくっ付いて何時も何処で何をしているのか調べておいてくれ」
「はいであります」
「それと……ルーンハイム邸から回収しておいて欲しい物があるんだが……」
「ふんふん、わかった、です。おやしきに、まだあるみたいだから、もってくる、です」
よし……じゃあ頼むぞ蟻ん娘達よ。
さて、それじゃあまだ傷も痛むし今はもう少し休むとするか。
今回も舐めてかかれる相手じゃないし、まずは情報を集めないと。
「……それにしても、慣れって怖いよな」
「カルマ君?突然どうしたの?」
「いや、つい一年前まで満足に見た事も無かった魔法をさ、使えないって事が不安で仕方ない」
「仕方ないんじゃないかな。カルマ君にとっては無くてはならない技能なんでしょ?」
「ああ。だけどそれは簡単に得られた強い力に頼りきりだったって事なんだ」
「……カソの村での訓練、凄かったもんね」
そうだ。朝昼は畑と家畜の世話。
そしてほぼ毎日のように夕方から深夜に至るまで続くスパルタ式の特訓の日々。
それに鍛えられて現在の俺が居る。
元々引き篭もりの俺が今の体力を得られたのは、あの当時の下積みによる所が大きい。
当時は死ぬほど怨んだが、今は親父に感謝ってところだ。
それに、経験も積んだし戦争にも出た。だから多少の自信は付いたように思う。
……まともな武器が無かった駆け出し当時ならいざ知らず、
今なら魔法無しでも戦闘ランクBは取れる自信が有るさ。
だが、逆に言えば俺は現在そこ止まり。
冒険者を始めた頃と、身体能力的には大して変わっていないのだ。
魔力抜きではせいぜい一般リザードマンと一騎打ちして勝てる程度の力しか持っていない。
当然戦場で正面から敵陣に突っ込んで敵将狙い、なんて出来る訳も無い。
真面目にやっても通常一個小隊を潰せるかどうかだろう。
……今の俺は無力だ。
斬られれば血が出るし、矢が飛んで来れば刺さる。
そんな当たり前の人間でしかない。
「今の俺に、何が出来るのかな。アルシェ」
「何でも出来るよきっと。……僕たちも手伝うからさ、頑張ろうよ?」
……そうだな。幸い今の俺は一人じゃない。
世界のかなりの割合を敵に回しつつあるのも事実だが、分不相応な味方だって何人も居る。
それに無駄に回る、このせせこましい脳味噌も健在だ。
魔法が使えなくとも。やってやるさ……そう簡単に潰されてたまるかよ……。
……。
この地下に降りて、三日ほどが経過した。
商会から届いた高級傷薬によって体の傷は何とか回復したが、魔力が戻る気配は相変わらず無い。
……そして。
「公の処刑?しかも三日後だと……捕縛から一週間で公爵級を断罪できるのかよ」
「証拠の捏造されてるでありますし、たとえ無くてもあの宰相がごり押ししてるであります」
「カルマ君……どうするの?」
……戦力がいつもの通りなら細かい事情には構わず突入しているところだ。
だが、今回は俺自身がまともに戦えない。
相手が正規兵であることを考慮すると一対一でも苦戦するかもしれないのだ。
理屈から言えば、ここは公を見捨てて逃げるべきだと思う。
いっそ、何もかも無かった事にしてこのまま逃げ出せたらどんなに楽だった事か。
とは言え、なぁ。
「しかし、ルンの事があるしなぁ」
正直こんな国どうなろうと知った事じゃあないが、ルンはどうにか助けてやりたい。
だが、その為には公の生存は必須事項となる。
「にいちゃは、じぶんをしたうひとだけは、みすてない、です」
「だが、それが良い。なのであります」
俺にはただでさえ強大な敵が多いし、仲間の存在は重要だ。
数は少なくても絶対的に信頼できる人間がどれだけありがたいか。
……ルンもまたその一人。なんとかしてやりたい。
「処刑直前は警戒が強められてるだろうな。動くなら今、か」
「相手にも予想されてる恐れがあるでありますが……」
「でも、チャンスなのも確かなんだよね。相手の裏をかければ良いけど」
「……なら、これつかう、です」
ごそごそと何か奥から引っ張り出してきたアリシア。
見るとそれは……ボートか?
なんでこんな地下にそんなものが必要なんだよ。
「ちかに、おうさまの、にげみち、あるです」
「そうか……地下水脈を利用した緊急脱出路だな!」
「それを遡って、王宮に侵入するの?」
なるほど、いざと言う時の避難経路はお約束だ。
だが、それを遡って侵入もまたお約束。
王家の命綱なだけに警戒もまた厳重ではないのだろうか。
「いえ、これは、ぎそうよう、です」
「あたしらは、そこから侵入したように装うであります」
「……まさか、もう穴が開通してるのか!?」
こいつ等の本質は蟻。
穴掘りは得意なんてレベルではない。
アリサ辺りが指示を出して侵入経路を用意しててもおかしくは無い。
「いえ、ちがうです。にいちゃはしょうめんから、いくです」
「……今のにいちゃは無理が利かないでありますから」
『その為に俺が遣わされた、と言う事だ。久しいな、人間』
「え?なんでリザードマンがこんな所でゲゲゲって鳴いてるの!?」
「お前……スケイル、か!?」
暗がりの中から鱗に覆われた人影が現れる。
トカゲの体、ワニの顎。
手にした曲刀こそ刃引きされていない物になってはいるが……。
間違いなくギルドに居た筈のリザードロード、スケイルだ。
なんで、こんな所に!?
『戦争で俺達はオリから解放された。戻ろうにも見つかり次第殺されそうだったんでな』
「色々あってアリサの配下に加わったのであります!」
「……聖俗戦争、ブルジョアスキーに商都が攻められた時か」
コレは驚いた。と言う事は地下からはコイツが行くと言う事か。
実力的には俺自身まだ勝った事の無い相手。つまり十分すぎる戦力だ。
え、違うのか?手を振ったりして。
『……近くをぶらついてたオークどもを捕獲してある。囮はそいつ等だ』
「あれ、です」
ふと先のほうを見ると、ブーブー言ってるオークの群れが3m級兵隊蟻の顎に捕らわれ、
ぞろぞろと奥に運ばれていっている。
……成る程、これを王宮で開放するのか。
『こいつ等の督戦は任せろ。それで裏向きの警戒はこっちに向くだろう』
「にいちゃは、このよろい、きる、です」
「マナリア宮廷警備兵用の全身甲冑。これなら王宮を歩いてても疑われないであります!」
成る程。マナリアの宮廷警備を行うだけあって、その鎧は豪奢さと頑強さを併せ持っていた。
無駄に高そうな感じではあるが、決して防具としての本文を忘れていない所が評価高いな。
それに、顔もスッポリ隠す全身装備だ。
これなら見た目でばれる事は無いだろう。
「こないだ仲間になったレンの護衛としてお城に行くであります」
「……あのレンが仲間に?許したのか」
「もう。ゆるすもゆるさないも、ない、です」
「なんでそこで、ニマニマ笑うんだよ……」
蟻ん娘達の態度に何か怪しい物は感じるが、
取りあえずこいつら問題無いというなら無いんだろう。
俺は妹たちの事をそれぐらいは信用している。
「じゃあ、レンは上に来てるでありますから後ろを着いてくであります」
「鎧は二着……僕もコレを着ていけば良いんだよね」
「判った。ところでお前等を連れてく訳にはいかんだろ。情報はどう取れば良い?」
「レンが、ぜんぶ、わかってる、です」
「……本当かよ!?」
あの子はどう考えても物覚えの良い方ではなかった。
それをこいつ等も知ってるはずだ。
だと言うのに、この蟻ん娘どもからの信頼感は何なんだろうか。
「……まあいい。先ずは忍び込む方が先だ」
「そうだね。三日以内に救出法から脱出経路まで用意しないとならないし」
時間は有限。だがこちらの出来る手には限界がある。
地下は蟻達に任せれば良いが、宮廷内はそうも行くまい。
……期限は三日。
それ以内に公の救出の手配から公自身の説得まで済まさないといけない。
勿論、あの宰相に見つからないようにしながら、な。
「でも、そんな悠長な事言ってる暇は無いのでありますよ」
「そのための、レン、です。さいしょう、かくご、です」
蟻ん娘どもが何か言ってる気もするが、取り合えずレンと合流するかね。
さて、怨まれてなきゃいいんだけど。
……。
「開門しなさいよぉ!私よ、レインフィールドよぉ!?」
「これはレインフィールド様。この度は本当にご愁傷様でした」
俺とアルシェは変装をしてレンの後に続いている。
どういう心変わりかは知らないが、レンは本気で俺たちの手伝いをしてくれるようだ。
……もしかして多少は責任を感じているのだろうか?
先日怪我をしたと言って片目に眼帯を当てているが、
それ以外は以前となんら変わった様子は無い。筈なのだが何か違和感があった。
まあ、そんな彼女が城門を守る衛兵に話しかけている訳だ。
「もう気にしても仕方ないわぁ。王様に会いたいんだけどぉ……会えるかしらぁ?」
「はっ、現在ルーンハイム公への喚問が行われております。その後でしたら」
「そう。ならそっちも見学させてもらうわぁ……人事じゃ無いもんねぇ」
「そうですか。わかりました、ではどうぞ」
正門付近には警備と言うレベルを明らかに超えた大軍が配置されていた。
理由は……視界の隅に移る押し問答。
「だから~。パパの所に通して欲しいだけなのよ~」
「ですからマナ様……それは出来かねますと何度も」
「じゃあ仕方ないわね~。勝手に通るわよ~」
「話を聞いてくださ、うわっ!?」
あ、戦闘開始だ。
魔力の本流が迸る中、何人もの兵士たちが吹っ飛ばされていく。
一応死なない程度に手加減はしているようだが。
……果たして地上10mまで吹っ飛ばされた人間が落ちて無事で居るのか?
「マナ様、荒れてるわねぇ」
「そうですね。……さあ、入城されるならお急ぎ下さい」
レンは半ば顔パス状態で王宮内部に侵入する。
俺達は護衛と言うことになってるので後ろに付く形で何の問題も無い。
……しかし、処刑が決まってるのに喚問とか、意味あるのか?
そう思いつつ王宮の赤絨毯を踏みしめていく。
「さて、ここが謁見の間よぉ……」
たどり着いたのは巨大な扉に守られた大広間だった。
「死んだのは家の父上だし、私が入っても問題無いと思うわぁ」
「判った……とりあえず、終了までは大人しくする、その後に公と接触だな」
「き、緊張するよね」
「じゃ、行くわよぉ。今はまだ目立たないように付いて来てねぇ?」
……。
小学校の体育館ほども有るような広大な空間。
最奥部の一段競りあがった空間には玉座が据えられ、王と思しき男が座っている。
右脇にはリチャードさんとラン公女か。
左脇にはふわふわと宰相が浮かんでいるな。
そして、そこから下った所には文官や貴族と思われる集団が列を成している。
……公はその文官集団に囲まれるように立っていた。
驚くべき事にその腰にはこの期に及んで投げ斧がくっ付いている。
但し、首には俺にも付けられているあの首輪が。
……魔法さえ封じればどうにでもなると、こいつ等は本気で考えているのだろうか?
だとしたら甘すぎると言わざるを得ないが。
「さて、ルーンハイムよ。此度の暴挙……いかなる理由があっての事かのう?」
「宰相、全く身に覚えが無いのであるが」
「よく言った。だがそなたの関与を仄めかす密告や証人は優に万を超えるぞ」
「……捏造もそこまで来ると芸術的だな。我を殺したくば正面から来ればいいだろうに臆病な」
「国王よ、この者を今すぐ処刑するべきだのう」
「うむ、判った」
えええっ!?
ちょ、宰相!?幾らなんでも怒りの沸点低すぎないか!?
それに王様も。公は国の為に頑張ってただろうにあっさりしすぎだ!
「父上!?幾らなんでもそれは……ひとまず落ち着いてください。宰相殿も大人気無いよ」
「王子……ふう、仕方ないのう。王よ、ひとまず延期にしようかのう?」
「うむ、判った」
……いきなりこれかい。
臣下や王には厳しくても王子には甘いおばあちゃんか。
でも、宰相にとってリチャードさんは昔の主の為の寄り代でしか無いんだよな。
しかも王様の目に光が無いんだけど。
大丈夫なのかマナリア上層部!?
「む。レインフィールドの落ちこぼれ娘か。丁度良い、お前からも何か言ってやるが良い」
「別にぃ?それに父上殺したの……宰相様じゃないのぉ」
あ、空気が固まった。
……しかし、どうしてあの時の事を知ってるんだこの子は?
「な、何を言っておる?」
「本当の事言っただけよぉ。今日来たのもその事を問い詰める為だしぃ?」
く、空気が、空気が重い!
しかも一山幾らの文官連中は無駄に動揺してるし、
国王は逆に微動だにしないし。
と、取り合えずレンを庇えばいいのか?
「……まあ、その事は置いておこうかのう。それより喚問の続きを」
「語るに落ちたな宰相殿。我よりそちらの方を断じるのが先であるのではないか?」
「宰相殿。これは一体どういう事なのかな?」
「言った通りよぉ。あの先生と父上が喧嘩した時、後ろからいきなり来た宰相様がパン、って」
まあ、放って置いたら俺がトドメさしてたけどな。
取り合えず傍から見れば、他所からやって来た第三者の犯行に見える、のか?
いや、何かおかしいような。
そもそも、レンがここまで危険を冒してくれる理由って何だ?
「そも、全てがおかしかったのだ。我を捕縛した部隊は問題の起こる前から展開していたぞ」
「宰相殿……僕は今、貴方に疑念を持ったのだけど、どう言う事なのか説明してもらえるね?」
……いつの間にか、場は宰相への責任を追及する場へと変化していた。
おいおい、これは一体どういう事だよ!?
あ、レンがニヤリとした。何をしたんだアンタは。
「実はね。ある人から提案と情報提供があったんだ……まさか僕が寄り代でしかないとはね」
「王子!?一体そんな情報を何処から……」
「何処でも良いであろう……我を謀ろうとして、ただで済むとは思わないことだな」
公が首輪に手をかけ……外した!?
鍵がかかってないのかよ!
「偽物だ……我に対する枷など、最初から付いていなかったのだよ」
「悪いけどね、この喚問自体が宰相……貴方に対する罠だ」
うわっ、何この展開?
公もリチャードさんも黒いし格好良すぎるんだけど。
「わしを、排除すると言うのか……この国を今まで守り続けてきたこのわしを、のう?」
宰相の骨と皮だけの顔に電流が走り瘴気がまとわり付く。戦闘体勢に入ったのだろう。
そして、その前衛を勤めるのは……ちょっ!?国王陛下、何やってるんですか?
それと玉座は武器じゃない!持ち上げてぶん回すような物じゃないから!
「国家の礎たる国王には他者に誇れる人格が必要。だが、こやつはただの俗物であったからのう」
「……どうりである日突然性格が変わったと思ったよ。僕もいずれはこうなったのかな?」
「もう語るに及ばんだろう。言いたくは無かったが……既に貴方は長く生き過ぎたのである」
それが開幕の合図だった。
……宰相の衝撃波が公目掛けて放たれる。
「はぁっ!殿下は下がられよ。我は長年続く確執に終止符を打たせて貰うのである!」
「悪いけどそうは行かない。僕にも第一王位継承者としての責務があるんでね」
「殿下、公。私は大臣や文官たちを避難させる。……ご武運を」
あろう事か、この場に宰相の味方をする者は居なかった。
ラン公女は一山幾らを連れて謁見の間を走り出ていくし、
リチャードさんが合図をすると近くの部屋に待機していた近衛達が駆け込んでくる。
今や謁見の間は王・宰相と王子・公及びその兵が激突する宮廷闘争の場と化していた。
「……わしの兵達は何をやっておるのだ。誰も来ぬのう?」
「地下に魔物が侵入したって話しよぉ、宰相様ぁ」
「なんじゃと……ええい、地下室は無事なのか!?」
「そんな事より、自分の心配をするがよいのである」
「宰相殿、貴方の功績は大きい。だが……国を私物化する宰相など、あってはならない」
リチャードさんが解体(ブレイクアウト)の詠唱を開始。
時間を稼ぐ為だろう、ルーンハイム公はお得意の投げ斧によるけん制を開始した。
そして更に。
「応!待ちくたびれたぜ!?」
どういうわけか窓から兄貴が突入!
あの槍より長い剣を、壁や天井が砕けるのも構わずに振り回していく……。
『反射(リフレクト)』
だが宰相一声あげた瞬間、その周囲に衝撃波が巻き起こる。
宰相のその身にぶつかる衝撃は逆に周囲への攻撃へと変わり、
本人には何のダメージももたらさない。
……これをどうにかしないと倒すどころじゃ無いか。
「ライオネルか……貴様、国から出たのではなかったのか!?」
「そうするつもりだったけどなぁ。そこのお穣ちゃんに頼まれてな」
え?レン?
「宰相様はぁ、魔法も打撃も利かないけどぉ……打撃を弾き返す時は魔力消耗するわよねぇ?」
「……この、落ちこぼれ如きが!?」
ああ、そうか。
自分では魔力を生成できないとか言ってたっけ。
つまり魔力切れ=死を意味するわけだ。
HPが無くて、物理攻撃されるとMPが減少。
魔力切れになると終わりとか、まさしくアンデット。
つまりこのまま遠くから削り切るつもりなんだろう。
……しかし、搦め手を考えさせたら天下一品だなこの子。
何だか思考形態がアリサ達っぽいのが気にかかるが、まあ頼りになるから良しとしよう。
「良かろう。そんなに死にたいなら望みどおりにしてやろうかのう?」
呪詛と共に宰相が指を鳴らす。
……壁が揺れて……中から骸骨が!?
まさか壁の中に塗りこめられてたってのか!?
ありえない展開に驚く間もあればこそ。
骸骨達は何かに操られるように宰相の周りに集っていく。
「建国時の英霊達よ。……この愚かな子孫どもに鉄槌を下せい!」
「おいおい!?その英霊たちを壁に塗りこめるのはどうかと思うんだけどよぉ!?」
「仕方あるまい。もうここしか残っておらなかったのだからのう」
「……宰相殿、それは一体どういう意味かな?」
「表を見てみるが良いのう?」
宰相に対峙しているが故に窓へ近づけない兄貴達に代わり、今回傍観者気味の俺が窓の外を見る。
……そして後悔した。
「骸骨が街いっぱい居るーーーーーーっ!?」
「うわぁぁぁ……何この数。僕じゃあ生きて出られるかも微妙だよ……」
街が白く染まるほどの骸骨の群れ。
明らかに全人口より多いその数にビビッていると後ろから高笑いが響いた。
「ははは、兵どもよ。驚いたか?これこそ我がマナリア最大の守り、言うなれば英霊の盾じゃ」
「戦死者の遺体は秘密の共同墓地に葬られると聞いていたが……思えば我も見た事が無かったな」
「応、干物宰相!まさかと思うが戦死者を街中に埋め込み続けてたってのかよ!?」
「……と言うか、ライオネル君はどうして宰相殿と面識があるんだい?」
リチャードさんが個人的な疑問を口にしているが、現実逃避だろう。
それぐらい表の惨状は酷い物だった。
……何せ、敵と味方の区別が付いていないんだあの骸骨。
恐らく王宮の奥深くまで敵に攻め込まれた際の最終防衛機構だったのだろう。
使う時は国が消える時。
そう考えれば何もかもぶっ壊せと言う設計思想も理解できない訳ではない。
……それに恐らく今の宰相にとって、祖国は滅んだも同然だろうしな。
俺も驚いているのだが、気付けばマナリア上層部のかなりの割合が宰相排除に動いている。
コレは流石に色々堪えただろう。
「応!カルマ、居るんだよな?」
「……何だ兄貴?」
いきなり兄貴が話し掛けてきた。
一体なんだろう?
「ここは俺と公が引き受けるからよ……お坊ちゃん達連れて逃げろ」
「いや、カルマ殿は我より強いぞライ将軍。足手まといにはなるまい」
「無理よねぇ。魔法封じられてるしぃ」
「……言い返せないのが辛すぎる」
止む無くリチャードさんとレンを連れて走り出す。
……とんでも無い事になってるなと思いつつ。
「カルマ君だったのか。……取り合えず、地下に向かおう」
「そこに、王家の脱出路があるんだよな」
「……なんでそれを知ってるのかは聞かないほうが無難なんだろうね」
「殿下ぁ、骸骨が一杯居るわよぉ、どうするのぉ?」
「……強行突破、かな」
「それしかないか」
「ですよねぇ……でも私はあんまり戦えないし。後ろから着いてくから宜しくねぇ」
こうして俺達は地下に向けて、骸骨の大集団と戦いながら進んで行く事になった訳である。
普段なら問題にもならない相手ではあるのだが、敵は無数で俺は弱体化。
蟻ん娘達も傍に居らず孤立無援だ。
……剣に手をかけると魔力が吸えない分、体力が多めに持っていかれる感覚がした。
リチャードさんに殴り飛ばされた近くの骸骨に切りつける。
……魔法で動かしているためか一応回復はするのだが……回復量は僅か。
被ダメージと動き方次第では消費量が回復量を上回るかもしれない。
一体何故こうなったんだと思いつつ、俺は迫り来るB級ホラーに切りかかって行ったのである。
ここは地上5階。地下の避難経路まではまだ、遠い……。
続く