幻想立志転生伝
36
***魔法王国シナリオ6 暴挙***
~無数の蟻と魔方陣 後編~
≪side レインフィールド邸警備隊長≫
夜の帳が下りてきていますが、今日も本邸は平和そのものでありました。
どう言う訳かここ数日警備体制が強化されているようでしたが、
まさかこの国に四大公爵に逆らおう等と言う輩がいる訳も無いでしょう。
それにですよ、現在この屋敷を固めるのは警備兵が何と30人。
しかも、何かあったら即座に王宮に連絡が行くようになっていると言う完全無欠ぶりです。
……全く、公爵様も何を一体考えておられるのか。
賊の一人や二人、我々だけでどうにでも……。
うん、誰ですか?
私の喉に、刃物を当てている
……。
≪side カルマ≫
侵入第一段階は、どうやら成功のようだ。
地下道を越え、上がった先はなんと警備隊の詰め所。
門にも近く、外への警戒が厚いこの場所は逆説的にその内側の警戒が薄いとも取れる。
つまり、ここを気付かれずに潰せれば相手の動きをかなり制限する事が出来るわけだ。
「詰め所の警備は3人か……」
「じゃあ、あたしはまた地下に潜るね。侵入口は潰すから気をつけてねー」
「鍵は閉めるでありますか?」
アリサを危険に晒す訳には行かない。再び地下に潜らせ侵入の形跡を消させる。
そしてそれを見届けながら、俺とアリスは敵を斬った時の汚れを片付けた。
「詰め所の鍵は開けておけ。そして、トイレには内側から鍵をかけろ」
「あいあいさー、であります」
詰め所の鍵がかかっている、なんていう事は異常事態だ。
それに対し、鍵が開いていれば異常に気付くのは中に入ってから。
更に、トイレの鍵がかかっていれば上手く合点してくれるかも知れない。
どちらにせよ僅かな時間だ。
だが……その僅かな時間が、今は惜しい。
……。
「え……?」
「騒ぐな……!」
木陰から木陰へ。
「なんだ……物音?」
「残念、曲者であります」
物陰から物陰へ。
「何だか異常に静かだな。まさか、な」
「感づくのが遅くて助かった」
物音を極力排除しつつ、目指すはレインフィールド本邸。
「にいちゃ、門番が二人居るであります」
「そうか。連中は動きそうも無いな。……頃合か」
闇の中、牙を研ぎつつ侵入していた狼達は。
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
敵陣にまみえたその瞬間。
その研ぎ澄まされた牙を、剥き出しにした!
……。
「何事だ!?」
「判りません公爵様……ですが」
「まさか、近頃の警備強化はこれを見越して?」
「……死にたくない」
粉々に粉砕されたドアを踏みしめ俺は行く。
眼前には二回まで吹き抜けの広々としたエントランスホール。
そして視線の先には二階へと続く豪華な階段が見えた。
「ほぉ。まさかとは思っていたがここを嗅ぎ付けたか、魔王の孫よ」
「想定してた割にはお粗末な警備だな、レインフィールド公?」
二階の階段の上からこちらを見下ろすのがレインフィールド公爵だろう。
そして警備の人間は階段の周囲を中心に20名ほど展開している。
こちらを足止めしようと武器を構え近づく者が5名ほど。
公爵の周りを固めつつ、詠唱を開始する者が3名。
そして残りは俺の周囲を取り囲みつつ、武器を提げたまま慎重に距離を取っている。
……いや、詠唱を開始した……魔法戦士タイプか!
「側近の仇討ちとは殊勝だな。だが愚かしい……黙っておればその血を我が国に残せたものを」
「人を種馬扱いかよ……それはまたご大層な、事で!」
こちらを捕らえるべく飛び掛ってきた五人組を一刀両断に切り伏せた。
侵入の際に吸った血が僅かに剣に鋭さを与えている。
まだ切れ味が足りないので更に強力で腕力を強化し、力任せにその首を、胴を薙ぎ払う!
その部下の無残な姿を見て、かの公爵は……笑っていた。
「ははは……所詮魔力を扱えぬ雑兵などこんなものか」
「大した自信だが、その首洗っとけ。すぐ貰い受けに行ってやる!」
「ふむ。ならば勿体無いがその体を砕き、早速魔王の魔力を抽出するとしよう」
「出来るかな!?」
「出来るとも。当然出来るのだよ!」
公爵の指がぱちりと音を立てる。
そして、それが合図だったのだろう……天井から何かが降ってきた!
「これは……人形?天井に飾られていたのか!?」
『往け、ヒトガタよ』
その言葉と共に動き出す等身大の人形達。
キーワード対応型の魔法の人形が前衛を勤めるって訳か!
流石に純魔法使い。自分の弱点は良く判ってるみたいだな。
「さて、私は魔王から受け継いだ力とやらをここで見物させてもらおうか」
「何だと?」
「宰相からは子を成すまで止めておけと言われたが、私は今見たいのだよ、魔王の魔力を!」
「あんた……まさかアリシアを殺したのは!?」
自分で思い描いた想像に背筋が凍える思いをした。
……まさか、この男は……!?
「ああ。そうすれば君はここに来てくれるだろうと思ってな」
「たった、それだけの為に……!?」
「魔力を測ってみたかったのは事実だ。それに降りかかる火の粉は払わねばならなかろう?」
「自分から炎の中に突っ込んでおいてよくもまあ!」
火球が左右から数発づつ俺目掛けて飛んできた。
完全に囲まれる前にその場から走り出し、詠唱者の一人を構えた槍ごと叩き切り、
続いて俺を取り押さえようと飛びついてきた人形たちを三体ほど薙ぎ倒した。
だが、その瞬間を狙っていたのだろう。
敵を斬った直後のタイミングに合わせて三本同時に突き出された槍。
それを間一髪で回避して……駄目だ、反撃には間合いが遠すぎる!
「気に入らんな……魔法は使わんのか?詠唱は神速だと聞いていたのだが」
「お前の言うとおりに戦ってやる気は無い!」
「ならばその身、砕いてやろう。なに、睾丸さえ残っていれば血はあの娘が勝手に残すだろうさ」
「……ふざけるなよ!」
そう言う事か。
俺は元々種馬。用が済んだら廃棄される所だったわけだな!?
はっ……散々世の中引っ掻き回しておいて、俺も存外甘かったもんだ。
この国にだけ、俺に都合の良い話が転がってる訳無いじゃないか!
いくらルンのためにとは言え、学院関連に力を入れすぎた。
先生気取りしてる内に、王宮側からの罠に嵌っていた訳だな?
いいだろう。だったらこっちも手加減無しだ!
「退け!アイツに一撃食らわしてやる!」
「公爵様をお守りしろ!」
「詠唱開始!」
とは言え先に進みたくとも、人形達が次々と湧き出すかのように奥の部屋から集まってきている。
これじゃあ壊しても壊してもきりが無い!
更に警備連中もここの家の奴は中々優秀だ。
魔法を詠唱しながら、隙を見ては手にした槍でこちらに突きかかってくる。
ルーンハイム公を初めとする魔法戦士って奴だな。
その繰り出される切っ先は鋭く、硬化をかけても数回に一度は貫通されかねない。
……今は、時間が惜しいと言うのに!
「退けって言ってるだろうが!」
「人形はまだある!全員一心不乱に詠唱を続けよ!終了し次第即座に発射だ!」
「さあ、早く見せてくれ、我々が長年かけて追い求めた魔王の力を!」
これは、アリスを別行動させて正解だったな。
俺はこの男を屠る事に集中する。
……あのレンに関しては許すも許さないも同族であるあいつ等が決めるべき事だと思う。
だから、娘の方は任せたぞ、アリサ、アリス……。
……。
≪side レン≫
上のほうで時々何かが響いたような音がするわぁ。
……こんな地下室まで響いてくるようじゃ、上は相当とんでもない事になってるかもねぇ。
「ま、ここの酷さに比べたらどんな状況でもマシだろうけどぉ」
地下室の隅で震える私のその目の前には、例の魔方陣が相変わらず淡い光を放ってる。
……それに相変わらず骨とか血の跡とかいっぱいなのよねぇ。
でも、ここがきっと最後まで残ると思うわぁ。
そしてきっと、最後にあの先生が悪魔みたいな顔でここに乗り込んでくるのよぉ。
妙な確信として、父上が勝つ可能性は無いと自信を持っていえるのよねぇ。
なのに、こんな場所に居る私って一体何なのかしら?もしかして馬鹿なのぉ?
「まあ、馬鹿よねぇ……後先考えないでとんでも無い事しちゃったしねぇ」
「それが判ってるんだ。意外だよねー、なんて」
……誰?
「こんばんわ、初めましてだよね……ヒトゴロシさん」
「ひ、ひいいいいいっ!化けて出たわぁ!?」
いつの間にか、あのチビちゃんが私の目の前に居るのよぉ!?
しかも二人!
目の方も相変わらずの虫の目だし、間違いないわぁ。
「ち、チビちゃん……許して、許してぇええええっ!」
「ナニイッテルノ?謝って済む問題じゃないよー?」
「アリシアはこんなのにやられたでありますか……無念であります」
下がりたいけど後ろは寒々しい石壁なのよね。
当然下がれる訳も無い。
……いいえ、違うわよぉ?
下がってどうするの?
私は落ちこぼれ。
唯一の特技の誤魔化しと責任転嫁も遂に失敗した駄目な奴。
それが今の私じゃない。
……それでも無駄にプライドはあるのよねぇ。
だから、この場合やるべき事はたった一つなのよぉ?
……願わくば、死んじゃう時までこれ以上情け無い所晒さずに済みますようにぃ。
せめて、最後くらい誇り高く逝けます様にぃ!
「……好きに、しなさいよぉ」
「ふぇ?」
「ははっ、怨んでるんでしょチビちゃん?アンタも私を好きにすれば良いわぁ」
「殺すよ?いいの?」
「はっ、馬鹿にしないでよねぇ。私はレン。レインフィールドの嫡子よ?」
「……えい」
ひぃいいいいっ!
痛い!痛い!いたいいいいいいっ!
片目、片目を抉られたわぁ!?
……痛いの、痛いのよぉ!
「アリシアちゃんね、痛かったの。痛みは一瞬だけだけど、凄く痛いんだよ。一瞬で自滅だから」
「ぐあ、ぐああああああっ!」
「余り長い間あたし達と連絡取れないと、別な個体になっちゃうから仕方ないけどさ」
「ひぃ、ひぃ、ひぃいいいっ……!」
「……こんな事なら、ばれても良いから全力で対処しろって言えばよかった」
「あう、あう、あう……はぁ、はぁ、はぁ……」
「そう。人に出来る事以外の行動は認めない、なんて言わなきゃ良かった!」
よ、ようやく、……いたい。痛いの、痛いのよぉ……。
頭に考えが戻って、……ひぃ、ひぃ……来たわぁ。
ぐっ……凄いちからぁ、片腕だけで私の頭を掴んで持ち上げてるわぁ。
顔と顔をつき合わせて……痛っ……凄い顔……チビちゃんやっぱり怒ってるわぁ。
「ねぇねぇ……謝って。アリシアちゃんに謝って」
「ご、ごめんなさい。……ごめんなさぁい……本当に、わざとじゃなかったのよぉ……」
「あたしじゃなくてこっち」
「ごめんね、ごめんねチビちゃん。私が、悪かったわぁ……!」
頭だけ掴まれたまま投げ飛ばされて、転がった先に小さなあんよ。
残った片目の先に見えたのは……ああ、またあのチビちゃん。
また化けて出たのねぇ?ごめんね、私のせいで、ごめんねぇ……!
「にげない、ですか?」
生きていた時と同じ、ピコピコ動く髪の毛を二房生やしたそのチビちゃんが指差す先。
その指差された方向には上へと続く階段があったわぁ。
今は捕まっても居ないし確かに逃げるチャンスなのよねぇ。
……でもね、でもねチビちゃん。
ちょっとだけ懺悔を聞いてちょうだい。
「私は今まで、自分より有能な人間を……貶める事だけが楽しみだったわぁ」
「ルーンハイムさんを虐めの標的にして……首謀者をリオンズフレアさんに仕立て上げて」
「マナ様からヌイグルミの件を頼まれた時黙ってたのもそうねぇ」
「……私は私より出来る人間が憎かったのよぉ」
楽しい?そんな訳は無い。
誰かを貶めて、その時は楽しくても……決して満たされる事なんか無かったわぁ。
でも、私は続けたの。
だって、他人を貶める事は私が上手く出来る数少ない事だったから。
そしてそれで有能な連中が苦しむ姿に、私の劣等感は僅かばかり癒されてたから。
けど、だからこそ私は私より劣る者、小さいものに対しては……。
……ううん、違うわねぇ。
私は……そう、嬉しかったんだわぁ。
最初はお兄さんを貶める為の餌として連れてきたチビちゃんが、
妙に懐いて来てくれたのが、凄く嬉しかった。
嘲るでもなく、哀れむでもなく。
ただお菓子が美味しい。それだけがあの子の感想。
優劣なんて物は無い、
お金も損得も関わらない好意を向けられたのは生まれて初めてだったかも知れないわぁ。
公爵令嬢でも、落ちこぼれでもない、ただのレン。
そんな風に見られていた。勝手にだけどそんな風に思ったのよぉ?
だから。
チビちゃんが無残に殺されたのを、どうしても納得できなかった。
だから、二度と来る筈の無いゴメンをするチャンスがやってきたのを、逃す訳には行かないわぁ。
それに、ほっとけばあの先生が私を殺しにくるし。
……だったら、直接の被害者。
つまりチビちゃんに殺された方が何ぼかマシだと思うのよねぇ。
でも、流石に……抉られた目がイタイ、痛い、いたい、痛いのよぉ!
もう、耐えられないわぁ……。
「な、なぶり殺し以外なら何しても良いわぁ、殺すなら好きにしなさいよぉ」
「ふぇ?いいの?結構良い度胸してるー」
「じゃあ、やるでありますかアリサ?」
「みんな、いくです」
来るならきなさいよぉ。こう見えても覚悟は出来てるのよぉ?
って……え?皆?……誰?誰なのぉ?
壁を突き破り、床を押し上げて。
いっぱい、いっぱい出て来たのは一体誰なのぉ!?
「ふぅ。それにしてもロードの量産を始めてて本当によかったよねー」
「はいであります」
「予備が居なかったらと思うとぞっとするでありますよ」
「でもアリシアが減ってバランスが悪いであります」
「アリサがすぐに生むでありますよ」
「結局失われた記憶は10分間くらいでありますかアリシア?」
「そう、です」
「たぶん、いたかった、おもう、です」
「しょっかく、ないと。いしき、とうごう、できない、です」
「ところで、にいちゃのおとも、こんどは、だれ、するです?」
ぞろぞろぞろぞろぞろぞろ……
なに、これ?
「見たか百八匹(以上)ロードちゃん大行進の図!」
「そもそも、ありのこ、うむのは、あたしたちだけ、です」
「アリサはロードしか生まないでありますし……」
「億を超える一族を、二匹だけで生めるわけ無いよねー」
「でも、みんな。あたしかアリスちゃん、です」
「たまに記憶を統合して、あたし等は群体として軍隊やってるのであります」
あ、私の手足をいっぱいのチビちゃんとチビちゃんとチビちゃんとチビちゃんとチビちゃんが。
わらわらわらわらと群がって群がって群がって。
うそーん、チビちゃんがいっぱい、いっぱい……もう近くの床は見えないわぁ。
「……で、レンちゃんには一つお願いがあるんだよー」
「悪いと思ってるのでありますよね?」
「じゃあ」
あたしの残された片目は、天井とチビちゃんたちの姿だけを映しているわぁ。
ニコニコとしている、はずなのに全然そうは見えない。
恐怖と絶望、なんてありきたりな物を生まれて始めて実感したのかも知れないわぁ。
……そしてリーダー格のアリサちゃんって言うチビちゃんの手に何か……。
「これ、死んだアリシアちゃんの目だよ」
「どうせ死ぬ気だったのでありますよね?」
「だったら、おねがい、です」
「「「 あの アリシアの かわりに なって 」」」
……叫ぼうにも口にチビちゃんたちの腕が突っ込まれて、声どころか息も満足に出来ない。
じわじわと寄ってくるチビちゃん。
その手に載せられた虫の瞳が、私の……失った瞳の場所を見つめているわぁ。
そして、やがて瞳は見えなくなって。
気が付いたら……両目がまた世界を映し出したのよぉ。
あれ、い、意識が……。
「ちょっとだけ眠れー」
「じんかくも、きおくも、いじらない。です」
「ただあたし等の言葉が判るようになって、それと少し価値観が変わるだけであります」
私は……どうなるのかしらぁ?
「どうもしない、です」
「アリシアの事、本気で悲しんでくれたから殺したりとかしないであります」
「でも、あのアリシアはもう居ないの……その責任は取ってもらうよー」
ほんの少しだけ目の回るような感覚。
そして、私は。
あたしになった。
ま、実際の所あんまり変わっちゃいないんだけどねぇ……。
……。
≪side カルマ≫
戦線は膠着状態が続いている。
公爵は相変わらず二階にでんと構えたままだし、周りを囲む三人の兵はそこから一歩も動かない。
そして、前衛を勤めるヒトガタ達は破壊されその数を減らしながらも、
俺の足を止め続けるというその存在意義を果たし続けていた。
『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』
「む、その詠唱は……」
『……衝撃!(インパクトウェーブ)』
「おお!ルーンハイムの家伝!?もう伝えられたのか!」
不可視の衝撃波が数体のヒトガタを、後ろの魔法戦士もろとも破壊していく。
ざまあみろと言いたい所だが、不愉快な事に公爵は満面の笑みを浮かべていた。
くそっ、向こうの目的は俺の力、というか魔力をはかる事だ。
……魔法を使えば使うほどに喜ばせてしまうって事かよ!
「違う。戦場で見て技を盗ませてもらっただけだ」
「更に素晴らしいではないか!……故にこそ惜しい話だ」
「何がだよ!?」
「肉体を鍛える暇を魔法の習得に当てれば、更に幾つもの術を覚えられたであろうに」
アホか。
俺にとって魔法はそんなに覚えるのが苦にならない物だ。
意味も判らず余計なところまで丸暗記してるあんた等と一緒にしないで欲しいもんだが。
……古代語が理解出来るって言う宰相の配下にしてはお粗末な話ではあるがな。
さて……とは言えこのまま戦っててもいずれはジリ貧か。
どうにかしてこの囲みを破らないと、と言いたい所だが……。
『……両手の指を組み上げた最後に親指同士で罰の字を……』
『……第一章、炎の魔力を現実の炎として産み落とさんと魔術を行使する……』
『……そして彼女は仰った……』
この魔法戦士部隊が面倒で敵わん!
遠くから数名が詠唱しつつ手の空いた奴が、槍やら弓矢やらを繰り出してくる。
俺はというとただひたすら纏わり付いてくるヒトガタどもを引き剥がし続けていた。
……これは洒落にならんぞ?
『……旧暦……年これを記す、筆者フレイア=フレイムベルト……』
『……火球(ファイアーボール)!……』
ちっ、火球か。
火球は文字通り魔法としては下級の代物。
だが、それでも数発まとめて食らえば周囲が火事になる程度の威力はある。
しかも連中は既に屋敷が火事になることなど気にもしていないようだ。
コレは厄介……ん?
『……第一章、炎の魔力を現実の炎として産み落とさんと魔』
魔法戦士の一人が、倒れた!?
何でだ!?
「おい、どうした!?」
「魔力が尽きたんだ!おい、こんな所で気絶なんかしたら!」
「ああっ、敵がこっち見てやがる!狙われるぞ!?」
そう言えば、俺も何時だかそうなったな。
魔力の消耗はある種の疲労の形で現れるんだが、肉体的な疲労があるとそれが良く理解出来ない。
要するに自分の魔力残量が測れなくなるんだ。
……俺は、その問題を解決する為に"ザンマの指輪"を求め、あの蟻の巣に潜った。
こいつ等はそれが無かった為自分の限界を見極められないで居るんだ。
だが、勝機……!
仲間が倒れた事で自分の魔力残量が気になりだしたのだろう、魔法戦士たちの動きが鈍った。
『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』
「「「「う、うあああああああっ!?」」」」
突き出された両の手から高密度の火炎放射!
一度森で見たリチャードさんの技である。
色々考えたけど近距離対多数においてこいつはかなり強い。
爆炎に対して魔力消費もかなり少なめだし使い勝手はかなり良い。
使徒兵すら焼き尽くすこの魔法を今まで使わなかったのは、
純粋に王家の魔法を盗んだのを知られたくなかったから。
けど、もうそんな贅沢言っていられんさ!
ヒトガタ諸共燃え尽きてしまえ!
「ははは、これは傑作だ。魔道と武道を共に極めようなどと贅沢を言うからこんな憂き目に会う」
「一応、アンタの部下だろうに……」
広範囲を焼き尽くした火砲の為に、周囲の可燃物が盛大に燃え盛りつつある。
ヒトガタも燃え尽き、警備の魔法戦士達も力無く倒れ臥している。
そんな眼下の惨状を尻目にレインフィールド公爵は相変わらず二階の階段上から動かないで居る。
随分な余裕もあったもんだ。
「言っとくけど、アンタの部下は残りそこの三人だけだぞ?」
「そうだな。だが……それだけ居れば十分だ。……何故だと思う?」
「さあな、大方あんた自身が強いとか?」
「まさか!流石にルーンハイムの阿呆やリオンズフレアの馬鹿力のような真似は出来んよ。だが」
「だが?」
「こんなのはどうかな?……やれぃ!」
「「「ははっ!」」」
特に急ぐでもなく、最後に残った三人がゆっくりと階段を下りてきた。
そして、俺に向かって手を突き出し、両手の人差し指どうしを触れ合わせ、一言。
『『『ど・の・魔・法・に・し・よ・う・か・な』』』
……こ、この詠唱はまさか!?
『『『神・様・の・言・う・と・お・り……乱数発動!(ランダムマジック)』』』
乱数発動の字の通り、次の瞬間様々な効果の魔法が発動した。
一人目の指先から火球数発分の巨大火球が発生し、こちらに向かってくる。
二人目の指先からは水滴が一粒生み出され、床に落ちる前に熱気に晒され消え去った。
三人目の指先からは……あ、爪が伸びた。
「回避いいいいっ!」
咄嗟に側転して避けるも、今さっきまで俺が立っていた場所に巨大火球が衝突。
そのまま床を焦げ付かせつつ壁に激突、派手に穴を開けている。
「その調子だ……真の魔道の局地、魔王の孫に見せ付けてやれ!……さて、魔王の孫よ?」
「何だよ!?」
「そちらもそろそろ本気を出したらどうだ?」
「何を言っているんだ?」
「そんな物が魔王から受け継いだ魔力の訳があるまい。ここで死にたく無いのなら、」
「……」
「死にたく無いのなら、その全ての魔力を開放するべきだと思わないか?何、気にしなくて良い」
「気にするって、何をだよ!?」
「我々が手にしたいのはその魔力。魔王の孫だとて気になどしない。さあ、出し惜しみなどせず」
「いや……これで相当真面目にやってるんだけどな!?」
「出し惜しみなどせず、見せ付けるのだ!そして、魔道の世紀を……この世に再び!」
「何言ってるんだアンタは!?」
強力な魔力があれば世界が手に入るってもんじゃないんだが!?
と言うか、俺にそんな大層な魔力は無いっての。
……魔王の孫だからって魔王の魔力を受け継いでるとは限らないだろうに!
「再び我等が望む世界を!初代国王ロンバルティア一世の治世の如き魔道の世を!」
「……それがあんた等の目的か!?」
乱数発動の力により飛んでくる釘や電撃、果てはヌイグルミを避け、受け、叩き落しつつ、
俺は一人づつ敵を倒していく。
……気が付けば燃え盛る屋敷の中で、
熱に浮かされたように演説するレインフィールド公と二人きりだ。
「そうだ!街を見たろう?街灯、噴水……全ては初代様が作られたのだよ!」
「……初代マナリア王ロンバルティア一世……か」
建国時から生きてる宰相が古代語=日本語を使える。
そしてこの世界では見た事も無い噴水や街灯、公衆トイレまでこの国にはある。
しかもそれが数百年前から存在している上に他国に真似が出来ていない。
そして魔法王国マナリアの存在とその魔法の詠唱のおかしさ。
……これから導き出される答えは何か?
そう。初代ロンバルティアとは俺と同じような存在だったのではないかと言う事だ。
ならば、こいつ等の望む"魔道の世=初代ロンバルティアの治世"とは。
「……まさか、古代の王を生き返らせる気なのか!?」
「うん?判るのか!?そうだ、彼の初代国王の復活こそ私達の悲願!」
本気でやるつもりか!?……いや、この世界には死者を生き返らせる魔法まである。
向こうは当日限定だが、改良を重ねれば数百年前の人間を生き返らせるのも出来ない事は無い。
確かにそう思える部分はあった。
「あんな『おおっと』では王を蘇らせる事など出来ない。だが、作り出せる筈だ」
「……大司教の"蘇生"か……ん?」
はて?あの詠唱に『おおっと』って付いてたっけ?
「初代様が蘇った暁には魔道の力が世界を覆い、あらゆる理を書き換えて人の為の世が始まる!」
「いや、あらゆる理を書き換えたらそれだけで世界が滅ぶだろ……」
環境破壊とかは怖いからなぁ。
「そも、魔法とは書き換わった世界の理を発動させる技術!」
「扇げば風が吹く。火を近づければ物が燃える……力ある言葉と形で世の理を動かすのだよ!」
「魔方陣で理を書き換え、印と詠唱でその理を動かす……か」
成る程。例えば火球を発動させるという行為は、マッチをすって火をつける様な行為な訳だ。
魔方陣とやらが何なのかは知らんが、それを使って世の理を書き換える……か。
要するにだ。
マッチをこすれば火が付くように、人間が印を組み詠唱を唱えれば火球が生まれる。
そんな風に世界が作り変えられてるわけだ。
そう。この世界ではまるで水が摂氏100℃を超えると沸騰するように、
手を組んで喋ると氷の壁が落ちてくる。
そういう自然現象が人為的に作られてしまってるって訳だな。
印と詠唱両方が必要なのは、きっと暴発させない為の工夫なんだろうなぁ。
こりゃあ、例えば両手をパタパタさせれば空を飛べるようにする事も出来るって事だな。
魔法、マジ凄い。
と言うか、世界大丈夫なのか?
あー、道理で古代文明が滅んだり制限者が用意されてたりした訳だ。
絶対世界そのものにかなりの負担がかかってるだろコレ。
サンドールなんか地下の浅い部分にマグマだまりだらけだぞ?
「……故に、魔王の孫よ。お前にも私達の計画の礎に」
「だが断る」
おっと、随分長い間思考モードに入っていたようだが、向こうもかなりのもんだな。
今までずっと喋り続けてたのかよ?俺途中からは何も聴いて無いんだけど。
……すっかり自分の演説に酔っているレインフィールド公に呆れつつ、
スティールソードをその無防備な腹に突き刺した。
防壁も張って無いのかよ……無防備にもほどがある。
「馬鹿な……あらゆる物理攻撃をシャットアウトする私の外套が!」
「あー、この間アルシェに買ってやった奴と同等の品か」
公爵は腹から血を流しつつ呆然としてるが、
残念ながらスティールソードは血を吸うと刃が光り切れ味が上がる。
つまり、光の刃部分は魔法攻撃扱いなんだなコレが。
「魔力で屠られるなら、アンタも本望だよな?」
『我が名は雨の地、これなるは一子相伝たるま……』
おっと!
剣が届く距離で詠唱なんかさせるか!
「うがぁ……わ、私の腕がぁ!?」
「勝負、あったな」
俺の剣は公爵のコートに止められたが、その衝撃と光の刃が相手の右手を切り飛ばした。
戦士でも大して変わらないが、特に魔法使いにおいては隻腕では印がまともに組めなくなる。
これで、この男は治癒でもかけてもらわない限りもう満足に魔法を行使できないのだ。
逆に言えば、誰かから治癒でもかけてもらえば問題無いとも取れるのだが……。
「あ、あ、ああ……腕が、無い。印が、組めん……ああ、ああ、ああああ……」
「本当に魔法がアイデンティティだったんだな」
レインフィールド公爵は、壊れた人形のように床にへたり込んでいる。
魔法の使えなくなった魔法使いは己の現状を認められないで居たのだ。
……妹の仇ではあるが、別になぶり殺しにする趣味は無い。
それに、弄んでて逆転サヨナラなんてよくある話だ。
そんな馬鹿な事をする気は無い。
「……せめて次で決めてやる。じゃあな、公爵」
「いや、そこまでせんでも良いぞ?迷惑かけたからのう」
「……!?」
『魔力抽出』
次の瞬間……公爵の体が、弾けた。
全身から何かが一気に抜け落ちたと思ったら、続けざまにその身が弾け飛び俺を汚す。
そう、全ては一瞬だった。
「んー、全く最近の若い者は魔力の質どころか量まで落ちたのう。これでは普通と変わらんな」
「……だ、誰だ?」
「出来れば味方に引き入れたかったがの。こうなってしまえば気持ち的に無理じゃろうなぁ」
「宰相、フレイムベルト!?」
炎は遂に二階の天井にまで燃え移り、豪奢な屋敷は玄関付近を中心に焼け落ちようとしている。
そんな中、俺は背後から降ってきた声に反応し振り向いた。
「そうじゃとも。わしがマナリア宰相、フレイア=フレイムベルトじゃ……ほれ」
「な!リッチ!?……うわっ!?」
そこには燃え盛る屋敷をバックに、吹き抜けの中央に浮かぶ人影。
目は落ち窪み髪はその艶を失っていた。
肌には僅かな弾力も無く、骨が完全に浮き上がっている。
……それはまさに宙に浮かぶ即身仏。
不死者なのか、長く生き過ぎた年月がそうさせただけなのか……。
俺はこの目の前に浮かぶものがノーライフ・キングだと言われてもすぐに納得しただろう。
そして、その姿と突然の登場にに驚きすぎた為、反応が遅れてしまった。
投げつけられた"それ"が俺の首に取り付き、ガシャリと音を立てる。
「ぐっ!?い、意識が吸い取られる!?」
「魔封環というのじゃ。それを嵌められた人間は環に魔力を吸い取られ続ける」
何だって!?
慌てて外そうとするが、それは俺の首に食い込んで取れる様子が無い。
「心配するでない。鍵はわしが持っておるからのう。」
「くそっ!……なら完全に魔力が吸い取られる前に……」
まずい、なんてもんじゃない。
このままじゃあ魔力を吸い取られて気絶しちまう!
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
「うふふ、火球の応用かい?何かこそばゆい詠唱だのう」
残る魔力の全てをかけて生み出した爆炎が宰相目掛けて飛んでいく。
相手は避ける様子も無い……これなら当たる!
いや、待て。何で避けないんだ!?
「美味そうな魔力だ。これなら何日分の寿命になるのかのう?……暴食の腕よ、食らえぃ」
宰相が右手を差し出すとその腕にはめ込まれていた腕輪が光り輝く。
すると俺の爆炎が光に照らされ、消え去った。いや、吸収されたのか!?
「助かったのう。わしはもう己で魔力を生成出来んからな。うん、上質上質」
「なら切り裂いてやるさ!」
軽く助走を付けて跳躍、一気に空中の宰相に迫る。
……スティールソードの光が消えた。魔力をあの腕輪に奪われたのだろう。
だが、相手はご老体。
例えただの鉄の棒でも致命傷は与えられる筈だ!
「撲殺ーーーーっ!」
『反射(リフレクト)』
それは詠唱ですらなかった。
魔法名そのものを唱えただけでその魔力は発動していたのだ。
……その効果は、あらゆる物理衝撃を相手に反射する事だった。
宰相の頭部に吸い込まれていく剣。
だが、その衝撃は俺自身に跳ね返りって全身を叩く。
「うぐっ……」
「惜しいのう。あのばか者が暴走さえせなんだら、お前をこちらに引き込む事も出来たろうに」
「だ、誰が……!」
「やはりそうなるのう。まあ良い。お前がやるかわしがやるかの違いしか無いからのう」
すっと、宰相が俺に向けて指を刺す。
『衝撃砲(ショックカノン)』
次の瞬間、不可視の衝撃波により俺は吹き飛ばされていた。
……衝撃(インパクトウェーブ)の上位互換か!?
だが、あれ自身ルーンハイムの家伝の筈。
それだというのに、この宰相と言う奴は……!
うっ、意識が遠のいていく。
駄目だ、ここで気絶したら一生ものの大惨事になりかねないぞ!?
気をしっかり持つんだ、俺!
「頑張るのう?よく判らん亜人一匹が殺されたのがそんなに悔しいのか」
「あ、たりまえだ……それに」
それに、アンタみたいなのに負けてられるかよ!?
冗談じゃないぞ!
「心配は要らんよ。何だかんだでお前の血は有用でのう。そう簡単に死んでもらっては困る」
「クソッ……人の命を何だと思ってやがるんだ……」
まあ、人の事は言えんがな。
それでも味方を簡単に殺せるような鋼の心臓は流石の俺も持ち合わせてない。
「ん?目的達成の為じゃから仕方ないのう。……全ては陛下に再びお会いする為じゃ……」
「ロンバルティア、一世……」
「そうじゃ。器は丁度良いのが生まれておるし、後はココロをどうにか出来れば」
そう言えばこの国に来てから会って無いけどリチャードさん、何て可哀想なんだ。
あんたの国の宰相、リチャードさんを儀式の生贄くらいにしか考えて無いぞ……。
「まあ、ココロを世界に呼び戻す為の魔法も、お前があれば出来るやも知れん」
「居ればじゃ無くて"あれば"なのか……」
「出来ればお前の子も使いたかったが……仕方ないからのう、善は急げじゃ」
「善じゃないでしょ!?カルマ君を放せっ!」
「むうっ!?『反射(リフレクト)』じゃ!」
聞き覚えのある声が暗がりに響く。
そして、屋敷を取り囲む森の闇から飛んでくる矢の雨。
「反射の射程距離外か……弓兵とはあいも変わらず厄介じゃのう」
「うわああああああっ!?」
反射の効果によって、宰相自身にダメージが入る事は無く、
逆に近くに居た俺が反射の衝撃で吹き飛ばされる。
だが、そんな俺を抱きとめるゴツイ筋肉が……。
「応。久しぶりだ……よりによってあの生きてる干物に目を付けられたんだってなぁ!?」
「あ、兄貴!?」
「援護して!僕らは兎に角逃げながら射ちまくるから!」
アルシェに……ライオネルの兄貴!?何でこんな所に!
あ、視界の隅でアリスが手旗信号を……もう古代語も安全な暗号じゃないからなぁ。
ふむふむ。宰相を監視させた結果味方が必要だと感じて予め呼んでおいてくれたのか。
気が利くのは良いが、出来れば一言欲しかったんだがな。まあいい。
「ライオネル!貴様は国外追放の筈だぞ!?何をしに戻ってきたのじゃこの能無しめが!」
「へっ、弟分を助けたらお望みどおり消えてやらぁ!……もうリオも居ないしな」
ドサリと地面に落ちた。
幸か不幸か衝撃で意識がハッキリしてきたが……。
「カルマ、走るぞぉっ!」
「わ、判った!」
そうだよな、そうするしかない。
首輪のせいで魔力が使えない俺は戦力激減している。
そして兄貴は周囲の衛兵たちを巨大な剣で、
って……うわぁっ!?何だこの巨大剣は!?
それ程太い訳ではないが……とにかく長い、槍より長い!
どんだけリーチ長いんだよコレ!?
しかも持ち歩くどころか鞘に収めることも難しいんじゃないのかこれじゃあ!?
いや、鞘どころか屋内に収められるかどうかすら怪しいぞ!?
「へっ、久々に家に顔出したら、いきなりちびリオにぶん殴られちまったぜ」
「フレアさんの父親、やっぱり兄貴だったのか!」
「つーかよ。息子が居たとは知らなかったぜ!」
「ヲイ、それはマズイだろ父親として……」
「いや、それよりもよ戦争の時お前の部隊でバイトしてたらしいぞ?びっくりじゃねぇか!?」
「バリスタ二番機を預けた舎弟口調のアイツか!?兄貴に顔立ちが似てたぞ!」
意味も無く明かされる衝撃の事実!
つーか中等部の子供が他国の戦争に関わるな……って、
「なあ兄貴。走りながら喋ってる場合じゃないと思うんだが?」
「ハッ、余裕って奴だぜよ・ゆ・う」
「ふん、だったら二人とも消し炭にしてやるかのう?」
ほら!追っ手が空飛んでやって来てるじゃないか!
「やかましいんだよ、婆さん!コレでも食らいな!」
「言うに事欠いて、わしをそういう風に呼ぶかライオネル!」
「酷ぇ……反射の射程外から切りつけるなんて在りなのか!?」
兄貴の巨大剣は周囲を想像を絶するスピードで動き回っている。
時折宰相にぶつかって"反射"の餌食になっているが、
余りに長い獲物のお陰で反射の反撃用衝撃波の射程外のようだ。
しかも。あの巨大剣が敵の体を捕らえるたび、相手は後ろに吹っ飛ばされていく。
兄貴、半端無い……。
特に振り回される槍より長い巨大剣のせいで街があちこち壊れていくのが特に半端無い。
「さて、ここいらで良いか。カルマ、死ぬなよ?」
「兄貴!?」
「駄目だよ、カルマ君……この先に隠れ家があるから走り抜けて!」
追いついてきたのはアルシェ率いる傭兵部隊。
数は随分少なくて20人前後か?
声に追い立てられ走り続ける俺を尻目に、
兄貴は足を止め、宰相との一騎打ちを始めていた。
「殿を引き受けるんだって……もう少し時間があればこっちも数を集めれたんだけど」
「……まあ、兄貴なら自力で逃げ切れるだろうし安心だ。ここはお願いするしかないか」
アルシェの目にはクマが出来ている。
この数日、きっと攻撃に同行すべく兵を集めていたのだ。
……仕込みはアリサかハピだろう。
俺の計画にはこれで結構、酷い粗があるからなぁ。
こっそり計画の穴埋めを考えていてもおかしく無いか。
「この下水道の地下だよ……みんな有難う、後は捕まらないよう逃げるよ」
「「「ご武運、いえ幸運を祈ります」」」
一回仲間達を置いてくる、アルシェはそう言ってまだ暗い街の中へと消えて行った。
しかし、少し安心した。地下にさえ潜れば蟻達の援護を受けられる。
ふう、一時はどうなるものかと思ったぞ……。
……。
下水道の一角から更に進み蟻の地下道を通りぬけるとそこは仮設の退避場所。
俺がそこで一眠りしていると、誰かが俺の顔を覗き込んできた。
「にいちゃ、無事でありますか?」
「アリス、お前も無事か……アリサは?」
「アリサも新しいアリシアも無事であります」
「……はぁ?何だそれ?」
よく判らん単語に首をひねると、別な誰かが俺の袖を引っ張る。
その姿を見た時……俺は腰を抜かした。
「にいちゃ、だいじょうぶ、です?」
「アリシア……い、生きてたのか!?それとも……」
ありえない。俺達が見つけた時アリシアは完全に冷たくなっていた。
勿論生き返るとも考えづらい。
だとしたらここに居るアリシアは誰だ?
「あたしは、さんびきめにうまれた、アリシア、です」
「そうか……新しいアリシア役のワーカー・ロードか」
そう言えばアリサが代わりは居るって言ってたよなぁ。
こういう事なのか。確かにアリシアそのものだが……死んだあの子はもう帰ってこないんだ……。
だから、あのアリシアの記憶は俺の中に大事にしまっておくしか無い。
アイツとの思い出を忘れない事。それが俺に出来る数少ない事なんだろう。
「いや、どれもあたし、です……きおくも、こころも」
「……だが、何時も俺の後ろをくっ付いていたあのアリシアじゃないんだよな?」
「ふぇ?このあいだ、がくいんいったの、あたしのほう、です」
「ちなみに、いっしゅうかんまえ、あさ、にいちゃ、おこしたの、あたし、です」
「まいにち、こうたい、してますです」
……アリシアがいっぱい居るーーーっ!?
しかも何時も入れ替わってたって、何だそれ!?
「あたしらロードは郡体みたいなもんであります」
「一匹や二匹が死んでも、指先が切れたぐらいのダメージであります」
「今までは同じ名前がいっぱい居るのはおかしいと、アリサから言われてたでありますが」
「もう、担当以外隠れる必要は無いでありますよね!」
アリスもいっぱい居たーーーーーっ!?
と言うか、話の結論的にアリシアは死んだけど死んで無い、で良いのか!?
なんだかよく判らないんだが……。
「あたしのために、おこってくれた。にいちゃ、だいすき、です」
「嬉しかったでありますよ!」
いつの間にか蟻ん娘で一杯になった隠れ家で、代表者らしい一匹づつが深々と頭を下げた。
……アリシアが消えていないというのなら、仇討ちという意味は無いのだが……。
俺のやった事は無意味ではなかった、と言う事なのか?
いや、どちらにせよ妹が一人死んだのは事実。
それを否定など出来ない。
ただ、俺の妹はどうやら百回死んでも居なくなりはしない、そう言う事なんだろう。
……よく判らないがそういう事にしておく。
「取りあえず、寝る……だるい」
妙に体がだるい。
治癒をかけようとするも、全く魔力が回復している様子も無い。
これは、完全に魔法を封じられたといっても過言ではない。
しかも、宰相にはこっちの正体が完全に割れてしまっている。
……そして、恐らく地上はとんでもない事になってしまっているだろう。
街は傍目からでもボロボロに成ってしまってるだろうし。
冷静になってみると今更ながらとんでもない事を仕出かしただのと感じる。
だが、後悔をするつもりは無い。
賞金首になるであろう事もある意味覚悟の上だ。
「カルマ君、今はとにかく休んで。今日は僕が、せめて横についてるからね……」
「あたしらは、情報収集してるであります」
「なにかあったら。すぐ、おしえる、です」
いつの間にかやって来たアルシェの手が俺の額に乗せられる。
……まあ、今は考えるのを止めよう。先ずは体を休めるのが先決。
回復したらルンを説得するなりして連れ出し、この国から脱出だ。
ほとぼりを冷まさないとならないし、一度この国から距離を取った方が良いだろう。
そう思い、瞼を閉じる。
……ただ、一つ引っかかっている事があった。
「やはりそうなるのう。まあ良い。お前がやるかわしがやるかの違いしか無いからのう」
この宰相の言葉、これは一体どういう意味なんだろうか?
どうにも払拭できない不安を胸に、俺の意識は闇に染まっていったのである……。
***魔法王国シナリオ6 完***
続く