幻想立志転生伝
17
***冒険者シナリオ7 森の迷い子達***
~闇の中に鬼が潜む 後編~
《side カルマ》
気絶した仲間達を庇うように俺とリチャードさんが立っている。
そして、その周囲を取り囲む、"使徒兵"なる連中が10名ほど。
更にそこから少し離れた場所に大司教クロスの姿があった。
……状況は良くない。
前衛無しで魔法を使えるのは"家伝"持ちか俺くらいのものだろう。
王子様ともなればリチャードさんにも家伝の秘術くらいあるかもしれないが、
当てにする訳にもいくまい。
そして、眠りこける兄貴・村正・ガルガンさん。
……正直逃げ出したい所だが、それをやった後の事を考えるととても出来る訳が無い。
「カルマ君。皆を眠らせたのは薬付きの吹き矢。抜いておいたが目覚めるまで数分はかかる」
「要するに、そこまでもたせりゃいいわけだな?」
了解だ。兄貴も避けきれなかったものを良く避けたもんだと思うが、
そこはそれ、暗殺とかに慣れた王族ならではと言う物なんだろうか。
とは言え、数分間も時間をくれるわけが無い。
クロスがさっと手を振り、号令をかけてきやがった!
「させませんよ。そんな時間は与えません!」
「「「ヲヲヲヲヲヲッ!」」」
先ずはお手並み拝見と言う事だろうか?
俺とリチャードさんに一人づつ、使徒兵が向かってくる。
……やはり人間には見えんな。
その動きは動物的、と言うかそもそも理性が感じられない。
獣じみた動きで接近したそいつは、両手を大きく広げ文字通り飛び掛ってきた!
「甘いんだよ!」
「ヲヲヲッ!ヲヲヲッ!?グベァッ!」
なんて連中だ。袈裟懸けに切り下ろした剣を避けようともしない。
ざっくりと肩口から脇腹にかけて一文字に切り裂かれ、その体が二つに分かれた。
確実に致命傷だ。普通ならコレで終わり。
……ただ、こういう連中にはお約束がある。
「止めだっ!」
「グバッ!」
剣の柄に全力を込め、脳天を潰す。
……次の瞬間残った片腕が俺の足元をかすって行った。
案の定、生きてる限り動き続ける敵か!
……因みに向こうは大丈夫だろうな?
思わず最初に切り離した半身のほうに目が向くが、流石にそっちは動かないようだ。
まあ、なんにせよコレで一つ!
っと、向こうにも注意を喚起しとかんとな。
「リチャードさん!こいつらはめったな事じゃ戦いを止めない!頭を潰せ!」
「うん。判っている……こう言う輩を飼う者達がたまに居るんだ」
既に一匹脳天潰れてるじゃないか。
大したもんだな……あれ、でもどうやって。
「ッヲヲッヲヲヲヲッ!」
「来たまえ!」
続いて二匹目がリチャードさんに向かう。
だが、何と言うか余裕だ。
『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』
これが……マナリアの家伝か!
大きく開いた手を上下に重ね合わせた印を組み、前方に突き出す。
詠唱は加速に引き続き孫子よりの一文か。
そして放たれるのは火砲と言うよりは濃密な火炎放射。
何にせよ、強力だ。
これより遥かに劣る火球の詠唱に三分かかる人が僅か3秒で詠唱完了ときたもんだし。
「こちらは片付いたよ。そちらを手伝おうか」
「何だって?」
気が付けばリチャードさんの方を取り囲んでいた連中が消し炭と化している。
濃密な火炎放射は背後の3人を一緒に飲み込んだのだ。
……俺の爆炎に比べても威力と効果範囲は多少劣るが、
自分が巻き込まれることが無い分使い勝手は上か?
まあ、流石と言うべきだろう。
「な、何をしているのですか!使徒兵、残り全員かかれ!」
っと、半数を失って向こうも尻に火が付いたか!?
残存兵力を残らず叩きつけてきやがった!
「参ったね。さっきので僕の魔力は空に近い」
「その状態で三人庇いつつ五人相手は、厳しいな」
だが、奴さんたちは忘れてるようだ。
囲みは既に解けてるって事をな!
「じゃあリチャードさん!3人を連れて逃げるぞ!」
「何?……そうだね、皆が目を覚ますまでは!」
俺が兄貴を背負い、村正を小脇に抱える。
リチャードさんは比較的小柄なガルガンさんを背負ってもらう。
……最後に煙幕でも撒き散らして一時撤退だ!
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
こう言うのは煙幕って言わないかも知れないが、な。
……。
走る、走る、走る。
……稼ぐべき時間はたった数分間。だが、俺は二人分の体重を背負ってるし、
リチャードさんに至っては人を抱えて走ることすら初めてだろう。
それでも、何とか追いつかれずに進んでいる。
「だ、だが何時までも逃げ切れない。どうする?」
「……誰か一人でも、目を覚ましてくれれば!」
……けれど、それは杞憂で終わった。
「うーむ。よく寝たわい」
「ぬ?一体何が!?」
「何か、揺れやがるな……」
数分間走り続けて全員が目を覚ますまで、追っ手に追い付かれる事は無かった。
と言うか、もしかしたらそもそも追ってさえ居ないのかも知れない。
……更に数分。
俺達は眠っていた三人に事情を説明する。
勿論、シスターの事も。
「……そうか。まあ、仕方ないわなぁ……」
兄貴は遠い目をした。
「ふむ。まあ生き死には冒険者の常じゃからの」
ガルガンさんは飄々とした物だ。
……慣れてしまっているだけかも知れないが。
「……南無」
村正は冥福を祈っていた。
誰も死んだシスターの事を悪く言わないのが嬉しかった。
俺の事を悪く言わないのが有り難かった。
……結局、小さな子供だった時の淡い初恋って奴を未だに引きずってた訳だな。
あれだけやられて、未だ彼女を憎めないで居る。
だからだろうか。
「ヲヲヲヲヲヲッ!」
「彼らの匂いはこっちですか?……ああ、見つけましたよ」
大司教がシスターの亡骸を背負って俺達の前に現れたのを、
ほんの少し嬉しく思ったのは。
だってそうだろう?
それは、少なくとも彼女が教会では大切にされていたって事なんだろうから。
……。
追い付かれるまでに掛かった時間はおよそ10分。
……向こうの歩みはこっちと大して変わらないようだ。
と言う事は向こうで数分程、何かしてから来たと言うことだろうか?
そんな風に推察してみる。
何で、そんな事を言うのかと言うと。
「カルマ君、増援……ですか?」
「リチャードさん。信じても居ない事を言うのは止めよう」
……追っ手が大司教含めて10人居るって事だ。
しかも恐ろしい事に、何人かは明らかに体が焼け焦げている。
その上……頭部に潰れた跡があり、服が真っ二つに切れている奴が居た。
「応、カルマ……何だよこいつ等はよ」
「不気味で御座るな」
「アンデットか、のう?」
ああ、皆は寝ていたんだっけ?
……恐ろしい事にあいつ等さっきまではもう少し普通だったんだぜ?
まあ向こうの親玉が説明してくれるみたいだけどな。
「アンデット?違います。わたくしの忠実なる"使徒兵"ですよ」
「使徒ぉ?……はっ!俺には単なる化け物にしか見えねぇな!」
「見た目で判断してはいけません。彼らは死を恐れぬ神の兵なのですよ?」
「し、しかし疲れとるように見えるぞい……どうじゃ、ここはこの辺でお開きに」
「彼らは疲れなど知りません。一度神の元に召された者達はそんな事気になどしない!」
「馬鹿な。黄泉路から舞い戻ったとでも言うで御座るか!?」
あーあ。兄貴達は寝てただけなんだから上手く口車に乗せりゃ良かった物を。
勝手に不安感煽って敵を作ってやがるよ。
しかし……成る程な。
使徒兵とやらの正体が大体掴めてしまった。
「要するに、死人なのかあいつ等は?」
「殉教者と言って下さい!失礼では無いですか?」
……そうかい。
相手は死人か。
だったら殺せる訳が無いやな?
だが、使徒兵は一人減っている。
恐らくリチャードさんの火砲で直撃を受けた奴だ。
復活させられるほど肉体が残っていなかったのだろう。
つまり、跡形も無く消し飛ばせばいい。
「一応聞いておきますが、あなた方三人はこのままこの場を立ち去られても構いませんよ」
「応よ、立ち去ってやらぁ。但し手前ぇの顔ボコボコにしてからなぁ!」
「この際、神聖教団の頭を取っておくのも一興か!」
「……わ、わしは……」
あ、ガルガンさんが逃げた。
いやまあ、この中で一人だけ普通の冒険者だしなぁ。
「幾らなんでも!わしの手には余るわーい!」
しかし、この熱い展開中に逃げ出すとは。
……いや、居たら居たで死亡フラグ立ちそうだしな。
オーガとの戦いでも、結局ダメージ与えれて無かったし……。
取りあえず、見殺しにして嫌ーな思いするよりは良いか。
ガルガンさん、お疲れ様。
「ふむ。一人帰ってしまいましたね?」
「ガルガンはこの中じゃ一番弱いんだ!仕方ねぇだろが!」
後はこの、脱落者が出て調子に乗った大司教様をぶっ倒すだけか。
それと兄貴、それは敗北フラグだ。止めてくれ。
……。
一陣の風が俺達の間をすり抜ける。
……ただでさえ高まっている緊張は今にも爆発しそうな雰囲気さえ漂わせていた。
「では。始めましょうか?」
大司教はシスターの亡骸を近くの木の裏に降ろし、片手用のメイスを双方の腕に握った。
二刀流ならぬ二殴流といった所か。
……使徒兵と呼ばれたあの連中も、今回はそれぞれが獲物を手にしている。
要するに、向こうも本気ということだ。
「良く判らんが、手前ぇは気に入らねぇ!」
兄貴が敵陣に切り込んでいく。
その一撃で最初の一人が脳天から一刀両断された。
「寄らば斬る!寄らなくとも斬る!」
村正はその場で待ちの構えか。
妖刀はその名の通りその刃にかかった獲物を逃さないだろう。
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
俺は速攻で相手を燃やすべく火球を生み出した。
……いっそこの森ごと燃やしてやるよ。
あ、そうだ……リチャードさんは?
確か今、魔力が殆ど空の筈だが……
「をををっををををっ!?」
「はぁっ!」
なんか、敵を殴り飛ばしてるぅぅぅっ!?
「僕は王家の人間としては魔力が低くてね……こんな小技ばかり上手くなってしまったよ」
とか何とか言いながら、お次の奴に旋風脚!
で、敵の頭千切れて飛んでったぞ!?
白いマントがたなびいて無駄にカッコイイんだけど!?
「児戯ではあるが……格闘には自信がある!」
続いて突っ込んできた相手が剣で突いて来たが華麗にかわし、
腕を取り引っ張って……逆の腕で裏拳入った!
しかも顔面!
そしてよろめいた所に再び鋭い蹴りが入った!
流石に耐え切れなかったか相手が仰向けにすっ転んだぞ!?
「さて、魔力が回復するのが先か、君達が全滅するのが先か」
……さっきもこうして一人目を叩き潰したわけか。
小技とか児戯とか言うレベルじゃ無いんだけど……。
正直魔法使いよりずっと向いてるんじゃないのか?
「ヲヲヲヲヲヲヲッ!」
さて、正直負けてられないよな。
俺自身の敵もさっさと潰しておくか!
……。
俺が三人目に止めを刺した時、最初の異変が起こった。
既に使徒兵はほぼ全滅。
兄貴は既にクロスとの戦闘に入っている。
そんな状況下。
幸い大司教は身体能力的に化け物じみては居ないらしく、
兄貴の攻撃でメイスを片方取り落としている。
当の兄貴も全身痣だらけだがいい勝負だと言えるだろう。
そう、この時点でほぼ勝負は付いた。
そう思った。
「おらっ!もうお終いかよ!」
「くっ、まだ、まだもう少し!」
突然、森がざわついた。
「何事で御座るか?」
「見たまえ。誰か来るぞ!?」
「大丈夫か!」
「何かえらい事になったみたいだな!」
「もう大丈夫だぜ」
あれは!今回一緒に捜索に来た冒険者連中じゃないか!?
全員ではないようだが……20人は居る!
「おっ!ライオネルも居るな?」
「王子様も無事と」
全く、駆けつけてくれるならもう少し早くしてくれれば良かったんだが。
「よぉカルマ。今まで大変だったろうな」
「ああ、まあな」
大して話した事も無かった連中だが、
そう言われて悪い気はしない。
「んで、あの男と戦ってるのか?」
「じゃあ手伝うぜ」
……筈なのだが。
なんだろうか、この……何と言うか妙な不安は。
『そのひと、てきです』
……!
どこかから聞こえたその声を聞いた途端、俺は横っ飛びでその場を離れる。
……一瞬でも遅れるとアウトだったろう。
冒険者達の斧が、俺のさっきまで居た場所を通り過ぎていく!
「お前ら……教団の回し者か!?」
「ふざけんなよ?俺達はこれで敬虔な信徒なんだ」
「教会に抗う奴なぞ消えてしまえ!」
……見ると、兄貴は背中から数本の剣で貫かれて倒れていた。
村正は倒れた上から何本もの殴打武器に殴られ続け、気を失いかけている。
双方未だ死んではいないが速めに処置しないとまずい!
「くっ!暗殺慣れしてるのも良し悪しだね!」
リチャードさんだけは逃れていたが、最早回避するのが精一杯か。
……どういう事か、大体感覚だけで判るさ。
シスターだ。シスターが昨日の内に仕込みをしておいたんだろう。
ガルガンさんが大声で人を集めていたんだ。
教会に忠実な連中を潜り込ませるのなんか楽な物だろう。
糞っ!おしゃべりで潰れたあの一日が余りに大きな枷になって圧し掛かって来やがる!
『死にたく無い死にたく無い死にたく無い死なせたく無い死にたく無い死なせたく無い……』
ぞっとするような音響が響き渡る。
発生源は他ならぬ大司教クロス。
両手を合わせ仏壇を拝むような感じだが、指の上下が逆だな?
……まさか、これは!
「マズイ!何とか止めさせないと」
「させるか!」
切りかかってきた冒険者を逆に切り捨てる。
……よく知りもしない奴を助ける余裕は無い。
ましてやこいつ等は敵だ!
20人全員……切り殺してやる!
「おおおっ!」
「異端者が!」
「消えろぉぉぉッ!」
三人か。装備は長剣、ナイフ、斧か。
ならば狙うは斧!
「ぐはっ!」
俺の剣が斧を持つ冒険者を切り裂く。
だが、その隙に剣とナイフが俺の体に、
……食い込まない。
「なっ!?」
「ばかなっ!?」
「残念だったなっ!」
驚く二人の首を一気に切って飛ばす。
……連中がここに来るまでに僅かなインターバル。
まさか無駄にしてたとは思ってないよな?
当然、硬化くらいはかけているんだよコレが。
魔力残量の問題で他の強化魔法が使えなかったのは惜しいが、
まあ、贅沢は言っていられない。
……さて、さっさと次だ!
『……死にたく無い死にたく無い死にたく無い死なせたく無い死にたく無い死なせたく無い……』
「その陰気な詠唱、さっさと止めてやる!」
「「「「「大司教様をお守りせよ!」」」」」
ちっ!人壁どもが!
そいつのやってる事、少しは理性的に考え……られる訳が無いか!
「どけええええっ!」
剣を振り回し、群がる雑魚を切り飛ばしていく。
……横を見るとリチャードさんも反撃を開始したようだ。
そう、まだだ、まだ行ける!
『……死にたく無い死にたく無い死にたく無い死なせたく無い死にたく無い死なせたく無い……』
「「「「「「ここを通すなっ!」」」」」」
まだ詠唱は続いている。
そう、だからまだ希望はあるんだろう。
……だが、これ以上時間をかけていられないか!
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
最後の一群に対し、虎の子の大魔法をぶつけ消し飛ばす!
そして、守る者の無くなった大司教の首を、この剣で……!
『……死にたく無い死なせたく無いが故に黄泉還れ!……反魂!(ネクロマンシー)』
……。
その言葉が大司教の口から発せられた時、ある種の奇跡を俺は見る事になった。
……俺の体が吹っ飛ばされている。
さっき、切り殺したはずの男達からの攻撃によって。
「ぐああっ!?」
弾き飛ばされた勢いのまま、何処かの大木にぶつかって地に落ちる。
……見ると、相手方は20名ちょっとほど立って居やがる。
「ふむ。流石に消し飛ばされると復活しないのですか」
元々連れ歩いていた残りの9名に、さっきまで冒険者だった奴らを加えて……24名か?
くそっ!あれだけやって殆ど減って無いって言うのか!?
爆炎で消し飛ばした奴以外は全員起き上がってやがるぞ!
「念の為に冒険者をしている信徒に使徒兵となるための下準備をしていましたが、正解でした」
「笑って言うような内容じゃねぇよ!」
……リチャードさんもいきなり蘇った連中の内6名に追いかけられて流石に苦戦してる。
何より、幾ら倒しても終わらないというのは精神的に辛すぎるのだ。
俺の魔力も尽きている。
現在俺を守っている硬化が解けた時が俺の最後になるのだろう。
それまでに、何とかこの状況をどうにかしないと!
「さて、このまま天罰を与えるのも良いですが……貴方はやり過ぎましたからね」
「ふん。何か宜しく無い事でも考え付いたか?」
「死にかけたお仲間二人の処刑から先にするとしましょうか」
それは、また。
絶対的優位に立った下種野郎が思いつきそうな事だ。
恐らくすぐには殺さず、見せしめもかねて時間をかけてじっくり殺していく気なんだろう。
……許して欲しい兄貴。
俺は今、確かに喜んだ。
兄貴達がなぶり殺しにあってる内に流れが変わるかもと。
どうにかする考えが浮かぶかもしれないと本気で思った。
俺も下衆だ。気分と状況、そして相手次第で幾らでも考え方が変わる。
正義面はしたいが必要ならば悪事も厭わない。
他人を陥れても別に平気だけど、他人が陥れてる所を見れば義憤に燃えるだろうさ。
そして、危険な時は……無様でも何でも生き延びる方法を探る。
どんな手を使っても、な。
これがルンなら。もしくはアリサやホルスなら命がけで守ると自信を持って言える。
けれど、今の俺じゃあ……少なくとも村正が殺されそうで俺も殺されそうならきっと逃げる。
ガルガンさんでも同じだ。
だから、兄貴も……兄貴……を、見殺しに……。
「認められるかよっ!」
「ええ、それで良いのです。……彼を通すな!」
18名もの使徒兵……不死者の群れが俺の行く手を阻む。
倒して先に進もうにも、冒険者上がりの使徒兵は手ごわく中々頭部を破壊させてくれない。
……槍が腹に突き刺さる。だがそんな事気にしていられない!
ナイフを弾き、剣を弾き……俺は進む。
けどよ、クソッ!
突破できねぇっ!
「では、そこで見ていて下さい。そしてわたくし達に逆らう事の愚かさを……おや?」
……大司教が突然周囲を見回した。
一体どうしたと言うんだ?
「あの二人の体が、無い?」
この言葉にはっとして俺も周囲を見渡す。
……確かに何処にも居ない。
これは一体どういう事だ?
「馬鹿な。あの傷で逃げ出せる訳が無い筈です!」
「……えっと、にがしました」
戦場に不釣合いな可愛らしい声。
大司教も、使徒兵も、そしてこの俺も。
その声の主を探した。
「こ、こっちです。い、いま……いきますです」
かさかさと茂みをかき分けて現れたのは……これまた小さな青い髪の女の子。
ぶかぶかのローブを身にまとい、にこにこと笑っている。
「何と言うか。ええと、あの二人を逃がしたと……そう言いましたか?」
「……えっと、はい。そうです」
「何でそんな事をしたのですか!?」
「ご、ごめん、なさい。でも、あのままじゃ、し、しんじゃうから、なのです」
女の子は怒鳴られてビクッとしている。
でもまあ、普通死に掛けてた人間を見つけたら取りあえず助けるもんだよな。
……あれ?いや待て。何か、前提条件がおかしいような。
「……そ、そうですね。いや、ですが!彼らは我が教団に楯突いたのですよ?」
「で、でも……にいちゃの、おともだち……だから」
「まったく……そもそもあなたは何なのですか?ここは危険なのですよ?」
「えっと。あの、その…………じつは、ですね。……おとり」
はい?
……いきなり飛び出した不穏当な台詞に周囲の全員の動きが一瞬固まる。
と言うか、今使徒兵の動きまで固まってなかったか?
と、思って居られたのもそこまでだった。
……大司教の腹から何か生えている。
「大金星であります!」
声にはっとして大司教の後ろを見ると……また女の子。
顔立ちは良く似ている。髪は赤でバケツを被っている。服装はシャツに吊りズボン。
と言うか殆ど誰かさんの色違いだ。
あ、大司教クロスは背中から刺された訳か。
今引き抜かれた……スコップで。
「な、な、な、な、ななな、何故、です、か?」
「えっとね。とりあえずね。……てんばつ、てきめん、です」
今度は青髪の子が前進、可愛らしく弁慶を前蹴りしてる。
「ぐ、ぐあああああああっ!?」
……ただし、蹴られた部分が新しい関節になってるけどな?
見た感じ、アリサが不機嫌な時良くやる奴に似てるが威力が段違いだ。
と言うかアリサが本気で蹴ったらこうなるんじゃないかと思う。
……思ってしまった。
そして、気付いてしまったんだが。
「……やっつけろ♪」
「追撃であります!」
蹴る!、叩く!、噛み付く!そして踏んづける!
反撃の隙もあればこそ。両足折れてて動くのもやっとでは何が出来よう?
「な、何故このわたくしが……隙を付かれたとは言え、子供に手も足も出ないのですか!?」
やられてるのは大司教なのに、何故か使徒兵まで痛がってる。
要するにこいつ等、大司教に操られる人形に過ぎないって事だ。
操作を続けられなくなりゃこのざまって訳だ。
……いやいや、そっちじゃ無くて!
『お前ら、もしや蟻ん娘か?』
『……あたりなのです。ワーカーアント・ロードです』
『正解であります!自分はソルジャーアントのロードであります!』
二人とも、笑ってるんじゃなくて細目にして複眼を隠してるわけか。
……恐らくアリサの仕業だろう。
何せ顔立ちと飛び出たアホ毛がそっくりだし。
シスターの謀略に合わせて人前に出られる増援を送り込んできたか。
よく考えてみれば、アリサがこの状況を把握して無いはずが無い。
全く、俺よかよっぽど時間を上手く使ってやがる。
……。
そして、瞬く間にボロ雑巾と化した大司教が出来上がったわけだ。
使徒兵連中も、主と一緒にのたうってる所を一箇所に集めて焼いておいた。
これでもう生き返ってはこないだろう。
ちょっと安心して大司教のほうを見てみる。
……あーあ、イケメンが痣だらけで台無しだ。
全身にスコップを突き刺された跡もあるし、あちこちコブも出来てる。
こりゃほっとくだけで死ぬな。
何故か微妙に焦げ臭さすら感じるし。
「だが、放っておけば死ぬ人間を本当にほったらかすのは死亡フラグ」
「トドメ刺すでありますか、にいちゃ!」
ソルジャー……兵隊蟻の長だけあって赤い子は交戦的だな。
だがまあ、ここまでしでかした訳だし向こうもこっちを潰しにかかってた。
「OK、採用だ」
「えっとね、じゃあ。……はい、どくつきの、ないふ」
青い子は引っ込み思案っぽいが……結構えげつない。
あー、有り難いが毒ナイフはいらん。自分でやれるから。
「はーい。わかりましたです、にいちゃ」
「では!早速処刑であります!」
「あ、いや……ちょっと待って貰えるかな?」
あ、リチャードさん。
そっちも無事だったのか。
でも、何で待たねばならんのだ?
「うん。向こうから仕掛けてきた戦いだけどこの場で彼の命を奪うのはちょっと、外交的にね」
「あー、死人に口無しの祭り上げバージョンか」
こう言う連中だし、殺したら聖人だの何だので煩そうだからな。
しかも、恐らく俺たちを潰しに来る事は周知済みだろうし、
もし戻ってこなかった場合、残った連中が何をしでかすか判ったもんじゃない訳だ。
「そう言う訳なので、大司教殿。……この辺で手打ちとしませんか?」
「うぐっ……て、手打ち、ですか」
ここはリチャードさんに任せてみるかな。
帰っても街に入れないとかは嫌だし。
「マナリアと教団との間で不戦の約定を結ぼう。ここでの諍いは無かった事にして」
「ふっ、ふふふふふ。まあ、仕方無いのでしょうね」
「期限は三年。……この意味はお分かりですよね?」
「蘇生(リザレクション)後の回復インターバル期間、ですか」
「死を否定する者よ。貴方の二つ名たる秘術を使う際、魔力枯渇で三年眠るのは知っている」
「……何故、それをわたくしが使うとお考えですか。リチャード王子」
「歳の離れた妹さんを見捨てられるのですか?使徒兵にもせずにわざわざ背負ってきておいて」
「…………」
リチャードさん、今日は実にイイ感じの笑顔だなぁ。
外交ってのはこうやってやる物なんだろうな。うん、いい勉強だ。
大してクロスさんはと言うと……あ、薄ら笑いが消えてら。
かなり痛い所みたいだな、妹さんとやらの事は。
……ちょっと待て。何か聞き捨てならない事を聞いてしまったような。
「そちらも三年で戦力を整えても良いだろうね。戦うとは限らないけど」
「わたくし抜きでですか?それは幾らなんでも姑息ですね」
「では、"双方"共に兵の増強は無しにしようか。後は特に何かあるかな?」
「……そちらの条件を飲みます。ですから……両手の治療だけして頂けませんか?」
つらつらと話が進んでいく。
のだが、何故かそこで俺に話が振られた。
「判った。……カルマ君。悪いんだが彼の両手に治癒をかけてあげてくれないか?」
「ちょ!そんな事したらまた魔法使われちまうぞ!?」
まあ使徒兵ももう居ないしそんなに問題にもならないような気がするし、
確かに現状治癒魔法を使える状態なのは俺だけだ。
だが気持ち的にこの男を治療したく無い。
それに、少し思うところがあるのだ。
「その蘇生とやらは教団に戻ってからやればいいじゃないか?」
「蘇生はね。大司教の家伝。名家の間では有名なんだ。制限時間付きと言う意味で」
ほぉ?制限時間?
「ぐっ……反魂と違い下準備は要りませんが、死亡した当日に行わないといけないのです」
「しかも、日が暮れる前にと言うオマケ付きなのだよ」
随分有名な家伝もあったものだ。
恐らく教会の影響力にはこの"蘇生"も大いに関わっているのだろう。
……まあ、術者本人が三年も眠りこけるような有様じゃあ容易には使えんのだろうがな。
と言うか魔力量的に使える奴が限られてるような気もする。
「要するに、今ここでやらなきゃならない訳か?」
「そういう事。どうする?事実上の最終決定権はカルマ君にあるけど」
「……た、頼みます。フローレンスを、妹を……」
ふと見ると、流石の大司教も心配そうにシスターの亡骸を見ている。
流石の勇者も身内は大事なのだろうか。
……思えばシスター行動を正当化していた最たるものがこの血縁と言う物だったのだろう。
そもそも教会の信徒から集めた情報であり教会の財産だ。
それを一部とは言え売りに出す事が許される時点で、ただの修道女じゃ無かった訳だな。
それに気付けなかったのは俺が愚かだったからだろうか?
さて、それを踏まえた上で俺は決断せねばならない。
シスターの蘇生を見逃すか否か?
このまま大司教を見逃すか否か?
……難しい。
シスターの復活を許す利点と不利益を考えてみよう。
利点は教団のトップが三年不在になるという事だ。
不利益は、せっかく片の付いた問題がまたぶり返すと言う事。
大司教を生かして帰しても利点は無い。
だが、殺した場合表を歩けなくなる身の上になる可能性は高い。
では、俺にとっての最高の選択は何なのか――?
……。
『 ささやき いのり えいしょう ねんじろ 』
……。
嵐のような一日は終わり、1ヶ月ほどの時が流れた。
俺は再び日常の光景の中にいる。
「にいちゃ、にいちゃ♪」
「お早うであります!」
俺の生活に、ちょっとばかりの変化を残して。
「アリシア!」
「はいです。なんですかにいちゃ?」
青髪の気弱そうな働き蟻の名はアリシア。
「アリス!」
「にいちゃに敬礼!ご用件は何でありますか?」
赤髪の軍隊系な兵隊蟻の名はアリス。
「飯にするか?マスターに朝飯作って貰うぞ」
頑張ったご褒美に名前が欲しいと言ったアリサの分身達が、
俺の身の回りの世話を始めたのだ。
「ごはん、たべますです」
「にいちゃも早く食いに行くであります!」
「ああ、判った判った……だから押すな、引っ張るな」
そして、もう一つの変化。
「カルマか。飯なら出来てるぞ」
「……先生♪」
「応!元気か?」
「元気そうで御座るな」
朝の喧騒の中に、あの日から欠けている人影がある。
……結局、シスターは助からなかった。
いや、一応助かったと言うべきか?
無事ではないにせよ、命だけは助かったのだから。
「シスター、元気にしてるか?」
「……世話を焼いていた子供等に、逆に世話になって居るで御座るよ」
「まぁな。腐れ縁だけどよ、ああなっちまっちゃ……哀れでならねぇ」
肉体の損傷は一瞬で消えた。
だが、その心が戻ってくる事は無かった。
……いつか戻ると信じて、彼女の孤児院で世話されていた子供達が今では逆に世話をしている。
今は孤児院の一角、日の当たる窓際で揺り椅子に座って一日を過ごしているという。
「しかし、あれから教会の評判は良くねぇな?」
「現在は聖堂騎士団と異端審問官のトップによる二頭体制らしいで御座るよなマスター?」
「ああ。ただ大司教が"急病"になっていきなりトップに立ったからか、問題も多いな」
そして、話の通り大司教は長い眠りに付いた。
話どおりならおよそ三年、眠り続けるのだという。
そしてマナリアとの戦争は回避されたが、
突然"急病"に陥った大司教の変わりに教団の運営をしている二人の男、
その確執が酷い不協和音を生んでいるともっぱらの評判だ。
(これは、チャンスかも知れんな)
大司教に率いられた教団は手ごわかった。
何せ付け入る隙が中々見つけられない。
だが、今は違う。
不戦条約もマナリアと教団の物で俺には関係ない。
つまり……三年以内なら潰せるって事だよな。
「にいちゃ、おでかけ」
「時間であります!」
「……そうか、もうそんな時間か」
時間は無駄に出来ない。
だから俺は次の戦場に向かう。
「先生。……行ってらっしゃい」
「ああルン、お土産楽しみにしてろよ」
「戻るまでに短縮詠唱……ものにする」
「ああ、それで"火球"の詠唱速度が3分から3秒に縮まるぞ。宿題もやっとけよ」
勿論と言わんばかりにコクコクと首を振るルン。
火球はマナリアでもかなりポピュラーな魔法だそうだが、
それ故使い易くする意味は大きい。
「大丈夫」
「うん。ルンならきっと出来るからな。頑張れよ」
そして宿題のほうは、
今現在ルンが覚えている魔法の詠唱で、中核に当たる部分を探し出す事。
全てと言う訳ではないが、魔法名の直前に重要な部分がある場合が多いので、
サーチ出来ないかと思った次第だ。
俺が手伝える物じゃないので何とも言えんが、
言葉の意味は変えずに、明らかに要らない部分を削るだけで、
かなり詠唱が早くなると思う。
……今回も留守が長くなりそうなので、やりがいのある課題を与えたというわけだ。
「にいちゃー?」
「急ぐで有ります!」
「先生、呼んでる」
「ああ、それじゃあな」
おっと、流石にそろそろ行かないとならない。
最近癖になっているルンの頭撫でをして、いざ出発だ。
「先生!」
「ん。どうしたルン?」
「また、会える?」
「当たり前だろ?何言ってるんだ」
先日の事もあってか不安そうにしているルンを宥め、
今度こそ出発する。
……残りの家族の下に。
……。
「 おーい、誰かわしを見つけとくれー 」
蟻ん娘たち曰く、森から声がするそうだが気にしない。
鬼のような仕打ちか知れんが、正直時間が惜しい。それだけだ。
……別に怒ってる訳じゃないぞ?
***冒険者シナリオ7 完***
続く