幻想立志転生伝
12
***冒険者シナリオ5 突発戦闘***
~勇者が現れ、そして個人の限界を知る~
《side カルマ》
何とか蟻の巣を脱出した俺たち20人。
その目の前には連合軍5000が整然とした隊列を組み行進する姿が。
誰かが連合軍に駆け寄っていく。
「蟻の女王は倒したぞ!」
先頭を行く傭兵軍団の足が止まる。
続いてその他の諸侯の軍勢から伝令らしき兵達が駆け寄った奴に向かって走っていく。
連合軍まで組んでご苦労様だが無駄足になっちまったなぁ。
けどま、犠牲無しで済んだんだから感謝されてしかるべき
……斬られた?
……。
俺の目に入ってくる光景が理解できない。
いの一番に走っていった奴は、
主戦力としては数えられないが極めて有能な斥候だった。
俺たちが部屋の中で固まって打ち合わせている時、
あいつは一人周囲の見回りをしてくれていた。
女王との決戦の際は不得手ながらも短剣で小さめの蟻を優先的に潰して回ってくれた。
殆ど休息らしい休息もせず……要するに働き者だったと思う。
「どうして?」
誰かがそんな事を言ったが、それは俺の台詞でもある。
頭が上手く回ってくれない。
「ち、ちょっと抗議行って来ます!」
「そうだ!何であいつが殺されないといけねぇ?」
「あ、待てよ俺も行く!でも軍隊が相手をまともにしてくれるのか?」
何人かが殺された仲間の元に走っていく。
……駄目だ、止めろ。
けれども喉はカラカラに渇き、声が上手く出てこない。
……。
また、やられた。
今の連中は冒険者として中堅クラス。けして弱くない。
だが、長い戦闘と虜囚で疲れきっている。
幾ばくかの抵抗の後、真っ二つにされてしまった。
「え?え?何が、なにがおこってるの!?るの!?」
「俺やっぱ神様信じないぞ!何でだよ!?」
ふと気が付くと騎馬に乗った傭兵がこちらに向かって弓を
「ふせろおおおおおおおっ!」
つがえた事に気付いた瞬間呪縛が解けた。
息をするのももどかしく、肺に残った空気を全て使って叫んでいた。
だが、遅すぎた。
矢を脳天と喉に受け、二人分の体が地に伏せる。
「こ、これは、一体何が!?」
「わからない、けど」
そうだ、何が起こってるのかなんてわかる訳が無い。
今は兎に角この状況を何とかしないとならないだろう!?
……大きく息を吸い込み止まっていた脳味噌に新鮮な酸素を送り込む。
人とは考える葦だという。故に考え続けないといけない。
もし考える事を止めたら……楽にはなるが食い散らかされるのを待つのみだ。
まず、何はともあれ反撃を。
……しても、いいのか?
「ホルス。どう、思う?」
「主殿?」
まだ脳味噌が完全に働いていない。
ここは外側からの刺激が必要なんじゃないかと思う。
声が震えている。けど今回は勘弁だ。
ホルス、今はただ俺の話し相手になってくれ。
自分で考えを纏めるのに必要なんだ。
聞いてくれるだけでもいい。
「このまま反撃しても、いいと思うか?」
「え?ですが反撃しないと殺されてしまうのでは」
「反撃したら、それこそ相手に大義名分を与えちまうんじゃないか?」
周囲に残った数人の動きが一瞬止まる。
ここで反撃してしまえば軍に楯突いた不埒者とか何とかで幾らでも処理できる。
だが、問題なのは何もしなくても生かしておいてくれそうも無いことだ。
遠い記憶を辿る。
生まれるよりもなお昔、かつて生きていた世界で読み続けていた数多の物語。
時としてその結末に満足しない者達が新たな切り口で物語を紡ぐ事もあり、
様々なシチュエーションがそこにはあったはずだ。
その中で現状に当てはまる物は無いか?
……ああ、あった。
あり過ぎてどれが本当の理由か判らないくらいあるじゃないか。
1、最初に駆け寄ったアイツが無礼を働いた。
否。こちらに聞こえるくらいの大声だったが、殺されるような無礼とは思えない。
2、賊か何かと勘違いされた。
これも否。もし賊だと思われていたなら近寄らせて貰えなかった筈。
3、無駄足を踏まされた腹いせ。
否定できない。ただ、幾らなんでも複数国の連合軍でそこまで横暴出来るのか疑問だが。
4、女王の首狙い=賞金狙い。
有り得る。普通の国軍ならいざ知らず、最前列に居るのは傭兵だ。
そして、傭兵で思いついた事がある。
5、戦闘が起こらないと困る
傭兵と言うものは基本的に戦う事で金を得る。よってうやむやにして蟻の巣に突入。
中に何も居なくとも、戦った事にして金を得る。
答えは恐らく3~5のどれか、もしくはその複合条件だろう。
結局の所、食い扶持を奪われた傭兵達による物だという可能性が高い。
恐らく各国軍の斥候達に、傭兵どもがある事無い事吹き込んだのだろう。
何せ、斥候が寄って来るや否や切り殺しやがったからな。
……ただしこれは俺の推論でしか無い。
もしかしたら別な何かがあるのかもしれない。
けど、今はそうだと信じて行くしかないと思う。
何故って?
もし推論どおりなら、まだ望みがあるからだよ。
……。
ふと気が付くと、ホルスが俺を切り殺しに来た騎馬傭兵と切り結んでいるところだった。
ルンや他の皆は魂が抜けたように座り込んでしまっている。
「クソッたれ!」
馬の側面から傭兵の足を取り引き摺り下ろす。
切り殺してやりたいところだが、それでは向こうの思うままだ。
現状の打破の為、出来うる限り流血を避けつつ動かなければならない。
「皆!よく聞け。この状況をどうにかする方法を思いついた」
「本当ですか!?」
ちらりと横を見ると、既に傭兵達の一団がこちらに向かい列を成して向かって来ている。
連中に補足される前にこいつらを動けるようにしないと詰んでしまうな。
幸い歩兵なのが救いだが。
「いいか、俺らの敵は連合軍ではなくそれに雇われた傭兵どもだ」
「で、でも!傭兵だけでも1000人はいるぞ!?」
「それに、そんなことどうして判るんですか」
「いやだ、俺はここで死ぬのか!?しんじまうのか!?」
「絶対無理だ!どうしろっていうんだ!?」
一声ごとに周囲から様々な声が上がる。
判ってるさ。皆不安なんだ。
だけど悪いがその不安を取り除いている時間は無い。
一刻も早く動かないと皆殺しにされちまう、そしてそれは……!
「なあ、ここで皆殺されたら、俺達犯罪者にされちまうんだぞ?悔しくないか?」
「犯罪、者?」
「そうだルン。適当に証言偽造されて、手柄は奪われて……汚名しか残らない」
「嫌。それは駄目」
「そうだ。だから戦うんだ!連中の囲みを抜ければまだ望みはある!」
……必ずとは言えなかった。
どう考えても割に合わない危険な賭け。
それはすなわち傭兵の囲みを抜け、各国国軍の陣地に逃げ込む事。
そしてそこで傭兵どもの非道を告発する事だ。
それを信じさせる事が出来れば俺達の疑いは晴れ、傭兵どもは苦境に立たされるだろう。
だが基本的に味方の陣をすり抜けてきた正体不明の連中を、普通ならどう思う?
そう、基本的に疑いの目を向けられる。一言発する間も無く切り刻まれるやも知れない。
分の悪い賭け、なんてレベルじゃないがそれ以外の手が思いつかない。
……あ。
思いついた。この作戦にあるファクターを組み込む事で、
成功率を大幅に引き上げられる。
「ルン、この作戦の肝はお前だ」
「わたし?」
ルンは魔法国家マナリアの貴族だという。
そしてこの連合軍の右翼後方には、そう!マナリア軍が居る。
自国の貴族だというなら顔を覚えている人間が居る可能性は極めて高い。
信用してもらえる可能性も大幅に跳ね上がるというものだ。
「要するにルンをマナリアの陣に連れて行けば俺達の勝ちが見えてくる」
「何をすればいい」
「俺達の無実を勝ち取れれば一番いい。まあ、匿って貰えれば上出来だがな」
そして、最悪の場合俺達が皆殺しになってしまった時は。
……時間がかかっても構いやしないからせめて名誉の回復だけはして欲しいものだ。
その為にも、ルンをマナリア軍に届ける事だけは何としても成功させる必要がある。
まあ、こんな所で死ぬ気は毛頭無いがな。
……。
さっきの傭兵から奪った馬にホルスを乗せ、俺自身はルンを伴って移動開始。
そして、残りの11人を3つに分けそれぞれ別な方向に走らせた。
そのまま逃げ切ってくれと、それだけ言って。
……傭兵どもは上手く分散してくれたようだ。
後は皆が時間を稼いでいるうちに、一秒でも早くルンを送り届けるのみ。
「それで主殿、私はおとりと言う事で宜しいのですね?」
「そうだ。万一馬を狙い撃ちされないとも限らんしな……出来るだけ引っ掻き回してやれ」
「承知しました。それで何処に向かえば宜しいですか」
「無理はするなと念押しをしてから言わせて貰うが、敵陣中央だ。俺達も中央突破する」
ホルスが目を見開いたが別にそこまで理に適わない事を言った気は無い。
時間は無いし、迂回しても囲まれるだけ。
だったら最初から中央に突っ込んだほうが得と言うもの。
敵が包囲の袋を閉じる前に穴を開けてやるのさ!
まあ、最悪傭兵どもを無力化し得る切り札が無い訳でも無いしな。
気楽に行くさ。深刻ぶってもどうにもならん。
……。
「奴は馬鹿か?」
「いや、化け物……だ」
傭兵連中が呆然とする中、俺の剣が敵の射手の首を飛ばす。
他の連中には出来るだけ殺すなと言っておいたが、
俺に関してはどんだけ殺そうが、
マナリアの陣にルンを送り届けた後で助かる可能性に変化は無いと判断した。
何故かって?
貴族の娘を護衛して陣に入ってきた男を護る決断するような連中なら、
その為に出した犠牲ならば容認してくれるだろう。
そしてそれを認めないような連中なら、最初から俺を受け入れるとは思えないのだ。
要するに、マナリア兵の性格次第で俺が助かるかそうで無いかはもう既に決まってるって事。
だったら敵戦力は、恐れさせる意味も込めて出来るだけ潰しておいた方がいい。
「弓を弾きやがる!」
「き、来たアアアあっ!?」
敵の弓兵の一団を突っ切って俺とルンは進む。
その横ではホルスが見事な槍捌きで敵の数を削ってくれていた。
馬の機動力で見事なヒット&アウェイを繰り出すその姿に、
俺はその配置が間違いで無かった事を確信していた。
「私も」
「いや、ルンは身を守る事に専念してくれ」
ルンを戦わせる訳には行かない。
防壁で身を守らせた後は、ただ遅れずに付いて来てくれればそれで良い。
……何故ならルンの戦いは、陣地にたどり着いてから始まるのだから。
「敵が前に」
「……馬防柵か。野戦陣地とは厄介だな」
前進を続ける俺達の前に立ち塞がるは傭兵どもの野戦陣地。
ただし、仮想戦記系列に出て来るような本格的な物ではなく、
馬防柵の後ろに弓兵と槍兵が並んでいるだけの簡単なものだ。
だが非常に長く作ってあって、遠回りは困難。
……それじゃあ行くしかないな?
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
おらあっ!燃えろぉおおおおおおっ!
かつて、ギルド試験の際に使用した火球の連発攻撃だ!
脳内に戦闘音楽が鳴り響く程度にはノって来たぜこの野郎!
……気を失うほどには使えないので陣地のごく一部を焼いただけに終わったが、
それでもその区画を守備していた人間が消えた事は大きい。
この馬防柵は何本もの丸太を組み合わせ、縄で縛り上げて作ったものだ。
さっきの攻撃で横の面を支えていた縄が焼け落ち、耐久度は激減。
そしてそれを支え持たせるべき兵士は居ない。
……では行きますか。
本来なら対女王蟻戦の切り札だったんだが、ここで見せてやるよ!
俺の新技、アレンジ魔法を、な。
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
火球とは僅かに異なる詠唱、そして同じ印。
だが詠唱が終わると同時に組み上げられた両手の間に炎で出来た球体が生み出される。
俺はそれを手にし、振りかぶって馬防柵に投げつけた!
「ルン、ホルス……閃光防御を!」
伸びの有るストレートのように火球は馬防柵に突っ込んでいく。
そして、それが柵に触れた時、異変が起きた。
「うわっ!?」
「眩しいぞ!?」
眩しいだけならまだ良いんだけどな?
「うああああああっ!?」
「ぎゃっ!」
「足が、足がアアあっ!」
「目が、目がああああっ!?」
「何も聞こえない、何も、何も……」
閃光が走った次の瞬間、火球が大爆発を起こした。
馬防柵どころか、周辺の無傷だった兵士達さえ五体をバラバラにされ吹き飛んでいく。
手榴弾なんて生易しい物じゃない。危うく投げた俺の所まで来るかと言う大爆発だ。
最初に来る閃光自体が、爆発の際に起きる副産物でしかない。
その事実からも威力の凄まじさが伺えるだろう。
本来女王蟻と戦う為のものだったため、予め20人全員に
閃光防御=目を護れの意味を教えておいた。
知らない傭兵連中は目を眩まされて慌ててる内に爆発に巻き込まれるって寸法だ。
元は火球の威力を上げれないかって試してた時に偶然生まれたもんだ。
それを色々な組み合わせを試しながら、この威力と効果範囲を実現させた。
……僅かに目が回るし、ザンマの指輪の光もかなり弱くなっている。
暫く時間を空けないと次の魔法を使うのは危険だなこれは。
まあ、乱用は出来ないが、切り札としては上出来じゃないか?
「凄い、ですね主殿」
「知らない。こんな魔法マナリアに無い」
ほれ、呆然としてる暇があるのか?
さっさと行くぞ?
「待って。これ、なに?」
「生き延びたら教えてやるから今は走れ」
その言葉を聞いた途端にルンがダッシュし始めた。
流石は魔法王国の貴族ともなれば、魔法に関しては凄い執着だ。
俺とホルスはその後を追う。
……ひとまず敵の包囲網は抜けた。
だが、その奥にはまだ傭兵軍団の本陣が無傷で残っている。
「やっぱ、引いてはくれないか」
ここまで派手にやったら驚いて、
割に合わないと撤退してくれるかもと淡い期待をしていた。
だが、相手の本陣は戦闘体制を崩していない。
そして……俺達の後方に他の連中を追いかけていた奴らが戻り始めている。
皆、無事に逃げ切っていてくれれば良いが。
まあ自分達の事を考えるほうが先だな。
もう直ぐ敵から挟み撃ちを食らう。
……残念だが後ろから迫る連中に追いつかれる前にマナリアの陣に辿り付く方法は一つ。
そう、敵本陣を突っ切るしかない。
これは蟻の巣の前で連合軍の陣を見たときから判っていた事。
……そして、それを成す為の方策はあるかと言うと。
ある。
『……風精の舞踏(エアリアル・ロンド)!』
突風が傭兵達の陣内を荒らす。
俺達はその隙を付き、陣内に一丸となって突入している。
……ルンを戦わせてしまったが、まあ一撃ぐらいいいだろう。
いざとなったら俺がやった事にするさ。
なにせ、これからやることに比べりゃ大した問題ではないんでな。
そういう訳で、俺は一番大きな天幕に向かった。
ホルスとルンには先に行って貰う。……俺の仕事は時間稼ぎだ。
と、二人には言ってあるが、実は違うんだなこれが。
「よお、アンタが傭兵の大将かい?」
「俺様が傭兵国家が国王、ビリー・ヤードだと知ってて言っているのか?」
傭兵国家、ブラックウイング。
……傭兵の派遣で国全体を食わせてるって話だが。
何てこった、コイツ等ある意味国軍じゃないか!
だがまあいい。どうせやる事は変わらん。
「やかましい。こっちを勝手に悪人に仕立てやがって」
「悪人だろう?俺様たちの仕事を、稼ぎを奪ったんだからな?」
やっぱりそれが原因か。
まあ、焼きを入れた程度の気持ちなんだろうが。
……俺の報復は痛いぞ?黒髭危機一髪モドキさんよ!
「知るか。そんなに稼ぎが大事ならさっさとあんたらだけで突入すれば良かっただろ!」
「大口顧客を無碍に出来るかよ!気に入らないな。失せろ!」
その声と共に周囲に控えていた屈強連中が20名ほどが一斉に立ち上がる。
ほぉ?失せろとはこの世から失せろという意味かよ。
……その言葉、そのまま返してやるよ!
『我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!』
『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』
その一言により俺の皮膚は鉄の如く硬くなり、
更に自己再生能力が飛躍的に上昇した。
「おらあっ!……ぬ!?」
「利かないな!」
「じゃあこれでどうよ!」
「……痛っ!だがまだまだだっ!」
「ば、化け物だあああああーーーッ!」
「逃げたきゃ逃げな!」
並みの攻撃は通しもせず、重い一撃も食らった傍から回復していく。
それに恐れをなした傭兵どもが隊列を乱して逃げ出すのに、大した時間はかからなかった。
そして遂に、傭兵の親玉。いや傭兵国家の王がその椅子からゆっくりと立ち上がる!
既に奴の側近は存在しないし、
この天幕を囲んでる他の傭兵どもは中にまで入ってこようとはしない。
……よぉし、数の差はこれで無いのも同じだ!
「まさか俺様の親衛隊が僅か数分で壊滅とはな」
「まあ、俺もこれで中々チートなんでね」
「ちーととやらが何かは知らんが、まあ珍しい戦闘スタイルではあるな」
ん?戦闘スタイル?
俺は別に特別な事してるわけじゃないが。
「身体強化魔法の重ねがけとはな。まあ贅沢な戦い方してやがる」
ああ、その事か。確かにそうだな。
俺は敵陣に突っ込む時に硬化をかける事が多い。
だが、この間倒れた後に不安になって調べたところ、
硬化や再生のような長く効果が続くタイプの魔法は、
効果が続いている限り魔力……MPを使い続けるようなのだ。
当然といえば当然ではあるが、その間魔力の回復は相当に遅くなると言う訳。
贅沢かと問われれば、確かにそうかもしれない。
まあ、俺がどう戦おうがあんたには関係ないだろ?
「俺はお前の闘い方に心当たりがある=倒し方もある。判るな?」
「脅そうとしても無駄だぞ」
……姿がぶれた!?
「ククククククク!俺様の素早さを甘く見たな!」
「嘘、だろ?」
気が付いた時にはもう既に、俺の腹の中ほどに一本のスティックが突き刺さっていた。
……ただの木製の棒が硬化を抜けた!と言うことはこのスティックも相当の業物か!?
「ククク!驚いたか!?これが俺様、ビリーの魔槍。キューだ」
ビリー・ヤードの魔槍キュー?
あー、ビリヤードキューね。あの玉コロ突く奴。
そんな物に俺は突き刺されたわけか。
……なめんな。
「痛いか?恐ろしいか?だがまだ許してなんかやらないぞ!?」
「要らねぇよ。馬鹿野郎」
突き刺された自称槍をそのままに、俺は一歩踏み出した。
そして、相手の眼前で両手を組む。
……相手の右足を自分の左足で踏んで押さえながら、な。
「な、なにをする!?」
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
そして、俺は閃光に飲み込まれ……そのまま意識を失った。
魔力枯渇か爆風に吹っ飛ばされたかそれは判らない。
取りあえず言えるのは一つだ。
「ざまあ、みろ」
……。
ゆらり、ゆらり。
俺が揺れている。
「……ここは?」
「主殿!目を覚まされましたか!?」
俺はホルスに背負われていた。
「一体どうなった。状況を説明してくれ」
「そんな事より今は怪我の手当てを」
「気持ちだけ受け取っとく。今はまず情報が欲しい。……安心して眠る為にな」
「は、はい!」
それで、ホルスから語られた所によると……どうやら俺達の嫌疑は晴れたらしい。
よく二人だけでたどり着けたもんだと思ったが、
俺の自爆攻撃で傭兵国家の本陣は結局全焼。
傭兵達は驚いて逃げ出し始め散り散りとなってしまい、
その為実にあっけなくたどり着けたらしい。
んで、俺が何時までたってもやって来ないから探し回っていたら、
傭兵国家の本陣跡にボロボロで倒れていたと。
……え?傭兵達との戦いも罪に問われないって?
それは有り難いな、正直に言って。
「報告は以上になります」
「有難うよ、ホルス」
「いいえ。貴方のお役に立つのは非常に嬉しい事ですので」
「うん、有難う。……つまり、他の連中は全滅なんだな?」
ホルスが俯く。
まったく、コイツは本当に善人だ。
既に太陽が落ちかけている。
俺が本陣に突入したのは太陽の位置からして丁度正午ごろ。
こんな時間になっているなら当然皆の安否くらい入っている筈だ。
……それなのに報告が無いという事は、余り芳しくない結果だったのだろう。
そう思ってカマをかけて見たら案の定だ。
「は。はい……全員の戦死が、確認されて……います」
そうか。
……助かったのは、
俺達、だけか。
それはちょっと
……予想外だなぁ。
「なんでこんな事になっちまったんだろうな」
「少なくとも主殿のせいではありません!」
だと、いいんだけどな。
ただどうしても思っちまうんだよ。
……俺が下手に動かなけりゃ、もしかしたら地下広間の連中含め、
全員助かってたのかも知れないって。
可能性だけで動いて、全てを台無しにしちまったんじゃないかなって、さ。
「そんなことは無い」
「ルン殿。どうされましたか?」
いつの間にか横を並んで歩いていたルンが、俺の方をじっと見ていた。
「連合司令が呼んでる」
「そうですか、詳しい説明をせねばなりませんね」
そうか、嫌疑は晴れてもやった事はでかいからな。
まあ、説明責任の一つもあるか。
どちらにせよ、あんな連中を雇っていた責任者だ。
顔に茶の一杯もぶつけてやりたいと思っていたところだ。
いいだろう、顔を見に行ってやろうじゃないか。
「けど、その前に治癒を使わせてくれ……全身火傷で洒落にならん」
「伝えておく。明日にしてもらう」
ああ、頼むわ。
今日はもう。寝たい。
……。
翌朝、既に傷は八割方回復していた。
再生と治癒の同時使用による高速回復は、
殆どゲームの回復魔法に近いノリがある。
実に便利だ。
魔力も完全回復して精神疲労も無い。
まあほぼ全快したと言っても良いだろう。
「それじゃあ行くか、針の筵に座りにさ」
「は、針の筵!?拷問でもされるのですか!?」
あー。奴隷育ちで冗談が判らないのか?
取りあえず、歓迎されないだろうから心構えだけはしておけとだけ言っておくか。
……何せ、ルンは呼ばれず俺達だけ呼ばれたらしいからな。
あらゆる事態を想定しておくべきだろう。
……。
「と言うわけで、俺達は女王蟻を打倒して出て来ただけなのに無碍にされたのです」
「なるほど。あなた方の言い分はもっとも。わたくしの名においてその件を無罪とします」
さっそく予想外の事態。
針の筵ではなかった。
連合軍の司令官だというこの人はクロスと言うらしい。妙に優しげな風貌だが、
連合軍を率いる以上強かな人物であろう事は想像に難くない。
説明次第では即座に首を切られかねない。と思っていたが、
意外や意外、俺達の話を真摯に聞いてくれ、傭兵軍襲撃の件を無実と断じてくれたのだ。
これはありがたい。
こう言う良い意味で予想外な事態がこれからも続いてくれればいいのだが。
「おいクロス。殺された俺様の立場はどうなるんだ?」
続きませんでした。
……傭兵王ビリー、生きてやがったか。
「ビリー。今回の事はやりすぎです。公平に見て貴方が一方的に悪い」
「ククククク!よく言うぜ。教会の威光とやらの為に周辺国動かして討伐軍を出させた癖に」
「ビリー、人聞きの悪い事を言わないで下さい。世界の為、理想の為の第一歩なのですから」
「はいはい、教会の威光による緩やかな秩序の構築だったか?俺様耳にタコだぜ」
「とにかく!神の名の下にビリー王に命じます。彼等への謝罪をして下さい」
「嫌だねクロス。それにお前の神聖教団の神って何だ?」
「神は全能の存在です。地上の全ての民はその視界から逃れる事など出来ません」
「はっ!つまり神=教会の監視網=お前って訳だ。大したもんだなクロス大司教?」
……聞きたくないような話を目の前でされている気が。
横のホルスに至っては緊張の為か臨戦態勢で何時槍に手が伸びるか判らない状態だし。
あー、この場に俺達4人だけで本当に良かったと思うぞ?
「そもそもだ、旧幹部を残らず粛清したお前が理想を語るな」
「いい加減にしてください。カルマさん達が困っているでしょう」
「あ”?それこそよく言うぜ。コイツを生かして出す気なんか無いくせによ」
「それは仕方ない事です。ですがそれとこれとは別の問題ではないですか」
……え?
「とにかく彼に詫びて下さい。そうでないと次の裁きに入れません」
「あーあー判ったよ。すまねぇなカルマ……だったか。まあすぐ死ぬ奴だし良いけどよ」
「ふう、仕方ない人ですね。では次の裁きに参りましょう」
「いや、ちょっと待ってくれ。何で俺が殺されなきゃならない!?」
訳が判らないぞ?
なんでそんな事になってるんだ。
そもそもさっき、俺って無罪にならなかったか?
「わたくしは神聖教会大司教クロス。その裁きは公正でなければなりません」
「だったら無罪の人間を殺そうとかするな」
その時、第一印象で妙に優しげな風貌の男だと思った事が、読み違えであった事に気付いた。
この男……目が全く笑ってない。
「別件です。彼等をここに」
「俺様が連れてくるのか?まあいいけどよ」
そして、連れてこられたのは!
「お前等!無事だったのか!?」
「そんな馬鹿な。死亡が確認されたと聞いていたのですが?」
共に蟻や傭兵どもと戦った仲間達。
「彼等の証言に興味深い事がありましたので拘束させていただきました」
底冷えするような寒気がする。
大司教クロスの言葉は正にそうとしか言いようの無いものだった。
「冒険者カルマ」
「なんだ」
「貴方は神官の特権である治癒魔法を無断習得したのみに留まらず、私的使用を続けていますね」
「おい!それは元々あのシスターが」
「口を開く許可は出して居ません」
「……いいだろう。一応聞いてやるさ」
「経緯はともかく貴方は習得した神聖魔法を私利私欲の為に使い続けている」
「怪我を治すのがいけないことなのか」
「その通り。治癒の魔法は教会の象徴!軽々しく使用されては困ります。更に」
「更に何だ」
「あろう事か地下世界の派閥争いの材料に治癒の魔法を利用したそうじゃないですか!」
「怪我人治してやるのが神の意思に反するとでも言いたいのか!?」
「いいえ!ですが私の許可を取ってからにして欲しかった!」
「無茶言うな!」
凄まじい勢いでヒートアップしてやがる!
しかし、まさかあの一言がこんな事になるとは。
……しかし、皆もついてないな。目に浮かぶよ。
嬉々として語った武勇伝と、その結果の幽閉の一部始終がな。
あー駄目だ駄目だ!現実逃避してる場合じゃないだろ?
「そして何より問題なのは!」
「まだあるのかよ!」
「……ルーンハイムさんに、魔法の伝授の約束をしたそうですね?」
「治癒じゃねぇよ。勘違いするな」
「何を教えるかは問題ではないのです」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「わたくしは貴方が何時か治癒魔法を教えてしまうのではないかと危惧しているのです」
「ここまで脅されて教えるわけ無いだろう?」
「いいえ!確率があるのが問題なのです。つまり、貴方が生きている事が害悪!」
「そんな論理があるか!」
「ならば今すぐ我が神聖教会の神官団に入りますか?」
「ここまでやられて首を縦に振る奴がいるかよ!?信じられねぇよ普通」
大司教が片手を突然振り上げてまた下ろす。
何をしている?
背後から……ざくりという嫌な音。
見ると、いつの間にか俺達の周りを僧服姿の目の死んだ連中が取り囲んでいやがる。
そして音の出所は……、
ああ!畜生!
「お前等……皆を殺りやがったな!?」
「縛られ抵抗できない人間を一突きにするのが神の所業なのですか!?」
「……黙りなさい。栄誉有る神官団への入団拒否は死を持ってしても償えません」
「それで仲間を殺したと?」
「心配は無用です。彼等は書類上既に死んでいますから」
「そういう問題じゃないだろう?アンタ本当に人間か?」
「やめとけよ?俺様からアドバイスだ。そいつに何を言っても無駄だぜ?」
ニヤついた顔の黒髭が、自慢の自称槍を構えている。
周囲の目の死んだ僧侶どもも血塗れの杖を構えこちらを見ていた。
「クロスはなぁ。教会と手前ぇの描く理想の為だけに生きてるのさ」
「だからってこんな事!」
「不正をした旧神官団の粛清に始まって、コイツのやってきた事は俺でも反吐が出る」
けどな、と傭兵王ビリーは続けた。
「敵に対して容赦はしないって当たり前だろうが。お前もそうじゃないのか?」
……畜生。返す言葉も無ぇよ。
ああ、そうだ。俺も敵に対して容赦しようとか思っていない。
そしてそれを実行もしてきたと思う。
「それは俺もだ。そして俺の仲間は金で動く傭兵どもさ」
OK、判った。
ビリーさんよ、アンタの言いたい事はよく判った。
「部下どもの仇討ちだ。……楽に死ねると思うなよククククク!」
「判決を申し渡す!教会の特権である治癒魔法の不正な拡散を目論んだ罪で、死刑!」
もう、どうしようもないな。
策も無い。敵に囲まれても居る。
覚悟を決めて戦う意外にこの現状を乗り切る方法が無いじゃないか。
あ、そうだ。死ぬとしたら一言、言っておかないとな。
「地獄に落ちろ、エセ坊主」
「何と言う言い草を。私は……勇者なのですよ!」
あーはいはい、勇者勇者。
そりゃーおめでてー事ですな。
「おい。言っておくが本当だぜ?俺様とクロスは」
「わたくしたちは」
「27年前に魔王をぶっ倒した」
「五大勇者の一人なのですから!」
……は?
「信じてないな?と言うか知らなかったのかよ!?信じられねぇ!」
「道理で。道理でわたくしの裁定に文句など付けられたのですね!」
まあ、何と言うか。
マジ話らしい。
そんでもって何だか知らないが熱く語り始めましたよこの人達。
「……そして俺様の槍が!」
「……厚き信仰は光となりて!」
取りあえず刺しておくか。
ぐさっとな。
「ぐぶぉぁあああああっ!?」
「び、ビリー!?」
流石の勇者も顔面に剣が突き刺さったら生きてられないよな?
ついでに首も飛ばしておくか。
「な、な、な、な、な、な……んて、事を」
……さて、友人のスプラッタに大司教様が固まってる内に逃げ出しますか。
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
取りあえず消毒した後でな?
……。
走る、走る、走る。
蟻と人との戦いのせいで荒れ果てた大地を、俺とホルスは走り続ける。
「待てぇ!」
「王殺しよ、止まるのだ!」
「殺せ!」
「大司教様に手を上げて、無事で済むと思うな!」
背後には3000人もの追撃者。
あー、糞!
結局お尋ね者かよ俺は。
追跡してきた騎士を蹴り落とし馬を奪う。
ホルスも同様にして馬を手に入れたようだ。
とにかく先を急がないとならない。
しかし最悪だな。
教会への対応を後回しにしたのがこんな事になっちまうとは。
見つけた魔道書に喜んでる暇があったら、
降りかかる火の粉をはらう方が先だったか。
また一人、追いついて来た奴を切り倒す。
だが、背後の追っ手は減る様子も無い。
……正直、今の俺は冒険者としてはかなり上位の戦闘能力を持っていると思う。
ギルドからもそう言われている。
けれど、自分ひとり強くてもどうしようもない、
と言う事実を突きつけられつつある現状。
もし、横のホルスが居なかったら……女王にやられるかここまでたどり着けないか。
どちらにせよ今日が俺の命日だったはずだ。
まったく。無いよりはあった方が良いものの、個人の力の何と無力な事か。
……ああ、忘れないさ。今日のこの怒りを。
折角勝ち取ったものをあっさり奪われた今日の屈辱をな。
「ホルス。生き延びるぞ」
「主殿の御意のままに」
両翼から突っ込んできた伏兵を左右に分かれて殲滅、
そのままの勢いで更に先へ。
……眼前には深い谷。その奥は深い森になっている。
この谷さえ越えられれば……!
「主殿、待ち伏せです!」
「前方か!蹴散らす……マジかよ!?」
馬鹿な!奴は死んだはず!
「よお。カルマって言ったな。俺様を二度も殺すとは中々やるな」
「傭兵王ビリー!お前の首は飛んでった筈。おとなしく死んでろ!」
口では剛毅な事を言ってはいるが、正直恐ろしい。
冷や汗が止まらないじゃないか……。
一体どうやったら死んだ人間が生き返るんだよ?
と言うか、首まで飛んで生き返ったと言うか?有り得ん。
「俺様は五大勇者、不死身のビリー!不死身は勇者の中でも俺様だけの特権よ!」
「十数回殺さないと死なないってか!?」
「あ”?……100回殺しても俺は死なねぇよ!」
「く、畜生!あり得ないだろそれは?」
しかも数百の部下を引き連れて、谷にかかる橋の両端を完全に確保してやがる。
……参ったなこれは。
炎は橋まで落としてしまうから使えない。
そして少しづつならともかく全軍5000なんて倒せやしないだろ常識的に。
あの大司教も絶対この傭兵王みたいなえげつない能力を持ってるに違いないし。
これは、積んだか。
「済まんホルス。お前の寿命を縮めただけだったようだな」
「いいえ主殿。私は生まれて初めて仕えるに値する主を得ました。悪く無い最期です」
背後から騎馬の一団が文字通り一丸となって突っ込んでくる。
数は1000名。数も多いが見た感じからしてかなりの錬度。
つまりアレに追いつかれる時が俺の最後って訳だ。
「詠唱が聞こえます。相手は多分魔法使い!」
「しかもほぼ詠唱が完了してるか。……終わったな」
眼前に迫る騎馬の群れから無数の魔法が、俺の
……頭上を跳び越し橋を確保していた傭兵達を吹き飛ばした。
橋も吹き飛んだので封鎖目的かと思ったが、
俺の横を騎馬たちが通り抜け、巨大な氷を橋代わりに渡してくれた。
地獄に仏とはこの事だが……何でだ?
「大丈夫」
「ルン!?」
「ルーンハイム12世直属魔道騎兵!反転せよ!お嬢様の友人達をお守りせよ!」
「じい、頼む」
え?じい?お嬢様?ルーンハイム直属?
それってつまり。
……今回ここに来てたのは知り合いどころかルンの家の家来?
「私めどもは代々ルーンハイム公爵家に仕える者。13世様……お嬢様の為ならば例え火の中水の中!」
「ルーンハイムって、代々名なのか!?」
いや、驚くのはそこじゃないだろう俺?
かなり動揺してるな、自分でも判る。
「左様!その名は代々男女問わず嫡子が誕生した際に与えられるのです」
「しかも跡継ぎなのか、そうなのか」
しかし、よく助けてくれる気になったな。
リスクが高すぎるような気がするが?
「魔法、教えてくれると言った」
「ルーンハイムは魔法王国の魔道その物を司る家。新たなる魔法を収集するのは義務なのです」
そりゃまたえらく大きな話で。
でもなぁ。助けてくれて本当にありがたいが、
相手は宗教だろ?大丈夫なのか?
……しかも話からしてカルトっぽいんだけど?
あ、大司教が来た。
「な、何故こんな事をするのですか!?マナリアは我が教団を敵に回す気ですか?」
「嘘つきが来た」
ぴきしっ……って音が聞こえたような気が。
おーおー、大司教固まってる固まってる。
「な、何を仰るのです。マナさんの娘さん?」
「治癒魔法は神官しか使えないって言ってた」
「え?勿論です。何故なら我が教団の神官たちは選ばれし者達ですから」
「それ嘘」
「さもなくばカルマ殿も選ばれし者と言う事になりますなぁ?」
「そ、そんな事がある訳が無い!あなた方はわたくしを、大司教を何だと」
「しかしですな、あの天幕でのやり取り……陣地全体に響いてましたぞ?」
「……どの辺から、ですか?」
「"あなた方の言い分はもっとも。わたくしの名においてその件を無罪とします"からですな」
非常におどけた物言いに、周囲から失笑が漏れる。
ついでに大司教の額から青筋が。
「くっ!騎士団長殿?余り無礼な事をなさるとマナリアを異端認定しますよ」
「はぁ。では奥様も異端になされるので?」
「え。いえ……マナさんは別に」
「奥様からは治癒の魔法は神官にしか使えないと、貴方様から聞いたと仰せでしたが」
「仲間にも嘘つき」
あれ?何と言うか、さっきまであんだけ調子こいていた大司教が形無しなんだけど?
と言うか何者なの?そのマナさんって。
「クククク、こりゃ駄目だなクロス。下手したら五大勇者同士の戦いになるぜ?」
「……何が言いたいのですかビリー?」
うおっ!?
さっきの魔法の雨あられで谷底に吹っ飛ばされたはずの傭兵王が普通に居る!?
どうやって、あの僅かな時間で谷底から這い上がったんだ?
「つまり俺様はもう付き合えん!今日だけで三回も死んだんだぜ?」
さっきのでも死んでたのかよ!
訳わかんねぇよな勇者の生態って奴は……。
勇者なら勇者らしく民家のタンスから薬草でも見つけとけってんだ。
「その上あの暴走天然チビ助のガキを殺してみろ!俺はアイツに付け狙われる位なら死を選ぶぞ?」
「仲間にまで怨まれる訳にもいきませんか……仕方ありません」
あー。つまりルンは勇者の娘?
うわー、王道だー。ありえないくらい普通なんだけど?
……つまり、何が言いたいかと言うとだな。
あんた等は本当に勇者なのかと小一時間問い詰めたい。
こりゃ、お約束的には魔王がかなりの善人だったんじゃ無いのか?
まあ、倒されたの自体かなり昔の話だがね。確かめる術が無いのが惜しい所だ。
「判りました。カルマさんの罪状は赦免します……ただし」
「ただし?」
「教会の特権を侵すような行為は今後慎む事です。さもなくば!」
「なあルン。怪我した時に治癒を使うのって正しいよな?」
「正しい。あと治癒も教えて」
いいよいいよ?別に俺が考えたもんでも無し。
治癒どころか硬化や他の部分の文章まで一緒くたにして詠唱してる
教会の正当な治癒魔法よりずっと実用的だし役に立つぞ?
大司教は……大口開けて固まってる。
おーいイケメンさーん。その表情全然似合って無いぞー?
「……個人使用を特例で認めます。ですがせめて!」
「せめて?」
「伝授するのはルーンハイムさんだけにして頂きたい……せめて、せめてそれ位は」
「善処する」
誰がお前の言う事など聞くかい!
……と言いたい所だが、これ以上怒らせるのもまずいな。
現在の俺の状況はルンと言う蜘蛛の糸で救われたカンダタみたいなもんだ。
余り多くを求める訳にもいくまい。
……奴等と戦うには力が要るな。
一冒険者としてではない、強力な力が。
大司教率いる軍隊が帰還していく。
背中が煤けていた気がするが、
それを見て大いに溜飲を下げた俺が居るのは仕方ない事だろう。
ん?袖を誰かが引っ張ってる。
ルンが目をキラキラさせて、さあ褒めろと言わんばかりに見上げてるな。
「助かった?」
「あー、ルン。マジで助かった。有難うな」
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、
ふにゃーっと蕩けてしまったよこの娘。
いや、本当に感情豊かな顔だ。
しかも時間と共に感情豊かになってるような気がする。
既に何が言いたいか顔色だけで判るんだけど。
最初の鉄面皮は何処に行ったのやら?
「おやおや、お嬢様が他人に懐くとは珍しい」
「自分の主人を珍獣扱いかよ?しかも年頃の娘を」
「いいえ。ただあんなに楽しそうなお嬢様は久しぶりに見ましたので」
「まー、長い事蟻の巣に閉じ込められてたからなぁ」
がばっ!と上げられるルンの頭。
な、何事だ!?
「じい」
「はっ!」
「……沐浴の準備」
「了解いたしました。ところで魔法の伝授の話は?」
「……後で、いい」
……ルン、マジで涙目。
どよーんと暗雲まで背負い始めてるんだけど?
やっぱり綺麗好きなんだよな。それに女の子だしなぁ。
一体どれだけの間我慢してきたんだろう。考えるのも嫌な感じだ。
「仕方ありませんな、それではまた後日に」
「その時はお願い」
そういう訳で結局、後日トレイディアで魔法の伝授を行う事となったのである。
……。
翌日無事に帰還した俺達は、女王の頭部を証拠に金貨1000枚を手に入れた。
後でルンが来た時三等分して分ける予定だ。
だが、分け前が増えたのがこんなに悲しかった事は無い。
……連中、今に見ていろ勇者が何ぼのもんだ!と言うのが本音である。
ただ、今回の事件では考えさせられた事も多く、
しかも後日談もまた考えさせられる物ばかりだった。
この日を境にマナリアと神聖教団の関係がギクシャクし始めたり。
トレイディアの軍部から俺にお声がかかったり。
教会の権威がかなり地に落ちてしまったり。
要するに……周囲の国々に何と言うか、かなり不穏な空気が生まれつつある。
そうだ。俺にとってひとつ大きな収穫があったな。
今までは"教会"と言う大きくてあいまいな敵が相手だった。
だが倒すべき目標がはっきりとしたのだ。
かつて勇者と呼ばれた男。神聖教団大司教クロス。
奴を倒さない限り俺の平穏は無いって事なんだろう。
それを打ち倒す術を考え出さねばならない。
ただ、今は……今はただ休みたい。
そう思った。
***冒険者シナリオ5 完***
続く