自分のやりたいことと、できることは違う。それは意外と重要で、意外と気づかなくて、意外と受け入れるのが難しいことでもある。
中学生のころ、同級生にディアスという友だちがいた。本名じゃない、あだ名だ。なんでそんなあだ名がついたのか、ほとんどの人は知らないまま、彼のことをディアスと呼んでいた。ちなみに本名は田中くんだ。
ディアスは野球部に所属していて、甲子園に行きたいと公言していた。毎日、部活に励んでいたけれど、スタメンにはなれないでいた。
ある日、体育の授業でサッカーをやった。ディアスは巧みな足技でハットトリックを決めた。ディアスはサッカーがめちゃめちゃ上手かった。
サッカー部の顧問から熱心に勧誘をされても、ディアスはずっと野球部にいた。彼はサッカーが上手い。きっと才能があった。けれど、彼が好きなのは野球だった。
本人の好きなことと、その向き不向きが合致することは、けっこう、難しいのかもしれない。
自分が好きなことのために、人は努力をする。成長して、実力が身に付く。
けれどその実力を、簡単に抜き去ってしまうような人が、たまにいる。そういう人に限って、別に興味はないけれどなんて冷めた顔でいる。
好きだけれど、努力をしても実らないことと。
すでに実ってはいるけれど、好きではないことと。
どちらの立場でも、きっと複雑な心境になるだろうなと思う。
お互いの素質や熱意を交換できれば、誰もが心も穏やかに笑顔でいられるだろうけれど、そうともいかないのが人生の難しいところで。
「マスター、あれ作ってよ、あれ、はんぎゃーご?」
「ハンバーグのことですか? すみません、下準備が必要なので、すぐにはできないんですよ」
「ねえねえ、マスター。あたしまたあれが食べたい、はんもかんつぁ」
「ハムカツのことですか? すみません、綺麗な油をたくさん用意しないといけないので、すぐにはできないんですよ」
「マスター、今日はあれあるかな? おんからっす」
「オムライスのことですか? すみません、もうご飯が完売で、今日は終わっちゃったんです」
やってきた三人組のお客さんが、声を揃えて「ええー」と残念そうに言った。
彼らは冒険者のパーティーである。
我が喫茶店は、迷宮につながる通りの、さらにまた目立たない場所にある。迷宮に用があるのはやっぱり冒険者がほとんどだ。けれど、うちには冒険者の常連さんというのは、意外と少ない。
冒険者というのは肉体労働だ。命を懸けて凶悪な魔物と戦う仕事だ。
となれば、行く前にも帰ってきた後にも、美味くて味の濃い食事や酒を豪快に食らうというのが当然だった。
いまだによく分からない黒い液体程度の認知しかないコーヒーや、うちで出すような軽食では、物足りないのだ。
この世界でまったく普及していないコーヒー文化を広める役目を担っていると自負する僕としては、是非とも冒険者の方々にこそコーヒーを知ってほしかった。
コーヒーには山ほどの効能がある。カフェインがあれば眠気もさっぱりするし、ずっと緊張を強いられる状況で、ほっとひと息をいれるのにも最適だ。コーヒーの香りでリラックスすれば、迷宮から帰ってきたその日も安眠できること間違いなし。
それになにより、冒険者というのは怖いもの知らずな人が多い。
一般の方に忌避されがちなコーヒーも、冒険者の皆さんなら意外と抵抗感なくグイッといってもらえるのではないか?
そう考えた僕は「冒険者の方々いらっしゃい月間」をこっそりと開催したのである。
といっても、大々的に告知をする方法もないし、そんな権力や資金もない。
そこで考えたのが、僕の世界の美味しいご飯で引き寄せよう、という考えだった。
冒険者は美味しいご飯が大好きだ。それは間違いがない。うちの店に来る冒険者さんたちは、みんな食事に目がなかった。
そこで、そんな彼らが気に入るであろうメニューを用意して、こっそりと知り合いに宣伝してもらえるようにお願いしたのである。
普段は用意しないようながっつりとしたメニューを、ランチ営業限定で用意した。それがハンバーグであり、ハムカツであり、オムライスだった。
僕の調理技術と、あくまでもうちは喫茶店だぞというプライドと。そのすり合わせを行った結果のラインナップだが、これは僕の想像を越えて人気になってしまった。
「マスター、おれたち腹ペコなんだ。なにか作ってくれよう」
筋骨隆々の体躯に、顔を覆う無精髭、つるりと剃られたスキンヘッドの男性が、背中を丸めてしょんぼりと言う。
「そうだそうだー! あたしも腹ペコだぞー!」
ワニ革のような質感のジャケットを羽織った獣人の女性が合いの手を入れながら拳を振る。
「こいつらもこう言ってるしさ、なんとか頼むよマスター」
と苦笑しながら、片眼鏡の青年が両手を合わせる。
彼らを相手に、さすがに「うちは喫茶店なので、軽食しかないんですよ」とは言えない。そもそも冒険者の皆さんを呼ぼうと、がっつりと食べられるメニューを用意したのは僕なのだ。
うちは食事メニューはありませんよ、なんて言えるほどの硬派な喫茶店にも憧れるけれど、今は求めてくれるお客さんがいることに感謝するべきだろう。
「わかりました、あり合わせの物になりますけど、それでもよければ」
「やりぃ!」
と、獣人の女性が指を鳴らしてテーブル席に駆けていく。
僕は冷房庫を開け、さてどうしようかと頭を悩ませる。
僕の実家は喫茶店をやっていた。だからこうして、異世界に来た今でも喫茶店をやっているわけだけれど。料理屋ではなくて、喫茶店にしたのにはもうひとつ、料理の腕前に誇れるものがない、という理由もあった。
僕の腕前というのは一般的なものだと思う。ちゃんとした料理屋で学んだわけでもないし、味付けも技術も家庭の範疇を超えない。
それでもこの世界で僕の料理を美味しいと食べてくれる人がいるのは、やはり物珍しいからでもあるし、料理に手間をかけるという意識がまだまだ低いからだ。
つまり、僕の料理が飛び抜けて素晴らしいから、ではない。正しい技術も、積み重ねた経験もない。そんな料理を提供することに、だんだんと罪悪感のようなものを感じてきてしまった。
ううむ、と悩む。
美味しい料理で冒険者の皆さんを呼び寄せ、コーヒーを広める。
その戦略は間違っていなかった。常連さんの口コミのおかげで客足は増えている。コーヒーの普及はまだまだだが、楽しんでくれる人もいる。
想定を超えていたのは、料理を頼んでくれる人が多いことで。
コーヒーなら、僕は多少なりとも自信を持っている。
実家では祖父にも父にも、コーヒーについての知識や、淹れ方の技術を教わっていた。毎日、自分なりに研究や工夫もしている。だから美味しいと言ってもらえると素直に嬉しいし、心地よくお金をもらえる。
しかし、料理となると、どうも落ち着かない。
僕は冷蔵庫の中にあった食材で、山のような鳥の照り焼きを作ってみた。今朝、お届け屋さんであるシルルが持ってきてくれた、巨大な脚の塊肉を豪快に切り分けたので、量も迫力もたっぷりである。
それをテーブルに運べば、三人は歓声をあげてフォークを刺した。冒険者である彼らの食べっぷりも豪快である。
僕はカウンターに戻り、彼らが食べている姿を遠目に見ながら、さっきまで考えていた悩みを、目の前の人に話してみた。
椅子の上にさらに専用の小型椅子を置いて、コーヒーを啜りながら新聞を読んでいるのはコルレオーネさんである。見た目は小さくてもふもふで愛らしいウサギなのだが、裏社会の取り仕切り役を担うマフィアのボスである。僕はいまだにその現実をちゃんと把握できていないけれど。
コルレオーネさんは人間用の大きな新聞を隅々まで眺めている。
ふむ、と頷くと、とても目の前のウサギさんから聞こえるとは思えない重低音の声が響いた。
「君がどう思うかは、客にとっては関係がない」
「……おっしゃる通りで」
「客はきみに求めるものがあるから、この店に来ている。そして、きみはそれに応えられる力を持っている。そうではないかね?」
「そう、でしょうか」
自信を持って頷くことはできない。
「……私が見るに」
と、コルレオーネさんはテーブル席に視線を向けた。
「みな、笑顔でいるようだが?」
僕もつられるように目を向ける。
テーブル席では、三人がわいわいと騒ぎながら、僕の作った料理を奪い合うように食べてくれている。
ふと目が合うと、彼らは僕に手をあげた。
「マスター! これうめえよ! テキィヤィだっけ? また作ってくれよ!」
「違うって、キーヤィキだってば」
「まあ名前はなんでもいいだろ、美味いんだから」
料理名はまったく当たっていなかったけれど、たしかに三人は笑顔だった。
「……そう、ですね。喜んでくれているなら、それでいいのかもしれないですね」
僕はコルレオーネさんに言った。肩の荷が、なんだか少し軽くなったような気がした。
「それが仕事というものだよ」
コルレオーネさんは何でもないことのように言って、上半身を伸ばして新聞を綺麗に折り畳んだ。
了
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ラノベ作家になるって行って旅立っていったあいつ、
さいきんどうしてんのかな。え?ニートになってる?世間は辛いねえ!ハハハ!
なんてことになりそうで怖い世の中、まだ生きています。でもぜんぜん本出せてねえなあ!
もっと頑張れよ風見鶏さん!!!
ということで思い出したように短い話を投げておきます。
みんなも元気でやってくれよな…さあがんばろうぜ…
お前の輝きはいつだっておれの宝物…