「もうやだああー!」
平穏違いない店内のカウンター席で、悲鳴にも似た叫びが上がった。
喫茶店のマスターとしては、どうしたんですか? と声でもかけるべきだろう。しかしそれは相手がまともなお客さんだった時の話である。
「もうやだやだやだあああー!」
「……」
「もう、もう、やだっ!」
彼女はじたばたと両手を振り回したかと思うと、急にパタンと力尽きて顔を伏してしまう。そして。
ちらっ。
と目だけで僕に何かを訴えてくるのだ。
まるで捨てられた子犬のような、という表現がしっくりくるほどに哀れな目線だ。だが僕は取り合わず、洗ったばかりの皿の水滴を拭っている。
「ねえ、ユウちゃん」
「……」
「ねえねえ。ユウちゃんってば」
「……」
「どうしたのって聞いてよおおおおお!」
じたばたじたばたじたばた。
髪を振り乱して駄々をこねるその姿は、あまりに見てられなかった。
「……どうしたんですか、リアさん」
「そう、私はリアちゃんだよ!」
「知ってますけど」
「私ね、ユウちゃんに言いたいことがあるの」
「はあ、なんですか」
リアさんは金色の髪をかき上げ、じとっと僕をにらんだ。
こうして見つめ合うと、リアさんがちゃんと大人の女性で、しかも街ですれ違えば目で追ってしまうような美人であることがわかる。
だが、明らかに「私、拗ねてます!」という顔は、子どもっぽい幼さを感じさせる。
「ユウちゃん、あのね」
「はい」
「なんで私、出てないの?」
「何にですか?」
「決まってるでしょ! 一巻と二巻に!」
「話がややこしくなるんでその話題やめません?」
「おかしいでしょ!? 私、初めてのお客さんみたいな立場だよね! 第二話に登場してるんだよ!? 初登場でインパクトばっちりだったでしょ!?」
リアさんがカウンターをばちんばちんと叩きまくる。
「変なうさぎとか変なおじさんの話ばっかりしてないで、私のことも紹介しろー! 挿絵つけろー!」
「めんどくさいなこの人……」
「めんどくさくてもいいもーん! 本に出たい出たいいいい!」
「だいたいですね」
僕は拭いていた皿を置いた。
「さも平然とこうして登場してますけど、リアさんのこと、みんなもう忘れてますよ」
「えっ」
リアさんの動きがピタリと止まった。
つつーっと、汗が頰を流れた。
「う、うそ……こんなに可愛いお姉さんのこと、みんなが忘れるわけ――」
「アンケート」
「!?」
「一巻発売後に、ファンタジア文庫でアンケートがあったんです。チェス少女アイナや、のじゃロリ王女リエッタの登場を要望する声はありました。でも、リアさん……あなたを呼ぶ声はひとつもなかった……!」
リアさんが思わずという様子で後ずさった。がたんと椅子が倒れる。
「そんな……まさかそんな……嘘、嘘よ……たまに登場してたのに……!」
「なにしろ初登場から八年のブランクがありますからね……八年前はまだ目をつぶれていた、あなたのそのキャラは」
「なに! なんなの!?」
僕はそっと目を伏せた。
「もう、古いんです」
「……っ!?」
リアさんは目を見開き、その場に立ち尽くした。
全身をぷるぷると小刻みに震わせ、やがて目尻に大きな涙を湛えた。
「く、ぅ……誰が年増よばっきゃろー! みんなそんなにロリが好きなのかああああ!」
うえええんと叫びながら、リアさんは扉を開けて走り去った。
僕はその背中を見送ることしかできない。
リアさん……。
「お会計、ツケにしておきますね」
彼女に挿絵が付く日が来るのかどうかは、誰にもわからない。
けれど、いつかそんな日が来ればいいなと、僕はそう思うのだ。
窓の外にはすっきりと晴れ渡った空がどこまでも広がっていた。
「なんとなく……良い話風にまとめようとしても……だめ……」
窓際で日向ぼっこに専念していたノルトリが、ぼそっとつぶやいた。そのくつろぎ方には、いっそ貫禄すら感じられた。
「……わたしは……表紙にも、出てるから……」
ふふふふ……と、井戸の底から響くような笑い声が、今日も響いている。
おわり
というわけで、本日「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを2」が発売となります。
皆様、書店でお見かけの際にはぜひお手に取ってみてね!
リアさんは出てきません……。