「と言うわけで家臣と民の両方の支持を両立させる事がなかなか難しいんですよね」
俺は今、執務室にシーザーさんを呼び、日頃思い悩んでいる事柄を相談していた。
「ふむ、今の所家臣の反乱分子はわしが抑えて居るが、あまり長期的に家臣を蔑ろにしすぎるとまずいかも知れぬぞ?」
「これに対する行動と言えば。俺の思いつく範囲で言うと、金をばら撒くか、家臣の利益になりそうな政策を行なうか、反乱分子を物理的に根絶やしにするか。位のことしか思いつきませんよ」
「殺してしまうのは後に続かないから止めて置いたほうがいいのう。その選択肢だと2番目が一番妥当だと思うが、それよりも家臣との対話の機会を設けた方が良いぞ。まだ新しい王が誕生してからそれほど時間も経っておらぬし、まだ、目立って成果を形に出来ておらぬからの。見える形で成果を残す事が出来れば家臣の信頼を得る事が出来よう」
見える形での利益か…。
次の日、上位貴族を集め、立食パーティーを開いた。今回のパーティーは形式上シーザーさんがホスト役だ。家臣達にそれほど信用されていない俺が呼ぶよりも波風立たないのは間違いないので、その心遣いは感謝だ。
意外だったのはダメ元で呼んだタカが来たことだ、家臣に嫌われてるタカ・フェルトを呼び出す事によって情勢が悪化しそうな気もするが、まあ、世間話程度なら何とかなるだろうと信じたい。
「タカ、お前が来たことは意外だな」
「タイチ王、ご機嫌麗しゅう。仕事がひと段落着いたところですので、顔を出させていただきました。久しぶりに高級な料理も食べたいですしね」
「今日は特に用事は無いから好きに食べてくれ」
「わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」
一応こういう場に則した態度が取れるくらいは大人らしい。そのメッキがどこまで持つかが楽しみだが。
今日はタカに話すために開いたのではない。上流階級の家臣達との意見交換をするために開いたのだから。
シーザーさんの長い訓辞が終わり、紹介された俺は壇上に上がり、宣言を行なう。
「皆様、本日はよくお越しくださいました。このような場を通して交友のきっかけになれれば幸いです。今後も私と共に民のために尽力していただく事を望みます」
簡単に、なおかつ交友を結びたい旨を伝える事は成功したが、この後の交渉は骨が折れそうだな。
<アレックス・オルブライト>
僕の名前はアレックス・オルブライト。過去7代も続く名家の一人息子だ。よって形式上はオルブライト7世と呼ばれている。
今回、親父であるクラック・オルブライトが、どうしても外せない用事があるということで、上流階級ばかりのこのパーティーに一人で参加していた。今までは父の後を付いて来ればよかったが、もう一人で行かせても良いだろうと判断したのか、今日の僕は俺付きの家臣と二人だ。
まだ15歳と若輩者で。他の重鎮達と比べれば月とすっぽん位の差があるが、それでもオルブライト家の名を貶めないよう、堅実な立ち振る舞いをしなければならない。
「アレックス。緊張するのはいいですが、始めて一人できたあなたには誰も期待してませんわよ。もっとリラックスして場に馴染む事から始めたほうがよろしくなくて?」
後ろから近づいてきたのは俺と同じ上流階級のアンジェリン・エンドリュース。僕はアンと呼んでいる。
僕とは小さい頃から家ぐるみの付き合いがあったせいか、よく一緒になる。
父達によって、婚約を知らないうちにされており、許婚と言う関係だ。アンの方は俺の方を良く気にかけてくれるので満更でも無さそうだ。
すぐ切れやすいのが玉に傷だが…。大人しくしていれば美しいのは間違いない。褒め倒しておくのが円満に済むこつだ。
僕は先のことはあまりよく分からないが、おそらくアンと結婚するのだろうとは漠然と思う。そしてそうなった場合、尻に敷かれるとは間違いなく断言できる。
いつも一緒に居てくれるアンが居ると思うと少し安心する。僕の緊張がほぐれたのを感じたのか、アンは軽く頷き、遠くで見守っていた父のアーロン・エンドリュース様の元に優雅に戻っていく。
僕と違って余裕の表情を崩さないアンに、軽い嫉妬を覚えながらシーザー宰相閣下の話に耳を傾ける。
宰相閣下の挨拶も終わり、王を紹介される。
15歳で父の代理と言う立場でこの場に居る僕ですら、この場に居て緊張しているのに。
若干5歳にして国王と言う重責を担っているタイチ王は、重鎮達が注視する中で、堂々と宣言を終えた。
少なくとも僕には出来ないだろうなと、これが王という国を背負って導く人の姿かと、アレックスは自虐げに笑った。
国王が宣言を行なった後、アレックスは他の貴族達と話す事は無く、ぼーっとした顔でその場に一人佇んでいた。
アレックスがその場に佇んでいると、心配してくれたのか、アンが僕の近くにやってくる。
「何ぼーっとしてるんですの?積極的に意見交換をしろとは言いませんが、もう少し自分の立場を考えた方がよくありませんこと?」
「いや、若干5歳にしてこれほどまで立派にこの国を纏める事に尽力している王に少し感動しただけだよ」
僕は呆けた雰囲気を戒め、ゆっくりと振り向き、王の立ち振る舞いを賛美する。
だがアンはタイチ王の事をお気に召さないようだ。
「王の血も引いていないどこから連れて来たかも分からない生意気な子供に何を言ってるんですの?」
アンは貴族の貴族たる所以で一番必要なのはその血筋だと思っている。
だからパッと出の王は賛同する事は出来ないようだ。それはここに居るほぼ全ての貴族の共通意見であり、いくら大陸一の魔術師と呼び声の高いタカ・フェルトの言葉とはいえ、到底授受できる物ではなかった。
僕は誰が立ったとしてもそれが国の為になるのなら何も不満は無い。
だがアンを含め、他の貴族達は人脈や家の血に凝り固まり、停滞させて入るようにしか見えない。おそらく、改革派のタイチ王に今までの地盤の危機を感じているのだろう。
貴族達と自分との違いを比較するように分析していると、タイチ様と、お付のメイドが近づいてきた。
今の事が聞こえていたのだろう。タイチ王は苦笑いの様子だ。
「これは穏やかじゃないな。ステフ、注いで差し上げなさい」
「はい、タイチ様。オルブライト様、エンドリュース様、失礼します」
お付のメイドが注いでくれるワインを、アンは憎憎しげに見つめながらタイチ王を見る。
「何でも言っていいんだぞ?今日は無礼講だからな」
まるで挑発するかのようにアンに視線を合わせ、発言を促される。その苛立つ態度に押さえ切れなくなったアン。
この状態になると、僕は見ている事しか出来ない。抑えれば被害をこうむるのは僕だという事は今までの悲しい経験から容易に予測できるからだ。
「ええ、この際だから言わせていただくと。王はこの国を治める資格などありませんわ」
「それはどういう意味かな?」
ざわ…ざわ…と他の貴族は遠巻きに会話するが、周囲の視線に動じることなくアンジェリンは堂々と言い放つ。
「王の血筋でもない。ましてや貴族の血も無いあなたにこの国を治める資格など無いと言っているのです」
「そうか、血筋か…それは思いつかなかったな」
「この高潔な血筋を持つ私達がこの国を治めてしかるべきですわ」
「その能力が無いからタカやシーザーが俺を支持したんだろう?もう少しお前はこの国の現状を見た方がいいな」
おそらくタイチ王も怒っているのだろう、こちらに強烈なプレッシャーを与えてくる。
アンが反発し、怒りが本当に危ない所まで上がりそうだったので、僕が強引に話を引き継ぐ。
「タイチ王、いくらなんでもこれ以上は抑えるのがよろしいかと」
「…いいだろう。ではついでにこの国の現状を話してやろう。
このファミルス王国に限って言えば、この中で誰が国王になっても、前王と同じ末路を辿るだろう。
王が貴族の凝り固まった政策を続けていればこの国の未来はもう風前の灯だな。最悪、現状維持でもこの国はつぶれる。今でもこの国はタカ・フェルトにおんぶに抱っこの現状なんだろう?
どこかで変える必要があるのだ。どこかでな。それが今だと言う話だ」
後ろで夕飯確保ーと意気込んでいたタカもそれに加わる。
「あ、その体。王の血は引いてないけど王族ではあるぞ」
「…は?」
「イリーヌ王女の従姉弟という意味では王族には既に入ってるな」
「お前はカミングアウトに脈略が無さすぎだ!そういうことは最初に言え最初に!」
「まあ、ぶっちゃけここまで考えて呼んだんじゃ無いんだけどね」
「うっさい。お前も貴族達も今の現状を分かってなさ過ぎる」
今やここに参列している全ての人たちがここに注目していた。タイチ王が実は王族だったという事にも驚くが。それよりも王の考えを聞いておきたい。そういうことだろう。
「すいません。先ほどの話し、もう少し具体的にお願いしたいのですが」
「この国はこのままでは民衆の暴動で終わると言う事だ。しかも極近い未来にな」
「そんな未来が起こるはずないじゃない。こんなに豊かですのに!」
僕が話を引き継いだと言うのに、アンはまだ僕が抑え切れないほど怒りがたまっているようだ。
僕はタイチ王に微笑みながらアンの腰を抱き寄せ、動くなと言う暗黙のメッセージを送る。アンはそれに気づいて無言で従ってくれた。こういう時は優しいんだけどな…。
そしてタイチ王は、アンの言葉に過敏に反応する。まるでその言葉を待っていたかのようだ。傍目からは冷静さを失っているようには見えない。
その表情は、あくまでも教えて上げてるという表情を崩さない。本心ではどう思ってるのか分からないが。
「タカの生み出した技術は革新的で、産業として今はこの国の要なのは分かる。それは認めよう。
だが後何年かすれば売れなくなる事は自明の理。なぜなら魔力があれば半永久的に動く道具だからだ。
ある程度普及すれば国内の買いが止まるだろう。他国には技術が盗まれ輸出も出来なくなる。そうなったらどうなる?貴族がこの生活を維持するには国民の税を上げるしかない。そして重税を課された民は怒り狂って暴走。
適当に頭の良いやつが先頭に立つ。もしくは他国のスパイかもな、そいつが国を乗っ取るだろう。
乗り切ったとしても、労働力も戦力も疲弊したわが国じゃ他国に勝てないので国土が蹂躙される。これが近い将来確実に起こるシナリオだ。ちょっと考えれば分かるだろうこんな事」
僕はこの事象をありえない事とは言い切らない、現在の経済状況は80%魔法技術の収益でまかなわれている。
今魔法技術が衰退すればそう言うシナリオもありえるだろう。
「タイチ王はその未来から守れると?」
「お前達が持っている力を最大限発揮できれば、俺に従ってくるだけでそれを成してやろう。だが俺がやることが無茶だと思ったらいつでも言いに来るが良い。俺は貴族の地位を潰すつもりは無いからな。上に立つものは絶対に必要だ」
この小さき王は、しっかりとこの国の現状を認識し、しかもそれを立て直す事が出来ると言い切った。
いくつかの貴族達も額から冷や汗を流している。貴族達も思ったのだろう。そういう未来が本当に来ると。
アンは反撃する気力がなくなったのか、僕に怒りを削がれたのか、父であるアーロン公の元に帰って行った。
貴族を守るために貴族を変える。きっと厳しい道だろう。けどなぜかタイチ王なら出来る気がする。
僕みたいな若い柔軟な考えを持っているのがいけないんだろうか。この感情が本心から来るのか、刹那的な感情なのかは分からない。
だけど、僕はタイチ王に忠誠を誓うのも悪くない。
僕はなんとなくそう感じた。
<タイチ>
ふっ、この程度で引き下がるとは。まだまだ甘いな。重鎮レベルならこの程度の事は反論してくるぞ。権力が許さないから表立って言わないだろうが。それでも論破できる自信はあるがな。
「タイチ王がそこまで先見の明があるとは思ってませんでした。ぜひ握手をお願いしたいのですが」
「…俺一人では決して出来ない事だから、もちろん君の力も貸して欲しい。貴族とか。平民とか関係なく。この国を守るものとして」
「はい、僕、アレックス・オルブライトはタイチ王に忠誠を誓う事をお約束します」
なんか忠誠誓われちゃったよ…。まあ、いいか。こいつを皮切りに崩していけば表立って行動を起こす貴族は居なくなるか。
…あれ?オルブライト家って確か魔術産業の輸出全般を請け負ってる経済の一番高い地位に居る貴族だったような…。
俺っていきなりものすごいカードを手に入れた気がする。…使えるときに使っていくか。適材適所だ。
「嬉しく思うぞアレックス。こちらこそよろしくな」
俺は手袋を取って、アレックスと手を交わし、他の貴族へ挨拶に回った。
上流階級を集めた立食パーティーは概ね成功したと見て良い。あの論舌の後は貴族達も心なしか俺を認めた風な装いで、順調に交友関係を結べたからだ。タカのカミングアウトが一番効果があったんだろうというのは間違いないが、この場を用意してくれたシーザーさんに感謝だな。後エンドリュース家のご令嬢を傷つけた点も謝りに行かねばならんか。
翌日、俺はエンドリュース家の本宅に脚を運んでいた。もちろん昨日の事での謝罪のためだ。ステフは、家臣のご令嬢に謝った事が知られれば王の威信に傷が付く。などと抜かすが、女を傷つけたままにしておく方が王の正しい生き方なのかと言うとステフは口を閉じた。だが目線ではまだ語ってきてる。俺はそれを無視してドアをコールさせた。
家に入ってからしばらく待って居たら、この家の家主であるアーロン・エンドリュ-スが慌てて出てきた。
「どーも、昨日ぶりですね」
「タイチ王!?なぜ我が邸宅へ?何か用事があればこちらから参りますのに」
「今日は公用じゃない。個人的な用事だからここに来た。アンジェリンを呼んでもらえるか?」
その言葉で察したのだろう。アーロンは急いでメイドにアンジェリンを呼び寄せるように言いつけ、俺と応対する。
「昨日のパーティーはいかがだったかな?生意気にもこの国のことを語ってしまったが」
「いえ、あの事は私は気づいておりましたが気づいていなかった貴族達は皆一様に驚き、タイチ王のことをお認めになられましたよ」
「ほう、ではそれに気づいていたアーロン公は俺の事を認めたわけではないと」
「ご冗談を、私は元より王を認めておりましたよ」
…少々狸だな。裏を探る必要があるか?強がりか?この目を見る限りわからないな。まだ俺の事を認めていないが、表側は協力しても良い。と言う意思表示と捕らえておこう。裏の事を調べさせる部署が無いので、これも急務だな。
「…まあ、いいか。今日の来訪の目的は、昨日の弁舌でアンジェリンが気を落としていると思ったのでな。フォローは大切だろう?」
「生意気な娘には良い薬ですよ。その為にここに来る必要はないのではありませんか?」
「アーロン公もステフと同じ事を言うのだな。俺は女性を悲しませて喜ぶような趣味はしていない。俺をそんな人間の屑にさせないでくれ。利用したのは確かだがな」
「ならば何も申しますまい。アンも喜ぶ事でしょう」
「お父様。緊急の用事とは一体なんで……タイチ王!?なぜこのような所へ?」
「ほう、俺を王と認めてくれるようにはなったのだな。昨日あんな事を言っていたので心配していたんだ」
「…ふん、私はまだあなたを認めたわけではありませんわ」
「ふっ、今日の来訪は昨日の事でアンジェリンに言う事があったからだ」
そうか、アンジェリンはツンデレか。ツンデレの立ち回り方は、意味を素直に理解して自分のいいたい事をはっきり伝える事だと、どこかの本で書いてあった気がする。ペースを乱せばどうのこうの。
「私には御座いませんわよ」
「昨日の事は悪かったな。アレはお前に言っても仕方の無い事だった。なのに貴族達に現状を分からせるためにお前を通して伝えさせてもらった。だから今日はアンジェリンを利用した事を謝りにきたのだ。許せよ」
いきなりの謝罪にアンジェリンは慌てふためき、その本心をわずかに覗かせる。
「い、いきなり来て謝ってもらう筋合いなんてありませんわよ。ですがあなたがそこまで言うなら許さないでもないです」
「ありがとう。アンジェリン」
頬を赤くして何かもじもじとしている様子が覗える。それでもアンジェリンは自分をはっきり持っている。冷静さを欠かない事は優秀な証だ。きっとアーロン公の教育の賜物だろう。
「お、御礼なんて必要ありませんわ。…私の事はアンでかまいません」
「ほほを赤くしながら言われてもな」
手袋を取り手を差し出す俺。
「うるさいですわ。次は負けませんわよ」
同じく手袋を取り手を握るアン。
俺を少しだけ認めるような瞳が見える。俺はアンと友好な関係を築けたようだ。
「麗しい光景だね。タイチ王、アンを側室に入れる気はないかい?」
「な、お父様!?こ、これはですね。違うんですのー」
父と娘の快活な声が屋敷に響く。どうやらエンドリュース家は賑やかな家みたいだ。