街から城に戻って5日後。俺は3週間後に全ての領地を含む家臣達を謁見の間に呼び出す書類を作成し終え、各種専門家達を城の会議室に呼び寄せていた。
街から帰った次の日に、タイチはシーザーと共に原案書類作成を終え、最近笑顔の表情を良く見るステフに前もって頼んでおいて、この国を支えてくれている大臣達を筆頭にして、魔術協会の上層部や、街の商人や職人達を召集させていた。
会議室の机は円卓で、大臣達と魔術協会から来た小間使いの一人が俺の脇を固め、左に商人代表の数人。それ以外に職人達が適当に座っている状況だ。この国の上座や順位は現代と変わらないようだ。
脇に書記専用の椅子があり、会議の内容は漏れなく記入される事だろう。
タイチは各専門家達が集まっている会議場へと向かう。上座に座り、開始の宣言を行う。
「うむ、全員揃った様だな。これより会議を始めるぞ」
タイチの宣言により専門家達は立ち上がって姿勢を正し、宣言を返した。
『われら、全ては王とこの国のために』
公式の会議はこれが始めてだから、いまいち勝手の分からないタイチに、隣に座っていた財務担当第一位のクラック・オルブライトが説明してくれる。
「形式上の事ですから気にしないでいいですよ」
「了解した。では議題に移ろうか。今回の議題はこれだ。ステフ、アレ配って」
「はい、承知しました」
タイチの指示で、ステフが紙に書いてあるシーザーの原案を各専門家達に配っていく。
「教育制度…ですか?」
訝しげに語るはこの国の商人代表であるケンストラ・バリスエンスだ。
「そうだ。今回この国の徒弟修業を解体し、国で教育を行い。その教育水準を一定にする。かつこの国の全員に受けさせる義務を負わせることによって農民などにもチャンスはあるが、最初はどうでもいい。とにかく、この国に研究機関を設ける事と、教育水準を上げる事が目的だ」
その言葉に懸念の表情を浮かべるのは手工業関連代表。ウォーロック・ガンダルフ。代表とは言っているが、手工業職人は様々な職種があるので、今回はそれぞれの専門家30人に出席してもらってる。手元の資料には画家と書いてあるから、画家の代表という意味だろう。
「人員をどうしますか?」
それに対して既に答えを用意していたのか、タイチは自信満々に言い放つ。
「全員に相当数出してもらう」
『なっ!?』
唖然としたのは出席者全員だ。クラック・オルブライトはいきなり立ち上がって経済の方面から主張する。
「そんな。無茶ですよ!?そんなことしたら経済が止まってしまいます!」
「だが、やらねばならん。大規模な学校施設はこの国に必要なのだ。その理由はお前は特に分かるだろう?それと質問する時は手を上げろ」
その言葉を受けて、手を上げて発言するのはケンストラ・バリエンス。
「少数から始めようとは思いませんか?」
「それまでこの国が存在してればいいな」
「そ、それはどういうことでしょう?」
「近いうちに魔術道具が革新的な進歩を遂げない限りこの国が滅ぶという事だ」
全員がタカ・フェルト研究所から来たナンバー2。小間使いで有名な苦労人。サンダース・ライトバックを注視する。
「…事実です」
「どれぐらいの期間安定的に売れると思う?」
「長くて6年。短くても3年かと…」
しかもタカは既存の技術に満足してて、新しい産業には目を向けて居ない。
ちなみに、産業としての魔術と研究としての魔術はまったく違う。
産業としての魔術は、安全を第一に、誰でも手軽に使える事を前提に作られており、各部で1種類ずつしか使えて居ない。複雑になるからと、2種以上を併用して使えないのだ。
たとえば水の魔石でシャワーは出るが、それを暖める火の魔石は別に用意して使用する。シャワーの意味がまったく無い。暑い時はいいんだろうけどな。
そんな初心者用の事よりも、新しい魔法を作る事を優先しているタカ。
生産方面で新しい事をしないのだから、そのうち停滞するのは分かりきっている。
「つまりそういうことだ。今すぐに経済活動を止めてでも新しい産業。もしくは既存の産業の安定的大量生産。つまりは新しい風を入れなければ、この国は経済的に滅ぶ」
「ケンストラ、お前は後三年以内に魔法技術に変わる何かを産業として成り立たせる事は可能か?」
「商人の人数が今の3倍まで増えてわが国に落とすのなら、あるいは既存の取引でも大丈夫かもしれない。と言うレベルですな」
現在のファミルス王国全体の商人の数は約500強。その三倍となると1500人もの商人を最長6年で育成。最初は使い物にならないし、取引材料が枯渇する事も考えられる。無謀と言わざるを得ないな。
それだけ魔術技術におんぶに抱っこと言う事だ。魔術技術の利益がとんでもないので今の他の産業を食いつぶしている。それが今のこの国の現状だ。
「他に意見は?…クラック、たとえば農業とかはどうなんだ?」
「農業は国民で全て消費してもあまる位ありますが、今の魔法産業と同じだけ利益を出すとなるとエルフの里の半分くらい切らねばならないでしょうな。エルフとの仲も悪くなりますし、土地が農業に適する時間を考えれば無理です」
『……』
全員が黙りこんだのを確認してからタイチは最後通牒を突きつめる。
「さて、それでは国としての最低限を維持しながら、教員になれる素養のある人材はどれだけ捻出可能だ?」
その後は数十日間に渡る白熱した協議によって完成した、大技林並みの厚さの紙束を要約に要約を重ね、必要な事のみを纏めた全50ページにも及ぶ、小冊子程度の厚さの書類の束を完成させた。
「みんな、このような急ぎの事態になってすまなかった。みなの尽力で要約作業が漸く終わった。書記達も楽にしていいぞ」
要約作業は書記官達が行なってくれたので、俺が直接何かをしたわけではないが、家臣を労うのは王の仕事だ。ステフに茶を差し上げて上げる様に指示し、みんなも漸く一息ついたようだ。
だがここで事件が起きた。紙に転写する事が手作業という考えがまったく無かったので、
「ステフ、これ魔術で移しといてくれる?」
「え…。そ、そんな魔術ありませんよ!?」
いきなり振られたステフは、慌てて魔術では出来ない旨を返し、事態の深刻さが露呈する。二人の間に沈黙が落ち、暑くも無いのに汗が滴り落ちる。
なぜなら、家臣達がやってくるのが既に2日後になっていたからだ。
公式な会議の場なのだから、当然その場に同席しているランドル・マッケンジー書記長も冷や汗を流す。
「ランドル書記長…今動かせす事の出来る書記は何人ですか?」
「こ、ここに居る者達を合わせても30数人から40人くらいですね…。来客の方々全員分転写しようと思ったら、きっと半分くらいしか出来ませんよ…」
「まずいな…」「まずいですね…」
等と落ち着いている時間も惜しいこの状況。まるで時が止まったかのような静寂があたりを支配する。そしてその静寂は、俺の一言から動き始めた。
「ステフ!文字の書けるやつはメイドでも構わん!とりあえず誰でもいいからつれて来い!」
「は、はい。わかりました!」
その後はちょっとした騒ぎになった。文字の書けるメイドを含む家臣を招集し、何とか集めた総勢70人。その後、呉越同舟状態になった臨時書記軍団は、徹夜で書き写し作業に入りましたよ…。
今も臨時書記軍団が無言で手書き転写作業をしている。
国王も書き写し作業に奮闘中です。ぶっちゃけケツカッチンだ。
今回の議題と言う名の条例は家臣達全員に知らせる必要があるので、3週間前に伝令を出し、強制的に呼び出した。
今回の召集は地方の領主も含むので、家臣の総勢は文官650人。この内容に武官は不要なので呼んでない。この人数×50ページを書くとなると、どれだけやばいかわかるというものであろう。
「魔力で地図とか文字を表示出来るのに、紙に書いた文字が転写出来ないってどうなの?」
「アレは私があらかじめ書いて置いたことを順番に表示するだけの物ですよ~」
アレはどうやら紙芝居のようなものだったらしい。
「ステフって絵巧かったりするのね…」
「自慢じゃないですけど、そこそこ巧いです」
などと話をしながらも、しっかり転写はしてますよ。
ステフもテンパり気味で本音がだだ漏れだ。
街に出てから妙に親しげに話してくる。もちろん公私は分けているが。良い傾向と見ておいていいかな?
「タイチ様。そろそろお着替えしないと宣言に間に合いません!?」
「わかった。そっち側はどうよ?時間内に終わるか?」
「こちらもまもなく終わります…時間内には仕上げて見せますよ!」
「頼もしい。それじゃ頼んだぞ」
タイチが着替えて戻ってくると、うず高く詰まれた書類の山脈ぐったり横になっている家臣達の姿が会った。
「よし、なんとか間に合った。じゃあ俺は謁見の間に行くから。しばらく休んでてよろしい」
俺が休憩の許可を出して退出すると、中からバタバタ倒れる音が聞こえる。
横で書類の束を持っているメイド達は、文字が書けない娘達なので疲労は無いが、扉の向こうにいる同僚を思っているのか、心なし顔色が悪い。
文字の書けないメイド達は食事やコーヒーの準備の方で給仕してくれたり、メイドの抜けた穴をフォローするために広範囲に渡って分担して掃除してたりとかなり無茶をさせてしまっている。
今回の強行軍にはこの娘達の功績も、欠かせない重要ファクターといえるだろう。
謁見の間に到着すると、出席率90%を超えて家臣達が集まっていた。
先ほど製作し終えた冊子を分けるように言いつけ、総てが行き届いた所で、今回の議題の概要について話し始めた。
この冊子に書いてある概要はこうである。
3歳から読み書き計算一般教養を義務で行う。
5歳からは、本人が望むなら進学する事ができ、基本は自由七科。それに加えて商人、魔術師、手工業者などで分かれ、それぞれの専門家を講師に招き入れ、その知恵をいただく。
始めはこの城下町をモデルケースにするが、いずれは領土全てに普及し、地域間での教育格差を無くして、公平な教育の場を提供する事を最終目標とする。その為に教材は一定のものにする。
また、地方に住む農民で、成績の優秀な者には国から補助を行い、この街へ移住させ、食費、寮などを提供する。
働き手の失った家族にも金銭的な援助を行う。
これが国民総合学習教育計画の概要である。
これが表向きな理由で、本来の目的は思想誘導にある。
貴族や王が民の為に教育を施した。と言う建前でこれから落ち込むと予測される収益による増税。
それによる不満を打ち消す役目を担っている。
勉強させる事で使える人も増える事も確かだ。だがそれでも厳しいものがあるだろう。
だが種を残す事で全て破綻と言う事態は避けれるし、国に愛着を「持たせる」ので何年かは大丈夫だろう。
ダメだった時の保険は常に用意しなければならない。
俺がやってるのは自己保身以外でも何物でもないな…。
物思いに耽っているタイチは、名も無き一家臣の発現で現実に戻される。落ち込んでいく自分の心を戒め、その対応に当たる事に集中する。
「その案はとても魅力的ではあるのですが、教師という人的労働力をどこから捻出するのですか?」
「既に教養のあるものを各代表に集めるように指示は出し終えている。今から教師の教育を開始し、一年で教師を城下町で教員として配置し、三年後までにその卒業生を含めて徴用する。それまでの全ての教育はモデルケースとして扱う」
ベビーブームの影響で、三年後には大量の子供達が入って来るので、それまでに教育の有力な手段となり得る情報・経験を体系化。教材の出版などを進める。
初等部である3歳から5歳までの内容は、読み書き計算に歴史を含め、実生活に必要とされる内容の教育を総合的に学ぶ。
これらの事は、既に上流階級で独自に教えられているので文書化出来ている。今からでも可能だろう。
多人数のノウハウはまだ無いが、個人で教える事が可能なら多人数に拡張しても多少の応用で何とかなる。
大学校は専門的知識が必要なので、一年で商人、職人、魔術師達が経験によって教えている事柄を文書化させる。
授業の形は、教材を転写出来る労力が足りないので、教師が黒板に書いた事を生徒が白紙の竹簡に書き写すというスタイルをとる。
権力の象徴として教師役の人材の教科書は紙製を用いる。
江戸時代とはちょっと違うが、形式的にはそのまんま寺子屋である。僧侶か商人かの違いだけだ。
能力の一極化が起きる事を懸念する意見も出たが、いずれ知恵のある補佐を斡旋するということで、反論を封じた。
その他にも、批判と言うか懸念が出たが。主に地方の労働力が削減される事を恐れた領主の立場からの意見だった。しかし、教育は是が非でも行なわなければいけない至上命題なので。
これがこの国が発展出来る第一段階だ。と宣言することで、家臣達を最終的に閉口させた。
やれるやれないの問題ではない。「やれ」、だ。
こうして教育制度改革宣言を行った太一は、謁見の間で家臣への会議を終えて、各担当部署に協議をしに戻って行った。
という言い訳で、自室のベッドに一直線にダイブした。
やはり5歳児の体に徹夜は、相当堪えたらしい。
突然やって来て、言いたい事だけ言って出て行った国王に、残された家臣一同は、いきなりのことに慌てふためき、
側近と耳打ちする者。
国王が言った事の意味を熟慮する者。
不快感を隠そうとしない者。
資料を食い入るように見る者など様々な人間模様が伺える。
大半は好意的に受け止められているが、反対派の意見は根強い。おそらく、自領土で労働力の問題などに、不利益になる事でもあるのだろう。
家臣のまとめ役であるシーザーは、やれやれとため息をつき、反対派の家臣を懐柔する作業に移った。主に金銭的なもので。
宣言から数日。街から文字が書ける者を集め、総動員して手作業の転写作業を行っていた。
三食休憩あり、一冊銅貨10枚という歩合制だが、速い人は1日に三冊も仕上げるので相当の好待遇だ。
文字が書ける位の知恵のある人は既に職についているので、そういう人達を呼ぶなると安い賃金では引き抜けない。
そしてあわよくばそのまま教師にしてやろうと言う魂胆だ。転写させる事によってその内容を体で覚えさせる。理解力はとりあえず置いておこう。
一時的な街全体の経済活動の停滞と引き換えにしてでも、強権を使って将来のために投資しなければならない。
俺が言うのも何だが、この国の財政は大丈夫なんだろうか。俺が来てから相当使っている気がするが…。
「この国の魔術産業は大陸のシェアを独占していて、需要を抑えるために値段を高く設定しているのですが、それでもまだ生産が追いつかない位なんです。値段を上げすぎて魔術産業の利益率が原価の十数倍という高値で売られている状態です。ですから今の所心配ないですよ」
…こんなところでも孝明に頼りっきりなのかこの国は。
主要産業っていうか、魔術産業だけでこの国は運営されているようだ。
「前王はそれでも貯金を含めた国庫の全てを使い切る勢いでした」
マジかよ…。