クーリョンを出て南に数日間。
その日、大地は薄暗い光量に照らされ、空には分厚い雲に覆われていた。
風も荒々しく吹き荒れ、今にも天の涙が零れ落ちそう。
目の前に見えるはファミルス国境となる川。その上には橋が掛けられ、人の行き来が制限されている。
ステフが衛兵に通過税を渡し、他の商人と共にその場に留まり、許可を待つ。
俺はファミルス国境を目の前にし、今までの事を思い出していた。
いきなり異世界であるここに呼ばれ、成り行きで王になってしまう。
王になって特に何をするでもなく、孤独の中で一人怯え、彷徨い、そして自分の中で完結する。
洗脳紛いの学園教育。内部を見張らせることが常だった乙女組。場当たり的な経済政策。
その結果が家臣の反乱。俺を駄王だと罵り、暗君と陰口を叩かれ、それを重く受け止めて対処しようとした時には既に遅い。
俺は王という職業に何を抱いていたのだろうか。
絶対権力者になって何がしたかったのだろうか。
反乱は帝国のミリスト教が発端だとは言え、止め切れなかった。
その止め切れない情勢を作ってしまったのは俺。
なぜそうなった。何がいけなかった。
なぜ家臣は俺を信用出来なかったのか。
俺は全て民のため、そしてチヒロの為に生きてきた。
それは今でも間違っていないと思っている。
なぜそれが貴族に受け入れられないのか。
その時、タイチの様子に気づいたステフが静かに隣に立ち、そっと手を握る。
「大丈夫ですか。タイチ様」
「……そうか、つまりそういう事か」
ステフの全幅の信頼を置く瞳を見て、理解する。
俺が信用できなければ相手も信用する事が出来ない。
俺は一人、自分の殻の中に閉じこもり、人という物を見ていなかった。
チヒロのためとは免罪符。民のためとは言い訳。
俺は俺の為に俺のしたい事をやり続けた。
王という力に振り回され、俺以外の存在を認めようとはしなかった。
俺の権力の地盤を固める事のみに集中し、頼る事をしなかった。
恐怖は不安を生み、不敬は不遜で返される。全ては俺の招いた結果。
その報いは、おそらく今、このような形で償わされているという事だ。
「誰よりも近くで見てくれていたステフがそういうなら。俺は多分大丈夫では無いんだろうな」
「タイチ様……過去は活かすものです。縛られるのは老いた老人だけで十分ですよ」
「……察してくれるのは嬉しいが、見透かされるのは辛いものだぞ?」
「これは私の経験則です。人がいつか必ず当たる壁ですよ」
俺の当たっている壁は、いつか超える事が出来るのだろうか。
それがなせるとは断言できない。だが、追いかける努力はしたいと思う。
もう何も、失わない為に。
最初の一歩を始めてみよう。
きっとその後は素晴らしい明日が待ってるはず。
俺は三人で魔石を弄っている輪の中に入りこみ、レイチェルをじっと見つめる。
三人は、魔石をやすりで形良く削り、形を整える作業をしていた。
これは単純な力仕事なので、レイチェルも仲良く作業に没頭出来るようだ。
見られているレイチェルはタイチの視線を受け、目線を逸らす。
タイチは作業をしているレイチェルの手を握り、
持てる限りの笑顔で宣言した。「これからもよろしく」と。
言われた方も何が何だかわからず、口を開けてぽかんとしている。
暫しの間、時が止まり、レイチェルは小さな声で「こちらこそ…」と返すので精一杯。
タイチは皆と視線を交わした後、
手を差し出して、自分の決意を復唱する。
「俺達は皆の事、家族だと思っている。だから信頼もするし、されたい。だから、これからもよろしく」
自己完結な想いだが、俺は宣言しなくてはいけない。
まずは周りにいる人から、少しずつ歩き始めようと思う。
最初にチヒロがタイチの手の上に手を合わせ、カトリーナもそれに続く。
レイチェルも恐る恐る手を重ねた後、最後にステフが両手で支え、5人の契約は成された。
5人は皆で笑い合い、明日を目指して進んでいく。
俺達の旅はこれからだ。(※打ち切りフラグではありません)
●
橋を通過して2日。
ファミルス王国より一番近い国、レイモックの国の城下町にたどり着く。
様々な人が行き交い、チラシや立て札などを見る事が出来る。
「商人向けに傭兵斡旋も行なってるのね」
「ファミルス王国でも盗賊は居るが、それでも比較的安全な国と言われ。他国に入ると治安が悪くなるので注意が必要。と書いてありますね」
チヒロがファミルスではあまり見ない宣伝チラシを手に取り、疑問の声を上げる。
ステフは商人マニュアル上巻を読み上げるが、チヒロは特に気にしていないようだ。
傍目から見たら子供の集まりでも。その実態はファミルス王国の中でも上位に食い込む魔術師達で構成されている。
下手な盗賊に後れを取るような面子じゃない。
立て札を読みながら歩いていると、チヒロが他の立て札とは違う色をしている広告を発見した。
よく見ると、どうやら国から発行されている物で、同じ立て札でも決まった規格があるらしい。
チヒロはその内容をよむ。
「なになに、魔術師募集。内容は…献血みたいね」
ファミルス王国では、魔石に方陣を書く際、魔力が篭った触媒が必要になる。
効果を半永久的に持続させる動力源である魔石本体。
方陣に特定の効果を付与する魔力の篭った触媒。
この二つによって成り立っている。
一般的に魔力の篭った触媒とは、体中に魔力が潤っている魔術師の血液を触媒として用いることが多い。
現在のレイモック城下町では、魔石を集める事には成功したが、触媒となる魔術師が少ない為に
血を分けてもらう立て札があるのだと推測できる。
一人金貨10枚という高額だが、それだけ魔術師がいないという裏事情ゆえだろう。
供給が無ければ価値は上がってしまうのだから。
「私が献血しちゃうと大魔術行使も可能になってしまうから無理ね。カトリーナとレイチェルとお兄ちゃんの三人なら大丈夫だと思うわ」
「え、献血するのは確定なの?」
「この間チヒロさんが買った魔石のせいで旅費が……反物を売れば現金は出来ますけど、ここで売っても対して利益は取れませんよ」
今現時点では現金をほとんど持っていないと言っても過言では無い。
もちろん最低限の現金はあるのだが、反物とこの間の魔石購入で5分の1まで減ってしまっている。
無いよりはあった方がいいので、ステフの苦笑い交じりの言葉に、タイチも頷くしか無い。
「終わったらその金貨で今後の食料買い出しよろしく。私達は先に宿に行くから」
受け付けている場所は城の入り口にあるらしく、3人はのんびりと会話をしながら歩いていく。
「加工済み魔石は、どこでも価値が一緒じゃないんですか?」
「レイチェルは知らないんだっけ?俺が戦争で南の国に協力してもらう為に出した条件は、初級魔術方陣精製概要と、加工済みの魔術道具を優先販売する事だぞ?」
「となると、必然的にここでは魔術技術の値段が下がっていると言うわけですね」
「そういうことだ」
「なるほど……ってタイチ様のせいじゃないですか!」
「こんな事態になると思わなかったんだよ。それに初級魔術方陣だったら国にそれほど悪影響及ばないし。かといって北に売れなくなった不良在庫の処理方法はこれしか思い浮かばなかったし、仕方ないさ」
レイチェルは納得顔で状況を飲みこむが、良く考えるとタイチのせいだとも言える。
みるみるうちに不満顔になって抗議するレイチェルに、その時の情勢を詳しく説明するタイチ。
喧嘩という形だが、二人とも、それなりに打ち解ける努力はしているようだ。
その後、3人とも献血を終え、金貨三十枚という大金の入った袋を持ち、途中で銀貨に両替を済ませ、商店街へと向かうタイチ達。
受付をしていたのは魔力の強さが分かる程度の魔術師らしく、特に疑われる事は無かった。
●
商店や商館が立ち並ぶ賑やかな大通りを歩く。そこを抜けると大きな市場が軒を連ねる一角に出る。
市場は人で溢れ返り、客引きの大きな声があたりに響いている。ガヤガヤと騒がしいが、それだけ活気のある証拠だ。
芳しい香りに釣られ、左右の果物や肉に心奪われるタイチ。
傍から見れば田舎者丸出しだが、その正体は、これ以上の活気がある城下町を持つ国の国王だった人である。
カトリーナはタイチの横にくっついて、食料という品物より、タイチという品物に御執心の様子。
レイチェルは二人の一歩後ろを歩き、今後の旅の献立に頭を悩ませている。
完全に無防備な三人。そのためか、鴨と判断した物取りの不穏な挙動に気づく事は無かった。
「おっとごめんよ!」
「タイチ君、大丈夫ですかぁ」
「ああ、大丈夫だけど……って袋取られた!?」
「レイちゃん。追ってちょうだい」
「わかった!」
10代後半と思わしき若い物取りは、そのままの勢いで駆け出していく。
その足は一般人にしてはすばやく、鍛え上げた俊足に自信を持っているのだろう。
レイチェルは軽く魔術で身体強化を施して、その後を追って行った。
いとも簡単に奪われたのはタイチが無防備すぎたのか、物取りが凄腕たったのか。おそらく前者だろう。
最初こそ遅れをとったが、相手が足が速いとはいえ、レイチェルは中位魔術師の部類に位置する。
魔術の使っていない一般人ならば、すぐに追いつく事が可能な速度を出す事が出来る。しかし物取りの動きは、裏路地を知り尽くしたものだった。
その姿を視界に捕らえていても、追いつく事が出来ない。
直線では圧倒的に早いのだが、途中で曲がられるとスピードを落とさざるを得ず、差が開いてしまうのだ。
そのまま翻弄され続ける事10分少々。どれくらいの距離を追いかけ続けたのだろうか。
物取りは疲れが襲って来たのか、息が切れ、肩で息をするようになり、振り返る回数も増えてきている。
このままだと追いつかれると判断し、一回人込みに紛れようと大通りへの進路を選択。
そのまま突っ込もうとした時、路地を抜けた場所に一人の商人の姿が映った。
レイチェルは助けを求めるため、大声でその商人に投げかける。
「その人、物取りです!」
その一言で察した商人は、不機嫌そうな顔をしながら物取りを見据える。
物取りは、視界の先にいるのが女だと分かり、後ろの魔術師少女よりは分のいい賭けだと判断。そのまま体当たりする事を選択をした。
完全に舐められたと判断した女商人は、不機嫌度を更に上げ、
独自の構えから一般人では感知すら出来ない動作で上段回し蹴りを叩きこみ、物取りを撃墜する事に成功した。
「ありがとうございました」
「いや、私も不機嫌だったからちょうどいいストレス発散ができた。礼を言われるほどの事では無い」
完全に伸びている物取りから袋を回収したレイチェルは、その女商人に向けて深々とお辞儀し礼を言う。
その子供らしい素直さに、女商人は照れているのか、顔を明後日の方向に逸らしている。
「それでは、私は戻らなければいけませんので、これで失礼させていただきますね」
「ああ、取り戻せてよかったな」
手を振りながら走っていく少女に、女商人は「最近の子供は礼儀正しいな」などと最近の教育制度の事について考えていたとか。
その後無事タイチ達と合流したレイチェルは、食糧を買い、両手にいっぱい持って宿への道を歩いていた。
見た目10歳前後の男女が3人歩いていると、仲のいい兄弟がお使いをしているようにも見える。
そのまま宿に入り、今日は1階に開放されているお食事処で済ませようという意見で固まったタイチ達。
中はガヤガヤと人が溢れかえり、皆が舌鼓を打ち、会話に華を咲かせている。
タイチ達は、この街の特産と言う名のどこにでもあるような大皿いっぱいに盛り付けられた、
羊肉の野菜炒めを小皿に分けるため、皆で突付いていた。
中々に美味なのか、サイフと同時に口も軽くなっているようだ。
「それでですね、追いかけていたんですけど、旅の商人さんと思わしき人が一撃でのしちゃったんですよ」
「すまなかったな、袋盗られちまって」
「今度からは気を付けてくださいねぇ」
「次お会いしたらお礼をしなくてはいけませんね」
レイチェルが女商人の体捌きを雄弁に語り、タイチに反省の色はあるが、特に気にしていなさそうだ。
その様子を見たカトリーナはタイチを戒めるが、あまり強くは出ていない。
この事から、カトリーナの中ではタイチを戦力外と認識している様子が分かるだろう。
ステフもその事には触れずに、助けてくれた人のことを考えている事からも、その様子を窺い知る事が出来る。
「そうですね、ちょうどあんな感じの……ってあの人です!」
「レイチェル。食事中に喋るのはいいですけど、人を指で示すのはいけませんよ」
「すいませんステフさん。本人を見つけたことで興奮しちゃいまして」
「あの人か。ちょっと若いけど、出来る人。という感じだな。レイチェル、ここに呼んで来て貰えないか?」
「いいんですか?」
ちょうど見つけたレイチェルはいきなりの事に興奮し、思わずフォークで指し、ステフがその礼儀作法を嗜める。
善意で呼ぶだけでは無い。タイチが呼ぶ事には理由がある。それは、
「この大皿を処理できると思うなら別にいいぞ。俺はもう食べれん」
「私ももうギブアップね」
「お腹が破裂しそうですぅ」
「……では、交渉してきますね」
未だに処理しきれていない羊肉と野菜のコラボレーションの山がそこにあったからだ。
ステフも口には出さないが、既に食べる事を止めている所から、同意見なのだろう。
レイチェルも凄く同意できるのでタイチの言葉に従い、女商人の元へ行く。
残飯処理を他人に頼む事への礼儀違反に誰も突っ込まないのか?
いや、王族から見た商人の扱いなんてそんな物なのだろう。
「こんばんは。さっきはありがとうございました」
「さっきの少女か。お前もこの宿に泊まっていたのか?」
「そうなんですよ。それで夕食がまだなら御一緒できないかとお伺いにきました」
女商人の視線の先には、未だ処理しきれていない大皿の周りを囲み、
背もたれに体重を預けてぐったりしているタイチ達がこちらの様子を覗っていた。
「……夕食代が浮くのは俺も願ったり叶ったりだ、御相伴に預かろう」
「ありがとうございます」
女商人は何も言わずにその様子を伺う。
その後、レイチェルに視線を戻し、その不安そうな上目使いの笑顔に負けたのか、
承諾の意を伝え、二人でタイチの下へと向かうのだった。
●
「クーリョンの乙女組商館にいた商人ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「…クレアだ、形式上乙女組の商人部署についている。お前はこの間見たな。ステフ、だっけ?」
「はい、ステファ・カーティスです。よろしくお願いします」
その後それぞれ自己紹介をするが、タイチとチヒロは本名を言うわけにも行かないので。
「ウィリアム・モルダーだ」
「…キャサリン・スカリーよ」
どこかで聞いたような海外ドラマの主人公で名を偽ったとか。
それに付き合うチヒロもチヒロだと思われる。
「そう言えば、あの時何でいらついていたんですか?」
「この先に盗賊が出没するのは知っているだろう?それで傭兵を雇おうと思ったんだが相場の3倍という法外な値段を吹っかけられたんだ」
「傭兵と盗賊の癒着の匂いが感じられるわね」
「そうだ、それに気づいた私は一度退出し、ちょうど不機嫌で街を彷徨っている時にレイチェルと出会ったわけだ」
確実に盗賊が出ると分かれば、それは商売として成り立つ。
盗賊団が出ないと傭兵の仕事が無くなるので、損得の一致を見たのだろう。
騎士を派遣できない弱小国に良くある現象だ。
「そうですか、じゃあ南に一緒に行きませんか?」
「それがどう繋がるんだ?」
「私達の方が傭兵より強いって事よ。これでも一応上級魔術師だし」
「これは良い出会いをしたものだ。たまには人助けもしてみるものだな」
自らの利益を考えないレイチェルの一言に、チヒロも仕方無しと解説する。
クレアも裏に何も隠していないと判断したので、その提案を快く承知した。
●
翌日の昼。
皆は盗賊の出るといわれている森へとたどり着いていた。
木々はうっそうと生い茂り、薄くそよぐ風で葉が揺れ、ザワザワと騒がしい。
昼だと言うのにあたりは薄暗く、腐葉土の臭いが鼻に不快感をもたらす。
時より鳥の泣く声が響き、薄暗さと相まって恐ろしさを演出している。
だが、そんな事にはまったく動じないこのメンバー。
今回は馬車の後ろにクレアの馬車を引きつれ、戦術的な洞察力が優れているカトリーナがステフの隣に立ち、あたりを伺っている。
その鋭い視線は、既に草むらに隠れている男の姿を捕らえているようだ。
「見張りさんが見えましたねぇ」
「傭兵がついていない事を確認したのでしょう。情報どおりなら襲ってきますね」
隣に座って馬を操っているステフでも動きを感知できるくらい密行が甘いらしい。
最初に決めてある作戦では、最初にある程度泳がせて一網打尽にする策を取っている。
そのため、気づいても今の段階では何もする気は無い。
そして地図上で森の中程まで進んだ時、草葉の陰で様子を伺っていた盗賊団が姿を現した。
既に全方位囲まれており、本来なら商人になす術はなく、商品を取られて終わり、のはずだ。
乗っているのが普通の商人なら。
「荷を全て置いて行って貰おうか」
30代前半と思わしき頭目がクールに宣言する。
自己陶酔が激しい性格のように見える。
そんな頭目の宣言をまったく聞いていない面々は、カトリーナの指示に従って即座に戦闘隊形に移る。
「クレアさんは私達の馬車の横付けして、ステフさんは馬を守ってくださぁい。チ……スカリーさんは馬車の上で大火力の準備を。私とレイちゃんで左右を守りますよぉ」
『了解』
「俺の出番は?」
「無いですから寝ててくださぁい」
「(´・ω・`)ショボーン」
盗賊達は手に小型の曲剣、通称ダガーを持ち、戦闘隊形に移ったチヒロ達に向かって突っ込んでいく。
ステフは腰から棒状の物を抜きさり、魔力を纏わせて変質させる。
チヒロ作魔術武具、ウォーターハルバードが、その本来の姿を現し、横薙ぎに一閃する。
ステフは牽制の意味も含めていたのか、その一閃は盗賊達の命を刈り取る事はなく、馬を守護する。
盗賊達はいきなり現れたハルバードに驚き戸惑い、慌てて距離を取る。
両者動くに動けず、こう着状態に陥った。
「ファイヤーウォール!」
「ウインドベントぉ!」
レイチェルが馬車の横から後ろにかけて広範囲に張った地面から噴出す火の壁に、カトリーナの風が混ざり合い、火を盗賊側に誘導する。
盗賊側は突如として現れた迫り来る炎に慌てふためき、距離を取らされる。
盗賊達が足止めされているうちに、チヒロの詠唱が終わり、とどめの一撃が全方位に放たれる。
「天と地を束ねし光の奔流。稲光と共に形を成せ。サンダーストーム!」
『ギャース!』
盗賊達は一人残らず電流を浴び、次々と倒れていく。
威力はスタンガン程度に抑えている様で、行動は出来ないものの、意識は留めているようだ。
ステフ達は道の脇に一纏めにして縛っている。
「もうこれに懲りたら襲っちゃだめですよぉ」
「すいませんでした!」
12歳の娘に説教されているガラの悪い男達。
盗賊達は早くこの場から立ち去りたいとわずかに動くようになった足を必死にバタつかせ、少しずつ後退して行く。
その挙動を、悪魔は冷めた目で見ていた。
「用事はこれで終わって無いわよ!」
「はい、なんでしょう!?」
「死にたく無かったら、金目の物を置いていきなさい」
チヒロは容赦なく邪悪な笑みで残酷な台詞を口走る。
盗賊から金を巻き上げるって……。と後ろで見ているタイチは思うが、チヒロの邪悪さに口をはさめ無い。
「ヒイィィー!これで、これでどうかお許しを!」
「それがあなた達の命の値段なのね。全員炭鉱夫になりたいの?」
「お前ら!早く今持ってる現金全部出せ!」
「……まあ、いいわ。今日の所は見逃してあげる」
「ありがとうございました!」
思いのほか収穫が多かったのか、ホクホク顔で逃がしてやるチヒロ。
全財産取られた哀れな盗賊達は、こちらを振り返らずに一目散に逃げ去っていった。
「一件落着ですね。タイチ様」
「あ、やはりタイチ王だったんですね」
「……ステフ、後でお仕置きな」
ステフとタイチの会話を真後ろから聴いていたクレアの声に、ステフは額から一筋の汗を流す。
この場合、ステフの油断か、それともクレアの蜜行が凄いのか判断は付き兼ねるが、ステフの一言でばれたのだからステフの責任だ。
俺はため息と共にクレアに向き直る。
「こうなったら仕方無いな。俺は本物のタイチ王だが、今は死んだ事になってる」
「やっぱり乙女組には分かられちゃうのね」
「城に入る事の出来るのは一部のエリートだけですし。会う機会は無いと思いますよ?」
「じゃあ、クレアはどこで気づいたんだ?」
「アレで気づかないとでも…?」
この世界で王族としての暮らししかしたことの無い俺にとって、どこが悪かったのか分からないが、クレアにはバレバレだったらしい。
「……それは後でゆっくり聞こうか。クレアの下の名前は?」
「…クレア・バリスエンスです」
「ファミルス国内で1,2を争う有名な大商人の娘か」
「私はバリスエンス商店の3番目の子として産まれ、貴族と結婚する為に教育されてきました。その過程に不満を持っていた私は、タイチ王の学園政策の事を聞き、成績優秀な人材としてアビー様に推薦されて、乙女組に入ったのです」
大商店が貴族入りを果たす為に貴族と婚約を結ばせるのは良くある話だ。そのうちの一人なのだろう。
商人な兄達を見て羨ましく思い、家族の反対を押し切って乙女組に入隊したらしい。
今では絶縁状態で、一人寂しくファミルス近辺で商売していたが、今回始めて南に来たそうだ。
「乙女組は女性の社会進出を目的とした組織ですしね。私はチヒロ様の専属になるまでは城メイドの傍ら戦闘部隊に配属されてましたし」
「私は初めから商人になれるようにアビー様に志願させていただきました。兄達を見てノウハウは分かっていたので」
表向きはそうなっているが、乙女組は元々、他国の情報を盗んでくる人員を確保する為に、女なら壁が薄くなると考えて集めさせた俺直属の諜報機関だ。
中には政略結婚まがいの事もして、様々な国の内部に潜ませている。
何も知らないで商人の役目を演じさせているダミーも沢山いる。クレアはそのうちのダミー役なわけだ。
まあ、クレア本人が商人になりたいとアビーに言ったのなら、その希望を叶えた形なのだろう。
「今までファミルス国内で順調に商えていたんですが、オルブライト家が王になるということで南へと範囲を伸ばそうかと思いまして」
「何故にアレックスが原因なの?」
「後任の経済担当が……」
元婚約者だったと。
ファミルス国の4大臣クラスの重鎮になれば、乙女組構成員がばれてしまうからな。仕方無いと言えば仕方ない。
二人の間で何があったのかは知らないが、クレアの苦々しい顔を見れば結婚するに値しない男なのだろう。
側近がそんなダメ貴族だとしたらアレックスの苦労が偲ばれる。
「初めてで、目的地が無いなら、一緒に来るか?どの道俺の正体知られた以上ただでは返せないわけだし」
「よろしいのですか?」
「こちらも本職の商人が欲しい所だったしな。このメンバーでは主に金銭面での苦労が多そうだし……」
「喜んでお付き合いさせていただきます。タイチ王」
俺は上を見上げ、既に故郷となっているファミルス王国での出来事を思い直す。
自分のわがままで推し進めてきたことが、このような影響を持って現れる。
今回はいいように働いたが。いずれ最悪の形で俺の下に来るのでは無いかと不安になる。
恐怖と不安、そして後悔が俺の身に降りかかる。
「俺のした事って……間違ってなかったのかな……」
「タイチ王は、私達民にとっては善王でした。王が変わったとしてもそれは変わりません」
「……ありがとな、クレア」
俺の呟くような声に、クレアは律儀にも反応してくれる。
俺には仲間がいる。信頼できる仲間が。
少しは頼って見るのも、悪くない。
俺は森の出口から差し込む光を見て明日を想った。
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絵文字とかタグ使って中二度アップ!
使って後悔したので今回きりの一発ネタだと思います。
国の要素は数あれど、一番必要なのはなんでしょうね?
誰か教えてください。
起が終わり、やっと承まで来れました。これから転はいつ来るのか。
結はどうなるのか。
それは私にも分かりません。
後5話くらい承が続きそうな気がしないでもない。
決断の時を改変しました。
裏と繋げて聖石の記述を無くしただけです。