アルフレイド帝国側:某会議室
ここでは先日見たような余裕の勝利を確信している表情をしている者は誰一人としていない。
そこにあるのは絶望と不安。
会議の雰囲気は重苦しい物となっていた。
皆。現場にいた司令官であるエドモンドから、戦いの報告を聞いて落胆している。
「なんという威力だ。このままではわが国が完全敗北してしまうぞ!」
「おまちください」
会議に同席していたクレファイス・ミカウェルが一人手を上げる。
彼の表情には落胆の色は無く、既に次の作戦を考え付いて、それが出来ると確信している顔だ。
「クレファイスか、なんだ?言って見ろ」
「はい、今まであのような攻撃をしてこなかったのは隠して起きたかったからだと推測できます。隠しておく理由はおそらく戦後のことを睨んでのことでしょう」
クレファイスが言っているのは内部から落とす策だ。外からはいくらタカが脅威でも、中からなら容易いと主張する。
クレファイスの主張に皆思わず頷く。もはやそれしか無いと分かっているからだ。だが懸念材料もある。
土地が豊かなファミルスに不和を引き起こさせられるだけの隙があるかどうか。そこが争点となる。
「ファミルスには不和の種があるという事かね?」
「はい、そこを付いて内乱を引き起こせば我が軍の勝利は容易いかと。既に準備は整っております」
クレファイスがあるというのなら付け入る隙はあるのだろう。それだけの信頼感は皆持っている。否、持たざるを得ない実績がある。
「なるほど、その作戦で行こう。発案者であるお前がいけ」
「承知いたしました。吉報をお待ちください」
こうしてクレファイスは一足先に会議室から退出し、使徒達に指示を出しにいった。
先ほどまでの進退窮る状態では無くなり、安堵の雰囲気が漂う。
ただ一人、上座に座って無言で聞いていた皇帝を除いては。
ファミルス王国:執務室
2ヵ月後。
タイチはチヒロとアビーを呼び出し、今後のことに付いて話し合おうとしていた。
執務室の中にいるのはタイチ、そのメイドのステフ、チヒロとそのメイド二人。そしてメイド長だ。
ちなみにメイド長はこの国で唯一のタイチ直属の部隊長で、もちろん聖石の事も知っている。知らなければ諜報などの業務に支障が出るためだ。
チヒロは行きなり呼ばれた事を疑問に思いながらも冷静に質問を投げかける。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「俺から言うのもなんだから、メイド長から詳しい事情を聞いてくれ」
「最近、国内の領主の間からタイチ王の不信任の声が上がっております」
「なっ、それってどう言う事!?」
予想外の事態に思わず声量の上がるチヒロ。だが既にタイチは冷静に分析している。
「おそらく、帝国の手の物による反乱工作だな。俺は貴族の間では心象最悪だからそこを突かれているのだろう」
部屋に漂う重い静寂。それを破ったのはこれからのことについて考えているチヒロの一言だった。
「それで、これからどうなると思う?」
「最悪のシナリオを考えると、おそらく国が二つに割れる」
「その後すきだらけのファミルス国領土を攻めると、首謀者を殺すだけで解決しないかしら?」
「それで済めばいいがな。どれだけの人数がいるのかも分からぬし、万が一を常に考えておく事も国王としては必要だ」
「万が一……まさか、クーデター!?」
「そうだ、いざとなったら俺の命を要求してくるだろう。メイド長はどれくらいの確立で起こると思う?」
「タイチ様の行動次第ですが、領主達にとって最良の選択をしても半々くらいかと。時間稼ぎをすれば多少稼げますが、それでも数ヶ月といった所でしょうね。
私達乙女組とタカ様が治めている魔術部隊、上流階級が集まるこの国は抑える事が出来るでしょうが、地方の領主は軍隊を差し向けてくる可能性が高いです。今までの政策で不満を持って居るでしょうから」
ここ数年は、社交界に頻繁に顔を出しているが、それでも上流階級以外の家臣貴族達とはなかなか接点が合わないし、政策は主に民の為に行なってきた影響で、地方領主級貴族達からの点数は驚くほど低い。
内乱の可能性は高いと見ているメイド長の言葉は、的を得た意見と言えるだろう。
「内乱の影響で国が取られるくらいなら、俺一人の命など安い物だがな」
「なに言ってるの!!? お兄ちゃんがいなきゃ意味ないじゃない!」
自殺願望とも取れるその物言いに、チヒロは感情を爆発させながら講義する。
だがタイチはどこか悟った顔をしながらその意見を曲げる事は無かった。
「……王としての責任もある。内乱は責任者である王が居なくなればそれで終わるだろう?」
「……生きて。なにがあっても生きぬいて!私は王女なんて肩書きいらない。ただお兄ちゃんと一緒に過ごしたいだけなのに。なんでお兄ちゃんは王に固執するのよ!」
その表情は怒り。悲しみ。そして想いという気持ちが篭った言葉だった。
タイチもチヒロを悲しませる事は本望ではない。
困惑した表情でチヒロの眼を見つめるタイチ。
しかし、チヒロはどこまでも本気だった。
「ねえ、お兄ちゃん、どこか遠くに逃げようよ。私はお兄ちゃんの居ない世界なんて……もう耐え切れないよ……」
それは一度分かれた経験があるからなのか、別れの悲しみを経験した事があるからこそ出来る、切ない表情だった。
瞳は涙で潤み、頬には涙の道が美しく光る。胸の前で手を組み、祈るような上目遣いで懇願する。
その信実な想いを正面から受け止めるタイチ。
「……そうだな、それも考慮しておこう。家臣のこれからの行動は予測でしか過ぎない。想像で終わればいいがな。それで俺達のこれからの行動だが」
少しはチヒロの想いはタイチの心を揺さぶる事が出来たのだろうか。
これが女性の涙によって現れる魔力なのか。
タイチは顔を横に背け、お茶を濁しながらその話を終わりにし、一つ大きく息を吸い込んだ後、表情を改め、今回呼んだ理由に入る。
「クーデターは起こるものとしての行動に入るぞ、何事も無いように行動はするが、聖石は人が持ってはいけない力だ。強すぎる力はいずれ身を滅ぼすだろう。最悪、奪われて大陸全土が帝国の物になるだろう」
タイチの考えるもっとも最悪なシナリオの一つを提示し、改めて二人に向き直り、そして指示を出す。
「まずはチヒロ、研究所にある最重要機密書類の類は全て燃やせ。停戦協定は終わっているから、もう兵器は作らなくていいぞ」
「そうね……兵器を作らないで良いというのは嬉しいんだけど、やるせないわね」
涙の跡は残っているが。己の立場も忘れない。自分の作った兵器の威力を見れないことを残念に思う気持ち。複雑な表情を浮かべるチヒロ。
チヒロの同意を得て、メイド長に向き直るタイチ。
「メイド長は下級家臣達の家に潜入捜査。クーデターが起きそうになったら報告しろ」
「畏まりました。今すぐにメイド給仕を派遣いたします」
「それと二人に協力して当たってもらいたい事は、聖石の隠蔽だ。魔力が漏れない布を被せて地下に埋めるぞ。今から被う作業に入っておけ。
「畏まりました」
「了解よ」
二人の同意によって今後の方針が可決され、二人は部屋を出て行った。
4人が退出していって静寂があたりを包む。
そこに残されたのはステフとタイチ。二人は顔を向き合わせ、ため息を付く。
いくら国の一大事であっても、タイチは全てを背負い込みすぎだ。
ステフはそう判断した。
「タイチ様、大丈夫ですか?」
「ステフ、お前はこの国に残れ」
搾り出す言葉は、ステフにとってもっとも残酷な言葉だった。
その姿は全てに疲れた老人のような影すら見える。
しかしステフは既に覚悟を決めている。私を家族とまで言ってくれて、側で優しく包んでくれたこの主君を守ると。
ステフは首を横に振り、明確な拒絶で返す。
「私はタイチ様のこと愛してますから、なにがあってもお側に居ますよ」
しばらくお互いに視線をぶつけ合う。
ステフを死なせたくないタイチの視線。タイチについていくという覚悟を決めたステフの眼光。
どのくらいの間そうしていたのだろうか。1秒?いや、1分位だろうか?
タイチとステフの間には、その一分が永遠で、その一分が全ての世界。
永遠に続くと思われる譲れない世界の応酬。
その戦いはタイチが認めるという決着で終わりを迎える。
タイチの瞳はステフの説得は無理と判断し、ステフの強固な覚悟を受け入れる。
これもまた、いつもの関係。受け入れるタイチと見守るステフ。いつまでもこの関係がいいなと、ステフは幸せそうに微笑んだ。
「……言うようになってきたじゃないか。そこまで言うならいつまでも付いて来い」
「もちろんです、タイチ様」
表の顔は厳しくも。最後は根っこの優しさと慈愛を忘れないタイチの側が、一番落ち着く居場所であると、改めて惚れ直し。そして好きになれた事を誇りに思う。
一転して明るくなった表情を浮かべるタイチ、その表情からはもう暗い影など微塵も無い。
「アレックスとアンジェリンを呼んできてくれ」
「はい、今すぐ呼んできますね」
躓きながらも前に歩こうと頑張るタイチ。その歩行を支えるステフ。
まるで姉と弟のような関係に、思わず笑い会う二人。
彼らの関係は、いつまでも変わらないようだ。
しばらくして、タイチが呼んだ通りアレックスとアンジェリンが入室を果たす。
緊急の用事だとの事で、アレックスの顔には焦りの色が浮かんでいる。
一方、アンジェリンは優雅に入室を果たす。いつでも自分のペースを崩さない姿勢は、貴族としての信念のようだ。
対照的な二人のようだが、対照的だからこそうまくいくのだろう。タイチは頭の中でそう結論付けた。
「ここがタイチ王の執務室ですの?なんと言うか質素ですわね」
「そう言えばここに呼んだのは初めてだったな。二人に話があるから他の者は退出してくれ」
アレックスとアンと共に付いて来たメイド達は自分の分を弁えているのか、タイチの言葉に何も言わずに「しつれいします」とだけ返して出て言った。
この場にいるのは何かが吹っ切れたようなタイチ。そして真剣な眼で側を守るステフの姿だ。
ステフは真剣な眼をしていながら、アレックス達に圧力が掛かる事は無く、その真剣さは内側に圧力が掛かっている。
それを人は、覚悟という。
「それで、どのような用件なのでしょうか?」
「お前達の父親は既に知っているが、この国には聖石と言う物がある」
「聖石、と言いますと通常の魔石より濃い濃度で魔力が貯えられている石と文献に載ってましたね。存在していたんですか?」
「さすがに博識だなアレックス」
タイチは次に、視線をアンジェリンに向け、問いかける。
「さて、今度はアンジェリンに聞くぞ。家臣の中での俺の評価はどんな物だと思う?」
「…最悪ですわね。最近は社交界によく参加して上流階級とは仲が良くなってきていますので心配はいりませんけど。地方の領主から見れば、ダム建設でほとんど全ての労働力が搾り取られ、魔術関係の施設はこの街に独占状態。さらに婚約者であるチヒロ王女の支配化にある。さらにタイチ王自身が家臣に利益のあるような政策を取ってこなかった。思い当たる事は他にも沢山ありますけど、大きい物ではこのくらいありますわね。いつ爆発してもおかしく無いと言っても過言ではありませんわよ」
「つまり家臣からの信頼は最悪レベルにあると言ってもいい。平和なうちは何とかなったが、今は戦争中で情勢や治安が悪い。
これは今までこの城下町に居る上流階級を中心に回っていて、地方の領主を蔑ろにして来たことが原因だが、どっちつかずになるよりはましだ」
「そうですね、地方の領主より城下町の上流階級を優先する気持ちは分かります」
「最近地方の領主で俺の不信任の声が上がっている。十中八九帝国の工作だろう」
「つまりこれをきっかけに領土内の家臣達が暴走する可能性がある。と言うことですわね」
「ある程度は予想していたんだがな。俺ならこの現状を知ったらまず真っ先に内乱を起こさせる。向こうも同じように考える事を考慮するとあまり長い時間持たないだろう。だからいざと言う時の備えとしてお前達を呼んだと言うわけだ」
「……ここに呼ばれた理由は分かりましたが、なぜ僕なのでしょう?」
「お前自分の立場が分かってないのか? 軍部を総括するアーロン公の娘を嫁に迎え、経済を支配しているオルブライト家の息子だぞ?俺が殺された時にはお前が王としてふさわしいじゃないか」
「ぼ、僕が王ですか!?」
「アレックス、もうちょっと自覚を持ってくださいな。あなたは一応王になる資格はあるのよ?」
アレックスは、いきなりの王抜擢に驚き、アンジェリンはその動揺を戒める。この関係は、二人の中で固定らしい。
「貴族によるクーデターだから貴族社会は崩壊しないだろう。国が割れて領主達から王が出ることは俺が絶対にさせない。上流階級で一番権力があるのはシーザーだが、長い間統治出来そうにないし、子も残せない。そういう意味ではアンジェリンと既に結婚していて子供を期待しやすいアレックスに出番が回るのはむしろ当然だ」
「……分かりました。その為の準備はしておきます。ですがそれを言う為に呼んだわけでは無いでしょう?」
「アンジェリン。あの美しい庭園はまだ残っているかな?」
「もちろんです。あの庭園は先祖代々伝わるエンドリュース家の誇るべき資産ですもの。そう簡単に手放すわけにはいきませんわ」
「あそこの下にこの国が持っている全ての聖石を埋める。表向きな理由は俺が全ての聖石を全て捨てたという事にする。何か問題が起こったら使え」
「鉱山にはもう無いのですか?」
「国家機密だぞ?最優先で全て掘り終えたに決まってるじゃないか。後残っているのは掘るのが危険な火山の下くらいだ」
「なるほど。わかりました」
「うむ、頼んだぞ」
「まるでタイチ王が失脚するのが既に決定事項のような言い方ですね」
「絶対にクーデターなど起こす気は無いけどな。努力はして見るさ」
「頑張ってください」
停戦協定は思いのほか速く進み、お互いがなにも権利を勝ち取れずに終わってしまう不毛な戦争だったが、それでもいいと思う。タカの体は一つしかない。いくらなんでも大規模魔術連続使用は無理だろう。聖石の魔力回復も待たねばならないため、実は余り時間が無かったのだ。このまま続けて死傷者が多くなるよりは良いに決まってるし、これからは家臣達の懐柔に集中できるから止むを得ないとも言える。
「タイチ様。よろしいでしょうか」
「メイド長か。どうした?」
その様子は普段の冷静沈着とは違って少しだけ慌てているような印象を受ける。
表情からは分からないが、周りに漂う雰囲気からそう感じるのだ。
長年の付き合いの賜物と言えるだろう。
「領地の中でミリスト布教が影ながら行なわれていると情報が入りました」
「……帝国の狙い通りの展開か。ミリスト教が表に出てきたという事は相手の計画が最終段階まで来ていると言う事だ。
大丈夫と思われる領主への懐柔を急がせろ」
「承知しました」
その後、反乱派のリーダーと思わしき人物から手紙が届いた。
「貴族出身で無いタイチ王にはこの国を治める資格無し。早々に退陣を要求する。そのためには、武力行使もやむ無しとする」
タイチはその手紙を握り締め、怒りに震えていた。
領主如きの身分ででしゃばりやがって。
だからと言って、こいつは踊らされている事にも気づいていないし、俺が何を言っても無駄なのだろう。
どう考えても喧嘩を仕掛けてきている。
タイチは乙女組を使って、下級貴族と領主の懐柔作業に忙殺される事になった。
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本編とはまったく関係ない後書き
あえてテンペスタ攻防を恥部として残してこのまま突っ走っていく事を宣言します。
ダメ設定とひどい文才ですが、完結までの大まかな流れは変わらないと思います。
対して文才の無い腐れヘボ作者ですけど今後とも見放さないでくれたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いしますね。