メイド長から最近の成果の報告書類を受け取って読んでいたタイチ。
その成果の評価を待っている際の立ち振舞いは、まさに完璧で瀟洒である。
書類の内容は女性商人部隊の利益。魔術研究の詳細。女性武官の育成状況などだ。
もちろん書類の中身については問題ない。
現在総勢700名ほどがここに居て、商隊以外はこの城の隣にある専用練習場を使わせながら交代でメイド給仕に勤めている。
多少見るので顔は覚えている。名前は一致しないが。
魔術研究は、チヒロが完全に乗っ取ってしまって研究一本で行く事になり、新魔術研究をする部署そのものが消滅してしまったので、溢れた人員を吸収し、新魔術研究や理論を検討する事などを引き継いだ部署だ。
男性は立ち寄れない規則になっているため、仕方ないから魔術軍隊の方に編入しておいた。なんか「またタカ様か…」とか呟いていた気がするが気にしたら負けだ。今は基本的にアーロン公が指揮を取っているので、出会う事は少ないと思う。
商隊は現在各国潜入密偵中の任務が3割、密偵して得た情報を繋ぐ連絡役4割。後は新人で訓練中だ。
やはり女性と言う事で脇が甘くなるらしく、口が軽くなったり迫られたりしているらしい。今度深い所まで探らせる為に結婚させる事も考慮せねばなるまい。選べないのは少し気の毒に思うが、仕事だと諦めてもらうしかないな。
口説いて来るのは一部の猛者たちで、普段は傭兵が睨みを利かせて身を守っている。でも実は傭兵より強い者達ばかりだ。襲われても何とかなるだろう。
報告を読み終わった俺は、最近懸念し始めた事をアビーに相談する。
「そうだ、メイド長。そろそろチヒロにも専属メイドがいると思わないか?」
「そうですね。チヒロ様もそろそろ四歳になられますから専属の一人や二人いないと格好が付きませんね」
「人選が問題だがな…」
メイド長も渋い顔をしている、どうやら頭を悩ませているようだ。チヒロは一見天才肌のマッドっぽく見えるが、ただ現代の知識を活かして使っているだけのふ…ふつう?のブラコン女子高生だったはずだ。
本などを読み漁った影響で、この世界に染まってしまった感が否めないが、たぶん普通だと思う。
俺にとってチヒロは守るべき存在だ、国際情勢があまり良くない今現在、有事の際に守るべき者が必要になる。
俺ではチヒロを外敵から守る戦闘力なんてないし、むしろ守られる側だからな。
「チヒロ様の行動範囲を推測しますと、まず研究所でやっている事を最低限理解できる能力が必要です」
「さらにわがままに負けない忍耐もな。乙女組で適う人材はいるか?最低限補助出来そうなメイドがいいな」
「では、その条件で魔術技術班に人材を探してもらいますね」
「よろしく頼む」
2日後、メイド長が二人の候補生を連れて来た。
「乙女組魔術研究部より引き抜いてきたレイチェルとカトリーナです」
「よ、よろしくおにぇがいします!」
「よろしくおねがいしますぅ」
メイド長が連れて来たのは、
髪色は明るい金髪ロングを比較的高い位置で纏めておろしたツインテール。体系は痩せ型で運動量が豊富そうなハーフエルフ。その体系のせいか、活発そうな印象を受ける。
レイチェル・ケンドールと言う名前で。現在10歳、まだ魔術戦闘レベルは中級者と言う枠組みに位置しているが、内包している魔力は強大で、将来が期待される逸材だ。
もう一人は、色の濃い青色を上半分の髪だけをまとめ、残った髪はおろしたスタイル。体系はふっくらと言う印象を受けるが、それほどスタイルは悪くない。話し口調はどことなく天然で、清楚な雰囲気が漂っている。
カトリーナ・エリオットと言う名前で。現在11歳、家が魔術師の家系の為か、幼少の頃より英才教育を施され、大人達と混ざっても遜色のない魔術技術能力を持つ天才少女だ。
「まだ若い二人ですが、チヒロ様に付くには妥当な年齢かと」
「うん、確かにお年を召している人に3歳児を任せたら何かとまずい気がする。主に作者のモチベーション的に」
「確かに、傍から見たら親子ですからね」
確かに、若い事は一つの武器ではあるのだが、それにはデメリットも存在する。タイチは二人に向き直り、深刻そうな顔をして二人に聞く。
「二人とも。一つ確認して起きたい事がある」
「はい!なんでせうか」
「なんでございましょぉ」
「二度と家族に会わない覚悟はあるか」
チヒロの側にいるとはつまりそう言う事だ。チヒロが開発している事は国家機密の塊で、これが外部に漏れれば国家の転覆の恐れがある。
この国には魔術技術しか他国に勝る物は無いからだ。そのアドバンテージが無くなった瞬間この国の価値は消滅する。
その為には、最悪この二人だけ隔離して24時間付きっきりにさせる事も考えなければならない。
タイチはその覚悟を問いたいのだ。
タイチの問いに戸惑う二人、メイド長は理解しているのか、後ろの方で事の成り行きを見守っている。
タイチは机の上にひじを乗せ、手を鼻の前で組んだゲンドウポーズで二人の結論を待つ。
そして二人の出した結論は。
「だいじょぶよー。レイちゃんと一緒だものー」
「カトリーナ!?……はい、私もカトリーナと一緒ならば大丈夫です」
二人はとても仲の良い親友のようだ。
メイド長がくれた二人の資料には、二人は両親の仲が良かった事から幼少の頃からよく遊んでいて、今では唯一無二の親友として支えあっていると言う。
戦闘では、力はあるが短気で直情派のレイチェルを、冷静に戦況を見つめるカトリーナの戦術により、うまく操って敵を倒す事が出来る。
普段は、レイチェルが体力仕事で、カトリーナが理論を考えるのを補助していると言う、まさに公私共にお互いを必要としている仲。だそうだ。
俺は体勢を崩さずにじっと二人にプレッシャーをかける。
王のプレッシャーに二人の顔色はみるみる青くなっていくが、それでも目を逸らす事無く直立姿勢を維持している。
「…そうか。では二人にはただいまから守秘義務が与えられる。研究所内で見た事、聞いた事、感じた事。全てを口に出す事は禁じる。守れなかったら即切られるからそのつもりでいろ」
『はい、分かりました』
タイチは放っていたプレッシャーを抑え、メイド長に軽い感じで話しかける。
「メイド長。この二人俺に欲しいんだが」
「ではステフと交代にしましょうか」
「アビー様!?私はタイチ様のお側が一番幸せなんです!ぜひ、ぜひ御再考を!」
後ろの方で先輩メイドとして。また、タイチ専属メイドとしての威厳をバリバリ与えていたステフは、俺達の軽い応酬でその薄い皮が剥がれた。
ステフはメイド長に泣き付き、懇願している。今まで睨みを利かせていたメイドのあられもない姿に、二人は呆けながら見ている。
「ん?ステフはチヒロにつくのが嫌なのか?」
「タイチ様。そう言う事では無くてですね。チヒロ様には大変お世話になっているのですが…。タイチ様のお側にいたいんです!」
「まるで愛の告白ですね」
「まったくだな」
頬を膨らませながら顔を真っ赤にして、からかわれた事について抗議するが、俺とメイド長は軽快に笑う事で返した。
場に穏やかな空気が流れ、二人はようやく一息つけたようだ。
二人の成長に期待だな。
<チヒロ>
学校終わったらまっすぐ来いと言うお兄ちゃんのお願いを受けて、私は今、城内を歩いている。
工場生産力は多少向上したが、魔石自体の単価が高いのでまだ普及率はあまりよろしくない。
だが、私の作った紡績機が総合的に見ると利益が高いのは分かっているので、これに目を付けた商人は賢いと思う。
しかも初期生産型なので故障したらもれなく私の修理保障付きだ、これで技術者達に構造のノウハウを教えて学習させれば修理屋業も営めるかもしれない。
魔術生産技術は国家機密に指定してあるので、選ばれた職員以外は修理の時立ち会う事が出来ず、守秘義務も負わせている。
だから城下町以外には工場を置けないが、それは仕方が無い。
どこまで情報の隠蔽が持つか分からないが、もしばれれば即死刑だから、今の生活を捨てて情報を流す意味はあまりないはずだ。かなりの高給取りだし。
…そう言えば、今私が働いている所の名称ってまだタカ・フェルト魔術研究所だったわね。改名するようについでに頼まないと。
私はドアを叩かせ、そして入室を果たした。
「どうしたの?おに…今日はいやに人が多いわね」
チヒロは入室してから室内の状況を見て、知らない人がいる事への警戒感をあらわにする。王族モードで威厳を見せているようだ。
まあ、それは王族がなめられたら困るので特に何も言う気はない。
むしろ見ず知らずの人を信用するようではこの世界では生きていけない。
「チヒロ、今日はお前に専属メイドが必要だと思ってその紹介にな」
「…ふーん。この二人がねぇ…」
チヒロはおどおどしている二人を視姦するように足先から頭の天辺まで凝視する。
「で、この二人は何が出来るの?」
「それは二人の口から言うべきだろう。俺の所に資料はあるが、本人から言うのが道理だ」
なるほど、それは一理あると思ったチヒロは改めて二人を見やり、自己紹介をさせる。
「…そこの金髪。名前は?」
「は、はい!私の名前はレイチェル・ケンドールと申しまして、しぇ、魔術戦闘が得意です。主に力仕事でサポートしたいと思います!」
「んであなたは?」
「私はカトリーナ・エリオットと申します。魔術研究の補佐としてお役に立てるかと思われますので、よろしくお願いしますぅ」
緊張で固まっているレイチェルと、ゆったりマイペースのカトリーナ。共通しているのは顔が青くなっている事だ。まだ幼いとはいえ、この程度のプレッシャーでうろたえられるとチヒロとしても困ってしまう。
「ある程度のメイドマナーは教えているはずだから、そこは心配しなくていい。彼女達にはランクAまでの魔術研究の許可をやる、場合によってはSに行け」
ちなみにランクとは国の魔術隠蔽度合いを纏めた物で、Sランクである聖石を使った魔術の存在以外は全て教えていいと言うものだ。
儀式魔術や生産魔術の、チヒロの持つ知識全てを叩き込んで良いと言う意味で言っている。
ちなみにこれは。B、A、Sがあり、それ以下は無い。
ランクBは、一般向け産業魔術を大量生産している職員が、通常の業務で差し支えない程度の魔術知識で、守秘義務はあるが、特に問題は無い程度だ。
ランクAは、他の研究員とは一線を博した、チヒロの近くで研究する事を許された精鋭で、合成魔術研究の行なわれている場だ。チヒロの指示に従って産業向け、軍事向けなどの魔術道具を生産している部署の事だ。
ランクSは、先ほど言った様に聖石を使って大魔術行使を目的とした物で。これは今現在、俺の周りといつもの責任者級貴族しか知らない事柄である。
チヒロに言った意味を要約すると、「研究所で情報開示をしてもいいが、聖石の存在を教えるかどうかはお前に一任する」と言う意味だ。
チヒロは、未だにプレッシャーを与えていじめているが。まあ、大丈夫だろう。あれは遊んでいるだけだ。
プレッシャーを与えられている本人達は、顔を既に土気色にさせているが、それでも気合で直立不動を維持している所は評価してもいい事柄だ。足はプルプル震えているが。
「分かった、じゃあ研究所で能力テストね。ああ、そうそう。研究所の名前「チヒロ魔術研究所」に改名したいんだけどいい?」
「まだ変えて無かったのか?俺はてっきり既に変えた物と思っていたぞ。申請書送れば判子出してやるから後で提出しておけよ」
「名前なんか本当はどうでもいいんだけど、やっぱ私の名前の方がいいんじゃないかって思ったのよ。後で申請しとく」
そして数日後、「実質チヒロ魔術研究所」から「チヒロ魔術研究所」に正式に名称変更が行なわれた。
チヒロ魔術行使第5実験場
そこは一周400メートルのトラックが丸ごと入りそうな広い土地、そこにチヒロ魔術研究所所有の実験用グラウンドが存在する。
現在そこには、新しくチヒロのメイドとしてのテストを受けるべく姿勢良く並んでいる二人と。
試験官であるチヒロが仁王立ちして立っていた。
傍から見るとその身長差は歴然で、1メートルにも満たない幼女と、まだ幼い少女二人が遊んでいる用にしか見えないが、これでも立派な試験である。
遠目で職員達が草葉の陰から見守っている事を完全無視してチヒロは試験開始の宣言をする。
「それでは、あなた達が私の専属にふさわしいかをテストさせていただくわ」
『はい!』
威勢のいい返事に、チヒロも心なしか満足げだ。
「それじゃ、レイ…チェルだっけ?から魔術関係の自己紹介をしなさい」
「はい!私は火の魔術が得意で、区分は中級者の上の方。近接戦闘が得意です」
「カトリーナは?」
「私はぁ、風の魔術が得意で、区分は初級者と中級者の中間。状況判断が得意ですねぇ」
ちなみにチヒロの今の能力的には、風と水を合わせた雷撃魔術を得意としていて、区分は上級者、遠距離から圧倒的な火力でなぎ払う事を得意としている。
チヒロも大概天才少女だ。だが、0歳から一流の講師に訓練して貰っているのだから、王族の魔力も一因ではあるが、文字通り年期と環境が違うのだろう。素が良くてもコントロールや知識を学習する過程の苦労は、皆相応に一律だ。
アビーがチヒロの適性を良く考えた上でこの二人を選んでくれたのは分かるが、彼女達のメインは研究所の補助だ。
魔術研究と共に、有事の際に役立ってもらわないといけない。戦闘訓練や戦術授業は継続して行なうべきとチヒロは判断した。
チヒロはその場で一通り魔力コントロールの錬度を見て、言うだけの能力はあると判断し、次は研究所へと足を踏み入れる。
チヒロ魔術研究所第3研究室。
そこにはチヒロが失敗した魔術道具や、理論が数式通りに行かなかったのか、くしゃくしゃに丸められて捨てられている紙の束。
全て国家機密ランクAの資料である。さらに奥には聖石を使った理論もあり、ランクSに相当する場所でもある。
先ほどの行使実験場もこの研究所も、敷地面積は他より狭いが、チヒロの自宅である城に近い事からここを使っている。
そのおかげかは知らないが、城に近い研究所ほど深く魔術に携われると職員達の中でささやかれている。それはあながち間違っていない。
「あなた達はどの程度の知識があるの?」
チヒロは自分の席に着席し、入り口で姿勢良く直立している二人に説明を求める。
「私は!魔法陣の理論を読む事は出来ますが、自分で作れるほどではありません」
「私はぁ、合成魔術の魔法陣を書く事が出来ますぅ」
大分チヒロのプレッシャー小姑攻撃に慣れてきたようだ。
初めの頃より顔色がいい。それでもまだ青いが。
ここのこの国最高の職員達のレベルが大体合成魔術から儀式魔術の魔法陣が書けるレベルだから、カトリーナの能力は既にここの職員レベルに達していると言う意味だ。
その知識の割りに能力区分が低いのは、おそらくレイチェルを実験台にしているからだと言うのは想像に辛くない。
理論のカトリーナに実践のレイチェル。おそらく二人で一人のメイドと扱えば一人前とアビーは判断したのだろう。
「じゃあ、カトリーナ。これは理解できる?」
チヒロ秘密棚より取り出したのは、聖石を使った大魔術儀式理論の概要書だ。
これを読み解けるようになればこの国の技術者でチヒロに次ぐ知識の持ち主となるのだが…。
「うーん、理論は分かりますが、この魔力量を満たせるような魔石を用意すると、直径20メートル級の魔石が必要じゃないですかぁ?」
どうやら理論は理解出来ているようだ。カトリーナの知識は、この国の最高水準に達していると見ていいだろう。
「そう、じゃあ二人とも帰っていいわよ」
『ええ!?』
いきなりの退出命令に二人は驚き戸惑い、直立姿勢を解いてあたふたしている。
「ああ、勘違いさせたわね。明日からここに住み込み出来てもらうから荷物持ってきなさい」
ランクSの事柄を教えるとなると、研究所以外は乙女組の監視付き、まともに外に出れなくなるなどの制約が付く。
チヒロ一人では限界があるのも確かだ。どこかで誰かを入れなければならない。
しかし知った物を安易に外に出すほど国は穏やかな情勢ではない。
「私と共に外に出ないとまともに街を歩けなくなるわよ。それでも良いなら。明日来なさい」
『はい…』
プレッシャーを完全に離散させて暗い雰囲気で椅子に座るチヒロ。今の彼女達には、返事を返す事しか選択肢は無かった。
「そう、やはり来たのね…」
翌日、研究所に姿を見せた二人に、チヒロは悲しげなため息を付いた。
「この国を守る王族に全てを任せて過ごす事なんて出来ません!私は自分の意思でチヒロ様に仕えたいと思っております」
「お母様はぁ、分かっていただけましたし。私の事を誇りに思ってくださいましたのぉ。私もぉ、国の為に何か役に立てればいいと思ったんですぅ」
そこにあるのは決意の光。自分達からここに来た以上、チヒロから言う事など何も無い。
「じゃあ、今日から専属メイド。よろしく頼むわ」
『はい、私達はチヒロ様に忠誠を誓います!』
その日から、チヒロの周りは賑やかになった。
「うふふぅ。ここがこうでアレを入れて。ここを書き加えて…」
「573,574,575…」
知的探究心の赴くままに研究を続けているマッドなカトリーナと、
普段から体力増強に努めて無駄に暑苦しいレイチェルを迎えたチヒロは思った。
「私…絶対選択誤ったわ…」
一日目で既に激しい後悔に陥っているチヒロ。
これが受難の始まり出ない事を祈る。
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あれ?書き直しても結局チヒロ落ち?
まあ、明るめな感じでいいんじゃないでしょうか?