「なんかさ…、最近休み貰ってもやる事無いんだよね…」
何年経っても書類は減らない事にはもうなれました。
特に最近は各国の情勢が著しく悪いから尚更です…。
まあ、若い頃の内政に手を出していた時期と比べれば書類の量なんて大した事無いさ。
最近の追加書類は主に家臣達への召還手紙に判子を押す事が多いかな?なぜ口頭で言わさないんだ…。
昨日来た時に次は明後日来て下さいと言えばよかろうに…。
どうせこの国に住んでるんだからむしろメイドさん達に伝えれば済む話だろう?
貴族ってめんどくさい…。
そんな感じでぶつぶつ言いながら書類を整理していると、いきなり響くドアの音。
ステフが応対にドアを開くと、そこには珍しくまともな格好をしたタカ・フェルトが入室して来た。
なぜまともな格好を毎回していないかと言うと、タカ・フェルトの訪れる理由の約90%がチヒロに何らかの被害をこうむったかの報告と、もう止めるようにと懇願に来る事が大半だからだ。
1週間に最低1回はこのような事があるので、もはや日常茶飯事だな。
珍しく普通の格好をして訪れて第一声がそれだ。
構ってくれオーラだしまくりなのでとりあえず相槌を打って見る。
「それでわざわざ仕事中の俺の所に来たと?」
「そうなんだよ。みんな僕の事尊敬してくれるのはいいんだけど、なかなかプライベートに応じてくれる人がいなくてね」
全然俺の嫌味に反応せずに自分のことを話し始めるタカ。こいつはやはり空気が読めない…。
タカ・フェルトがプライベートのお付き合いに呼ばれないのは、主に部下へのセクハラ、理不尽な要求、自分のこと最優先で部下の訓練を放り出すからだ。
そのように報告書が上がってる。むしろ嘆願書が来ている。仕方が無いので訓練はアーロン公に頼んだ。
まあ、魔術師と歩兵&騎馬部隊との連携は不可欠だったからそれはそれで必要な事なんだが、そんな事では魔術隊員の魔術レベルが上がらない…。
対策にタカ・フェルトの書斎から適当に本漁って勉強していいよと言っておいた。許可証も出して上げたので大丈夫。今の所タカの不平不満は出ていないようだ。本は別にどうでも良かったのか?魔術は発想だから理論はどうでもいいっぽいな。
仕事では尊敬されている。それは間違い無い。だが個人的お付き合いはごめんなさい。そう言う状態だそうだ。
本当に大丈夫なんだろうか…我が軍は…。
いや、タカ個人は強いんだ、それは間違い無い。そう信じざるを得ない。悲しすぎて。
同情したので話に付きあってやる事にしたタイチ。机の上には判子待ちの紙束が鎮座しているがこれを明日に回す事を決めたようだ。
「そう言えば、温泉が完成したって貴族向けのチラシが流れてきたんだけど」
「ああ、そうだな…」
嫌な予感がする…主に昔から伝えられてきているアニメの王道パターンの如く…。
「兄貴、一緒に行こうぜ!」
「…ああ、そうだな…」
「善は急げだ。俺明後日まで休みに『した』から今から行こうぜ」
「え!?」
その言葉に反応したのはステフ。そうですね。王道パターンですね。
「私もチヒロ様から誘われてこの後お休み貰って行く事になってました…」
ものすごく嫌そうな目をしている。何とか止めろと訴えている目だ。顔に出していないのは凄い成長したと思う。
メイドに休日は無い?いや、普通にあるんですけど、奴隷出身のステフはこの城に住み込みなので実質無いと言っても過言ではない。
休みを与えても俺から離れない所はまさに俺専用メイド。と言った所だね。
まあ、メイド一人で俺専用にすっと仕えるとか、そんなどこぞの24時間販売小売店経営ゲームみたいな張り付き具合では決して無い。
描写はされないが、一応ステフが居ない時には、乙女組の総力を上げて俺に持て成してくれるから特に問題ない。
休みの日の出来事は特に聞いていないが、なんかチヒロとの親密具合を見ると通っているようにも見える。
女性同士で気が合うんだろうか?まあ、気にしても答えは出ないので保留。
そのチヒロと共に休日を過ごすらしい。
「タカ…その、今日は止めないか?明日という手もあるし」
「兄貴、明後日貴族達と会議だろ?」
そうだった…。ならば言い訳の最終手段。
「チヒロが良いと言えば行ってもいい。だがダメといったらダメだ。それでいいな?」
「それで構わないよ」
「ステフ、念話石を」
「はい、こちらになります」
どこかステフの香りが残る直径三センチ位の水晶を、俺は両手で固く握り締めた。どうか断ってくれますようにと願うかのように。
「チヒロ、今大丈夫か?」
(…大丈夫だけど、なにか大事な用事?)
チヒロっていつも大丈夫って言うな…しっかり授業受けてるんだろうか?学力は心配して無いけど…。
「学校終わった後、タカと俺の二人も同行させて貰う事は出来るか?」
(え!?お兄ちゃん行くの?じゃあオッケー)
…空気読んでくださいよチヒロさん…いや、ある意味空気読んだのか?
そう言う事で俺達の動向が決まり、俺は明後日の会議の為に書類の山に埋もれた。
その頃オルブライト家では。
「アン、そう言えば僕達新婚旅行行って無かったね。これ一緒に行って見ようか?」
「なに、これは?…タイチ王監修の保養施設?いいわね、行って見ましょう。あら?これ今日からじゃない。オルブライト家が一番に行くべきですわね」
「そこで権力見せなくても…」
二人の滞在が決まっていた。
「おい、チヒロ…これは何だ・・・?」
「転移装置だけど?」
ここはファミルス城の隣にある森、学校終わりにチヒロが俺の執務室に来たが、仕事が終わって無くて太陽がもう少しで沈む所まで来てしまった。地球で言うと4時くらいだ。
ここにチヒロが作った転移施設があるらしい。整備された研究所までの道を少しだけ歩く事10分くらい、そこにそびえ立っていたのは…。
「何で国家最重要機密である聖石がこんなに堂々と鎮座してるんだ!?しかもでかい?!」
そこには高さ20メートル程の塔の天辺に丸いモニュメントに見せかけた聖石の塊だった。遠目から見ても圧倒的威圧感を放っている。
周りには直径2.5メートルはあろうかと言う巨大な魔石が4つ囲んで鎮座してある。
魔力の流れを見る限り、この魔石から聖石に魔力を集めて、聖石の保有魔力量を回復しているようだ。
「聖石の保有魔力量を多くするためには、体積を大きくするしかなかったのよ!」
どう見ても隠していない聖石。隠蔽性は皆無だ。城近くの郊外の森の中にあって良かった…。
「どれだけ金をかけてるんだ……仕方ない。外側からさらに塔で覆って隠すしかあるまい…」
俺がこれからの案を練っていると後ろから規則正しい靴音。そしてそこから出てきたのは。
「タイチ王。ごきげんよう」
「ん?おお!アンか。どうした?…ってここに来た以上一つだわな」
こんな木々がうっそうと生い茂る所に来る理由なんてたかが知れている。どう考えても温泉利用者だ。
「ええ、今日から始まると聞いて城に問い合わせたらタイチ王の仕事の終了待ちと言う事で呼ばれるのを待っていたんですの」
「それは悪いことをしてしまったな。俺が監修した温泉だ。ゆっくりくつろいでくれ」
「いえ、タイチ王もお忙しいのは分かってますから、気にしませんわ」
アレックスとお付のメイド達3人も一応隣にいる。今回はちゃんと描写されるのか?
今回の先導役はサンダース・ライトバック。研究所ナンバー2で、小間使いで有名な苦労人。
趣味は紅茶の葉っぱ収集で、研究所内でいつも試飲しているので周りはとてもさわやかな香りに包まれている。らしい。
一章以来の出番で張り切っている御様子だ。
ちなみに先導役とは、研究所から魔力保有量の多いチヒロを除いた職員2名で組織された、転移する役目を仰せつかった名誉ある仕事。とチヒロは言っていたが、実際荷物運搬役だ。
早速参加者達は現地に向かう為に施設の中に入る。
そこに書かれていたのは、巨大な魔法陣だった。
いや、巨大な魔法陣と言うのは語弊がある。魔法陣は直径1.5メートル程だが、その周りに書かれている謎の言語。それがずっと淡い青色の光を放っている。
「この謎の言語はなんだ?」
「これは私が2週間献血して少しずつ集めた血を、法則に乗っ取って2週間かけて書き記したものよ。この血の魔力のおかげで火山に漂ってる魔力と同等にして、目印の役割をしているわ。転移するための魔力は別に必要だけど。おかげで慢性的に体の中にある魔力足りないわ、朝に弱くなるわ。貧血起こすわ。冷え性になるわで大変だったのよ」
横でもう二度とやりたくないわね。等と言っている横では、タカはともかく、ステフがポカーンとしている。
魔術同期作用の応用で、この塔と火山を繋いでいる対になった存在で、火山に溢れる魔力と同じだけの聖石を用意するのは現状では経済的な理由でほぼ無理だ。聖石の在庫が無くなる事はこの国のきり札を無くすに等しく、本当はこのような目的に使いたくないのだが、研究テストの資料として残しておく分には…構わない…あれ、涙が…。
有事の際には分解して使おう…。
※ちなみに幼児の献血は危険ですので真似してはいけません。
「それでは、魔法陣にお乗りください」
エレベーターくらいのスペースに、参加者全員が乗り終えた所を確認したサンダースが魔法陣に乗って体中から魔力が放出されたと思った次の瞬間。そこは既に火山の麓だった。
転移に成功したのを確認したサンダースは、そのまま無言で酔っ払いの様にふらふらと歩いたかと思いきや、横にあるソファーに倒れ伏した。
どうやら魔力が底を付いたらしい。
「これを…毎日…?」
「荷物運ぶ為にしょうがないじゃない。調味料とかベッドとか運ばなきゃいけなかったんだから」
サンダース・ライトバック。彼の寿命は思いのほか短いかもしれない。タカほどじゃないが。
転移した場所はエルフの里側にしつこいくらいに隠蔽を依頼したのでワープした地点は、すのこで下の魔法陣は隠されているようだ。
赤枠が書いてあるが、おそらくこの範囲に入れば転移が出来るという目印なのだろう。
しばらくするとエルフの仲居さんが出てきた。
「ようこそ、エルフの火山温泉へ。それでは御案内しますね」
この温泉の概要は全て俺監修で行なわれている。これは温泉旅館などこの世界に無いからで、俺好みの温泉旅館にする為に権力を少しだけ使ったのは言うまでも無い。
全面木で出来ていて、どこか温もりを感じさせる入り口を抜けると全面絨毯張りのフロントに廊下。その中を案内されて来た部屋は一人部屋で、質素な中流貴族の寝室、と言った様相で、備え付け深さ50センチ、直径2メートルくらいの割と高価な個人温泉からは常に温泉の湯が沸き出ている。
膝まで浸かる足湯も出来れば体も浸す事の出来る。ちょうどいい規模だ。
部屋に備え付けてある服は、タイチが特注で注文した、浴衣に似ているようで微妙に違う服で。ゆったりと余裕のある服ではあるが、1枚で構成されている服ではなく、シャツとズボンに分かれている寝巻きだった。
一人用の貴族部屋だけでは、家族で賑わう事が出来ないと考えたタイチは、歓談室と言う物を用意。間欠泉を見ながら、のんびりと会話の出来る空間を演出している。時おり激しい揺れに襲われて驚く場面もあったが、しばらくしたら慣れた。
独立志向の高い貴族は基本的に一人で寝る。その意思を尊重した結果だ。いきなり日本式の雑魚寝をするには貴族はプライドが高すぎる。
俺達は、一通り全てを見て回って、後に着替えてから歓談室に集まる事を約束してその場は解散した。
この宿のルールで、ドレスを脱いでゆったりと過ごして欲しいと言う気配りからなるものだったが、アンは微妙に不満を口にしている。
まあ、ここはアレックスに任せておこう。
アンとアレックスが二人で着替えに行くと、タカが喋りだす。どうやらアーロン公の娘にはあまりまずい所を見せたくは無い様だ。
まずいと自覚しているなら止めればいいのに…。
「よし!さっさと着替えて一番風呂だ!この旅館のオプションで、湯に浸かりながら酒が飲めると書いてあったから、風呂に入りながら一杯やろうぜ!」
※未青年の飲酒は法律で禁止されています。誘う事もしてはいけません。絶対に守りましょう。この世界ではその限りではありませんが。
「アレックスを誘え。俺を巻き込むな…」
「まあ、見た目8歳に酒をすすめるのも俺もどうかと思う。じゃあアレックスと飲みまくりだ!」
まあ、今日は無礼講だから強く言うのも控えよう。
皆が揃い、この旅館最大の見せ場。大露天風呂に向かう。
足湯、うたせ湯、サウナっぽい物は、別の部屋にあり、露天風呂は専用の場所にある。
もちろん男女で分かれている。状況により仕切りを取り払って水に強い繊維で作った服で入浴させる事も考慮しなければいけないな。
今特注で作らせている最中だ、転移人数に限りがあるので、貴族家族専用とかしたら良いかもしれない。
タイチ達は、脱衣所で脱いで温泉に入る。周りが段差で半身浴っぽく加工した作りになっている。
露天風呂はタイチのごり押しだが、その他は入浴の習慣が無い西欧人っぽい習慣をしているファミルス国民向けだ。
ここでは裸の付き合いな習慣は無いので、アレックスは凄く恥ずかしそうだ。タオルで隠しているので大丈夫だろう。
タカは、早速酒を持ち出して裸ではしゃいでいる。まあ、あれは放置しておこう。
俺とタカが半身浴で浸かり始めたのでアレックスも真似して浸かる。温泉の通常の効能は見えないが、魔力が体に吸収されていくのは魔術の心得の無いアレックスでも体験できる。
「うわ!何か染み込んでくる感覚が!?」
「それ魔力だから。この温泉は火山の影響を受けたお湯で、浸かれば魔力を回復できると言う特性をもっているんだ」
浸かり始めた瞬間は驚き戸惑ったが、しばらくすると落ち着き、俺と飲む事を諦めたタカが、アレックスを勧誘する。
「アレックスよ。温泉に入りながらの酒は最高だ。さあ、飲め、飲め、ノメー」
もう既に酔っ払っているタカは、アレックスに凄い勢いで飲ませている。
普段晩餐会で鍛えた肝臓もこれには耐えれまい。
しかも今回は温泉に浸かりながらなので血流の流れも速い。
あっという間に酔っ払い二人が出来上がった。
タイチは、無礼講を体現した飲み方でお互いにテンションが最高潮状態な二人から逃げるように、端っこへ移動するのが精一杯だった。
まあ、二人とも楽しそうで何よりだな。のぼせたら助けてやるから頑張ってくれ。
3人が半身浴で浸かっていると。仕切りの向こうから女性人の声が静かに響いた。
「んーアンジェリンさんの胸はやっぱり大きいわねー」
「年齢の差ではないでしょうか?しばらくすれば大丈夫ですわよ」
「あのー私も一緒に入ってよろしいんでしょうか?」
「いいのよステファ。今は私の友人待遇で来てるんだから」
「そ、それでしたら失礼いたします」
それは戦争開始の合図だった。
今まで叫んでいた二人がいきなりその動作を停止する。
ギギギギギggg………。
ロボットの様に少しずつ腰の間接を曲げる二人。そして耳が仕切りの方向を向くとピタッと止まる。
賑やかな姦しい声が静かな男湯に響いていく。
そして二人の狼は………
目覚めた!
水を貯めておく手桶を縦に綺麗に積み上げて行くタカ。敷居の横から覗けないかと岩山を登り始めるアレックス。
その間二人共物音を立てない。
タカは今まで見た事もない魔術を使って綺麗に積み上げていく。
アレックスも、何か武術の心得があるのか、すいすいと岩山を上って行く。
アグレッシブに行動しつつ、音をまったく立てていないという無駄に高レベルな技能を発揮している二人。
二人の行動は対照的だが、唯一つの共通点がある。それは…
桃源郷への到達!
一足先にタカの手桶が仕切りの上まで到達。そしてその桶をするすると登って行く。
その間まったく桶は微動だにしていない。魔術が掛かっている所が見えないため、おそらく身体技能のみで上っているのだろう。
そしてタカがその桃源郷を覗こうと手をかけて顔が仕切りを乗り越えた瞬間。
「アイスビーム!」
「合成完了。擬似サンダーボルト!」
「みえ…クッ、ぎゃー。……ぐへぉ!?」
ステフとチヒロの魔術が炸裂し、タカはそのまま重力慣性に逆らわず落下。手桶はばらばらに崩れ去った。
顔には必死にレジストした氷が頭全体にまだ付着しており、氷をレジストしている間に擬似サンダーボルトをやられた影響でそのまま感電して気絶している。
落ちる時に激しく腰と頭を打ちつけたが大丈夫なんだろうか?
まあ、大丈夫だろう。タカだし。
その隙にアレックスは桃源郷へと到達していた。しかし…
「まさか!?脱いでないだって!?」
「む!?そこか!ファイヤーアロー!」
驚きのあまり思わず声に出してしまった影響で発見されたアレックスは、ステフの一撃で岩から落下。そのまま温泉へと頭からダイブした。
頭が焼けてちりちりになっているアレックスは、このままでは湯あたりをしてしまう恐れがあるので救出してやる。
「ゲホッゲホ…すいませんタイチ王。助かりました」
「何で…こんなことをしたんだ…?」
ものすごく演技っぽく言って見ると、アレックスも乗ってくる、どうやらノリは良いらしい。
「タイチ王、…何を仰られているんですか」
アレックスは、どこかから学んだ格言を持ち出し、堂々と宣言する。
「英雄は色を好むんですよ!」
…お前は絶対に英雄にはなれない。それだけは断言してやろう…。
タイチが桃源郷への探求者を連れて引き返す事を仕切り越しで伝えた後。
そこには漸くこの温泉の効能にありつける美女二人と幼女一人がいた。
豊満のスタイルを誇り、それを見せびらかす事なく優雅に佇んでいるアンジェリン。
機能美を兼ね備えて引き締まっているが、女性としての機能に支障はまったくないステフ。
まだまだ成長途中の幼女。
そこにあるのはまさしく桃源郷の風景だった。
「まさか本当に覗くとは思いませんでしたわ。今回はアレックスまで…」
「男ってみんなそんなものよ。アンジェリンさんは後でアレックスに愛のお仕置きでもして上げなさい」
堂々と今宵の夜伽を推奨するチヒロ。その言葉を聞いたアンの頬が赤いが、きっと温泉のせいだろう。
「チヒロ王女様にさん付けなんてそんな恐れ多い。アンで構いませんわよ」
「じゃあ私もチヒロでいいわよ。裸の付き合いも出来たしー」
「そ、そういうものですの?」
「そうそう、もう仲良しさー」
温泉に肩まで浸かってゆったりモードのチヒロ。アンジェリンも心なしか嬉しそうだ。
「そう言えばステファ」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたお兄ちゃんの事が好きなのよね?」
「ぶふぉ!?。な、何を言ってるんですか。私なんかではとてもタイチ様とは釣り合いませんよ」
手と顔をブンブン振り回して否定するステフ、どうやら慌てた時の行動は今も昔も変わっていないようだ。
「それは王様で法律も自由に変え放題だから別に不可能じゃないわよ?正室は譲らないけど」
じと目でステフを見やるチヒロ。目を合わせる事の出来ないステフ。この状態になると、もはやこの勝負の結果は見えている。
「お、お慕いしておりますが…そんな、結婚までとは…」
「はいー?はっきり言ってごらーん」
チヒロのプレッシャーがさらに増す。座っているステフと立ち上がっているチヒロの目線は同じ高さにあるが、ステフにとっては圧倒的高みから睨まれている錯覚に陥る。これが本気を出した王族のプレッシャーである。
「好きです…」
「声がちいさーい!」
「タイチ様を愛してますぅ!」
「よし、じゃあ今日ベッドの中に一緒にもぐり込みに行くわよ!」
「えぇぇ!?そんな、私なんかがタイチ様と同じベッドなんか…」
「いくぞ!」
「はいぃ!」
ここに、チヒロの提案により淑女同盟が組まれた。
その時横では。
「きゅ~」
アンジェリンは始めての温泉に、出るタイミングを掴めず、のぼせていた。
その後、そよ風程度の風の魔術で何とか回復したアンジェリンと歓談室で落ち合い、食堂へと向かった一向。
そこに待ち受けていたのは川魚やきのこ類などの山の幸オンパレードだ。
これもタイチが料理人を派遣して技術指導をしたから味の方は保障済みだ。
皆はそれぞれ舌鼓を打ち、しばらく歓談した後、いよいよ就寝の時間となった。
タカは酒を浴びる様に飲んでいたから今頃は既に夢の中だろう。アレックスとアンは、どうやら二人で何かをしているらしい。
隣の部屋にいるチヒロに聞こえているが、何が行なわれているかは分からない。
「よし。これで邪魔する物はいないわ。今こそチャンスよ!」
「え、えっとぉ…本当に行くんですか?」
「行くに決まってるじゃない。ほら、行くわよ」
「は、はぃ…」
抜き足、差し足、忍び足でタイチの部屋へと向かう二人。
悪いことをしているように見えるが、その正体は正妻とメイドである。この行為自体は何も問題はない。
二人はゆっくりとドアを開け、部屋へと進入する。
そのまま音を立てずにベッドまで近寄る二人。しかしそこには誰もいなかった。
「どこに行ったの?」
チヒロが疑問の声を上げてすぐ、二人の耳にわずかに聞こえる水音。二人は示し合わすかのように目線を合わせて頷き、この部屋の宿泊客に会いに行った。
「ふう、みんなと入る温泉も最高だが、一人ではいるのもまた格別だな」
夜空を見上げ、星の瞬きを感じながら月見温泉としゃれ込むタイチ。
音も無く忍び寄る二つの影。しかし…
ガラガラガラガラ…。
外へ続くドアの立て付けは悪かった。いや、この音も演出なのかもしれない。
その規則正しい演出の音に敏感に反応し振り向くタイチ。
そこにいたのは…。
「お兄ちゃん。背中流して上げるね」
幼女チヒロと、
「あ、あの…よろしくお願いします」
まだあどけなさの残るステフだった。
「え?…そうか、チヒロか…」
全てを察したタイチ、だが察した所で事態はまったく変わらない。
慌てて視線を外すタイチ。それに構わずしのび寄る影二つ。
いよいよその影が重なるかと思ったその時。
ガラガラガラ…。
「よう、兄貴。やっぱ一人じゃつまんないから一緒に酒飲もうぜ!」
久しぶりに空気を読んだタカがやって来た。
「ん?なんだ姉貴も…お”お”!」
「いやぁ~!」
慌てて逃げるステフ、その様子を凝視しているタカに。
「トライデントサンダー!」
チヒロの手から光がほとばしり、黄色い三叉の矛が出てきたかと思うと、タカに向かって一直線に迫り、そして突き刺した。その後スタンガン程度の電流が流れ、その場で気絶した。
「マジで空気よめよ!?この愚弟が!!」
お腹にエグく入っていたようだが、チヒロの事だから死なない程度にした。と思う。
「トドメー!」と言いながらピクピクしているタカを踏みつけているという事は、まだ生きているという事だろう。
ステフは逃げ出し、そしてチヒロに止めを刺されたタカ。
そこに残されたのはタイチとチヒロ。二人はお互いを見合わせ、素に戻って照れ臭そうにしているチヒロに向かって。お誘いの言葉をかけた。
「一緒に入ってくか?」
苦笑いしながら温泉に入る事を進めるタイチ。
「…うん!」
一瞬戸惑う仕草を見せる。だがやがて諦めたのか、無邪気に同意するチヒロ。
その後は兄妹水入らずで温泉に浸かってその場はお流れとなった。
まだまだ二人はこの温泉のようにぬるま湯の関係のようだと、タイチは優しく笑った。
朝は多少の揺れで起きた。隣にはスヤスヤ寝ているチヒロ。もちろん何もやましい事などしていない。
個人温泉の入り口では、タカがやばい状態で寝ていた。
二人を放置して、少し山の空気を吸いに出かけることにした。
朝日がさんさんと照りつけてくる中、俺は旅館の外へ出て新鮮な空気を満喫していた。
しかしそこには既に先客がいたようで、ステフが一人で太極拳に集中している。
俺はその様子をしばらく遠目で見ていると、ようやく終わったのか、呼吸を正して、朝の鍛錬を終了した。
「朝早いんだな」
「ひゃ、ひゃい!?」
どうやら驚かせてしまったようだ。
顔を赤くしてうろたえているステフに、朝の第一声を口にした。
「おはよう、ステフ。今日もいつも通りいい天気だな」
「…はい、おはようございます。タイチ様。今日もいつも通りですね」
ステフは柔らかな笑顔で返してくれた。今日もいつも通りの平和な日常のようだ。
俺はステフを伴って朝ご飯を戴く為に食堂へと移動する。
そこには俺の到着を待っていてくれたのか、アンとアレックスが既に着席して待っていた。
アンはアレックスの腕に抱き付き、ラブラブ振りを発揮している。どことなく血色が良いが、きっと温泉の効能だろう。
その後放置していたチヒロとタカが共にやってくる。
チヒロも一応優しい姉としての側面があるので、タカ一人残して行くようなことは無い様子だ。
そのタカへの優しさが報われる時はものすごく少ないが。
その後は普通に朝ご飯を食べて、来た時と同じ道筋を辿って戻り、瀕死のサンダースを放置して解散となった。
帰る時は皆笑顔で、とても楽しいと感じる旅行だったとタイチは語った。
それは、とても平和な秋の一時。みんなで刻んだ楽しい思い出だった。
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貴族に対してこの説明で成り立つか。
外国人から見た温泉旅館の印象
この二つは完全に妄想です。
違和感がありましたら感想まで。