場内を警備している兵士に連れられて、王の執務室と呼ばれる所を訪れた。中央に重厚な机がその存在感を示していて、脇に来客用のソファーや本棚が鎮座している20畳位の部屋だ。
あんな偉そうな事言っちゃったもんだから、仕事をきっちりこなして信頼を得るために尽力しようと決意するタイチ。
とは言っても、タイチはこの世界の事何も知らないし、この国の現状も知らないので、何をどうすれば良いやら。と、何かの動物の皮張りで作られた椅子に座って頭を抱えていると静寂に支配されている部屋に3度のノック音が響いた。
「そんな事もあろうかとっ!」
玉座での自己紹介が終わった後どこかへ行っていた。…認めたくないが、我が愚弟であるタカ・フェルトが無駄にハイテンションでやってきた。こいつは俺と二人で話すときはずっとこの調子なんだろうか…あのハイテンションはせめて俺の前だけにしておいてくれ…カリスマが…大魔術士としてのカリスマが…。
「一人では何も出来ぬ王に、この世界の常識や、我が国の現状を説明してくれて、さらに身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんは欲しくないかね?」
もったいぶらないでさっき約束したそのドアの向こうに居ると思われる秘書兼メイドを出しなさい。
「ですが専属メイドを紹介する前に、この国の内政を取り仕切っている家臣の重鎮をご紹介させていただきます。シーザー・グラッド宰相殿。御入りください」
「やれやれ、長く仕えていると言う理由だけでしかないこの老いぼれをまだこき使うつもりか…」
そう言ってドアの向こうからゆっくりと入ってきた老人は、賢老の雰囲気を漂わせている。
一瞬だけ、感じた事の無いほどでかい魔力によるプレッシャーをかけて来た。魔力を視る事のできる俺だから気づいたが、探知機関のない一般人は受けた本人にしか気づかれないほど焦点が絞られている。
このプレッシャーは俺に向けて放ったものではないのだろう。それほどまでに強力な魔力を向けられたタカはどこ吹く風。まったく意に返していない様だ。これが経験のなせる技か?
シーザーは目つき鋭くタカを凝視した後、俺に視線を合わせる。
こちらは打って変わってまるで孫を見るような目で俺を見つめてきてる。目つきが悪いのは素なのか、目つき自体は変わってない。先ほどとの態度の違いに思わずたじろぐ。だがシーザーはそれを勘違いしたようで、単に目つきがするどい事で怖がらせてしまったと勘違いしたようだ。自覚はあるらしい。
「おやおや、第一印象から怖がらせてしもうたわい。若き王よ、わしの経験が必要なときはいつでも呼ぶがいい」
そう言うや否や、執務室から退出の許可を求めてきた。今日は挨拶だけのつもりらしく、特に俺に用事は無いようだ。俺も用事が無かったので退室を許可する。
「あんなしわくちゃなジジイはほっといて、いよいよメインが登場ですよ」
どうやらタカはあのプレッシャーを受けても別にどうでもいいことに認識されるようだ。感知する機関が壊れているのか?慣れか?問題ないと思っているのか?多分全部…かな。50年経った弟を判断するには情報が足りない。
こいつは多分、タカの起こす行動に制限を加えない事が条件で俺との共闘が可能なのだろう。
それにしても。本質が変わってないのは喜ぶべき事なのか?いや、悲しむべき事なんだろうな…。ダメさ加減だけがレベルアップって人としてどうなの?
そんな風にタカを評価しながら専属メイドさんの入室を促す。はっきりしない物事はとりあえず棚に上げておくべきだ。やらなければいけない事が多すぎるし。
「では紹介いたしましょう。入りたまえ」
「はい。失礼します」
「この子には魔術の才能があったので、私が幼少の頃から英才教育を施したエルフのお手伝いさんです。この年で戦闘技術は一流だから、護衛も兼ねております。ステフ、自己紹介を」
「お初にお目にかかり光栄です。私の名前はステファ・カーティスです。ステフとおよび下さい。精一杯お世話させていただきます。よろしくお願いします。ファミルス国王様」
そう言って紹介されたのは、身長140センチ位、耳がぴんっと立ったショートボブ緑毛で、体系は至って普通な見た目14歳程度の少女だった。目がくりくりと愛らしく、のんびり屋な印象を受ける。保護欲をそそられるぜ…。アレな人にはアイマスの雪歩と言えば分かるのだろうか?
「それでは、私は早急に片付けなければ行けない研究があるので、これで失礼させていただきます」
なんかいきなりやって来て一通り説明していきなり去っていく初心者用NPCみたくなってるが、それで良いのかタカ・フェルト!
あまりアレの行動を気にしても仕方が無いので、未だドアの入り口付近でおろおろしているステフに情報を求める事にする。
「はい、説明役を精一杯努めさせていただきましゅ」
噛んだ事をスルーするのは優しさですよね…。俺は不安で泣きそうなくらい悲しいよ…。
ガラガラとホワイトボードっぽいものを一生懸命引きずって来てるのもスルーした方が良いんだろうか…?萌えておけば良いんだろうか…?多分萌えるのが正解だと思う。
ステフは、引きずってきたホワイトボードっぽいものに向かって手をかざし、魔力を練ってしばらくすると、この世界の地図。通称大陸地図と言われる図が浮かんできた。タイチが内心で驚いている事を顔に出さないでステフを見つめる。
するとステフは己の仕事を完遂しようと、自国の現状、他国との関係図を分かりやすく図を変化させながら、どこから取り出したのか、カンペっぽいものを持ち出してきた。
そして一呼吸置いた後、すらすらと読み始める。
「私達が住んでいるファミルス王国は、通称水の国と言われるくらい、水の資源が豊富です。
西に親交を結んであるエルフの里があって、そこから少し北にある上流から湧き出る水によって潤ってます。
街の北に流れる、通称ファムール川は暴れ川で、雨季の時期になると氾濫してしまうので川を通行する事が出来ません。
乾季は逆に川の水が無くなってしまうので船の通行が困難ですね。
さらにエルフの里より西には魔力を貯えた鉱石、通称魔石が出土する鉱山があり、それより西には標高の高い火山がありまして、それより西は立ち入る事が難しいです。城の天辺からも、その高さが伺えます。
魔石が取れる位、土地に魔力が充満しているので、そこに魔力的に優れた土地を探してたエルフ達が西の森に移住して来てから、下流の水辺に形成した大規模な街に魔力の強い人たちが街を纏めて国を作った。という起源があります。
その時を王国暦0年と定め、現在王国暦665年です。今でも王族はこの国で一番潜在魔力が高いんですよ。
エルフ族について説明させていただくと、エルフ族は潜在的に魔力が高く、長寿ですが、繁殖能力が低く、数が増えにくいという特徴を持っています。
では、隣国の事にも軽く触れて起きますね。
大陸の中央に延々と続く広大な森。通称魔の森です。この森を囲むように国が点在しています。森にはモンスターがいて、奥に進めば進むほど強いモンスターが出てくるので、奥に行くならそれなりに強くないと帰ってこれません。各国で兵士の訓練にこの森のモンスターが使われています。奥にいる中級モンスターが下級モンスターを捕食している光景が見られるので、独自の生態系はあると言うのが定説です。繁殖期以外は滅多に人里にモンスターが出てくる事がないので、森に入らなければ何の害もありません。
アルフレイド帝国:ファミルス王国から北東にあり、一年中寒い国です。帝国よりさらに北には万年凍土がありますね。農作物の主な輸出先です。
万年凍土の奥深くに龍が住み、小型の知恵のない竜種はアルフノイド帝国の竜騎士団として重宝されています。
ノーレント共和国:アルフレイド帝国から更に東に行った海の向こうにある、大きい島々の集合体です。大陸から商人たちが寄り集まって出来た国に技術者が移り住んだ事で国家として成り立つ様になった起源をもちます。海戦力は最強で、守るだけなら出来ますが、攻める事は出来ないという国で、いくたび戦争がおきようとも中立を貫き、停戦交渉の場として使われるので、外交上必要な国である事は間違いないです。
ドラミング連合:ファミルス王国から南に位置している国で、民はドワーフ族で形成されています。鉱山から鉱石等を採掘でき、それを加工して売り出して収益を得ている国です。各氏族が集まり、担当する事柄を議会で承認し、運営しています。同属以外は国にすら入れないと言う超排他的国家で、選ばれた数十人の商人のドワーフが各国に商品を売り歩いてますが、持ってくるものの質を見る限り、工業技術では大陸一と思われます。
ジャポン国:ドラミング連合の東に位置し、連合と唯一対等に国交を結んでいる国です。魔術嫌いな人達で、身体能力がずば抜けて高い事で有名です。曲刀を腰に巻いたサムライとか、覆面をしているニンジャと呼ばれる戦士が居ます。ダイミョーという役職が国を何個かに分けて収め、テンノーというのは神様で、そのダイミョーを纏めているらしいです。海に面していて、ノーレント共和国とも親しいようです。
他にも小さな国はいくらでもあるんですが、大きな国はこれくらいですね。
話を戻します。我が国の戦力は、魔術では大陸一。魔術以外では下の上といったところです。エルフ族達との人材の交流も活発で、魔術部隊の中核をなしています。
国の周りは田畑で、農民達が現在の主食である米や麦などを育てていますね。
他国との貿易は、魔術アイテムと少量の農作物が大半ですね。
気候について説明します。
このあたりではあまり雨は降りませんが、山の奥のほうで大量に降るので、乾季以外はファムール川からの水は安定して供給されます。
ただ、乾季は水の供給がほとんど無くなってしまうので、農作物を育てるのは休止するそうです。これは、農地を休ませる効果もあるそうですよ。
逆に雨季の時期では河川が反乱の恐れがあるくらいの暴れ川です。毎年魔術師部隊が水の魔術で何とか抑えてます。今の所と国に被害は起きていません。
一年中温暖な土地ですが、雨季や乾季などはあります。場所によっては年中作物を栽培でき、種類も豊富です。
今は1月ですから少し肌寒い程度ですね。
ファミルス王国での人口の3割はエルフ&ハーフエルフで、差別なども無く、平和に共存しています。じゃないと私なんかがここに居れませんね。
以上がファミルス王国の現状ですね。何か質問などありますでしょうか?」
…どう見てもカンペをガン見で棒読みだが、話し言葉までカンペなんだろうか?緊張している事は見た目にも明らかなので、多分一字一句カンペに書いているのだろう。説明した事は参考になるので、緊張している事は華麗にスルーして、とりあえず今の説明で気になった点を質問してみる。
「貨幣の価値と、民の生活水準はどうなってる?」
「えっ、ひゃ、ひゃい。えーっとですね。現在使われている通貨は金、銀、銅があります。相場は常に変動してますが、今の相場だと大体銅貨30枚で銀貨1枚、銀貨25枚で金貨1枚となってまして、ファミルス国民の家族全員で稼ぐ一般的な月収は銀貨15枚といったところです。4人家族の一般家庭で約銅貨10枚で1日過ごせるので大陸の中では裕福な国でございます」
※脳内設定:大体銅貨1枚500~700円くらい。
…どうやらステフはアドリブに弱いらしい。俺が王だからという事で緊張してるのか?こんな見た目5歳児に緊張なんてしなくていいのに…。むしろため口でもいいくらいだぞ?まじめそうなので受け入れてくれ無さそうだが。顔を真っ赤にしてあたふたしてるので、これ以上の質問はもう止めておこう…。まだ説明して欲しい事はあるが、今の説明で国内外の情勢は大体掴んだな。必要になったらまた聴けばいいか。
で、今俺のやるべき仕事とは何だろうかと聞いてみる。
「この書類の中身を見てはんこを押す事です」
王様と言ってもやることは事務仕事か…。
次説明させる時は眼鏡かけさせて、ロリめがね教師なシチュエーションにすることを誓いつつ、内心でドリルを付けさせたいと思いながら判子を押していく。
果たしてタイチは今度どうなってしまうのか!?次回も(弟が)暴れちゃうぞ!