今日も今日とて街に出る。いや、ぶっちゃけ暇なんです。
領地は特に異常ないし。書類の量は2時間くらいで十分処理できるし。いつも通り過ぎて飽きる。
この間来た帝国から来た踏み絵を消せという抗議文は勿論無視だ。ファミルス国ではミリスト教を認めるわけには行かないからな。
そのうち経済封鎖で帝国から来る商人は居なくなるだろう。だが、踏み絵にした時より急激にアルフレイド帝国より来る商人の数は減っている。今更だな。
街に出るしか用事が無いってどうなのかな?とも思うが。街の人々にとってはむしろ、来ない事の方が有事があったんじゃないかと不安にさせてしまうので、街に出て平和だとアピールする事も仕事だと割り切る。
貴族街を抜け、平民街に出ようとしたその時、不意に違和感を感じた。
誰かに見られることは慣れた物だが、この視線は何かが違う。この視線を受けた時の俺のこの感情は…恐怖?なぜ恐怖など感じなければいけないのか。俺は疑問に思い、ステフに報告する。
「ステフ、何故か恐怖を感じる視線を浴びてるような感触がするんだが、どういうことか分かる?」
即座にステフは焦ったような表情を浮かべ、タイチに耳打ちで進言する。
「それは多分誰かからの殺気だと思います。まだ気配の消し方が甘いので、タイチ様にも気が付かれたのでしょう。今私も進言しようと思っていた所です」
うぇ!?それってDIE問題じゃないですか!?
俺を殺そうとする動きなんて今まで影も形も見受けられなかったからまったく考えてなかったが、俺は王であるというだけで殺される危険が常に付きまとっているわけだよな。ステフや、もはや空気過ぎて描写すらされない護衛の皆さんも近くにいてくれてるからまったく心配してなかったぜ。
俺はそのままステフに先導されながら徐々に郊外の方へと足を向ける。この道選択には俺も舌を巻く。なぜなら、今まで街の中を歩いていたと思ったらいきなりうっそうと茂る林が目の前にあったんだよ?
そのままどこか不快に感じられる視線を感じながらしばらく歩いて広めの原っぱに出た。ここは魔術師軍隊が普段使用している練習場のようだ。ところどころ穴が開いている。
「そこにいるのは誰です!出てきなさい」
ステフが普段の温和そうな表情を消し、冷静に魔力を練り上げる。
その顔から感情は消え、今まさに臨戦態勢といった様相だ。力強く宣言し、相手の出方を覗う。
木々に隠れた刺客は、ゆっくりとこちらに姿を現し、宣言を返す。
「神の名を語るタイチに、唯一神の裁きを!」
現れたエルフと思わしき少年は、どうやらミリストの教徒らしい。神への誓いの宣言と共に、俺に向かって一直線に迫る。
「アイスアロー!」
ステフは牽制に氷の矢を放ち、護衛の皆さんが肉の壁となって少年の間に立ちふさがる。
エルフの少年は、タイチの事をいったん諦め、ステフに意識を集中する。
「神の裁きを邪魔するものは、全て敵。立ち塞がる者は全て抹殺する!ガロンスピード!」
少年は、ステフを敵と認識して、己の身体能力を上げる魔術を掛け、ステフに肉薄する。
ステフは、若干の余裕を持って少年の乱打をいなす。どうやら、少年の動きはステフに及ばないらしい。
ステフは少年の動きに魔術の身体強化無しで見切り、そしていなす事を出来るだけの技量差が存在しているようだ。
「全てを内包せし疾き風よ…」
ステフは一気に決着を付けるため、少し長めの詠唱を開始する
「ステフ!少年を捕らえろ。情報が欲しい!」
俺はステフの練っている魔力の量を見切り、魔術の威力を悟る。
これほどの技量差が存在するのなら、彼の捕縛も可能と判断したタイチは、ステフに捕縛を命じた。
「くっ、ウォーターウォール!」
命じられたステフは、即座に魔術詠唱をキャンセルし、肉薄していた少年と自分との間に水の壁を作り、一時的に距離を置く。
俺の命令に反応して一瞬だけ躊躇して判断を誤ったのか、お腹を擦っている。どうやら一撃貰ってしまったらしい。
仕切りなおし、一呼吸置いた後、ウォーターウォールを解除し、その壁はただの水にもどる。両者の間に隔てていた壁は消え去り、今度はステフの方から攻撃を仕掛ける。
「ウィンドスピード!」
ステフは、風の魔力を自身の身に纏い、少年と近距離で拳の打ち合いを開始する。魔術的支援を受けたステフのスピードは、少年より二段位上で、最初は反撃に出れていた少年もやがて防戦一方となり、捌き切れなくなった少年は、苦し紛れに魔術を行使する。
「グ、グランドマウント!」
「させない!プリズンフォレスト!」
少年が魔術を詠唱し、先ほどステフがやったように両者の間を岩山を隔てようとしたが、それを返すようにステフが木々の蔓で少年を捕らえたかと思うと、そのままぐるぐる巻きにし、少年の産み出した岩山の中に埋もれるように引きずり込んだ。
しばらく少年の出した岩山の様子を注意深く見ていたステフは、倒した事を確認できたのか。残心を払い、無くしていた表情を元に戻し、タイチに駆け寄って報告する。
「命令どおり捕らえましたけど、いいんですか?」
「宗教に走るにはそれ相応の理由がある。それを掴んでからでも遅くはないさ。それにしても、魔術戦は初めてみたが、ステフは強かったんだな」
「相手が弱かったんで初級魔術しか使いませんでしたけどね。最低限は出来るんですけど接近戦は苦手で…傷を付けられなかったので仕方ないです」
照れながら自分を卑下してるが、十分強いと思う。
ステフも久しぶりの戦闘でアドレナリンが出ているのか、いつもよりどことなく気が大きい。
早速俺は少年を尋問する事にした。
少年が使用した魔術、グランドマウントをステフが解除する。
そこには全身ぐるぐる巻きのまま、ぴくぴくと痙攣するエルフの少年危険は無いかと魔力の流れをみるが、どうやら蔓から魔力を吸い出されているようだ。少年の体から蔓を通して地中に魔力が流れ出ていく様子が覗える。
ステフは蔓を動かして少年の顔だけを表面に浮かび上がらせ、漸くまともな呼吸の出来る状態になった少年は、慌てて酸素を肺に送り込むべく呼吸を開始する。
そんな必死な形相など構っている余裕など無いタイチは、早速少年に質問を投げかける。
「お前はどこから来て、名前は何だ?」
「…エルフの里から来た…ジャックだ」
ジャックはもう諦めたという表情で、やさぐれたように素直に従う。
「もしかしてお前に教えを説いたのは白い全身ローブを被った妙に姿勢のいい40過ぎのおっさんじゃなかったか?」
「ああ、多分お前が思ってる人物で間違いないぜ」
後ろの方でステフが「タイチ様に向かってお前とはなんて不敬な!」とか言って蔓をきつく締め上げている。
苦悶の表情を浮かべる少年に俺から一言だけ言っておこう。
お前の自業自得だと。
ステフの俺個人への忠誠心は異常だからな。まあ、止める必要はないか。聞きたいことは聞けたしな。…あ、気絶した。
「…とりあえず王を暗殺しようとした事は未遂だとしても罪だな。牢屋にでも入れておけ」
「分かりました」
未だ気絶しているジャックにわーわー言ってるステフを無視して、護衛リーダーに伝えた。
エルフの里か…今まで大きく扱われる事は無かったが、表面上は不干渉で通しているファミルス国の影響の及ばない土地だ。当然教育など行なわれてはいない。そこを利用されたのだろう。
まあ、そんなものは形式だけで。エルフは普通に仕事を求めてこの街に来るんですけどね。
となると彼は純血のエルフ族で、宗者も今はあの地にいるということか。エルフが敵に回られると国内のエルフ族に不安とか虐待とかやばいな…。
どうするか…。
俺が執務室で頭を抱えていると、突然ノック無しでドアがぶち破られた。
何事!?と思い、ドアの方に視線を向けると、そこには荒い息をまったく隠さずにタイチに近寄るチヒロの姿があった。
「なぜにお前に連絡が行ったんだ?」
「ステフが私に教えてくれたの。大丈夫だったの?どこか怪我は!?」
「いや、まったく無いから安心してくれ」
どうやら、俺が預けている念話石を使って定期報告させているようだ。ちらりと振り向きステフを見る。
ステフも、こういう事態になるとは思っていなかったのか、直立不動を維持して冷静な振りをしてはいるが、内緒にしたことを怒られるのではなかろうかと、横でビクビクしながら冷や汗を流している。まったく隠しきれていないのは変わらない。そこが良い所なんだけどな。俯いてバレバレの仕草をしなくなっただけましか。
どうやらいつの間にかステフはチヒロに懐柔されていたらしい…。
とりあえず事情を話す事に決めたタイチ。いわないと引き下がらなそうだし。
「…というわけで、エルフの里でその男が布教活動してるらしいんだよ。それで一応形式上ファミルスとは不干渉になってるから手が出しにくいんだよね」
「そう。じゃあ里に直接行っちゃえばいいじゃない。それでそのエルフ引き渡してガツンと行って終了でしょ?」
「いや、宗教に走るには何かしらの要因があるはずなんだ。だからその原因を突き止めないと」
「じゃあ私も行って上げるよ。毎日学校ばっかで良いアイディアが浮かばないのよね。たまには気分もリフレッシュよ!」
「いや、そういうわけに…ってチヒロさん聞いてませんね…」
お兄ちゃんとデート!でぇとだー!と執務室をぴょんぴょん跳ね回る華やかな笑顔を止める度胸はタイチには無かった。