外敵の脅威に脆さを露呈してしまったファミルス国。
国内はうまく治められているが、諜報機関がまともに機能していないことは問題だ。
今の所、各貴族達が個人的に雇っている情報収集に任さざるを得ない現状。俺個人、もしくは国家機関としての諜報機関が必要だ。
だが、今から機関を創設しても明らかに時間が足りないのは火を見るより明らかだ。
既存の組織で、俺個人の裁量で動かせる部隊、諜報活動に耐えれる素養。あそこしかないか。
女性専用多目的組織。通称、奉仕乙女組(オトメイド)。それは三年前に創設された比較的新しい組織で、普段はメイドとして奉仕する傍ら、タイチの命令があれば即座にあらゆることに対応する事が想定されて訓練を受けている多目的組織だ。
普段の表側の顔は、各貴族へのメイド派遣業務などを担当させている。気の利くメイドと評判だ。
戦闘部門・経済部門と分かれており、その構成は全て女性で組織されている。タイチが唯一己の裁量で動かす事の出来る直属組織だ。
創設当初からタイチ国王が女を囲っている。金の浪費。とか陰口を叩かれている。この部隊を必要としないことが最良の事態なのだが、生憎今回ばかりはそう言う訳にも行かないようだ。
タイチは、乙女組を総括している人物であるアビー。アビーは本名だが、俺は個人的にメイド長と呼んでいる。この間プレゼントしたものが、中身を見た瞬間に泣きながら去って行かれたと言う状態になって、一人ぽつんと残されたタイチが一筋の汗を流したのは懐かしい記憶だ。今身につけているところを見ると、どうやらお気に召したようだ。
…胸部に付けるアクセサリーですよ?
ステフに頼んでしばらくすると、ステフがメイド長を引き連れてやってくる。俺が呼ぶことの意味を分かっているのか、心なしかいつもより引き締まった表情だ。
「タイチ王、緊急の御用とは一体いかがな事でしょうか?ステフを交代ですか?」
「アビー様ぁ。それだけは、それだけは御容赦願います!タイチ様に仕えることは私の生き甲斐なんです!」
「うん、最近事務仕事を分担できる人材を探しててね。どうしようかと思ってたんだよね」
「タイチ様っ!?」
メイド長とは直属組織の維持のために過去に何度も会って話をしている。もうお互い軽口も叩ける関係だ。
「さて、それは一時保留にしておこう。本題に入るぞ。わが国には諜報機関が存在しないから。そちらから出せないものかと相談しようと思ってな」
タイチもアビーも、後ろの方で「保留…」とか呟いているステフを意図的に無視して話を進める。
この流れももはやお馴染みだ。
「対象国はどこですか?」
「アルフレイド帝国だ。最近あそこの国ときな臭くなる事態が起きてな。緊急にあの国の実態を知る必要がでてきた。しかも昨日ノーラント経由で抗議文が来ている。断れば経済封鎖だそうだ」
「では、普段からアルフレイド帝国へ商売をしに行っている人材に任せて見てはいかがでしょうか?
彼女は普段は商人として働いていますが、女の一人商人は何かと危険ですので、戦闘技術を徹底的に教え込んだ逸材です。
追加で諜報技術を会得させれば、必ずや御希望の情報を掴んで戻ってくる事が可能でしょう」
「そこら辺の裁量はメイド長に任せた。何事も無ければいいんだが…そう言う訳にも行かないんだよな…」
俺は日本で戦争なんて無縁な生活を送っていた。だから戦争で人を殺すというのは想像は出来ても理解は出来ない。
なぜ起こすのか。なぜ起きてしまうのか。
それはなぜ皆で統一した意思をもてないのか。くらい無謀な事というのは分かっているが、お互い不干渉で平和に暮らす事がいけない事なのか?
俺の意思は国の意思。俺が戦争をやると一言行ってしまえば、そのまま血で血を洗う戦争状態に入ってしまう。
現代倫理を軽視する事はしないが、この世界は未だ戦乱の種がそこらじゅうにあって、各国は自分の国の利益と繁栄を願って、それぞれの思惑で武力による蹂躙が行なわれている現状から目をそむける事は出来ない。
その当事者となった時、俺は…。
だからと言って罪人を処罰しないなんて事が出来ないわけではない。罪には相応の罰を、この国の害になる人を殺す事を躊躇してはいけない。
相手の思いはどうあれ、この国にはこの国の規律や倫理がある。そこから外れたものに慈悲を掛ける事はしてはいけない。
腐った再起不能のりんごは、取り除かなければ箱の中のりんご全てを腐らせてしまうからだ。それが王の責任。国を預かるものとしての義務だ。
俺は緊急にタカ・フェルトを呼び出し、事の次第を話す。
「俺は人を殺すのに慣れてるから、今更戦争だろうと別に構わないけど。兄貴は良いとしても姉貴がな…」
「そうなんだよ。俺はこの国を預かる身で、責任がある。多分その時になれば大丈夫という覚悟がある。だがお前の言うとおりチヒロが問題なんだよ」
「人が死んで自分の側から居なくなる恐怖に囚われていると思うね。まあ、姉貴を前線に出すわけではないから。
そうならない様に部下達を鍛えておくさ。
じゃ、僕は近接戦闘部隊の要となるアーロンと連携を深めに行ってくるよ。実戦を想定した訓練を行なわないといけなさそうだからね」
「ああ、頼んだぞ」
戦争はしたくないのに準備をしなければいけないジレンマ。だが、武力が無ければ蹂躙されるだけだ。俺に経験は無いからタカに任せるしかないか。
タカもタカなりにチヒロの事を思ってくれているみたいだからな。
「…ステフ。念話石を出してくれ」
「はい、これです。」
ステフが懐から大切そうに出した念話石。これはチヒロが開発した携帯電話の、この世界での名前の事だ。特に前と変わったことなど無い。
ただチヒロ直通に会話が出来るだけだ。強く思ったことが伝わってしまうので、普段は袋で隔ててステフに持たせている。
直接触れていないと通信出来ないからだ。
俺はそれを受け取り、ステフのふところの温もりが未だ少し残っている石を握り締め。チヒロへと強く念じる。
「チヒロ。今良いか?」
(ん?なーに、お兄ちゃん。今学校の授業中で暇だよ、特に面白いことも無いから白紙に魔術理論書き殴ってただけだし。6+7とかもうね…15に決まってんじゃん)
「それ、13だからな」
(ふぉあ!?)
授業を受ける必要の無いくらい知識を持っているチヒロは。学校では信頼できる人材を抜粋するように行っているが。特にアクションを起こすわけではない。ただ、将来使えそうな人材のリストをチヒロから定期的に貰っているだけだ。チヒロは王族なので、下級貴族とのコミュニケーションがあまりうまく行ってないらしいが、そこはチヒロに頑張ってもらうしかない。
「チヒロ、兵器作れるか?」
(兵器?なに!?戦争でも起こすの!?)
「起こすんじゃなく、有事の際の備えとして必要だからだ。他国を威嚇する事にも使えるだろう?」
今のチヒロには言うべきじゃない。たとえそれが偽善であっても。そして有事になればチヒロの作った兵器が戦場を蹂躙するだろう。そのとき、俺はチヒロの支えになれるだろうか?
(うん、まあそれなら作っておくよ。あ、そうそう。聖石を使った転移理論考え付いたんだけど、ちょっと分けてくれない?タカが出し渋りやがって必要数が集まんないのよ)
「お前あれの価値分かってるのか?…少しだけだぞ…?」
(せんきゅーお兄ちゃん大好きー!後でチュッチュしてあげるね!)
今は伸び伸びと、何も知らないで生きていってもらいたいものだ。
チヒロとの念話を終え、ステフに念話石を帰す。
俺は出来る限りの準備は出来たと思ってる。外交をしろといわれても。国教を阻害した事、それ自体が戦争の発端となってもおかしくない状況だ。チャンネルなんて繋げられる筈が無い。
帝国に探りを入れて、戦力の増強。後は、要人達に覚悟をしてもらうように交渉するか。あの会議に出席していた4人は分かってもらえると思うが、その他の貴族達に伝えるとなると…。
<ステファ>
タイチ様が思い悩んでいらっしゃる。おそらく、戦争はしたくないのだろう。
私は小さい頃は何も出来ないただの貧民だったが、タカ様から戦闘訓練を受け、元々持っていた魔力のおかげもあり、戦闘技術は上位に位置する。
もちろん他国の刺客を殺した経験も一度や二度ではない。その頃は幼かったのでまだ分からなかったが、その経験のおかげで、敵と味方が居て、この世界は敵が多い。強くなければ生きていくことも適わない。という世界に居る事を認識できた。
今となっては敵を殺す事に血迷う事は無いが、タイチ様は違うのだろう。
罪人を処断するときの辛い表情。普段余り表情を表に出さないタイチ様が始めて出した後ろ暗い感情。
タイチ様はお優しい。でもこの世界では生き辛いだろう。特に王となればなおさらだ。
それでもこの国の為に出来る限りを尽くす事の出来るタイチ様は、まさしく王の器を持つお人です。
でも無理だけはして欲しくない。それは私の正直な気持ち。
「タイチ様。そんなに落ち込まないでください。お辛かったら私も居ますので」
私はタイチ様の頭を胸に抱く。タイチ様の心労が、少しでも和らぐように。少しでもお守りできるように。
「ああ、俺はステフにまた助けてもらってしまったな…」
「私はタイチ様が大好きです。一生お守りいたしますので少しの間全てをお忘れになってください」
この世のあらゆるタイチ様の敵から守る。ステフはタイチの温もりを感じながら、決意を新たに心に誓った。
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胸部に付けるアクセサリーですね。分かります。
その名はパッ\ピチューン/