私は、今年13になったエンドリュース家の一人娘、アンジェリン・エンドリュース。
見るもの全てが美しいと賛美を送るに足る美貌を兼ね備えたこの容姿。
幼少の頃から家庭教師に教わって手に入れた知識を活かす事の出来る才女よ。
お父様はファミルス騎士団一番騎馬大隊を任せられているこの国の武力を支えている一人ですの。
最近新しく変わった王に激しく苛立つ出来事があったのだけれど、次の日に謝罪に来てくれた事には…。まあ、評価してあげてもいいわ。
今日は私の婚約者のアレックスを呼んで、我がエンドリュース家自慢の庭園にあるベンチで優雅にお茶をしているの。
「でね!タイチ王はね、私の事を無視して左手を出してきたのよ」
「タイチ国王様が?」
「ええ、ですから私もそれに従わなければマナー違反じゃないですか。ですから仕方なく手を握ってあげたのですわ」
「アンは親しくなる事が出来たんだね」
「誰があんな子供。まだ認めたわけではありません」
「そう、ではタイチ国王様をここにお呼びして一緒にお茶を飲んでみたらいいと思うよ。ここの庭園は本当にきれいだから」
「そ、そうですわね。この場所を親しい方以外の者に見せるのはしゃくですが、アレックスがどうしてもと言うのなら我がエンドリュース自慢の庭園に招待してあげない事もありません」
「…まったく、素直じゃないんだから」
「何かおっしゃいましたか?」
「アンは少し怒り易い所があるから、少し優しくすればすぐにタイチ国王様から気に入られるよ。だってこんなにきれいなんだもの」
「当然です。それでは、タイチ王を招待する手紙を書いてきますわ」
執務室で政務に追われる事など、今となってはたまにしかないが、ダム工事の予算請求の判子を押す作業で現在やばすぎです。
人員の給与に、食料を運ぶのに雇う人員への金と、運ぶ食料本体。掘る為に必要な道具一式。エトセトラだ。
よし、久しぶりに見せるぞ。あの技を!
秘技・高速判子乱舞!
ダダダダダダダダダダダddd…。
「タイチ様~しっかり読んでから判子を押してくださ~い」
横でステフが、怒られるの私なんですからぁ。と泣いているが。
そんな事を気にしていては、3日間は10時間労働をしなければならない。
もう既に2日間徹夜しているのだ。これ以上はさすがにまずい。
だが、この秘技を使う事によって、わずか7時間で終わるのだ。もちろん1日で終わる。
コンコン
ドアのノック音で遮られた俺の秘技を見てほっとしたステフは、ドアの外に居たメイドから手紙を受け取り、タイチに手紙を渡す。
「これ、エンドリュース家の家印が押してありますし。今すぐご覧になられた方がいいと思いますよ」
「ん?ステフはアンの事が苦手なのか?」
「いえ…そのような事はありません」
嘘を付く時は事務的に返すので、目を見るまでも無く分かり安すぎるぞステフ。
ふむ、何々?
『明日、我が家自慢の庭園にてお茶会を開きますの。来れるのならいらして下さい。別に忙しかったら来ないでも構いませんわよ』
ふっふふふふ・・・これは俺への挑戦か?そうなんだな?俺ちょっと本気出しちゃうよ!
「ど、どうしたんですかタイチ様?何かとてつもないオーラが漂ってますけど。その手紙に何か!?」
「いや、アンからとても嬉しいちょうs…いや、招待状を戴いただけさ。だから俺は今日中に絶対これを片付けてやらねばならん。ああ!そうとも!俺はやってやるのさー!」
「や~ん。タイチ様が壊れたー」
ズドドドドドドドドドド・・・・
「秘技・超高速判子乱舞W!」
これぞ俺の本気、秘技・超高速判子乱舞Wだ!
説明しよう。タイチの秘技・超高速判子押しW(だぶるゆー)←double youとは。タイチがイメージしたもう一人の自分と並行して押す事により、作業効率が二倍!?
さらに、タイチの気合の入った高速乱舞のスピードをさらに超え、超高速のスピードで判子を押す。これぞまさに王のみが許された技なのであるっ!その速度…約2.8倍ぃぃ!(当社比)
「そんな技要りませんから書類の中身を見てくださーい」
「くっ、これでも明日の予定までに間に合わん!?かといって徹夜するわけにも行かない!しかし、判子を押すのが遅れればその分ダムの完成が遅れる!ちくしょう!八方塞だ!!!」
「しっかり見てくださいよー」
(しっかり…見る…そうか!掴めたぞ!?奥義の極意を!)
「奥義・超高速判子乱舞WW!!」
またまた説明しよう。奥義・超高速判子乱舞double you windとは。風で記入漏れや不正な書類を吹き飛ばす事で、無駄な判子を押さなくて済む事が可能になり、作業効率がさらに上がるのだ!
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァ!
「わ~ん。タイチ様の後ろに、何か得体の知れないものが浮かび上がっているぅぅ。キ、キャー飛ばされるー・・・・タイチ様ぁぁぁぁ」
結局その日、判子押し作業は終わらなかった。
「よって徹夜けってええええい!!!!」
「誰か助けてええぇぇ!」
翌日。俺はさわやかとは完全に無縁な昼を迎えた。床には不正書類・記入漏れ書類が散らばり、壁にもたれ掛かるように気絶しているステフ。6時間睡眠しても2徹の後はまったく回復出来ていない体力。どれを取っても最悪の目覚めだ。
手紙に指定してある時間までもう少しなのでステフを起こして準備しなければならない。
「おい、ステフ。起きろ。出かけるぞ」
「うーん。タイチしゃまぁーそれは木苺じゃないですぅ」
どんな夢を見ているのか皆目見当も付かないが。ほほを染めつつ、にやけている所からすると、とても幸せそうな夢を見ているのは間違いなさそうだ。
とりあえず頭をチョップ。
「やん…痛いのはやですぅ…」
これ以上はイチゴが入りそうだが…いいのか?ちなみに次やろうとしてるのは脇をくすぐる事なんだが…。
…うん。電波がこれ以上ダメって言ってるから、大人しくメイドを呼ぼう。いい加減に急がないと遅れるしな。
廊下を歩いてたメイドを呼びつけ、俺が着替えている間に叩き起こされていたステフは、まだ眠い目をこすりながら俺と共にエンドリュース家へと向かっていた。
「タイチ様と、ウニとか、イクラとかいっぱい食べる夢を見ました。かにを食べる所で起きちゃいましたけど」
案の定ありがちな展開である。
エンドリュース家の門を叩き、屋敷のメイドが出迎えてくるかと思いきや、出てきたのはアンジェリンだった。
「ようこそいらっしゃいました。それでは御案内いたしますわ」
どうやら今日は機嫌が良いらしい。ツンデレからツンを引いたら何も残らんぞ?別に俺に惚れてる訳でもあるまいし。
まあ、普段からアレだとさすがにお嬢様としての品格が疑われるか。と自己完結して後に続く。
庭へと続く石畳を抜けると、そこは別世界だった。
「きれーい」
ステフの感想はありがちだが、言葉どおりの情景だった。
整備された芝生、花壇を賑やかせている美しい花々、周りを囲む様々な色のバラの壁。どれを取っても一級品であることは見た目から想像に辛くない。庭師が丹念に、長い間この情景を作るために毎日手入れを欠かさない。そうして出来た一世一代の作品。これも一つの世界の形だと主張しているかのようだ。
だが、タイチにとっては。
「…ねみぃ」
まったく景色なんて目に入ってなかった。
そして、アレックスにアドバイスされていた事を思い出す。
「アンは少し怒り易い所があるから、少し優しくすればすぐにタイチ国王様から気に入られるよ。だってこんなにきれいなんだもの」
うん、淑女らしく優雅に振舞わなくちゃダメよね!
当のアレックスは、恐ろしいほど存在感が無いが一応参加していた。現に今も隣に居る。
「アン、今日は話があると思って来たんだ」
「いえ、今日はただ、お互いに友好な関係を築きたいと思ってお招きしましたの」
椅子に隣同士で座って会話をするアンとタイチ。対面にアレックスも座った。完全に空気だが。
「そうか、俺にとってアンは必要な人だからな。仲良くなれるに越した事は無いぞ」(武官との繋がり的な意味で)
「え…と、突然そんな事言われても困りますわ」
アレックスは挨拶をしているが、誰の耳にも入っていない。
「俺のことはタイチと呼んでくれてかまわないぞ?」(もっとフレンドリーに行こうぜ的な意味で)
「(と、殿方を名前で呼ぶなんて…)タ、タイチ、今日はよいお茶の葉が入ったのでお入れしますね」
アンは華麗な手つきで紅茶を注いでくれる。
アレックスにもカップが用意されているのに注がれる気配は無いが、それを気にする人はここには居ない。
「おいしいな。これだけのお茶を入れられるなら何時でも嫁に行く事が出来るな」(純粋な意味で)
「い、いつでも!?そんなまさか、少し若すぎませんこと!?」(タイチは5歳児なのよ的な意味で)
「年齢なんて…十分だろう?」(婚約者のアレックスはもういい歳だろう的な意味で)
アレックスは話の内容に気づいたのか、アタフタと慌てている。もちろん二人の視界の中には入っていないが。
「これからも、俺のために尽くしてくれると嬉しい」(もちろん武官(略))
「え、尽くすだなんて…ですが私にはアレックスという許婚が」
アレックスは意気消沈している。だが誰も慰める人は居ない。
「コホン。タイチ様。もしかして…アンジェリン様を側室にとか考えてませんよね?」
「ん?ステフ、何言ってるんだ?俺は純粋に仲良くなりたいだけだぞ?それにアンにはアレックスが居るだろう?」
「今の会話を後ろから聞いてると口説いてるようにしか見えないんですが」
「は?何言って…ステフ!?何そのどす黒い空気!?え?俺何かした?」
「問答無用です。」
ガスッ!
「ぐふぅ…ガクッ」
「タイチ様はお疲れのため、お休みになられたようです。私が城につれて帰りますね。それでは失礼いたします」
「……」
ああ…なんだ、私の勘違いか…。
でも私の事を大切に思ってくれているのは確かだし、今日の茶会でタイチと仲良く…なれたのかしら?なれたのよね。
アレックスがとても良い笑顔で私を慰めてくれる。…あなた、今まで居たの?
アレックス・オルブライト。彼にはもう少し貴族としての存在感が必要なようだ。