この世界に来ていよいよ1年経とうとしてますよ。
どの部署も、いまやてんてこ舞いな感じですな。
特に足りないのがマンパワー。学校の校舎はもう少しで完成できる予定ではあるんだけど、ダム建設で相当マンパワー使ってるものだから慢性的にやばい。
これ以上大きい建設などの肉体労働系の改革は出来なさそう。
今現状で言うと、ダム建設の前段階、支流の堀整備に人海戦術で掘り進んでいる人たちは、他の領土からの出稼ぎに、軍人もそれに含めて総動員状態です。これだけでもどれだけすごいか分かると言うものだ。
それでもギリギリの3年。このまま何も起きなかったら治水出来ただけで国が終わるな。
金は幸いにしてあるので何とかなってるが、それでも相当使い込んでる。
校舎はまだ完成してないが、小規模ながら寺子屋が出来上がって、既に子供達への学習指導が始まった。
モデルケースとしてノウハウをつんで経験値アップしてもらいたいものだ。
今年は子供よりも教員の経験値アップの方が優先順位高いからな。
給食等も無料配布で大盤振る舞いだ。不作の時どうしよう…。1~2年の間に不作がきたらやばいな。そのときは他国から買えばいいか。金はあるんだから何の問題もない。
まさにパンをあげて回る宗教徒みたいだな。
しばらく活動させれば学業関連の初期目標をクリアさせる事ができたと言えるだろう。
俺の試算では、平民への魔術道具の普及率から逆算して、最低でも3年は今の景気の状態は維持できるとの予想だ。これは今までの試算と特に変わって無い。
それまでに何とかして魔術技術の革新。新しい産業。もしくは商業の発展をしなくてはいけない。
種は蒔いた。後はこの種をどう活かすか。だな。
下水工事も一応行ないましたよ。
王様専用逃亡用通路が王国の地下にあったんで、壁を無理やりぶっ壊して水を引き、その水を利用して地下から街の外に汚水を一直線です。
汚水用穴を街の至る所に設置したんで、みんな捨てに来ている。
いざと言うときに船に乗って逃亡した方が早かったんで、まさに一石二鳥ってやつだ。
もし使うとなったら強烈な異臭を覚悟しなければいけないが…。
「以上がこの国でやった事業の大きな事項のすべてだが、なにか申す事はあるかな?シーザーさん」
宰相閣下であるシーザーさんに出来立ての決算報告を最初に説明した後、俺の評価を伺う。
シーザーさんは渋面を隠さずに懸念材料を並び立てる。
「特に無いな。わしのはこの一年で蒔いた種がどのように成長するか見当も付かん。
だが、これはほとんど民に向けてやったことじゃろう?貴族向けに報告するには少し印象が薄いぞ」
「地方の領主向けに考えてる事はあるんですが、この街に住んでいる貴族達には薄いですね。だからこそシーザーさんを呼んだんじゃないですか」
もちろん使えるものは使っていかないと。
「わしに抑えさせる気か。まあいい。初年度にしてみたら良い方じゃ。わしが認めたんだからこの位やってもらわねば困る」
「手厳しいですね。だけど来年度は強力な人が入るんで得に心配はしていませんね」
「ほう、強力な参謀か。この世界でそれほど親しい物はおったのかね?」
「王女ですけどね」
「なるほど、血族の権力か」
良い具合に勘違いしてくれたけど、それは違う。彼女は本当に頼りになる頭脳を既に持っている。血は確かに必要だが、彼女が形だけの王女になる可能性は限りなく低いだろう。
この国を本当の意味で背負っていける頭脳を持っているのだから。民を纏める事は出来なさそうだけどな。
描写の無いまま謁見の間で家臣達に報告し終えた俺は、その足でチヒロの元へ向かう。
いつもどおり無駄に長い回廊を歩いてる途中、廊下の掃除に従事しているメイド長の姿を発見した。
「あれ?俺直属の部署の書類を纏めているかと思ったのに。もう終わったの?」
「タイチ王。おはようございます。私にはメイドの仕事が一番落ち着くので、気分転換に掃除でもと思いまして。後に書類をまとめ、報告させていただきます。提出期限は守りますのでご安心を」
やはりメイド長。明らかに一人で出来る量じゃないのに律儀にも自分の仕事をきっちりこなす。その精神、かっこいいな。自分の仕事に誇りを持ってるって言うか。気分転換の為に屋敷を掃除するとか鏡だな。
「うむ、期限さえ間に合わせてくれれば何も言わん。メイド長はそうしている姿が一番輝いているからな」
「褒めても何も出ませんよ。もし無意識にやっているのでしたら気をつけた方がよろしいかと。後ろのメイドに刺されますよ」
「ん?…げっ!?」
素直な気持ちを表現したら、後ろに夜叉が待っていた。
うーん…なんか今にも「今なら使えなかった闇魔術が使える気がする」とか言い出しそうな雰囲気だ。ダークサイドに落ちすぎだろステフ…。
「そうだな…。今度から気をつける。と、とりあえずこういう時は無視して問題の先延ばしをはかっておこう」
メイド長は軽く会釈して調度品の掃除へと戻っていった。
後ろから相変わらず、どす黒い雰囲気がねちっこく絡み付いてくるが、俺はチヒロの部屋へなるべく早く到着する事で、ステフの暗黒闘気をやり過ごした。
定期的に来ているが、来るたびに成長していくチヒロを見て、人体の神秘ってやつに驚きを隠せない。
定期連絡によると、普通に二足歩行が出来て、最近言葉を喋り始めたとか書いてあったが、1歳で喋るとか普通にすごいんですけど。
二足歩行が既に出来ているのは実際に見たから分かるが、言葉を喋る事は俺はまだ実際に見ていない。
かわいいチヒロを堪能せねば…。今やステフの癒しはどこへやら、最近はもやもやと張り詰めた嫉妬の空気で癒しなんて無いです。
この間エンドリュース家に良いお茶っ葉が入ったのでご一緒しませんこと。などと誘われてほいほい行ってしまったときから露骨にこういう事態が起こってる。
アレックスも居たのに…。空気過ぎるのがいけないよ、アレックス。君はもう少し貴族オーラを出した方が良い。
いつもの部屋の前に着くと、ステフの怒りが一時的に離散し、ドアをノックしてから返事が返り、そして入室する。
俺が入った瞬間。俺の懐に飛び込んでくる影。
「おにぃちゃん!」
「ほう、もう喋れるようになったのか良い子だ」
頭を撫でる俺。チヒロの世話をしている時はダークオーラを発しない。おそらく俺との仲を認めているが為だろう。
「おにーちゃんお外に一緒に行くのー」
「王女は俺と二人っきりになるのを御所望のようだ。母上、少しの間チヒロをお借りしますね」
「あらあら、チヒロも大好きなお兄ちゃんと一緒にお外が見たいのね。どうぞベランダに行ってらっしゃい」
今は1月なので少し肌寒いが、それでも太陽がさんさんと熱を伝えてくれる。風も良い塩梅だ。
ベランダに居るのは俺とチヒロだけ、ステフも二人の雰囲気を壊さないように空気を呼んだようだ。
「で、こうして喋るのは1年振りなわけだが。元気そうで何よりだな」
「まったくよ。異世界の言葉自体は半年で覚えられたけど声帯が発達するまでがんばっても1年経っちゃったわ」
「ふっ、日々の弛まぬ努力の結果が出てよかったじゃないか。改めて、ようこそ異世界へ」
「本当にね、あまり長く話すと喉が痛くなるけど。そうね、こちらこそ、お兄ちゃん」
俺はようやくこの世界でチヒロとの会話に成功した。
「…それで、どんな用事で私をこの世界に呼び出したの?」
「ああ、この世界には魔力があるのは既に知っていると思う。今この国は魔術師である俺達の弟タカ・フェルトに依存しすぎているから、そこからの脱却。チヒロ派の派閥を作ることだ」
魔術技術が売れなくなると、孝明の地位が著しく下がる事は目に見えている。
そこで、新しい風としてチヒロを投入する。チヒロ位頭がよければ孝明が思いつかない何かに気づいて、この国の魔術技術の発展が出来るんじゃないかと思ったのだ。
その何かは俺にはわからん。魔術の事何も知らないし。だが、中一の孝明でもアレくらい出来るんだから。高三のチヒロが何も出来ないなんて事は多分無いと思う。
「あの愚弟がそこまでの権力を持ってるって言うの?どう考えても分不相応すぎ」
「さらに、俺がこの世界に学校施設を新しく建てたから、そこで将来優秀な人材探しだな。そこから派閥を作っても良い。とりあえず今するべきことは、魔力を扱う事を完璧にこなす事だ」
学校施設を建てたのもチヒロの為だ。まあ、使える人材は俺のところにも必要だから一石二鳥と言う奴だな。
商人の基礎知識向上で商売の発展にもなるか。手工業職人にも新しい人が参入するからな、技術屋の人海戦術が可能になるかもしれない。
全てにおいて良い事尽くめだが、その人財が完成するまでに、今残された時間が無さ過ぎることが問題だな。
「また難しい注文ね。お兄ちゃんにお願いされる事って、いつも無茶ばっかりなんだから。それに振り回されるこっちの身にもなって欲しいわ」
「そう言いながらも、今まで全ての要望に応えてくれた奴の言い草じゃないな。このお礼は俺ととチヒロが結婚すると言うチヒロの望みでかなえてやろう」
「ちょ、何で知ってるのよ!?」
「気づかないと思っていたのか?もろばれだったぞ?兄妹だと言う事で気づかない振りをしてたがな。夜中に襲われそうになった時と一人暮らしを決意した時期が同じって時に気づけよ…」
「…あー…うー」
アレは危なかった…前々から好意には気づいていたが。夜中に俺の部屋に来てじーっと見つめられた時、己の貞操の最後を悟ったね。
幸いにもその日はそれ以上何も無かったが。次は本当にやばいと思った俺は、次の日からアパート探しに邁進したと言う苦い思い出さ。
「もう少ししたらタカ・フェルト魔術研究所に送り込んで技術を盗ませるから。それまでに己の魔力位は完璧に扱えるようになっとけよ」
「…いいわよ。お兄ちゃんが身を売ってまでしてくれたこのお願い。完璧にこなして見せるわ」
売るものはこの体、対価に買うは千尋の知恵。失敗でも払い戻し無しのこの博打。身を投じてみようか。