ここ、ファミルス王国では魔術の技術では大陸一と言われ、魔術道具の技術でも他の国の追随を許さない。
王族は国一番の魔力を持ち、街の中で高い魔力を持つ人間を交配させる事によってその地位を築けている。
この国の法では、2代前以前にエルフの血が混ざっていても、それ以降が人間ならば人間と認識されるようになるが、それは今特に関係ない。
そしてそんな魔術国家の現時点での国王、タイチは。
「うーん、魔術出ないな…」
現時点では魔術の使えない王だった。
人並み外れた魔力を持ち、魔力の流れを目で見る事の出来るタイチだが、魔術の行使には一度も成功していない。
その理由となる一番深刻な要因は。
「俺が魔術の存在を心のどこかで否定しているからかも?」
イメージが全てである魔術の世界にとっては致命的である。
魔術国家で魔術の使えない事は致命的と判断したタイチは、暇があれば使えるように努力するが、一向にその気配はない。
(どこぞのH○H見たいにずっと持ってるとかしてイメージを固めるしかないんだろうか?)
現時点でタイチが出来る事と言ったら、日頃から身近に居てくれるステフに相談する事しか出来ない。
すごく魔術師としての印象が薄いが、ステフは一応魔術師だ。何か好転するようなアドバイスをしてくれるに違いないと、わらをも掴む気持ちで聞いて見る。
「ステフ、魔術出来ないんだけど、なんかアドバイス頂戴」
「タ、タイチ様!?まさかこの場で魔法を使おうとしたんですか!?」
ステフが焦るのも無理はない。なぜならそれは、目の前に高くそびえ立つエッフェル塔の如く書類の山が積もっていたからだ。
そう、今は教育関係の経過報告関連の書類。掛かった予算、追加予算の作成に人員の確保状況。その他様々な書類が、速く判子を押せと圧力を掛けて来ている。
もし、魔術が成功していたら大惨事になって居ただろう。ステフの指摘ももっともだ。
現実逃避しなきゃやってられないよ…。
項目毎にまとめればいい物の、各領主がそれぞれ単体で出してくる物だから、似たような内容の書類が詰まれて居るのでこのような事態になっている。
高く敷き詰められていてステフの姿を見る事も適わないくらいだ。全部似たような内容なので、定型文に従って書くだけなので王の力いらねーんじゃないかと思う。
俺は家臣の貴族の一人、ランドル・マッケンジー書記長を呼び出し。この定型文に従って、各領主に渡す書類に判子押すだけでいい状態にして欲しいと頼む。
書類の山を見たランドルさんは、冷静に「かしこまりました」とか言ってるが。どう考えてもランドルさん&書記の皆さんの徹夜は間違い無い。
きっと心の中でため息のオンパレードだろう。…合掌。
全ての書類を移す為に執務室を追い出されたタイチと、そのお供のステフ。
一時的に時間が空いたので、魔術の訓練をするならとステフに言われ、中庭へと移動する。今日も元気に日差しがメンチ切ってる。言うまでも無くとても暑い。タイチは襲い掛かる紫外線を意図的に無視し、木陰で改めてステフに聞きなおす。
「というわけで魔術が出ないんだよ。だからアドバイスをくれ」
「イメージ不足でも魔術は発動しますよ?魔力の本流になって、吹き荒れるだけですから。タイチ様が詰まっている所は、多分放出の段階で躓いていらっしゃるのでは無いかと思います」
どうやら俺は魔術を勘違いしていたようだ。
タイチは魔術を行使しようとイメージし、行使しようとする。だが発動はできない。そこで魔力の流れを見る。
確かに、手のひらに魔力が溜まっているのは確認できる、しかしそこから外に出すと言う事が出来てない。
魔力が手に留まったままなのが見て分かる。
「よし。…で、どうにかなりませんかね?ステフ先生」
「せ、先生ですか!?え、えっとですね。…では私が手の平から魔力を吸収して見ますので、それで放出のコツを体で感じてください」
なるほど。自分で放出する事が出来ないなら、ステフの方から作用させて、外に出ていく魔力の流れを見せようと言う事か。
「大体想像出来るが、一応聞いておく。吸収とはなんだ?」
「魔力を扱うにあたっての基本的な動作です。自身の魔力をコントロールできる事。外から魔力を吸収する事は、中級者の段階に進むには会得しなければいけない基礎事項なんですよ」
どうやら段階に分かれて修めなければ行けない事があるようだ。
「以前にも聞いたが、段階とは正確にはどう言う条件なんだ?」
「えっと、正確に初級者、上級者と言う区分は無いんですが、魔術師で一般的に修めなければいけない事は。
初心者:魔力を感じ、練る行為が出来る事。
初級者:自身の魔力を使い、ある程度の魔法の行使ができる事。
中級者:外から魔力を持ってきて、魔法の行使ができる事。
上級者:外から持ってきた魔力を、自身の魔力と合わせて行使する事が可能な事。
と言うのが最低条件となってます。
タイチ様は、既に魔力を見て、操る事が出来るので、初心者からは脱してますが。
本来、初心者から初級者に上がるための壁は一番の難所とされ、そこで諦める人が大半です」
…つまり、魔力が見えて「俺すごくない?」とか勘違いしてたけど実はまったく凄くなかったと言う事ですね。
いよいよ魔力放出の訓練だ。
魔力吸われる事に若干の不安はある。それはステフを信頼できないからと言うわけではなく、未知の物へ挑む事への恐怖だ。
タイチはどこまで魔術的な事を極められるかは分からない。
だが、なるべく自衛出来る様に鍛えて置く事は決して無駄にはならないはずだと不安を封じ込め、自分を戒める。
「うん。おねがい」
覚悟を決め、真剣に挑む。スッと何気ない仕草で右手をステフの方向に差し出した。だがステフにとっては何気ない行為ではないのか。
「そ、それでは失礼します」
ステフの真剣な宣言の後、タイチの差し出した手を恐る恐る握り、目線を斜め下に向けて頬を赤くする。
羞恥心は伝染し、タイチの頬も赤くなる。
そこで気づく、そう言えば最近繋いでなかったかもしれないと。
最初の頃は街で普通に繋いでいたが、何か心境の変化でも起きたのだろうか。
ステフは、タイチの右手を遠慮がちに両手で包み込み、目を閉じる。しばらくすると、徐々に力が抜けていく感覚がタイチを襲う。おそらくこれが魔力が抜けていくと言う感覚なのだろう。
タイチは魔力の流れをその目で見る。お腹のあたりに溜まっていたタイチの魔力が肩を通り、右手を通してステフの体に流れていくのを見る事が出来る。
ステフの体に流れるタイチの魔力は、そのまま体中を巡り、そして融合されていく。これが外から持ってきた魔力を自身の魔力に変換すると言う吸収の極意なのだろう。
吸収されるばかりでは上達の道は無い。タイチは魔力の流れを覚え、放出するための感覚を体に染み込ませて行く。
外に出ていく魔力の感覚は新鮮で、未知の感覚だが、俺の魔力がつき掛けた時、何とかイメージを形に纏めてみせる。
タイチは集中を解き放ち、目を開けてステフを見てみる。
そこには、悦に入っているかのように上気させた顔で呆けているステフの姿があった。
タイチの魔力に当てられたのだろうか?それなら外に逃がす事も出来たはずだが…。
彼女が何を思ってこのような行動を取ったのかは謎だ。きっと本人以外には永遠に。
その後タイチは魔力の回復に神経を集中させ…、と言ってもタイチがしている回復とは、だるい体を大の字に寝転がらせているだけだが。
しばらくすると、ずっと夢見心地で目をトロンと垂らしながら、にやにやと不気味な笑みを浮かべていたステフは現世に帰ってきた。
「…ハッ!?こ、ここは?あ、タ、タイチ様!?すいませんでした。タイチ様の魔力がとても気持ちよくてつつまれて5ftgyふいこlp;@」
もはや慌てすぎて解読不能だ。
人の言葉を喋っていないステフを何とか落ち着かせ。タイチは、今つかめた感覚を忘れないように魔術の行使を実践して見る。
「魔力の流れはつかめたからそこで見てなよ」
タイチは少しだけ残った魔力を手の平に全て集中し、燃え盛る火をイメージする。そして…。
「うーん……全力ファイヤー!」
タイチは魔力の流れから成功を悟り、その効果を確認する事は無かった。
魔力の練りがうまくいかず、仕方ないのでやけくそで全力で火を放った影響で、魔力を使い果たしたタイチは気絶してしまったのだ。
後に残した燃え盛る中庭と、それを慌てて消火するステフを残して。
タイチの放った魔力は、中庭を放射状に焼き払い、優雅な外観を消し炭に染め上げた。そして城内部に局地的な地震を巻き起こしたという。
それ以来、タイチの一人での魔術行使は危険と判断され、側にステフがいない時には禁止と言うありがたい言葉を貰ったのは言うまでも無い。