玉座で倒れてる首と体が泣き別れしている一人の高級な服を着ている男。
「民を省みず娯楽に溺れ国を低迷させた暗君は死んだ!これより俺は王殺しの罪により自害を果たす」
忠臣として知られていた彼の最後に、賛同6割、否定2割、まったく関係無しと見ている不干渉2割。といったところか。これなら作戦通りに事が運ぶかな…。
「皆の者聞いてほしい。私はこれから、この国の王にふさわしい人物を、異世界より召喚したいと思う」
名も無き家臣が息を引き取ったと同時に、この国最高の魔術師がそう言い出した。
その言葉を聞いた家臣団は、あまりの突拍子も無い事に唖然としたが、すぐに批判の言葉が襲う。
「確かに、この国には現在王不在。後継ぎが今母親の腹の中に居る現状ではこの国の一大事なのはわかるが、王族以外の者にこの国を任せるわけにはいかぬな」
まあ、当然の批判だな。反論は尤もだがここで譲るわけにもいかない事情も魔術師にはある。論破せねばなるまい。いや、このような雑魚貴族相手だったら権力をフルに使って、反論させなければいいだけだ。
「生まれてくる子供は女というのが私の魔術調査の結果が出ました。ならば私の召喚する国王が男ならば、それと婚姻を結びこの国を立て直せば良いではありませんか?王族で無ければ駄目と言うのなら、王族にしてしまえばよいのです」
「その召喚する王は、本当にこの国をより良く出来るというのかね?」
「私、魔術師タカ・フェルトの名に懸けてこの国を大陸一の国にすると誓いましょう。私の呼ぶ王が立つと言うのなら、国が良くなるように最大限の補助をさせていただきます」
権力も王の次に影響力を持っているからこそ、この発言が出来るが、これを断ればこの国を抜けるつもりで居る。
タカ・フェルトは昂ぶる気持ちを抑え、改めて家臣達に選択を迫る。
力と新たなる王が治める国か、タカと卓越した能力を持つ弟子達の居ない国か。
選択の余地は無い。この国にはタカの能力に依存しているのだから。乗っ取りだと分かっても反論は出来まい。
断れば抜けると馬鹿でも分かりやすく言っているのだ。恐喝以外の何者でもない。
魔術の腕はこの大陸で3本の指に確実に入ると言われているタカ・フェルト。
今は亡き王の父である前王の相談役で親友だった彼は、前王からの個人的な依頼によって国に籍を置いているに過ぎず、本当なら前王が死去されたときにこの国を抜けるつもりだったが、この国をより豊かに、より強くして欲しいとの遺言で、今もこの国に残って研究を続けている。
彼はこの国の有事の際の絶対決定権を持つ特権を有していた。彼の力により魔術技術が飛躍的に伸びた事を背景に、この発言が出来る権力を持てているのだ。もちろん断れば今は亡き王からの依頼は解消され、国を抜ける事は今の言葉からも明らかで、貴族たちはうろたえるばかりだ。
「その言葉を信じましょう。どちらにしろ、現状でこの国を支えられる器を持つものはおらぬわ。いっそお主が治めてみてはいかがかな?」
家臣最長老でタカ・フェルトと同格の権力を持つご意見番、シーザー・ヴォルフ宰相が、嫌味を多分に含む発言したと同時に勝負は決まった。結局、初めから勝負ではなかったのだ。タカ・フェルトの提案を、呑まないわけには行かないのだから。
「いえ、私には民を纏める力などありません。自分の力量くらい分かりますよ。ただ多少人より魔力が多いだけです。それでは、新たな王を呼ぶ準備をしなければいけないので、これにて失礼します」
そこで話を締めくくり、タカ・フェルトは玉座を退室した。しばらくしての場に居た家臣達も、目まぐるしく変わる情勢に頭を悩ませながらも散会していく。
ご意見番であるシーザー・ヴォルフ宰相はエルフ族で。過去何代にもわたる王に仕えてきた重鎮である。違う意味での国の一大事に、ため息が漏れるのを止められない。
(まあ、国が豊かになる善王なら何も言うまいて。前王はこの国を良くしろとは言ったが、王に仕えろとは言うておらんかったからな)
前王が駄王なのはシーザーも分かっていたので、諦めの表情で協調姿勢をとる事を決めた。王が死んだときは、この国がどうなる事かと思ったが。本当の意味で前王の言葉に従っているのだと無理やり思い込み、考えるのを止めた。
魔術師タカ・フェルトが何を思ってこの所業に出たのかは本人にしか分からない。
ただ、この事柄で物語は加速して行く事になる。
「うむ、これは間違いなく死んだな。」
俺の名前は遠藤太一(21)。三人兄弟の長男で、現在一人暮らし、趣味はネットサーフィン。職業はしがないアルバイターをやっていた。
そう、やっていた。なぜ過去形かというと。
「いや、自分が死んでるところを上から見下ろすって、確実に魂ですから!」
交通事故で死んでいたからである。
叫んでみたものの思考はクリーンで冷静に判断できる。
死んでいて体の機関がおかしくなったのか、アドレナリンがまったく出る様子が無いし。取り乱す予兆がまったく来ない。
妙に冷静状態な魂状態の俺はこれからの事を考えていた。
「う~む、やっぱり日本だから八百万の神に入ったりするんだろうか?それとも輪廻転生して新しい人生を送るのか?日本って相反した死後の世界だよな。無宗教だから別にどうでもいいんだけどね」
などと死後の世界に思いを馳せながら上空にふわふわ舞い上がっている時、いきなりブラックホール的な黒い物体Xが現れた。
ちょ!?なにこれ?死後の世界に行ける門ですか?こんな風になってたんすか!?
等と思っているてんぱった思考は無視され、物体Xは太一の魂を吸い取っていく。
「あ~れ~」
…訂正。あんまり焦ってはいないようだ。生前の思考に引っ張られてはいるが、この事態に動揺一つ起こさない。
「…で、俺を呼び出したと…それでいきなり国王?それなんてご都合主義!?」
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺は死んだと思ってたのにいきなり異世界に召喚されていた。
な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…
死後の世界なんてそんなアバウトなもんじゃ断じてねえ…もっと恐ろしいものの片鱗を味わってるぜ…
とりあえず落ち着いて現状確認に勤める太一。何事も情報がなければ動けない。
「…俺の記憶からすると5年前に弟の孝明が行方不明になっていた。で、どこぞの北の国に拉致されたと思っていたら異世界に拉致されていたと…そういう事でいいのか?」
太一は己を召喚したと思われる、いかにも魔術師です。といった風貌のローブを身にまとっている猫背の中年に状況説明を申し出てみる。
その中年は、現実世界で5年前。彼が中学1年のとき学校の帰宅途中で行方不明になり、当時のニュースを賑わせた当事者である太一の弟であるという事だそうだ。
「間違ってないよ。ただ、時間の流れが違うみたいで、そっちは5年でもこっちでは50年経ってるけどね」
「…なんでそんなに若々しい肉体なんだ…?そして、何で俺こんな子供の体になってるの?」
見た目30代後半の、髪はボサボサで無精ひげを生やした、活きのいいおっさんは、見た目不相応にやんちゃらしい。
そして、何故か太一の肉体は子供の頃の自分に瓜二つこれも魔術なのかと疑問に思い、説明を求める。
「ふっふっふ…魔術の力を侮らないで欲しいな。僕並に高位の魔術使いは生きようと思えばいくらでも長生き出来るのさ。そういう魔術を開発したからね。
ちなみに兄貴の肉体年齢は5歳だ。少しずつ整形して漸く兄貴と同じような顔を作り出す事に成功したよ。年齢が下がってる事については、魂を入れる肉体でそこそこ良いのがこれ位しかなかったと言うのが理由だけど。一般人より大きなな魔力があるし、訓練すれば上の下位までは行けると思う。決してピンチになったら突如として発現される特殊能力なんて無いから。いきなり右目が疼くとか有り得ないから。まあ、政務で鍛える時間の無い兄貴にはまったく関係ないね。戦闘は僕たちに任せれば良いから。雑務は任せたよ」
今確信がもてた…このめんどくさがり屋な、無駄に明るい性格は間違いなく弟だ…
なんか自信満々な感じに性格歪んでますが…。長年の孤独で性格が歪んでしまったみたいだ…。こうなる素養はあったが、同情の余地は多少あるな。
この自称大陸一の問題児…じゃない。自称大陸一の魔術師を制御しながら、国を発展させろってか?無謀じゃね?
「安心してよ兄貴。この国は水の国とか言われてて、最初からそこそこ豊かだし、僕が魔術部隊を鍛え上げたから魔術技術は大陸一だよ!」
「じゃあ何で呼んだのさ…お前が治めろよ…」
とは言った物の、この馬鹿に国が治められるとは初めから期待していない。中一で異世界召喚された後、魔術の事しか学んでないと言う孝明に何を期待しろと言うのか。いや、なにも無い!(反語)
だからと言って、俺もそんな能力無いから。出来たとして高校卒業レベルの知識ですよ?
「僕、政治が無関心だと思わせて、既存の魔術の技術を高める事のみに集中してると思わせたほうが何かと都合がいいんだよ。雑務なんてやりたくないし。目立った動きをして殺されたくないからね。殺されるなら兄貴が先だから。そこんとこよろしく」
「家臣からの暗殺の恐怖におびえながらって、それしゃれんなってねー!」
前王の半生を聞いてみた。何でも、暗君が国の金を使い果たしそうになったので、孝明の研究資金まで削ろうとしたと。
で、それにむかついた孝明がつい殺っちゃったんDA☆ZE☆と言う流れらしい。
「異世界から相応しい者を召喚するとか言った手前、縁のある人しか呼べないなんて口が裂けても言えないしさ。大丈夫、将来間違いなく美人になる王女が既に許婚になってるからそこは喜んでいいよ」
「それしか救いがねーのかよ!?絶対子作りまで生き抜いてやる!」
「兄貴は前世では顔が良いのに女性の影まったく無かったからなぁ…」
「哀れむなぁああ!」
俺は彼女を作れなかったんじゃない!作らなかったんだ!と、とりあえず主張しておく。
そんなハイテンションな兄弟間の会話に付き合ってあげながら事情説明を受けた俺は、召喚された場所である塔から外に出て、異世界の第一歩を踏み出した。
周りを見てみると、後ろには20メートル位の円柱状の塔、その四方に直径3メートルはあろうかと言う巨大な水晶状の丸い玉が鎮座している。そこから何か靄みたいな物が立ち上っている。超不思議現象だ。
それ以外には木々が立ち並んでて、遠くには微かにレンガ造りの家が見えるので、ここは郊外にある孝明の研究所の一つのようだ。
横にある看板に「魔術師タカ・フェルト実験用研究塔23号」とか書かれている。少なくとも23個はこのような実験用施設を持てるくらい偉い立場に居るようだ。
早速疑問に思ったので聴く事にする太一。
「このでかい水晶は何だ?なんか周りからもや状のものが立ち上っているのが見えるんだが」
ほう、と孝明は感心した様子を浮かべてニヤニヤしている。気持ち悪い表情だが意図的に無視して説明を聞いた。
「見えているもやは魔力だね。その水晶は魔石と呼ばれるもので、この施設は魔石から溢れる魔力を塔に集めて儀式系の魔術を使う事に特化した施設さ」
どうやら俺は魔力を見る事の出来る能力を既に持っているらしい。今更この程度では驚かないが。体を用意したと言ってたからそういう風に作ったのだろう。
街の事について聞いて見たが、今は家臣達に紹介するのが先だと言われて引き下がった。
「後で専属メイドを用意するよ。響きだけで萌えるだろう?」
これ以上話したら、からかわれるだけで終わりそうなので、俺はとっとと少し遠くに見える城に向かって足を進める。
孝明を伴って城に入った俺は、城に常駐しているメイドに連れられて衣装室へと案内された。着替えさせられそうになるのを阻止しようとするが、中世貴族風の服の着方なんて分からないので素直にされるがままにされた。
見た目5歳だから羞恥心もわかない…。と思いたい。思わせてくれ。じゃないと精神的に耐えられないから…。
メイドさんの手を借りながら、えらい高級な服に着替えさせられて鏡を見た。
「おのぼりさんだな」
率直な感想である。どう考えても年不相応な格好だ。俺は迎えに着た孝明と共にちょこちょこと玉座に向かって歩いていった。
(まぁ、雑務の為に使われたのは確かだが、孝明も寂しかったのだろうという事は分かる。話してるとき泣きそうだったからなあ。普通の人じゃ分からないだろうけど)
50年と言う月日は、俺の思っているより辛いらしい。
「開門!」
孝明の指示により、廊下と謁見の間を隔てていた門がゆっくりと開いていくのを眺めながら俺は決意する。
(あのまま生きてても良い事無かっただろうし、ニートか派遣だろうからな。国家運営で第二の人生を過ごすのも悪くない…か?)
床には赤い絨毯が引かれ、その絨毯に沿うように幾人もの人が並んでいる。太一は出来る限り背筋を伸ばし。その間をゆっくりと歩く。
玉座に座った王を見た家臣からの第一声は「そんな子供に王が務まるのですか?」だった。
そりゃそうだ。王を呼ぶとか言っていきなり5歳児連れて来られたら誰だってそう思うだろうよ…。今着ている王様の服に、着られてる感が否めないし。
「長く王を務めていただくために肉体年齢を下げましたが、彼は王の政務を完璧にこなす事のできる人物です。彼はこれよりタイチ・ファミルスを襲名し、正式に王を襲位する事をここに宣言する」
そう言った孝明がこちらを振り返って、なんか言えよ、まじめなのは苦手なんだ的な視線を向けてきた。こういう視線の意味は、兄弟同士で培われた長年の付き合いがなせる阿吽の呼吸である。こんな特技なんか身に着けたくは無かったが…。
さて、それでは一芝居打ってみましょうかね。
「私個人が出来る事は驚くほど少ないが、私に付いて来ればこの国の更なる繁栄を約束しよう。各家臣達の仕事に期待する」
…言葉の意味自体は立派だが、偉そうに言ったとしても、声変わりもしてないガキがこんな事言っても家臣達が付いてくるはずが無い。怪しそうな様子を隠しもしてないし…これからの仕事で見せ付けるしかないか…。