情報掲示板でセダの街のクエスト情報を眺めているとチリリリリ、と鈴を鳴らすような音がした。
瞑想室の利用の終わり時間の合図だ。
練習室と瞑想室は一回に一時間の利用となっているので、私は一度部屋を後にした。あまり連続してこもっていては飽きてしまうから丁度良い。
「さて……次は本を読んでしまうかな」
カウンターで図書室の利用を申請して、私は部屋を移動した。
さっき使っていた部屋の隣の扉を開けて中に入ると、もうすっかり見慣れた本だらけの部屋が私を迎える。活字好きには嬉しい場所だ。
私は迷わず部屋の一番奥の棚へと向かった。もうこの棚の本を除き全て読み終えたのだ。
残りの本は十冊ほどで、今日でこれで読み終えてしまうと思うと少し寂しかった。
私は一冊を手に取ると、傍の椅子に深く腰を下ろした。
-----------------
『妖精種について』
妖精種はこの大陸に現在数種類が確認されているが、その全容は明らかになってはいない。
花畑や森に住むもの、古い建物を好むもの、遺跡に住む悪戯で時に邪なもの、などと様々な種類の報告がある。
その見かけも様々で、きわめて美しいもの、愛らしく滑稽なもの、見るだに邪悪なものと色々だ。
人型種族に数えられるエルフやドワーフもこの妖精種であるとされているが、その真偽は明らかではない。
妖精種はこの大陸に元から住んでいた古い種族だと言われている。
グランガーデンが魔族に侵略された時にその多くが滅亡し、あるいは姿を隠した。
始まりの王と魔族の戦いの際は王に手を貸したと言われているが、戦いの後は彼らは新しい移住者の前に積極的に姿を現す事はなく、現在もこの大陸のあちこちに隠れ住んでいるらしい。
一説では始まりの王と何か約定を結んだとも言われているが、その内容はあきらかになっていない。
ただ、各地には妖精種に関するお伽話が幾つも伝わり、それによれば妖精に出会い友好を築く事が出来れば幸運が訪れる事は確からしい。
-----------------
「妖精種か……会ってみたいもんだのう」
最後の項目を読み終えた本をパタンと閉じ、私はそれを本棚に戻してうんと伸びをした。
老人の見かけの身体ではあるが、あくまで見かけだけなのでポキポキいったりはしない。
ちょっとだけ物足りなく思いながらも姿勢を戻してステータスを開く。
この部屋にある最後の本をたった今読み終えたのだ。
数値を見れば、予定通り知性に+1がされている。思わず顔がほころんだ。
後は手作りクッキーを食べるだけで目標はクリアだ。
私はアイテムウィンドウを開き、手作りクッキーと記されている文字に触れ、摘んで引っ張る動作をした。
途端に目の前にキラキラと光が弾け、手の平に乗るサイズの紙袋が現れる。
アイテムはこうしてオブジェクト化させるのだ。
現れたアイテムを手にとって袋を開けて中を覗くと、少し不揃いだが美味しそうなナッツ入りのクッキーが幾つも入っていた。
仮想だというのにとても美味しそうで、思わずお腹が空いたような気分になる。
文字を読んで脳が疲れた気もすることだし、お茶はないが今食べてしまおう。
もっとも、これを食べたからといって私の脳に実際に糖分が行くわけではないのだが。
とりあえずそんな事は置いておき、私はうきうきとクッキーに向かって手を伸ばした。
「……甘い匂いがする」
不意に小さな声と鼻をならすような音が聞こえ、クッキーを摘もうとした私の指が止まった。
驚いてパッと顔を上げ、扉の方を見たがそこには誰もいない。
この図書室は瞑想室などと違って個人用の部屋ではない。しかし魔法ギルドの過疎ぶりから、未だに人に出会った事はなかった。
「いい匂い」
部屋を見回しているとまた声がして、私は慌てて振り向いた。
しかしそちらにもやはり誰かがいる訳ではなく、ただ本棚があるのみだ。
不可解な出来事に、システムにはないのに背中に冷や汗が流れるような気がした。
「こっちだよ。上、上」
弾かれたように上を見る。
声がしたのは目の前の本棚の上から。
視線を向けると、そこには何かおかしな生き物が座っていた。
短い手足をプラプラさせながらこちらをじっと見ているそれは、奇妙な形の緑の服に身を包んでいる。
背丈はおよそ三十センチくらいだろうか。
ついさっき読んだ本に載っていた、妖精種、という言葉が脳裏を過ぎる。
しかし私の脳はそれを認める事を全力で拒否したがっていた。
老魔法使いへの強い憧れを持つ私としては、当然妖精という未知の生き物にもそれなりの夢を抱いている。
出来れば総じて可愛く美しく、あるいは愛嬌たっぷりといった風であって欲しい。
しかし、目の前の生き物はそのどれにも全く当てはまらない。
いや、かろうじて愛嬌にだけはほんの端っこくらいはかするだろうか?
「いけないんだぁ。ここでは食べ物食べちゃだめなんだよ」
それの声は幼い男の子のようで、とても可愛い。声だけ聞けば、とても。
しかしそのおかしな格好は何だ。
頭まで覆う鮮やかな緑色の全身タイツ。
何故か赤いビキニパンツをその上から履き、足元は先のとがった皮のブーツだ。
しかも体は微妙にメタボな中年体型。
おまけに顔がものすごく可愛くない。可愛くないどころか、どう見てもブサイクなオッサン顔という他ないような顔をしている。
こんな格好はどこかで見たことがある。確か、父から譲られた古いゲームにこれに良く似た生き物が出てきていたような気がする。
私はあのゲームはアクションが苦手で上手く出来なかったので、兄がプレイするのを横からよく見ていた。
私は呆然とその生き物を見つめ、そして一つの結論に達した。
「……チ○クル?」
生き物はくふふ、と可愛い声で笑った。
しかし、その顔はむかつくほど可愛くなかった。
まさにばら色ルッピーランドだ。
ちょっと待て、これがまさか妖精だとでも!?
開発者出て来いゴラァ!