広場の入り口に差し掛かったところで、私は思わず足を止めた。
どうやら魔法ギルドを占拠して行われていた集会は終わったのか移動時間がきたのかしたらしく、ギルドの塔からはぞくぞくと人が溢れて一番街に向かって消えていく所だったのだ。
一番街には旅団ギルドがあり、旅団専用ルームが使えるからそっちに移動するつもりなのだろう。
私はまた絡まれたりしないように広場の入り口から少し路地の方に戻り、街灯の側に寄って彼らがいなくなるのを静かに待った。
眺めていると本当に人数が多くて、勢いのある旅団なんだなと確かに充分感じさせられる。
不遇な魔法職同士の支援を目的としているからか、集団の中には凝った装備の人もいれば初期装備の布のローブや衣服を纏った人もいて、レベルも様々なようだった。
楽しそうに仲間と喋っている者もいれば、むっつりと押し黙って一人で足早に歩いている者もいる。
アクセサリーをジャラジャラつけている人間が多い、と聞いていたし実際そうなんだろうと思っていたのだが、必ずしも全員がそういう訳ではないらしいということも見て取れた。
人数が多いからアクセサリーなんかは狩りに行く時の貸与とか、何か役割を持っている人に優先的に配布とかなのかな。
ここへの移動の時から数えて、私が彼らの事を知るようになってからまだそう日は経っていない。その間に見聞きした事を合わせて考えると、私はあの旅団とは多分合わないだろうことは想像がつく。
もともとあまり集団行動向きではないのだ。そういうところは、私と由里は良く似ている。
だからと言って別に彼らを否定する気も特にない。学校のクラスに色々な人がいて色々なグループがあるのと結局は同じなのだ。気が合う者同士が一緒にいる事もあれば、成り行きで一緒に居て我慢していることもある。そこから逸れて、小さなグループを作ることも。
あそこに居る人はああやって自分達なりに楽しんでいるのだから、それはそれでありだろう。
魔法職の相互支援という目的だって別に悪いことじゃないし、むしろ運営に頼らず自分達で工夫しようというのは良い考えだと思う。
そうして組織が大きくなる中で、目的がいつしか刷り変わったり、周囲との多少の軋轢を生むというのも良くあることで、ある意味仕方ないとも言えるかもしれない。
ただそのやり方が私とは合わなそうだから、距離を置きたいとは思うけども。遊び方が合わない人達と一緒にいても疲れるしね。
「ようやくいなくなったか」
流石にあの人数だと移動も時間がかかるようで、塔から流れ出る人並みが途切れたのは十分ほど後のことだった。これでやっとギルドを使うことが出来る。
私は辺りを軽く見回しながら塔へと向かい、大きな扉を少しだけ開けて潜った。
ギルドに入るとそこはさっきあれほど人がいたのが嘘のように静まり返っていた。
正面にある受付に近づくと、受付嬢が頭を軽く下げる。
「ようこそ、知の道を歩く御方。今日は何の御用ですか?」
「こんにちは。瞑想室を借りたいのじゃよ。そうじゃな、とりあえず二時間ほど」
「かしこまりました。ではあちらの扉へどうぞ。延長申請は中からもできますので、ごゆっくり」
「ありがとう」
受付けを済ませてその脇の通路の先にある扉へと向かう。やっとゆっくりと利用する事が出来そうでほっとした。
誰もいない通路を歩き、扉を開けるとそこは見慣れた小さな部屋だ。
私は早速とばかりにラグの上に座り込み、足を伸ばして、ほっと息を吐いた。みっともない姿だが、ちょっとだけのんびりしたかった。
伸びを一つして深呼吸を一つ。ようやく落ち着いた気分になった私はウィンドウを開き、先に情報掲示板を開いてみる。
「えーと、サラムのイベント告知板……あ、あったあった。これかの」
スレッドを覗くと確かにギリアムが言っていた通り、ウィザーズユニオンからイベントの告知が出されている。
「定例集会兼初心者勧誘説明会、か。確かに運が悪かったかもしれんのう」
まさにその只中に踏み込んでしまうとは私だって思わなかった。
スレッドはブックマークしておくと最新情報を見やすいので、そうしておくことにした。一週間に一回くらい覗いておけばかち合うこともなくなるだろう。あんな居心地の悪い体験は一度で充分だ。
それからいつも覗いている掲示板をいくつかチェックして、情報掲示板を閉じる。
次いでアイテムウィンドウを開き、買い込んで来た白紙の書をドサドサと取り出した。
とりあえずまずは赤の魔道書Ⅰとかを量産して、熟練度を上げる所から始めようと思っているのだ。
出来上がった魔道書はそれ同士を合成してプラスのついた魔道書に変えて売るつもりでいる。
スゥちゃんが快く協力してくれると言っていたとユーリィからメッセージが入っていたから、売る方も安心だ。売れるかどうかは置いておいて。
「ま、とりあえずようやく本腰を入れて生産できるし、頑張るかのう。目指すところもはっきりしてきたしの」
白い魔道書を一冊手にとって眺める。ここに、この表紙や背表紙に、自分のつけた名前が載るのはきっと嬉しい事だろう。
「どんな書を作ったら売れるのかばっかり考えていたが……それはとりあえずは忘れるかの。まず作りたい物は決まったことだし」
私は一度閉じたウィンドウをまた開き、スキルの欄を見る。私のスキル欄に並ぶのは覚えた魔法の名前が殆どだ。私はそれらを一つ一つ眺めながら、それぞれの魔法の基本の効果や範囲、持続時間、呪文の長さを順番に再確認していく。
「使いやすいのが良いじゃろうの。単体、範囲、補助、回復から一つずつ、とか? 範囲は別にして、それだけで一冊にするか……属性は色々取り混ぜて……出来上がりが一種じゃ少ないか」
私が目指すのは、できるだけ使いやすい魔道書だ。熟練度を上げて、できれば白紙の書Ⅰに四つまで魔法を詰めたい。文字数の制限は熟練度が上がれば上限も上がるし、頑張ればどうにかいけるはず。
出来れば最初の所持金である1000Rでも買える値段にしたいところだ。
ファトスの周辺の敵の事なんかを考えると、一種類だけじゃなくて少しバリエーションも増やしたい。
「特化型の魔道書も作るか……各属性の補助魔法だけを抜き出して詰めた魔道書とか。最初から友達と遊ぶ人、白魔道士を目指す人向け、とかにいいかも」
ぶつぶつと零す独り言だけが部屋の中に落ちる。時間を掛けて何種類かの案を考えたが、どれがいいか今ひとつ悩む。後で実際に魔法を使って、それから決めようかな。
「とりあえずはまず熟練度をを上げるために、汎用品を作るところから始めるかの。ある程度上がるまでは我慢じゃな。上がったら、作りたいものを作る、と……その時は、名は何にしようかのう」
出来上がったらそれをスゥちゃんに託して、売ってもらおう。それを初心者の人なんかに手にとって貰えると嬉しい。あと魔法職の難しさに辟易してる人に手に取って貰えるような物も作れるようになるといいなぁと思っているのだけど。
「そうじゃな、最初の魔道書の名は……『初心の書』にしよう。できれば、魔道士に成り立ての人に使ってもらえるような、そんな書になるように」
それはこの前ユーリィとサラムの広場で話した時からずっと考えていた事だった。
そして今日ギリアムとの話の中で、決めた事でもある。
いや、正確には今日のあの旅団との不本意な出会いで決意が固まったというか。
私は誰かのプレイの仕方を否定する気はないし、表だって邪魔するつもりもない。
けれど私は私のやり方で、魔法職を支援したいと思ったのだ。少しでもいいから、魔法職の裾野を広げる手伝いが出来ればとても嬉しい。
そうしたら、きっと面白い。
……それでついでにあの旅団以外の魔道士がもっと増えたり、あの旅団にいる旨みがちょっぴり減ったりすると、きっともっと面白い。
正直に言えば、今日のアレは結構不快だったからそれについては改善して欲しいと思うのだ。私だって人並みに苛立つことくらいあるし、聖人君子でもない。
だから、私の信条的に言えば彼らを声高に非難したりはしないが、何もしないのも面白くないという気持もある。
とは言え、別に表だって何かする気は全くないし、真っ向から対立したりする気もない。だって面倒だし。
でもやろうと思えば、陰に隠れながらでも少しくらい影響を与えることなら私にもできるんじゃないかなと思うのだ。
例えば、ギリアムにお取り置きについて教えたみたいに。
まぁそうは言っても、今考えているのはそんな感じにあくまで遠まわしに、そのうちちょっとくらい連中をイラっとさせることができるといいなー程度のささやかで可愛いことだ。言うなれば道に小石を置くとか、草原で草を結んでおくとか、その程度の。
そういうのって相手が忘れた頃に効果が出るといっそう面白いよね、とか別にそんなことは思ってない。うん、そんなには思ってない。
実際やることはと言えば単純だ。私は私の方法で生産を楽しんで、作ったものを売ること。ただそれだけだ。
「私は、私の方法で、皆と一緒に楽しめたらいいよね」
ぽつりと呟いた後、口調が素だったことに気付いて思わず笑ってしまう。
当分は出来る限り表には出ず、隠れまくるつもりでいるけども、その楽しみを追求するといつかギリアムみたいにトラブルに見舞われることもあるかもしれない。
けれど、そうなったらそれはそれで仕方ないと諦めて、受けて立つなり逃げるなりする気でいる。
ま、今はそれ以上そんなことは考えないけどね。
新しく出来た友人が、好きな事を楽しむために一生懸命この街を走り回っているように。
私も私のやり方で先のことなんか恐れずに、好きなものを作り、好きなように隠れ、素知らぬふりをしてゲームを楽しむのだ。
「さ、やるぞ!」
気合を入れて傍らの本を一冊手に取る。
開いたページは新しい楽しみを書き込まれる事を待っているかのように、白く煌いて見えたのだった。
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キリが悪かったのでまとめて投稿しました。
生産編はもう少しで終わりです。
いつも感想などを頂きありがとうございます。
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