「それにしても、ギリアムさんは随分と生産が好きなんじゃな」
「ギルでいいって。まぁな、この為に俺はRGO始めたようなもんだからなぁ。狩りとかも結構面白いからまだ生産は専業って言えるほどじゃねぇがな」
「生産のためにRGOを?」
私が不思議そうな声を上げると、ギリアムは少し照れくさそうな仕草と共に頷いた。
「あー、その……リアルの話であれなんだが、俺は実はそういう系のデザイナー目指してる訳よ。けど、彫金とかってデザインした奴いちいち作ってると金かかるだろ。だから、もともとVRはそういうデザイン関連の練習用として使ってたんだよ」
「ああ、なるほど。VRを利用した美術工芸や服飾関係の制作用シミュレータソフトの話は聞いたことがある。最近は随分出来の良いソフトが色々出ておるらしいの」
「そそ。あれならデザインから3Dに起こしてソフトに入ってる汎用モデルに着けさせてみるとこまで全部出来て、材料費はかからねぇからな。自分も中に入って目の前で身に着けたところを見ながら微調整できたりするから結構参考になるんだ。ついでに重さや材料の試算までしてくれるから見積もりまでできて楽だしな。まぁ実際に作る腕は上がらないがな。けど、最近どうもそれが物足りなくなってきてなぁ」
そこまで語るとギリアムは顔を上げて広場を見回した。
私もつられて顔を上げれば、広場をNPCやプレイヤー達が行き交っているのが目に入る。
「VRモデルは何身に着けさせても、良いとも悪いとも言わねぇだろ。やっぱ生きた感想とか聞きたくなってな。どっかのコミュニティにでも参加するのも考えたが、どうも俺はああいうのに溶け込むのが苦手だし、できれば作る側からじゃない意見が聞いてみたくてな……んな感じでモヤモヤしてたら、ダチにこれを勧められたんだよ。
まだ発売前だったけどクローズドβからこれをやってた仲間がいてな。稼動前だから機能はある程度限定されてたが、生産のエディタも結構細かくて面白そうだったから気分転換を兼ねてどうだってな」
「なるほどのう……そういう遊び方もあるのか」
「や、俺みたいなのは少数派だと思うぜ? けど、やっぱいいな。中に人がいると全然違う。人に意見が聞けると、ほんと勉強になる。作る喜びとか、そういうの実感できるしな」
ギリアムはそういって頷いたが、すぐに少しだけ顔を曇らせた。
「まだ何か不満でも?」
「不満っつーか……いっこだけ惜しいっつーかな。生産も始めて、最初は作業でたるかったけど、少しずつ作れる物が多くなって色々とデザインも出来るようになって、固定の客やフレもちょっとずつ増えて……増えて……なのになんか、皆美形なんだよな。さっきも言ったけど、最近は段々それに食傷気味になってきたっつーかなぁ……」
ああ、なるほど。わかるわかる。
「飽きるのう」
「……ああ。美人がアクセサリー色々つけても、そりゃ変なのじゃない限り普通にどれも似合うだろ。どれもこれも似合うなら、どれでもいいじゃねぇか、というような気分に段々と、な」
ギリアムは呟くように語ると少し寂しそうに、ふ、と笑った。
どうやら彼はちょっと自分の目的を見失いかけていたらしい。その上トラブルに見舞われるようになっては、そりゃやる気も減るだろうなぁ。
「その中で、ウォレスさんみたいな爺さんはほんっと久々に癒しだった。ありがとうな。まだまだこういう出会いもあるもんだとほっとしたぜ!」
「はは、礼を言われる覚えはないが、まぁ役に立てたなら良かったがの」
私は苦笑しながら膝に置いたパイプに目をやった。魔法焼きを食べる時に邪魔だったので手から離したそれをひょいと拾い、口に咥える。
しばらくするとその火皿の部分がほんのり赤くなり、かすかな煙が上がった。もちろん私は咥えた以外何もしていないのだが、これはこういう一種のネタを兼ねたアイテムらしい。役に立つかどうかは置いておいて、なかなか良く出来ていると感心してしまう。
パイプをしばらく見ていると、うっすらと上がっていた煙がぽこん、と輪を作る。
おお、と感心していると、隣の男がガッツポーズを作った。
「うし! 煙のランダム設定も上手くいってるな!」
「凝っておるのう」
「そりゃ、拘ったからなぁ。あ、それ効果としては消化力を20%高めるっつーのが着いてるからな。休憩する時にでも使ってくれよな」
「消化力……確か飲食に関する隠しパラメータ、だったかの」
「ああ、それそれ。だからそのパイプは何か食った後に使うといい。そうじゃないとただのパイプだからな」
休憩の時に良く使われる食べ物系のアイテムはそのほとんどがHPやMPを回復してくれる効果を持っているが、実は即効性がない。大体が四、五分、あるいはもう少し時間をかけて緩やかに回復するのだが、それにかかる時間は隠しパラメータである「消化力」によって左右される。
消化力が低いと食べ物での回復が遅く、高いと早くなるようだ。しかし同時にそのパラメータは腹持ちの良さと反比例しているので、消化力が高い人は低い人よりも短い間隔で物を食べないといけない。
要するに、RGOでは定期的に食事をした方がいい、という話と連動しているのだ。
このパラメータは数値としてステータスの中に並んでいるわけではないが公式ではその存在と高低の大体の理屈は公表されている。まぁ、数字としては見えないが、大体の人が何となく実感しているパラメータ、という感じだろうか。
「なるほど。まぁ、ただのパイプだとしても、これは定番にしたいところじゃな」
「そうしてくれると俺も作ったかいがあるってもんだ」
私は瞑想があるからMP回復では食べ物はあまり必要ないのだが、HPに関しては助かるかも……といっても基本がチキンプレイだからあんまりHPも減らないんだけどね。
あ、そうだ、今度老眼鏡とか作れないか、聞いてみようかな。
などと考えていた私の思考は、次の瞬間彼が放った言葉に凍りついた。
「いいよなぁ、渋い魔法使いの爺さんってよ。正統派ファンタジーって感じで。いやぁ、俺も生産に種族ボーナスが付くんじゃなかったら、ドワーフじゃなくて老魔法使いとかやりたかったぜ」
「……は?」
「あ、でも俺頭あんまよくねぇから、どのみち無理だったかな」
などとニコニコと続ける彼の言葉が耳を素通りしてゆく。
え、今なんて言った? え? ド……ドワー、ふ?
思わず隣の彼を下から上まで見上げた。
私よりもかなり背が高い。すごく高い。髭は一応生えているが短いし、髪も長くはない。顔のパーツは確かに彫りも深く濃い造りだが、別に種族的特徴と言えるようなものはない。とてもじゃないが全然、これっぽっちもドワーフには見えない。
そもそもドワーフにはキャラクター作成時に種族的身長制限があったはずだ。
これがドワーフって、それは詐欺だ。嘘だ。私は老魔法使いを選ばなかったら一回くらいドワーフになって斧を振ってみたかったと思うくらい、ドワーフという存在も好きなのだ。斧を自分の足に振り下ろしそうだから多分選べなかったとは思うけども。きっとさっきのは聞き間違いだ。信じないぞ。
「あー……ギリアムさん? 今、何と?」
「ギルでいいって。だから俺はあんま記憶力とか自信ねぇからよ」
「その前! その前に、その、ドワーフ、とか言われたような……あの、ギリアムさんはまさか、いや、そんなことはないとは思うが、種族は……」
私がその問いを発した次の瞬間の変化は劇的だった。
彼はハッと口をつぐみ、まずいことを言ったというような態度で片手で口元を押さえた。そしてその顔が見る見る内に曇る。
一体何が、と思う間もなく、彼は座った膝の上に腕を下ろし、ガックリと項垂れた。
「……すまねぇ」
そして小さく呟かれたのは謝罪の言葉だった。
「あの……何がかの?」
「俺なんかがドワーフなんて名乗って本当に申し訳ない……爺さんみたいな、ファンタジー好きに合わせる顔はねぇって本当はわかってるんだ……。俺はドワーフじゃない、負け犬なんだ。ドワーフの面汚しだってわかっているんだ……」
うっわ、何か良くわからないが、ものすごく落ち込み始めた。
どうやら私は何か地雷を踏んでしまったらしい。あわあわと彼を宥めようと声を掛けてみるが、彼はぶつぶつと何事かを呟きながら頭を上げようとしない。
呪いのエフェクトが頭上に現れていてもおかしくないくらいの落ち込みようだ。
「一体、何がどうしたんじゃ? ドワーフって……いや、じゃあやっぱり、本当にギリアムさんはドワーフなのか」
問いかけると、彼はごく微かに頷いた。
えええ、やっぱ本当なのか。一体どうやって種族制限ぶっちぎったんだろう。
ものすごく気になるからどうにか宥めて聞いてみなくては。
小一時間ほど後、私は四苦八苦しつつも何とか彼を宥めすかして話を聞き出し、彼の複雑な事情をどうにか理解することが出来た。
彼曰く。
「そりゃ俺もファンタジー好きの端くれだ。最初はちゃんと種族制限通りの姿でキャラクターメイキングをしたさ……」
「じゃあ最初はやっぱり小さかったのかの?」
「今の爺さんよりも大分背が低かったろうな……」
ウォレスの身長は大体165センチくらいだ。現実の自分よりも高くしたけれど、差が大きすぎないようにしてある。
ドワーフの種族身長制限は大体160センチくらいまでだったはずだ。その制限内で作れば確かに私よりも低くなる。
ちなみにエルフには身長制限はないので背を高くするか低くすることを選ぶ人の方が多いようだ。私はどちらかというとエルフプレイヤーの中では少数派に入るだろう。
「さっきも言った通り、俺はダチに勧められてこのゲームを発売日に買って始めたんだが、初めてログインした日はもう全然馴染めなくてよ」
ギリアムさんは現実では今と同じくらいの長身らしい。要するにかなり大きいということだ。
ドワーフに憧れてキャラクターメイキングをしてみたものの、まず戸惑ったのはその身長の低さだったらしい。
「発売日ってのがまた悪かった。とにかく人でごった返す始まりの神殿やファトスの広場で、慣れない低い目線で人波にもまれて、すぐに人に酔っちまってな……」
結局初日は一時間もいない内に気分が悪くなってログアウト。
その後同じ事を数日繰り返し、ようやく人波が落ち着いて自分も視線の低さに慣れた頃、今度は現実の方で問題が起こったらしい。
「俺はなんつーか、どうも現実とVRの切り替えが下手くそな部類に入るらしくてな。いや、もうむしろド下手っていう域で……」
まず問題はドアだったそうだ。
少しでも入口が狭いと、部屋に入ろうとする度に頭を打つ。車なんかの乗り物に乗るときもしょっちゅう目測を誤る。絶えない頭痛に気を取られながら歩けば、通れると思った隙間が通れない。足や肩をあちこちにぶつけ、あっという間に痣だらけになった。
最後には、ベッドに寝転ぼうとしてまたも目測を誤りヘッドボードに後頭部を強打。とうとう血を見たところで周囲からストップがかかったのだという。
「それで結局仲間とか家族に、RGO止めるかドワーフを止めるか選べって言われてよ……」
「そりゃあ何というか……災難じゃったのう」
私の口調やミツの騎士っぷりなど全然甘かったらしい。なるほど、そういう失敗もあるのかぁ。
「で、それから?」
「俺をこれに誘ってくれた友人が運営に申請したらどうかって言ってくれてな。こういうゲームで、現実の本人とVRの差が余りにあって本人にも予想外にプレイに支障が出たような場合は、事情次第では何かしらの救済があるかもしれないって教えてもらったんだ。
それで運営に連絡して、事情説明と順応力とかを確かめる簡単なVRテストをして、どうしてもドワーフが良いんだって事を訴えてな」
テストでは彼はやはりVRの感覚への順応力がかなり低いという結果が出たらしい。
彼のように現実とVRの切り替えが極端に下手な人もやはりたまにいるそうで、運営会社は救済措置適用を決めてくれた。
それでも最初は運営にもキャラクターの作り直しを勧められたそうだ。そういう事情で作り直す時は、育てたレベルやステータスを程度引き継げるようにするなどの救済の仕方もあるからだ。
しかし結局は熱く訴えた彼のドワーフへの拘りが認められ、たまにはそういう変り種がいてもいいだろうと言うことで今までのキャラクターデータを運営側が修正し、種族などはそのままで現実の身長を適用してもらえることになったのだという。
粋な計らいと言えなくもないが、運営も思い切ったことするなぁ……。
「けど身長が高くなってみたら、今度はもっさりした長い髭とか髪の毛とかが余りにも似合わなくてな。仕方なく床屋で髪型とか変更してもらって、今に至る訳さ……」
「ああ、なるほど……確かに、あの髭や髪型はずんぐりした体型だからこそ似合うっていうのはあるかもしれんのう」
彼のこの身長で髭とか長かったら何というか、どこのバーバリアンですか、という感じだろう。
そうして結局トレードマークのことごとくを変更し、これっぽっちもドワーフに見えない異色のドワーフが出来上がった訳か。
うーん、本人には切実な問題なんだろうが、申し訳ないが何だか色々面白すぎる。はっきり言って笑いをこらえる努力もそろそろ限界をむかえそうだ。しかし彼は真剣なんだからここは我慢しなければ。
けどなるほどね。VRと現実の間にはそういう悩みが生まれたりもするのか。
「結局……俺は現実とVRの差に勝てず自分の理想を曲げた負け犬だ。ドワーフの風上にも置けない駄目ドワーフなんだ。それがわかっていても、結局はドワーフを選択しちまった面汚しだ」
あ、また最初に戻ってしまいそうだ。どうにか励まさなくてはこのままループしてしまう。
「そんなに気にする事はなかろう。そもそも、ドワーフが小さくなければいかんというのも生みの親である人がそう描いたからで、それに対して抱く我々の勝手な憧れや幻想かもしれんし」
「だがそれが定番だし……」
「ドワーフの全てが背が低いことをよしとしているとは限らんじゃろ。背が高いことに憧れを抱くドワーフだって実は沢山いるかもしれん。そういうドワーフから見れば、お主はまさに理想じゃよ。エルフより背が高いなんてはっきりいって格好良すぎ! まさに英雄じゃろ!」
「え、英雄……?」
お、ちょっと食いついた。まぁあくまでそういうドワーフがもしいたら、という話だけど。RGOにもそれ以外にも恐らく居はしないだろうという事はこの際置いておくことにして。
「そう、お主はドワーフという種族にとっては期待の新星、いわば希望の星なのじゃよ。だからもっと胸を張りなさい!」
「俺が……俺は、ドワーフでいてもいいんだろうか」
「当たり前じゃろう! こんな素晴らしい帽子を作ってくれたお主がドワーフでなくて何だというんだね? もっと自信を持つんじゃよ、ギリアム!」
おずおずと顔を上げた彼の背中を軽く叩き、名前を呼ぶと彼の目に光が戻ってきたように見えた。
項垂れていた頭が上がり、背筋が伸びる。
「そうだな……一人くらい、俺みたいなのがいたっていいかもしれないよな」
「そうとも。運営もそう認めてくれとるんじゃ。種族の限界を超えた新しいドワーフとして、胸を張っていくべきじゃよ。ドワーフに対する既存のイメージを打ち砕く勢いでの!」
「……ありがとう、ウォレス」
おお、浮上したした。案外単純な人だったようで良かった。
でも私はドワーフはずんぐりした方が好きだけどね。