「んじゃ、作戦通りまずは私から。とりあえず土手じゃ戦いにくいから、下に引き付けるからね。ヤライ君もすぐよろしく」
「了解です」
「その後にスゥが出て、ミストはウォレスと一緒にね。ちゃんと守りなさいよ」
「おう、任せろ」
しっかりと答えたミストに頷いて、ユーリィは皆にひらひらと手を振ると蛇が覗き込んでいるのとは反対側の方から馬車の外を見た。
「行くわよ」
銃士らしい軽装備を纏ったしなやかな体がぐっと深く沈みこむ。
これも無意識で動くらしい黒い尻尾がピン、と空を指した。
「はっ」
軽い気合と共にユーリィは荷台の床を強く蹴り、弾かれたように外に飛び出した。
猫系の跳躍力の恩恵らしいが、その体は相当な速度でかなりの距離を軽々と跳んでのけた。当然外でとぐろを巻いていた蛇の体も軽く飛び越し、そのまま彼女は滑るように土手を駆け下りてゆく。走りながら構えた銃から銃声が一、二回響き、鱗に当たって蛇の意識を引いた。
するとすぐに蛇がユーリィを追って、ズゾゾ、と鈍い音を立てて動き出した。
動き出した蛇の死角を突くようにヤライが間を空けず馬車から飛び降り、蛇がユーリィだけを追わぬようにとどこからか取り出した飛び道具でちょっかいをかける。
二人の人間に挟まれて両方から突つかれ、蛇は土手から草原に降りてとぐろを巻き、ぐるぐると首を回した。
「スゥ!」
「はぁい!」
ユーリィの呼び声にスピッツが馬車から元気よく飛び出し、重たそうな斧を振り回してたかたかと走っていく。私も覗いていた窓から離れ、ミストと共に馬車から飛び降りた。
外で見る蛇は本当に長くて大きかった。見た感じ十から二十メートルくらいはあるだろうか。とぐろを巻いている上、うねうねとのたうっているので正確なところは良くわからない。
あれに追いかけられたらやっぱりトラウマだろう。
馬車から降りた私はミストに先導されながら、蛇から十分に離れた足場の良い場所を選んで移動した。
立ち止まる頃には歩きながら詠唱していた呪文が完成する。
『奮い立て我が戦友、魂よ、赤き炎を宿せ』
攻撃力を増加させる魔法が目の前のミストや仲間達を赤く包む。
補助魔法を他人に使うのは初めてでちょっと緊張したのだが、一定距離内ならパーティ全員に届く魔法なため失敗はなかった。
「ウォレス、あんまり近づくなよ。少し距離を開けて、なるべく俺の後ろの範囲内にいるように時々移動してくれ」
私が次の詠唱をしながらも頷くと、ミストは大きな盾をしっかりと構えて走って行く。
氷の盾、背を押す風、と続けて補助魔法を唱え終え、私は一旦口を止めて仲間達の戦いを眺めた。
スピッツ、ミスト、ヤライの三人は蛇の攻撃を一箇所に集中させないように、毒のある噛みつきだけは避けるために頭の正面には立たないように、と小まめに位置を変えてかなり上手く立ち回っている。
その合間を縫うようにして少し後ろからユーリィが蛇の注意をそらすように遊撃を加える。流石に皆パーティでの戦い方に慣れている。
それらを見ていると、前衛職を選ばなかった事が何だか少しだけ寂しく思えた。
「くっそ、流石に鱗が硬いなっ」
蛇が振り回した尻尾を盾で逸らしながらミストが声を上げる。
ミストが右手に握った剣は片手剣のせいもあって少々軽いらしく、鱗の表面を滑りやすいようだ。
小剣を扱うヤライも同じように苦戦しているらしい。一箇所を狙って鱗に多少の傷をつけても蛇がすぐに身をくねらせてそれを隠してしまうため、小さな傷では埒が明かないのだ。
鱗に苦戦していないのはスゥだけのようだが、その代わり彼女は余り素早くないため、不規則にうねって迫る巨体を避けきれず時々弾かれてしまっている。
私が攻撃魔法をどのタイミングで打ち込もうかと見守っていると、外から全体を見ていたユーリィが声を掛けた。
「一度下がって時計回りに場所をチェンジして! スゥが傷つけた場所を、他の人が受け持つやり方が良さそう! その間は私が頭を引き付けるから!」
三人からの了解の返事を受けて、ユーリィは銃声を響かせた。
目を狙って放たれた弾丸が蛇の頭を彼女に向けさせる。
リアルに出来ているが生身ではない蛇の目は、一発の弾丸を受けたくらいでは塞がらない。それでも蛇はそれを嫌がり、原因を排除しようとを首を伸ばす。
それをユーリィが素早く避けて居る間に、蛇の周りを三人が走る。
「でぇぇい!」
尻尾の方に回ったスゥは斧を高く振りかぶってその尾にダン、と振り下ろした。
ジャァァ、という音と共に激しく尾が打ち振るわれ、砕けた鱗と共にスゥが弾き飛ばされる。
しかし少女はとっさに斧を体の前に構え、ダメージを減らしたらしい。
倒れた場所からすぐに転がって飛び起きると、スゥは暴れる尻尾を避けて走り出した。
「いいよ! 鱗が割れたからもう一回チェンジ!」
「了解です!」
「おうっ!」
私はその様をじっと眺めながら口の中で呪文を唱えた。
四人の仲間の頭の上にはHPを現す青いバーが浮いている。
戦闘時に見えるそれを見ながら、回復魔法をかけるのは私の果たすべき役目だ。
初めて他人に使う回復魔法はやはり少し緊張した。
『――光よ瞬け、その命を癒せ』
私は単体の癒しの魔法をスピッツに向けて放った。
全員のHPや私のMPの事を考えれば範囲回復の方が効率がいいのだが、それを使うには敵が大きすぎて仲間達の居場所がバラけすぎているから仕方ない。
小柄な体はすぐに白い光に包まれ、HPバーがぐんと回復したのが見えた。
「おじいちゃん、あっりがとー!」
すぐに元気な声が返ってきて、私を少し嬉しくさせた。
「さて……弱体化の補助魔法を使ってみるか」
私は記憶の中から敵を弱体化させる魔法を呼び出し、詠唱を始めた。
これはロブルの古書店で手に入れた本の一つ『衰残の書』に載っていた魔法で、初級魔法と違い結構呪文が長い。出来るだけ早口で唱えるが、少しばかり時間がかかるのは仕方がない。
『岩は小石に、小石は砂に。風よ時駆け、命を削れ』
私は戦う仲間達をじりじりとした思いで見ながら風化を促す言葉を次々と唱え、最後に杖を振り上げた。
『堅牢なる砦よ、無常なる時の前に跪け!』
唱え終えた瞬間、赤茶けた光が蛇の体を包み込み鈍く光らせた。
ちゃんと掛かった魔法に私はホッと息を吐く。
次の瞬間――
「ウォレス!」
「わっ!?」
ドン、と突き飛ばされ、私は後ろに転げて尻もちを着いた。慌てて顔を上げれば目の前には盾を両手でしっかりと構えたミストの姿があり、その体が蛇の尾の一撃を受けて地面に跡をつけながら大きくずり下がる。
どうやら蛇が巻いてくねらせていた体を爆発させるかのように突然長く伸ばし、その尾を私の方に叩き付けたらしい。
かろうじてミストの防御が間に合ったものの、盾に叩きつけられた尾の衝撃に彼のHPもかなり削られている。
「スゥ、タゲ取って!」
「りょーかいっ!」
激しい気合と共にスピッツが蛇に突っ込む。それに気を取られた蛇は伸ばしていた尾を引っ込め、またとぐろを巻いて体をうねらせた。
私は転がって跳ね起きると、慌てて少し位後ろに下がって回復魔法を唱えた。
蛇のターゲットから外れた事に内心で胸を撫で下ろしつつ、唱え終えた魔法がミストの体を白く包む。
そのHPが回復していく様にほっとし、私は礼を述べた。
「すまん、助かった」
「いいって、お互い様。それよりあいつ、魔法に対してかなり激しい反応だったから気をつけろよ!」
そういうとミストはまた蛇に近づいて行った。それを見ていると、良くあそこから私を守るのが間に合ったと不思議に思う。
何かそういうスキルでもあるのかもしれない。
後で聞いてみようと考えていると、ユーリィが私の傍に走ってやってきた。蛇がまたパターンに収まった動きを始めたので、少し余裕が出たらしい。
「ウォレス、大丈夫?」
「うむ、平気じゃよ。ミストが守ってくれたから」
私の答えにユーリィは頷き、蛇の姿を視界に入れながら口を開いた。
「さっきの魔法は何?」
「装甲劣化の補助魔法じゃよ。五分ほどは持つ」
「補助魔法であんなに過敏な反応を示したってことは、もしかしたらあいつは魔法耐性が低いのかもしれないわ。タイミングを合わせて攻撃魔法を交えれば、もっと効率がいいかも。発動がわかりやすくて攻撃力ありそうな魔法って持ってる?」
それなら考えるまでも無い。私は一番初歩だが、一番育っている魔法の名を答えた。
「それなら炎の矢が一番じゃろうな。本来は弱い魔法じゃが、かなり鍛えてあるからそこそこ使えるじゃろう。炎が五発出るだけだから、わかりやすいしの」
私の答えに大きく頷くと、ユーリィは蛇を順番に引き付けて攻撃している三人に向かって声を張り上げた。
「やり方を変えるわ! ミスト、こっちに来てウォレスをガード、スゥはウォレスの魔法が五発着弾したらすかさず強攻撃でタゲ取り! ヤライ君と私は今まで通りタゲを散らして気を逸らすわよ!」
「わかった!」
ミストがタイミングを見て素早く後退し、入れ替わりにユーリィが走ってゆく。ユーリィはミストのように前には出られないが、種族特性である素早さや跳躍力で蛇を翻弄し始めた。
私は目の前に来たミストに頷くと、彼が背を向けて盾を構えるのを見てから呪文を詠唱する。もうこの呪文もすっかり使い慣れ、ごく短時間で詠唱は終わる。
『射て 炎の矢よ』
己の後ろでボウッと燃え上がった、五本の矢というよりも槍のような炎が立て続けに真っ直ぐ放たれる。
最初の一発が着弾した瞬間、蛇が大きく首を仰け反らせ、苦しむような音を出した。
二発、三発と着弾するごとに、HPバーが今までよりも大きく、目に見えて削れて行く。
「ミスト!」
ユーリィの鋭い声が飛ぶ。
五発目が着弾する寸前に、蛇が大きく尻尾を横なぎに振るった。蛇は炎の矢全てをその身に受けても怯まず、すぐさま反撃に出たのだ。
しかしそれをミストの盾がかろうじて受け止める。
「ぐぅっ、重っ!」
盾を持つミストの手がぶるぶると震えるのが 後ろからでも良く見えた。
ミストの今の職業である騎士というのは他職より比較的防御に長けているが、重戦士ほどの耐久力は無い職業だ。攻守のバランスの取れた職業で本来なら真正面から全力で敵の攻撃を受け止めるようなタイプではないのだが、それでもミストは懸命に持ちこたえ確かに私を守ってくれた。
私はミストの背に向けて、衝撃に削れたHPを回復する為の魔法を投げる。
こちらに向けられた蛇の敵意はスゥによってすぐさままた逸らされたが、それでも一回ごとにミストを回復してやらなければ危険が残る。
回復の光が目の前の背中を包むのを見ながら、こういうのも悪くないな、と私は考えていた。
誰かを背中に守って、誰かの背中を守って、そうやってお互いに背中を預けて戦うと言う事を味わえるのも、現実ではなかなかできない体験だ。
一瞬振り向いたミストと目線を交し、頷き合った私は再び呪文の詠唱を始めた。
ミストの背中が何だかいつもよりもずっと大きく見えた。
あれ、これってひょっとして吊り橋効果ってやつ?
……いや、やっぱり違うか。私、爺だもんな。