「んじゃあ、会議を始めましょ」
ユーリィの声とともに、馬車の中でののんきな会議は始まった。
車内の隅では相変わらず御者が震えているし、馬車の外からは蛇がこちらの動きを窺っている。
五人はそれぞれウィンドウを開き、情報掲示板などを眺めながらこれからのことを話し合う。
「お、あったあった。コイツの討伐報告。えーと、今のとこ五件くらいか。あんま人気ないな。報告されてないのもあるだろうけど」
「最後は十日とちょっと前ね。レベル23から25の六人パーティで討伐。ドロップは鱗や牙なんかの素材系に宝石、それと討伐報酬あり、か」
二人の声を聞きながら、私も掲示板の蛇に関する記事を検索して眺めていた。
ブレスなどの特殊攻撃はなし、ただし牙には毒あり。噛み付きと尻尾の振り回し、胴での締め付けが主な攻撃、などの情報を読み、頭に入れる。
サラムは三つ目のエリアであり、レベル的にはまだそれほど厳しい地方ではないためボスもすごく強いという訳ではないらしい。
それでもここを歩く推奨レベルが15から20くらいである事を考えると、何の準備もなしに遭遇してしまった場合の危険はかなり大きい。
多分さっきの三人はそのくらいのレベル帯だったのだろう。
「討伐じゃないけど、目撃報告もありますね。『天気が悪い日に洞窟の外で遭遇しますた。木に登ってひたすらじっとしてたら見つからなかったけど、マジでかかった!』 だそうです」
「天気かぁ。確かに今日は曇りだけどねぇ」
チラリと空を見やれば、今日は確かに灰色の曇り空だ。
雨こそまだ降ってきてはいないが、晴天とはとてもいえないだろう。
降らないで欲しいな、と思いながら、私は視線を空からウィンドウへと戻した。
「効果が高いのは斬撃系、ただし鱗が滑るので苦労する、か。魔法に関しては書いてないが、魔道士抜きのパーティだったのかの。うーん、爬虫類なら氷かのう。それとも洞窟に住むなら火か光か……」
「やっぱり、逃げた方が良くないですか? 多分俺ならあいつを引き付けて安全地帯まで逃げ切れると思うんですよね」
エリアマップを見ていたらしいヤライがおずおずと声を上げる。
私も画面を切り替えてマップを見回してみたが、ここから一番近い安全地帯は少し前に通り過ぎて来た所で、戻るとしてもまだ少し距離がある。
だがさっきの蛇の動きを見ている限り、確かにヤライならどうにか引き付けつつ逃げ切って辿り着けそうだ。
転移石や転移魔法で全員で逃げてもいいのだが、それらはこの馬車から出ないと使えないし、使ってから転移されるまで十秒ほど立ち止まる時間が必要になる。その時間を作れれば問題は無いが、私のように低レベルだと自分だけでは逃げられる可能性は低い。
もし捕縛魔法があの巨体にも効果があるとすれば、その限りではなくなるのだが。
「俺が引き付けている間に、皆さんは転移してくれたらいいですよ」
「えー、やだやだ! せっかく出会えたんだから、潔く戦って散ろうよ!」
意外にも好戦的らしいスピッツが、可愛い声と共に片手を高く振り上げた。
見ればいつの間にか少女は装備を変更して、普段の軽装からガラリと姿を変えている。
簡単な胸当てくらいだった鎧は肩や胴回りをしっかりと覆う金属と革を組み合わせた物に変わり、足元は頑丈そうなブーツに包まれている。篭手に包まれた小さな手は、刃の大きな長柄の斧をしっかりと握っていた。
頭もいつもの帽子ではなく、金属の額当てのようなものに変わっている。
防具の下に着ていた服も膝丈のワンピースから姿を変え、長めだが動きやすそうなチュニックとスパッツになっていた。
私はスピッツの姿の変化に驚くと共に、今まで隠されていて気付かなかった彼女の持つ特徴に更に驚かされた。
「こら、スゥ、あんた気が早すぎよ。レベル的には私達じゃちょっと厳しいってこと、ちゃんと考えなさいよね」
「だいじょぶだって! いーじゃない、どうせ今日手に入れた経験値だってたかが知れてるし! ここであいつを逃がす方がもったいないよ!」
「馬鹿ね、あんたには大した経験値じゃなくても、ウォレスには違うでしょ? こういう時はちゃんと全員のことも考えなきゃ駄目なの」
バタバタと足を踏み鳴らしてスピッツが暴れると、彼女の後ろに垂れた長い尾が一緒に揺れる。姉に叱られてしゅんとしたら、その尻尾もだらりと垂れ下がった。
「スゥちゃん、その尻尾……」
私の声に顔を上げたミストも、少女の姿を目にして動きを止めた。
「お前……その尻尾と、頭……まさか、竜人かよ!」
「あったり~!」
「竜人? 獣人の一種かの?」
得意そうに胸を反らした少女の足元で、呼応するように尾がはためいた。どうやらアレは本人の気分によって勝手に動くものらしい。
その青光りしている尾は竜という言葉の通り、確かに外に居る蛇やトカゲ系のものに良く似ている。
頭には左右の上の方から斜めに生えた、細くて青い二本の角が存在を主張していた。
今まではずっと二つにとんがった帽子を被っていたのと、裾の広がった長めのワンピースを纏っていたので気付かなかったのだ。
ヤライもユーリィも当然それを知っていたようで、二人は顔を見合わせて少しばかりすまなそうな表情を浮かべた。
「ごめんね、黙ってて。スゥは獣人の中じゃかなりレアな竜人って種族なのよ。今までに勧誘とかがうるさくて、何回もトラブルがあったから街ではずっと隠させてたの。後で言おうと思ってたんだけど……」
「いつもは尻尾は服の下で、ベルトで腰に巻いてるんだよ!」
パタパタと揺れる尻尾が可愛い。
あれはやっぱりひんやりすべすべした手触りなんだろうか。ああ、触ってみたい。
揺れる尻尾を目で追う私の脇で、ユーリィとスピッツの言葉を聞いていたミストは顎に手を当てて何か思案するような表情を浮かべた。
「竜人は極端なパワー系だって話だよな……武器がソレって事は攻撃力は期待できるんだな?」
「もっちろん。それに職業は闘士だもん! HPも自信あるよ!」
闘士とは戦士系の職業の一つで、主に剣以外の重たい武器を得意とする人がなる職業だ。
その戦い方で細かい分類もあるらしいが、私はそっちの方は余り詳しくない。
斧がメインの武器とは、可愛い見掛けに反してなかなか攻撃的だと感心していると、ユーリィがスピッツの額を指先でピンと弾いた。
「それしか自信がない、の間違いでしょ」
ミストは二人のやりとりに頷きを返し、それから全員のレベルを聞いた。
それぞれの答えによると、スピッツとユーリィは24、ミストは22、ヤライは19、そして私は11だ。
私だけが突出して低いのが実に申し訳ない。
掲示板で討伐報告をしていたパーティより人数が一人足りない上に、私の存在が平均レベルを大きく下げている事になる。
このパーティで蛇を倒せるかどうかはかなりギリギリの賭けになりそうだった。
「どうする? このメンバーだとかなり厳しいかもだけど、戦うかどうかはウォレス次第かな。俺らは今日はまだ大した経験値稼いだ訳でもないから、デスペナは大したことないからな」
「私もどっちでもいいわよ。ウォレスが選んで」
「俺もどっちでもいいですが、無理しなくてもいいですよ。一度逃げて出直せば、時間はまたかかっちゃいますが、多分アイツも居なくなりますから」
「うう、もったいないけど、我慢する……」
四人の言葉に私はしばらく考え込んだ。
馬車の外でとぐろを巻いている蛇が一体どういう理由でこんな所に居るのかは知らないが、これが最高に運が悪くも珍しい出会いであることは間違いないだろう。
チラリと外を見ると、金の瞳と目が合う。
……ああ、どうしよう。面白そうだ。
「皆は、デスペナを受けても特に不都合はないということでいいのかの?」
私が問うと、それぞれはもう一度軽く頷いた。
「失うものは多くないし、半日ステータスが下がるくらいどうってことないわよ。でもウォレスはレベル一つ上がってるし、もったいなかったら止めてもいいよ?」
ユーリィはそう言ったが、それなら私の答えはもう決まっている。
未知の刺激に胸が高鳴り、思わず顔がほころんでしまう。
私は笑顔を浮かべて四人を見回し、大きく頷いた。
「なら、ここは行くしかないじゃろう」
それを聞いた馬車の外の蛇の瞳も、心なしか煌いたように見えた。