ガタゴトと揺れるリズムに合わせ、どこかのどかな調子の歌が響いている。
「ランランラララン、ランランラララン、ラーラーラーララランランラン」
ラの音で構成されているその歌は、一瞬聞いた感じだととても楽しそうに聞こえるが、良く聞くとメロディが何とも物悲しい。
サラムへと向かう道の上空は今にも泣き出しそうな曇り空で、その空模様は物悲しいメロディと良く似合っていた。
「ランランラララン、ランランラララン、ラーラーラーラララーラララー」
定期馬車の中には男が三人、少女が一人、老人が一人の計五人が乗っている。
可愛い仔牛が市場へと連れられていく情景を歌ったその曲は、今の状況と微妙に合っているような気もしないでもない。
「ラーラーラーララララー、ラララララーラーラー」
だが果たしてこの中で可哀想なその仔牛に当てはまるのは誰だろう。
ビジュアル的には多分、馬車の後ろを見ながら足をぶらぶらさせ楽しそうに歌を歌っているスピッツだが、恐らくは彼女ではなくジジイとオカマと忍者とテンション高めの少女という濃い目の四人に囲まれてどんどん影が薄くなりつつあるミストが当てはまるような気がする。
どことなくうつろな彼の目は、何で俺ここにいるんだろう、と自問自答を繰り返しているようにも見えた。
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「――で、えーと、コレがスゥ……スピッツで、リエよ。といっても、リエの方は南海もミツも昔から知ってるし、今更紹介はいらないと思うけど。あと、私の前からの友達のヤライ君」
「え、えと、スピッツでぇす。南海ちゃん久しぶり……です」
「久しぶりじゃのう。こちらでは初めまして。さっきは気付かんですまんかったの」
「す、スピッツさんが普通の挨拶を……あ、初めまして、ヤライです」
「あ、どうも初めまして、ミストです。つか、リエお前、俺の存在は!?」
あらかた食事の済んだ丸テーブルを囲んだ五人は、順に行われている自己紹介にそれぞれ様々な反応を見せた。
「でも、二人がウォレスともう知り合ってたなんて驚いたわ、ホント。しかもヤライ君なんて、私より先にウォレスと遊んだなんてずるいわよ!」
「たまたまですって! 大体なんでそこでユリウスさんに断る必要があるんですか!?」
頬を膨らませたユーリィにじろりと睨まれてヤライは実に居心地が悪そうに椅子を軽く引いた。
ユーリィに紹介されたところによれば、ヤライは由里のVRゲーム仲間で、以前二人がやっていた戦国時代が舞台のゲームで知り合ったのだそうだ。
RGOが稼動した時に二人で移動してきたということで、その時にリエちゃんもVRゲームを始めたらしい。
そのリエことスピッツ嬢はといえば、椅子にちょこんと座ったまま、外で会った時のテンションが嘘のように大人しい。
彼女はカスタマイズソフトを面倒がって使っていないそうで、顔立ちは多少のデフォルメが加えられていているものの、言われて良く見れば確かに本人の面影が残っている。こうして静かにしていると雰囲気も私の知っているリエちゃんに良く似ていた。
じっと見つめているとそれを感じた彼女が顔を上げ、視線が合った瞬間にまたパッと俯いてしまった。
やっぱり、さっき外で会った時のテンションは何かの見間違いかと思うようだ。
「スゥちゃん……と呼んでもいいかの?」
さすがにすっぴーはちょっと呼びづらい。私はさっきユーリィが口にしかけた愛称っぽいものを採用させてもらう事にした。
スピッツは私の言葉に俯いたまま目線だけをチラリと上げてコクコクと頷く。
するとそれを見ていたらしいユーリィがニヤニヤと笑いながら彼女に声を掛けた。
「スゥ、お互い知らずに外で会ったってことは、いつものあんたを見られたんでしょ? もう猫被るの止めたら?」
「猫?」
「シーッ! お姉ちゃん止めてよ! べ、別に私、猫なんて被ってないもん!」
スピッツは慌ててユーリィの言葉を打ち消そうとしたが、その隣からも異論の声が上がる。
「スピッツさん何か悪いものでも食べたんですか? いつもと違いすぎで……いえ、何でもありません」
「こら、ヤライ君を睨まないの。あんたが悪いんでしょ? 普段はぎゃーぎゃーうるさいくせに、南海の前でだけ大人しくしようったって無駄よ。普段と態度が違おうが何しようが、南海はそんな事気にしないわよ?」
「元気な方が本当のスゥちゃんということかの?」
現実のリエはといえば、姉と良く似た柔らかな髪を慎ましく一つにくくった、いかにも大人しめの中学生という雰囲気の少女だった。
可愛い顔をしているが、派手な印象の姉とはあまり似た雰囲気ではない。
その大人しいリエと賑やかなスピッツという少女が一つに結びつかず、私は首を傾げていた。
どちらがいいとかそういう事はないが、私の存在が彼女に無理をさせてしまうのは困る。
「スゥはちょっと内弁慶っていうか……この場合ネット弁慶って言った方がいいのかしらね? まぁとにかく、あれよ。ネットだとちょっと気が大きくなるタイプなのよ。あと普段はね、南海に憧れてるから南海の前では特に大人しくしていたいんだって」
「お姉ちゃん!」
悪びれなく全てをあっさりと語る姉と、可愛い悲鳴を上げて姉の口を塞ごうとする少女はバタバタとしばしもみ合った。
少女が私に憧れてくれているというのは初耳で、それが本当なら何となく面映いものがある。一体私のどの辺にそんな要素があるのか全くわからないが、別に嫌ではない。
けれど、それで彼女が伸び伸びと遊べなくなるなら私としては悲しい限りだ。
「それが本当なら、少々気恥ずかしいが嬉しいのう。けど、それで普段の元気なスゥちゃんが見れんというのは寂しいんじゃがな」
「ほら、本人もああ言ってるわよ」
私が身を乗り出してスゥを覗き込むようにすると、彼女はあたふたと席に座りなおしてまたもじもじと顔を伏せた。
「な、南海ちゃんがそう言うなら……そうする」
うわ、なんか可愛いこと言った。
兄しか持たない私としては可愛い妹とか仲のいい姉妹とかは憧れるものがあるので、ちょっと嬉しい。
「お前……なんつー態度の違いだ、ったく」
けなげな少女の態度の何が気に食わないのか、ミストがぶつぶつと愚痴をこぼす。するとスピッツはそちらの方をくるりと向くとべぇ、と大きく舌を出した。
「べぇ~だ。ミツこそいつも通りの影の薄さでごしゅーしょーさま! ミストなんて名前で、霧みたいに淡ーい存在感を自分から表してるなんて、よくわかってるじゃん!」
「ちょっ、お前なんだその豹変振り! 猫被りすぎだろ!」
「スピッツさん、いくらリアルでお知り合いでもさすがに失礼ですよ」
常識の持ち合わせが多そうなヤライがスピッツを嗜めると、彼女はぷくりと可愛く頬を膨らませてぷんとそっぽを向いた。
「大体、本当にすごく態度が違って俺もびっくりしましたよ。なんでいつもそんな風にほどほどにしといてくれないんですか……」
どうやらいつも振り回されているらしいヤライがため息と共にしみじみと呟く。
そんな彼をじろりと睨み付け、スピッツは腰に手を当てて小さな胸を大きく反らした。
「これはわざとなの! ネットは怖い所だから、ちょっと性別を疑われるくらいのテンションの方がいいんだってお姉ちゃんが言ってたし!」
「あー、そうそう。そういえばそんな事言った気がするわ。大人しい女の子なんて色々鬱陶しい目に合うこと間違いなしだって」
「お前、なんつー極端な事を教えてるんだよ!」
ミストの怒声にも、別に全くの嘘って訳じゃないからいいじゃない、とユーリィは悪びれなく笑う。
確かに私も最初はスピッツの中の人の性別をちょっと疑ったものな、と思い返した。
それを思うと自衛という意味では少女の試みは結構成功しているのかもしれない。
「なるほど、女の子はオンラインでも色々と苦労が多いんじゃのう」
私がそう言うと、スピッツはうんうんと頷いて嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「でも、最近はソレが楽しいのよね、スゥは」
しかし、ユーリィがそう言ってにこにこと妹の顔を覗き込むと、スピッツはまたうん、と大きく頷く。
「ふっふっふ、あまりのテンションの高さにこれはきっとネカマだろうと思わせて実は中身はホントに美少女だったというそのショーゲキの事実! 馬鹿な男達はそんなことを知るよしもなく、大きな魚を逃がしているのです! そう思うと、もうたまんないよね! なんかこう、ハイトクカンっていうの?」
それは少し違うような気がするが、少女があまりに楽しそうなので私は口を挟まずそっと見守る事にした。
腰に当てていた手を頬に移し恥らうように身を捩る仕草は、姉と良く似ていて可愛らしい。
けれど、確かに自分に酔っているネカマだと言われれば、そう見えなくもない気もする。
「勘弁してくださいよ……なんですかその変なプレイ」
「つまりはネカマを装うプレイだよ! これぞ正しきネカマプレイ! さぁさぁ、ライたん、ボクを罵っても良いんだよ! 言って言って、『このネカマヤロウ、きめぇんだよ!』 って!」
「そんなひどい事言えませんよ! 大体、中身を知ってる俺が言っても無意味じゃないですかそれ!」
「ちっがうよ~! ライたんみたいに礼儀正しい人が言うとこがいいんじゃん! さぁさぁ、遠慮せず!」
「……コノネカマヤロウ、キメェンダヨ」
「だめー! 棒読みすぎ!」
……どうやら少女はRGOで何か新しい世界の扉を開いたらしい。
二人のやり取りにユーリィはケラケラと笑い転げ、ミストは遠い目をして他人のフリをするかのように他所を向いていた。
うん、その人によって色々な楽しみ方があってほんと面白いなぁ。
こうして私達の出会いの夜は、そんな風に賑やかに更けて行ったのだった。