「ヴィクターの坊やは、どうも奇抜に走ろうとすンなぁ?」
「いえいえ、ゲンさん。ぼかぁ、特に奇抜にしたつもりはないんですがねぇ?」
「緋緋色金を伝導物質に使うなンぞ思うのは、そうは居らンぜぇ」
「ぼくだってですねぇ、ヒヒイロカネで一振り刀を打ってみたいとは思いますよ。ですがねぇ、量が手に入らない」
「カカカ、それは当然もンだ。あれは将門公の許可なく手にすることは出来ん。皇国の皇王その人でさえ、頭を下げんと将門公は緋緋色金を与えんのだからな」
「魔人マサカドねぇ。東方結界が崩壊する前から生きてる人ですか」
ヴィクターの言葉にアトラス院に所属する初老の鍛冶師、黒部厳は顔に刻まれた深い皺をよせ、手にした図面の一部を叩いた。
「しかし、どうやって加工するつもりだ? 緋緋色金の通常加工は厳しいぞ?」
「だから、こうしてゲンさんを呼んだのですよ。作るなら、最高のものが作りたいですからねぇ」
「カリムの嬢ちゃんの片手半剣の改造と、こっちの太刀は何だ? ルナリア殿が言っておった古代竜なのだろうが、なぜ太刀?」
そう言って、更に一言、うちの馬鹿どもが古代竜の素材触れたさに、ごっそり鍛冶場から連れてかれたぞ、と厳は続けヴィクターを見る。
それは魔女殿に言ってください、とヴィクターは返し、前置きとして、剣の方が相性が良いのは知っていますと続けた。
「いえ、ねぇ。そのドラゴンを狩って来た子の武器が刀なんでよ。ああ、ゲンさんと同じ皇国の子ですよ」
それに、面白そうでしょうとヴィクターはそのひょろりとし体を揺らしながら笑った。
ふうん、と厳はその厳つい表情を崩す事なく、図面を見入る。
竜の魔力を利用した太刀。その魔力の伝導体として、少ない緋緋色金を用いている。刀身は爪を利用し、一部牙を混ぜるようだ。長さは通常の太刀より幾分か大掛かりなものとなっているが、狭いダンジョンで使うにしても困る程のものではない。
ギミックとしては、素材が持つ元々の魔力が常に刀身を強化し、切れ味、強度を増すようになっている。また、使用者が魔力を流すと刀身が持つ竜の魔力が反応し、刀身の温度が上昇に、炎まで噴出すようだ。
「こりゃ、完全な魔具だな。太刀より魔具だ。嬢ちゃんの片手半剣は杖としての役割を考えた結果なんだろうが、この太刀の作りは太刀とは言えねぇなぁ、坊や」
「いや、まぁ、そのですねぇ、折角のドラゴンでしたのでつい、ついですねぇ」
「悪いとは言ってねぇよ。しかし、並みの使い手が持ったら太刀の強さを己が強さと勘違いしかねンぞ? ああ、いや。古代竜と殺り合うような輩か。なら、問題はねぇか」
厳の発言にヴィクターは肩を竦めると、どのような経緯でそのドラゴンが持ち込まれたか話し出した。
要点と、カリムと共に古代竜と戦った藤堂修貴についてヴィクターが話し終えると、厳は図面を置いた。
「何だ、するとまだ、未熟ってか。それでも、その隠行と気配察知は相当なもンなんだな?」
面白そうな奴だなと厳は笑った。
二つの技能が如何に優れているとはいえ、それだけで古代竜という神代の産物の前に立った。それは酔狂で無謀極まりない。カリムという稀代の戦士が共にいるからといって、安々と出来ることではない。
面白い奴だと評するには十分すぎる伝聞だ。会ってみるのも一興かもしれない。
「皇国出身で、太刀を使うとなりゃ、流派はどこだ? 知ってるか?」
「知りませんよ。親しいのはぼくではなく、カリムですからねぇ。だいたい、皇国出身者以外が知っているような流派はえーと、ミカゲイッシンでしたっけ?」
「そりゃ、御影一刀流だろう。ま、あそこは何時だったか、魔王をぶっ殺した流派だからな」
けっ、と厳は不貞腐れたように口を窄めた。厳は鍛冶師ではあるが、剣士でもある。良い刀を打つには刀を使えなければ意味がないという師の下で学んだ流派は心身夢想流。他国に知れ渡る皇国三大流派の一つ、心身陰神流の流れを汲む流派だ。
三大流派ではないということが手伝い、こうして皇国の流派の話となっても、自らが納める剣術流派の話は上がることがない。わかっている事だが、己が納める流派に自負を持つがために、いつも悔しい思いをする。誰か、うちの流派で派手に活躍する奴はいないなのか、と愚痴りたくなる。自らが活躍するという選択肢はない。歳もあるが、それ以上に鍛冶師であるからだ。
「しかし、今の話を聞く限り、三大流派じゃなそうだな。ンまぁ、色々かじった独学の線もあらぁな」
「だから、ぼくに同意を求めないでください。ぼかぁ、皇国の剣術については詳しくありません。聞くなら、オルトでも捕まえてください。彼なら、手合わせをしていたようですから」
やれやれ、とヴィクターは肩を竦め、で、と聞き返した。
「それで、手伝って貰えますか?」
厳はニヤリと笑みを浮かべ、おう、と返答した。
ダンジョン、探索しよう!
その20
"妖精の泉"百階到達の噂が迷宮都市中を早馬のように駆け巡った三日後である、精霊の月二日ノームの曜日の昼過ぎ。
本日の授業を終えた修貴は学園の演習場で刀を振っていた。
学園中は"妖精の泉"攻略の報で持ちきりだ。そのため演習場は空いていた。この分だと学園付属ダンジョンも人は多くないだろうと判断出来る。タイミングによっては人が多すぎることもあるがその心配は必要ないだろう。
まずは、ダンジョンに挑む前に体を温めることに集中する。
修貴の剣術の基礎は、兄が納めていた天道一心流を兄から手ほどきを受けたものだ。それを土台に、迷宮都市でのダンジョン生活で身に付けたものを上乗せしている。そのため、元の剣術とは別物になっていた。
学園内には皇国出身者で、皇国三大流派である天道一心流を納めているものもいるが、彼らが修貴の剣筋を見て流派がどこか気づいたことはない。
一振り、二振り、と刀を振り下ろし続け、素振りによって体が温まってきたところで、修貴は素振りを切り上げる。
今回のダンジョン探索の目的は、魔女ルナリアが見事に丸二日で作り上げた防具を装備しての探索だ。試着は既にしている。装備したままカリムと訓練を一度した。あとは、普段通りのダンジョン探索が出来るかどうかだ。
演習場から更衣室に移動し、ダンジョン探索のための準備をする。朝のうちに、必要な道具は用意しておいたため、今から購買に行き補充する必要はない。
制服を脱ぎ、ジャケットを着る。一度、二度と腕を動かし感触を確かめる。これだけ高価な武具を装着するのは少し緊張する。刀を腰につけ、道具袋を装備し、中身を確認する。携帯食糧に水、ヒールドロップに、属性攻撃アイテムも最低限揃っている。半日で帰ってくるつもりのため、量は多くない。
携帯端末を手にし、マッピング画面を呼び出す。ダンジョン選択画面でアークアライン学園第二迷宮"君と僕との出会い"を選択し、十二階途中まで埋められたマップを確認する。気をつけるべきモンスターを思い出すと、携帯端末を袋に入れ、更衣室を出た。
更衣室から"君と僕との出会い"に向かって歩いていると、声がかかる。
「うん? シュウキか? おおう。その格好はまた、随分と赤いな」
「は、なんて格好だ。修貴、お前の趣味はそんな色だったのか? そうすると僕の認識が間違っていたんだな」
厳ついヴィクトールと不機嫌なクライドの二人だ。
「ヴィックと、……クライドか。まあ、その自覚はあるんだけど。やっぱり、赤いよな」
「ああ、赤いぞ。新しい防具を手に入れたと言っていたが。赤いな」
「確かに赤い。貴様がそれだけ自己主張を出来るようになっていたとは、本当に僕は認識を改めるべきか。いや、それとも貴様の成長を喜ぶべきか?」
赤い赤い、と言われ修貴は肩を落とす。赤いのは仕方がない。ランドグリーズはレッドドラゴンだ。当然のように赤い。それに文句をつける訳には行かない。何せ、古代竜なのだ。そんな赤いという理由で使うのを止められるような品ではない。それに、加工が施してあるため目立つ赤色ではない。それがせめてもの救いだ。
クライドは、修貴に近づくとレザージャケットの素材を確認するように肩に触れる。ヴィクトールも面白そうに修貴を見て回る。
「ふぅん。いい素材を使っているな、何の皮だ?」
「ドラゴンだよ、クライド」
「ドラゴン、か。リザードもどきではなく、真性のドラゴンだな。手に入ったから防具にしたのか。ならば、色をごちゃごちゃ言うのはナンセンスか。とはいえ、赤いがな」
「うむ。赤い」
「……二人は、これから妖精の泉に行くのか?」
ヴィクトールは修貴の言葉に頷く。不機嫌そうに神経質な表情を浮かべるクライドが、お前はどうすると言葉を返した。
「俺はこれから、"君と僕との出会い"に潜るけど」
「あの頭が痛くなる名前のところか。修貴、貴様は第二迷宮の単位取得がまだ終わっていなかったんだな。一人で攻略するきか?」
「そうだけど」
クライドがヴィクトールと視線を合わせる。
「趣味はとやかく言わんが、シュウキ。第二迷宮の単位取得条件をクリアするときは気をつけろ。最下層の属性ジャイアント三種の撃破だ。パーティならば対策は簡単だが、一人では厳しいぞ」
「わかって一人だから、問題ないさ」
そうか、とヴィクトールは頷くとじゃあな、とクライドと共に正門に向かっていった。
その後姿を見送ると、修貴は第二迷宮のエントランステレポーターのもとに辿り着き、携帯端末を接続し、地下十二階に転送された。
* *
学園第二迷宮"君と僕との出会い"に前回挑んでから十日以上経っている。その時間はけして長いものではなかったが、ヴァナヘイムという上級ダンジョンに挑んだため、随分前のことに思えた。
ヴァナヘイムに比べれば、気配察知は厳しくはない。だが、だからといって油断は出来ない。ヴァナヘイムのときと違い、今は一人だ。二人という人数も非常に少ないが、それ以上に少ない一人での探索だ。常に気を配っていなければ、不意を打たれてしまう。
気配を常に探る。感覚を鋭敏にし、耳や音だけではなく、気配という不確かなものに気を配る。
後方向、通って来た道をグリーントロルの巨体が歩いているのを感知し、前方にホワイトバットの小さな気配をいくつか見つける。
修貴は進む速度を上げる。ホワイトバットは相手を音波によって探るのを得意としている。もうこちらを発見している可能性もある。そして、仲間を呼ばれれば厄介だ。一匹一匹はこの階層では最弱と言ってよいが、パーティを組まない修貴にとって数で来られれば辛い相手だ。数に有効な範囲攻撃を道具に頼るため、ホワイトバット程度に道具を消耗したくはない。
気づかれていることを前提に修貴は走る。最低限音を出さない歩法で滑るように進み、三匹のホワイトバットを一足一刀の間合いまで、数歩のところで柄に手を掛け、間合いに捕らえた瞬間、抜刀。一匹目を両断する。
きぃ、とホワイトバットが甲高い声を放つ。音波による範囲攻撃だ。もっぱら相手の探知に使うそれを応用した攻撃は、けして高威力ではないが、以前の耐魔のみを優先した制服では多少のダメージを感じていた。しかし、今回は痛みさえない。このレザージャケットにとってはこの程度の攻撃は攻撃ではないのだろう。多少の痛みを覚悟して、斬りかかった修貴にとって、それはありがたかった。
返す刀で更に一匹を切り捨て、最後の一匹へ肉薄。音波攻撃が効かないと気が付いたホワイトバットは逃走しようとするが、修貴はそれを許さず、刀で串刺しにした。
刀の地を払うと鞘に収める。短刀を抜き、ホワイトバットの牙の切り取り作業に移る。最低、ヒールドロップを消費することを考えていたがその必要がある消耗ではない。
「ふぅむ。魔力の上乗せによる、聴覚ダメージも一切なかった、か」
剥ぎ取りながら周囲の気配を探り、安全を確認し呟いた。
そういったダメージを避けるために耐魔を強化した制服を今まで装備していたが、このレザージャケットはその耐魔練成された制服以上の耐魔性能、防御性能を持っている。古代竜の皮を使用しているのだから当然といえば当然だ。加えて、体の切れも良かった。
流石は膨大な量のドラゴンの魔力を含んだ防具ということだろう。
カタログスペックとしては、このレベルのダンジョンでは勝負にならない性能だろう。一人での探索を好む修貴としては嬉しい限りだ。これで生存率がより上がる。カリムには頭が上がらない。
いくら自分たちで素材を集めてきたからと言って、これ程の防具をプレゼントという形で手に入れてしまったのは、幸運以上に恐縮だ。それをカリムに言えば、怒るだろう。ならば、修貴としては彼女のために出来ることを考えなければならない。
修貴は十二階攻略のために再度足を進める。
周囲を丹念に探知し、危険を排除する。気配を殺し、甲殻蜥蜴の群れをやり過ごし、息を潜め、グリーントロルが一匹で徘徊していたのならば、後ろからその首を掻っ切った。如何に攻撃力が高いトロルといえど、気づかれる前にその首を断てば敵ではない。それが群れでなければ尚のこと。
精神が削られる。隠行と気配察知は神経を次々殺いでいく。
だが、それが心地よかった。これこそが、一人での探索の醍醐味かもしれない。カリムに背中を預ける安心感とは違うそれは、修貴が好むものだ。そんな自分が危ない奴に見えて仕方ないのはご愛嬌だ。
それなりに進んだところで携帯端末を取り出し、マッピングを確認する。以前埋めた半分から更に全体の四分の一が埋まった。時間はまだ、たっぷりとある。新しい防具のおかげで消耗も少ない。また、前回ヴァナヘイムに挑んだのも原因だろうが、出会うモンスターが弱く感じてしまう。
だからと言って急ぐのは寿命を縮める行為だ。しかし、このまま行けば十二階はあっさりと踏破出来そうだ。
残りのアイテム残量には余裕はあるが、今回はこのまま十二階をクリアし、十三階に下りたら帰ろうと、決める。今回はあくまで防具の初陣だ。無理な攻略が目的ではない。
修貴はカリムとのヴァナヘイム探索で間違いなく、強くなった。防具も強化され、地力も上がった。気配を殺す術はより洗練され、気配察知はより鋭くなった。刀を振るう技術はより速度が増している。
それらを実感しながら、修貴はどうやってカリムにこの恩を返すかを考える。
カリムは──相棒であると同時に、恋人になった。なら、デートにでも誘うべきなのか。
しかし、修貴はそういった類に関しては無知なのだ。
そして、どうすればカリムを喜ばすことを頭の片隅で考えながら、修貴は地下十三階に辿り着く。この探索はそれだけ余裕を持って進むことができたのだ。修貴自身も驚く、成長だった。
* * *
すいません。シド星で文明を育んでいたら、小説を書く時間がなくなっていました。
忙しいのに何してるんだろう、俺。
*****
初投稿 2009/06/21
修正 2009/08/24