「君から訪ねて来るなんてどうしたんだい、修貴?」
「その、何だ。……防具作るって話をしたのに、それに対して何も決めてなかったから」
「そうだね。それに関しては、抜けてたね。寸法も取らないといけないからね」
カリムの表情をまともに見ることが出来ない修貴と彼女が話したところで、彼女は視線をオルトに向けた。気の良い男であるオルト・シリウスだが、その行動は破天荒であること多く、やり過ぎも何時ものことだ。
受付のフィリアから、連れてかれたと聞かされとき生きているかな、と心配になってしまった。なまじ、隠行と気配察知が優れていると話していたことがあったため、オルトの興味を引くのは当然だったと思い返していた。
「それで、オルト。修貴に何をしたんだい」
カリムは目を細め、オルトをと視線を合わせた。顔を少し赤くし、カリムの顔をまともに見ることが出来ていないのは、何かをされたか、言われたかのどちらか、はたまた両方だろう。オルトならばありえた。
「そう睨むなよ、カリム。美人な顔が台無し、でもないか。それはそれでゾクゾクするな」
「オルト。君って人はそういった言葉を口にしないと生きていけないのかい?」
「がはは。俺様は正直なのだ。なあ、坊主」
二人の会話を横で見ていた修貴の肩をオルトは軽く叩いた。
「ま、何をしたかと訊かれれば、だ。坊主の実力を試してみたのと──」
オルトは修貴に視線を一度投げかけ、ニヤリと口元を釣り上げた。
「カリム、お前さんのために坊主に対するお前の感情を気付かせてやったんだが」
カリムは虚を突かれたように、修貴を見た。
修貴は唇が渇いたのか、何度も舌で唇を濡らしている。
カリムはオルトの言葉を吟味する。カリムからの修貴に対する感情。それを露骨にオルトに伝えたことはない。だが、よく話題に修貴を挙げていた。そこから勘ぐられてもおかしくはない。そして、予想されたそれは間違ってもいない。
「……どんなふうに、気付かせたのかな?」
自らの感情を修貴が把握した。なるほど。修貴は鈍感と言っても間違っていない人種だ。それに対して思いの丈をぶつけるならば、ストレートな言葉が一番だ。それはこの街で出会って以来の付き合いからカリムは気付いている。
だからこそ明確に好きだと伝えたことはなかった。その言葉を伝える瞬間をカリムは決めていた。それが近づいて来ていたというのに、修貴はカリムが彼のことを好きだというのに気がついてしまったという。
「おいおい、どうしたんだよ、カリム。美人な顔が、ああやっぱり台無しじゃねぇな。その顔もそそるぜ?」
「オルト」
「わかってら。なに、訊いただけさ。ヴァナヘイムはどうだったのか、とな。それにしても、お前の台詞、告白以外の何物でもないだろうが。それに気付かない坊主に俺様がびっくりだ。驚きすぎて、殴りたくなっちまったぜ」
告白をしたつもりはない。だが、確かに思いを言葉で伝えた。その台詞は修貴以外ならば告白で通じるだろう。要約すれば、一緒に居てほしいという言葉だった。それを告白とするのは道理だ。しかし、修貴なのだ。カリムが知る修貴という人物はその類の感情に疎い。伝えるならば明確にはっきりと言葉にしないいけない人種だ。
それにしても、まさかと言える。カリムはずっと伝えるタイミングを心に決めてきた。それがこんな形で伝わってしまうとは思っていなかった。修貴はそれ程に鈍感だった。ストレートに修貴が好きだとは伝えたことはないが、そう取られても間違いがない言動と行動を取って来たが、今の今まで気づいて貰えなかった経験則だ。
本当ならば、修貴とカリムの約束が果たされた時、告白をするつもりだった。それが近づいて来ていた時にこのざまだ。
しかし、伝わってしまったものは仕方がない。他人の手で伝わってしまったのは悔しいが、過ぎたことはどうしようもない。ならば、後は問うだけだ。
カリムはすねたような表情を、消すと修貴の名前を呼んだ。
修貴は引きつけられるように、カリムの碧眼を覗き込む。
カリムは息を吸い込み、瑞々しい唇を開き、喉を揺らす。
「答え、もらえるかな? 僕は君が好きなんだ」
ダンジョン、探索しよう!
その17
オルトはおお、と二人の動向を見ていた。けして、見守っているわけではない。状況の推移を楽しんでいるのだ。
修貴にカリムが好きだということを気付かせたと伝えた時のカリムは露骨に不満そうな表情を浮かべていた。一瞬、まさか違うのかと思ったが、カリムのその後の一言に吹き出しそうになってしまった。
なぜ、不機嫌になったのか気がついた。自分で伝えたかったのだ。それを横取りされ、表情に出たのだ。
それによってカリムの修貴に対するスタンスを知った。カリムはしっかりと修貴の鈍感ぶりを知っていたのだ。そして、虎視眈々と告白する機会を探していたに違いない。
カリムもあれで女だ。好みのシチュエーションを持っていたに違いない。これは少し悪いことをしたのかもしれない。良かれと思ってやったがどうやら、余計なお世話であったようだ。
だが、それを抜きにし、個人的な感情で現在の状況を見ているのは面白い。
他人の色恋沙汰に興味があるわけではない。自分が抱けない女の話を見ていて何が楽しいのか。しかし、一二の時から見ていた少女の恋愛事情ならば、少しばかり勝手が違う。
育ったら手を出そうかと思ったこともあったが、速い段階で好きな相手が出来ていたようだったのだ。その状況次第だと思うようになり今日に至ったわけだ。
この目の前の少年少女は付き合うだろう。それは修貴という少年を確かめた限り間違いはない。仮に、現在付き合うことがなくとも、カリムはあれであきらめが悪い。欲しいものは手に入れる。そのために努力を欠かさない。それゆえ、いずれくっ付くだろう。
二人は見つめ合っている。場所が違えばもっとロマンチックに見えるのかもしれない。
さあ、どうなる。どう応える。
「カリム」
意を決したような修貴の声。
流されやすく、自己主張をしない。そして、煮え切らない。今の声にその色はなかった。
ならば、いいだろう。オルトは笑った。どんな答えを返すかは興味がある。しかし、もういいだろう。へたれだと思いはしたが、少なくとも土壇場でそれを引きずることはないようだ。
ならば、もう見ていても仕方がない。他人の告白現場など見ていても何が楽しいのか。そのような趣味はオルトにはない。確かにからかうネタにはなるが、見たいものはもう見られたのだ。
今、声を掛けるのは無粋だろうと思い、からかうネタを仕入れないという殊勝さに苦笑しながらオルトは二人きりにするために控室を後にした。
* *
口の中がカラカラに乾く。告白だ。告白されたのだ。そんな己が姿想像したことさえなかった。
分をわきまえているとは言わない。だが、少なくとも誰かに告白されるなど考えたこともなかった。
真摯な瞳でカリムは修貴と視線を重ねている。修貴はその碧眼に吸い込まれそうになる。そして、黄金色の髪は本当に綺麗だと、修貴の緊張した思考はカリムのことを思う。
この街で出来た初めての友人で、親友で。大事な約束を交わした相手だ。
剣の腕前は修貴の及ぶところではなく、魔法の技術も並みの魔法使いでは話にならない。その両者が加わった魔法剣に至っては何より絶大で、ドラゴンさえ切り捨てる。
並ぶ道がまるで見えてこない。先日、相方に成ってくれと言われたとき、どうしようもなく心が揺さぶられた。情けない己を殴り飛ばしたくなった。
そして、その挙句にカリムから告白をされた。好きだ。そう言われた。
俺は、カリムのことを──嫌いなわけがない。好きかと問われれば、好きと答えるだろう。だが、手が届かないものであると思っていた。親友と呼ばれても、相棒になってくれと言われても、手が届かない人だと思っていた。
違うだろう。告白をされるではない。
本当なら、告白をすべきなのだ。
手が届かないと勝手に思っていた、挙句、手を伸ばしてもらうなどとんでもない醜態だ。へたれだ。
カリムは、どこまで男前なのか。畜生。格好いい。可愛い。美人だ。
乾いた唇を舌で濡らす。覚悟決める。
「カリム」
修貴の言葉にカリムの瞳が揺れる。
「俺は、弱い。それに、流されやすいところもある」
「そうだね。自己主張が足りなところもあるよね」
ああ、と修貴は頷いた。
「それに、カリムの隣に立っているとき、俺程度でいいのか。迷惑はかけてないかと思うことがある」
「そっか」
修貴は言葉を確かめるように丁寧に言う。
「でも、さ。一緒に戦ってほしい。相棒になってほしいって言われて、凄く嬉しかった」
「うん」
修貴は自らを落ち着かせる。
「今回はさ、オルトさんに促されて話して、そして、教えてもらった。そしてら、カリムは直ぐに、選んだよね」
「伝えたかったから。僕の口で好きって言うつもりだったんだ。ちょっと、悔しいよ」
修貴は正面から見据える。
「だからさ、俺から言わせてもらうよ」
「聞かせて」
修貴は息を吸い込む。
「好きだ」
「僕も好きだよ」
修貴は笑った。
こんな言葉を口に出せる人間だったのかと、修貴は驚いた。ああ、カリムのおかげだ。カリムのおかげ修貴は変わっていける。カリムのおかげで強くなれる。強くなろうと決意できる。
「カリム」
「何、修貴?」
「ありがとうな」
カリムは首を振る。
「僕こそ、ありがとう。大好きだよ、修貴」
修貴はカリムの笑顔が悔しかった。告白という行為ですら負けている。
だから、強くなろう。もっと、強くなろう。堂々とカリムの横に立っていたいのだ。
* *
「そこの二人、入るのはちょっと待ってくれよ」
「うんん、オルト? カリムが中にいるのでは?」
「だから、待ってくれってな。ヴィクター、ルナリアの姉御。ま、出て来るまで待ってようや」
「シリウス。説明をしろ」
首を傾げているヴィクターを横目に、ルナリアはオルトに説明を要求する。
オルトはどこまでも己らしくないお節介な行動に、父親かよと小さくつぶやいた。カリムが一二の頃から彼女を見て来たのだ。まだ幼さが残っていた彼女がオルトの中には記憶として残っている。それが原因だな、と結論を出しておく。
「カリムにとって大事なイベントが発生したのさ」
「……訪ねて来たという、少年か。なるほど。シリウス、貴様が後押しをしたのか」
「まあ、な。カリムは不満そうだったみたいだから、失敗だったかもしれんがな。とはいえ、ああいう手合いは見ていて苛立つから、俺としては構わないのだが。ヴィクター、首を傾げるな。お前はこういうのに疎い」
「それは酷いじゃありませんか、オルト。ぼくだってね、想像が、が、つかないねぇ」
だろうよ、とオルトは言葉を返す。研究の虫であり、マジックアイテムやそれに準ずるものを愛する変人であるヴィクターにオルトは男女の関係に対する考えを期待していなかった。
ヴィクターは男や女などの性別が関係のない世界に生きている人種だ。仮に、結婚するような事態となっても、それは研究に繋がりがあることだとオルトは判断するだろう。
それで、とオルトは会話を一旦区切る。出てくるのを待っている間、ただ、黙っているのは勿体ない。
オルトはカリムとあの修貴という坊主が二人で倒しというドラゴンに興味があった。どのような戦いの直前の会話と、簡単な戦いのあらましは修貴の口から聞き出したが、その少年ではドラゴンがどれ程の存在だったかまでは把握ができなかった。エンシャントドラゴンが強大な存在だとしても、個体差は当たり前のようにある。魔法が得意なもの。そのブレスを誇るもの。そんな差異は当然だ。
魔法を使わない個体らしかったが、その肉体強度はどれほどのものだったのか。
「ドラゴンは見られるのか?」
「今、ぼくの研究室で開放してありますがねぇ。見たいんですか?」
「今は遠慮しておくか。とりあえず、どんな感じだったのか聞かせてくれ」
そうですねぇ、と前置きを発するとヴィクターは話し出す。その表情には笑みが浮かんでいる。説明好きの癖が出ていた。オルトは藪を突っついたのかもしれないと、溜息を溢す。
ルナリア方に視線を一度彷徨わせるが、そのルナリアはじっと控え室の扉を見つめ、カリムが出てくるのを待っているようであった。
嬉々としてヴィクターが説明を始める。よりによって古代種のドラゴンについてから解説を始めるその性癖には、文句をつけたくなる。聞きたいのは強さだ。その死体からわかる能力だ。
「ヴィクター」
名を呼んで、説明を止める。聞きたいことだけ聞ければそれでいい。
「俺様が知りたいのは、カリム達が倒したというドラゴンの客観的情報だ。他種と比べた場合の相対的情報はいらねぇよ」
「おやおや、これはすいませんねぇ。ぼかぁ、一から説明するのが、好きで好きで」
わかってやっているのかこの野郎と思うが、長い付き合いだ。口にはしない。それにしても、説明好きという性癖に自覚はあったらしい。付き合いの長さの割に気付かなかった。
ヴィクターを促し、ドラゴンの情報を聞く。
その情報を聞き終えたころに、カリムと修貴が出てきた。
カリムの表情は晴れやかで、修貴の表情は決意を持っていた。悪くない表情だ。ああいう顔が出来るやつは強くなる。
情けないところがばかり目に付いたが、その表情を見られたのは収穫だ。少なくとも、カリムが惚れた理由がないわけではないと確信できたからだ。
そういえば、坊主が訪ねてきた理由は何だったか。オルトは完全に目的を忘れてしまった状況に笑った。出てきたカリムは笑っているオルトを強く睨みつけていた。そんな表情も、やはり美人であった。
* * *
今回の話ほど、プロットを一切作っていなかったのが失敗だったと思える話はないです。
まあ、学園パートに入ってから話しの長さ全体のバランスが崩れているので、プロットに関する失敗は今更何ですが。
とりあえず、カリムは、修貴にその好きという思いを気付かれると告白するというフラグを所持していました。
そんなわけで、作者は身悶えた。
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初投稿 2009/03/08
修正 2009/06/21