世界を雷光が白く染め上げる。連続する破裂音と共にランドグリーズの巨体以上の大きさを形作った雷の剣は黒い影を床に焼き付け、神殿の奥の壁にまでその刃の足跡を残していた。
振りぬかれたバスタードソードは魔法剣の残り香として薄い紫電を纏っていた。
それが霧散し、この竜が座した神殿全体を揺らすような音が響いた。
『見事』
ランドグリーズはその半身を雷光により消失させ、カリムと修貴に言った。
沈黙の時間が経ち、カリムはバスタードソードを鞘に収め、修貴もそれに倣う。
『まずはこれを受け取るといい、カリム・フリード』
そう言ってランドグリーズはその口から指輪をカリムに吐き渡した。
カリムはその指輪を一度拭い、観察する。
「ニーゲンベルンの指輪か」
『聞きたいことはあるか? 敗者は潔く答えよう』
「これともう一つで一つの鍵ってことらしいけど、折角だ何の鍵か聞けるかな?」
『ふむ。その指輪と我が弟が有していた指輪。二つで塔への道は開かれる』
「塔、ね」
カリムは指輪を落とさないように保存すると、物は試しだとランドグリーズに一つの疑問を投げかける。
「もののついでに、その塔とやらの場所は教えてもらって問題はないかな?」
『地下五十階』
あっさりと返ってきた答えにカリムは反応に詰まる。まさか、簡単に答えを返して貰えるとは思っていなかった。
『どうした? 鳩に豆鉄砲を撃たれたような顔をして?』
「あー、うん。答え返して貰えるとは思っていなかったから」
確かにそうだろうと修貴はカリムの言葉に頷いた。まさかダンジョンの目的地を簡単に教えてもらえるとは誰も思っていない。教えてもらうことが出来ないからこそ、シーカー達は自らの足でマップを作り上げ、秘宝の在り処を求めているのだ。
だが、構わないだろうと修貴は小さく笑った。これだけ戦ったのだ。そのくらいの褒美があっても問題はない。
ランドグリーズはカリムにそれ以上質問がないことを確認すると、修貴にその顔を向ける。
『トウドウ、シュウキだったか?』
「ああ。その通り。発音を正確に突き詰めると藤堂修貴だけどな」
言っても仕方がないことだ。東方結界が無くなる以前からこの穴倉に潜んでいた存在が東方の言語を正確に発音することを期待すことが間違っている。尤も、喉を振動させ会話している訳ではないドラゴンだったら、苦にする事無く発音の修正は可能だろう。
『とうどう、藤堂シュウキ、しゅうき。修貴。藤堂修貴。こうだな? 名が後に来るとは珍妙なことよ。東方結界の中は我では想像が付きそうにない世界のようだな。殆ど異世界のように感じる』
「そうか。そういう話はあまり聞かないからそう言われると新鮮だよ。二千年あれば、上手く世界と世界が交じり合うということだな。まあ、偶に発音がどうしても出来ない人ってのはいるけど」
『さて、貴様には何を残そうか? ドラゴンを倒した者は秘宝を得るというのがお決まりだが、我が守っていたのは指輪のみ。東方結界の中の人間と話すという僥倖を死ぬ前に出来たのだ、戦いの楽しさも含め何かを用意したいのだがな。今から何かを用意できるほど我が命は残っておらん』
「俺は、特にそういうのは……。それに何をしたって、大したダメージも与えてない」
『謙遜か。だがな、褒美を取らせないというのは我が誇りに傷が付く』
二人の会話を見守っていたカリムが口を開く。
「ランドグリーズ。なら、提案がある。僕は貴方の屍を用いて修貴に武具を用意したい。見ての通り彼の装備は貧相だからね」
『そうか。ならば──いいだろう。良き職人を用意するのだな』
「それには当てがあるかね」
『ならば、我は案ずる事無く逝こう』
ランドグリーズが残された肢体を使い自らの顔を持ち上げた。
「────ッ!」
死力の咆哮が迸る。修貴は全力で、倒れないよう萎縮しないように体を支える。
『良き戦だった。ヴァルハラでまた会おう!』
そして、ランドグリーズはその長き生涯に終止符を打った。
ダンジョン、探索しよう!
その11
「終わったね」
「終わったな」
「疲れた?」
「ああ、疲れた。今の咆哮は良く耐えたって自分を褒めたい。意識が飛びそうだった」
カリムは完全に沈黙したランドグリーズから視線を離すと、体を伸ばした。
「本当に疲れたね。さて、武器の手入れと、この場所が他のシーカーに見つからないようマーキングも必要だ。とてもじゃないけど、僕の持つ収納袋じゃドラゴンは収まらない」
「そりゃそうだな。今日はここで一晩明かして、明日このダンジョンから出ようか」
「そうだね。ここから、二十九階までの階段は近い。あとは二十九、三十階だけど、寄り道をせずに進めば日が落ちる前に三十一階に辿り着くから、テレポーターで出よう」
カリムの言葉に修貴は頷き、壁際に座るとボロボロになった制服を確認し、刀の手入れを行い始めた。
明後日からは学園での登録授業の講義が始まる。登録した講義は隠蔽魔法についての授業と上級応急処置術の授業に加えて、神話史4と東方神話史2もある。地上に戻り、講義を受ける準備をする余裕はないだろう。
講義の準備だけではない。今回、練成を繰り返した制服が防具としての役目を果たせなくなってしまった。次は学園の付属ダンジョンの探索に行くことになるのは予想が付くがそれまでに耐魔に強い防具を用意しないといけない。
防具といえば、と修貴はカリムとランドグリーズの会話を思い出した。
「カリム」
「ん? どうしたの、修貴?」
「武具が、って言ってたよな?」
「ああ、そうだね。今回の探索の報酬を分けることを考えたらね、ドラゴンを材料にした武具は申し分ないだろう?」
「そりゃあ、そうだけど。というか、いいのか?」
「いいよ。それでもお釣りが来る。報酬の確認に関しては地上で日を改めてしたいと思うけど、っと。ああ、修貴は授業があったね」
「分配作業、すまないけど頼めるか? 本当に悪い」
「いいのかい? 悪さするかもよ」
カリムはくすくすと笑いながらそう言って修貴の横に腰を下ろした。
「信頼してるからな」
「それなら僕はその信頼に応えよう」
修貴の何を今更言っているんだという言葉にカリムは笑いを絶やさず返答する。
「で、さ……。言いにくいんだが、その頼めるか?」
武具のついでに、防具を頼めるのか。それを聞かなければいけない。図々しいのは分かるが、武具防具はシーカーや冒険者の死活問題だ。それが選りすぐれているだけで助かる命がある。
カリムの無邪気な何かな、という表情に対し修貴は気を引き締め口を開ける。
「武具に加えて防具も、頼めるか? 金は今回の報酬の半分は使ってくれても構わない。いや、足りないなら全部でもいい。まだ生活費には困ってない」
これは、とカリムは思案する。実は防具を修貴に言わず用意するつもりであった。
ランドグリーズとの戦いのとき自らがが口走った言葉は、良く考えると恥ずかしい告白だった。ならばついでだ、今度はプレゼントでも渡してしまおうと考えていた。明白に異性として好きですとは言っていないとしても、殆ど言ったようなものだ。戦闘が終わり感情面でも冷静さを取り戻したからこそ思うが、あのときのカリム・フリードは本音を口走るほどに二人での探索という行為に酔っていたのかもしれない。
だが、それは今考えることではない。
防具だ。相棒に成ってくれと言った相手に対する防具をどうするかだ。
「そうだね。何だったら防具に関しては、僕がプレゼントしようか?」
「え? いや、それは悪いだろ?」
言うと思っていた。藤堂修貴はそういう性格だ。
「背中を預けたいって声高らかに、それこそドラゴンの前で宣言したんだ。それくらいはさせてよ」
「いや、だけどな。だからこそ、そこは俺が自分でやるからこそ背中を預ける意味があるんじゃないか?」
カリムの言葉に修貴は反論する。仮に背中を預ける相棒に成るのならば負担をかけるのは間違っている。
「修貴、僕は我が侭だ。そう言ったよね」
「確かに言ったな」
「だから、悪い女に引っかかったと思って、僕にプレゼントさせろ」
おいおいと、修貴は刀を整備する手が止まり、自分が笑っていることに気が付いた。
おいおいと、カリムは自分が随分と横暴なことを言っていることを自覚しながら、笑っていることに気が付いた。
二人は顔を見合わせると一層笑い、言葉を出した。
「ありがとう、な」
「どういたしまして」
* *
刀の整備を終え、最低限の制服の修復も完了させると修貴はカリムともに保存食を食べ、カリムに先に眠ることを勧めた。
何と言っても今日最も戦ったのはカリムだ。如何にカリムが強かろうと古代種のドラゴンと戦って疲労が溜まらない訳がない。特に魔力をいったいどれだけ消費したのか修気には想像が付かない。
最後の魔法剣は凄まじかった。ドラゴンの半身を文字通り消し炭にした一撃だ。修貴には到底及びつかない威力を持っていた。
修貴はカリムが毛布を被り眠りに落ちているのを確認すると神殿の入り口を一度確認した。見張りといっても楽なものだ。この中から、外の気配は探ることが出来ないが、入り口は一つだけ。まずモンスターがやって来ることはない。来るとしたらそれはシーカーだけだ。
視線を入り口に固定したまま、修貴はランドグリーズとの戦いを思い出す。
カリムとランドグリーズの戦は間違えようがなく決戦と呼べるものだった。街一つを焼き滅ぼす竜のブレスに、軍隊を滅ぼす魔法剣が乱舞する人外舞踏の中で修貴のようなちっぽけな戦士が混じっていたのだ。
腕をランドグリーズの屍の方に伸ばし、その屍を握り締めるように手を握る。
生き残るどころか、時間を稼いで見せた。これは何たる実績か。竜の咆哮にも途中からは最初よりも自分自身の力で耐えるようになった。
この一戦、いったいどれだけの価値があっただろうか。
この一戦、いったいどれだけ成長しただろうか。
カリムにはどれだけ感謝しても足りない。ましてや、刃を交える前のカリムのあの言葉がなければ、修貴は戦えなかった。
あんな台詞そうそう言えるものではない。修貴ではとてもではないが言える台詞ではない。あの時のカリムは格好良かった。
「本当に、本当に格好良かったなぁ」
男の修貴がこのざまでは一体どっちが男だよと故郷の兄には言われるだろう。
眠るカリムに視線を移す。普段はポニーテイルで纏め上げられた髪は解かれ、まばらに散っているがその美しさは損なわれていない。
美人だった。そんな美人にあんな台詞を言わせるのに相応しい人間だっただろうか。自問する。
「美人で、強くて、賢くて、か。本当にすごいな。御伽噺の勇者みたいだ。ああ、いや。本当に勇者っていうのはそういう存在か」
噂に名高きアキーム地方の勇者アレクサンドルは格好良く、強くて、賢いらしい。
「まったくどうして、あんな台詞が出てきたのか」
ずるいだろう。あんな事を言われたら戦うしかない。男とは馬鹿なのだ。喜び勇んで戦うしかないじゃないか。
このヴァナヘイムに潜る前にこんな台詞を聞くことになるとは思いもよらなかった。それほど大事な関係にしてもらっていたとは想像がつけなかった。修貴にとっては大事でもカリムにとっては分からなかったが、あの台詞を聞く限り、修貴はカリムとの仲を誇ってもいいのかもしれない。
「だったらまずは、強くならないとな」
足がかりなるものは得た。水流の陣を発動させたときの動きだ。
修貴が磨くべきは攻撃の出の速さだろう。奪うは戦いにおける先の先。気づかず気づかせずという戦闘方法に加えて何より速い攻撃が加われば、どれだけ有利な戦いが出来ることだろうか。
あとは、攻撃力だ。対人が専門ではない修貴にとってそれは重要なものだ。
修貴の攻撃威力は武器の切れ味に多大に依存する。出来ることは技を磨くことだろう。
「まあ、やることは多いか」
あとは、もっと対人コミュニケーション能力でも上げるべきなのだろう。強くなる上で情報は必須だ。学生の身分ならまだしも、この街を出るようになったら、人とのつながりは重要だ。
カリムと出会えて本当に良かった。
出会わなかったら、藤堂修貴は今よりも弱く、強さの壁にさえぶつからなかったかもしれない。
「強くなろう」
カリムの背中を守れるくらいに強くなろう。
カリムに笑ってありがとうと言われるくらいに強くなろう。
「刀の意味は戦うことで、ならばそこに意義を付加するのがその持ち主の役目だよな」
シーカーである修貴が振るう刀はまだ見ぬ何かを見るためだ。そこに意義を増やすのは悪くないことだろう。
修貴はカリムの寝顔を確認すると、肩をほぐした。ドラゴンを屠った少女の寝顔は穏やかだった。
* * *
更新が非常に遅れました。
あと、ちょっと自分に絶望を。その10の誤字脱字と日本語おかしい部分ありすぎですね。ごめんなさい。
そして、この話の悪いところと自分の日本語能力の是非というあまり見たくないものを見て厨二病してました。
つまり、プロットはしっかり立てましょう。テンポよく話を書くことを優先しすぎて話の積み重ねが薄れてる。やっちまったぜ。
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初投稿 2009/01/25
改稿修正 2009/02/01
修正 2009/06/21