迷宮都市"ヴォルヴァ"。広大な土地を迷宮のように入り組ませ、大小様々なダンジョンをその内部に含む自治都市だ。そして、そのダンジョン数は、世界中の半分は此処にあるとさえ言われている。それはけして誇大表現でもなく限りなく事実と認識できる。古エッダ時代の大迷宮"ヴァナヘイム"、五賢神時代の塔"バックスの祈祷塔"などを筆頭に様々な時代のダンジョンが存在し、またそのダンジョン研究のために研究機関や教育機関を数多くこの街は保有している。
特に戦闘者養成学園はこの街だけで七校存在し、その七校が常に鎬を削りあっている。戦闘者養成学園はその名の通り多くの戦闘者、軍人、傭兵を輩出している。だが、この迷宮都市においてはそれだけではない。学科として探索科が設けられ、探検者シーカーを育てているのだ。
そのため迷宮都市にある、七つの戦闘者養成学園は各々がダンジョンを所有している。それが更にこの街のダンジョン数を増やしているのは語るまでもない。例えば、アークアライン学園には三つの迷宮が存在する。第一迷宮"走れ! 奴等よりも速く!"。第二迷宮"君と僕との出会い"。第三迷宮"アラインの試練場"。この計三つ迷宮を所有し、所属の学生たちが日夜潜りモンスターたちに挑んでいる。
このように戦闘者養成学園が所有するダンジョンや、上位教育研究機関が保有する神話の時代のダンジョン。また、街が管理する古のダンジョンが大量に存在するこの特異な街は、誰が言い出したかは定かではないが迷宮都市と呼ばれているのだ。
この迷宮都市の規模は学園都市"トート"、魔道の都"リ・ヴェネフィル"、シグフェズル帝国帝都"ガイゼル"、ブリトリア王国王都"アルビオン"の四つを含め世界五大都市の一つに上げられるだけのことはあり、巨大だ。数多く存在するダンジョン。そして、そこに潜る各国の戦士にシーカー。加えて、一攫千金を狙うフリーの様々な人種を合わせ、混沌都市とさえ比喩される程に膨れ上がっているこの街は、いつでも巨大な顎を開き人々がやって来るのを今か今かと常に待ち構えている。
そんな街の中央西側に位置する大迷宮"ヴァナヘイム"に最寄の位置にある道具屋"ワーズワーズ"の前で少女はやれやれと肩を揺らした。
「ま、そのくらいは見逃してあげよう。しかし、となると今日一日は準備に費やしたほうがいいね」
「面目ない。本当に……ごめん」
「次からは、じゃ遅いんだ。あの時の失敗を忘れてはないだろ? 大体、勢いに乗ってのダンジョン探索はシーカーにとって危険なんだ。あの時もそれがあったのは否めないはずだ。まあ、確かに勢いは大事だけどね。引き際はしっかりと見極めないと」
肩口まで伸びたブロンドの髪をポニーテイルに纏め、理知的な光を宿した華のある少女、カリム・フリードは藤堂修貴の情けない表情を見ながら軽く嗜めた。
がっくりと項垂れるように謝る修貴に、カリムはやれやれと肩を揺らすと、手を握った。
「こんな会話していても、時間が勿体ないだけだね」
修貴に聞かせるようにそう呟くと、着込んだ紺色のレザースーツを揺らす。
さてと、呼吸を一つ。修貴の手を握っていない左手で、ワーズワーズを指をさすと、握った修貴の手を引き、ここに立っていても仕方がないと急ぐように他人の視線をなぎ払い勢い良くワーズワーズに道具の買い揃えのために向かっていく。
「さっさと揃えて潜るよ」
「わかってるから、引っ張るな!」
「うん? 君は何をそんなにあわてているのかな? 人通りが多いんだ行くよ」
ニヤニヤと笑みを顔に貼り付けるカリムは修貴の手を力強く握り多くの人々の前を堂々と歩いていく。対する修貴はいつも一人で居る悲しさか、異性に堂々と手を握られる状況に対する視線を被害妄想的に受け止め、連れられて行くのであった。
ダンジョン、探索しよう!
その2
「火炎瓶を十、冷凍玉に雷撃針、風来枝も十ずつで、クナイを四十か。ソライスの粉に魔除けのベルもいるな……。えーと、あとヒールドロップに、と。カリム、マジックドロップは買ったのか?」
「当然だよ。僕は魔法剣士なんだからね。だから、君も攻撃アイテムを大量に買わなくてすんでるんだろう?」
「だよなぁ。本当に助かってる。と、超力湿布もいるな。十くらいかな?」
「それと、強魔丸を買ってくといいよ」
「あー、そうだな。高いけど、あった方がいいよな」
カリムの指示に素直に従い修貴は強魔丸を一瓶追加する。一粒で、使用者の魔力と抗魔力を強化するこの丸薬は高価ではあるが、魔法の才能を持たない者のダンジョン探索には必需品だ。特に難度の高いダンジョンに潜るならば、中の魔物達が魔法、魔力を使ってくる。その時に少しでも抗魔力強化できるならばしたほうが良い。
他にも何がいるのかと修貴は品を確認しながら、思い出したようにカリムに話し掛ける。
「予定だと、十日間潜りっぱなしだろ? 何階くらいまで行く気なんだ? あと、食料と水はどのくらい用意したんだ?」
「修貴の所為で九日間だけどね。ま、二十階は最低でも行く気だよ。食料は十日分は用意してあるから十分足りてる。多いくらいさ」
その台詞を聞いて修貴の手が止まる。"ヴァナヘイム"は最高位の難度の一つに上げられるダンジョンだ。それを一階からのスタートで二十階まで一日二階以上のペースで進むといわれれば驚くのも無理ない。
無理だろという、視線を修貴が投げかけるとカリムは、ニヤリと笑ってみせる。
「問題はないよ。現在最深攻略階地下四百十二階で、層は十階ごとに変わって、大きく変化するのが五十階ごと。テレポーターは十階ごとに設置されてる。そして、地下五十階までは、君でもパーティを組めば辿り着ける階層だよ。まして、僕を誰だと思ってるんだい? これでも、ヴァナヘイムは三百十階までは潜っているんだ。心配することはないよ」
「まあ、お前の心配はしてないさ。それにカリムの言うとおりなんだろうよ。ただな、俺らだと実力が釣り合わないから逆に心配なんだ」
カリムはもう二度と失敗はしない、心配ないよと再度、修貴に告げる。カリム・フリード。現在、アトラス院に在籍している若きシーカーだ。彼女は修貴と同年代であり、同時期にこの街にやって来てフィヨルニル学園に入学したが、単位を早い段階で確保し短期卒業をした。そして、教育機関であり研究機関でもある迷宮調査学院アトラス、通称アトラス院に在籍している。
学園を卒業した彼女の実力は間違いなく、才能を持つ一握りの戦士たちに並び立っている。それを、修貴は嫌というほど知っていた。
だからこそ、実力の兼ね合いが取れていないこの二人組みパーティを組むことがいつも不安なのだ。加えて、ヴァナヘイムに挑むということもありより大きな不安を抱えているのだ。
実力が釣り合わないものは互いの力量を測りにくい。特に下位にいるものは上位に居る者の実力が高いということは理解が出来るがどの程度高いのかが理解できない。そして、パーティを組んでいる以上、どちらかがどちらかに合わせることが多くなってくる。もちろん、合わせるのは実力が高い側だ。これでは実力が勿体ないだけだ。そして、低い実力のものは、より高い実力を見誤るという悪循環が起こりかねない。
「君はいつもそういうけどね。初めてはともあれ、何だかんだと今となっては、僕たちは上手くいているだろ?」
「それは、そっちが合わせてくれてたのと、そこまで上級ダンジョンじゃなかった。今回は、ヴァナヘイムだろ。今まで通りとは行かない」
「ふむ。連携という意味ならば、僕は君の動きを知っている訳だ。問題は特にない。それに、感知、索敵技能は僕より修貴の方が高いじゃないか。特に君の戦い方は、上位の敵とも一人ではなければかなり有効だ」
それは、そうなのかもしれない。だが、と修貴は肩を落とす。場合によっては修貴自身がカリムの足枷になりかねないのだ。一度、修貴は足手まといになった苦い記憶がある。修貴にとっては一番の問題だ。親友であるカリムに修貴は面倒を掛けさせたくないのだ。
その修貴を見て、カリムがニヤニヤと笑みを浮かべた。
「もう、昔とは違うんだ。安心してほしいね。僕が大丈夫だといっているんだしね」
「……わかった、信じるよ。じゃ、何で三百階まで行っている潜っているダンジョンに俺と一から潜るんだ? 俺と潜るなら他の場所でも問題なかっただろ?」
ニヤニヤとした笑みが、ニヤリと歪む。
「実は、僕は君と潜るのが大好きなんだ」
「……な、え? は?」
「予想通りの反応ありがとう。冗談だよ、半分くらいは」
そこで一度カリムは言葉を切り、実はと更に続けた。
地下二百十二階、でカリムはある物を見つけた。小さな部屋で、そこには英雄の剣は此処より続く塔に捧げたと、新エッダ時代の言葉で記されていたのだ。その言葉の意味は現在アトラス院で研究されているのだけど、と含みのある笑み浮かべたカリムが言う。
修貴は眉を寄せる。古代の遺品の探索に行くということはわかるが、それはその階層を調べたほうが速いはずだ。
「ん。いや、僕はね。それで確信したことがあるんだ。九十八階で出会ったレッドドラゴンいたんだけどね。そいつはある物を持っていたんだ。ニーベルゲンの指輪。ま、レプリカだったけど。それがあった」
「いや、何を確信したんだ?」
「ニーベルゲンの指輪は僕の家の家紋なんだよ。見たことあるだろ? そいつに付属するように"フリードの血を引くものよ、汝、求めるならば塔へ行け。三つの数字が並ばぬ処に塔へ道はあり"とこちらも新エッダ時代つまり、ネーデリア語で封入されていた」
つまり、と修貴は深く考え、カリムに言葉を返す。
「探し物の手がかりをやっと見つけたのか」
「その通り。思ったより早かった。実家に残されていた文献を初めて読んだときは、こんなに早く手がかりがつかめるとは思えなかったからね」
そして、とカリムが言葉を続ける。
「これを探すときは一緒にと約束しただろ?」
嬉しそうな笑顔を浮かべるカリム。
修貴はその表情で、カリムと親友になったころを思い出した。
* *
藤堂修貴とカリム・フリードが出会ったのは戦闘者養成学園フィヨルニルの入試会場だ。
当時からすでに修貴は人見知りし、誰かに話しかけるのを苦手としていた。そのため誰も知り合いのいないヴォルヴァで話し相手も見つけることなくただ一人で座っていた。そこに話しかけてきたのがカリムだった。カリムの人当たりのよさと、戦闘者養成学園の入試を受けることが出来る最低年齢であったことも手伝い、何とか修貴はカリムと会話をすることが出来た。
結果として、修貴はフィヨルニルを落ち、アークアラインに合格しため、その縁は修貴にとっては切れたものと思っていてのだが、カリムと再度会ったのは入学してすぐのことだった。
兄から貰った刀以外に必要なアイテムを買出しに行ったときに、カリムとそこでばったりと出会った。
修貴はそこでフィヨルニルに落ちたことをどう伝えるか悩み、顔を赤くしたがカリムは特に気にするまでもなく再会を喜んだ。それが、今につながる大きな縁となった。
人見知りをし、親交が少ない相手に話しかけるのが苦手な修貴は気づくと、アークアライン学園の同期の生徒で、友人と呼べたのは強制的に組むことになる初パーティのメンバーの僅か三名だけで、その結果多くの時間を他学園の生徒であるカリムと過ごすようになっていた。これを手助けしたのは、カリムが優秀すぎるため同期の仲間とあまり時間を共有しなかったということであった。
そして、決定的に仲が深まったのが二人で初めて一つのダンジョンを踏破したときだった。
街が管理する最も簡単で、易しい"初めの一歩"という全地下五階のダンジョンだ。生息しているモンスターもそこまで強くはなく、ある程度戦闘慣れした人間ならば特に問題なく最下層に辿り着ける。
カリムはこの時すでに大人顔負けの実力を持っていた。だからこそ、それがこの時の二人には仇となった。
修貴の実力はカリムの足を引っ張り、カリムは修貴の実力を見誤った。それが、決定的な失敗だった。
"初めの一歩"地下五階に生息している、アルペンリザード。このダンジョンにおける最大の敵だ。本来の生息地は高山なのだが、元々実験施設でもあったこのダンジョンで繁殖に成功していた一種だ。体長は現在の修貴と同じほどで、魔法に対する耐性以外にこれといった特徴はない。
だが、当時の二人には大きな障害となった。
五階の踏破の帰り道に出会った五体の群れのアルペンリザード。魔法の力押しを多用していたカリムにとって、このアルペンリザードは厄介だった。だが、攻めの姿勢を一切崩さす、剣と魔法を駆使して戦ったが、修貴が足を引っ張り、カリムは判断を誤った。
今ほど知識もなく、準備に対して時間も掛けなかったため助かったのは行幸と言えた。
氷結の下位魔法をカリムは唱え、アルペンリザードを押し切ろうとする。だが、リザードどもは怯まず、カリムに飛び掛る。それを守るように斬りかかる修貴。横一線に振られた刃は一体のアルペンリザードを確かに倒すも、体が泳いでしまう。それではカリムを守れないと判断した修貴は無理やりにアルペンリザードの前に飛びだした。
そこに二体のリザードがカリムから狙いを変更し飛び掛ると、修貴はあっさりと押し倒される。
それで、カリムはあっさりとパニックに陥った。
「修貴ぃ!」
その叫びを修貴は今でも鮮明に思い出せる。修貴の戦い方が現在の形に近づいた因果だ。忘れるわけもない、シーカーとしての戒め。そう思いつつ、それを最近忘れかけていたのは修貴自身が実力に対しての自負を持ち出していたのが原因だろう。
襲い掛かられているにも拘わらず、カリムは修貴を襲うリザードに狙いを変えて魔法を放とうとするが、それは悪手でしかなく、二人の状況をより悪化させるだけに終わる。襲い掛かってくるアルペンリザードから気を逸らしたカリムも修貴と同じく飛び掛られた。
その後は、カリムの必死の抵抗と彼女が此処に来るまでに培ってきた実力がパニックでありながら彼女を救った。簡易な爆発魔法で、リザードに衝撃を叩き込み引き剥がすことに成功しとっさに距離を取る事が出来た。そして、運がよかったのは、その爆発音と叫び声に呼ばれ来たこのダンジョンの各階に五人配置されているダンジョンの監視者の一人に助けられたのだ。
これは真実、行幸だった。他のシーカーでは助けてもらえたかは怪しい。街が抱える初心者ダンジョンだからこその出来事だ。通常のダンジョンに監視者などいない。仮にいたとしても、各階に配置など出来はしない。
結果として、両腕を折るだけで済んだ修貴と、怪我こそ負わなかったが自分がまだメンタル的に弱いことを突きつけられたカリムはその帰りを言葉少なく歩んでいた。二人を守るように周囲を確認するドワーフの初老の監視者は二人から一定の距離を保っていた。
カリムがポツリと漏らした。
「……僕は、ここに来るまでに色々やって来た。父上や兄上に鍛えられたつもりだった」
「カリムは、強いと思う。おれ、何か、役立たずだった。やっぱり、おれなんて、そんなもんなんだ」
まだ、小さな体で自嘲するように修貴は言った。
「修貴は、僕を助けようとしたんだ。自信満々な僕を」
カリムは言葉を切り涙をこらえると、超力湿布を張られた修貴の両腕に目を移した。
「ねえ、今回はダンジョン制覇できたけどこのざま。僕には目標があって、で、で……!」
堪えようとする涙は溢れ出す。
修貴はそのカリムを見つめると、言葉を失ってしまいそうになる不甲斐ない自分に活を入れる。おれなんて、その程度。父や母や、周りそう言われてきた事が目に浮かぶ。だが、励まし、シーカーになりたいという夢の手伝いをしてくれた兄のお前は出来る子だよという言葉を思い出す。
搾り出すように言葉を捜し修貴は口を開けた。
「もし、もしだよ。カリムの目標を、がんばる、時は、さ。今度は、二人で、今回みたいじゃなく──」
痛みではなく、悔しさではなく、カリムにつられるわけではなく、やっと変われそうな自身がいることに気づいたことに修貴は涙を流しながら、言葉を続けた。
「──絶対に成功させて、走り抜けよう」
カリムの視線が修貴と絡んだ。
「約束?」
「うん」
それが、二人がこの時した約束だった。
* *
思い出すと、修貴は苦笑してしまう。あれは本当にあったことなのか。酷く自らには不釣合いでドラマチックな話だ。変われたというもの、対人技能はあの時から、あまり上昇していない。シーカーとしての行為に関しては問題ないが、友人を作るという意味では一切変化していない。だが、あの時のあれがなければ今の修貴がいないのも事実だ。
そして、カリムはその約束の話を今、持ち出した。
「魔剣の可能性は高いのか?」
「そうだ、高いとも。本当はもっと早く修貴に伝えたかったんだけどね、遅くなってごめん」
「いいよ。なら、さっさと会計を済ませよう。話すことは多そうだ」
安全性は確かに心配だ。しかし、それ以上にあの約束は修貴にとって大事だった。時間を掛けて進むことは出来るだろうが、カリムはそれを良しとしないはずだ。約束は目的であると同時に手段でもあるのだ。安全性は落ちるが、それを考慮しても早いに越したことはない。仮に修貴の実力が不足していたのならば、そこで何か対策を行うしかない。
それに、確実性と安全性を考慮に入れるならば、修貴と時間を掛けて進むぐらいならば、アトラス院の仲間とカリムはパーティーを組むはずだった。
あの約束は修貴にとって大事なように、カリムにとっても大事だったのだ。二人で、一気に駆け抜ける。それが約束だ。
それを明確に理解ができ、修貴は笑う。
「修貴、この後の話は何処でする? 僕は松葉通りにある、フィルノートをお勧めするよ」
「それは、任せるよ」
カリムはそう返した修貴に偶には君が選んで欲しい、この甲斐性なしと溢した。
* * *
想定外です。何を間違ってこんな方向に進んだのか。俺には理解できない。びっくり。勢いで書いてるからプロットがないのが痛い。
あと、この世界の単位の設定を上手く文章か出来なかったのを謝ります。ごめんなさい。実力不足でした。
それにしても、続いてしまった。
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修正 2009/02/08