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No.43690の一覧
[0] 四体のアンドロイド[久米 藍](2020/11/29 11:06)
[1] 幽閉の身で死出の旅路へ[久米 藍](2020/11/29 10:59)
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[43690] 四体のアンドロイド
Name: 久米 藍◆975eddb7 ID:9d8799dd 次を表示する
Date: 2020/11/29 11:06
「この国の地理を詳しく教えて?」

「…………」

アイゼの空っぽの頭にそんな質問が振り下ろされた。急に視界が開け、目に入るすべての情報が頭に流れ込んでくる。一番印象的な物体は、目の前にいる女性だった。
身体は砂色の旅装に包まれ、フードを被っていて、青い唇と垂れた長い黒髪。コルク色の瞳がこちらを窺っている。

「あと、『ミナ』という奴を見なかった? 髪は赤くて、瞳も赤いはず」

「………………」

 回るようになってきた頭で、今の状況を精査した結果、ようやく質問されているのだとわかった……。

――質問したいのはこっちだ。

 そう思うのだが、どうしてか喉が上手く震えてくれない。壊れた楽器のような、かすれ音すら響かなかった。

「……この国における地理情報の開示を求める……命令者ヴァ―ナ」

「……………?」

 どうやらヴァ―ナという名前らしい。身元を明かされたところで情報の譲渡はできない。声が出ないのだ。
 ここまで、ヴァ―ナは欠片も表情を崩さずこちらを見据えていたが、小さなため息と共に、ヴァ―ナは傾げる。首どころか胸の高さまで傾けている。観察すると、上背はかなりある。

「……やっぱり壊れてる?」

「……………………?」

 ずいぶんな言い草だと憤りたくなるが、事実、身体を操作できている自信がない。
 ヴァ―ナはアイゼから視線を外すと、横を通り過ぎていく。目線で彼女を追うためにアイゼは首を巡らせるが、長い間回していないバルブのように動きが鈍い。
ゆっくりと動かして、どうにか視界にヴァ―ナを納めることが出来た。あまりにも緩慢な振り向きだったため、こちらが動いたことに彼女は気づいていないようだった。
彼女は背中に光沢のある黒色の長い棒を掛けていて、腰から鎖を垂らしている。鎖の先には円柱の物体が付属しており、歩くたびに引きずられていた。

――誰かに話しかけている。

アンドロイドだった。
異様に長い手足に加え、首も長い。首の付け根を目いっぱい折り曲げてヴァ―ナの顔を覗き込んでいる。
ヴァ―ナが話しかけているアンドロイドのほかに、二体のアンドロイドが居る。いくつもの丸を連ねて形成したような身体の者、身体中の節々が鋭利な突起を所有している者。全員どんな趣味をしているんだと尋ねたくなる外見だ。

――実用性のなさそうな身体だな。

 アンドロイドといったら、ただの労働力だったはずだ。あんなへんてこで装飾華美にして何を考えているのだろう。
彼らに先程アイゼに行った質問をしているのが、聞こえてくる。全員アイゼのことは視界に入っていない。
「どうしよう」と悩んだ末に、アイゼは自身の現状の理解に努めることにする。路上にいることがわかった。晴天でありながらも日差しは程よく、気持ちがよさそうな気候だ。

――なんだあれ、空に線が見える。

空にうっすらと上下に線が引かれている。足元から伸びる道路に沿うようにして大きな街路樹が植えられている。そのどれもが一本の大木を思わせる太い根っこを携えており、根が道路を挟んで変形させていた。更に、その木々を挟むようにして高層建築が並んでいる。高層建築は黒い長方形で、四角く、くり貫いたような窓が上下左右に連なっていた。倒壊しているものも多い。
窓を見て階数を数えていく。気が遠くなることもなくその作業を終える。八十八階層だった。生えている木々も同じくらいの高度だ。
異様な光景だと思うが、驚きが少ない。この景色より、異常な事態が起きていることがじわじわと理解できだ。

――記憶が全くない?

いや、自身の名前は憶えている。それに、アンドロイドのことも覚えていた。わからないのは、この現状だ。直前まで何をしていたのか、これまで何をしていたのか、まったく思いだせない。
両の掌や甲を見つめる。細身の鎧のような銀白色の部分がほとんどで、その間を縫うように隙間が空いていた。足も同じように飾らない様相だ。
頭に手を這わせてみる。コーティングされたようにつるりとして、引っ掛かる部分がどこもない。

――うん。身体に異常はない。

それでは、最も問題なのはこの現状ということになる。周りの場景に何の手掛かりもないとすると、人から情報を得るしかない。とはいえ、この場に人間は二人しかない。

「運命を呪ったことだと思う」

「そいつみたいに木偶人形になれたらと、幾度も願いました」

彼女の言葉に、応対していた手足首長のアンドロイドが一瞬こちらを見遣った気がした。気のせいかもしれないほど短い間だ。

――あれ、俺が動いてることに気づいても、何も云わないぞ?

 別に俺がここに居ることと、動いていること自体はおかしいことじゃないのか。
 自身の首に指を優しく這わせる。そして、「あ」や「お」と声を出してみる。今の内に発声練習をしておくことにした。発声方法すら忘れてしまったのかと、些か不安があったが、問題なく意図した音が、多少ざらつきながらも出てくれる。彼女の質問に答えられなかったのは、単純に動転していただけのようだ。

「私の故郷やそれ以外にも、幽閉体は存在していた」

「本当に可能なのですか。あなたの様な女性に」

 ヴァ―ナがそう云うと、手足首長のアンドロイドが訝しげな声音で尋ねる。

 聞き覚えのない単語がある。幽閉体。記憶が無いためなのか、元々知らなかったのかは判然としない。

「そうだ!」丸いやつがヴァ―ナに食って掛かる。「俺たちがどんなことをしても破壊できないかったんだぞ」

「どこのアンドロイドだか知らないが、気休めなら嬉しくない」

鋭利な身体をしている奴が続いた。
最初にされた質問を思い出す。地理の情報と、尋ね人を問われたはずだ。
 アイゼが状況把握に努めているうちに、彼女らの会話は、かなり方向が転換している。

「私は貴方たちとは違う。機甲オートマタ。純正の機械」

ヴァ―ナは訂正する。何を云っているのだろうか、俺以外は全員機械だろ。
その間にも会話は進行し、話していたアンドロイドの後ろに控えていた二体も、会話に混ざり始めている。この場で輪に入っていないのはアイゼだけになる。
所在なく視線を彷徨わせた。感じる必要のない疎外感を何故か感じてしまう。それと妙な違和感を感じながら、アイゼは会話がひと段落するのを待った。


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