「部外者は引っ込んでろやッ。前世がどうであれ試験に関係ねぇだろうが人間!」
「黙れ、お前みたいな奴に世界を任せてたまるもんかよッ」
「どうせミルンが神になったら、うぬらは畜生以下の暮らしに戻るんだ。諦めて軍門にくだっとけやッ」
「だから、んなの許せるかってんだよぉぉぉぉぉぉッ!」
双方、ギリギリのタイミングで相手の攻撃を防御および回避を繰り返す。
そして決死の攻防戦の最中、カリウスは身に起きた変化へと感嘆していた。
(身体も軽い、だけじゃない。なんかこう、ストラトの感覚が手に取るようにわかる。ユートの野郎、粋なマネしやがって)
カリウスに完全同化したユートがくれたプレゼントである。
弱体化したとはいえ狂化したミルンと、互角に渡り合っているのだ。
「ふひ、ふひふひひひひいひひひひひひひッ!?」
徐々に差が出てきた。ミルンが冷静さをかき、次第と動きを乱していく。
カリウス渾身の突きが数を重ねる事に精度が増し、避けるのが困難になりつつあったのだ。
肉が削げて、爪が数本割れる。押し切られるのは時間の問題だ。
「どーしたさっき勢いはよぉ。もう終わりかよ」
「ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎ」
もはやカリウスの挑発を真に受けるまで余裕が消えていた。
どうしたんだ、こんなハズではと、焦燥感がミルンの心を浸食していく。
(審判の後ろ楯までもらったのに、ここまできて女も知らない部外者のガキに最強のミルンがやられる? クソがぁッ!)
考えなしの力任せの鉄拳が空振りした。
致命的なロスタイム。
カリウスが会心の一撃を与えるのに十分過ぎる隙ができた。
「いくぜミルン。俺の本気、とくと喰らえッ」
「あがゅッ。カリウス君ちょっとタンマよろしく頼んますぅぅぅぅぅぅッ!?」
「やめねーッ」
今更遅い。ストラトの力を引き出したカリウスの全体重を乗せたフルスイングが、容赦なくミルンの腹へ入った。
今度は自分が吹き飛ばされる立場となって、部屋の右後方の列柱へと衝突。
真っ二つに砕けた残骸に巻き込まれていった。
「ギギギ、ギギ、ギ」
限界まで引き出した反則級の自然治癒能力はなくなった。
絶痛がミルンを追い込む。
「やったか?」
勝敗の結果を隠す粉塵が舞う。
確かな手ごたえはあった。アレを受けて立ちあがるとすれば、それは、
「やった? 誰が誰をだって。カ、リ、ウ、スきゅ~ん?」
やはり悪魔だろう。粉塵が晴れたその先、憤怒の形相のミルンがいた。
「タフにも程があんだろうがよ、まだ生きてやがる」
爪は無残にも全て折れ、身体の各所からは有限の血を垂れ流している。
だが健在だった。ミルンはそばにあった瓦礫の一部を手に取り、
「調子こくのも大概にしとけやぁぁぁぁぁぁッ」
高笑いを浮かべてながら振りかぶり、そして投げてきたのだ。
カリウスが反応できない領域にある速さ――だが、狙いはカリウスではなかった。
「くッ!?」
岩の塊は、部屋の入り口付近に激突する。
「いやぁぁぁッ」
瞬間。ルイの絶叫が響く。
「やられたッ。ルイ! エレナさん! 大丈夫かッ!」
安否を確認するために叫ぶが返答がこない。
カリウスは全身の血の気が引いた。爆発しそうな不安心にもかられる。
されど無情にも、追撃は止みそうにない。
「アヒャヒャ。終りじゃねぇぞ雑魚、次はお前なんだかんなッ」
調子に乗ったのか、ミルンは手当たり次第に瓦礫を投げてきた。
カリウスは懸念を無理やりに振り切り、ストラトをまた変化させる。
「速くて反応できない。壁を作って防ぐしか」
以前とは比べものにならないサイズの盾を生成。
もはや絶対に後ろには通さない。その一心だった。
だが……。
「満身創痍のはずなのに、どこまで体力残ってやがるんだよ」
ストラトの防御壁を崩そうと、瓦礫だろうが燭台だろうがお構いなしに投擲してくる。
どれも凄まじい速さに加えて、尋常じゃない力が込められている。
硬質化の強度が段違いに上昇したとはいえ、気を抜くと力負けしてしまう。
カリウスが如何にか耐えていた刹那、一つの小さな瓦礫が頭上へ放られた。
「何を狙って――!?」
「頭いいっしょミルンはッ。御終いだよ、サヨナラねカリウスッ」
またも想定していなかった攻撃。
照明器具だ。カリウスを押し潰すべく、丁度彼の真上にあった天上と照明器具を繋ぐ鎖を断ち切るために、瓦礫を上に投げたのだ。
カリウスは止むおえずストラトを解除。急いでその場から退避する。
「ウオオアッ」
間一髪。少し前までカリウスがいた箇所へ照明器具が落ちていた。
(ってヤバいッ)
つかの間の安息はない。更なる脅威が迫っていたのだ。
ミルンが機会を逃すまいと、自身の鋭い爪の破片を投げようとしていた。
「――ッ!?」
万事休すと思われたその時、突如強風が発生。
ミルンが投げた爪の破片は明後日の方向へ流されたのだ。
首の皮一枚繋がったようである。
希望の風。僅かに残る余波がカリウスの赤髪を撫でた。
顔をあげると、そこには――
「何勝手に諦めてるの、カリウス。まだ全然動けるでしょ? 早く立ちなさいな」
完全復活したエレナの姿。コクーンによって全回復した彼女に助けられたのだ。
カリウスは差し伸べられた手をとって立ち上がり、口元を綻ばせた。
「無事だったんだな、エレナさん。と、いうことは」
「えぇ、ルイも――」
エレナが伝えるより早く、
「コクーンの酷使で戦闘には参加できそうにありませんが、全然大丈夫です! カリウスにエレナ、クソッタレな化け物に天誅を下してやって下さいッ!」
ルイが列柱の脇から手を振って騒いだ。
兄貴分はそれを確認し、改めてほっと一息ついてからエレナと顔を見交わした。
「心配はいらないみてーだな。さてと、俺らは」
「いい加減決めましょう。これ以上ミルンの声は聞きたくないわ」
「同感だ。よっし、次こそ俺が奴に引導を渡してやります。え~と、エレナさんは」
「はいはい援護すればいいんでしょ? 言われなくてもわかってるわよ。あんたのストラトで一発かましてやりなさい。あんたはできる男だわ、わたしが保障する」
「では御期待に添えるように、行って参りますか」
そして共に、怒りのあまり歯をガチガチと鳴らしているミルンへと相対する。
「エレナにカリウス! どこまで人をコケにするんじゃクソボケがぁ。もういいわ。奇跡は何度も続かねェぞコラァッ。かかってこいや、ギッタンギッタンにしたるぞオイ!」
がなり立てるミルン。頭に血が昇りきっており冷静な思考を失っていた。
カリウスはそれを無視し、最終決戦への一歩を踏み出した。
徐々に速度をあげ、ミルン一直線に駆けていく。
対するミルンは正面から向かい討つため、拳を振り上げて待ち構えるが、
「ゲェッ、ひぎィッ――エレナァ、邪魔すんじゃねぇよ平和ボケの光の女がァッ!?」
エレナが生成した水のナイフ、そして火球がひっきりなしに飛んできたために回避をよぎなくされた。
一転攻勢の前に、身体を瓦礫の陰に隠しかない。
その間にもカリウスが距離を詰めてくる。
「出てきやがれミルン。怖気づいたんじゃないだろうなッ」
「はい? 誰に口キいてるんじゃおいッ!」
激情に支配されたミルンは、生意気な小僧を全力で殴ってやろうと、タイミングを見計らい部屋のど真ん中へと飛び出した。
けども目論みは外れる。近くへ迫っていたハズのカリウスがいないのだ。
代わりに、眼前へエレナの火球が数弾――
「アンギャヤャャャャッ!?」
避けなければ、と考える前に全弾を被弾。無様に黒焦げと化した。
「終りだぜ、ミルン」
唸るような低い声は死の宣告のようであった。
ミルンは恐る恐るとぎこちない動きで、首だけを後ろに回す。
そこには限界まで硬化させたストラトを振り下ろす直前のカリウスが。
彼はミルンが飛び出す前には、背後へ回り込んでいたのだ。
ヤラレル。狂いそうな恐怖に憑りつかれた哀れな悪魔は、もはや戦意喪失。
「死にたくない。ミルン、恐かっただけなんだ。いきなり未来に飛ばされて試験がどうなったかもわからないで、自分を守るので精一杯だったの。死にたくないよぉぉぉぉぉぉ」
「下の大広間には数えきれない程の死体の山があった。お前がやったんだろ。自分の目的のために命乞いする奴も手に掛けたんだろ?」
「違う。直接は手を下してない、間接的にやったのッ……早く聖遺物下げぶッ!?」
やはり救いようがない。
エレナを救った時の如く、頭部へと渾身の一打をめり込ませた。
鈍い音が響く。頭部を砕かれたミルンは倒れて血だまりをつくることとなった。
戦闘後の静寂が訪れる。今度こそ完璧勝利できたのだろうか?
結果を待たずしてカリウスの緊張感が途切れる。
力が抜け、へなへなと膝をついた。
「カリウスッ。有言実行、見届けたわよ」
「やりましたねカリウス! 最後のぶちかまし、痺れました」
共闘したエレナと戦いを見届けたルイが、カリウスの元へと駆け寄ってきた。
「はぁ、はぁ。やったのかな。これで、終わったんだよな」
カリウスは物言わぬ悪魔を横目で見やる。
手ごたえはあった。
けどもどうしてか、死んだとは簡単に信じられなかったのだ。
三人共不穏な空気を感じていた。エレナが生死を調べるためミルンへ近づく。
すると――
「ミルンふっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」
最悪の予想を裏切らない形に。ミルンが起き上がったのである。
頭部は完全に粉砕しておらず、血塗れで元の輪郭さえわからない。そして首から足の先まで焼けただれているが生きている。
よもやと胸騒ぎはしていたが、驚異的な生命力だ。
「ホニィィィ――」
「うほぉ!? やっぱりですかぁぁぁぁッ!?」
ルイは驚きのあまり失神。カリウスは腰を抜かしてしまう。
けども最後の輝きであった。一切の油断をしていないエレナが迅速に手を翳す。
「さようならミルン。あなたのしつこさ、忘れることはないでしょう」
エレナは全力の力を地獄の業火に変換し、悪魔の五体に注ぎ込んだ。
ミルンは声を出すことも許されずに一瞬にして消し炭となる。
長きに渡り停滞していた光と闇の決戦が、ついに終幕したのであった。