時はアンジェ戦終了後まで戻る。
戦いを終えたと同時に、カリウス達が戦っていた廊下の向こう側から、何かが倒壊したような凄まじい音が轟いてきた。
エレナがアルケーレスの力で、二階の床を砕き割ったのだ。
戦闘が始まっている。それでもカリウス達はすぐには向かえそうもない。
まず、ルイの脇腹の怪我が酷い。骨を折ったのだ。
これがアンジェがカンナビを受けずに無傷の状態での一撃だったら、命はなかっただろう。
そして、リウス自身も全力を出し切ったため、体が思うように動かせない。
今行けば、確実に足手まといとなる。
二人がとった判断は――カリウスが先にコクーンによる回復術式を受け、彼だけがエレナの元へ向かう。ルイは自身の治療のためこの場へ留まり完了次第、後から行くと。
そうして少しでも疲労を回復したカリウスが、エレナの援護へと駆け出した。
(大分時間がかかっちまった。急がねぇと)
木材の破片や埃まみれ廊下の奥は、瓦礫で埋まり入れない。
そこで、二階に向かうため螺旋階段を上ろうとしたのだが、
『?????????????????????』
「うぉッ、んだよこの声はッ!? 動物、じゃねぇよな」
カリウスが、今までの人生で聴いたことのない邪悪な声が二階から響いてきたのである。
「ヤバイ感じになってるみてぇだな。急がないと!」
エレナに危機が迫っている。嫌な予感は確信に変わっていた。
螺旋階段を数段飛ばして上り、カリウスは玉座の間へとたどり着いた。
彼は、最初に目に入った光景を理解する前に、
「おいおいおい、エレナさんに……」
ぷつん、と理性が弾けた感覚へ支配され、
「エレナさんになんてマネしてくれてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
考えるより先に足が、手が動いた。
ストラトを硬質化させ、エレナを握り潰そうとしているワケのわからない醜い化け物の頭を猛打。
そして、魔の手から離れたエレナを抱きかかえたのである。
「あえグウォォォォォォッ!?」
化け物は何回か横転し、玉座を巻き込んで後方の壁に激しく激突して仰向けに倒れこんだ。
カリウスは怒りが収まらず、化け物をもっと袋叩きにしてやりたかったが、
「クソッ。エレナさん! エレナさん!」
エレナの容態確認が優先のため、なけなしの冷静さを取り戻したのだ。
「カリ、ウス」
消えそうな声で名前を呼ばれる。
カリウスは心からほっとした。
そして、部屋の奥で悶えている化け物を刺すように睨む。
「あれ、が、ミルンよ」
エレナが震える指で化け物――ミルンを指差した。
「ミルン女王、あの気持ち悪いお化けみたいなのが!?」
「聖遺物、モルの力。持ち主の心持ちによって、姿形を変える聖遺物をヤスケールから継承していたの。気をつけて。手ごわい、わよ」
醜くおぞましかった。まさにミルンの心を具現化させたようなものだ。
(マジかよ。でもあの姿――夢で見たことがあるぞッ)
そして、カリウスの夢の中にでてきた闇勢力の男が使用した聖遺物でもある。
(夢がイマと繋がってる……だとしたらどうした、受けて立ってやる。ハッキリしてるのは、あんな歪な心を持った奴を絶対神様になんかさせねぇってことだけだ!)
ミルンを倒さずしてルアーズ大陸の明日はない。
しかしどう戦うか。
不意打ちは当たっが、正面からぶつかって勝てるのだろうか。
カリウスが対抗策へと思考を巡らせた、その時。
「はぎぁぁぁっぁぁ痛いッて! らめぇぇぇぇ頭がバカになりゅゆゆゆゆゆゆゆッ。駄目だって終わるの早くなっちゃうでッあの苦しみだけはぁぁッ!」
ミルンが頭を抱え、喚き散らしながら起き上がったのだ。
近くの列柱へ身体を何度もぶつけ、燭台等も破壊している。
(目覚めやがったか。もう小細工なしに戦うしかねぇな)
カリウスは覚悟を決める。
そして戦いへ赴く前に、エレナへ語りかけた。
「ここにいて下さい。俺はアイツをぶっ倒しに行ってきますので」
「う、ん。カリ、ウ、ス。一つだけ、聞いて」
エレナが縋るような眼差しで見つめてきた。
カリウスは黙って頷き、一生懸命な唇が動く瞬間を真剣な面持ちで待った。
「死なない、で。どうか、生きて、帰ってきて」
自然と力が湧き上がってきた。
想いを聞き終えたカリウスは、入り口近くの列柱の陰に、エレナの身体をそっと寄りかからせる。
「大丈夫ですよ、エレナさん。俺は絶対に死んだりなんかしません」
そう囁き、後は振り返らない。
実はミルンとどう戦うか考えている時には、カリウスの悪い癖である臆病風が出ていた。
怒りが脳内を占拠していた状態が解け、代わりに恐怖心で心が縮んでいたのだ。
長すぎる左手の爪に太すぎる右手。攻撃を一度でも喰らったら致命傷は免れないだろう。
(あんな怪物と戦うのは怖い。死んじまう可能性大だろ――けどッ!)
エレナの言葉のおかげで恐怖は吹き飛んだ。
若者はいざ、ミルン討伐へと走る。
「ミルンッ。エレナさんが受けた痛み、万倍にして返してやるッ」
「神になるために自分の国までも欺き利用したお前の横暴、許さない!」
幻聴だろうか。
聞きなれたハスキーな声色が途中から聞こえてきたので、隣へ視線を泳がすと、
「な、なな、なッ、ウォォォォユウさんッ!? あなたがどうしてここに!?」
「カリウス、ルイはどうしたのッ。戦いは終わったんでしょッ?」
ボロボロな服装に擦り傷だらけのユウが並走していた。
夢幻ではない。カリウスは仰天して転びそうになったが持ち直す。
「何でここに。別任務にあたってたんじゃッ――」
困惑しながらも説明を求めるが、
「エレナにも言ったけど詳しくは全部後からッ。それよりルイはどうしたのさ、戦いはもう終わったんだよねッ」
それよりの一言で片づけられる。
彼女にとっては味方の現状を知る方が大事だった。
疑問は山ほどあるが、カリウスはあれこれ考えるのを止めた。
戦闘に集中しなければならない。今は事実を受け入れるのが先決だ。
「それが――ルイはコクーンで怪我の治療をしてて、もう少しで来ますッ」
「おっけ! じゃあカリウス、二人でミルンを叩くよッ。奴は騎士団長の聖遺物で化け物になったんだッ。使用者が違うからか、団長の時より厄介そうな姿になったんだけどねッ」
「その通りですッ。アレは持ち主の心持ちによって姿形を変えるそうで。エレナさんが教えてくれてましたッ」
「――ほぉッ。どーりでキモいもんね。んじゃ、先に頼むよッ」
初の共闘へカリウスの胸が鳴る。互いに敵への攻撃体勢へ入った。
虚ろな目で動悸するミルンへ、
「どぉぉりゃやややややッ!」
まずカリウスがストラトを軟体化させて伸ばし、異形の頭部をぐるぐる巻きに縛った。
「何だよょぉぉッ!? 前が見えないッ!?」
ミルンはまたも恐慌状態に陥る。
「ナイスカリウス。くらえッ」
狙い通りとユウ師匠が飛び跳ねた。目標はミルンの腹一点だ。
「ハギィッ!? アガガガガガガガガガガガガガガガッ」
一突き。二突きで腹部を貫いた。続く、まだ続く。
ミルンの返り血を浴びながら、常人では見えぬ速度で大きな的を刺し続けた。
速攻であった。もはやミルンはピクリとも動かない。
「よっと」
ユウは体力の限界がきたのもあり、攻撃を途切らせてミルンから降りた。
「ふぅ、こんなもんかな」
弟子に片目を瞑って見せる。カリウスは手を上げて喜んだ。
ストラトを元の長さへ戻して軟体化を解除。疲労で片膝をついたユウの元へ駆け寄る。
「すげぇ。やりましたねユウ師匠。あっという間でした! ちと、拍子抜けでしたが」
「やけに歯ごたえがなかった。あの時感じた悪寒が嘘みたいだ。いくらなんでも、段違いに弱すぎるような気がしないでもないけど」
全力を出し切ったユウが剣を支えにしながら、煮え切れない様子で言った。
確かに弱すぎるが、自分の初撃が決定打になったのだとカリウスは思う。
一応の確認のために近寄ったが、
「絶対死んでますって。これで立ったらマジモンの化け物ですよ」
やはり死亡しているとしか思えない。
緊張感もすっかりとなくなり、ミルンの巨大な体躯を何度も蹴った。
だがカリウスは、ユウがぎょっとした顔のまま自分を見ていることに気がつく。
どうしたのかと心配して向かおうとするが――
「ユウ師匠? 喋れないくらいどっか痛いのか。そっちに行きま……」
刹那。
大きな影に覆われた。まさかと、カリウスは恐る恐る振り返ると、
「ち、ちぬところでした。もたない。戻っちゃう。苦しくなっちゃうよぉぉ」
血が噴き放題の腹を両手で抑えたミルンが、上半身を起こした。
戦慄。
カリウスは震え、次にとるべき行動を思案できずにいた。
「カリウス――早く逃げろッ!」
ユウが喉を振り絞り、やっとのことで声を吐き出した。
カリウスはやっと我に返り、逃げるため足を前に進めようとする。
「よくもやってくれたねん!」
が、逃がさんとすべくミルンの鉄拳が放たれた。
カリウスは反射的にストラトを硬質化させて、自身を隠す盾を作成する。
「うわぁぁぁぁぁッ」
直撃は免れたが盾は粉砕。
そのまま衝撃で飛ばされ、エレナの向かい側の列柱に衝突。
意識を失う狭間、向かい側の列柱の陰で気を失っているエレナへ手を伸ばした。
届かない。この距離では、遠すぎる。
(あぐぅ、あ。俺は死なないって。約束したんだ。エレナ、さ)
最後に彼が目にしたのは、
「カリウス!? アンジェさんお兄ちゃんと……エレナさんがッ! あれユウさんがいる!? なななッ、どうなってんですかッ!?」
パニック状態のルイと、
「何だこの有り様は。一体どういうことだ、あの化け物は何だッ!?」
同じく血相を変えて取り乱すアンジェだった。