天災で倒壊したかのような有り様である玉座の間の中央へ向かうユウは、エレナと出会うまでの軌跡を思い返していた。
母国、デューン王国で騎士団長を務めていた父を持つユウも剣の才に秀でていたが、あまり親子仲は良くなかった。過酷な鍛錬に耐えきれず、父に反発する形と世界をこの目で見て回りたいとの理由で旅に出たのだ。
(助けてもらったのはこっちだよ、エレナ。君との出会いは運命以外考えられない)
そして隣国の非情な政策に巻き込まれた最中に伝説的存在でしかなかったエレナに助けられ、紆余曲折を得て彼女と「友達」となり、世界創造神話が現実のものだったと知った。
エレナがその登場人物であったことも――
そうして壮大な計画を実行するため母国に帰ろうとした矢先に、飛ぶ鳥落とす勢いのハルバーン王と争おう事態になるとは思いもしなかったのだ。
しかも王をけしかけたミルンという女は、エレナ同様約百年現世を彷徨っていた闇の勢力の生き残りだという。
(人生何が起こるか想像もつかない。まぁでも、ミルンを倒せばエレナは神様になれるのは確かだ)
回想終了とシンプルな道筋確認。
そのためにはまず、目の前の者を倒さなければならない。
こちらの出方を疑うように立ちつくす大男、ヤスケールが間合い寸前で足を止めた。近くにある玉座の後ろには、絶痛の影響か気絶寸前のミルンが寝かせられている。
「君とも一年振りだ。あの時のあたしはボコボコ寸前だったけど、あれからちょっとは強くなったんだよ?」
『……』
語りかけるも無視。
男は返答代わりに専用の鞘の中から刀身が反った長剣を取り出す。
ぎらぎらと光る剣先をユウの目に向けて構えた。いつでも攻めてこれるだろう。
(変わった剣だな、アレで戦うのか。あの物騒な聖遺物はまだ温存するのか。それとも操られてるそうだしミルンの指示で行使するんだろうか……まるで読めないな)
対峙するユウは冷や汗を額に滲ませながら思考する。
(あの化け物と再戦する覚悟をして挑んでるっていうのに。燈火を触媒に発現させる気配もない。もしやあいつ、聖遺物を使わなくてもわたしに勝てるって余裕の表れか)
操り人形の真意がわからず混乱するが、それでも戦うしかない。
(聖遺物を使わなくても奴は達人だ。この一年で自分と向き合って鍛えた成果をみせてやる)
意気込んだ後に虚空を宿した彼へ注目したユウは、ある点に気がついた。
(って――あれ!? 右耳にピアスみたいな聖遺物をつけてないぞ!)
驚愕。目を白黒とさせた。
彼はそもそも獣人に変身するための例の聖遺物をつけていなかったのだ。
(何故。奴はあたしだけじゃなくエレナとも丸腰でやりあおうってのか。さっきは間をとって割り込んだけど、あたしがいなかったらエレナと戦う流れになるとミルンも想定していたハズ。聖遺物なしでエレナと戦うなんて無謀とわかっているだろうに)
指示している闇勢力の生き残りは後方で激痛に打ち震えているようだ。
ユウはぶんぶんと首を振って再度思考を閉じ、これから始まる戦闘に集中する。
「化け物になろうがならまいが、どうでもいい。ヤスケール! 先に言っとくけど、どんな手段を使ってでも絶対君に勝つからね――いい? 準備ができたなら、勝手に始めるから」
決闘の宣言をするかの如く厳かに言い、スピカを抜いたユウは先手をとった。
(奥の手として聖遺物を隠している可能性もあるから、使われる前に速攻で倒す!)
床を全力で蹴りあげて加速を増したまま突撃。
聳え立つ巨漢を、透明なスピカで突き上げようとする。
騎士団長は形状不明なユウのスピカを手首を曲げるだけで器用に跳ね除けた。
激しい金属音が響く。
相手は異国出身。使用する剣もだが、構え方から振り方まで大陸剣術とは違う。
無駄な動作を省き洗練された独特の動きは、操られているとはいえ健在のようだ。
「はぁぁぁぁぁッ」
怯まない。
ユウは雄叫びをあげ、片手に持った剣で突きを連打。栗色の髪が揺れる。
急所を狙うが、無駄のない動作で的確に防御、回避される。
(流石だ。操られていても一年前と同じくわたしの手元や握り、振りの動作を見てスピカを完全に防御している)
簡単に隙を晒してくれない。
透明な得物だろうが相手には関係なく、剣筋やクセでさえ読まれている。
(ガルナン王国騎士団長、やっぱり聖遺物なしでも強い――けど、もっと速くすればどうかな?)
だからどうした。
限界を超えて、敵が避けるより速い速度で突けばいい。
掲げるだけなら簡単な信条。だがユウは幼少から大真面目に「だれよりも速い突き」を目指して父親からのスパルタ鍛錬を受けてきた。
赤髪聖人少女が跳ねる。
より速く。避けるより先に突く。スピーディーに。反撃の余裕を与えない。
それは透明な棍棒であろうが何だろうが変わらないのだ
『……』
「クゥッ!? うぁっとッ!」
それも相手が明確な格下であれば、上手くいくのだろう。
ユウがヤスケールの剣の持ち手を打突しようとするが、その一閃を強引に返す。
同時に間合いも詰め、一気に攻めへ転じてきた。逆の立場にとって代わられた。
その膂力を生かした鋭く重い一撃が、次から次へと繰り出される。
(当たったら死ぬ! 一発で死ぬ!)
極限の緊張感。
ユウも負けじと小柄な体躯からなる超人的な素早さで、追ってくる死の足跡ような剣筋を紙一重で避け続ける。
『……』
(あぐッ! 重い競り合いは駄目だ負ける――ッ!)
頭上に振り上げてきた剣を、ユウは止むおえなく流すように受け止めるが、比べるのも馬鹿馬鹿しくなる腕力差に耐え切れなかった。間一髪で横っ飛びの回避行動を選択。
「キャアッ!?」
だが、そこへ待っていたようなヤスケールの突進を受け、硬い床に叩きつけられた。
背中から腰にかけての張り裂けそうな痛みから逃れようと、ユウが転げまわる。
「ユウッ!」
エレナの悲鳴。
その声が耳に入った瞬間、ユウは絶痛へ負けそうになる自分を一喝し、現状を打開すべく迅速に立ち上がろうとする。
「まだまだ――ひぐッ!」
が、青ざめた。敵がユウ目掛けて飛んできたのだ。
体勢を瞬時に整えて、ギリギリのタイミングで後退。
ユウが寸前までいた場所――喉の位置であろう箇所にはヤスケールの剣があった。
あと少し遅れていたらと考えると、背筋がゾッとする。
そして荒い息を吐きながら、更に距離をとった。
(化け物め。ウチの力自慢の騎士達ですら相手にならないだろう)
技術だけではない。ヤスケールの圧倒的なまでの剛力が二人の実力を線引きしていた
ユウが持ち前の身軽さで攪乱しようとも、それだけでは力の差を到底埋められない。
もはや女性と男性という問題ではない。黒く光った筋骨猛々しい体躯が、ユウの前に立ちふさがる――
「ユウッ。やっぱりあたしもッ」
声が枯れる勢いで叫び共闘を申し出ようとしたエレナだが、疲労が身体を蝕むんでいるためにアルケーレスを翳す体力さえない。
「全然大丈夫だよッ、エレナ。あたしは勝つから、信じて待っていてッ」
精一杯の元気を声高に叫んで伝える。
彼女に心配はかけたくなかった。身体のあちこちが軋んでいようが、ユウの丸く大きな瞳から戦意は消えない。
(こんなの最初から想定していたよ、化け物にならないのが嬉しいくらいさ。エレナや成長したカリウスとルイに会えるんだ。ミルンに世界を渡さない。未来を掴む、あたしは絶対に負けない!)
後方で固唾を飲んで戦いを見守る親友と、違う場所で戦っているだろう弟子達が力をくれる。
じりじりと近づいてきたヤスケールへ再度、勇猛果敢に突っ込む。
「もうスピカの特性も君には関係ないだろッ。聖人じゃなく、剣に生きる騎士として君を倒すッ!」
啖呵を切った後、スピカ自体をうねらせるかのようなトリッキーな動作。
敵の判断を鈍らせて攻撃を仕掛け――
「なんてねッ!」
『……ッ!?』
そこへ蹴りを織り交ぜた。
ヤスケールは不意をつかれたか、少しだけバランスを崩す。
逃さない。ユウが一点集中で首や銅、脚までもかかんに突く。
(いけるッ! あたしが押してるッ!)
すぐに持ち直したヤスケールは、軽い動作で突きを寸前で避け続けた。
大柄な体に似合わない華麗な身のこなし、力一遍に頼り切ることもなく戦う厄介な剣士。ガルナン王国の矛を束ねる将たるゆえんだった。
しかし――
(勝機はある。あたしはまだ必殺の一撃を隠しているんだから。でもまだだ、まだその時じゃない)
ユウは長期戦を見通して様々な策を考えていた。
中でも一番決定打を与えれるモノを使うタイミングを計ってはいるのだが。
『……』
ヤスケールが反撃にと、空気を切り裂く勢いで斬り込んできた。
それが、珍しく大味な大振りだったのだ。
「おぉッ!?」
想定外だが千載一遇のチャンス。
ユウは咄嗟にしゃがみ込み、下から胴体を突き上げる。
『……ッ!』
「くそッあと少しだったのに!」
惜しい。
ヤスケールが反射的にのけ反り、僅かに急所から外れてしまった。
右肩を深く貫くだけに終わる。しかし、会心の一撃には変わりない。
ヤスケールは大きく宙返りして間隔をとる。傷は抑えずに、両手で剣を構えたままだ。
(でも、完璧に操るのは無理なようだねミルン。確かに強いけど動きに本人の意思が感じられない。生きている者が出す覇気や熱がないんだ)
戦いの最中、使用するミルンが聖遺物の力を引き出せていないことを見破るユウ。
戦闘補助系の聖遺物の使用には、本人の適正が一番重要なのだ。
『……』
そして、どういう意図だろうか。ヤスケールが突然鞘に剣を収めたのである。
次に柄を握りしめて中腰になったまま、沈黙を保ってしまったのだ。
(お次は何だ。まさか隠し持っている聖遺物を今になって使おうをしているとか……でもコイツ、正々堂々と一発勝負を望んでるような気がする)
操られてしまった彼の、ささやかな抵抗なのかもしれない。
「やっぱり、心までは完全に操られていなかったか」
ユウの口元が高揚で緩む。
一瞬で決まる勝負への誘い。胸が「別の意味」で高鳴った。
「受けて立つよ。狙いがあるのは互い様。デューン王国剣士ユウ・アンセム――参る」
スピカの先をヤスケールに向け、騎士として改めて名乗りを上げる。
待ってましたの展開だったのだ。「奥の手を」使うための。
敵の狙いがなんだろうと、ここは賭けるしかない。
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」
身体の痛みを無理やりに我慢し、全速力で向かった。
ヤスケールは案の定、抜刀する瞬間を見計らっているようだ。
「決める。君は一回だろうが、あたしは何回も!」
満を持しての飛び道具使用。
ユウは懐から短刀を数本取り出して、立ち尽くすヤスケールへ狙いを定めて投げる。
事前に宣言もした、卑怯とは言わせない。命の取り合いをしているのだ。
するとヤスケールは目にも止まらぬ速さで抜刀し、短刀を全て切断した。
「これで御終いだよッ」
ユウは最後に粉が入った小瓶を放つ。
ヤスケールは反応し、パックリと一刀にてスライスするが、
『……ッ!?』
なんと中に入っていた粉が傷口にも降りかかった途端、剣を手から離してのた打ち回ってしまった。灼熱の痛みがヤスケールを襲う。
(切ってくれると思ったッ!)
ユウは間合いへと楽々入る。勝負の行く末は決まったようなものだ。
「結局最後まで聖遺物は使わないままだったね。遠慮してくれたのか分からないけど、助かったよ」
ありったけの力を込めて、スピカの柄部分で後頭部を叩いた。
これにはさしものヤスケールも、耐え切れない。
バランスを崩して大広間へと転落した。
勝者は得物を数回振るい、ベルトに取り付けられた幾何学模様が刻まれた鞘へと収める。
「ユウッ! やったじゃない!」
後方からエレナの歓声を受けたユウ。張り詰めていた緊張が消失する。
(勝ったんだ、あたし。本当は正攻法で勝ちたかったけど……まぁいいか)
ついでに身体の痛みが各所に戻り、不覚ながら膝から崩れた。
(またエレナの笑顔が見れたんだ。武器だけじゃなく、色々と持ってきておいて良かった)
ユウ・アンセム。再戦は辛くも勝利。
勝因となった粉はデューン王国原産の植物だった。
(ヤンヤヤ草って植物のすり潰しだよ。肌に染みるとヒリヒリするんだよねぇ、アレは)
ヤンヤヤ草は触れただけで、その箇所が焼けつくような感覚に見舞われるのだ。