カリウスとルイに、アンジェの演武を思わせる豪快な攻撃が迫る。
「のぉぉぉぉッ! 止めてくれ! 話せばわかるってば!」
「うあぁッ!? だからあんなの受けたら速攻死んじゃいますってッ」
何回説得を試みようと無意味。今日何度目かの回避行動をとった。
戦闘開始から結構な時間が経過。
廊下の至るところ――列柱、絵画、壁、彫刻、床、壺等が見事に粉砕壊滅。
まるで廃墟のような有り様。カリウス達は連携して攻めてはいるものの、アンジェの大戦斧に阻まれ、依然として活路を見いだせないままである。
アンジェは疲労など感じているかは不明、無表情のままじりじりと距離を詰めてくる。
対して、肩で息をして焦燥に苛まれる若者二人。
抜け道のない戦闘状況が、若者達の体力と精神を蝕む。
「アイツ、こっちの呼びかけには全然応じようとしねぇ。攻撃も重いしキツイ……けど、単調だし意思ってもんが感じられない……そういえばヤスケールもだったよな?」
カリウスが息を切らしながら疑問を吐き出す。
「元々話すのが苦手な子? でも流石に不自然すぎます。目が死んでるっていうか悲しそうっていうか。でもそれがいいっていうか……早くあのコを縛って快楽で悶えさせてあげないと」
ルイがいたって真面目な顔つきで答えた。ふざける余裕はまだ残っているようだ。
カリウスの緊張感が悪い意味で緩んでしまった。
「戦ってる時に何を考えているんだよ!? てかお前が喜ぶだけじゃねぇか!」
「あんな可愛いコ、ほおっておけませんよ。あと戦いを頑張った自分へのごほうびって必要だと思いません?」
「どこがご褒美だよ!」
瞳を爛々と輝かせる変態には構ってられなかった。
若者達はアンジェやヤスケールがミルンの野望の犠牲になり、ファズによって操られていることを知らない。
戦闘人形となったアンジェへの奇妙な違和感は増すばかりだ。
「ぶっ飛ばしてから洗いざらい吐いてもらうしかないな。もう一度いくぞルイ!」
「はいですカリウス! いい加減眠ってもらいますよ。大丈夫、痛くはありませんッ。むしろ極上の快楽を約束します――」
共に聖遺物を力強く握り、再度特攻を仕掛ける。
『……ッ!』
アンジェが戦斧を力任せに縦から振り下ろしてきた。
二人は横っ飛びで左右に分かれる。
刹那、床が綺麗に砕け割れた。
女王補佐官が次にとる行動は――移動不可。
『……!?』
戦斧が瓦礫にハマったようで、抜こうともがいている。
逃せないチャンスである。運よく隙が出来たのだ。
「イケる!? 今回はイケますよカリウスッ! それッ」
先にルイが動く。
カンナビを振るい、足を絡めとろうとした。
あくまで生肌に触れねば意味はなく、非力な彼女では到底転ばすことはできないハズなのだが――
『……!』
アンジェがギリギリのタイミングで復活。
すぐさま振り切った戦斧により、カンナビはがっちりと防御される。
しかしルイは想定済みだった。
「カリウスッ」
「おおよッ。絶対逃さねぇ」
意表を突いた。
カリウスが逆方向から硬化したストラトを、思いっきり振り上げる。
『……!?』
ルイに気をとられていたアンジェは避けれなかった。
攻撃を受け胴回りを覆う鎧が砕ける。五体が宙を舞い、地へと叩きつけられた。
同時に近づいていたルイが、
「お楽しみはこれからですよッ」
高速便打を繰り出す。
鞭打ちによって鎧の下に着た衣服が破られ、23歳のうら若き乙女でもあるアンジェの柔肌が露となる。
こうなれば、攻撃するたびに相手の力を奪うカンナビの独壇場と思われたが――
「えぐッ!?」
ジェイドの効力を見誤ったようだ。
効果は確実にある。しかし耐久性が段違いなのだ。
アンジェが苦し紛れに振り回した左足がルイの脇っ腹を掠る。
それだけで飛ばされた。
援護へ向かおうとしていたカリウスは一瞬気をとられてしまった。
「ルイ! ぐ――うぉぉぉぉァッ」
それでも持ち直して接近。ストラトを硬化させて斜め一閃。
カンナビの効果で動作自体は鈍っている。
一撃目は避けられてしまうが、そのまま捻りを加えた回転切りで、見事会心の一打を浴びせた。
アンジェは壁へ激突していく。
「やったか――そうだッ、おーいルイ! 大丈夫かぁッ!」
振り向いて大声で安否を確認する。嫌な汗が頬をつたった。
「げふぉ、なんとか~。今度こそ死んじゃうかと覚悟しましたけど、まだくたばっちゃいません」
心配は杞憂だった。
少し遅れて、か細くとも確かに生きた声が返ってきたのだ。
そうしてルイが蹴られた箇所を押さえ、よたつきながらも近づいてきた。
カリウスはその姿を見て安堵の息を吐いた。力までも抜けそうになるが堪える。
「無事で良かったぜ。俺はてっきり、調子にのったまま死んじまったかと」
「初めての隙を逃すまいと思ったんですが、流石はガルナン王国の実力者の一人です……けども負けられませんよ、ユウさんに成長した姿を見てもらうんです。それがあの人への恩返しですから」
自身にも言い聞かせるように言ったルイ。その声色は珍しく真剣な色を宿していた。
恩人でもあり姉のような存在に対する想いは並々なく強い。
ユウの弟分でもありルイの兄貴分でもあるカリウスも、心から同意するように微笑んだ。
「だよな。ユウさんに拾われたあの日から――デューン王国に、あの人の盾になれるよう強くなるって二人で決めたもんな」
「えぇ。独りぼっちになってしまった私達を繋げてくれたユウさんに、この戦いが終わったら伝えるんです。バストマッサージしましょうと」
「何でそうなるんだよッ……ん?」
最後にはやはりふざけたルイにつっこんだカリウスの真っ黒な双眸が、驚愕の色を映した。
ルイも同様の反応。
安心するのはまだ早かったのだろうか。壁に激突していたアンジェは平気そうにむくりと立ち上がった――かのように、見えた。
カリウスが引きつりかけた顔を直し、
(ビビらせやがって。けど、俺らの攻撃も少しの意味はあったようだな)
好機到来へ口角の端を上げる。
麗しき雷光は今度こそ身体を重そうにぐったりとさせていた。
ジェイドは使い手の身体能力を上昇させるが、聖遺物を使用し聖痕を通して身体へ蓄積される疲労は別問題だ。ファズの効力で表情をなくしていたため、カリウス達からして見れば底知らずの持久性かと思われていたが、本人はやはり疲労困憊であった。
元の持ち主であったハルバーンならまだしも、アンジェは使い手としてまだまだ弱輩。もう体力は限界突破している。
そこに攻撃した対象の力を抜くルイのカンナビの効力が、今になってのしかかってきたのだ。
「立ち上がったのは流石ですね。けどいい感じに疲弊してきてます。あとちょっとですよ」
「あぁ。つーかルイさ、本当に身体は大丈夫か? 無理すんじゃねぇぞ」
敵を言えない。カリウスはともかくルイの身体は限界に近い。
掠ったとはいえ身体強化した者の蹴りを受けたのだ。
「今すぐコクーンで治癒したい、と言いたいところですが相手もヘロヘロだとはいえ、カリウス一人では確実性に欠けるかと。私のカンナビが絶対絶対必要です」
「うん……言っておいてアレだが、悔しいけど俺だけなら厳しいだろうな」
ルイの意見は的を得ていた。
単純な打撃よりもカンナビの鞭打の方が効果がある。
「さぁ行きますよ。あちらさんはヤル気マンマン……ですゥッ――!? いやホントに!」
すでに待ったなしの状況に変化していたようだ。
アンジェは戦斧を振り回して辺りを破壊し巻き込みながら、聖人少年少女へと接近してきた。
「チッ、まだ段取りも決めてねぇのにきやがった」
「わわわ!? もう来たッ、どうしましょうッ」
ルイがガチガチと歯を鳴らしながら、カリウスの腕をきつく掴んだ。
「さっきの威勢はどうした!? 絶対勝つと言ったじゃんか!」
対処法を考える。
先の一件は敵が自ら隙を晒しただけであり、二度目は期待できない。
カリウスはどうすれば怪力女を倒せるかと対抗策を何度も練り直していた、その時だ。
「あ、足だ……そうじゃんか、あいつの足、足だよ!」
身体を支える両足へ注目する。
時おりよろけそうになり、踏ん張る力も弱まっている。
やはり体力自体は限界を越えているのだ。よく観察すると戦斧の回転数も遅い。
再度勝機を見出したカリウスの表情が明るくなった。あとは無力化させるのみだ。
「カリウスッ、策は!?」
必死の形相を浮かべる妹分に、希望に溢れた視線を送る。
「いいか、俺が先にストラトで足を狙う。ヤツが喰らったら、お前が踏ん張ってアイツへの一発を決めてくれるか? 戦いを終わらせる一発をな」
「ほう、了解です。どのみち二人で頑張らないと切り抜けられませんし……旅が始まってからずっとヤバイ状況ばっかですが、今の私達なら大丈夫でしょう。生きてユウさんに勝利を報告しませんと」
「そうだ、全部切り抜けてきたんだ。この場面もユウさんからの指導を全て思い出して、いつも通り終いにして全てが終わったら、いっぱい褒めてもらおうぜ」
「ガッテンです!」
信頼の目配せを交わし、最後の場面へと動き出した。
先行するカリウス。
まずは脇に落ちていた高価そうな壺をアンジェの上方へ投げる。
『……ッ』
当然反応。
戦斧を回す方向が上方へと変わる。
「貰ったッ。うぉぉぉぉぉぉッ!」
見逃さない。
神経を尖らせ、軟質形態となったストラトを一直線に伸ばす。
そして触れる前に硬質化させて、全力で右足首を突いた。
『……!?』
大した痛みはなくとも操り人形の女王補佐官は、バランスを失い崩れ落ちる。
「来ました来ました真打来ましたキターッ! 昇天する程の快楽をあなたにッ」
息つく暇を与えはしない。
絶妙なコンビネーションの果てにルイが全身全霊の力を込め、勝利への一打を加える。
アンジェの露出した背中を激しく便打。
一回、二回、三回、四回――
五回目で彼女の意識はミルンによる精神操作を離れるまでに飛んでいく。
「やったぁ!」
勝者となったカリウスとルイの歓喜の声が重なる。
即席では出すことのできない、兄妹同然の二人の連携が生んだ勝利――聖人少年少女は戦いを経て、大きな成長を得たのだった。