「アンジェちゃんやってるな~。クク、もうすぐエレナもミルンへ会いに来るしね」
宝石が取り付けられた輝く玉座へと優雅に座る元女王陛下が、贈り物を待つ子供のように期待感へ胸を膨らませていた。
凄まじい打撃音や何かが破壊された衝撃が何度も床越しに彼女のいる階へ伝わってくる。
玉座の間。
四方に金と銀を基調とした装飾が施されたシャバラン城中心部の二階。
大きな列柱が立ち並び必要以上に広い造りだが、現在は部屋を埋め尽くすまでに大勢の人影が蠢いていた。
生きてるにしろ死んでるにしろ、大勢の駒を集めた際の壮観な光景を眺めるのはこれで終りだが、ミルン本人は特に感慨はなかった。
そんな規模の小さな支配者ごっこはどうだっていい。光の勢力最後の一人と決着をつけ、暗黒の理想世界を創造するのだ。笑いが止まらなくなってしまう。
「クク、フフフフ、レッグスちゃん。もうそろそろ行くんだっけ?」
隣で欠伸をかきながら気だるそうなレッグスへ視線を寄せた。
彼は藍色の真球を手に持ち、首筋に聖痕を浮かび上がらせている。
試験官となる眷属にのみ支給されるテレシーというものだ。試験官達はこれで大陸中を瞬時に移動することが可能。大陸中に作られた墓へ脱落者の遺体を運ぶ際には特に役に立つのだ。
「最後だし、エリアル様が作った大陸をぶらぶらしながら勝者を待つとするさ。順序は逆になっちまったが猿から脱皮した人間共に歴史を教えたのも、支給品で戦争する時代になっちまったのも面白かったかもな。長すぎて頭がおかしくなっちまったけどよ」
からからと無邪気そうに笑う。
天上界が世界を創造した証として、レッグスら神の眷属は文明を持ち始めた人間達に、世界の成り立ちそのものであるエリアル創世記を絶対の歴史として言伝える掟がある。
「光か闇か勝者が決まった後、正史を伝えるのにまた飛び回らなくちゃならねぇのはクソダルいがなぁ。これで最後だ。本当に、長かったぜ。上に還ったら何もしないまま休眠につくとするか」
感慨深く言うレッグス。
大昔に流布した際は、想定外の事態のため途中経過を抽象的に伝えるまでに留まったので、試験が終了した後レッグスは試験官最後の務めとして、ルアーズ大陸――もとい周辺の島々にエリアル創世記の完成を宣言して回らねばならない。
「本当にお疲れ様。レッグスちゃんにはホント感謝してる。エレナと違って殆ど引きこもってたミルンに現状を説明してくれて、ハルバーンに近づくことからの今後の作戦まで提案してくれたもんね」
猫なで声で感謝の言葉を伝えたミルンに、レッグスは無表情のまま返した。
「勘違いするな、お前は運がよかっただけだ。何度も言ったが、俺は気の遠くなる時間を何もしないまま待機していたんだ、参加者に干渉するなという上からの命令を律義に守ってな。俺は見捨てられたとやっと気づいて、ここから脱出する方法を練っていた先にお前がいた、それだけだ」
吐き捨てるように語ったレッグスに、何故か高揚したミルンが下品に笑う。
「フヒヒッ! 災難だったね、今回光側に支給されたケルンについてはレッグスちゃんだけじゃなくミルンだってしてやられた。ビックリ仰天だよ」
「使用者の命と引き換えに自分以外の試験参加者を別の区画へバラバラに送る、いわば仕切り直しの支給品。此度の選定試験で初めて導入され、案の定動作不良が起きちまった。もう試験では使われてないだろうな。今回の試験に携わった奴ら俺らは犠牲になったんだよ、全く運の悪いこった」
言葉の節々に怒りを滲ませるレッグス。
彼の言う通り、何回も繰り返されてきた天地創造の試験に新たな支給品が加えられたが、アクシデント発生。
使用者はユート。再臨のケルンは効力通りには動かず、エレナとミルンは場所どころかずっと先の時代まで時空を超えて飛ばされてしまった。
そのため、文明が栄えてきた時代で神々の墓が開くという異例の事態に。
「大陸での参加者の存在の有無と神々の墓の開閉は、連動する仕組みになっているからなぁ。まさか人間共が神の候補者の殺し合いの道具を使いだすなんてよ、こんなケースは後にも先にも今回だけだろう。ま、墓を荒らされようがどうなろうが、こんな世界どうだっていいがよ」
悪態をつくレッグス。
そしてミルンは、
「ミルンも楽しませてもらったよ、下等な存在が支給品を使って歯向かってくるのは腹が立ったけどね――でも、輪廻の輪を巡ってまで仲間を想う執念は感動しちゃうよ……壊したいくらいに」
言いながら表情に狂気を宿らせ、口元を釣り上げながらレッグスの方を一瞥する。
彼は参会者同士のエピソードにはもう興味がないのか、聞く耳持たずにテレシーを展開中だった。
眩いばかりの透き通った光が発せられている。
「あれちょっと、話を最後まで聞かずに挨拶もせず行く!? 見捨てられた試験官が哀れな実験台となった参加者を励ます展開とかないの、ねぇ!」
ミルンが立ち上がり、頬を膨らませてレッグスに抗議する。
「参加者の因縁なんざどうでもいい。あとはお前らが殺し合って勝手に決着つけろ。試験が終わったら俺は上に還れる仕組みなのは変わりないハズだ。早く終わらせて、俺を還してくれな」
「あ、ちょっと――いっちゃったか。レッグスちゃんはぶっきらぼうなんだから」
ミルンが手を伸ばす前にレッグスはその場から消失した。
言いたいことを捲くし立てて、そそくさと移動してしまったのだ。
話し相手はいなくなった。けど、本当のお楽しみはこれからやってくる。
寂しくなんて関係ない。嬉しくて、独り言だって止まらなくなる。
「フフフ、レッグスちゃん、そんな大層な因縁なんてないんだよ。たださ、殺したいだけ。壊したいだけなんだよ。光の平和ボケ共が往生際が悪くも、また一緒に立ち向かってこようとしている。完膚なきまでに叩きつぶすしかないでしょう、ねぇ皆?」
尋ねた矛先は喋らないと知っている。
理由なんていらない。あるのは純粋な悪の華のみ。
部屋の右半分にはファズにより操り人形と化した騎士団連中。そして左半分へは魂を失った屍達の集まり。偽物の命を与えられたとすら知らず、ふらふらと揺れ動いている。
「隠してた聖遺物その三、マカブラでーすッ」
ミルンが玉座の後ろに置いていたソレを持ち上げて、楽しそうにその名を叫んだ。
死者を操る禁断の秘術を行使できる杖型支給品マカブラ。ミルンが直接手を下したワケではない。 操り人形達に襲わせて仲間同士で争ってもらい、その死体を使わせてもらった。
客人を迎える準備は整っている。屋敷の主人は満足げに背伸びをして、玉座へ深く腰を落とした。
自分の命を狙う影が忍び寄りつつあるのも、気づかぬまま――
「やられたよ。何の聖遺物か知らないけど、強行策できたもんだ。こうなったら計画変更しかない。あたしだけで直接ミルンを……」
灰色の隠れ蓑に身を包んだ小柄な赤髪の女性は緊張で震えながらも、敵を睨みつけた。