王都エフレック。
太陽が見えそうで見えない早朝間際の時間帯。
規則的に整備された石造建築の街は日中のような賑わいが出るにはまだ早く、静かな雰囲気に覆われている。
だが今日に限っては違う。もはやそれどころではない聖人三人が、近所迷惑等関係なしに喚きながら走り、静寂を破っていた。
「でかい音が聞こえたと思ったら、ガルナン王国騎士団長に襲撃されていたとは一体どういうことですカリウスッ。丁寧にはっきりとよく通る声で説明して下さい!」
混乱するしかなく怒るルイ。
「俺が聞きてぇよッ。あぁもう計画が滅茶苦茶になっちまう。くそッ、どこでばれたんだ。もう訳がわからねぇ!」
敵の先手に動転して落ち着きを失い、錯乱するカリウス。
「あの男、十年前の戦いでユウと戦ってた奴だわ。どうであれ、ミルンの奴が仕掛けてきたとしか考えられない。絶対にとっつかまえて企んでること全部吐かせないとッ」
酔いから醒めて冷静に思考するエレナ。
焦燥と憤怒。負の感情が三人の精神を蝕もうとする。
しかし今は細かい理由は気にせず、数十歩以上も先にいるガルナン王国随一の精鋭に追いつき、全力で叩き伏せるに集中するしかなかった。
「あいつ、アレでも余裕気に走ってやがるぜ。道案内してやるってか!?」
全速力で走るカリウスがはき捨てるように言った。
敵は恐ろしく足が速い。その気になればいつでも振り切れる。
それを知ってか、まるで遊んでいるかのようにカリウス達の速度に合わせて走っているのだ。
言葉通り、ミルンの元へ誘導しているようだった――
「追いつけないんだったら転ばすまでよ。丁度いい距離にもなったし、そろそろ痛い目みてもらうわ」
赤屋根の家々の窓からは何事かと様子を窺う住人もいるが、気にしてなんていられない。
エレナはアルケーレスの力を解放させようとしていた。
聖痕を体現し、周囲に燈火を展開。聖遺物の幾何学模様が限界まで光った。
次にいきなり足を止めて、右手を石畳の地面に添える。
エレナが突然止まったので、若者達は勢いを殺しきれず彼女を抜かしてしまうが、
「うッほぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
カリウス、
「はにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
ルイ。
共に吃驚仰天して、敵ではなく二人が先に転んでしまう。
雷が落ちたような激しい炸裂音を立てて、大通りの地面に亀裂が出現。ヤスケール目掛けて一直線に割れていったのだ。
意志を持ったようなひび割れは目標に近づくにつれ、ミルンやハルバーンの石造を巻き込んでいきながら、横幅も深さも大規模になっていく。
『――!?』
ヤスケールは危機を察知。
天性の跳躍力で民家の屋根に飛び移ろうとするが、エレナが許さなかった。
「こっからよッ!」
すかさずに空中へ手を翳して、聖遺物特有の印を発生させる。
空気への干渉――アルケーレスを介して気流を操作、回避行動をとるヤスケール向けて突風を発生させた。
突然の強風へ巻き添えを受け、家々が激しく揺れた。
ヤスケールは烈風に巻き込まれて完全に体勢を崩したまま、空高くに打ち上げられた。
攻撃は続行中。間髪入れず火の印を発生させ、それを風の印と重複させ――
「消し炭になりなさいッ!」
極太の火炎噴流を放射する。
応用技である。射程は十分だった、逃げ場はない。
ヤスケールを死の灰とすべく、超高温の極炎が迫る。
『ハァッ!』
だがハルバーン建国王に認められたガルナン王国随一の猛者は、心なき者に操られ本来の実力を発揮できずとも、驚異的な回避行動をとったのだ。
「あぁんッ、あと少しだったのに!」
身を翻して爆炎を避けた――が、完全には避けれなかったのか背中に火傷を負った。
『グゥッ』
しかし伊達に戦場をくぐり抜けてきていない騎士団長は、これしきの炎症では根を上げず華麗に着地。何事もなかったように逃走を再開する。
ここまでアルケーレスによる高次元の異能を目の当たりにした若者らは、声も出せずに腰を抜かしたまま見入ってしまっていた。
この力で数えきれない程の人間を葬ってきたのだと考えると、ゾッとするしかない。
街の大通りは見るも無残にパックリ割れ、家によっては窓ガラスにヒビ割れが多数。短時間で天変地異でも起きたかの凄惨な有り様となり、もはや止まない悲鳴が響き渡っている。
「何呑気に座ってんのよあんたらは! 追うわよ、見失っちゃうじゃないッ」
エレナが意識の切り替えが出来ず呆然としてしまっていた二人の頬を数回叩いた。
「あたッ――そ、そうだったッ。オイ立てルイ」
カリウス、頬へはしる衝撃によりなんとか意識を目覚めさせ、
「カッカリウスこそ! お、おおおお追いますよ!」
ルイを支えて起き上がった。
地割れの脇を走り抜ける。先導するエレナに続き、カリウス、ルイの順番にヤスケール追跡を続けた。
そして次なる試練が舞い込む。甲冑を着込んだ集団が松明を持ち、進路を塞いでいるのだ。
ガルナン王国王都警備隊第一部隊の兵士達である。
「来た、来たぞ。クレイズ隊長、来ましたッ」
その内の一人が、隊長格らしき大柄な猿系顔の男に街々を脅かす一団の発見を伝えた。
「うむ、ミルン様の聖都市を騒がす不届き者どもは、このクレイズ率いる王都警備隊第一部隊が成敗――えぇヤスケール様ッ!?」
しかし先頭がヤスケールだと確認した途端に狼狽する。
当の本人はひとっとびで突破。
「どういうことだ!? 団長が夜の街で騒ぎを!」
「いや違う、後ろの奴らだ! 何が起こったかわからんが、あの三人がヤスケール様を追いかけて道に大穴を開けたに違いないッ。クレイズ様ッ」
「お……う! ミルン様直属のしもべ、聖人クレイズ参る!」
誰一人とて状況が理解できなかった。
部下へ頼られるままに最前線に立ったクレイズは、本人が丁寧に宣言した通り聖人だ。
左手の手甲を外しており、代わりに手袋型の聖遺物を装着している。
それで展開した燈火をぐしゃりと握った。なんらかの攻撃を仕掛ける気だった。
遅れてやってきた聖人三人。
エレナがクレイズの左手へ篭った燈火を確認し、警戒して眉をひそめた。
「あいつ、武器系の支給品を持ってるわねッ。相手にしたことないッどんな効力かしら」
「あの位置からここまで届かせる攻撃ですか。投射系でしょうかね」
ルイの意見へエレナが「有り得るわね。どんなのが相手だろうが、押し切るまでよ」と強きの姿勢で頷く。
そこへ――
「……ッ。二人共、ここは俺に任せてくれ。奴は、俺がやる!」
カリウスが女性陣を追い抜かしながら、クレイズとの対決を志願したのだ。
「へぇ。そういえば見てないわね、あんたのカッコいいトコロ」
「私の聖遺物もここでは役に立ちそうもありませんしね。よっしゃカリウス、やっちゃってくださいッ!」
エレナとルイが、信頼の元にカリウスを押し出した。
カリウスは二人に笑みを返し、ストラトを握り締める。
彼は明確な勝算があって志願したワケではない。ただ、このままでは収まりがきかない。
敵に舐められているうえに、エレナの大技にビビって腰を抜かす始末。
このような体たらくでは、ルアーズ大陸の明日を守れるやしないと憤慨していた。
「よっしゃッ。いくぞぉぉぉぉッ!」
熱気を無理やりに高め、足の回転数を上げて突っ込む。
迎えるはガルナン王国王都警備隊第一部隊長クレイズ。
「死んでも後悔するなよ小僧! このクレイズ渾身の一撃を喰らえッ」
彼の所有している聖遺物の名はエグマ。
効力はエグマ一点に集めた燈火を手のひらに収まるまで圧縮し、凶器として投擲できるのだ。
大袈裟に振りかぶって投げられた緑色の光球が、カリウス目掛けて放たれる。
カリウスは相手の攻撃手段を視認した瞬間、いっそうに気を引き締めた。
「うっしゃぁぁらぁっぁぁぁ」
雄たけびをあげながら、ストラトを変化させる。
形作ったのは、三人の前方を覆い隠せるように四角く硬化させた盾であった。
この強固な盾が第一波を見事に防ぎ、消滅させ、
「何ッ――のぉ、これしき! まだ終わってないぞ小僧ァァァァァッ」
「上等だよ!」
続けざまに投擲された第二波は弾き飛ばし、
「まぐれじゃなかっただと!? どうして奴には効かないッ来るなッ、来るなよぉぉぉぉ?」
第三波も掻き消され、クレイズは情けない悲鳴をあげた。
そのまま加速を増して、
「クレイズ様!? もうせま」
突撃。
鎧と硬質化させたストラトが激しく衝突。
ストラトの凄まじい勢いで吹き飛ばされた隊長は元より、王都警備隊の兵士達も衝撃の影響で一人残らず派手に転んで頭を打ち、頭上に星の幻覚を見ることとなった。
「うし! ざまぁみろってんだよ。この調子で行くぞ!」
カリウスは隣に追いついてきたルイ、エレナとそれぞれの手のひらを叩きあう。
「これぐらいかまして当然だけど、とりあえずお疲れッ。わたしが出るまでもなかったわね」
特にエレナの手に触れれたことが彼は嬉しい。
「ナイスですカリウス! それでも、喜んでばかりもいられませんがッ」
ルイが語尾を強めて、遥か前方にいるヤスケールに険しい眼差しを送った。
小競り合いを制しただけなのだ。三人は気を引き締め直して、太陽が顔を出した朝の街を走り続けた。