白熱する聖人王対不老の女傭兵の闘争。
同時に始まるはずだったもう、一方の戦いは――
「なんてやつだ。エレナの攻撃を耐えきるなんて」
未だに開始せず。
ユウはハルバーン王の使用聖遺物の秘められた力の脅威に目を見張った。
彼女とは少し離れた位置にいる強靭な肉体を持つ黒人戦士ヤスケールは腕組みをしながら、瞬きもせず主君の戦いを見つめている。
双方、闘技場で試合観戦でもしているかのように命のやりとりを眺めていた。
だがー
(ファイトだよエレナ。こっちもぼちぼち始めるから)
相棒の戦いを目に焼き付けていよいよ闘争心に火がついたユウは、目の色を真剣に変えた。
(さて、こっちも強い人と戦う心の準備が出来た。やってやるぞ)
深呼吸し、射るような視線を敵へ向ける。
相手も同様にユウを睨み、構えているようだった。
沸き上がる緊張感を紛らわすため、ヤスケールと会話を試みる。
「主張が激しいご立派な入れ墨といい右耳につけた変わったピアスからして、あなたは聖人とみていいのかな」
「その認識で構わん」
厳かな声で隠すことなく返した黒人戦士が、ユウに問うた。
「こちらからも貴様に聞きたい」
「いいよ」
「貴様は何故あの女と行動を共にする」
唐突な行動原理への疑問。
ユウは苦笑する。
「う~ん、それは全部言っちゃうと結構マズいんだよ」
「弱みでも握られているのか、はたまた金で雇われたのか」
「いや違うし勝手に決めるなし」
「では何故だ」
真っ直ぐな眼差しに捉えられたユウ。
(まさか国に連れて帰るなんて言えないし。適当なことを言っても納得しなそうだなぁ)
弱ったユウだが、らちがあかないので本心の一部を明かすことにした。
「全部言えないけどただ一つ言えるのは、あの娘は君ら思ってるよりも優しくて、ほっとけなくなるような魅力を持ってるんだ」
偽りなき本心の言葉。
ヤスケールは太い眉をひそめた。
「あの冷酷な不老の戦姫がか」
「そうだよ」
理解できないといったヤスケールの声色にむっとしたユウは、逆に問いた、
「君こそわからない。何であんな冷酷で自分の妻しか見てないようなスケベ王についてるのさ」
好き勝手言われたヤスケールは怒ることはなく、どこか遠くを見るような目で意味深に語った。
「我が王ハルバーンとは兄弟盃の契りを交わした仲だ。あいつは数多の屍の頂に立つ王としての覚悟を持っている。多少心持が変わろうが、その部分はぶれない。だからついていく...理由はそれだけだ」
敵方にも複雑な心情がある。
それでもユウは、ここで大人しく降参するわけにはいかなかった。
「多少って感じではないと思うけど...まぁ心酔してるのはわかった。でも自国の民を非情に切り捨てる奴が王を名乗るなんてありえない、あたしが真向から否定してあげる」
ユウの首筋に赤色の文様が生まれる。次いで幾何学的模様の鞘からスピカを取り出し、緑黄色力の源泉を纏わせた。
「お喋りが過ぎたな。死合うぞ、小娘とて容赦せん」
対してヤスケールも眉間にシワを寄せて言った。
彼が右耳に付けている聖遺物の幾何学模様をあしらった形状の装身具型聖遺物が緑黄色に光る。
「うけて立つ――ってえぇ!?」
ぎょっとして頓狂な声をあげるユウ。
それもそのはず。黒人戦士の肉体がベキゴキと聞いたことのない物騒な音を立てて、みるみる内に変化を開始していたのだ。
呆気にとられるしかない――まるで彼の体の中にいる何かが暴れているようだった。
衣服がはち切れ肌色も形状、サイズも人間とはかけ離れたものになったヤスケールは異形そのものだ。
首筋に浮かび上がった赤色の文様が、彼が聖人であることをかろうじて示している。
小柄な少女と大男という元々あった体格差が、更に比べ物にならなくなった。
「本来なら剣と剣を合わせて死合いたいのだが、何分これがわたしの聖遺物の効力でな」
厳かな声色と右耳につけた装身具型聖遺物だけは変わらない。
彼は、
「姿を変えたッ! 狼みたいな化け物になったぁ!?」
犬のような頭部を持った銀色の毛に覆われた、巨大な獣人となったのだ。
「始めようか小さな剣士よ」
鋭い犬歯を光らせて笑う獣人と化したヤスケールは、ユウの胴体の三倍以上の大きさがある毛むくじゃらの足で飛ぶように駆けた。
(獣だ、獣の瞬発力だッ!?)
突進してきたヤスケールを反射的に回避。
すれ違いざまの攻撃をスピカで防御する。
(なんて鋭い爪ッ。くらったらひとたまりもない)
刃物をはじく音が響く。
ユウはゾクっとした。的確に首を狙ってきたソレは一撃必殺になりうるものだ。
「凌いだか! 少しはやるようだッ」
ユウの抵抗に歓喜するヤスケールが巨大な足を振り上げた。
(蹴りまで織り交ぜてくるなんて――けど)
心臓の鼓動が早まるも、ユウは冷静に蹴りを避ける。
そしてその足を、
「わたしの得物は見えないからねッ」
冷静に打突。
「む――グァッ!?」
鈍痛に獣人が吠える。
ユウは一撃を当てたことにも気をぬかず、すぐさま距離をとった。
一方ヤスケールは激痛にいつまでも打ち震えず、ゆっくりとユウの方へ振り返った。
「効いたぞ。透明な聖遺物とは聞いていた。成る程、剣筋がまるで予測できなかった」
「知ってたんだね。まぁエレナを追ってきたんだし、一緒にいたあたしのこともばれてたか」
目を丸くするも、納得して苦笑するユウ。
ヤスケールは赤く腫れ上がった自身の右足を見ながら解説するように話続ける。
「しても刃ではなかった。まるで棍棒にでも叩かれたような。だがこれくらいなら問題ない」
顔を上げ、前方にいるはずのユウへ伸び上がった爪を向けたが――
「次はない」
目を見開いたヤスケール。
彼の視界からユウは消えていたのだ。
彼女は、
「余所見してんなッ」
一瞬の隙をついてヤスケールの真横に移動していたのだ。
「ヤァッ」
「グゥ」
二撃目。脇腹に一閃。
「頑丈だろうが倒れるまで何回だって打ってやるさッ」
「ぬぅぅッ」
まともに受けた打撃に、ヤスケールは痛みのあまり声も出ない。
「まだまだ」
三撃目は胸の中央に。
「あぐぅ」
「ハァァッ! そのまま倒れろ――」
トドメをさすべくユウは地を蹴って、ヤスケールの頭部目掛け――
(握られただとッ!?)
それよりも早く、ヤスケールが両の手のひらでユウのスピカを捉えたのだ。
「貴様の手元の動きを読んで試してみたのだが、正解だったようだ」
スピカを掴まれたままユウは空中でじたばたとするしかない。
(またダムドと同じ対策で防がれた!? 流石ガルナン王国の聖人、でも――)
動揺するユウだが、彼女もこの状況は想定済みだった。
「流石だね。けど、それで全てを知った気になっちゃだめだよ」
掴まれたまま両足を持ち上げ、
「あたしはもうあの時のあたしじゃないッ」
ヤスケールの頭部を思いっきり蹴り上げた。
「うぐッ!?」
面喰らう獣人戦士は思わず握っていたスピカを離した。
ユウは顔を蹴った反動を利用してヤスケールの真上へ飛び上がり。
「今度こそッ」
太陽を背にして、脳天目掛けてスピカを振り上げ急降下。
その瞳は、聖遺物使いと戦い勝利する覚悟を宿したものだった。
(ほうッその眼――ッ。お前は腹をくくることが出来ているということかッ。ならば)
ユウのスピカは届くことはなかった。
何故なら、
「うわぁッ!?」
真上を向いたヤスケールがタイミングを合わせて透明なスピカの先を噛みつき、降下からの攻撃を防いだのだ。
体勢が崩れたものの、スピカの柄を支点にして瞬時に空中でバランスを取り怪物の鼻元に着地し、足場にする。
「牙でスピカを! ぐッ、びくともしない!?」
危機一髪の状況に柔軟に対処したユウだが怪物の咬筋力が凄まじく、その細腕で全力を出しても動かない。
そして、
「お遊びは終わりだッ」
「ってえええッ!?」
ヤスケールは思いっきり首を振り、その反動でユウを空高く放り投げたのだ。
このまま墜落しては、直撃する箇所によっては死は免れない。
危機的状況は、激戦を繰り広げていたエレナの視界にも入った。