「参るぞエレナ。我が相棒の切れ味を五体を持ってわからせてやろう」
攻撃態勢に入るハルバーン。
一方エレナは戦闘間際であっても聖人としての彼を冷静に分析していた。
(あんなデカい戦斧を片手で担ぐなんて人間のバカ力にも限界がある。あれは身体能力強化系の支給品ね)
その悠々とした態度にハルバーンの苛立ちは増すばかりだった。
「よそ見している暇はないぞッ」
先制の一打。
何の工夫もなく力任せに振られた巨大な斧、それだけで脅威。
「くッ」
空気を切り裂く風圧音。
エレナが紙一重で後退する。
「よくぞ避けたッ。これはどうだッ」
本気に近い一撃を回避したことへの歓喜混じりの声と同時に二撃目を放つ。
(まるで普通の剣を扱っているようなッ。スピードだけは大したものね)
突きを華麗に避けながら敵を分析し続けるエレナ。
鬼気迫る表情のハルバーンは斧を轟轟回転させて迫る。
「そらそらそらッ!」
だが――
「調子に乗るな」
首筋に赤色の文様を浮かび上がらせたエレナのドスの効いた声と同時に、大地が形態を変えた。
ハルバーンは突然バランスを崩して前のめりに転倒し、
「ヌォウッ。沼地になっただと!?」
驚愕。雨でぬかるんでもいない若草が生い茂る地面が、突如として泥沼に変化したのだ。
泥にまみれ摩訶不思議な現象に狼狽する彼は、上から見下ろす視線にハッと気づく。
「アルケーレスで大地を操らせてもらったわ」
右手を彼に向けるエレナが、淡々と事象の説明をする。
反応する前に戦斧を横薙ぎに振るうがーー
「黒焦げになりなさい」
軌道を読み脅威の跳躍力で直撃を瞬時に回避、アルケーレスの二つ目の力を行使した。
「これはッ」
伸ばされた白い細腕の先にいくつもの黄緑の光球が収束されていったと同時に、灼熱の衝撃波が発生する。
「うぉぉぉあアッ!」
標的は当然エレナの目の前にいる男だ。
焼き焦げるまでに熱い熱風をまともに受け――
「熱い熱い熱い熱いが防ぐ防ぐ防ぐそれがどうしたッ」
規格外のサイズを持つ戦斧を反射的に目の前に壁として立たせ、寸前で防いだのだ。
「へぇ! でも長い時間は無理でしょ」
エレナは危機を回避した彼に感嘆の声を出しながらも至近距離で焔の突風を発生させ続ける。
対して防戦一方のハルバーンは、
「負けん! 女の相手をするには押すだけではなく引くこともまた必要ッ」
言って斧を持ち上げると同時――人間離れした跳躍力で、浅い沼地と化した自身の周囲から後方へ翔んだ。
「何ですって!」
想定外。
行動を読めなかったエレナはハルバーンの脱出を許してしまった。
熱衝撃波の射程圏内を外れた聖人王は安堵の息をついた。
「上手くいったな。流石は俺だ」
「確かに見事だったわ。大将だけあってバカ力だけじゃないみたいね」
「これくらいでへばるなら王を名乗れん。そして愛する者を守るため、な」
白い歯を見せると、彼は戦いを優雅に見物してるミルンを流し見た。
王の心を虜にした女はひらひらと手をふって返す。
命を賭けた戦いの最中に行われた緊張感のないやりとりに、今度はエレナの方が苛立つ。
歯ぎしりをしながら、かの妃を睨み付けた。
(イライラしてきた。余裕なのは今のうちよミルン。次はあなただから)