その日も光がはじけたような青空が広がっていた。
陽光の下を鳥獣が気持ちよさそうに飛んでる。彼らの独壇場の真下では、人間二人が草いきれのこもる緑の道を歩いていた。
神に近い存在であり輝く美貌を持つ黒髪の女性と、明朗活発で可愛らしい赤髪の少女だ。
昨夜、友としての契りを交わしたエレナとユウである。
「ふぅ。大分歩いたわね」
涼しい顔のエレナが先頭を軽やかに歩く。
「疲れた~。そろそろ休憩しようよ」
数歩後ろのユウが汗まみれの疲れ切った顔で弱弱しく言う。
エレナがあきれ顔で振り返った。
「もうへばったのね...まぁいいわ、そうしましょうか」
「君と一緒にしないでよ、まだ昨日の疲れもとれないし。やれやれ、やっと休める」
どさっと崩れるようにへたり込むユウ。
バックから皮革を取り出しごくごくと喉を鳴らして水を飲んだ後、しぶしぶ座ったエレナに話しかけた。
「今後の方針をもう一度確認するよ。王様に事情を説明してエレナはあたし達の国が傭兵として雇う。そして国を挙げ闇の勢力の者を捜索、見つけ次第エレナに倒してもらうと」
「その前に見つけれるかが問題ね。まぁ全てが終われば管理者試験の審判が出てきて、それで終わりよ」
「相手側が生きて試験が続いてるなら審判もどこかにいるはずだもんね。時間はかかるけど、聖人と呼ばれてる人を一人一人調査していけば、必ず闇の生き残りは見つけられるよ」
光と闇の闘争には審判が存在する。
戦いの勝者勢力の前に現れ、大地を司る神に任命する役目のみに従事しているだけだが、このような参加者誰もが想定していない状況においても、役割を果たすべく数えきれない時が経過してもどこかで待機しているはずだとエレナは信じている。
ユウもエリアル創世記の内容は、幼少期から嫌という程周りの大人から聞かされ暗記しているため、審判の存在についても知っていた。
「しても――ふわぁ...こんなに天気がいいと眠くなるね。このまま寝ていたいなぁ。ガルナン王国の騎士がまたうろちょろしてるかもしれないのに、くつろいでる場合じゃないとはわかってるんだけどさ」
欠伸をしながら目を擦るユウが、草の上でごろごろしながら言った。
そんなユウにつられて寝転がってみたエレナが、自信満々に言い返す。
「大丈夫よ。あんな奴らがまた集まってきたところで取るに足らないし、返り討ちにするわ」
「エレナが言うと頼もしいなぁ。流石は神様の卵だ」
「卵は余計よ」
その時だ。他愛のない会話をしていた二人は突にして何かを感じ取り、表情を真剣の色にした。
「ちょっと――ねぇエレナ」
「これって...ユウ、あなたも気がついた?」
大地に耳をつける二人。
各々が感じた懸念は現実のものであると確信し、顔を見合わせる。
「うん、ここまで振動が伝わってくるなんて。馬の走る音だよ、それも凄い数の」
「盗賊にしては大所帯過ぎるわ。やっぱり追っ手を引き連れて戻ってきたんでしょうね
もはや微かに伝わる地響きだけではなく、数えきれない程の馬がいななき、移動している音がはっきりと聴こえる。
二人は立ち上がってすぐさま聖遺物を展開し、注意深く辺りを見渡した。
「一体どこから――あ!? い、いた」
ユウが先に音の発信源を発見し、ぎょっと目を見開いた。
「どこかの兵士か――うぁッ!? あの旗はガルナン王国騎士団だ」
小高い丘の向こう側から、甲冑に身を包んだ騎士の一団が続々と進軍する様子を発見したのだ。
先頭の者が掲げているのはこの地を治める国の御旗である。
「王侯貴族の狩猟の護衛ってワケでもなさそうね。あれだけの数、まるでこれから一戦交えるって感じにしか見えないけど」
真っ青な表情になったユウとは対照的に、エレナは冷静に大軍を眺める。
「ヤバい、こっちに真っすぐ向かってくるよ! どうしよう」
大軍が規則正しく列をなして、大地を踏み鳴らしながら近づいてくる。
慌てふためくユウへエレナは面倒くさそうに言った。
「元から逃げられる距離じゃないわよ。あいつら、最初からわたしを倒すつもりできたのかも」
「けど村にいた部隊が全滅したことを知るには早すぎないか。国に連絡する者だっていないのに――あ!」
言いながら思い当たるフシがあったことに気づき、ユウはハッとした。
「いたよ! 襲撃された村で倒し損ねた兵だッ。もう王へ報告したのか!?」
「そんなところでしょうね。それでユウ、わたしから提案があるのだけれど」
エレナが数歩前に出て、徐々に近づきつつある軍勢を見ながら言った。
「何さ?」
そして振り返り、ユウへ自身の考えを伝える。
「わたしは戦だとあれぐらいの数は普通に相手をするけど、あなたは無理をして命を張る必要はない。心配しなくても、片づけたらあなたの住んでる国に向か――」
「そんなの嫌だよッ」
即答。
エレナが淡々と語った案に賛同できず、ユウは必死に自身の思いを伝えた。
「もうあたしたちは友達だ。エレナを置いて逃げたくない。それに、今こそ借りを返すチャンスだしさ」
「借りって、あなた」
エレナは困惑した様子でユウに顔を向ける。
赤髪の聖人少女はいつの間にか取り出していた透明なスピカを握りしめ、決意を訴えた。
「もう覚悟は出来てる! 聖遺物使いとしてのね」
向けられた熱い眼差しから目を逸らしたエレナは、諦めたように短い息を吐いた。
「その目は、何を言っても無駄ね。いいわ、多少は面倒みてあげる」
「心配無用だよ。勝って一緒にあたしの国へ行こう」
「勿論よ...来たわね。いつでも打っていける準備をなさい」
エレナとユウは揃って戦闘態勢をとった。
もはや逃げられる距離ではない。