〈前文〉
本作は、「小説家になろう」様にて投稿させて頂いています、「【正式採用版】疾風の海」の前日譚、「鋼鉄の砲煙ver.1,0」の原作に当たります。そのため、もしかしたら利用規約に反してしまっているかもしれません。
もしも削除されてしまった場合は、まあ仕方ないよね、と思って暖かく見守ってほしいです。
→そのような利用規約が無いことが確認できました。
一応時系列順に並べると、「鋼鉄の砲煙1941~1945」(同時系列「改鋼鉄の砲煙1941~1945」)→「新鋼鉄の砲煙1941~1945」→「鋼鉄の砲煙-Warships Memories-」→「鋼鉄の砲煙」となります。外伝とかも書くかもしれないので、その都度ここに書き足していきます。というわけで、どうぞよろしくお願いいたします。
〈本編〉
[平和が我らを見捨てようとも、我らは平和を見捨てず]
1945年8月、ドイツ帝国海軍及び大日本帝国海軍はアメリカ合衆国・イギリス連合王国両連合海軍に対して最終攻勢を仕掛ける。ドイツ帝国海軍は新型機関を搭載した、最後の切り札とも言える超高速戦艦「シュトゥルムヴィント」を、大日本帝国海軍はそれぞれ魔改造した二隻の同型艦「大和」「武蔵」を投入、これに対して両連合海軍はそれぞれ迎撃の為に超大型航空母艦「アルウス」、大型潜水艦「ドレッドノート」を投入した。
決戦海面は、因縁の場であるマリアナ沖となる予定だった。
-1945,8,11 マリアナ沖-
既に焼け野原となったマリアナ諸島を横目に見ながら、彼らは攻撃準備に勤しんでいた。大西洋方面におけるドイツ帝国海軍とイギリス連合王国海軍の熾烈な海域制圧戦はすでに終わりを告げ、八次にまで渡った大西洋沖海戦で大西洋全体が特殊弾頭爆弾による放射線汚染によって航行不能になったことによって、いまこの場にはドイツ帝国海軍もいる。
ドイツ帝国海軍の搭載している新型機関「縮退炉」はあの異界からもたらされたものらしく、先程から異常なまでの電波が発しられている。この状態では、もはやレーダーの使用は不可能だろう。
「先刻、重巡「利根」の索敵機が敵艦隊と接触しました。敵艦隊との距離は約七〇〇浬です」
「七〇〇浬か…」
七〇〇浬となると、帝国海軍の新型噴流式艦載機「鳳電」は到達できない。かといって、このまま放置しておくとなるとアメリカ合衆国側が先海戦にて投入した新型噴流式艦上爆撃機から一方的にロングレンジで叩かれかねない。もしそうなれば、新型噴流式機に対して脆弱すぎる帝国海軍の防空能力では大損害を出しかねない。1942年のミッドウェー海戦や珊瑚海海戦などから、帝国海軍の防空能力は一つも向上はしていないのだ。
「提督…」
気づくと、近くにいた第零遊撃部隊のお目付け役__三条リャオがこちらを心配顔で見ている。それはそうだろう。もしもこの戦いに敗れれば、第零遊撃部隊はなすすべなく壊滅することになる。マリアナ諸島の緊急設置された秘匿ドックにて修復を受けている第零遊撃部隊の小型駆逐艦「フォーチャット」が、第零遊撃部隊の出し得る最大戦力であり、第零遊撃部隊の技術によって建造されていた駆逐艦「吹風」が先海戦にて未成状態で撃沈されたことを考えるとこれ以上の戦力の喪失は第零遊撃部隊の消失と同じである。
つまり、第零遊撃部隊の保持していた戦力─小型駆逐艦三隻とその技術を活かして建造された新型駆逐艦「吹風」型が修理未完や未成状態で無理やり出撃させられ、そしてそのほとんど撃沈されたことによって第零遊撃部隊の戦力は欠乏をきたしていたのだ。
「大丈夫だ、我々は負けぬ」
リャオを慰めつつ、だがしかし絶対に負けないとは言い切れないことがじれったかった。万全の状態で行った、日米間の先海戦─レイテ沖海戦は帝国海軍の惨敗に終わった。アメリカ合衆国は帝国海軍の異界系の強化を受けた艦艇─戦艦「大和」「武蔵」を含む第一遊撃艦隊に対して異界の兵器である戦艦「リヴァイアサン」を投入し、これを拘束しているうちに別働隊がフィリピンへと上陸。この別働隊を阻止するべく第二遊撃艦隊─第零遊撃部隊の駆逐艦を始めとした損傷艦艇、未成艦艇が立ちはだかったものの、戦艦「アイオワ」などを含む大艦隊に打ち勝てるわけもなく、サマール沖に無為に屍を積み上げた。
そして、「リヴァイアサン」以下一六隻からなる異界の兵器の艦隊と交戦していた第一遊撃艦隊は「アイオワ」を含む大艦隊によって完全包囲され、そしてその殆どの艦艇が壊滅するに至った。
投入可能なあらゆる艦艇を戦場に投入したのにも関わらず、その殆どを遊兵化させられたことによって壊滅的な打撃を被った帝国海軍は、それでもまだ諦めきれずに友邦ドイツ帝国とともにこの最後の決戦に挑まんとしている。
だが、異界系の兵器の殆どを失った帝国海軍に、やれることはあるのだろうか。とてもあるとは言い難いだろう。いまや異界系の兵器がなければ戦いにすらならないのだ。
先海戦であるレイテ沖海戦で最終的にアメリカ合衆国の異界の兵器「リヴァイアサン」にある程度まで持ちこたえられたのは異界系の技術を活かして改造された「大和」であり「武蔵」だった。その他の戦艦、つまり七大戦艦(ビッグセブン)にすら数えられた戦艦「長門」や「陸奥」は、異界系の技術を用いた改造が未了であり、そのために「リヴァイアサン」のレーザー兵器をもろに受け轟沈し、特徴的な艦橋を持つ「扶桑」「山城」両戦艦はミサイル飽和攻撃で甲板を穴だらけにされ火災を起こし速力を落としたところに重力砲のブラックホールが直撃してクズ一つ残さず消滅した。
「アメリカ合衆国海軍に、リヴァイアサンを救う力がないのが唯一の救いか…」
「提督、既に攻撃の刻限が迫っています。攻撃機を繰り出すならば、今すぐご決断を!」
副司令官である伊藤整一中将はそう言った。昔のことを思い出すのを一旦やめて、今の情勢に意識を集中する。今の状況では、攻撃機を繰り出したとしてもアメリカ合衆国海軍の防空によってほとんど弾かれてしまう可能性が高い。だが、もしも放たなければ翌日はより離れた距離からロングレンジしてくることは間違いない。アメリカ合衆国海軍が投入したもう一つの異界の兵器「アルウス」は、既に航空母艦であることが確認されている。その搭載機数は、見たところ一〇〇機を超える。それだけの航空機を統制するだけの能力があるかはともかく、数の暴力というのは質での相対的優勢を一瞬にして崩しうる力を持っている。
そして、もしも今ここで攻撃しなければ間違いなく翌日にはロングレンジで一方的に叩かれる。防空能力の欠如を考えれば、どう考えても翌日の空襲が終わることには帝国海軍の全艦艇は水底だろう。
かといって、繰り出したところで戦力を考えればどう考えてもこちらの損害に見合うだけの損傷を与えることはできない。
「五航戦より通信…!「我レ、攻撃ノ用意終了セリ。攻撃開始ノ司令未ダカ」とのこと!!」
「あの多聞丸め…!!」
伊藤整一中将が苛つき顔を顕にしている。それも仕方ないことだろう。このような時でなければ、後で待つのは間違いなく軍法会議だ。艦隊司令部に対する不服従や尊敬の欠如など、軍法会議待ったなしだ。特に、攻撃の用意終了せりという文言からして、艦隊司令部の送った「攻撃の用意待て」の司令を無視しているのだ。
だが、今はそんなことを行っている場合ではなかった。
「中将、各航空艦隊に出撃を命じよ。各航空機隊は攻撃終了後こちらが回収する。本艦隊は直ちに航空機の発艦を開始。全艦一斉回頭四五度、風に向け!!」
「はいっ!ただちに命令致します!」
この状態で戦闘機を発艦させるのは正直に言って自殺行為だ。噴流式戦闘機の航続距離からして、今のままでは敵艦隊に対して四〇浬近く航続距離がたりない。ならば、艦隊を前進させれば良い。簡単に言えば、敵艦隊に対して一心不乱に距離を詰めて、回収可能距離まで前進すればよいのだ。
だが、それには危険が伴う。
直卒している第一航空艦隊の防空能力や艦隊戦能力を考えればわかるように、もしも今日中に距離を詰めてしまえば、敵艦隊との夜戦や明日以降に真っ先に目標にされることは目に見えている。そして、いいことなのか悪いことなのか、いまから距離をできる限り離そうとすれば、明日の夜明け頃には敵の攻撃圏外へとギリギリ脱出することができる。それはイコール作戦失敗だが、現存艦隊主義に従うならばそちらのほうが良いのだ。
だが、それは国家の矜持として不可能だった。ならば、最悪の中の最善を尽くそう。そう決めた。
第一航空艦隊に座乗する帝国海軍司令長官、近藤信竹大将の悲壮な覚悟の中、攻撃機隊は発艦した。
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攻撃機隊の損害は極めて激しかった。発艦した攻撃機二四〇機(これは帝国海軍が当時有していた全艦載攻撃機だった)のうち、生還したのはたった四機だけだった。
損耗率1,6%…。
考えられないほどの大損害だった。だが、近藤大将の関心はそこにはない。正確に言うならば、人一倍責任感が強いがゆえに異常なまでに自責の念には狩られていたものの、それに打ちのめされるのは戦いが終わってからだと決めていた。だからこそ、まだ気丈に振る舞えていた。
「与えた損害は、どの程度だ」
「そ、それが…」
伊藤整一中将が口籠った。
「続けろ」
「はっ、はい。攻撃隊の与えたる損害、皆無であります!」
「…、すまない。もう一度繰り返してくれるか」
現実に頭が追いつかなかった近藤大将は、もう一度繰り返せと促す。伊藤整一中将は先程述べたことを正確に言った。そして、近藤大将の顔が珍しく大きく歪んだ。
「大将…」
「私は、ある程度の損害は与えられるという確証があった…」
「大将閣下…」
伊藤整一中将が、何度も大将閣下と言う。自責の念にかられている近藤大将をどうにかしようとしていたのだ。だが、その必要はなかった。近藤は、すぐに立ち直った。
「かくなる上は、夜戦にてこれを叩く。第一航空艦隊に急進を命じよ。我々は明日の第一次空襲よりもさきにアメリカ合衆国艦隊に食らいつく。他の艦隊は、航空艦隊に関しては後退させ、砲戦部隊を一気に急進させる。もはや勝算は欠片ほどもないが、砂粒程度の勝算はある。我々は、砂粒程度の希望にかけて、アメリカ合衆国艦隊を撃滅し、然る後にイギリス連合王国艦隊に食いつく。ドイツ帝国海軍にも急進をするように要請。混戦に持ち込めば、向こう側も空襲はできまい」
「し、しかしそれでは空母の傘から外れた我が艦隊は間違いなく壊滅…」
「だろうな」
伊藤整一中将の言葉を、いともたやすく近藤は肯定した。
「仮にアメリカ合衆国艦隊に対して有利にたち、これを撃滅するに至ったとしても空襲によって間違いなく潰滅するだろうな。だが、それでも我々はこの賭けに全てをかける。もしも我々が壊滅しようとも、ドイツ帝国海軍が後処理はしてくれるだろう。それに、どちらにしても我々は潰滅する。もしもこの戦いで無様に生き残ったとしても、アメリカ合衆国の数に押されて虚しく屍となることは間違いないだろう。それよりは、華を持たせて沈めさせてやりたい…」
近藤は、言葉を続ける。
「これは、ある種の自己満足だろう。軍人としてあるまじき考え方であることは分かっている。だが、もしも仮に今艦隊を引き上げさせ、乗組員たちの命を救うために本土に帰ったとしても、アメリカ合衆国艦隊の空襲や、ドイツのような戦略爆撃を受けて結局死んでしてしまう可能性が極めて高いだろう。それよりは、潔くここで死んだほうがまだマシだろう。それに、もしもこの戦いに破れたとしても何人かはアメリカ合衆国艦隊に救助されて生き残れるかもしれぬ。俺は、いや、私は全員を救うことができる全能の人ではない。おそらく、今ここで降伏するのが一番全員が助かれる道だろう。だが、それを選ぶことはできない。今この場に立っている以上、全員を救うことはできぬのだ。立場とはこれほどまでに醜く、そして卑しいものだ。憎むなら俺を憎んでも良い。俺もそれは自覚している。俺は今、味方の将兵をある意味無駄死にさせようとしている。だが、それでも。それでも俺は、これが最善の方法だと信じる。異論があるものは言ってもらって構わない。批判でも、避難でも、罵倒でも構わない。俺は今それだけのことをしている」
近藤は長い言葉を言い終えた。あたりからは一つも声が聞こえてこない。澄み渡る刹那の静寂。そして、その静寂を伊藤が破る。
「…私でも、全く同じ決断をしたでしょう。既に全員死兵で、しかも全員死ぬ覚悟はできています。犬死になるかもしれないと司令長官はおっしゃいましたが、我々にとっては犬死などでは決してありません。未来への最善の道で、そして最後の道だと我々は信じます。我々一同、司令長官殿にすべてを託します」
そう言い終えると、伊藤は頭を下げた。一瞬遅れて、全員頭を下げる。
「…犬死ではない、か…」
近藤大将は、そう言葉を紡ぐ。
「たしかにな、この世には犬死は存在しないのかもしれぬ。未来への最善の道か…。では、その最善の道を歩むとしよう」
全員が、涙を流してそれを肯定した。
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「敵艦隊、距離二四〇(24,000メートル)!」
「提督…」
「まだまだだ…。あともう少し…、一〇〇(10,000メートル)まで詰めて、重巡洋艦の射程範囲にしっかりと捉えるのだ!」
その瞬間、轟音が鳴り響く。天地を切り裂くかのような轟音。戦艦の砲撃だった。あたりが水柱に覆われる。容赦なく甲板に打ち付けられる海水は、それだけで緊張感を齎す。
「ドイツ帝国海軍より報告、「我レ之ヨリ攻撃ヲ開始ス」!!」
その瞬間、前方の空間が赤くきらめいた気がした。