どら○もん(闇属性)
夜、望遠鏡を覗いていると、家の庭に流れ星が落ちてきた。
ぼくは、急いで庭に出た。
流れ星は、芝の上でキラキラと光っていた。
小さくて、まるっこい。
まるで小石のようだった。
「おい、お前」。
どこからか、声が聞こえた。
お父さんみたいな声だった。
「オレの声が聞こえるか」。
もういちど、誰かの声がした。
あたりには誰もいない。
「オレだ、今お前の足元に転がっている」。
また、声が聞こえた。
ぼくは、はっとしてーーー芝の上の流れ星を見た。
「そうだ、オレだ」
ぼくは、流れ星をつまんで拾い上げた。
「まさか、流れ星さん?」
「流れ星? オレは「暗黒物質(ダークマター)」だ。そんな名前じゃない」
「ダーク? こんなにキラキラしてるのに?」
「これは、光っているように見せているだけだ」
「ふーん」
「オレを家の中に入れてくれ。誰かに見られるとまずい」
「うん、わかった」
ぼくは、流れ星を持って、庭からリビングに上がった。
「くれぐれも、家の人にばれないように運んでくれよ」
「うん、大丈夫だよ」
ぼくは、物を踏んづけないように、こっそり2階の自分の部屋を目指した。
「そこに、オレを置いてくれ」
「うん‥‥‥」
部屋に着いたぼくは、小さな宝箱を机の上に置いて、流れ星を箱の中のワタの上に置いた。
「ありがとう」
「‥‥‥」
「さて‥‥‥オレがこの地球に降り立ったのは他でもない。「オレと契約して、暗黒の力を得ないか」ということだ」
「‥‥‥」
「どうだ、お前さん。安くしとくぜ」
「興味ないよ」
「‥‥‥興味ない? 暗黒の力だぞ?」
「暗黒の力って、何ができるの?」
「そうだな、人間の身体を切り刻んだり、まやかしを見せたりできる」
「‥‥‥」
「どうだ、契約するか?」
「‥‥‥」
「黙ってもらっちゃ、困る‥‥‥」
「‥‥‥流れ星さんは、どこからきたの?」
「オレか? オレは宇宙から来た」
「なんでうちに来たの?」
「さぁな、そんなことはどうでもいいだろう」
「‥‥‥」
「さぁ、契約しろ‥‥‥契約しなきゃ、オレは消えてしまうぞ」
「消える?」
「ああ、オレの「意思」が消えてしまうのだ。そういう風にできている‥‥‥」
「ふーん‥‥‥そんな怖い力、消えちゃった方が世のためなんじゃないの?」
「馬鹿者、そんなひどいことを言うな」
「‥‥‥」
「さぁ、オレと契約するのだ。さもなくば、オレは消えるぞ」
「やだよ‥‥‥。もう寝るね」
「あっ、こら、待てーーー」
ぼくは、宝箱をそっと閉めた。
「‥‥‥なに、この部屋!」
部屋の外から、声が聞こえてきた。
おばさんの声だ。
「昴ちゃん、出てらっしゃい!」
「はい、すぐ行くよ」
「おはよう、おばさん」
「まって!!」
「‥‥‥」
「危ないわ、ガラスが割れてる」
「知ってるよ」
ぼくは、割れたガラスコップの上をまたいでみせた。
「昴ちゃん。少しは部屋を片付けたらどうなの?」
「ごめんなさい」
「辛くて、何も手につかないのはわかるけど‥‥‥」
「‥‥‥」
「昴ちゃん。なんなら、うちで面倒を見てあげてもいいのよ?」
「いや、おばさんの迷惑になるわけにはいかないよ」
「そんなこと、あなたぐらいの歳の子が考えなくていいのよ」
「‥‥‥」
「こんなところにいたら、おかしくなっちゃう。‥‥‥私と一緒に暮らしましょうよ、昴ちゃん」
「大丈夫だよ、おばさん」
「‥‥‥」
「それに、お父さんの家を手放すわけにはいけないから‥‥‥」
「‥‥‥わかったわ。昴ちゃんがそこまで言うなら、しばらく様子を見ておいてあげる」
「‥‥‥」
「何もかも嫌になったら、すぐ連絡するのよ」
「うん。ありがとう」
部屋に戻って、宝箱を開けた。
流れ星さんは、今日もキラキラしていた。
「お前さん、親がいないのか」
「うわっ」
「‥‥‥おい、落っことすな」
「‥‥‥え、どうしてわかるの?」
「この家の中には、お前さんの気配しか感じないからな」
「それも、暗黒の力?」
「そうとも。それと、昨日の家の様子‥‥‥あれは一体なんだ? まるで、空き巣に入られたような‥‥‥」
「‥‥‥なんでもないよ」
「なんでもない? そんなことはないだろう」
「本当に、なんでもないったら‥‥‥」
「‥‥‥わかった、じゃあ、こうしよう」
「‥‥‥え?」
「お前さんに、「暗黒の」を少し見せてやる‥‥‥」
「ちょっと、やめて‥‥‥」
「「マイクロ・ホール」!!」
流れ星さんが叫ぶと、景色が歪んでーーー。
気がつくと、僕たちは庭に放り出されていた。
住んでいた家が、ぽっかりなくなっていた。
「‥‥‥」
「どうだ? これで片付いたろう」
「‥‥‥」
「物体を極限まで小さくする力だ‥‥‥すごいだろ?」
「そんな‥‥‥」
「え?」
「お父さんの、お父さんの家が‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥うっ‥‥‥お父さん‥‥‥」
「ご、ごめん。悪かった‥‥‥戻すから」
流れ星さんがそう言うと、再び景色がねじ曲がりーーー。
僕たちは、元の部屋の中に戻っていた。
「うっ‥‥‥うっ‥‥‥」
「戻したぞ、泣き止んでくれ」
「‥‥‥」
「ほら、寸分違わずお前の家だろう」
「‥‥‥ほんとだね」
「‥‥‥なぁ、お前さん。どうしてそこまでこの家にこだわるんだ」
「‥‥‥」
「いいじゃないか、おばさんに世話してもらえば‥‥‥」
「‥‥‥僕の親は、殺されたんだ」
「殺された?」
「そうさ、強盗に入られて、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな殺された」
「‥‥‥」
「僕だけが生き残ったんだ。だから、僕がこの家のローンを払わないと‥‥‥」
「‥‥‥復讐はしないのか?」
「復讐?」
「仕返しだよ。お前さん、そいつに家族を殺されて、腹が立ったりしないのか」
「しないよ、そんなの」
「‥‥‥」
「それに、この家の人は、僕だけいじめるんだよ」
「‥‥‥」
「僕だけ押入れに閉じ込めるし、僕だけひっぱたくし。‥‥‥だから、バチが当たったんだよ」
「‥‥‥」
「復讐なんてしたら‥‥‥きっと僕にもバチが当たるよ」
「それはどうかな‥‥‥オレの「暗黒の力」なら、有無を言わさず復讐することができる」
「‥‥‥」
「「ワン・セグメンテーション」!!」
流れ星さんから一筋の光のようなものが伸びて、壁に何かを投影した。
「ほら、これがお前さんの家族を殺した男の顔だ」
「‥‥‥」
「住所だって‥‥‥ほら、案外近場だぞ。これを見ても、何とも思わないのか?」
「‥‥‥うん、ちっとも」
「そうか‥‥‥お前さんは、いい子なんだな」
「‥‥‥」
「‥‥‥オレは、お前みたいな「いい子」は好かん‥‥‥」
「そう」
「‥‥‥」
「そうやって、僕に誰かをいじめさせようとする人の方が嫌いだよ」
「‥‥‥ふん。そうかい」
「‥‥‥」
夜が来た。
ベッドで横になって、机の上の宝箱を見る。
流れ星さんは、夜でも光っている。
「‥‥‥なぁ、お前さん」
「‥‥‥」
「お前さん、寝ていないだろう」
「‥‥‥ほっといてよ」
「昨日もそうだ。家族が殺されてから‥‥‥ずっとここで、寝たフリをしてるだろ」
「‥‥‥」
「身体に毒とは思わんかね」
「‥‥‥いいだろ、ほっといてよ」
「いいや、ほっとかないね。‥‥‥黙らせたいなら「契約」することだ」
「‥‥‥」
「オレと「契約」して、ダーク人間になるんだ」
「いやだよ、そんなの‥‥‥」
「ふん、そうかい‥‥‥」
「‥‥‥流れ星さん」
「なんだい」
「その‥‥‥「暗黒の力」を使えば、僕も眠れる?」
「ああ、眠れるとも。お前さんの脳を大人しくさせてな」
「‥‥‥なんか‥‥‥いいや」
「まぁ、そんなことをせずとも、お前さん一人眠らせるくらい、造作もないんだがな‥‥‥」
「‥‥‥はいはい」
「‥‥‥」
「‥‥‥あれ?」
目を閉じると、朝になっていた。
そこは、うちが強盗に入られる前の、リビングだった。
「‥‥‥」
「‥‥‥お、お父さん、お母さん!?」
「どうした、そんなに慌てて?」
それは、お父さんの声だった。
「‥‥‥そんな、嘘だ‥‥‥」
「昴、どうしたの? お腹でも痛いの?」
ぼくを心配する声は、お母さんのものだった。
「‥‥‥お父さん、お母さん‥‥‥」
「どうした?」
「‥‥‥なんで僕を、押入れに閉じ込めたの‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥あの時、閉じ込めなきゃ、僕もあの世に行けたのに‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥ひどいよ、みんな‥‥‥僕だけ残して‥‥‥あんまりだ‥‥‥」
「‥‥‥」
「死ぬなら‥‥‥僕一人でよかったんだ」
「‥‥‥」
「ごめんなさい‥‥‥こんなこと言って‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
ない。
流れ星さんが、いない。
宝箱のワタをひっくり返してもーーー流れ星さんの姿がどこにも見当たらない。
昨日の夜、僕に"まやかし"を見せたのは、流れ星さんに違いなかった。
お礼を言おうと思ってたのに。
一体、どこへ消えてしまったんだろうか。
「おはよう、少年」
急に、頭の中から、流れ星さんの声がした。
「勝手ながら、オレの独断で、強盗を追い詰めさせてもらった」
「なぜかって? 強盗と「取引」をするためさ」
「お前さんの話を聞いていると、どうも‥‥‥お前さんよりも、その強盗の方が、オレの力を有効に使ってくれそうと思ってね」
「じゃあね。短い間だったが、世話になったよ」
そして、流れ星さんの声はしなくなった。
冗談じゃないーーー。
挨拶もなしに家を飛び出して、勝手に強盗と「取引」するなんて。
そう思うと、腹が立ってきた。
久しぶりに、ぐっすり寝たからだろうか。
ぼくは、"腹が立つ"ということを、思い出していた。
家の中をぐるりと見渡す。
そこら中、ガラス片が飛び散っている。
背の高い机の脚がへし折れて傾いている。
ぼくたちはここでごはんを食べたり、学校で起きたことを話したりしていた。
そんなことは、もう、二度とない。
どうして奪われなければならなかったんだろう?
ぼくは、流れ星さんが教えてくれた強盗の顔と住所を覚えていた。
確かに、案外近場だ。
それだけに、余計に腹が立つ。
ぼくは、ありったけの覚悟と準備をした後、いざ、強盗の住む家のインターホンを押したーーー。
ピンポーン。
「やぁ、君かい。ずっと待っていたよ」
機械から、初老の男性の声がした。
「‥‥‥」
「入りたまえ」
強盗の家はやたら立派で、ドアに金獅子のドアノッカーがぶら下がっていた。
僕は、底から沸き上がる物怖じを抑えて、これまた金色に塗られたドアレバーを引いた。
「私はここだよ、少年」
だだ広い部屋の中心に、ぽつん、と安楽椅子があった。
その椅子に、白いカイゼル髭を蓄えた、公爵のような出で立ちの男が揺れていた。
「悪いね、ろくなもてなしもできなくて」
「あなたが、僕の家族を殺したんですか」
「ああ、そうだよ」
男は、何のためらいもなく言った。
男は、空気銃を持っていた。
「お金が欲しかったんだ。お金というものは、いくらあっても足りないからね」
「‥‥‥」
「冗談だよ。この歳になると‥‥‥ふいに誰かが苦しむ顔を見たくなる時があるんだ。だから、手近な家族を見つけて、殺したくなったんだ。‥‥‥それが君だっただけだ」
「そうですか」
「怒らないのかい?」
「‥‥‥」
「最近の子どもは、どうも優しくて困る‥‥‥」
「‥‥‥」
「まるで、私みたいなのが‥‥‥生きていてはならないみたいじゃないか」
男は、空気銃にゆっくりと弾を込めた。
「君も、ここに来たからには楽には死なさんよ」
「待ってください」
「‥‥‥なんだね」
「‥‥‥これくらいの、小さな石を見ませんでしたか?」
「見とらんよ、そんなもの」
「そうですか‥‥‥」
「‥‥‥」
昴は、カッターナイフを男に向けた。
男は、空気銃を昴に向けた。
「うおおおおおおお!!」
「‥‥‥」
ばんっ。
「君のお父さんは、押し入れの中に君を隠そうとしていたね」
「‥‥‥」
「いい親だ。だから君を殺さなかった」
「‥‥‥」
「この家の中で腐っていくーーー私のような人間が、この星にもう一人でも欲しかったからな」
血が、止まらない。
男は安楽椅子に揺れながら、虫の息になった僕を見ている。
「さぁ、聞かせてくれ。今、どんな気分でいるのか、私を暇に飽かしてくれ」
「‥‥‥もう一度だけ、聞く‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥これくらいの、小さな石は‥‥‥」
「‥‥‥だから、知らんよ」
「‥‥‥」
「そんなことより、見たまえ。これを」
男は、懐から、瓢箪型の小さい砂時計を取り出した。
「君の家族の遺体で作った砂時計だ。砂が落ちきった時、君を撃ち殺す」
「‥‥‥」
「さぁ、置いたぞ‥‥‥」
小さな砂時計が、男の椅子の肘掛けに置かれた。
赤い砂が、サラサラと流れ落ちていく。
男の指が、銃の引き金にかかっている。
もうおしまいだ。
だから仕返しなんてしたくなかったんだ。
人を殺せるような奴に一人で近づいていって、何ができるのか。
でも、悪くない。
死ぬ前に、親の仇が討てて、満足だーーー。
「む?」
男は椅子から立ち上がる。
すぐに、屋敷の窓ガラスが割れ、火の手が上がった。
「そうか、君はここに心中しに来たのか‥‥‥」
「‥‥‥」
「でも、君の負けだ。消防が来る前に、君の死体は始末させてもらうからだ」
「‥‥‥」
「砂は落ちた。さらばだ」
男は、銃の引き金を引いた。
しかし、発射された弾丸はーーー昴の頭の上を跳ねたあと、床に転がった。
「‥‥‥流れ星さん?」
「ああ、そうだ」
「弾丸に‥‥‥見せかけているんだね」
「‥‥‥すまなかった。「取引」するには、君に死にかけてもらう必要があった」
「‥‥‥」
「オレは消えたくなかった。許してくれ‥‥‥」
「いいよ‥‥‥強盗に仕返しできるなら」
「‥‥‥さっきから、何を喋っているんだ?」
男は、もういちど銃を昴に向けた。
「さぁ、俺を喰らうのだ、昴!」
「‥‥‥」
昴は、大きく口を開けた。
弾丸の姿を取っていた流れ星は、両脇から6本の細い脚を生やして、昴の口の中に入っていった。
ばんっ、ばん。
昴の身体に、空気銃が撃ち込まれた。
昴は、ぴくぴく、と身体を岸に打ち上げられた魚のように跳ねさせた。
「では、処分させてもらう‥‥‥」
男は、横たわる昴の身体に、手を伸ばしたーーー。
「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」
「‥‥‥なに?」
男は狼狽えた。
昴の目が、男を睨み付けていたからだ。
「お前はもう終わりだ」
「‥‥‥」
男は、空気銃を昴に向けた。
すると、空気銃の中から大量の血液が流れ出てきた。
「なんだ、これは‥‥‥」
「いいね、この椅子」
男は、血の流れる蛇口と化した銃を昴の声に向けた。
昴は、安楽椅子に肘をつき、揺れていた。
「この砂時計、オレにくれないか?」
「‥‥‥ばかなっ」
男は、蛇口の引き金に指をかけた。
「やめろ!! オレはスカしたお前をどうやって殺せばスッキリするのかを考えたい‥‥‥だが、消防が来るまで時間がない‥‥‥」
「‥‥‥」
「だから、お前の方法をパクらせてもらうことにするぜ!」
「な‥‥‥なにを‥‥‥」
「「マイクロ・ホール」!!」
「ぐ、ぐにゅううううううぅぅぅ」
男の身体は、瞬く間に昴の手のひらで握り潰せるサイズになった。
「な‥‥‥なんだ、何をしたんだ!?」
「で、仕上げがこれだ!」
昴が指をぱちん、と鳴らすと、男の体が砂時計の中に入った。
「ーーー」
男は、砂時計のガラスを引っかいて何かを叫んでいる。
昴は片手で砂時計を持ちながら、その模様を眺めていた。
しばらくすると、昴は満足したのか、砂時計を膝掛けに置いた。
「さて、砂が落ちきったら、お前は死ぬ。じゃあね」
「ーーー」
男の頭上から、昴の家族の遺灰が降り注ぐ。
昴は灰に埋め尽くされていく男の様子を見ることなく、その屋敷を後にした。
昴たちは、適当なビルを見つけたあと、その頂上に着地した。
「終わったな」
「そうだね」
「‥‥‥」
「流れ星さん‥‥‥僕、これからどうすればいいんだろ?」
「さぁ、好きに生きたらいいんじゃないか」
「‥‥‥そんなこと、流れ星さんが言えた義理?」
「はは、悪かったな。身体を乗っ取ってしまって」
「‥‥‥決めたよ、流れ星さん」
「ん‥‥‥」
「僕みたいに、辛くて眠れない人を、ぐっすり寝かせてやるんだ」
「ああ、それもいいだろう。暗黒物質と化したお前なら、人に夜の夢を見せてやれるさ‥‥‥」
「よし、今日は疲れたから寝よう!」
「ああ!」
昴たちは、ビルの上から、館の焼け落ちるさまを眺めた。
完