本のダニ
[1]
男は、小説のページをパラパラとめくる。
「ああ、つまんねぇ‥‥‥」
やがて本は投げ捨てられ、無造作な部屋の風景の一部と化した。
部屋の床には、男が読み捨てた本が、足の踏み場もないほどに散らばっている。
男は、散らばった本の上に寝そべり、自分を照らしている蛍光灯を見上げた。
光の眩しさに、右目を手で隠しながら、男は目に涙を浮かべていた。
俺なら、もっと上手く書くーーー
[2]
「タカ君、小説家になりなよ」
「小説家? そんなの、なれるわけないよ」
「なれるさ、だってタカ君の小説、こんなに面白いじゃないか」
「面白い?‥‥‥本当に?」
「うん!」
[3]
「なぁ、高木君。いつも何を書いてるんだ?」
「ああ、これかい。これはね、小説だよ」
「小説? ちょっと読んでもいいかな」
「だめだよ、まだ出来上がってないし」
「ちぇ、いいじゃないか」
「まぁ、出来上がったら見せてやってもいいけどな」
「へぇ、楽しみにしとくわ」
「ああ、待ってな」
[3]
「なぁ、君、趣味とかある?」
「え、‥‥‥趣味? 特にないよ」
「え、じゃあ休みの日とかなにしてるの?」
「‥‥‥本を読んでますかね」
「‥‥‥本? へぇ、そうなんだ」
「‥‥‥」
[4]
「「タカ君、元気?」」
「「超元気」」
「「へぇ、大学、楽しそうだね」」
「「そっちは? 浪人してたよね?」」
「「‥‥‥」」
「「なに、黙ってどうしたの」」
「「‥‥‥俺さ、大学行くやめようと思って」」
「「‥‥‥え?」」
「「‥‥‥ごめんね」」
「「‥‥‥そうなんだ。‥‥‥ま、それもアリだと思うよ!」」
「「‥‥‥ねぇ」」
「「ん、なに?」」
「「まだ、小説書いてる?」」
「「‥‥‥小説? 」」
「「‥‥‥」」
「「あ、ああ、書いてるよ。俺、小説家になろうと、頑張って‥‥‥」」
「「‥‥‥そっか、残念だよ」」
「「‥‥‥え?」」
「「じゃあね」」
[5]
ペンを置いてから、5年程経っていた。
正直言って、小説を書く気はない。
友達に見せるはずだった小説は、今も手付かずだ。
「タカ君、小説家になりなよ」。
俺は、友達が言っていたことを忘れていたわけではなかった。
だが、思い返そうとする気もなかった。
「小説家になりなよ」。
この言葉は、呪いだった。