とある廃ビルの屋上にとある少女がいた、あえて言うなら能力者である。そしてその名を「黒籐 火燐(くろふじ かりん)」という長い黒髪に綺麗な黒目をした少女である。
皺一つ見当たらない制服を着ており、火燐は一つ溜め息を漏らすと目の前にいる相手に問いかけてみることにした。
「私を此処に来させるなんて何の用よ?、それに貴方は誰なのかしらね?」
少し不満気にそう言った火燐、そして見知らぬ相手の方はというと顔はフードで隠されており身長は特に高いという気もしないが体格かしして男、それに両手は黒い生地で作られたパーカーのポケットに入れられているが相手が自分と同じ能力者なら油断は出来ないと考え火燐は足裏の先に自身の体重を傾ける。
「何の用かと?、“黒籐”と言えば日本有数の異能の一族として世間一般で知られている常識だ。しかも生まれてくる者全員が3系統の内の特化系だけしかいないという奇妙な点もある謎多き一族でもある」
「悪いけど私はそれの“分家”よ....。それに能力の分類が『特化』『変化』『空間』の3つしかないのだから一族全員がの特化系しか生まれないのも不思議ではないわ」
そう言って話を断ち切りこの場を去ろうとした火燐であったが、男からのとある一言で足取りが止まった。
「君の姉は元気にしているのかな?、確か今は一種の災害レベルとまで認定された“大一級の犯罪能力者”の内の一人だったけ?・・・・・・・おっと失礼、帰ろうとしている最中には不粋な話題だったかな?」
「・・・・・・気が変わった....、帰るのはまた後にするわ。その前に私の姉さんを侮辱した事を後悔させてやるわ!」
「おっ!、その気になってくれて嬉しいよ」
そう言って被っていたフードから素顔を晒してみせる男、顔立ちかして20代後半ぐらいだろうか。目付きは極端に細く、口元にはニッコリと微笑みを浮かべている。
そして火燐はそんな男と対峙するように構えつつウォーミングアップがてら何度か軽く跳ねて自身の能力を発動させた、特化系というだけに全身の筋肉から力が溢れてくる。
「まずは戦闘前の握手とでもいきませんか?」
そう言って手を差し出してくる男、その様子に一瞬だえ火燐は動揺を見せたが自身を落ち着かせると男のさしのべた手に自身の右手を伸ばしたのだった。
だがその瞬間、火燐の右手は男の手を掴むことなくすり抜けると男の懐に拳を叩き込んでやった。
「うおっ!?」
男の体は自動車にでも跳ねられたかのように屋上の宙を舞っていく。幸いにも体が落下するギリギリで男は設置されていた手すりに掴まれた様子、それに対して火燐には罪悪感という感情は抱いていないらしい。
「ふん、挑発してきたのはそっちよ。だから卑怯だなんて言わせないわよ」
そう腕組をして言った火燐であったが、その右手には男の腹部を殴りつけた時に感じた違和感が今もまだ鮮明に残っていた。
簡単に言えば、火燐が殴ったあの時の男の体重は約10kg前後ほどという圧倒的なまでに軽いという奇妙な感覚である。
「まぁ確かに先に仕掛けたのは俺ですから文句は言えないかもですけど」
そう言って手すりから屋上の内側へと身を乗り出した男、どう考えてもあの軽さは男の能力によるものとしか言いようがなく火燐はこの時その男に対して不気味だと感じてしまっていた。
「さすがは黒藤の一人、分家といえども並の能力者なら一撃で終わっているところですよ」
「へー、つまりあんた自身は並の能力者ではないっていう事が言いたいわけ」
「まぁ、そんなところです。それでは続けましょうか、能力者同士の戦いを......」
先に踏み出したのは火燐、男の能力がどの系統でどんな能力なのかは分からないが攻めなければ勝てないというのも現実である。
「ハァっ!!」
身構えてすらいない男の胸部に一撃を入れ、男が飛ばされる寸前に男の服を掴み取って自身へと引き寄せると無防備な顔面へと床を強く踏み込んで放った火燐渾身の一撃を撃ち込み、そのままの勢いで男の体を床が崩れない程度に叩きつけてやった。
「これで懲りたかしら? それに勝負の行方なんて最初から決まっていた、私に挑んだことがあんたの敗因よ」
そう顔の潰れてしまった男へと言った火燐、だがまたしても奇妙な点が何箇所かあった。
(第一に今回もまたこいつの体が異常なほど軽かった、第二に殴った瞬間こいつの体がクッションみたいに柔らかくて衝撃が吸収されていくような感覚に陥ったこと、第三に男の体からは骨の潰されたような鈍い音がしなかった.....。ホントにこいつ何者なの?)
「表情からして気味悪がっているね、それにそこで立ち止まっていない方がいい気が・・・・・・」
「へっ?......、えっ!?」
男の顔面は綺麗さっぱり元通りになっており、それに加えて何か気不味そうな様子で視線を火燐の方から反らしている。
「な、何よ? 私の顔に何かついてたりするわけ?」
「い、いやその.....白...」
男は倒れたままの状態からそう言って指差したのは火燐の制服のスカートであり、詳しく言うとその中の方である。
「みみみ、見たの??」
「その.....『イエス』、もしくは『ありがとう』なら君的にはどっちが良いかな?」
「こ、こ、ころ......」
「んっ?、“ころ”?」
「殺してあげるわッ!!」
そんな火燐の声と共に倒れたままの男の頭上へと振り落とされる右足、ギリギリ体を動かして回避は出来たがあまりの威力に屋上の床の一部が崩れてしまった。
「おいおい、床に罪は無いだろ?」
そう正論混じりにふざけてはみたものの、それは逆効果だったようで火燐は深く息を吸い込むと“ある事”を呟いた。
「枷....、解除」
すると忽ち黒かった髪は白く輝く白銀へと変色し、それに加えて瞳の色も赤くなり狂気めいた笑みを見せる。
「これが黒藤家の歴史から古く伝わる“枷”の解除状態か.....。言い方を変えれば“能力の覚醒”といったところかな?」
「あんたがどんな能力を使うかは知らないし興味もないけど、この場は力で圧しきらせてもらうわ」
「いいよ、存分に俺にぶつけてきてくれ」
そう言って両手を大きく広げる男、それに対して火燐は獣のように腰を低く屈めると四足で床を強く踏み込み、そしてミサイルが放たれるが如く勢いで目の前の男へと飛び出していったのであった。