―――彼女は再び帝城の大廊下を歩だす。
かつて訪れたラス・アルダイナ帝国学院の近く、あのカフェテリアで出会った中年のオールド・レイシス、アイザック・エンゲルト・バッハ大佐のヘラクロリアム刻まれた固有の識別子のようなものをこの帝城から感じ取る。
「ふむふむ?ここらにるのは確かのはずなんだけど......。さすがに新設の帝城というわけね、対ディスパーダ用の感応索敵を妨害する幽閉用の特殊防壁。あれね、今のところはかすかに感じ取れるあたり複合型の技術と言ったところかしら。幽閉防壁の実用性は未だ固定装置的な運用しか出来ないはずなのだけど、一体だれがこんな革新的な入れ知恵しているのやら......」
彼女はそんなことをぼやきながら、てきとーに大廊下をふらつく。
そんなふらつく無防備極まりない侵入者たる彼女を追うものは、今のところ誰一人していない。
これは決して帝城外の警備隊が彼女を追うことを本気で諦めたからではない。
単純に帝城内を担当する警備衛視部隊の採用が、帝国政府機関の再編成に伴って間に合ってないからだ。
表の臨時的な警備を担当する警備部隊は警察権を保有する帝国司法管轄組織である為、帝城内には踏み込めない。彼らは非常事態プロトコルに従って対覚醒者戦能力を持つ特殊部隊ラークの到着まで待機し、本部の慣習的な中央集権型指示系統による命令を彼らはひたすら待ち続けている。
彼女が大廊下を彷徨う内に、進行方向から帝城内の騒ぎに駆け付けた一人の枢騎士と遭遇する。
彼女はその枢騎士と目が合うと、その枢騎士に軽く手を振って会釈をする。
「どうも~枢騎士さん、実は私いま迷ってまして、ちょっと道を教えてほしんだけど、いいですか?」
彼女は軽快な口調でそう話掛けるが、枢騎士は一言も言葉を発さない。
「対話する気はない......ことかな?はぁこれだからレイシスは......」
彼女がそうため息交じりでそう言うと、その枢騎士は無言で上下に刃の付いた両剣型のソレイスを顕現させた。
「んー、ねぇ分かってるでしょ?たぶん私には勝てないってこと、時間の無駄だと思いますよ」
彼女がそう言っても、その枢騎士は一歩も引く気を見せないまま、両剣型のソレイスを両手で構えたまま、ただ彼女の前で立ち尽くす。
「へぇ......凄いね。あなたの表情はその仮面で隠されてよくは分からないけど、今まで見てきたレイシスとは、なんとなく少し違う気がする。自信があるのね」
彼女はそう言うと、その枢騎士に向かって指を向け、挑発するように手を仰ぐと自信に張り巡らせていた空間障壁Sフィールドを解く。
「ふふ、いいね。ここには面白い人が多い、いいよ。かかってきっ―――」
彼女が言葉を言い切る直前に、その枢騎士は右手の人差し指から枢光を彼女に目掛けて放つ。
一帯が煙に包まれるも、その枢騎士は所構わずに両剣型ソレイスを回転させながら振り回して煙の中に突進し、切り刻むように連撃を加える。
しかし、攻撃を仕掛けたその場所に彼女はおらず、枢騎士は探すように首を後ろへ向けると、彼女の右手による手刀が目前に迫っていた。
枢騎士は寸前でそれを見切ると、手刀をよけ、彼女の腕下の空間に上体をめり込ませる。そしてつかさず両剣による振り上げのカウンター攻撃を行う。
彼女は手刀を見切られたことに多少驚いたような顔をすると、余った方の左手でカウンターをしようとする両剣の切っ先を掴み、枢騎士の攻撃を阻止する。
両剣を掴まれた枢騎士は、掴んでいる彼女を蹴りで突き飛ばし態勢を整える。
すると枢騎士は、すぐにポーチから複数の閃光爆弾を取り出し彼女に目掛けてそれを放り投げる。
「閃光弾とは小賢しいじゃない」
彼女はそう言うと、放り投げられた閃光弾は強烈な閃光を放ち、瞬く間に彼女の視界を奪う。
枢騎士は専用の閃光を防ぐバイザーで、彼女が顔を俯かせて視界を奪われてることを確認すると、迅速に間合いを詰めて再び攻勢をかける。
しかし、彼女はそれを見計らったかのように顔をあげ、寸前で彼女と目が合った枢騎士は怯んだようにいっきに態勢を崩す。
それに対して彼女はつかさず手刀による追撃を行い、それを辛うじて枢騎士は回避し続ける。
両剣で追撃の隙を見て咄嗟に反撃するも、手刀でいとも簡単に振り払われてしまう。
しばらくそうした攻防戦が続くと、枢騎士が一気に勢いづけた渾身の一突きを大地を踏みしめ、彼女にめがけて与えようとする。
だがそれすら、彼女は簡単に右手の指先で上方に弾いてしまい、枢騎士の手から遂にその両剣が離れ、そのソレイスは宙を舞う。
ソレイスが弾き飛ばされた事によって大きく仰け反る様に態勢を崩した枢騎士の胸部装甲に、彼女は優しく左手を翳す。
すると、その手付きの儚さとは見合わない、巨大質量の鋭い切っ先がその手中から突如顕現し始める。
その切っ先は枢騎士の上体を徐々に貫いていき、やがて彼女はそれを放つように射出させると、手中のそこから巨大質量のロングソードが全貌を露わにした。
そのロングソードは形こそは人が持つための武器の形を取っているが、その実は人が握るにしては余りにも重厚且つ巨大で困難なものであった。
枢騎士はその射出されたロングソードごと上体が持ってかれていくと、大廊下側面の壁に貼り付け状にされる。
彼女は貼り付けにされた枢騎士の体からその手を触れずして、ロングソードは勝手に自我を持つかのようにゆっくりと引き抜かれる。
引き抜かれたロングソードは彼女の周囲で浮遊して停滞し、枢騎士は地に体を落とす。
どうやら彼女はその武器を触れずして自律的に操る事が出来るようであり、その姿を横目でかすかに見た枢騎士は、自身が積み上げてきた常識をあっという間に覆されてしまい、思わず苦笑する。
「―――へっ、マジ......かよ......」
枢騎士はそう言い残して意識を失った。
「さて、少しやり過ぎましたね。戦いは好きじゃないっていうのに.....はぁ。えっと、この人が来た方向に向かっていけばとりあえずは良さそうね」
彼女はそう言いながらその巨大ロングソードの顕現を解くと、意識を失った枢騎士の体に触れる。
「うーん、気を失ってるみたいだけど......大丈夫そうね」
そう言って彼女は大廊下の続きを、一人の枢騎士がやってきた方向に歩み始め、やがては巨大な扉の付いた部屋の前の円状の空間にまでたどり着く。
扉の前には近衛兵二人が立っているが、そんなものには気にも留めない様子で彼女は扉を押して開けようとする。
近衛兵たちは素手で彼女を捕まえようとするが、空間障壁に阻まれて近づく事が出来ない。
そして近衛兵達はその場で何も出来ないまま、遂に扉は彼女の手によって開かれてしまった。
―――彼女はその空間、謁見の間に踏み込んだ。
すると、左右に配置された議席に座るアイザック大佐やドクター・メルセデス。そしてそれらに挟まる様に中央に配置された豪華な玉座に君臨する皇帝エクイラと邂逅する。
最初に口を開いたのはアイザック大佐だった。
「―――き、貴様は......あの時のセラフィール級......、なぜこんな所に......」
アイザック大佐はそう言うと、ドクター・メルセデスは怪訝そうな顔をアイザック大佐に見せる。
「あら、アイザック大佐。私の事はクロナとお呼びくださいとお願いしたはずですが......?」
「そうだったかな......、クロナ」
アイザック大佐とクロナは簡単にやり取りを終えると、クロナはドクター・メルセデスの方へと視線を向ける。
すると目が合ったドクター・メルセデスは度し難いと言わんばかりの様子で、ため息をつく。
「はぁ......クロナ......。なぜ私にアポを取らないのだ。こんな事をすれば大事になるのは明白であっただろう......」
メルセデスはそう言うと、クロナは微笑む。
「久しぶりねメルセデス?だってさぁ、貴方のようなマッドサイエンティストがまさかこんな中枢機関に関わってるとは思わないでしょ?それに知ってると思うけど、私は財団を追放されてるの、貴方へのコネはもう使えなくてね」
クロナはそう言うと、メルセデスはやれやれとした挙動で再び大きなため息をつく。
「―――貴方方は、彼女とお知り合いなのですね」
エクイラはそう言うと、アイザック大佐は唸りながら軽く頷く。
「まぁ、なんというか......。会ったのは一度だけ、レジスタンスの作戦を開始する前に彼女の方からの接触があった。特に影響のあるものではなかったが、メルセデスの方は分かりませんな」
アイザック大佐はそう言うと。メルセデスの方を見る。
「い、いやぁ......。私は......」
「彼は元私の調査隊【オレリアンクロイツ】のメンバーなんですよ、皇帝陛下。ドクター・メルセデスは我々の元を離れてからはそちらの研究機関の方に移ったようですが」
クロナはそう言うと、エクイラは驚いたような表情をする。
「まぁ、そうでしたか。では、この場で初見なのは私だけなのですね」
「えぇ、これはどうも皇帝エクイラ様......。お初にお目にかかります、私は元セラフ財団当主、クロナ・ハー・ドールシアンと申します。以後お見知りおきを......陛下」
クロナはそう丁寧にお辞儀をすると、エクイラは特に挨拶に反応することなく、クロナの背後の方に目をやる。
「外の警備隊の皆さんはどうなされたのでしょう、それにこの帝城には何人かの枢騎士達も常駐していますし、素人目の私にもとても無傷でここまで来れるとは思いませんが」
エクイラはそう言うと、アイザック大佐がクロナより先に口を開く。
「陛下、彼女は既存のエンプレセスカテゴリーからは逸脱した存在、セラフィール級ディスパーダです。セラフィール級とは、型に嵌める事が出来ない彼女の為だけに共和国のデュナミス評議会が用意した彼女の為の識別階級です」
アイザック大佐はそう言うと銃型のソレイスを顕現させ、クロナに向ける。
「あのデュナミス評議会ですら、彼女の対応には手を余らせる。彼女は知る人ぞ知る世界の中で唯一人、ディスパーダ最強にして人類最強と謳われる存在。それが今我々の目の前にいる存在、彼女です」
アイザック大佐のその説明を聞いたエクイラは、急激に目を輝かせる。
「そ、それは!?本当ですか!!く、クロナ様!?」
エクイラは声を張ってそう言う。
「......へ、陛下?」
アイザック大佐はエクイラの取り乱した様子に困惑する。
「ふーん、そうですね......。外野がどうこう決めつけたものなんぞに興味はありませんが、まぁそんな風な認識で合っているとは思いますよ。最強かどうかは、さすがに分かりませんけど。ただ戦いに苦労したことはないというだけです。あぁ、別に誇りたいわけじゃないですよ、そもそも戦いは嫌いです。実力行使は手段の一つに過ぎないのですから。それに皇帝陛下?私はちゃんと最大限の外交努力をいつだってしています」
クロナがそう言うと、ドクター・メルセデスはしかめっ面をして、謁見の間の巨大なステンドグラスで出来た窓の向こう側に視線を向ける。
「......であれば、この騒動は何かね?」
「えぇ?」
メルセデスのその言葉にクロナは恍けたような返事をする。
すると、突如。玉座周りの壁に張り巡らされたステンドグラスが勢いよく割られ始める。
アイザック大佐は後ろを振り向くと、その視線の先にはVTOLガンシップからラぺリングで突入し始める帝国軍特殊部隊ラークの姿があった。
ラークの兵士たちはガンシップの騒音と共に突入し終えると、迅速に皇帝エクイラの保護とクロナの包囲を行う。
「―――アルファチーム突入完了。ご無事ですか陛下、こちらへ」
ラークの兵士達はエクイラを取り囲むようにフォーメーションを取ると、突入部隊の全ての銃口はクロナへと向けられる。
「待った待った!大袈裟すぎるって!かつてのレジスタンスであるアイザック大佐達に話があるだけなんだけど!ほんとに!!!」
クロナはそう手を上げて訴える。
「銃を下ろしてください」
エクイラは囲んでいたラークの兵士を優しく退け前に出る。
そう声を掛けられた兵士は、周りにハンドサインで合図を送ると、他の兵士達は素直にクロナに向けられていたその銃を下ろす。
「用件は、何なのですか?クロナ様」
「やっと本題に入れそうね......はぁ。かつての貴方達の仲間の一人。例の特異点、レオ・フレイムスの現在の行方について聞きたいのよ。皇帝陛下」
クロナがレオのその名を口にすると、アイザック大佐とメルセデスはその名が彼女が放たれたことに、衝撃を受けるように目を見合わせた。
「レオ様......」
エクイラはぼそっとそう言いうと、一連の帝城の騒ぎは落ち着きを見せ始めた。