第79話 新皇帝エクイラ
―――帝国の新皇帝エクイラは、枢騎士評議会の崩壊後。
旧アンビュランス要塞枢騎士評議会会議室跡地に新設された帝城、その謁見の間においてしばらくその身を置き、豪華に彩られた席で皇帝の業務を日々こなしていた。
反共和国による反皇帝派への対応、帝国領西部に集まりつつある新レジスタンス軍誕生の兆し、新議会発足後の議会メンバー承認の儀と数時間おきに始まる定例枢騎士会議、軍組織再編成による軍費増大、それに伴う各種予算案の承認......。覇権思想教育改革から共和国同調路線の為の政府改革、センチュリオン・ミリタリア社と枢爵との間に交わされていた極秘安全保障業務提携の全貌解明、新政府樹立後の皇帝の仕事に休まる時などなかった。
「―――ふぅ、取り敢えずこの書類は片付きましたわ。ところでアイザック議長、ドクター・メルセデスはいつ頃ここにおいでになられるのでしょう。尋問枢騎官の運用の取り決めを早めに終わらせてしまいたいのですが......」
尋問枢騎官、それは枢騎士の中でも特にヘラクロリアム感応に優れたもの(センシティブ)が成る事の出来る、枢騎士の枠からは独立した帝国全土の覚醒者、特にレイシスの秩序保安を行う者たちだ。
レイシスは負の感情の利用するその性質から、野放の訓練されていない自然発生的レイシスは暴力的かつ残虐極まりない人格者である事が殆どであり、秩序保全の為に放っておく事が出来ない。
レイシスは生まれた時から特別な訓練もないままでいると、カロマ性レイシスと呼ばれるものに変質する可能性があり、通常のレイシスよりも残忍かつ暴力的になる。
この組織がなかった以前に、帝国内から最高司祭・破君主グスタファによってカロマ大教団と呼ばれるカルト組織を誕生させてしまった事から、その反省として設立されたもの。
また、幼少期に覚醒した子供たちを帝国全土から発見し、強制的に教会に徴兵する役割も担っていた。
ここでメルセデスの提言により、強制徴兵は廃止して新たに教会内部での覚醒した子供たちの為の専用の教育機関を設立する案が出された。
覇権的思想が染みこんだ国民性を急には変えることは出来ない、徐々に、単に戦争の為の道具としての扱いを取りやめていく、最初の一歩として。
その教育プログラムを担うのは感応に優れた尋問枢騎官であるとし、その具体的な施策をこの後行う予定だった。
「―――彼ならもう直ぐ来るでしょ、ファッションに手間取ってんですよ、あのボンボン頭のね、まぁああいう天才肌に遅刻癖はつきものというものです、皇帝陛下」
エクイラの近くで同時に書類仕事を行っている新議長アイザック大佐はそう言った。
「ぼんぼん頭......?ふむ、あれはファッションだったのですね。私とした事が、なぜそこまで気が回らなかったのでしょう。深く反省致しますわ......」
エクイラはアイザック大佐からの言葉を素直に受け止める気に病んでいると、黙々と再び手を動かした。
それをみたアイザック大佐は何かを言いかけたが、下手の事は言うまいと口閉じる。
すると、謁見の間に数回のノックが掲げられた旗を揺さぶる様に広く響き渡る。
「―――皇帝陛下!只今ドクター・メルセデスがご到着されました」
謁見の間の巨大な扉の外から、近衛兵の声が内部に響く。
「分かりました、入室を許可します。お通しになってください」
エクイラはそう言うと、それを聞いた近くに居る傍付きの護衛枢騎士は扉の方に向かい、その内容を近衛兵に伝える。
そして扉が緩やかに開かれると、一人の白衣を着た人物が謁見の間に入ってくる。
「―――これはこれはエクイラ皇帝陛下殿......。この度は遅くなり申し訳ございません。それにしても相変わらず謁見の間で働きづめとは......熱心ですなぁ」
メルセデスは軽快な口調でそう言うと、エクイラは微笑み返す。
「ふふふ、ここで公務を行った方が効率が良いのですよドクター・メルセデス。一々何かある度にこの場に足を運ぶのも、些か面倒でございましたから」
「いやぁなるほどなるほど!時に人は儀礼なんかよりも合理的であるべきですものなぁ~!いやぁ帝国の新時代を象徴するグッドライフワークですぞ~陛下!」
エクイラはメルセデスのその言葉に苦笑いで返すと、メルセデスは「なるほどなるほど」と謎に連呼しながら、用意されていた席に勢いよく着く。
傍にいた護衛の枢騎士は「無礼な」と言葉を漏らす。
「では早速ですが陛下、この度は教育プログラムの施策案をいくつか―――」
メルセデスがそう言葉を続けていると、突如銃声が帝城の外から鳴り響き、メルセデスの言葉を横切った。
「――――な、なんだ!?何事だ!?」
アイザック大佐はその場で立ち上がり、近くの護衛の枢騎士に状況の確認を取るよう目線で伝えた。
「ふむ?戦闘ですかな?」
メルセデスは顎に手をやりながらそう言う。
「馬鹿な、ここは帝城だぞ!どこの命知らずがここまで攻めてくるって言うんだよ」
アイザック大佐はそう大声で言うと、エクイラはその場で俯く。
「反皇帝派、でしょうか......。だとしたら、武力で政権を勝ち取った私達が今更彼らを糾弾する等とは、出来るはずもありません......」
「陛下......」
アイザック大佐はエクイラに掛ける言葉が思い当たらず、そのまま静止する。
「―――おい止まれ!ここをどこだと心得ている!」
帝城の敷地に我が物顔で侵入し、帝城臨時警備隊に囲まれた一人の女性の姿が前広場にあった。警備隊からの呼びかけを聞かないその女性は警備隊からの発砲を堂々と受ける。
しかし、その銃撃は彼女に着弾する寸前に目に見えぬ何かに弾かれており、彼女に通常兵器が通用しない事を警備隊達は粛々と感じつつも、彼女の歩みを止める為の抵抗を続ける。
「―――まぁまぁそう興奮しないでください兵士の皆さん。ちょっとここのお偉いさんに用事があるだけなんですから」
彼女がそう言ってる間にも、警備隊からの携行対戦車ロケット弾の攻撃を受け、彼女の姿は煙に包まれる。
「ちょっと、煙いのはやめて欲しいんですけど」
その女性は煙を手で振り払い、複数のロケット弾の攻撃を受けても尚、無傷の姿がそこにあった。
警備隊は彼女が何らかの覚醒者で、近距離空間障壁・Sフィールドで攻撃を防いでいると算段を立てるが。
仮にそうだとしても限度がある、通常のレイシスやイニシエーターですら通常兵器の集中砲火は危険だというのに、彼女には一切動じる様子はない。
「―――ラークに応援要請、緊急事態だ。覚醒者単独の襲撃、我々では足止めすら敵わない......」
隊長識別のカラーリングを施した装備を着込んだ警備隊長は、通信機で中央本部に連絡を取りそう伝えると、歩みを止めない彼女の前に立つ。
「どいてくれる?争いは好きじゃないのよ」
彼女はそう言うと、警備隊長は苦悶の表情をし、無言で道を譲る。
「―――クソが......」
彼女が傍を通り過ぎると、警備隊長はつかさず振り向き、彼女の後頭部に目掛けて数発の射撃を行う。だが、案の定それは全て障壁に防がれる、遂には警備隊長はその銃をゆっくり下ろして、その場をただ静観するに留めた。
彼女はやがて帝城内に侵入し、大廊下の真ん中を堂々と歩いて何かを探すように奥を目指す。
すると、彼女の進路の先に一人の少女の人影が現れる。
「あら?こんなところに女の子が」
彼女はそう言うと、彼女の前に立ちはだかった少女の人影、旧第十一枢騎士団・団長ダグネス・ザラは人工ソレイス、イレミヨンを無言で両手に構える。
「―――貴方の目的は何ですか」
ダグネスはそう短く彼女に聞く。
「やっと話の分かりそうなのが出てきてくれたわねー、はぁ。レジスタンスの面子に話したいことがあって会いに来たのよ、今って国のお偉いさんになってるんでしょ?アイザック議長?とか。だからここに来たのよ、でも入り口のところの兵士さん全然話を聞いてくれなくってさぁ、困っちゃって」
彼女はやれやれとした仕草でそう言う。
「レジスタンスの面子?おや、奇遇ですね。私もレジスタンスに加担したその一人ですよ、聞きたいことがあるなら戦う前に簡単に答えてあげますが」
「えぇ、戦うのは確定......?」
ダグネスのその受け答えに、彼女は心底落胆する。
「うーん、全くどいつもこいつも......まぁいいわ。そんなに戦いたいなら、ちょっとだけ戦ってあげるわ。貴方は、そうね。いわゆる団長クラス?って奴かしら、少しは張り合えそうね、それじゃ。かかってきなさいよ」
彼女はそう言うと、素手でダグネスを挑発する。
「これはまた随分、舐められたものです......ねっ!!!」
ダグネスはそう言うと、イレミヨンを交差するように持ち構えて高速で彼女に突進する。
ダグネスはそのまま両刀で彼女を勢いよく慣性のまま斬りつける。
すると、彼女の周囲に張り巡されていた空間障壁・Sフィールドが、ガラスが砕ける時のようなバキバキとした音を鳴らしながら、振るわれたイレミヨンによって破壊されていく。
「おっと、さすが。これは破れるのね」
彼女はそう言うと、ダグネスから瞬間移動にも似た跳躍で距離を一瞬で取る。
「なんですか......、今の。私が間合いを詰めた時よりも遥かに早い速度で遠ざかりましたね......」
「さぁ、なんでしょうね。私も余り力とかをひけらかすつもりもないから、ちゃっちゃっと終わらせちゃおうかな?」
―――彼女がそう言った瞬間。
ダグネスは既に彼女の背後に回って取り、イレミヨンの朱光に輝く切っ先を、彼女の首元の寸前までに迫らせていた。
「―――取った......!」
ダグネスはそう確信し、刃を振り切ろうとした瞬間、手元に伝わる違和感に気づく。
「ば、馬鹿なっ......!Sフィールドは破られているのに......!なんで......!」
ダグネスのイレミヨンの切っ先は、彼女の首元で振り切れずにそのまま首元に接触を続けていた。ダグネスがいくら力を込めてぷるぷると腕を震わせても、それ以上切っ先が首元より先に振り切れる事はない。
「まだだっ!押し切る!!!枢光《ヘイテンロア》!!!」
ダグネスは右手のイレミヨンを投げ捨て、彼女の首元に人差し指を当てると、そう叫ぶ。
すると、彼女の人差し指からは朱色の閃光が急激に漏れ始め、辺りを閃光で照らすと、大出量の高エネルギーネガヘラクロリアム粒子を放つ。
ダグネスが放った先の壁は、放出された熱量で融解した壁の中から露わになる躯体が見え始め、帝城の側面には大きな壁が空く。
「―――やったか......?」
ダグネスは煙に包まれた人差し指の先を覗くと、煙の中から手が伸びてきてダグネスの人差し指を掴む。
ダグネスはそれに対して少女相応の悲鳴をあげると、中から現れたその彼女に口を抑えられる。
「惜しい、ね。貴方のその実力があれば、普通に戦っていく分には当分困らないでしょうね、その調子で励みなさい。小さな団長さん」
彼女はそう言うと、ダグネスを放し、振り向いて大廊下の先へと再び歩み出した。
ダグネスはその彼女の、傷一つない後ろ姿を、ただただ眺め続け。
少女はその場で脱力するように立ち尽くした。
「―――どう......なってるんだ......」
ダグネスは自らの手元とイレミヨンを見つめ、そう言葉を漏らした。
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